投票の結果、IS~空を舞う蒼き鋼~に決まりました。
今後とも、よろしくお願いします。
霧の艦隊との会議を終えた翌日。
私たちは何事もなかったかのようにIS学園へ戻り、そのまま一日を終えた。
……もっとも。
こういう時の「何事もない」は、たいてい長続きしない。
そして翌朝。
「えっとですね。今日は転校生を紹介します。シャルロット・デュノアさんと、ラウラ・ボーデヴィッヒさんです」
教壇に立った山田先生が、二人の少女を紹介する。
一人は金髪の少女。
もう一人は銀髪の少女だった。
「フランスから来ました。シャルロット・デュノアです。不慣れなことも多いですが、よろしくお願いします」
金髪の少女――シャルロットが、丁寧に頭を下げる。
教室中から、さっそく歓声が上がった。
「フランスからの代表候補生!?」
「すごい……!」
「かわいい!」
まあ、予想通りだ。
私は昨日の会議で写真を見ていたので、それほど驚きはしなかった。
問題は、もう一人。
「………………」
銀髪の少女――ラウラ・ボーデヴィッヒ。
彼女は腕を組んだまま、教室にいる女子たちを値踏みするように見回していた。
まるで、そこにいる全員を自分より下だとでも言うように。
そして、一向に口を開こうとしない。
「……挨拶しろ。ラウラ」
「はい! 教官!」
その言葉を聞いた瞬間。
私は理解した。
――この子、千冬姉の教え子だ。
以前、千冬姉がドイツに滞在していた時期がある。
その時に指導していた生徒。
それが、彼女なのだろう。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「………………」
終わった。
教室に沈黙が落ちる。
たぶん、みんな次の言葉を待っている。
しかし――。
「…………」
「以上……ですか?」
山田先生が恐る恐る尋ねる。
「以上だ」
即答。
山田先生の顔が、ほんの少し引きつった。
そして。
「貴様が……織斑一夏だな」
ラウラの視線が、まっすぐ私へ向けられる。
「そうだけど?」
私が答えた、その瞬間だった。
「――っ!」
ラウラが突然、私との距離を詰めた。
そして振り上げられる右手。
「え?」
平手打ち。
まともに受ければ、普通の人間なら吹き飛ぶ。
だけど――。
私は動かなかった。
ただ、ラウラの手が頬へ届く直前。
クライン・フィールドを展開する。
――ドンッ!!
「がっ!?」
弾かれたのは、ラウラの方だった。
彼女の身体が宙を舞い、そのまま背中から黒板へ叩きつけられる。
「……っ!」
教室中が凍りついた。
私はため息を吐く。
「私に何の恨みがあるかは知らないけど、いきなりはないんじゃない?」
「っ……! だ、黙れ!」
ラウラはふらつきながら立ち上がる。
「人類の裏切り者が……!」
その目には、明確な敵意が宿っていた。
「貴様は人類の敵である“霧”に魂を売った! それが、あのお方の顔に泥を塗っていることを知らないと言うのか!」
「あのお方……」
千冬姉のことか。
なるほど。
この子は本当に、千冬姉を崇拝しているらしい。
「あなたがどう思っているかは知らないわ」
私は席を立った。
「でもね――」
ラウラの前まで歩いていく。
「私たち『蒼き鋼』に喧嘩を売るっていうなら……」
一歩。
さらに一歩。
「ドイツだろうと、代表候補生だろうと、容赦はしないわ」
「…………っ」
ラウラの表情が僅かに強張る。
教室の空気が、さらに重くなった。
「そこまでにしとけ」
その声に、私もラウラも振り向く。
千冬姉だった。
さすがにこれ以上はまずいと思ったのだろう。
「朝から何をやっている。席につけ」
「……はい」
ラウラは渋々と自分の席へ戻った。
千冬姉は教壇へ戻ると、手を二度叩いた。
「ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドへ集合」
こうして、転校初日の騒ぎは一旦終わった。
……一旦、だけど。
◇
「では、本日から格闘及び射撃の実戦訓練を始める」
第二グラウンド。
今日は一年一組と二組の合同授業だった。
後方には、二組の生徒たち。
その中には、鈴の姿もある。
私は装備を確認しながら、隣にいるセシリアの視線を感じていた。
「一夏さん」
「ん?」
「お一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ラウラとの関係でしょ?」
「……ええ」
やっぱり。
私は苦笑しながら答える。
「私というより、千冬姉の方に関係があるんだけどね」
「織斑先生ですか?」
「そう」
私は少しだけ昔のことを思い出す。
「第二回モンド・グロッソの時、私、誘拐されたことがあるの」
「えっ?」
「目的は千冬姉を棄権させることだったらしいんだけど、それは失敗。その後のことは、私はあまり覚えていないんだ」
あの時の記憶。
今でも、ところどころ曖昧だ。
「それで、その後に千冬姉がドイツに滞在していた時期があって。その時の教え子が、あのラウラってわけ」
「なるほど……」
セシリアが納得したように頷く。
「何と言いますか……複雑な関係なのですね」
「まあね」
私はラウラを見る。
彼女は少し離れた場所で、他の生徒たちを睨むように見ていた。
「たぶん、ラウラにとって千冬姉は神様みたいな存在なんだと思う」
「だから、一夏さんのことが気に入らない?」
「そういうこと」
私は肩をすくめた。
「そのうえ、蒼き鋼の噂もあるからね」
「……『霧に魂を売った』という噂ですか」
「ええ」
私は苦笑する。
「まあ……真実なんだけどね」
「一夏さん……」
「でも、表向きには知られていない情報だから」
私が霧の側にいる理由。
蒼き鋼が霧と繋がっている理由。
それを知っている人間は、まだ限られている。
だからこそ、外から見れば――。
蒼き鋼は、人類を裏切って霧と手を組んだ企業。
そう見えても、おかしくはない。
そんなことを考えているうちに、授業が始まった。
実戦形式の格闘訓練。
射撃訓練。
模擬戦。
次々とメニューが消化されていく。
結果として――。
「……今日の被害者、セシリアと鈴くらいかな」
「誰のせいよ!」
「一夏のせいでしょ!」
「いや、私だけじゃないと思うんだけど……」
どうやら、いつも通りだった。
――この時までは。
◇
ドイツ。
ある高級ホテル。
その最上階にあるテラスで、ムサシは優雅に紅茶を飲んでいた。
「報告を」
その声に応じるように、複数の少女が姿を現す。
「大方、思っていた通り黒でした」
先頭に立つヒエイが報告する。
「こっちも同じだぜ」
アシガラ。
「こちらも同様です」
ミョウコウ。
「同じく」
ナチ。
「黒を超えて、真っ黒だよ~」
ハグロ。
五人。
いずれもオレンジ色の制服を身に纏っている。
ムサシはカップを静かに置いた。
「そうですか」
表情は変わらない。
だが、その瞳には冷たい光が宿っていた。
「では――」
ムサシは淡々と告げる。
「ヤマトの言われた通り、消しなさい」
「はっ!」
ヒエイが敬礼する。
そして、アシガラ、ミョウコウ、ナチ、ハグロを引き連れ、その場を後にした。
静かになったテラス。
ムサシは再び紅茶へ口をつける。
「……マヤがいたなら」
ふと、そんなことを思い出した。
「『カーニバルだよ~』とでも言うのかしらね」
小さく笑う。
その直後。
ドイツ国内に存在していた、とある研究施設が――。
跡形もなく消えた。
正確には。
施設の約八割が、一瞬にして吹き飛んだ。
原因不明の大規模爆発。
人的被害。
研究データ。
設備。
すべてが失われた。
そして、その施設が何を研究していたのか。
その情報すらも――。
霧の中へと消えていった。