IS~空を舞う蒼き鋼~   作:ぬっく~

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第17話

 霧の艦隊との会議を終えた翌日。

 

 私たちは何事もなかったかのようにIS学園へ戻り、そのまま一日を終えた。

 

 ……もっとも。

 

 こういう時の「何事もない」は、たいてい長続きしない。

 

 そして翌朝。

 

「えっとですね。今日は転校生を紹介します。シャルロット・デュノアさんと、ラウラ・ボーデヴィッヒさんです」

 

 教壇に立った山田先生が、二人の少女を紹介する。

 

 一人は金髪の少女。

 もう一人は銀髪の少女だった。

 

「フランスから来ました。シャルロット・デュノアです。不慣れなことも多いですが、よろしくお願いします」

 

 金髪の少女――シャルロットが、丁寧に頭を下げる。

 

 教室中から、さっそく歓声が上がった。

 

「フランスからの代表候補生!?」

「すごい……!」

「かわいい!」

 

 まあ、予想通りだ。

 

 私は昨日の会議で写真を見ていたので、それほど驚きはしなかった。

 

 問題は、もう一人。

 

「………………」

 

 銀髪の少女――ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

 彼女は腕を組んだまま、教室にいる女子たちを値踏みするように見回していた。

 

 まるで、そこにいる全員を自分より下だとでも言うように。

 

 そして、一向に口を開こうとしない。

 

「……挨拶しろ。ラウラ」

 

「はい! 教官!」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 

 私は理解した。

 

 ――この子、千冬姉の教え子だ。

 

 以前、千冬姉がドイツに滞在していた時期がある。

 

 その時に指導していた生徒。

 

 それが、彼女なのだろう。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「………………」

 

 終わった。

 

 教室に沈黙が落ちる。

 

 たぶん、みんな次の言葉を待っている。

 

 しかし――。

 

「…………」

 

「以上……ですか?」

 

 山田先生が恐る恐る尋ねる。

 

「以上だ」

 

 即答。

 

 山田先生の顔が、ほんの少し引きつった。

 

 そして。

 

「貴様が……織斑一夏だな」

 

 ラウラの視線が、まっすぐ私へ向けられる。

 

「そうだけど?」

 

 私が答えた、その瞬間だった。

 

「――っ!」

 

 ラウラが突然、私との距離を詰めた。

 

 そして振り上げられる右手。

 

「え?」

 

 平手打ち。

 

 まともに受ければ、普通の人間なら吹き飛ぶ。

 

 だけど――。

 

 私は動かなかった。

 

 ただ、ラウラの手が頬へ届く直前。

 

 クライン・フィールドを展開する。

 

 ――ドンッ!!

 

「がっ!?」

 

 弾かれたのは、ラウラの方だった。

 

 彼女の身体が宙を舞い、そのまま背中から黒板へ叩きつけられる。

 

「……っ!」

 

 教室中が凍りついた。

 

 私はため息を吐く。

 

「私に何の恨みがあるかは知らないけど、いきなりはないんじゃない?」

 

「っ……! だ、黙れ!」

 

 ラウラはふらつきながら立ち上がる。

 

「人類の裏切り者が……!」

 

 その目には、明確な敵意が宿っていた。

 

「貴様は人類の敵である“霧”に魂を売った! それが、あのお方の顔に泥を塗っていることを知らないと言うのか!」

 

「あのお方……」

 

 千冬姉のことか。

 

 なるほど。

 

 この子は本当に、千冬姉を崇拝しているらしい。

 

「あなたがどう思っているかは知らないわ」

 

 私は席を立った。

 

「でもね――」

 

 ラウラの前まで歩いていく。

 

「私たち『蒼き鋼』に喧嘩を売るっていうなら……」

 

 一歩。

 

 さらに一歩。

 

「ドイツだろうと、代表候補生だろうと、容赦はしないわ」

 

「…………っ」

 

 ラウラの表情が僅かに強張る。

 

 教室の空気が、さらに重くなった。

 

「そこまでにしとけ」

 

 その声に、私もラウラも振り向く。

 

 千冬姉だった。

 

 さすがにこれ以上はまずいと思ったのだろう。

 

「朝から何をやっている。席につけ」

 

「……はい」

 

 ラウラは渋々と自分の席へ戻った。

 

 千冬姉は教壇へ戻ると、手を二度叩いた。

 

「ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドへ集合」

 

 こうして、転校初日の騒ぎは一旦終わった。

 

 ……一旦、だけど。

 

              ◇

 

「では、本日から格闘及び射撃の実戦訓練を始める」

 

 第二グラウンド。

 

 今日は一年一組と二組の合同授業だった。

 

 後方には、二組の生徒たち。

 

 その中には、鈴の姿もある。

 

 私は装備を確認しながら、隣にいるセシリアの視線を感じていた。

 

「一夏さん」

 

「ん?」

 

「お一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「ラウラとの関係でしょ?」

 

「……ええ」

 

 やっぱり。

 

 私は苦笑しながら答える。

 

「私というより、千冬姉の方に関係があるんだけどね」

 

「織斑先生ですか?」

 

「そう」

 

 私は少しだけ昔のことを思い出す。

 

「第二回モンド・グロッソの時、私、誘拐されたことがあるの」

 

「えっ?」

 

「目的は千冬姉を棄権させることだったらしいんだけど、それは失敗。その後のことは、私はあまり覚えていないんだ」

 

 あの時の記憶。

 

 今でも、ところどころ曖昧だ。

 

「それで、その後に千冬姉がドイツに滞在していた時期があって。その時の教え子が、あのラウラってわけ」

 

「なるほど……」

 

 セシリアが納得したように頷く。

 

「何と言いますか……複雑な関係なのですね」

 

「まあね」

 

 私はラウラを見る。

 

 彼女は少し離れた場所で、他の生徒たちを睨むように見ていた。

 

「たぶん、ラウラにとって千冬姉は神様みたいな存在なんだと思う」

 

「だから、一夏さんのことが気に入らない?」

 

「そういうこと」

 

 私は肩をすくめた。

 

「そのうえ、蒼き鋼の噂もあるからね」

 

「……『霧に魂を売った』という噂ですか」

 

「ええ」

 

 私は苦笑する。

 

「まあ……真実なんだけどね」

 

「一夏さん……」

 

「でも、表向きには知られていない情報だから」

 

 私が霧の側にいる理由。

 

 蒼き鋼が霧と繋がっている理由。

 

 それを知っている人間は、まだ限られている。

 

 だからこそ、外から見れば――。

 

 蒼き鋼は、人類を裏切って霧と手を組んだ企業。

 

 そう見えても、おかしくはない。

 

 そんなことを考えているうちに、授業が始まった。

 

 実戦形式の格闘訓練。

 

 射撃訓練。

 

 模擬戦。

 

 次々とメニューが消化されていく。

 

 結果として――。

 

「……今日の被害者、セシリアと鈴くらいかな」

 

「誰のせいよ!」

 

「一夏のせいでしょ!」

 

「いや、私だけじゃないと思うんだけど……」

 

 どうやら、いつも通りだった。

 

 ――この時までは。

 

              ◇

 

 ドイツ。

 

 ある高級ホテル。

 

 その最上階にあるテラスで、ムサシは優雅に紅茶を飲んでいた。

 

「報告を」

 

 その声に応じるように、複数の少女が姿を現す。

 

「大方、思っていた通り黒でした」

 

 先頭に立つヒエイが報告する。

 

「こっちも同じだぜ」

 

 アシガラ。

 

「こちらも同様です」

 

 ミョウコウ。

 

「同じく」

 

 ナチ。

 

「黒を超えて、真っ黒だよ~」

 

 ハグロ。

 

 五人。

 

 いずれもオレンジ色の制服を身に纏っている。

 

 ムサシはカップを静かに置いた。

 

「そうですか」

 

 表情は変わらない。

 

 だが、その瞳には冷たい光が宿っていた。

 

「では――」

 

 ムサシは淡々と告げる。

 

「ヤマトの言われた通り、消しなさい」

 

「はっ!」

 

 ヒエイが敬礼する。

 

 そして、アシガラ、ミョウコウ、ナチ、ハグロを引き連れ、その場を後にした。

 

 静かになったテラス。

 

 ムサシは再び紅茶へ口をつける。

 

「……マヤがいたなら」

 

 ふと、そんなことを思い出した。

 

「『カーニバルだよ~』とでも言うのかしらね」

 

 小さく笑う。

 

 その直後。

 

 ドイツ国内に存在していた、とある研究施設が――。

 

 跡形もなく消えた。

 

 正確には。

 

 施設の約八割が、一瞬にして吹き飛んだ。

 

 原因不明の大規模爆発。

 

 人的被害。

 

 研究データ。

 

 設備。

 

 すべてが失われた。

 

 そして、その施設が何を研究していたのか。

 

 その情報すらも――。

 

 霧の中へと消えていった。

 

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