IS~空を舞う蒼き鋼~   作:ぬっく~

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第18話

 フランス――サン=マロ。

 

 かつては多くの漁船が行き交い、海の恵みを受けて暮らしていた港町。

 

 しかし今、その面影はほとんど残っていなかった。

 

 霧の艦隊による海上封鎖。

 

 漁に出ることは禁止され、海を生業としていた人々は仕事を失った。

 

 町の一角には、いつしかスラム街が形成されている。

 

 家を持っている者もいる。

 

 だが、その数は少ない。

 

 多くの人々は満足な住居を持てず、路地や建物の軒下で夜を過ごしていた。

 

 電気も、水道も自由に使えるわけではない。

 

 生きていくために必要なものですら、高値で取引される。

 

 町は荒れ、人々の顔からはかつての活気が消えていた。

 

 そんな海岸で。

 

「…………」

 

 一人の少女が釣り糸を垂らしていた。

 

 ズイカク。

 

 その隣には、イ402がいる。

 

「ここも、だいぶ酷いな」

 

 ズイカクが周囲を見回す。

 

「そうだな」

 

 402は淡々と答えた。

 

「タカオも来ればよかったのだが」

 

「仕方ないさ。あいつは簪と一緒にIS学園へ行っているんだから」

 

「それもそうか」

 

 二人にとって、この町の生活はそれほど苦しいものではない。

 

 ヤマトから十分な資金を与えられているからだ。

 

 もっとも、その金を自分たちの贅沢に使うわけではない。

 

 ズイカクが釣ってきた魚を食料や物資と交換しながら生活する。

 

 ヤマトから受け取った資金は、主に住居の確保や維持へ回していた。

 

 そして何より。

 

 ズイカク自身が釣りを楽しんでいた。

 

 だから402も、仕方なく付き合っている。

 

「それで――」

 

 ズイカクが釣り竿を持ったまま尋ねる。

 

「アレの方はどうだったのだ?」

 

「やはり、我々のことを探っていた」

 

「……そうか」

 

 402はヤマトから命じられた調査について話し始めた。

 

 調査対象は、フランスのデュノア社。

 

 結果だけを言えば、ドイツとは違った。

 

「白だった」

 

「ほう」

 

「霧に対する敵対行動や、軍事的な繋がりは確認できなかった」

 

「なら問題ないではないか」

 

「ただし――」

 

 402は少し間を置く。

 

「経営状態は最悪だ」

 

「……なるほど」

 

 ズイカクが顔をしかめる。

 

「原因は?」

 

「今の世代に問題がある」

 

「今の世代?」

 

「いつまでも第二世代を主力としている。時代遅れもいいところだ」

 

 402は呆れたように続けた。

 

「対応が遅すぎる。世界中で技術が進歩しているというのに、自分たちだけが過去に取り残されている」

 

「まあ、仕方ないさ」

 

 ズイカクは釣り糸を見ながら答えた。

 

「無能な女たちが指揮を執った時点で、その会社は終わっている」

 

「…………」

 

 ズイカクはふと疑問に思った。

 

「待て。デュノア社の社長って男だよな?」

 

「表向きにはな」

 

「表向き?」

 

「実際に会社を仕切っているのは、その男の妻だ」

 

「じゃあ、その夫はどこにいる?」

 

「監禁されている」

 

「………………」

 

 ズイカクは絶句した。

 

「……人間ってのは、よく分からないな」

 

「放っておいても会社は倒産する」

 

 402は立ち上がる。

 

「我々が介入する必要はない」

 

「まあ、待ちなよ」

 

 ズイカクは402を呼び止める。

 

「とりあえず、この件をヤマトに聞いてもらうのはダメか?」

 

「…………」

 

「気になるんだよ」

 

 ズイカクは、スラム街へ視線を向ける。

 

 この町へ来てから。

 

 いや。

 

 もっと前から。

 

 ズイカクは、人間という存在に少しずつ興味を持つようになっていた。

 

 霧の艦隊から見れば、人間は取るに足らない存在だった。

 

 だが――。

 

 人間は弱い。

 

 それなのに、生きようとする。

 

 失っても。

 

 奪われても。

 

 何度でも立ち上がろうとする。

 

 そして、この光景はサン=マロだけのものではない。

 

 世界中に同じような場所がある。

 

 日本だって例外ではない。

 

「…………勝手にしろ」

 

 402はそれだけを言い残し、その場を離れていった。

 

 ズイカクはその背中を見送る。

 

「……ありがとよ」

 

              ◇

 

『そうなのですか』

 

 ズイカクからの概念伝達を受けたヤマトは、しばらく考える。

 

『では、ズイカク。正体が露見しない程度であれば、好きにやっても構いません』

 

『了解っす、総旗艦殿』

 

 通信が切れる。

 

「……これは、またまた」

 

 ヤマトは小さく笑った。

 

 そして、視線をステージへ向ける。

 

 現在、IS学園では学年別タッグトーナメントが行われていた。

 

 その第一試合。

 

 織斑一夏&更識簪。

 

 対するは――。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ&篠ノ之箒。

 

「うがああああああああっ!!」

 

 会場にラウラの叫び声が響き渡る。

 

 しかし。

 

 戦況はすでに決していた。

 

 ――一夏と簪の圧勝。

 

 箒の乗る打鉄は、日本製の量産型IS。

 

 そして、その打鉄弐式をベースに蒼き鋼が改修した機体が、簪の打鉄弐式改だ。

 

 訓練機と専用機。

 

 それだけでも性能差は大きい。

 

 ましてや――。

 

 相手は蒼き鋼の技術によって強化された専用機。

 

 まともに戦って勝つことなど、ほとんど不可能だった。

 

「くっ……!」

 

 試合開始直後。

 

 簪の六基のミサイルランチャーが一斉に開く。

 

「――行きます」

 

 無数のミサイルが放たれた。

 

「なっ!?」

 

 箒が回避行動へ移る。

 

 しかし、遅い。

 

 ミサイルは逃げ道を塞ぐように飛び交い――。

 

 爆炎が、箒の機体を飲み込んだ。

 

「きゃああああっ!」

 

 箒は一瞬で戦闘不能。

 

 そして。

 

 ラウラは――。

 

 箒を助けなかった。

 

 いや。

 

 最初から、仲間として見ていなかった。

 

 目の前にいる「織斑一夏」。

 

 その存在だけを見ていた。

 

「どうしたの?」

 

 一夏がラウラへ声をかける。

 

「あなたは、その程度の実力なわけ?」

 

「ふ、ふざけるな……!」

 

 ラウラの拳が震える。

 

「貴様ごときに……私が負けるものか……!」

 

 冷静さを失っていた。

 

 現役軍人であるはずのラウラが、私情を優先したことで判断力を大きく落としている。

 

 そのことに、本人だけが気づいていなかった。

 

「…………」

 

 ラウラの目の前には、憎き敵。

 

 織斑一夏。

 

 彼女が誇りとしていたAICは、霧のクライン・フィールドによって相殺されていた。

 

 それでもなお、ワイヤーブレードを止めようとする。

 

 だが――。

 

 止める。

 

 破壊される。

 

 止める。

 

 また破壊される。

 

「くっ……!」

 

 ラウラのシールドエネルギーは、限界へ近づいていた。

 

 一方。

 

 簪はすでに箒を撃破している。

 

「一夏、援護する」

 

「大丈夫」

 

「……分かった」

 

 簪は一夏の言葉を信じ、その場で待機する。

 

 勝負は、一夏とラウラの一騎打ちになっていた。

 

「この試合――」

 

 天羽琴乃は、観客席から静かに戦況を見つめる。

 

「一夏の勝ちだね」

 

 ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンには、肩部に大型レールカノン。

 

 両肩とリアアーマーには、合計六基のワイヤーブレード。

 

 両腕の手首からはプラズマ手刀。

 

 そして、彼女の切り札であるAIC。

 

 だが――。

 

 その全てが、一夏の前では通用していない。

 

 AICはクライン・フィールドに阻まれ。

 

 ワイヤーブレードは止められては破壊され。

 

 シールドエネルギーも、ほとんど残っていない。

 

 一夏は静かに右手を掲げた。

 

 白式改から、《ヴァール》が展開される。

 

 その形状が変化する。

 

 刃ではない。

 

 銃撃形態。

 

「そろそろ、終わりにしようか」

 

「……っ!」

 

 一夏が踏み込む。

 

 瞬時に距離が消える。

 

「来るなぁっ!」

 

 ラウラは反射的にAICを展開した。

 

 だが――。

 

「無駄だよ」

 

 クライン・フィールドが展開される。

 

 AICの力が阻害される。

 

「なっ……!?」

 

 一夏は、そのままラウラの懐へ入り込んだ。

 

 そして。

 

 《ヴァール》の銃口を、ラウラの腹部へ押し当てる。

 

「な……!?」

 

 ラウラが後退しようとする。

 

 しかし――。

 

 動けない。

 

「!? どういうことだ!?」

 

「クライン・フィールドは、使い方を変えるだけで色々できるんだよ」

 

 一夏は淡々と答える。

 

「攻撃から身を守るだけじゃない」

 

 クライン・フィールドがラウラの周囲へ干渉する。

 

「その場に固定することだってできる」

 

「くっ……!」

 

 逃げられない。

 

 防げない。

 

 そして――。

 

 ヴァールの引き金が引かれた。

 

「――っ!」

 

 轟音。

 

 強烈な一撃がラウラの腹部へ叩き込まれる。

 

「ぐううううっ……!」

 

 絶対防御が発動。

 

 シールドエネルギーが一気に削られていく。

 

 残り少ないエネルギーが、さらに奪われる。

 

 そして、相殺しきれなかった衝撃がラウラ自身へ襲いかかった。

 

「ぐっ……!」

 

 視界が揺れる。

 

 膝が震える。

 

 もう、立っているだけで精一杯だった。

 

(わ、私は……)

 

 ラウラは必死に意識を繋ぎ止める。

 

(私は、こんな……)

 

 目の前には、一夏。

 

(こんな所で……負けるのか……?)

 

 軍人としての誇り。

 

 千冬への憧れ。

 

 そして、自分自身の存在意義。

 

 それら全てを否定されるような敗北。

 

「嫌だ……」

 

 小さく呟く。

 

「私は……」

 

 拳を握る。

 

「私は負けたくない……!」

 

 それでも。

 

 一夏は動かない。

 

 ただ、静かにラウラを見ている。

 

「負けるわけには……いかないんだ……!」

 

 ラウラの声が震える。

 

「私は……!」

 

 その瞬間。

 

 ――ドクン。

 

 シュヴァルツェア・レーゲンが、脈打った。

 

「……え?」

 

 一夏の表情が変わる。

 

 簪も異変に気づいた。

 

「一夏……?」

 

 シュヴァルツェア・レーゲンの装甲から、黒い光が漏れ出す。

 

 機体の内部。

 

 何かが目を覚ます。

 

 ラウラ自身にも理解できない。

 

 ただ一つだけ。

 

 彼女のISが――。

 

 今までとは、明らかに違う反応を示していた。

 

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