「――では、現状を説明する」
旅館の一番奥。
普段は宴会場として使われている大座敷――『風花の間』に、専用機持ちの生徒たちが集められていた。
照明は落とされ、室内は薄暗い。
その中央には、空中投影式の大型ディスプレイが浮かび上がっている。
そこに映し出されたのは、太平洋の地図だった。
千冬が全員を見回す。
「二時間前、ハワイ沖で試験稼働中だった軍用ISが制御下を離れ、暴走した」
一夏は静かに画面を見る。
「機体名は――『
聞いたことのある名前だった。
「アメリカ・イスラエル共同開発による第三世代型ISだ」
その瞬間。
一夏は、この先に何を言われるのかを理解した。
(……つまり)
IS学園上層部が、自分たちに求めていること。
「衛星による追跡の結果、福音は現在もこちらへ向けて飛行を続けている」
画面上に一つの航路が表示される。
「ここから約二キロ先の空域を通過することが確認されている」
「二キロ……」
生徒たちの間にざわめきが走る。
千冬は続けた。
「到達予測時刻は、約五十分後」
そして、はっきりと言う。
「学園上層部からの通達により――我々が対処する」
やはり。
一夏の予想通りだった。
暴走したISを止めろ。
それが今回の特殊任務なのだ。
しかし――
「……織斑先生」
一夏が手を挙げる。
「どうした、織斑」
「今、『空域』と言いましたよね?」
「ああ」
千冬は頷く。
「『
「……まずいわね」
一夏が呟いた。
「何?」
千冬が一夏を見る。
一夏はすでに白式改の端末を操作していた。
表示させたのは――
蒼き鋼が独自に管理している航路情報。
そして。
一夏は隣に座る天羽琴乃を見る。
「天羽さん」
「ええ」
琴乃もすでに端末を操作していた。
どうやら同じことに気付いていたらしい。
数秒後。
琴乃が通信先からの許可を確認する。
「許可が下りました」
「分かった」
一夏は端末を接続する。
すると、先ほどまで表示されていた太平洋の地図に、もう一つの航路が重なった。
琴乃が前へ出る。
「ここからは私が説明します」
表示を日本近海へ移す。
「今から約三十分後」
一本の航路が赤く表示された。
「この海域を、霧の艦隊が通過します」
続いて、別の航路が表示される。
「そして、こちらが今回暴走した『
二つの航路を重ね合わせる。
「…………」
「…………」
一同が画面を見つめる。
そして――
二本の線が、交差した。
「……ぶつかる」
誰かが呟いた。
琴乃は静かに頷く。
「はい」
その声には、普段の明るさがなかった。
「このまま作戦を実行すれば――我々にも相当な被害が発生します」
室内が静まり返る。
学園上層部は、この航路を知らない。
当然だ。
蒼き鋼が独自に管理している霧の航路は、外部には公開されていない。
つまり、学園側から見れば。
「暴走ISを止める」
それだけの任務。
しかし、蒼き鋼側から見れば――
「霧の進路へ、わざわざ暴走ISを突っ込ませる」
という最悪の作戦になってしまう。
その時だった。
「たかが一隻でしょう?」
箒が口を開いた。
「何をそこまで警戒する必要があるんですか?」
そして、堂々と言い切る。
「『
「…………」
蒼き鋼側の人間たちは、揃って微妙な表情になった。
簡単にできるのなら――
とっくにそうしている。
「残念ですが」
琴乃が苦笑する。
「それは不可能です」
「なに?」
「今回、この航路を通過する霧の戦艦は――」
琴乃が画面を切り替える。
「五隻です」
「…………」
一隻。
二隻。
三隻。
四隻。
そして五隻。
画面に詳細なデータが表示された。
---
**大戦艦 ヒエイ**
**重巡洋艦 ミョウコウ**
**重巡洋艦 アシガラ**
**重巡洋艦 ハグロ**
**重巡洋艦 ナチ**
---
「…………」
誰も口を開かなかった。
いや。
一人を除いて。
「大戦艦級が一隻……」
鈴が画面を見ながら震える。
「それに重巡洋艦級が四隻って……」
そして叫んだ。
「無理じゃない!!」
その言葉は、この場にいる全員の本音だった。
蒼き鋼の人間であっても、この五隻を相手にするのは容易ではない。
しかも――
この五隻は現在、超戦艦ムサシの傘下にある。
単独行動している霧とはわけが違う。
「このまま何もしなければ」
琴乃は淡々と続ける。
「あちら側が勝手に対処してくれるでしょう」
その言葉に、千冬の眉が僅かに動いた。
琴乃が千冬を見る。
「ですが――」
「……分かっている」
千冬の表情は険しい。
学園上層部から与えられた特殊任務を放棄する。
そして、その仕事を霧に押し付ける。
それでは――
IS学園としての面子が立たない。
(最悪……)
一夏は考える。
(あれも出すことになるかもしれない)
これまで温存してきた切り札。
それを使う可能性が高くなってきた。
「天羽」
千冬が口を開く。
「お前なら、どうする?」
「そうですね……」
琴乃は腕を組む。
「切り札を使えば、霧の方は何とかなるでしょう」
「なら――」
「ですが」
琴乃が言葉を続ける。
「『
「…………」
千冬は黙り込む。
福音はすでに超音速飛行へ移行している。
こちらから迎撃する機会は――
「一度」
千冬が呟く。
「一回のアプローチが限界だろう」
「一回きり……」
真耶が呟く。
「ということは……」
全員の視線が、一夏へ集まった。
「一撃必殺の攻撃で止めるしかありませんね」
「……」
一夏は苦笑する。
言われなくても分かっている。
一撃必殺。
それは――
白式改の切り札。
《零落白夜》。
「そうなると……」
一夏が口を開く。
「もう一枚、切り札を切るしかない?」
琴乃も頷いた。
「そうですね」
そして、少しだけ困ったような表情になる。
「あまり切りたくはないのですが」
「開放申請は?」
「しておきます」
「了解」
一夏は小さく息を吐いた。
この作戦。
二枚の切り札を使うことになる。
「問題は……」
簪が画面を見る。
「どうやって福音に追いつくか、だよね」
「少なくとも目標に追いつける速度」
琴乃が答える。
「そして超高感度のハイパーセンサーが必要になります」
「この中で最高速度を出せる機体は?」
一夏が全員を見る。
簪の打鉄弐式改は広域殲滅型。
琴乃の機体も同様だ。
特に琴乃の機体は固定砲台としての性格が強く、高速追撃には向いていない。
「はい!」
セシリアが手を挙げる。
「でしたら、わたくしの――」
「待った待った待ーーーった!!」
「!?」
突然。
天井から声が響いた。
全員が上を見る。
「そこは断・然!」
天井の一部が開いた。
そこから――
「紅椿の出番なんだよっ!!」
篠ノ之束が降ってきた。
「…………」
千冬は頭を抱えた。
「お前は……」
「紅椿なら、展開装甲をちょいちょいっと弄れば――」
束は床に着地すると、得意げに胸を張る。
「超高速機動なんて朝飯前なんだよ!!」
「展開装甲……?」
シャルロットが首を傾げる。
「そう!」
束が指を立てる。
「心優しい束さんが説明してあげよう!」
誰も頼んでいない。
だが、束は気にしない。
「展開装甲っていうのはね――」
空中ディスプレイに紅椿のデータが表示される。
「束さんが作った第四世代型IS専用装備なんだよ!」
「だ……第四世代!?」
シャルロットが目を見開く。
「まだ各国とも、第三世代の一号試験機が完成した段階なのに……!?」
当然の反応だった。
現在、世界がようやく到達しようとしている第三世代。
そのさらに先。
第四世代。
それを束は、既に実用機として完成させている。
「通常のISが超高速機動をする場合、専用パッケージが必要になるよね?」
束が説明を続ける。
「でも第四世代は違う!」
紅椿のデータが切り替わる。
「機体そのものが状況に合わせて変化する!」
装備。
装甲。
機体構造。
それらが変化し、必要な能力を引き出す。
「装備や装甲を独自に変化させることで、能力を何通りにも――」
束が指を振る。
「そして何倍にも高められる!」
にっこり。
「それが――展開装甲だよ♪」
「…………」
一夏は紅椿を見る。
第四世代。
それは単なる数字の違いではない。
ISそのものの設計思想を一段階変えてしまった機体。
「紅椿の調整には、どれくらいかかる?」
千冬が尋ねる。
束は即答した。
「七分!」
そして親指を立てる。
「七分あれば余裕だね☆」
「そうか……」
千冬はしばらく黙っていた。
そして――
ゆっくりと箒を見る。
「やれるか」
箒の目が大きくなる。
「篠ノ之」
一夏も箒を見る。
箒は拳を握りしめた。
先ほどまでの不安そうな表情はない。
「はい」
一歩前へ出る。
「やります!」
その声は、はっきりと部屋に響いた。
紅椿。
第四世代IS。
そして――
暴走する『
箒にとって、初めての実戦。
一夏はそんな彼女を見つめながら、静かに息を吐いた。
(……大丈夫)
そう自分に言い聞かせる。
(箒なら、きっとやれる)
だが――
一夏の胸には、まだ消えない違和感が残っていた。
霧の五隻。
暴走する福音。
そして、なぜこのタイミングで束が紅椿を持って現れたのか。
偶然とは思えない。
そんな予感だけが――
妙に強く残っていた。