IS~空を舞う蒼き鋼~   作:ぬっく~

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第23話

「――では、現状を説明する」

 

旅館の一番奥。

 

普段は宴会場として使われている大座敷――『風花の間』に、専用機持ちの生徒たちが集められていた。

 

照明は落とされ、室内は薄暗い。

 

その中央には、空中投影式の大型ディスプレイが浮かび上がっている。

 

そこに映し出されたのは、太平洋の地図だった。

 

千冬が全員を見回す。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働中だった軍用ISが制御下を離れ、暴走した」

 

一夏は静かに画面を見る。

 

「機体名は――『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』」

 

聞いたことのある名前だった。

 

「アメリカ・イスラエル共同開発による第三世代型ISだ」

 

その瞬間。

 

一夏は、この先に何を言われるのかを理解した。

 

(……つまり)

 

IS学園上層部が、自分たちに求めていること。

 

「衛星による追跡の結果、福音は現在もこちらへ向けて飛行を続けている」

 

画面上に一つの航路が表示される。

 

「ここから約二キロ先の空域を通過することが確認されている」

 

「二キロ……」

 

生徒たちの間にざわめきが走る。

 

千冬は続けた。

 

「到達予測時刻は、約五十分後」

 

そして、はっきりと言う。

 

「学園上層部からの通達により――我々が対処する」

 

やはり。

 

一夏の予想通りだった。

 

暴走したISを止めろ。

 

それが今回の特殊任務なのだ。

 

しかし――

 

「……織斑先生」

 

一夏が手を挙げる。

 

「どうした、織斑」

 

「今、『空域』と言いましたよね?」

 

「ああ」

 

千冬は頷く。

 

「『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』は現在も――」

 

「……まずいわね」

 

一夏が呟いた。

 

「何?」

 

千冬が一夏を見る。

 

一夏はすでに白式改の端末を操作していた。

 

表示させたのは――

 

蒼き鋼が独自に管理している航路情報。

 

そして。

 

一夏は隣に座る天羽琴乃を見る。

 

「天羽さん」

 

「ええ」

 

琴乃もすでに端末を操作していた。

 

どうやら同じことに気付いていたらしい。

 

数秒後。

 

琴乃が通信先からの許可を確認する。

 

「許可が下りました」

 

「分かった」

 

一夏は端末を接続する。

 

すると、先ほどまで表示されていた太平洋の地図に、もう一つの航路が重なった。

 

琴乃が前へ出る。

 

「ここからは私が説明します」

 

表示を日本近海へ移す。

 

「今から約三十分後」

 

一本の航路が赤く表示された。

 

「この海域を、霧の艦隊が通過します」

 

続いて、別の航路が表示される。

 

「そして、こちらが今回暴走した『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の予測進路です」

 

二つの航路を重ね合わせる。

 

「…………」

 

「…………」

 

一同が画面を見つめる。

 

そして――

 

二本の線が、交差した。

 

「……ぶつかる」

 

誰かが呟いた。

 

琴乃は静かに頷く。

 

「はい」

 

その声には、普段の明るさがなかった。

 

「このまま作戦を実行すれば――我々にも相当な被害が発生します」

 

室内が静まり返る。

 

学園上層部は、この航路を知らない。

 

当然だ。

 

蒼き鋼が独自に管理している霧の航路は、外部には公開されていない。

 

つまり、学園側から見れば。

 

「暴走ISを止める」

 

それだけの任務。

 

しかし、蒼き鋼側から見れば――

 

「霧の進路へ、わざわざ暴走ISを突っ込ませる」

 

という最悪の作戦になってしまう。

 

その時だった。

 

「たかが一隻でしょう?」

 

箒が口を開いた。

 

「何をそこまで警戒する必要があるんですか?」

 

そして、堂々と言い切る。

 

「『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』ごと潰してしまえばいい!」

 

「…………」

 

蒼き鋼側の人間たちは、揃って微妙な表情になった。

 

簡単にできるのなら――

 

とっくにそうしている。

 

「残念ですが」

 

琴乃が苦笑する。

 

「それは不可能です」

 

「なに?」

 

「今回、この航路を通過する霧の戦艦は――」

 

琴乃が画面を切り替える。

 

「五隻です」

 

「…………」

 

一隻。

 

二隻。

 

三隻。

 

四隻。

 

そして五隻。

 

画面に詳細なデータが表示された。

 

---

 

**大戦艦 ヒエイ**

 

**重巡洋艦 ミョウコウ**

 

**重巡洋艦 アシガラ**

 

**重巡洋艦 ハグロ**

 

**重巡洋艦 ナチ**

 

---

 

「…………」

 

誰も口を開かなかった。

 

いや。

 

一人を除いて。

 

「大戦艦級が一隻……」

 

鈴が画面を見ながら震える。

 

「それに重巡洋艦級が四隻って……」

 

そして叫んだ。

 

「無理じゃない!!」

 

その言葉は、この場にいる全員の本音だった。

 

蒼き鋼の人間であっても、この五隻を相手にするのは容易ではない。

 

しかも――

 

この五隻は現在、超戦艦ムサシの傘下にある。

 

単独行動している霧とはわけが違う。

 

「このまま何もしなければ」

 

琴乃は淡々と続ける。

 

「あちら側が勝手に対処してくれるでしょう」

 

その言葉に、千冬の眉が僅かに動いた。

 

琴乃が千冬を見る。

 

「ですが――」

 

「……分かっている」

 

千冬の表情は険しい。

 

学園上層部から与えられた特殊任務を放棄する。

 

そして、その仕事を霧に押し付ける。

 

それでは――

 

IS学園としての面子が立たない。

 

(最悪……)

 

一夏は考える。

 

(あれも出すことになるかもしれない)

 

これまで温存してきた切り札。

 

それを使う可能性が高くなってきた。

 

「天羽」

 

千冬が口を開く。

 

「お前なら、どうする?」

 

「そうですね……」

 

琴乃は腕を組む。

 

「切り札を使えば、霧の方は何とかなるでしょう」

 

「なら――」

 

「ですが」

 

琴乃が言葉を続ける。

 

「『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』を止めるのは別問題です」

 

「…………」

 

千冬は黙り込む。

 

福音はすでに超音速飛行へ移行している。

 

こちらから迎撃する機会は――

 

「一度」

 

千冬が呟く。

 

「一回のアプローチが限界だろう」

 

「一回きり……」

 

真耶が呟く。

 

「ということは……」

 

全員の視線が、一夏へ集まった。

 

「一撃必殺の攻撃で止めるしかありませんね」

 

「……」

 

一夏は苦笑する。

 

言われなくても分かっている。

 

一撃必殺。

 

それは――

 

白式改の切り札。

 

《零落白夜》。

 

「そうなると……」

 

一夏が口を開く。

 

「もう一枚、切り札を切るしかない?」

 

琴乃も頷いた。

 

「そうですね」

 

そして、少しだけ困ったような表情になる。

 

「あまり切りたくはないのですが」

 

「開放申請は?」

 

「しておきます」

 

「了解」

 

一夏は小さく息を吐いた。

 

この作戦。

 

二枚の切り札を使うことになる。

 

「問題は……」

 

簪が画面を見る。

 

「どうやって福音に追いつくか、だよね」

 

「少なくとも目標に追いつける速度」

 

琴乃が答える。

 

「そして超高感度のハイパーセンサーが必要になります」

 

「この中で最高速度を出せる機体は?」

 

一夏が全員を見る。

 

簪の打鉄弐式改は広域殲滅型。

 

琴乃の機体も同様だ。

 

特に琴乃の機体は固定砲台としての性格が強く、高速追撃には向いていない。

 

「はい!」

 

セシリアが手を挙げる。

 

「でしたら、わたくしの――」

 

「待った待った待ーーーった!!」

 

「!?」

 

突然。

 

天井から声が響いた。

 

全員が上を見る。

 

「そこは断・然!」

 

天井の一部が開いた。

 

そこから――

 

「紅椿の出番なんだよっ!!」

 

篠ノ之束が降ってきた。

 

「…………」

 

千冬は頭を抱えた。

 

「お前は……」

 

「紅椿なら、展開装甲をちょいちょいっと弄れば――」

 

束は床に着地すると、得意げに胸を張る。

 

「超高速機動なんて朝飯前なんだよ!!」

 

「展開装甲……?」

 

シャルロットが首を傾げる。

 

「そう!」

 

束が指を立てる。

 

「心優しい束さんが説明してあげよう!」

 

誰も頼んでいない。

 

だが、束は気にしない。

 

「展開装甲っていうのはね――」

 

空中ディスプレイに紅椿のデータが表示される。

 

「束さんが作った第四世代型IS専用装備なんだよ!」

 

「だ……第四世代!?」

 

シャルロットが目を見開く。

 

「まだ各国とも、第三世代の一号試験機が完成した段階なのに……!?」

 

当然の反応だった。

 

現在、世界がようやく到達しようとしている第三世代。

 

そのさらに先。

 

第四世代。

 

それを束は、既に実用機として完成させている。

 

「通常のISが超高速機動をする場合、専用パッケージが必要になるよね?」

 

束が説明を続ける。

 

「でも第四世代は違う!」

 

紅椿のデータが切り替わる。

 

「機体そのものが状況に合わせて変化する!」

 

装備。

 

装甲。

 

機体構造。

 

それらが変化し、必要な能力を引き出す。

 

「装備や装甲を独自に変化させることで、能力を何通りにも――」

 

束が指を振る。

 

「そして何倍にも高められる!」

 

にっこり。

 

「それが――展開装甲だよ♪」

 

「…………」

 

一夏は紅椿を見る。

 

第四世代。

 

それは単なる数字の違いではない。

 

ISそのものの設計思想を一段階変えてしまった機体。

 

「紅椿の調整には、どれくらいかかる?」

 

千冬が尋ねる。

 

束は即答した。

 

「七分!」

 

そして親指を立てる。

 

「七分あれば余裕だね☆」

 

「そうか……」

 

千冬はしばらく黙っていた。

 

そして――

 

ゆっくりと箒を見る。

 

「やれるか」

 

箒の目が大きくなる。

 

「篠ノ之」

 

一夏も箒を見る。

 

箒は拳を握りしめた。

 

先ほどまでの不安そうな表情はない。

 

「はい」

 

一歩前へ出る。

 

「やります!」

 

その声は、はっきりと部屋に響いた。

 

紅椿。

 

第四世代IS。

 

そして――

 

暴走する『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』。

 

箒にとって、初めての実戦。

 

一夏はそんな彼女を見つめながら、静かに息を吐いた。

 

(……大丈夫)

 

そう自分に言い聞かせる。

 

(箒なら、きっとやれる)

 

だが――

 

一夏の胸には、まだ消えない違和感が残っていた。

 

霧の五隻。

 

暴走する福音。

 

そして、なぜこのタイミングで束が紅椿を持って現れたのか。

 

偶然とは思えない。

 

そんな予感だけが――

 

妙に強く残っていた。

 

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