『
真っ白な空間。
上下も、左右もない。
どこまでも続く純白の虚無の中に、一夏はただ一人、立っていた。
けれど――完全な静寂ではない。
どこからともなく、イオナの声が響いている。
『……早く』
一夏は顔を上げる。
『早く……』
その声には、いつもの無機質さがなかった。
焦り。
それ以上に――心配しているような響き。
(イオナ……)
そして。
再び、声が響いた。
『
今度の声には、どこか温もりがあった。
『
一夏の周囲を、白い光が包み込んでいく。
『とっとと終わらせてこい』
思わず、一夏の口元が緩んだ。
「……そんなこと言われたら――」
白い光の中で、一夏は拳を握り締める。
「起きないわけには、いかないね!」
次の瞬間。
一夏は、自分の全身に纏わりついていた白い外殻を――力任せに振り払った。
◇
「!?」
監視室にいた真耶が、突然叫んだ。
「南方から何かが福音戦闘地点へと接近中です!」
「なんだ!?」
教員たちが一斉にモニターへ視線を向ける。
「こ、これは……!?」
真耶の隣では、教員の一人が10枚ものパネルを展開し、凄まじい速度でキーボードを叩いていた。
「ISの速度ではあり得ません! 瞬時加速《イグニッション・ブースト》の最大速度を――突破!?」
「突破だと!?」
「中央モニターに映像、来ます!」
壁一面を覆う巨大モニターへ、南方から接近する謎の物体が映し出された。
「なにかの……種?」
白い。
巨大な種子。
いや――。
「……蕾、みたいですね」
六枚の白い外核が、中央の何かを包み込んでいる。
その隙間からは、螺旋状のエネルギー片が無数に舞い散っていた。
まるで――雪の欠片。
そして、その異様な物体が凄まじい速度で福音へと接近していく。
「識別コード、出ました!」
教員の声が裏返る。
「『ホワイト・テイル』――GX00-Iona!?」
一瞬、室内が静まり返った。
「び、『白式改』と判別可能! バイタル・サイン――織斑さんです!」
「一夏さん!?」
真耶が目を見開く。
その瞬間。
モニターの中で、白い蕾が――開いた。
外殻が四散する。
無数の光の粒子が周囲へ舞い散り、その中心から一人の少女が姿を現した。
――織斑一夏。
白く輝く巨大なエネルギー・ウイングを背負い、その姿は以前の《白式改》とは明らかに異なっていた。
巨大な翼。
白銀に輝く装甲。
そして――。
額から頬へと伸びる、淡く輝く紋章。
黒かった髪は、水色へと変化している。
それはまるで――。
雪の中から生まれた、異形の天使。
《白式改》第三形態。
《ホワイト・テイル》。
その姿が、福音の前へと到達した。
◇
「足止め、ありがとう……箒」
一夏は静かに言った。
「一夏……なのか?」
箒は目の前の少女を見つめたまま、呆然としていた。
「一体、その姿は……」
「説明は後にして」
一夏はヴァールを握り直す。
「まずは――あれを止める」
「……分かった」
箒が頷いた、その瞬間だった。
福音の翼が大きく展開する。
『《
両腕を左右へ大きく広げる。
同時に、翼も外側へ向けて展開された。
――刹那。
眩い光が爆ぜる。
「――ッ!」
無数のエネルギー弾が、一斉に放たれた。
まるで雨。
いや――。
それ以上。
空そのものが、光の弾丸で埋め尽くされる。
「《クラインフィールド》を展開」
一夏の周囲に、淡い光の膜が広がった。
「敵の殲滅を開始する」
その言葉と同時に――。
《ホワイト・テイル》の翼が、大きく羽ばたいた。
――消えた。
「!?」
箒ですら、その姿を目で追えなかった。
次の瞬間。
「そこ」
福音の頭上。
一夏が現れる。
手にしたヴァールを振り抜いた。
「――ッ!?」
福音が間一髪で身体を捻る。
ヴァールの刃が装甲を掠めた。
しかし――。
「速い……!」
福音ですら、明らかに動揺していた。
今までとは違う。
一夏の速度が、完全に別次元へ到達している。
「オマエヲ……コワス!!」
福音が吼える。
一夏は答えない。
《ホワイト・テイル》のエネルギー・ウイングが再び羽ばたいた。
――瞬間移動。
いや。
それほどの速度だった。
一夏は一瞬で福音の正面へと移動する。
「なっ――!?」
福音が距離を取ろうとする。
しかし――。
「逃がさない」
一夏は、その背後へ回り込む。
福音が振り返る。
そこにはいない。
左。
右。
上。
下。
一夏は空間そのものを縦横無尽に駆け回っていた。
ヴァールが唸る。
左から。
右から。
上から。
下から。
大剣クラスの刃が、残像を生み出すほどの速度で福音へ叩き込まれていく。
「――ッ!」
福音の防御が間に合わない。
そして――。
「そこ!」
一閃。
福音の翼の一枚が、根元から切断された。
「――――ッ!!」
バランスを崩す福音。
だが、それでも落ちない。
片翼だけで姿勢を立て直す。
「シズメェエエエ!!」
福音が一夏へと突進する。
脚部スラスターが最大出力で噴射された。
そして――。
回し蹴り。
「……!」
一夏は避けなかった。
《クラインフィールド》が展開される。
ガァンッ!!
凄まじい衝撃音。
福音の脚がフィールドへ叩き込まれる。
だが――。
「!?」
弾き返されたのは、福音の方だった。
脚部装甲が砕け散る。
一夏は、その隙を逃さない。
「――終わり」
福音の腹部へ、ヴァールを押し付ける。
零距離。
逃げ場はない。
「サヨウナラ」
トリガーを引く。
バラララララララッ!!
零距離から叩き込まれる連射。
福音のシールドエネルギーが一気に削られていく。
「――――!」
身体が崩れる。
福音はそのまま、海面へと墜落していった。
「はっ……はぁっ……はぁっ……」
一夏は荒い呼吸を繰り返した。
「一夏! 無事か!?」
遠くから聞こえる箒の声。
「うん……」
一夏は呼吸を整えようとする。
そのときだった。
「ぐっ……!?」
突然、胸の奥から込み上げてくるものがあった。
「ゲホッ……! ゲホッ、ゲホッ!」
口元を押さえる。
指の隙間から――赤い液体が零れた。
「……やっぱり、耐えきれなかったか」
《ホワイト・テイル》。
その圧倒的な性能に、身体が追いついていない。
内臓へまで負荷が及んでいる。
(これで……終わった)
一夏は海面を見下ろした。
これだけの攻撃を受けた。
これだけシールドエネルギーを削った。
もう立ち上がれるはずがない。
――そう思った。
その瞬間。
海面が、爆発した。
「!?」
巨大な光の球が海を吹き飛ばす。
海水が球状に蒸発し、その中心から青い雷を纏った何かが浮かび上がった。
「……嘘」
箒の声が漏れる。
海面に浮かんでいたのは――。
《
自らの身体を抱き締めるようにして蹲っている。
青い雷が全身を駆け巡っていた。
「これは……」
一夏は目を細める。
無機質なバイザー。
その下にある顔からは、感情など読み取れない。
それでも――。
分かった。
そこにあるものが。
明確な敵意。
殺意。
そして――。
怒り。
「……いい加減にしてほしいよ」
一夏はヴァールを構え直す。
福音がゆっくりと顔を上げる。
『――キアアアアアアアアアアアアアッ!!』
それは、もう兵器の発する音ではなかった。
獣。
追い詰められた獣が放つ、咆哮。
次の瞬間。
福音が飛び出した。
一夏へ向かって――。
一直線に。
「……来る!」
《ホワイト・テイル》の翼が、再び大きく羽ばたいた。