「重力子センサーに感!」
天羽の隣で、簪が叫んだ。
「侵食魚雷並びにミサイルです! 数――1200!」
その報告を聞いても、天羽は眉一つ動かさなかった。
「……反撃に来ましたか」
むしろ、予想通りだったと言わんばかりに落ち着いている。
先ほどの一撃で、大戦艦ヒエイではなくアシガラを沈めた。
当然、霧の艦隊が黙っているはずもない。
だが――問題は別にあった。
現在、《須佐之男命》は一度使用したことによって再構成と再チャージの段階に入っている。
最低でも――10分。
それまでは、再び撃つことができない。
「簪さん」
「はい」
「《須佐之男命》の演算処理をお願いします」
「分かりました」
簪はすぐに端末へ向き直る。
《ミカサ戦術システム》を介して、須佐之男命の再構成処理へと演算能力を割り振っていく。
その間にも、重力子センサーが次々と敵影を捉えていく。
1200。
侵食魚雷とミサイル。
それがこちらへ向かって、一直線に飛来している。
天羽は海の彼方へ視線を向けた。
「……少しだけ、忙しくなりそうですね」
そう呟くと、天羽は両手を広げた。
瞬間。
周囲の空間が歪む。
《クライン・フィールド》。
ただし――普通のものではない。
天羽が展開しようとしているのは、自分一人を守るためのものではなかった。
「旅館も、まとめて守ります」
淡い光が周囲へ広がっていく。
海岸。
旅館。
そして、その周辺一帯。
まるで巨大な透明なドームが形成されるように、クライン・フィールドが空間を包み込んでいく。
超戦艦級。
その演算能力を持つ天羽にとって、この程度の処理は――。
「朝飯前ですよ」
天羽は微笑んだ。
◇
「――ッ!」
一夏は、反応できなかった。
速い。
あまりにも速すぎる。
次の瞬間には、福音の手が一夏の足を掴んでいた。
「しまっ――」
身体が引き寄せられる。
ヴァールを振るうこともできない。
そして――。
一夏が切り落としたはずの翼。
その断面が、ゆっくりと蠢き始めた。
「……え?」
切断された翼の根元から。
光が生まれる。
一本。
また一本。
それらが徐々に広がっていく。
まるで――。
蝶が蛹から羽化するように。
白く眩いエネルギーの翼が、ゆっくりと、ゆっくりと再生していく。
「……嘘でしょ」
一夏の表情が引きつった。
そして――。
完全に再生した。
「一夏を離せぇっ!!」
箒が叫ぶ。
紅椿が急加速する。
「――雨月!」
雨月・空裂を構え、福音へ一直線に突撃する。
「一夏から離れろぉぉぉっ!!」
渾身の一撃。
だが――。
ギィンッ!!
「なっ!?」
福音は、空いている片手だけでその刃を受け止めた。
完全に止められた。
箒の全身に衝撃が走る。
「ダメ……!」
一夏が叫ぶ。
「逃げて、箒!」
必死に声を絞り出す。
「こいつは――」
その言葉は、最後まで続かなかった。
福音の翼が開く。
白銀の光。
眩いほどの輝き。
そして――どこか美しさすら感じさせる巨大なエネルギーの翼が、一夏を包み込んだ。
「――っ!」
一夏は咄嗟にクライン・フィールドを展開する。
次の瞬間。
「――――ッ!!」
零距離。
エネルギー弾の雨が、一夏へ叩き込まれた。
轟音。
閃光。
爆発。
クライン・フィールドが凄まじい勢いで軋む。
本来ならば、ほとんどの攻撃を逸らすはずのフィールド。
しかし――。
「ぐ……ああああああっ!!」
防ぎ切れない。
相殺しきれなかったエネルギー弾が、一夏の身体へ突き刺さっていく。
「一夏っ!!」
箒の叫び。
クラインフィールドの蓄積量が――。
「95%……!?」
一夏の視界に警告表示が連続して走る。
限界。
あと少しでも攻撃を受ければ、フィールドでは受け止め切れない。
「ぐ……っ!」
身体が吹き飛ぶ。
一夏は海面へ落下した。
ドォンッ!!
巨大な水柱が上がる。
「一夏!!」
箒が叫ぶ。
だが――。
「……っ」
一夏は生きていた。
辛うじて。
本当に、辛うじて。
意識だけは残っている。
身体を動かす。
腕が震える。
脚が震える。
呼吸すら苦しい。
それでも、空中に留まる。
「……まだ……飛べる……」
だが。
(戦う力は……もう……)
ない。
今の一夏に残っているのは、飛び続ける力だけ。
それが限界だった。
「一夏を――」
箒の瞳に怒りが宿る。
「よくもぉぉぉっ!!」
紅椿が爆発的に加速した。
一気に福音へ接近する。
「はああああああっ!!」
雨月・空裂が閃く。
一撃。
二撃。
三撃。
福音が攻撃を放つ。
箒は展開装甲を局所的に変形させ、身体を捻る。
紙一重。
エネルギー弾を回避。
そのまま、不安定な姿勢から斬撃を繰り出す。
「――そこだ!」
ブースト。
斬撃速度がさらに跳ね上がる。
「うおおおおおおおっ!!」
斬る。
避ける。
突く。
かわす。
撃つ。
躱す。
両者が高速で交錯する。
一進一退。
だが――。
徐々に。
ほんの僅かずつ。
福音が押され始めていた。
紅椿の出力が、さらに上昇していく。
「――いける!」
箒は確信した。
勝てる。
このまま押し切れば――。
「これでっ!!」
雨月を構える。
渾身の打突。
「――ッ!」
その瞬間。
「なっ!?」
警告表示。
エネルギー残量――ゼロ。
「エネルギー切れだと!?」
ほんの一瞬。
箒の動きが止まった。
それだけで十分だった。
福音の腕が伸びる。
「――しまっ」
ガシッ!!
「ぐあっ!」
紅椿が捕まった。
「箒!!」
一夏が叫ぶ。
福音の翼が開く。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
その白銀の翼が、箒を包み込んでいく。
「……やめろ……!」
一夏の声は届かない。
次の瞬間――。
「――――ッ!!」
エネルギー弾が零距離から炸裂した。
閃光。
爆音。
そして――。
箒の身体が、力なく落下していく。
「くっ……!」
一夏は歯を食いしばる。
「箒……!」
しかし。
福音は止まらない。
次に、その手が伸びる。
「……っ!」
一夏の首が掴まれた。
「が……っ!」
身体が持ち上げられる。
抵抗しようとする。
だが――。
もう、身体に力が入らない。
福音の翼が、再びゆっくりと開いていく。
白銀の翼。
それが、一夏を包み込もうとしていた。
(……また……)
理解した。
このままでは――。
また、零距離からエネルギー弾を撃ち込まれる。
今度こそ。
クライン・フィールドは耐えられない。
身体も耐えられない。
そして――。
次は、助からない。
一夏は霞む視界で、遠くの空を見た。
(……ごめんなさい)
意識が薄れていく。
(琴乃さん……)
そして。
心の中で、最後に呟いた。
(ごめんなさい……!)