IS~空を舞う蒼き鋼~   作:ぬっく~

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第22話

「篠ノ之束!?」

 

ニンジンのような形をした奇妙なロケット。

 

そのハッチが開き、中から姿を現した人物を見て、一夏は思わず声を上げた。

 

白衣。

 

長い髪。

 

そして、どこか人を食ったような笑み。

 

間違いない。

 

「ちーちゃーーーん!!!」

 

「……やはり来たか」

 

篠ノ之束。

 

ISを生み出した天才科学者――そして、箒の姉。

 

束は千冬の姿を見つけるなり、まるで大型犬のように一直線に飛びかかっていく。

 

「ちーちゃ――」

 

「うるさい。やめろ」

 

ガシッ。

 

次の瞬間、束の顔面を千冬の手が鷲掴みにした。

 

しかも、ただ掴んでいるだけではない。

 

「むぎゅっ!?」

 

指がめり込むほどの力で、完全なアイアンクローである。

 

「相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ!?」

 

「今は授業中だ」

 

「はいっ!」

 

「……何しに来た」

 

千冬が手を離すと、束は顔をさすりながら箒へと向き直った。

 

「そんなの決まってるじゃない!」

 

そして両手を広げ――

 

「かわゆい妹に会いに来たんだよっ!」

 

「……」

 

箒は無言だった。

 

束はそんな妹をじっくり眺める。

 

「いや~、箒ちゃん! しばらく見ないうちにおっきくなったねぇ!」

 

「……そうですか」

 

「特にこの辺なんか――」

 

「そういうのはやめてください」

 

「ぐはっ!」

 

容赦のない拒絶。

 

束は涙目になりながら一夏のところへ駆け寄った。

 

「いっちゃーーーん! 箒ちゃんが冷たいよー! ひどいよー!」

 

「当たり前ですよ……」

 

「いっちゃんも!?」

 

ガーン!!

 

まるで漫画のような効果音が聞こえた気がした。

 

束はその場で膝から崩れ落ち、

 

「……いっちゃんまで……」

 

orz

 

完全に撃沈した。

 

その光景を、クラスメイトたちはただ呆然と眺めていた。

 

「……あの人って、本当に篠ノ之博士なの?」

 

「世界で初めてISを完成させた人……なんだよね?」

 

「随分……変わった人なんだね」

 

誰もが同じような感想を抱いていた。

 

そんな生徒たちを見て、千冬がため息をつく。

 

「おい。自己紹介くらいしろ」

 

「え~、めんどくさいなぁ」

 

「……生徒が困っているだろうが」

 

「仕方ないなぁ」

 

束は立ち上がると、くるりと一回転した。

 

「私が天才の篠ノ之束さんだよ♪ ハロー! おわり!」

 

「それだけ!?」

 

クラス中からツッコミが飛んだ。

 

「えっ、十分じゃない?」

 

「十分じゃありません!」

 

「そうかなぁ?」

 

束はケラケラと笑う。

 

ようやく生徒たちも、目の前にいる人物が本物の篠ノ之束なのだと実感し始めた。

 

世界で唯一、ISという存在を生み出した天才。

 

そして――

 

「……それで」

 

箒が少し躊躇いながら口を開く。

 

「頼んでいたものは……」

 

「ああ!」

 

束がポンと手を叩いた。

 

「そうだったね!」

 

その瞬間、束の雰囲気が変わった。

 

「もちろん準備済みだよ」

 

そして空を指差す。

 

「さあ――大空をご覧あれ!」

 

「……?」

 

全員が空を見上げた。

 

直後。

 

ゴォォォォォッ!!

 

上空から、巨大な金属の塊が落下してくる。

 

「なっ!?」

 

「落ちてくる!?」

 

「避け――」

 

誰かが叫びかけた、その瞬間。

 

銀色の外装が一瞬で消失した。

 

内部に収納されていた機体が、太陽の光を受けて姿を現す。

 

真紅。

 

鮮烈な赤。

 

それはまるで、炎そのものを装甲にしたかのようなISだった。

 

束が満面の笑みを浮かべる。

 

「束さんの最新作!」

 

「……!」

 

「全スペックが現行ISを上回る、最高性能機!」

 

そして、堂々と機体を指差す。

 

「これぞ――箒ちゃんの専用機!」

 

「……」

 

箒は息を呑んだ。

 

「『紅椿』だよ!!」

 

「紅……椿……」

 

その名を、箒は噛み締めるように呟いた。

 

自分だけの専用機。

 

自分のために用意されたIS。

 

その事実に、箒の瞳がわずかに揺れる。

 

「それじゃあ!」

 

束が手を叩いた。

 

「早速フィッティングを始めようか!」

 

「はい!」

 

箒の返事には、これまでにないほどの力が込められていた。

 

 

「一夏……」

 

「うん」

 

紅椿のフィッティングが始まる中、一夏と簪は少し離れた場所でデータを確認していた。

 

「……流石としか言えない」

 

「同感」

 

現在、航空機や船舶による移動は、世界規模で大きく制限されている。

 

理由は明白。

 

霧の艦隊。

 

海も空も霧に支配され、人類は自由に移動することすらできなくなっている。

 

そんな状況で――

 

篠ノ之束は、あのロケット一つでここまでやって来た。

 

しかも、霧の航路を突破して。

 

「霧の監視を掻い潜ってここまで来られる人間なんて、ほとんどいないと思ってたけど……」

 

「束なら可能、ということね」

 

「……たぶん」

 

一夏は空を見上げる。

 

「それに、あの機体……」

 

簪も同じ方向へ視線を向けた。

 

「やっぱり?」

 

「うん」

 

二人の端末には、イオナとタカオから送られてきた紅椿の解析データが表示されていた。

 

そして、その中には一夏たちにとって無視できない情報が記載されていた。

 

---

 

**機体名:紅椿**

 

**IS世代:第四世代**

 

---

 

「……第四世代」

 

簪が呟く。

 

現在、世界では第三世代ISが主流になりつつある。

 

それを――

 

「現行ISを越えるIS……」

 

「一世代、先を行ってる」

 

一夏は画面を見つめる。

 

霧の艦隊にとって、人類側のISは基本的に脅威ではない。

 

だが。

 

「……警戒する必要はあるね」

 

「うん」

 

紅椿そのものが霧を倒せるとは思っていない。

 

しかし、篠ノ之束という存在が、これまで以上に厄介な相手になった。

 

そう判断するには十分だった。

 

「よーし!」

 

突然、束の声が響いた。

 

「フィッティング完了!」

 

「……」

 

一夏が振り返る。

 

束は楽しそうにこちらへ歩いてくる。

 

「これで紅椿は自動調整してくれるよん♪」

 

そして、一夏の目の前で立ち止まった。

 

「それじゃあ、いっちゃーん!」

 

「……はい?」

 

「白式、見せて!」

 

束の瞳が輝く。

 

「束さん、興味津々なのだよ!」

 

「…………」

 

一夏は束を見つめる。

 

そして――

 

「お断りします」

 

「……ひょ?」

 

束が固まった。

 

まさか断られるとは思っていなかったらしい。

 

「聞き違いかな?」

 

「……」

 

「ねえ、いっちゃん?」

 

「もう一度言います」

 

一夏ははっきりと言った。

 

「お断りします」

 

「…………」

 

その場にいた全員が、一夏の言葉を聞いていた。

 

束は笑顔を消した。

 

「……どうしてかな?」

 

声から、先ほどまでのふざけた雰囲気が少しだけ薄れる。

 

「もしかして――」

 

束の目が細くなる。

 

「見せられないものでもあるのかな?」

 

「さあ、どうでしょうね」

 

一夏は淡々と答えた。

 

「ですが、束さん」

 

「うん?」

 

「私はあなたに、この子を見せたくない」

 

一拍。

 

「……いえ」

 

一夏は白式改へ手を添えた。

 

「触れさせたくないんですよ」

 

「…………」

 

束の表情が変わった。

 

そして――

 

「……へぇ」

 

口元が吊り上がる。

 

「そっかぁ」

 

楽しそうだった。

 

「束さん、もっと興味持っちゃったな」

 

その瞬間。

 

ゾクリ。

 

一夏の背筋を、冷たいものが走った。

 

「――!」

 

考えるより先に身体が動いた。

 

クライン・フィールド展開。

 

バチィィッ!!

 

一夏の周囲に、見えない障壁が展開される。

 

直後。

 

「おっ!」

 

束の姿が消えた。

 

否。

 

数メートルの距離を、一瞬で詰めたのだ。

 

「む!」

 

束の手が、一夏の首元へ伸びる。

 

しかし――

 

バチバチバチッ!!

 

クライン・フィールドが束の手を阻んだ。

 

「これが……クライン・フィールドか」

 

束は驚いたように呟く。

 

だが、手を離さない。

 

普通の人間なら、強烈な負荷に耐えられるはずがない。

 

それほどのエネルギーが、束の手に集中している。

 

なのに。

 

束は――笑っていた。

 

「……」

 

一夏は無言で束を見る。

 

この人は。

 

本当にただの人間なのか。

 

そんな疑問が、一夏の中で確信に近づいていく。

 

その時だった。

 

「あの……」

 

箒の声が響く。

 

「紅椿のフィッティング、完了しました」

 

「おっ!」

 

束はあっさりと一夏から離れた。

 

「そうだった!」

 

興味の対象が完全に箒へ移る。

 

「じゃあ、早速飛んでみてよ!」

 

「はい!」

 

箒が紅椿を起動させる。

 

一夏はクライン・フィールドを解除した。

 

そして、密かに白式改の状態を確認する。

 

「…………」

 

装甲の熱量が異常に上昇していた。

 

(やっぱり……)

 

束がクライン・フィールド越しに触れただけ。

 

それだけで、強制波動装甲に相当な負荷がかかっている。

 

強制波動装甲。

 

霧の艦隊で使われる特殊装甲であり、外部から受けたエネルギーを熱量へ変換して蓄える性質を持つ。

 

一定量までは強烈な防御力を発揮するが、許容量を超えれば通常の装甲と変わらなくなり、最悪の場合は崩壊する。

 

そしてクライン・フィールドは、その強制波動装甲から発生する霧の艦隊の防御機構。

 

外部から加えられた運動・熱エネルギーの方向性を変換し、攻撃を無力化する。

 

ただし――

 

すべてを無効化できるわけではない。

 

膨大なエネルギーを完全に逸らしきれない場合、その一部を強制波動装甲へ逃がして受け止める。

 

つまり。

 

(あの一瞬だけで……ここまで負荷を掛けた)

 

一夏は束を見る。

 

(やっぱりと思ったけど……束さん)

 

その人物は、笑顔で紅椿を眺めていた。

 

(……人間を、止めてる)

 

「織斑先生!」

 

突然、真耶の声が響いた。

 

「大変です!!」

 

「どうした?」

 

千冬が振り向く。

 

一夏も、千冬と真耶の方へ視線を向けた。

 

真耶の表情から、先ほどまでの緊張とは別の種類の焦りが見える。

 

「…………」

 

何かが起きた。

 

それだけは、一夏にも分かった。

 

千冬は短く息を吐くと、すぐに全員へ向き直った。

 

「全員、注目!」

 

その声に、周囲が静まる。

 

「現時刻より、教員は特殊任務活動へ移行する!」

 

「え……?」

 

「本日のテスト稼働は中止とする!」

 

ざわめきが広がる。

 

「各班、ISを片付けて旅館へ戻れ!」

 

千冬の声が鋭く響く。

 

「そのまま自室で待機! 許可なく室外へ出た者は身柄を拘束する!」

 

「は、はい!」

 

女子生徒たちが慌ただしく動き始める。

 

何が起こったのか分からない。

 

それでも、千冬の命令がただ事ではないことだけは理解できた。

 

「専用機持ちは全員集合しろ!」

 

そして――

 

千冬の視線が箒へ向く。

 

「篠ノ之、お前もだ!」

 

「はい……!」

 

箒は即座に返事をした。

 

その声には、妙なほどの気合が込められていた。

 

「…………」

 

一夏は箒を見る。

 

何故だろう。

 

胸の奥がざわついていた。

 

紅椿。

 

篠ノ之束。

 

そして、この突然の緊急事態。

 

すべてが偶然だとは思えない。

 

(一体……何が起きてるの?)

 

一夏は空を見上げた。

 

さっきまで雲一つなかった青空が――

 

今は、どこか不気味に見えた。

 

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