「――本作戦は、織斑、篠ノ之の両名による福音の追跡及び撃墜を目的とする」
千冬の声が、風花の間に響く。
「そして天羽、更識の両名は、霧の艦隊の足止めを担当する」
空中ディスプレイには、それぞれの作戦区域が表示されていた。
「作戦開始は三十分後。それまでに各自、ISの最終調整を行え」
「了解!」
全員が一斉に返事をする。
作戦は決まった。
一夏は白式改を確認しながら、隣にいる琴乃を見る。
琴乃はすでに本艦へ通信を繋いでいた。
今回の作戦では、通常の蒼き鋼の装備だけでは足りない。
だからこそ――
「束」
千冬が声を掛ける。
「紅椿の調整は任せたぞ」
「ん~、任された~♪」
束は楽しそうに返事をすると、箒を連れて部屋を出ていく。
その背中を見送りながら、一夏は琴乃を見る。
通信を続けている琴乃の表情は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
何度も確認を取り、慎重に言葉を選んでいる。
それだけ――
今回申請しているものが重要なのだろう。
やがて。
「……了解です」
琴乃がようやく頷いた。
そして、
「簪さん!」
「はい」
「準備に入ります」
「分かりました」
どうやら許可が下りたらしい。
琴乃は簪へ指示を出す。
「先に海岸へ向かってください」
「了解」
簪が立ち上がる。
それを見送った琴乃が、今度は一夏のところへやって来た。
「一夏さん」
「はい」
「念のため――」
琴乃は少しだけ声を落とした。
「『白式改』の解除コードも申請しておきました」
「…………」
一夏の表情が僅かに強張る。
「分かりました」
琴乃はそれ以上何も言わず、その場を離れた。
一夏は待機状態の白式改へ手を伸ばす。
冷たい装甲。
自分の力。
そして――
まだ使いたくないもの。
「大丈夫……」
一夏は小さく呟いた。
「その力だけは、使わないから……」
◇
三十分後。
海岸。
一夏と箒は、すでにISを展開していた。
白式改。
そして――
紅椿。
真紅の装甲が、太陽の光を反射している。
「じゃあ箒……」
一夏は紅椿を見る。
「よろしく頼むね」
「ああ!」
箒の返事は力強かった。
ただ――
一夏には分かる。
箒は少し浮かれている。
無理もない。
ずっと欲しかった専用機。
それも、世界で唯一の第四世代IS。
その操縦者に選ばれたのだ。
嬉しくないはずがない。
『織斑、篠ノ之。聞こえるか?』
「はい」
「よく聞こえます!」
通信機から千冬の声が届く。
『今回の作戦は一撃必中だ』
二人の表情が引き締まる。
『短時間での決着を心掛けろ』
画面に目標が表示される。
『討つべきは
「了解!!」
二人が同時に答える。
千冬はその返答を確認すると、真耶へ向き直った。
「――天羽に繋いでくれ」
「はい……!」
通信回線が切り替わる。
『そちらの状況はどうだ?』
琴乃の声が返ってくる。
「機材が、もうじき到着します」
『そうか。急げ』
「了解です」
再び通信が切り替わる。
『織斑、篠ノ之』
「はい」
『時間まで待機しろ』
「了解」
通信が終了する。
一夏は空を見上げた。
青い空。
穏やかな海。
しかし――
その先では、五隻の霧が進んでいる。
そして、さらに遠くから福音が迫っている。
「……始まるね」
「うむ」
箒が答えた。
◇
同じ頃。
海岸では琴乃と簪が空を見上げていた。
「……来ます」
簪のISが警告音を鳴らす。
「ええ」
遠くの空。
小さな何かがこちらへ接近してくる。
徐々に大きくなる。
そして――
「来ました」
琴乃が手を伸ばす。
急降下してくる三つの巨大な装備。
今回、琴乃が本艦へ申請したもの。
宇宙空間に待機させていた――
旗艦装備だった。
「回収します」
二人はそれぞれのISを操作し、落下してくる装備を受け止める。
巨大な装備を確保すると、すぐにインストール準備へ入った。
「では、私は電脳ダイブに入ります」
「分かりました」
本来なら、一人のISへ三つもの旗艦装備を短時間で同時インストールするなど不可能だ。
しかし。
琴乃は一人ではない。
蒼き鋼の艦隊全体。
その膨大な演算能力を利用する。
「接続開始」
琴乃の意識がネットワークへ接続される。
瞬間。
三つの装備が一斉にインストールされていく。
通常なら長時間を要する処理。
それを――
数分。
「インストール速度、異常値……」
簪が思わず呟く。
そして。
「インストール完了」
三つの装備が認識された。
「《天照》《月詠》《須佐之男命》――全てのインストールを確認」
琴乃が目を開く。
「ありがとう、簪さん」
立ち上がった琴乃は、右手を前へ伸ばした。
「おいで――ヤマト」
その瞬間。
光が琴乃を包み込んだ。
装甲が展開され、全身を覆っていく。
巨大な砲塔。
艦橋。
そして――
戦艦大和を彷彿とさせる、圧倒的な艤装。
46cm三連装砲。
15.5cm三連装副砲。
超大型の戦艦をそのままISへ落とし込んだような姿だった。
だが。
「全ての装備を解除」
今回、それらは必要ない。
砲塔や副砲などの通常武装が次々と収納されていく。
残されたのは、ヤマトの本体。
そして――
「本命を」
琴乃が手を掲げる。
「《天照》《月詠》《須佐之男命》――展開」
空間に三つの装備が展開された。
一つは巨大なエネルギータンク。
一つは、大小四つの巨大なレンズ。
そして最後に――
巨大な主砲。
「超重力砲との連動開始」
琴乃が目を細める。
「エンゲージ」
大型主砲――《須佐之男命》の砲口がゆっくりと開いた。
これは、特定の艦だけに搭載される兵器ではない。
あらゆるISで運用できるように設計された――
超重力砲。
「ミカサ戦術システム起動」
琴乃の視界に無数の情報が展開される。
「全システム、連結を確認」
《須佐之男命》の超重力砲は、通常兵器とは根本的に異なる。
重力子を利用する兵器。
そのため、通常の砲撃のような「射程」という概念が存在しない。
エネルギーを供給し続ける限り、その威力は維持される。
理論上――
距離は障害にならない。
ただし。
IS単体のシールドエネルギーだけでは、維持できる時間に限界がある。
そこで必要になるのが――
「《天照》」
琴乃の背後に浮かぶ巨大なタンク。
そこには、IS約五十機分に相当するシールドエネルギーが蓄えられている。
そして。
「《月詠》」
四つの巨大レンズが展開する。
それは単なる望遠装置ではない。
遠距離に存在する標的を捕捉し、正確な射撃を可能にするための観測装置。
地平線の向こう。
遥か彼方。
普通のISでは視認すら不可能な距離。
しかし――
《月詠》には関係ない。
「目標――」
琴乃の視界に一隻の霧が映し出される。
「大戦艦ヒエイ」
「…………」
簪が息を呑む。
「見えてる……」
「ええ」
琴乃は照準を合わせる。
「作戦決行と同時に発射します」
「了解」
簪がオペレーターとして各システムを確認していく。
そして――
数分後。
『作戦開始!』
千冬から全機へ通信が入った。
琴乃の目が開く。
「――撃ちます」
巨大な主砲が唸りを上げる。
「《須佐之男命》――」
一瞬。
世界から音が消えた。
次の瞬間。
「発射!!」
ドォォォォォンッ!!
海面が爆発した。
超重力砲が海を割る。
一直線に。
ただひたすらに。
遠方へ向かって進んでいく。
その速度は、もはや砲弾という言葉では表現できない。
海そのものが押し退けられ、巨大な砲撃の軌跡が伸びる。
そして――
遥か彼方。
一隻の霧の大戦艦が、その攻撃を受けた。
「――ッ!?」
次の瞬間。
ヒエイのクライン・フィールドが激しく震える。
だが。
受け止めきれない。
超重力砲の圧倒的なエネルギーが防壁を貫き――
艦体へ到達する。
「…………」
琴乃は静かに見つめる。
そして。
大戦艦ヒエイの姿が――
光の中へ消えた。
「…………撃沈を確認」
簪が報告する。
琴乃は一度だけ目を閉じる。
「これで一隻」
だが。
まだ四隻残っている。
そして――
別の空では。
『