「篠ノ之束!?」
ニンジンのような形をした奇妙なロケット。
そのハッチが開き、中から姿を現した人物を見て、一夏は思わず声を上げた。
白衣。
長い髪。
そして、どこか人を食ったような笑み。
間違いない。
「ちーちゃーーーん!!!」
「……やはり来たか」
篠ノ之束。
ISを生み出した天才科学者――そして、箒の姉。
束は千冬の姿を見つけるなり、まるで大型犬のように一直線に飛びかかっていく。
「ちーちゃ――」
「うるさい。やめろ」
ガシッ。
次の瞬間、束の顔面を千冬の手が鷲掴みにした。
しかも、ただ掴んでいるだけではない。
「むぎゅっ!?」
指がめり込むほどの力で、完全なアイアンクローである。
「相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ!?」
「今は授業中だ」
「はいっ!」
「……何しに来た」
千冬が手を離すと、束は顔をさすりながら箒へと向き直った。
「そんなの決まってるじゃない!」
そして両手を広げ――
「かわゆい妹に会いに来たんだよっ!」
「……」
箒は無言だった。
束はそんな妹をじっくり眺める。
「いや~、箒ちゃん! しばらく見ないうちにおっきくなったねぇ!」
「……そうですか」
「特にこの辺なんか――」
「そういうのはやめてください」
「ぐはっ!」
容赦のない拒絶。
束は涙目になりながら一夏のところへ駆け寄った。
「いっちゃーーーん! 箒ちゃんが冷たいよー! ひどいよー!」
「当たり前ですよ……」
「いっちゃんも!?」
ガーン!!
まるで漫画のような効果音が聞こえた気がした。
束はその場で膝から崩れ落ち、
「……いっちゃんまで……」
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完全に撃沈した。
その光景を、クラスメイトたちはただ呆然と眺めていた。
「……あの人って、本当に篠ノ之博士なの?」
「世界で初めてISを完成させた人……なんだよね?」
「随分……変わった人なんだね」
誰もが同じような感想を抱いていた。
そんな生徒たちを見て、千冬がため息をつく。
「おい。自己紹介くらいしろ」
「え~、めんどくさいなぁ」
「……生徒が困っているだろうが」
「仕方ないなぁ」
束は立ち上がると、くるりと一回転した。
「私が天才の篠ノ之束さんだよ♪ ハロー! おわり!」
「それだけ!?」
クラス中からツッコミが飛んだ。
「えっ、十分じゃない?」
「十分じゃありません!」
「そうかなぁ?」
束はケラケラと笑う。
ようやく生徒たちも、目の前にいる人物が本物の篠ノ之束なのだと実感し始めた。
世界で唯一、ISという存在を生み出した天才。
そして――
「……それで」
箒が少し躊躇いながら口を開く。
「頼んでいたものは……」
「ああ!」
束がポンと手を叩いた。
「そうだったね!」
その瞬間、束の雰囲気が変わった。
「もちろん準備済みだよ」
そして空を指差す。
「さあ――大空をご覧あれ!」
「……?」
全員が空を見上げた。
直後。
ゴォォォォォッ!!
上空から、巨大な金属の塊が落下してくる。
「なっ!?」
「落ちてくる!?」
「避け――」
誰かが叫びかけた、その瞬間。
銀色の外装が一瞬で消失した。
内部に収納されていた機体が、太陽の光を受けて姿を現す。
真紅。
鮮烈な赤。
それはまるで、炎そのものを装甲にしたかのようなISだった。
束が満面の笑みを浮かべる。
「束さんの最新作!」
「……!」
「全スペックが現行ISを上回る、最高性能機!」
そして、堂々と機体を指差す。
「これぞ――箒ちゃんの専用機!」
「……」
箒は息を呑んだ。
「『紅椿』だよ!!」
「紅……椿……」
その名を、箒は噛み締めるように呟いた。
自分だけの専用機。
自分のために用意されたIS。
その事実に、箒の瞳がわずかに揺れる。
「それじゃあ!」
束が手を叩いた。
「早速フィッティングを始めようか!」
「はい!」
箒の返事には、これまでにないほどの力が込められていた。
◇
「一夏……」
「うん」
紅椿のフィッティングが始まる中、一夏と簪は少し離れた場所でデータを確認していた。
「……流石としか言えない」
「同感」
現在、航空機や船舶による移動は、世界規模で大きく制限されている。
理由は明白。
霧の艦隊。
海も空も霧に支配され、人類は自由に移動することすらできなくなっている。
そんな状況で――
篠ノ之束は、あのロケット一つでここまでやって来た。
しかも、霧の航路を突破して。
「霧の監視を掻い潜ってここまで来られる人間なんて、ほとんどいないと思ってたけど……」
「束なら可能、ということね」
「……たぶん」
一夏は空を見上げる。
「それに、あの機体……」
簪も同じ方向へ視線を向けた。
「やっぱり?」
「うん」
二人の端末には、イオナとタカオから送られてきた紅椿の解析データが表示されていた。
そして、その中には一夏たちにとって無視できない情報が記載されていた。
---
**機体名:紅椿**
**IS世代:第四世代**
---
「……第四世代」
簪が呟く。
現在、世界では第三世代ISが主流になりつつある。
それを――
「現行ISを越えるIS……」
「一世代、先を行ってる」
一夏は画面を見つめる。
霧の艦隊にとって、人類側のISは基本的に脅威ではない。
だが。
「……警戒する必要はあるね」
「うん」
紅椿そのものが霧を倒せるとは思っていない。
しかし、篠ノ之束という存在が、これまで以上に厄介な相手になった。
そう判断するには十分だった。
「よーし!」
突然、束の声が響いた。
「フィッティング完了!」
「……」
一夏が振り返る。
束は楽しそうにこちらへ歩いてくる。
「これで紅椿は自動調整してくれるよん♪」
そして、一夏の目の前で立ち止まった。
「それじゃあ、いっちゃーん!」
「……はい?」
「白式、見せて!」
束の瞳が輝く。
「束さん、興味津々なのだよ!」
「…………」
一夏は束を見つめる。
そして――
「お断りします」
「……ひょ?」
束が固まった。
まさか断られるとは思っていなかったらしい。
「聞き違いかな?」
「……」
「ねえ、いっちゃん?」
「もう一度言います」
一夏ははっきりと言った。
「お断りします」
「…………」
その場にいた全員が、一夏の言葉を聞いていた。
束は笑顔を消した。
「……どうしてかな?」
声から、先ほどまでのふざけた雰囲気が少しだけ薄れる。
「もしかして――」
束の目が細くなる。
「見せられないものでもあるのかな?」
「さあ、どうでしょうね」
一夏は淡々と答えた。
「ですが、束さん」
「うん?」
「私はあなたに、この子を見せたくない」
一拍。
「……いえ」
一夏は白式改へ手を添えた。
「触れさせたくないんですよ」
「…………」
束の表情が変わった。
そして――
「……へぇ」
口元が吊り上がる。
「そっかぁ」
楽しそうだった。
「束さん、もっと興味持っちゃったな」
その瞬間。
ゾクリ。
一夏の背筋を、冷たいものが走った。
「――!」
考えるより先に身体が動いた。
クライン・フィールド展開。
バチィィッ!!
一夏の周囲に、見えない障壁が展開される。
直後。
「おっ!」
束の姿が消えた。
否。
数メートルの距離を、一瞬で詰めたのだ。
「む!」
束の手が、一夏の首元へ伸びる。
しかし――
バチバチバチッ!!
クライン・フィールドが束の手を阻んだ。
「これが……クライン・フィールドか」
束は驚いたように呟く。
だが、手を離さない。
普通の人間なら、強烈な負荷に耐えられるはずがない。
それほどのエネルギーが、束の手に集中している。
なのに。
束は――笑っていた。
「……」
一夏は無言で束を見る。
この人は。
本当にただの人間なのか。
そんな疑問が、一夏の中で確信に近づいていく。
その時だった。
「あの……」
箒の声が響く。
「紅椿のフィッティング、完了しました」
「おっ!」
束はあっさりと一夏から離れた。
「そうだった!」
興味の対象が完全に箒へ移る。
「じゃあ、早速飛んでみてよ!」
「はい!」
箒が紅椿を起動させる。
一夏はクライン・フィールドを解除した。
そして、密かに白式改の状態を確認する。
「…………」
装甲の熱量が異常に上昇していた。
(やっぱり……)
束がクライン・フィールド越しに触れただけ。
それだけで、強制波動装甲に相当な負荷がかかっている。
強制波動装甲。
霧の艦隊で使われる特殊装甲であり、外部から受けたエネルギーを熱量へ変換して蓄える性質を持つ。
一定量までは強烈な防御力を発揮するが、許容量を超えれば通常の装甲と変わらなくなり、最悪の場合は崩壊する。
そしてクライン・フィールドは、その強制波動装甲から発生する霧の艦隊の防御機構。
外部から加えられた運動・熱エネルギーの方向性を変換し、攻撃を無力化する。
ただし――
すべてを無効化できるわけではない。
膨大なエネルギーを完全に逸らしきれない場合、その一部を強制波動装甲へ逃がして受け止める。
つまり。
(あの一瞬だけで……ここまで負荷を掛けた)
一夏は束を見る。
(やっぱりと思ったけど……束さん)
その人物は、笑顔で紅椿を眺めていた。
(……人間を、止めてる)
「織斑先生!」
突然、真耶の声が響いた。
「大変です!!」
「どうした?」
千冬が振り向く。
一夏も、千冬と真耶の方へ視線を向けた。
真耶の表情から、先ほどまでの緊張とは別の種類の焦りが見える。
「…………」
何かが起きた。
それだけは、一夏にも分かった。
千冬は短く息を吐くと、すぐに全員へ向き直った。
「全員、注目!」
その声に、周囲が静まる。
「現時刻より、教員は特殊任務活動へ移行する!」
「え……?」
「本日のテスト稼働は中止とする!」
ざわめきが広がる。
「各班、ISを片付けて旅館へ戻れ!」
千冬の声が鋭く響く。
「そのまま自室で待機! 許可なく室外へ出た者は身柄を拘束する!」
「は、はい!」
女子生徒たちが慌ただしく動き始める。
何が起こったのか分からない。
それでも、千冬の命令がただ事ではないことだけは理解できた。
「専用機持ちは全員集合しろ!」
そして――
千冬の視線が箒へ向く。
「篠ノ之、お前もだ!」
「はい……!」
箒は即座に返事をした。
その声には、妙なほどの気合が込められていた。
「…………」
一夏は箒を見る。
何故だろう。
胸の奥がざわついていた。
紅椿。
篠ノ之束。
そして、この突然の緊急事態。
すべてが偶然だとは思えない。
(一体……何が起きてるの?)
一夏は空を見上げた。
さっきまで雲一つなかった青空が――
今は、どこか不気味に見えた。