そこは、奇妙な部屋だった。
部屋の至る所に機械の部品が散らばり、大小様々なモニターが壁を埋め尽くしている。
床には無数のケーブル。
それらはまるで巨大な樹海のように絡み合い、部屋の奥へと伸びていた。
その中央。
一人の少女が、端末へ向かって作業を続けていた。
「♪♪」
「――!」
突然。
部屋の中に携帯電話の着信音が響いた。
少女の頭にある、折れたウサ耳が――。
ビーンッ!!
勢いよく真っ直ぐに立ち上がる。
その反応の大きさが、彼女の驚きを雄弁に物語っていた。
なぜなら。
この電話が鳴るのは――初めてだったからだ。
「……!」
少女は慌てて携帯電話を手に取る。
そして。
「やあやあやあ!」
電話に出るより先に、嬉しそうな声を上げた。
「久しぶりだねぇ!」
その表情は、まるで待ち望んでいた玩具をようやく手に入れた子供のようだった。
「ずっと、ずーーーっと待ってたよ!!」
相手は分かっている。
この電話を掛けてくる人間など、一人しかいない。
「欲しいんだよね?」
少女は笑う。
「君だけの――オンリーワンが」
モニターへ視線を向ける。
そこに映し出されていたのは、一機のIS。
「最高性能《ハイエンド》にして――」
指先がキーボードの上を走る。
「規格外仕様《オーバースペック》」
そして。
「白と並び立つもの……」
少女は楽しそうに笑った。
「その機体の名は――」
◇
「海だぁ~~~~っ!!」
臨海学校初日。
天候は快晴。
雲一つない空から降り注ぐ陽光が、青い海面に反射している。
潮風は心地よく、波も穏やかだった。
「……うん。海だね」
私は隣にいる簪を見る。
「海だよ」
「知ってる」
簪は淡々と返した。
臨海学校。
今回の主な目的は、各国から送られてきたISや装備の実装・稼働試験。
期間は二泊三日。
とはいえ、初日の今日は自由行動となっている。
私たちは水着へ着替え、浜辺へ出ていた。
「今朝の情報、聞いた?」
準備運動をしながら、簪が尋ねてくる。
「ああ。アレでしょ?」
私は頷く。
「デュノア社の倒産」
フランスのIS企業。
デュノア社。
結局、第三世代ISの開発に成功することができず、イグニッション・プランからも外された。
そこから先は、まるで坂道を転げ落ちるようだった。
「まあ……」
私は身体を伸ばしながら苦笑する。
「天羽さんが手を打ってるだろうし」
「うん」
その通りだった。
天羽琴乃は、すでに動いている。
倒産したデュノア社を――。
丸ごと買収したのだ。
これによって、デュノア社は実質的に蒼き鋼の傘下へ入ることになった。
会社そのものは失われた。
しかし。
IS開発部門は生き残る。
「世界が、また一段と騒がしくなったね」
「う~ん……」
私は空を見上げる。
「そう言われると、何も言えないね」
霧。
蒼き鋼。
IS。
各国の思惑。
そして、裏側で動く様々な組織。
世界はもう、昔のように平穏ではない。
「それで」
簪が少し声を落とす。
「例の案件はどうなっているの?」
「ああ……」
私は少し考える。
「まだ天羽さんの回答待ち」
――例の案件。
シャルロット・デュノアのことだ。
フランスとしては、貴重なIS候補生を失うわけにはいかない。
だが。
デュノア社そのものが蒼き鋼の傘下へ入ってしまった。
フランス側も、以前ほど強くは出られない。
それでも、何とか話を引き延ばしている。
天羽さんも、この件には少し手を焼いているらしい。
「まあ……」
私は肩をすくめる。
「そのうち決着するでしょ」
「そうだね」
「よっし!」
準備運動を終える。
「じゃあ、行こう!」
「うん」
二人で海へ向かって歩き出す。
穏やかな海。
眩しい太陽。
楽しい臨海学校。
少なくとも――。
この時の私たちは、そう思っていた。
◇
「…………」
その頃。
篠ノ之箒は、一人で海岸に座っていた。
周囲ではクラスメイトたちが楽しそうにはしゃいでいる。
だが、箒はその輪の中へ入ろうとしなかった。
(トーナメント戦……)
脳裏に浮かぶ。
一夏と簪。
二人の連携。
自分は、あまりにも簡単に敗北した。
そして――。
(私は、その後も何もできなかった)
箒は拳を握る。
(違う……)
あの時だけではない。
学園に謎のISが現れた時も。
一夏と簪が戦っていた。
(私も……)
一夏と一緒に戦いたかった。
なのに。
(私は、何も……)
箒の手には、一台の携帯電話。
その画面に表示されている名前。
――篠ノ之束。
自分の姉。
そして。
ISをこの世界へ生み出した張本人。
(せめて……私にも専用機があれば)
そう思ってしまった。
だが。
(だからといって……)
指が止まる。
これが本当に正しい選択なのか。
姉に頼ることが。
あの人に連絡することが。
正しいのか。
「…………」
しばらく画面を見つめ。
「私も、滑稽な真似をしたものだな……」
携帯電話を握りしめたまま、箒は立ち上がる。
そして。
楽しそうに海ではしゃぐクラスメイトたちを見る。
その中には――。
一夏の姿もあった。
「…………」
箒は何も言わず、その場を離れた。
◇
夜。
生徒たちは入浴を済ませ、夕食を取っていた。
だが。
その場にいない生徒が一人。
「…………」
箒だった。
「こんな所で何をしている?」
「――!」
背後から声がする。
「ちふ……」
振り返った箒は、慌てて言い直す。
「……いえ、織斑先生」
「何か心配事でもあるのか?」
「いえ……その……」
箒は言葉を濁す。
千冬はしばらく妹分の顔を見つめ――。
「『束』のことか?」
「…………」
図星だった。
「はい」
千冬は静かに息を吐く。
篠ノ之束。
昔から、誰とも違っていた。
天才。
いや。
天才という言葉ですら足りない。
他人には理解できない思考。
常識では測れない技術。
そして。
ISをこの世界へ発表した張本人。
その結果、束だけではなく篠ノ之家そのものが各国から利用されようとした。
軍事利用を目論む国々から守るため、日本政府の保護下に置かれた。
住居は何度も変わった。
家族は引き離された。
そして――。
束本人は姿を消した。
箒にとっても、それは決して他人事ではない。
一夏と離れることになった原因の一つでもある。
だからこそ。
箒はずっと、束を憎んできた。
それでも。
今の箒の胸にあるのは、憎しみだけではなかった。
「明日は七月七日だ」
「…………」
「姿を見せるかもしれんぞ」
千冬は空を見上げる。
「あいつならな」
「……ええ」
箒も頷く。
七月七日。
明日は――。
自分の誕生日だった。
千冬は、それを知っている。
だからこそ。
束が妹の誕生日に姿を現す可能性があると考えているのだ。
「……そうですね」
箒は空を見上げる。
果たして。
姉は来るのだろうか。
◇
臨海学校二日目。
今日から、本格的な実装試験が始まる。
生徒たちは各国から用意されたISや装備の確認を行い、千冬が全員へ説明を始めていた。
「それでは予定通り、実装試験を行う。各国の代表候補生は自国の装備を使用。それ以外の者は――」
「おっ……織斑先生!!」
「ん?」
突然。
山田真耶の声が響いた。
「上空から、何かが接近しています!」
「何?」
全員が空を見上げる。
私と簪も視力を強化する。
「……あれは」
空から何かが落ちてくる。
かなり大きい。
「ミサイル?」
「いや……」
徐々に距離が近づいてくる。
形がはっきりしてきた。
私は目を細める。
「……ニンジン?」
「うん」
簪も頷く。
「ニンジンだね」
「「…………」」
生徒たち全員が空を見上げる。
そこから降ってくるのは――。
どう見ても。
巨大なニンジンだった。
「……なんで?」
誰かが呟く。
次の瞬間。
巨大ニンジンが、砂浜へ着地する。
――ズドォォォン!!
砂煙が舞い上がる。
そして。
「……やあやあ」
聞き覚えのある声。
「お待たせしたねぇ」
ニンジン型の何かが開く。
「はろー! はろー!」
中から、一人の少女が姿を現す。
特徴的なウサ耳。
そして、どこか人を食ったような笑顔。
「みんなのアイドル――」
少女は両手を広げる。
「篠ノ之束!」
そして。
「ここに参上――――うっ!!」
世界を一変させた天才。
そして。
世界中から『天災』と呼ばれる女。
篠ノ之束が――。
七月七日。
箒の誕生日に。
ついに姿を現した。
次回は一週間後