「ぐっ……うっ……!」
ギリギリと。
一夏の首を締め上げる福音の手に、容赦はなかった。
「……っ!」
圧迫された喉から、苦しげな声が漏れる。
逃れようとしても、身体にはもう力が残っていない。
そして――。
福音の周囲に浮かぶ《
先ほどまでのエネルギー弾発射機構ではない。
光そのものが翼となり、福音の全身を覆い尽くそうとしている。
「……これまで、ですか……」
一夏の視界が徐々に霞んでいく。
ぽうっ……。
光の翼が、さらに輝きを増していく。
一斉射撃まで――あと僅か。
(もう……無理……)
身体は動かない。
クラインフィールドも限界。
《ホワイト・テイル》も限界。
もう、自分にできることはない。
そう思ったとき。
頭の中に、一人の少女の顔が浮かんだ。
「……あま、は……さん……」
無意識だった。
「天羽……さん……」
どうして名前を呼んだのか。
自分でも分からない。
ただ――。
最後に浮かんだのが、あの人だった。
福音の翼が、さらに輝きを増す。
一夏は静かに目を閉じた。
「……」
――その瞬間。
ィィィィィィィンッ!!
『!?』
福音の動きが止まった。
次の瞬間。
ドォォォォンッ!!
強烈な光線が福音を直撃する。
「――ッ!?」
福音の手から、一夏の身体が放り出された。
「……え?」
何が起きたのか分からない。
落下しながら、一夏はゆっくりと瞳を開く。
その視界に飛び込んできたのは――。
吹き飛ばされる銀色のIS。
そして。
「…………」
蒼く輝く、一機のIS。
一夏の視界は、まだ完全には戻っていない。
それでも――。
見間違えるはずがなかった。
「ま……ど、か……ちゃん……?」
そこにいたのは。
《サイレント・ゼフィルス》を纏った――織斑マドカだった。
◇
「《須佐之男命》、再構成及びチャージ完了まで――残り一分を切りました」
簪の声が響く。
だが、その間にも――。
「…………」
天羽たちの周囲へ、無数の侵食魚雷とミサイルが迫っていた。
霧の第一艦隊。
その総攻撃を、天羽はクライン・フィールドだけで受け止め続けている。
「くっ……!」
簪の額に汗が浮かぶ。
旅館。
そこだけは、絶対に守らなければならない。
天羽は旅館を中心として、複数のクライン・フィールドを重ね掛けしていた。
結果として、旅館への被害はゼロ。
しかし――。
天羽と簪がいる浜辺は、凄まじい爆撃に晒されていた。
砂浜が吹き飛び、海面が抉られる。
それでも二人は耐えていた。
「照準補正――」
天羽が《須佐之男命》へ視線を向ける。
「出力、全開」
先ほどの砲撃とは違う。
現在残されているエネルギー。
その全てを一発に叩き込む。
「発射可能!」
簪が叫ぶ。
「――撃ちます」
天羽がトリガーへ指を掛ける。
「超重力砲――発射!!」
ズォォォォォォン!!
巨大な重力波が放たれた。
一直線に飛翔する超重力砲。
その先にいるのは――。
大戦艦ヒエイ。
「させないわ!!」
ヒエイの声が響く。
そして――。
「!!」
天羽の目が見開かれた。
超重力砲が、ヒエイへ到達する寸前。
「相殺……!?」
巨大な砲撃が、ヒエイの周囲に出現した二つのリングへと吸い込まれていく。
上下。
ヒエイを挟み込むように展開された二つの巨大なリング。
「これは……」
天羽は、そのシステムを知っていた。
「
本来なら、超戦艦級だけが持つ特殊な防御機構。
超重力砲のエネルギーを別次元へと相転移させることで、攻撃そのものをこの世界から逸らす。
「……なるほど」
天羽は理解した。
だが――。
「衝撃に備えなさい!」
ヒエイが叫ぶ。
次の瞬間。
ドゴォォォォォン!!
「きゃあああああっ!?」
凄まじい衝撃波が周囲を薙ぎ払った。
「くっ……!」
天羽はクラインフィールドをさらに展開する。
超重力砲そのものは相殺された。
だが、その余波までは完全には消えない。
◇
「……そこにいろ」
マドカが、一夏を見下ろす。
「う、ん……」
一夏は力なく頷いた。
マドカは一夏の生死を確認すると――。
すぐさま福音へと向き直る。
「殲滅を開始する」
その声は冷たい。
直後。
マドカの肌に、そして《サイレント・ゼフィルス》の装甲に――。
霧のエンブレムが浮かび上がった。
「……!」
一夏は息を呑む。
「――ッ!」
マドカが急加速。
こちらへ向かって飛翔してくる福音と、真正面から激突した。
「…………」
右手に《スターブレイカー》。
マドカはそれを片手で構え――。
「――!」
斬り込む。
福音が身体を反らして回避する。
しかし。
「逃がさない」
マドカの左手が動いた。
新兵器。
《
無数のワイヤーアンカーが射出される。
「――ッ!」
福音が翼を展開。
シールドエネルギーでワイヤーを切断しようとする。
だが――。
「無駄」
特殊合金製のホーク・タイワイヤーアンカーは、切れない。
一本。
また一本。
福音の身体へ絡みついていく。
「…………」
福音が身を捩る。
しかし、動けない。
翼も大きく展開できない。
その隙に――。
マドカが踏み込む。
「――ッ!」
スターブレイカーが振り抜かれる。
福音の装甲が削れる。
一撃。
二撃。
三撃。
「……」
マドカの表情は変わらない。
ただ淡々と。
福音を追い詰めていく。
そして――。
「これで、終わりだ」
マドカはスターブレイカーの銃剣を構えた。
狙いは胴体。
「――!」
突き込む。
ズブッ!
銃剣の刃が、福音の装甲を貫いた。
確かな手応え。
それを確認すると、マドカは全ブースターを最大出力へ。
「終われ」
グンッ!!
さらに押し込む。
福音は《流星》の拘束から逃れようともがく。
しかし――。
逃げられない。
抵抗できない。
やがて。
銀色のISから力が抜けた。
「…………」
福音が、停止した。
「やっと……終わった……」
一夏は、心の底からそう呟いた。
これほどまでに苦戦したことはない。
今日は、本当に疲れた。
「……あっ!」
そのときだった。
福音の装甲が消失する。
中から現れたのは、ISスーツだけになった少女。
「……!」
その身体が、海へ落下する。
しかし。
「ふん」
マドカは海面ギリギリで、その少女を掴んだ。
そして――。
「ほらよ」
ポイッ。
「えっ!?」
投げ渡された少女を、一夏が慌てて受け止める。
「……重い」
一夏は少女を抱えたまま、なんとか空中で姿勢を保った。
「一夏!」
そこへ箒が近づいてくる。
「何のつもりだ!!」
箒はマドカを睨み付ける。
だが――。
「待って、箒」
一夏が止めた。
「彼女には……手を出してはいけない」
「なぜだ?」
一夏はマドカを見る。
正確には――。
そのISに刻まれた紋章を見る。
霧のエンブレム。
「……あのエンブレム」
一夏が呟く。
その直後だった。
海面が、大きく盛り上がった。
「……!」
ズズズズズズズ……。
巨大な影が海中から浮上する。
海水を押し退けながら現れたのは――。
一隻の巨大戦艦。
「超戦艦級……」
一夏は、その艦影を知っていた。
「……ムサシ」
霧の最大戦力。
超戦艦級。
その中でも、総旗艦ヤマトと並ぶ二隻の超戦艦の一つ。
――ムサシ。
その司令塔の上に。
一人の少女が座っていた。
長い髪。
堂々とした佇まい。
そして――。
こちらを見下ろす瞳。
「お久しぶりですね。一夏さん」
箒は困惑した。
「……なぜ、あの少女が戦艦の上に?」
しかし。
一夏は、その少女の正体を知っていた。
「貴女が、この海域に出てくるとは思わなかったよ」
一夏は少女を見上げる。
「ムサシさん」
「一夏……」
箒が振り返る。
「一夏、あの少女のことを知っているのか?」
「……うん」
一夏は小さく頷いた。
そして――。
今まで伏せていた事実を口にする。
「霧は……メンタルモデルという、人の姿を持っているの」
箒が息を呑む。
「そして、目の前にいるのが――」
一夏は少女を見る。
「超戦艦ムサシのメンタルモデル」
「……!」
本来なら。
門外不出。
霧の艦艇が人間の姿を持つこと。
その正体。
それを一夏は知っていた。
だが――。
もう隠す意味はない。
今の戦闘を見ていた千冬たちにも、この光景は伝わっている。
そして何より。
ムサシ自身が、ここへ出てきてしまった。
「そんなに警戒することはありませんよ」
ムサシは穏やかに笑う。
「今日は――挨拶ですから」
「…………」
一夏は警戒を解かない。
だが、少なくとも一つだけ分かっている。
もしここで戦闘になれば――。
勝てない。
一夏には、もう戦えるだけの力が残っていない。
シールドエネルギーはほぼ使い果たしている。
残された僅かなエネルギーも、スラスターへ回している状態だ。
箒も同じ。
福音との戦闘で、シールドエネルギーはほとんど残っていない。
そして――。
目の前にいるのは、超戦艦級。
戦えばどうなるかなど、考えるまでもなかった。
「では――」
ムサシが立ち上がる。
「また、どこかでお会いしましょう」
そして、マドカへ視線を向けた。
「マドカさん」
「…………」
マドカは何も答えない。
やがて、待機していた蒼いISがムサシの甲板へと降り立った。
「では」
ムサシは一夏たちへ微笑み――。
そのまま戦艦の中へと姿を消した。
結局。
ムサシは何もしてこなかった。
本当に――。
ただ、挨拶をしに来ただけだった。
「…………」
一夏たちは、しばらくその場から動けなかった。
戦闘は終わった。
福音も撃墜した。
けれど――。
何か、とんでもないものを見てしまった。
そんな感覚だけが残っている。
そして一夏たちは、何とも言えない空気のまま――。
旅館へと戻っていった。