IS~空を舞う蒼き鋼~   作:ぬっく~

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第28話

「ぐっ……うっ……!」

 

ギリギリと。

 

一夏の首を締め上げる福音の手に、容赦はなかった。

 

「……っ!」

 

圧迫された喉から、苦しげな声が漏れる。

 

逃れようとしても、身体にはもう力が残っていない。

 

そして――。

 

福音の周囲に浮かぶ《銀の鈴(シルバー・ベル)》が変質していた。

 

先ほどまでのエネルギー弾発射機構ではない。

 

光そのものが翼となり、福音の全身を覆い尽くそうとしている。

 

「……これまで、ですか……」

 

一夏の視界が徐々に霞んでいく。

 

ぽうっ……。

 

光の翼が、さらに輝きを増していく。

 

一斉射撃まで――あと僅か。

 

(もう……無理……)

 

身体は動かない。

 

クラインフィールドも限界。

 

《ホワイト・テイル》も限界。

 

もう、自分にできることはない。

 

そう思ったとき。

 

頭の中に、一人の少女の顔が浮かんだ。

 

「……あま、は……さん……」

 

無意識だった。

 

「天羽……さん……」

 

どうして名前を呼んだのか。

 

自分でも分からない。

 

ただ――。

 

最後に浮かんだのが、あの人だった。

 

福音の翼が、さらに輝きを増す。

 

一夏は静かに目を閉じた。

 

「……」

 

――その瞬間。

 

ィィィィィィィンッ!!

 

『!?』

 

福音の動きが止まった。

 

次の瞬間。

 

ドォォォォンッ!!

 

強烈な光線が福音を直撃する。

 

「――ッ!?」

 

福音の手から、一夏の身体が放り出された。

 

「……え?」

 

何が起きたのか分からない。

 

落下しながら、一夏はゆっくりと瞳を開く。

 

その視界に飛び込んできたのは――。

 

吹き飛ばされる銀色のIS。

 

そして。

 

「…………」

 

蒼く輝く、一機のIS。

 

一夏の視界は、まだ完全には戻っていない。

 

それでも――。

 

見間違えるはずがなかった。

 

「ま……ど、か……ちゃん……?」

 

そこにいたのは。

 

《サイレント・ゼフィルス》を纏った――織斑マドカだった。

 

 

「《須佐之男命》、再構成及びチャージ完了まで――残り一分を切りました」

 

簪の声が響く。

 

だが、その間にも――。

 

「…………」

 

天羽たちの周囲へ、無数の侵食魚雷とミサイルが迫っていた。

 

霧の第一艦隊。

 

その総攻撃を、天羽はクライン・フィールドだけで受け止め続けている。

 

「くっ……!」

 

簪の額に汗が浮かぶ。

 

旅館。

 

そこだけは、絶対に守らなければならない。

 

天羽は旅館を中心として、複数のクライン・フィールドを重ね掛けしていた。

 

結果として、旅館への被害はゼロ。

 

しかし――。

 

天羽と簪がいる浜辺は、凄まじい爆撃に晒されていた。

 

砂浜が吹き飛び、海面が抉られる。

 

それでも二人は耐えていた。

 

「照準補正――」

 

天羽が《須佐之男命》へ視線を向ける。

 

「出力、全開」

 

先ほどの砲撃とは違う。

 

現在残されているエネルギー。

 

その全てを一発に叩き込む。

 

「発射可能!」

 

簪が叫ぶ。

 

「――撃ちます」

 

天羽がトリガーへ指を掛ける。

 

「超重力砲――発射!!」

 

ズォォォォォォン!!

 

巨大な重力波が放たれた。

 

一直線に飛翔する超重力砲。

 

その先にいるのは――。

 

大戦艦ヒエイ。

 

「させないわ!!」

 

ヒエイの声が響く。

 

そして――。

 

「!!」

 

天羽の目が見開かれた。

 

超重力砲が、ヒエイへ到達する寸前。

 

「相殺……!?」

 

巨大な砲撃が、ヒエイの周囲に出現した二つのリングへと吸い込まれていく。

 

上下。

 

ヒエイを挟み込むように展開された二つの巨大なリング。

 

「これは……」

 

天羽は、そのシステムを知っていた。

 

次元空間曲率変位(ミラー・リング)システム……」

 

本来なら、超戦艦級だけが持つ特殊な防御機構。

 

超重力砲のエネルギーを別次元へと相転移させることで、攻撃そのものをこの世界から逸らす。

 

「……なるほど」

 

天羽は理解した。

 

だが――。

 

「衝撃に備えなさい!」

 

ヒエイが叫ぶ。

 

次の瞬間。

 

ドゴォォォォォン!!

 

「きゃあああああっ!?」

 

凄まじい衝撃波が周囲を薙ぎ払った。

 

「くっ……!」

 

天羽はクラインフィールドをさらに展開する。

 

超重力砲そのものは相殺された。

 

だが、その余波までは完全には消えない。

 

 

「……そこにいろ」

 

マドカが、一夏を見下ろす。

 

「う、ん……」

 

一夏は力なく頷いた。

 

マドカは一夏の生死を確認すると――。

 

すぐさま福音へと向き直る。

 

「殲滅を開始する」

 

その声は冷たい。

 

直後。

 

マドカの肌に、そして《サイレント・ゼフィルス》の装甲に――。

 

霧のエンブレムが浮かび上がった。

 

「……!」

 

一夏は息を呑む。

 

「――ッ!」

 

マドカが急加速。

 

こちらへ向かって飛翔してくる福音と、真正面から激突した。

 

「…………」

 

右手に《スターブレイカー》。

 

マドカはそれを片手で構え――。

 

「――!」

 

斬り込む。

 

福音が身体を反らして回避する。

 

しかし。

 

「逃がさない」

 

マドカの左手が動いた。

 

新兵器。

 

流星(メテオ)》。

 

無数のワイヤーアンカーが射出される。

 

「――ッ!」

 

福音が翼を展開。

 

シールドエネルギーでワイヤーを切断しようとする。

 

だが――。

 

「無駄」

 

特殊合金製のホーク・タイワイヤーアンカーは、切れない。

 

一本。

 

また一本。

 

福音の身体へ絡みついていく。

 

「…………」

 

福音が身を捩る。

 

しかし、動けない。

 

翼も大きく展開できない。

 

その隙に――。

 

マドカが踏み込む。

 

「――ッ!」

 

スターブレイカーが振り抜かれる。

 

福音の装甲が削れる。

 

一撃。

 

二撃。

 

三撃。

 

「……」

 

マドカの表情は変わらない。

 

ただ淡々と。

 

福音を追い詰めていく。

 

そして――。

 

「これで、終わりだ」

 

マドカはスターブレイカーの銃剣を構えた。

 

狙いは胴体。

 

「――!」

 

突き込む。

 

ズブッ!

 

銃剣の刃が、福音の装甲を貫いた。

 

確かな手応え。

 

それを確認すると、マドカは全ブースターを最大出力へ。

 

「終われ」

 

グンッ!!

 

さらに押し込む。

 

福音は《流星》の拘束から逃れようともがく。

 

しかし――。

 

逃げられない。

 

抵抗できない。

 

やがて。

 

銀色のISから力が抜けた。

 

「…………」

 

福音が、停止した。

 

「やっと……終わった……」

 

一夏は、心の底からそう呟いた。

 

これほどまでに苦戦したことはない。

 

今日は、本当に疲れた。

 

「……あっ!」

 

そのときだった。

 

福音の装甲が消失する。

 

中から現れたのは、ISスーツだけになった少女。

 

「……!」

 

その身体が、海へ落下する。

 

しかし。

 

「ふん」

 

マドカは海面ギリギリで、その少女を掴んだ。

 

そして――。

 

「ほらよ」

 

ポイッ。

 

「えっ!?」

 

投げ渡された少女を、一夏が慌てて受け止める。

 

「……重い」

 

一夏は少女を抱えたまま、なんとか空中で姿勢を保った。

 

「一夏!」

 

そこへ箒が近づいてくる。

 

「何のつもりだ!!」

 

箒はマドカを睨み付ける。

 

だが――。

 

「待って、箒」

 

一夏が止めた。

 

「彼女には……手を出してはいけない」

 

「なぜだ?」

 

一夏はマドカを見る。

 

正確には――。

 

そのISに刻まれた紋章を見る。

 

霧のエンブレム。

 

「……あのエンブレム」

 

一夏が呟く。

 

その直後だった。

 

海面が、大きく盛り上がった。

 

「……!」

 

ズズズズズズズ……。

 

巨大な影が海中から浮上する。

 

海水を押し退けながら現れたのは――。

 

一隻の巨大戦艦。

 

「超戦艦級……」

 

一夏は、その艦影を知っていた。

 

「……ムサシ」

 

霧の最大戦力。

 

超戦艦級。

 

その中でも、総旗艦ヤマトと並ぶ二隻の超戦艦の一つ。

 

――ムサシ。

 

その司令塔の上に。

 

一人の少女が座っていた。

 

長い髪。

 

堂々とした佇まい。

 

そして――。

 

こちらを見下ろす瞳。

 

「お久しぶりですね。一夏さん」

 

箒は困惑した。

 

「……なぜ、あの少女が戦艦の上に?」

 

しかし。

 

一夏は、その少女の正体を知っていた。

 

「貴女が、この海域に出てくるとは思わなかったよ」

 

一夏は少女を見上げる。

 

「ムサシさん」

 

「一夏……」

 

箒が振り返る。

 

「一夏、あの少女のことを知っているのか?」

 

「……うん」

 

一夏は小さく頷いた。

 

そして――。

 

今まで伏せていた事実を口にする。

 

「霧は……メンタルモデルという、人の姿を持っているの」

 

箒が息を呑む。

 

「そして、目の前にいるのが――」

 

一夏は少女を見る。

 

「超戦艦ムサシのメンタルモデル」

 

「……!」

 

本来なら。

 

門外不出。

 

霧の艦艇が人間の姿を持つこと。

 

その正体。

 

それを一夏は知っていた。

 

だが――。

 

もう隠す意味はない。

 

今の戦闘を見ていた千冬たちにも、この光景は伝わっている。

 

そして何より。

 

ムサシ自身が、ここへ出てきてしまった。

 

「そんなに警戒することはありませんよ」

 

ムサシは穏やかに笑う。

 

「今日は――挨拶ですから」

 

「…………」

 

一夏は警戒を解かない。

 

だが、少なくとも一つだけ分かっている。

 

もしここで戦闘になれば――。

 

勝てない。

 

一夏には、もう戦えるだけの力が残っていない。

 

シールドエネルギーはほぼ使い果たしている。

 

残された僅かなエネルギーも、スラスターへ回している状態だ。

 

箒も同じ。

 

福音との戦闘で、シールドエネルギーはほとんど残っていない。

 

そして――。

 

目の前にいるのは、超戦艦級。

 

戦えばどうなるかなど、考えるまでもなかった。

 

「では――」

 

ムサシが立ち上がる。

 

「また、どこかでお会いしましょう」

 

そして、マドカへ視線を向けた。

 

「マドカさん」

 

「…………」

 

マドカは何も答えない。

 

やがて、待機していた蒼いISがムサシの甲板へと降り立った。

 

「では」

 

ムサシは一夏たちへ微笑み――。

 

そのまま戦艦の中へと姿を消した。

 

結局。

 

ムサシは何もしてこなかった。

 

本当に――。

 

ただ、挨拶をしに来ただけだった。

 

「…………」

 

一夏たちは、しばらくその場から動けなかった。

 

戦闘は終わった。

 

福音も撃墜した。

 

けれど――。

 

何か、とんでもないものを見てしまった。

 

そんな感覚だけが残っている。

 

そして一夏たちは、何とも言えない空気のまま――。

 

旅館へと戻っていった。

 

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