お気軽にどうぞ。
「……ここは、どこ?」
目を覚まして最初に見えたもの。
それは――海だった。
どこまでも続く青い海。
水平線の向こうには陸地すら見えない。
「…………」
ゆっくりと身体を起こす。
周囲を見渡す。
巨大な砲身。
無数に並ぶ機銃。
そして、自分が立っている巨大な甲板。
「これって……」
私は息を呑んだ。
「……戦艦?」
間違いない。
私は戦艦の上にいる。
しかし、すぐに疑問が浮かんだ。
――こんな巨大な戦艦、今の時代に存在するの?
少なくとも、私が知っている限りではこんな艦は存在しない。
それ以前に――
「どうして私が、こんなところに……」
「目覚めたのね」
「えっ?」
突然、背後から声がした。
私は慌てて振り返る。
そこにいたのは、一人の女性だった。
日本の中学校の制服。
長い髪。
整った顔立ち。
そして――
私は彼女を知っていた。
「な、なんで……」
「ん?」
「なんで、あなたがここにいるんですか……?」
目の前の女性が首を傾げる。
私は信じられない気持ちで、その名前を口にした。
「……天羽琴乃さん」
「うふふ……」
彼女――天羽琴乃は、楽しそうに微笑んだ。
天羽琴乃。
私が通っている中学校では、知らない人間などいない。
成績は学年総合一位。
それも一度ではない。
運動も出来て、容姿も抜群。
さらに家柄も良いらしく、誰もが一度は「お嬢様なんだろう」と噂するような存在。
学校ではアイドルのような扱いを受けている。
そんな彼女が――
どうして私の目の前にいるのだろう。
しかも。
ここは学校ではない。
海の上。
正体不明の巨大戦艦の上だ。
「……夢?」
「夢ではありませんよ」
「え?」
「現実です」
琴乃さんは穏やかな笑顔を浮かべたままだった。
その時だった。
「来たようですね」
「え?」
琴乃さんが海の向こうを見る。
私も釣られて視線を向けた。
すると――
海面が大きく盛り上がった。
巨大な水柱が次々と立ち上がる。
「な、何……?」
轟音と共に、海中から巨大な艦艇が姿を現した。
一隻。
二隻。
三隻――
数十隻にも及ぶ戦艦。
さらに、その周囲には複数の潜水艦まで浮上してくる。
「うそ……」
あまりの光景に言葉を失った。
「皆さん、集まったようですね」
琴乃さんは何でもないことのように言う。
「それでは、食事にしましょうか」
「…………」
「どうしたのですか?」
琴乃さんがこちらへ振り返る。
「こちらですよ」
そう言って、手招きする。
私は戸惑いながらも、彼女についていった。
◇
甲板へ戻る。
そこには――さらに信じられない光景が広がっていた。
「…………」
何人いるの?
そこに集まっていたのは、様々な姿をした女性や少女たちだった。
青い髪にミニスカートとニーソックスの女性。
大きなロングコートを身に纏った金髪の女性。
黒髪にロリータファッションの少女。
タキシードを着こなし、まるで男性のような雰囲気を持つ茶髪の女性。
白衣を纏った茶髪の女性。
白い帽子とコートを身につけた金髪の少女。
豪華なロングドレスを着た金髪の女性。
そして、着物姿の黒髪の女性たち。
服装も年齢もバラバラ。
それなのに――
誰もが普通ではない。
「お待たせしました、皆さん」
琴乃さんが声を掛ける。
すると、ロングドレスの女性がこちらへ視線を向けた。
「我々を招集しておいて、随分と悠長だな。ヤマト」
「ヤマト……?」
その名前に私は反応した。
琴乃さんは、その女性へ微笑みかける。
「そう急かさないでください、コンゴウ」
「それで?」
コンゴウと呼ばれた女性は、私を見る。
鋭い視線だった。
「我々を集めた理由は何だ?」
「この子の歓迎会ですよ」
「……それだけか?」
「…………」
琴乃さんが黙る。
その瞬間だった。
琴乃さんの額と頬に――奇妙な紋様が浮かび上がった。
「え……?」
そして。
周囲にいる女性たちの顔にも、同じような紋様が現れる。
私は思わず息を呑んだ。
「……そういうことか」
コンゴウが呟く。
先ほどまで私を警戒していた視線が、僅かに変化した。
どうやら、何かを理解したらしい。
だが、私には何一つ分からない。
「さて」
琴乃さんが手を叩く。
「お話はこれくらいにしましょう」
その声を合図に、皆が席へ着いていく。
私も促されるまま席へ座った。
どうやら私の席は――
いわゆる「誕生日席」らしい。
そして、その隣には琴乃さんが座った。
「では――」
琴乃さんが微笑む。
「織斑一夏ちゃん」
「は、はい」
「改めまして」
琴乃さんが手を広げる。
「我ら――『霧の艦隊』へようこそ♪」
「…………え?」
その言葉を聞いた瞬間。
私の運命が、大きく動き始めた。
◇
その後。
私は琴乃さんたちから、いくつもの話を聞かされた。
集まっていた女性たちの名前。
コンゴウ。
タカオ。
ヒュウガ。
ハルナ。
キリシマ。
マヤ。
ナガト。
ムサシ。
聞き覚えのある名前がいくつもあった。
どれも――
日本の軍艦の名前。
「……もしかして」
私は恐る恐る尋ねた。
「皆さんの名前って……戦艦の名前ですか?」
「ええ」
琴乃さんは頷いた。
「その通りです」
「じゃあ……あなたは?」
「私ですか?」
琴乃さんは立ち上がる。
先ほどまで制服だったはずなのに、いつの間にか純白のウェディングドレスへと姿を変えていた。
あまりにも自然な変化だったため、私はいつ着替えたのかすら分からなかった。
「私は――ヤマト」
優雅にドレスの裾を持ち上げる。
「霧の艦隊総旗艦。超戦艦ヤマトです」
「……ヤマト」
「そして」
琴乃さんは微笑む。
「地上では、天羽琴乃」
「…………」
「私は天羽琴乃であり、ヤマトでもあるのですよ」
頭が追いつかない。
学校で見ていた天羽琴乃。
そして、今ここにいる超戦艦ヤマト。
その二つが――同じ存在。
「……そんなことって」
「ありますよ」
琴乃さんは楽しそうに笑う。
「この艦隊ではね」
そして、私の両腕を掴んだ。
「では、一夏ちゃんも少し準備しましょうか」
「え?」
その瞬間。
私の身体を淡い光が包み込んだ。
「えっ!? な、何これ!」
着ていた服が変化していく。
地味な普段着が、瞬く間に別の衣装へと変わっていく。
気付けば私は、パーティーで着るようなナイトドレスを身につけていた。
「…………」
呆然と自分の服を見る。
「どうなってるんですか、これ……」
「うふふ」
琴乃さんが笑う。
「これが、我々『霧の艦隊』だけが扱えるもの」
琴乃さんが私の服へ触れる。
「ナノマテリアルです」
「ナノ……マテリアル?」
「ええ」
琴乃さんは説明を続ける。
「簡単に言えば、分子構成を自由に組み替えられる物質です」
「分子構成を……?」
「シミュレーションさえ出来れば、様々な物質を作り出せます」
琴乃さんが周囲を見る。
「この艦も」
「…………」
「この甲板も」
「…………」
「そして、皆さんの衣服も」
私は周囲を見渡す。
先ほどまで見ていた巨大な戦艦。
それら全てが――
「ナノマテリアルで出来ているんです」
「…………」
私は完全に言葉を失った。
◇
それからしばらく。
私はマヤちゃんやアシガラちゃんたちと遊んでいた。
「イッチー!」
「なに?」
「こっちこっち!」
いつの間にか、私は彼女たちと自然に話せるようになっていた。
一方、琴乃さんやコンゴウさん、ナガトさんたちは少し離れた場所で紅茶を飲みながら何かを話している。
その中には、何故かムサシさんもいた。
「…………」
少しだけ気になった。
けれど――
「イッチー、どうしたの?」
マヤちゃんに声を掛けられる。
「……ううん。何でもないよ、マヤちゃん」
「そう?」
「うん」
私は笑った。
こんなに誰かと楽しく過ごしたのは――いつ以来だろう。
やがて、太陽が沈んでいく。
空が暗くなり、無数の星が姿を現した。
「わぁ……」
マヤちゃんが天体望遠鏡を持ってくる。
「天体観測しよう!」
「うん!」
その時だった。
「一夏ちゃん」
後ろから声がした。
振り返ると、琴乃さんが立っている。
その手には、小さな箱があった。
「これは?」
「プレゼントです」
「……私に?」
「もちろん」
琴乃さんは箱を開ける。
中に入っていたのは――
銀色のブレスレットだった。
「これを……」
琴乃さんは私の左腕にブレスレットを付ける。
「私たちから、一夏ちゃんへのプレゼントです」
「…………」
私はブレスレットを見つめる。
「ありがとうございます……」
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
誰かからプレゼントを貰うことなんて、ほとんどなかった。
それが――
学校で誰もが憧れる天羽琴乃から。
そして。
初めて会ったはずなのに、何故かずっと前から知っているような感覚を覚える、この人たちから。
「……嬉しいです」
自然と笑みがこぼれた。
「それは良かったです」
琴乃さんも微笑む。
「それでは――最後のお楽しみといきましょうか」
「最後?」
琴乃さんが甲板へ手を向ける。
すると、何もなかった場所に複数の筒が現れた。
「何あれ……?」
次の瞬間。
――ヒュルルルル。
光の玉が夜空へ向かって飛んでいく。
そして――
ドンッ!
夜空いっぱいに、大輪の花が咲いた。
「…………!」
次々と打ち上げられる花火。
赤。
青。
金。
銀。
夜空が光で埋め尽くされていく。
「きれい……」
私はただ、その光景を見つめていた。
◇
その後のことは、あまり覚えていない。
霧の艦隊のみんなと花火を見ていた。
そこまでは覚えている。
でも――
その先の記憶がない。
「…………」
目を開ける。
「……ここは?」
知らない部屋だった。
ベッド。
窓。
そして、その向こうに広がる街並み。
「……陸?」
どうやら私は、陸地にいるらしい。
甲板で花火を見ていたことが、急に夢のように感じられた。
「全部……夢だったの?」
そう呟いた時だった。
左腕に違和感を覚えた。
「……え?」
腕を見る。
そこには――
銀色のブレスレット。
「これ……」
夢ではなかった。
琴乃さんがくれたもの。
それが、今も私の腕にある。
その直後。
ガチャッ。
部屋の扉が開いた。
「……!」
入ってきた人物を見て、私は目を見開いた。
「い、一夏……!」
「……千冬姉……?」
そこにいたのは――
私の姉。
織斑千冬だった。
千冬姉は息を切らしながら、私を見る。
そして。
次の瞬間には――
強く抱きしめられていた。
「…………」
「よかった……」
震える声。
「本当に……よかった……!」
「千冬姉……?」
頬に何かが落ちた。
一滴。
また一滴。
「…………え?」
私は目を疑った。
千冬姉が――泣いている。
あの千冬姉が。
私の前で、涙を流している。
「千冬姉……」
「……一夏」
強く抱きしめられる。
「ごめんなさい……」
何故か。
私は謝っていた。
「……ごめんなさい」
何に対して謝っているのかも分からない。
ただ。
泣いている千冬姉を見ていると――
それしか言葉が出てこなかった。
◇
後から聞いた話によれば。
私はドイツの海辺で発見されたらしい。
海岸近くのベンチで眠っているところを、ドイツ軍関係者に発見されたそうだ。
誘拐されていたはずの私が、どうしてそんな場所にいたのか。
誰が私を連れてきたのか。
そして――
あの巨大な戦艦は何だったのか。
何も分からない。
事情を聞かれた。
何があったのか。
誰に誘拐されたのか。
どうやって助かったのか。
私は答えた。
「……覚えていません」
それ以外、何も話さなかった。
霧の艦隊のことも。
ヤマトのことも。
琴乃さんのことも。
そして――
私が見た、あの夜空の花火のことも。
ただ一つ。
左腕に残された銀色のブレスレットだけが。
あの出来事が夢ではなかったことを、静かに証明していた。