第二回モンド・グロッソ。
その大会で優勝したのは、私の姉――織斑千冬だった。
世界中から注目を集めた、圧倒的な優勝。
しかし。
何故か千冬姉は、その直後にIS操縦者として現役を引退した。
理由は、私には詳しく知らされていない。
ただ一つ分かっているのは――
私が誘拐された事件をきっかけに、千冬姉が大きく変わったということだった。
私の捜索には、ドイツ側も全面的に協力してくれた。
その協力の一環として、千冬姉は一年間、ドイツでIS教官を務めることになった。
そして一年。
千冬姉が帰国した頃には、私の周囲も少しだけ変わっていた。
凰鈴音。
五反田弾。
五反田蘭。
布仏数馬。
昔からの友人たち。
そこまでは変わらない。
ただ――
もう一人。
新しく、この輪の中へ加わった人物がいた。
「何でアンタがいるのよ!」
「まあ。私がいてはいけないのですか?」
「当たり前でしょ!」
教室に響く鈴の声。
その声を受けても、天羽琴乃は涼しい顔をしている。
「まあまあ、鈴」
「む……」
鈴が私を見る。
「一夏の顔に免じて、今日は見逃してあげるわ!」
「それ、完全に負けた奴が言う台詞だぞ」
「弾!」
次の瞬間。
鈴のローキックが弾の腹へ綺麗に入った。
「ぐふっ!」
「余計なこと言うからよ!」
「確かに今のは弾が悪いな……」
数馬が呆れたように呟く。
蘭は楽しそうに笑っている。
私たちにとっては、いつもの光景だ。
だけど――
天羽さんにはどう見えているのだろう。
私は少し気になって、彼女へ視線を向けた。
「…………」
天羽さんは――
笑っていた。
鈴と弾のやり取りを、まるで微笑ましいものを見るように眺めている。
「……天羽さん」
「はい?」
「どうして、私たちのところに入ってきたんですか?」
「う~ん……」
天羽さんが少し考える。
「そうですね」
そして、教室の後ろへ視線を向けた。
そこには数人の女子が集まっている。
小声で何かを話しながら、こちらを見ていた。
彼女たちは、以前までいつも天羽さんの周囲にいた女子たちだ。
「……あの人たちのことですか?」
「ええ」
私は少し心配になった。
「天羽さん、大丈夫なんですか?」
「何がです?」
「だって……今までずっと一緒にいた人たちでしょう?」
「ああ」
天羽さんは、あっさりとした様子で答えた。
「別に気にしていませんよ」
「でも……」
「それに」
天羽さんが私を見る。
「今の私が興味を持っているのは――一夏さんですから」
「…………え?」
意味を理解するより先に。
天羽さんが私の顔へ両手を添えた。
「えっ?」
私は驚いて身体を固める。
天羽さんは私より少し背が高い。
そのため、私は自然と彼女を見上げる形になった。
そして――
「きゃあああああああっ!」
教室中に女子たちの悲鳴が響き渡った。
「お、お姉様がぁぁぁ!」
「あんな地味な子にぃぃぃ!」
「なんであいつなのよぉぉぉ!」
「私たちの琴乃様がぁぁぁ!」
中にはハンカチを噛みしめながら泣いている者までいる。
「…………」
私は思った。
これ。
完全に敵を増やしたよね?
しかも、かなり大量に。
夜道には気を付けよう。
下手をすると、本当に後ろから刺されるかもしれない。
……いや、冗談ではなく。
◇
放課後。
何故か天羽さんは、私たちと一緒に帰っていた。
「…………」
弾は妙にテンションが高い。
「いやー、天羽さんと一緒に帰る日が来るとはな!」
「弾、顔がにやけてるよ」
蘭が呆れたように言う。
「だって仕方ないだろ!」
「……ふん」
鈴は相変わらず天羽さんを警戒している。
ただ、私が一緒にいるせいか、今日は大人しい。
しばらく歩いていると、弾が立ち止まった。
「あっ! 俺たちはここまでだ」
「そうだったな」
数馬が頷く。
「じゃあ、一夏。またな」
「う、うん。またね、弾」
鈴、蘭、数馬、弾。
四人はいつもの道へ入っていく。
私はその背中を見送る。
やがて、四人の姿が見えなくなった。
そのタイミングを見計らったかのように、天羽さんが声を掛けてきた。
「一夏ちゃん」
「はい?」
「今日は一人?」
「え?」
私は少し考える。
「あ……うん」
千冬姉は今、ドイツにいる。
つまり――家に帰っても一人だ。
だから普段は、弾や鈴の家に遊びに行って、一緒に夕食を食べることが多い。
今日も、そのつもりだった。
しかし。
「では」
天羽さんが微笑む。
「一緒に食事へ行きませんか?」
「…………え?」
頭が止まった。
「え?」
「ですから、一緒にご飯を食べに行きませんか?」
「あ……えっと……」
どう答えればいいのか分からない。
そんな私を見て、天羽さんは楽しそうに笑った。
「ふふっ」
そして、何処かへ電話を掛ける。
「え?」
「少し待っていてくださいね」
数分後。
一台の高級車が私たちの前に停車した。
「…………」
私は車を見る。
天羽さんを見る。
もう一度、車を見る。
「どうしたの?」
「え、え、え……?」
「乗りましょう?」
「ちょっと待ってください!」
私の頭が追いつかない。
天羽さんはそんな私の腕を掴む。
「大丈夫ですよ」
「えっ、ちょっ――」
そのまま車へ乗せられた。
「あ、あの……どこへ?」
「着いてからのお楽しみです♪」
車が走り出す。
窓の外の景色が流れていく。
数分もしないうちに、人通りの多い街へ入った。
「天羽さん」
「はい?」
「本当にどこへ行くんですか?」
「秘密です」
「…………」
私は諦めた。
もう、好きにしてもらおう。
やがて車が一つの建物の前で止まった。
「ここって……」
私は建物を見上げる。
見間違えるはずがない。
「テレシア……?」
「そうですよ♪」
天羽さんは何でもないように答える。
テレシア。
国内でも有名な超一流ホテル。
予約は常に埋まっている。
今から食事をしようと思って、簡単に席を取れるような場所ではない。
「どうして……」
「こちらですよ」
天羽さんは私の疑問を無視して歩き出した。
「ちょ、ちょっと待って!」
私は慌てて後を追う。
◇
連れてこられた先。
そこには――
様々なドレスが並んでいた。
「…………」
「さて」
天羽さんが微笑む。
「おめかししましょうか」
「……え?」
今日、私は何回驚けばいいんだろう。
そんな疑問を抱いている間にも、天羽さんは次々とドレスを持ってくる。
「これもいいですね」
「これは……ちょっと派手じゃ……」
「では、こちら」
「えっ、これも?」
「う~ん……」
天羽さんが私の姿を確認する。
「これも悪くないですけど……」
何着ものドレスを試着する。
そして――
「うん」
天羽さんが頷いた。
「これですね♪」
選ばれたのは、鮮やかな青いドレスだった。
肩や背中が大きく開いた、ウェディングドレスを思わせるデザイン。
光を受けるたび、青い生地が美しく輝いている。
「……これを私が?」
「とても似合っていますよ」
「そ、そうですか……?」
自分ではどうにも落ち着かない。
その一方。
天羽さんも着替えていた。
彼女が選んだのは――
私と対照的な純白のドレス。
こちらもウェディングドレスを思わせる優雅なデザインだった。
「天羽さんも……」
「せっかくですから」
天羽さんが笑う。
「お揃いにしましょう?」
「お揃い……」
その言葉に少しだけ胸がくすぐったくなった。
「それでは、行きましょうか♪」
「う、うん……」
私は天羽さんに手を引かれる。
◇
そして。
私たちはテレシアの最上階へやって来た。
扉が開く。
「…………」
誰もいない。
広々としたフロア。
窓の向こうには、夜の街が広がっている。
そして――
中央に一つだけ置かれたテーブル。
「ここ……私たちだけ?」
「ええ」
天羽さんが席へ座る。
私も向かい側へ腰を下ろす。
やがて料理を待つ時間になった。
しかし、どうしても気になる。
「あの……」
「はい?」
「ここって……本当にテレシアですよね?」
「そうですよ♪」
「……予約、取れたんですか?」
「ええ」
天羽さんはあっさり答えた。
「ここのオーナーは、私の仲間ですから」
「…………」
「少し無理を言って、席を取ってもらいました」
「…………はぁ」
私は天井を見る。
今日だけで何度目だろう。
驚くことに疲れてしまった。
天羽琴乃。
彼女と出会ってから、私の日常は確実に変わった。
だけど――
不思議と嫌ではなかった。
「一夏ちゃん」
「はい?」
天羽さんが優しく笑う。
「今日は、ゆっくりお話ししましょうね」
「……うん」
私は頷いた。
この時の私はまだ知らなかった。
天羽琴乃が私の人生へ入り込んできたことが――
単なる「転校生との出会い」などではないことを。
そして。
彼女が私に近づいてきた本当の理由を。
まだ、何も知らなかった。