「はい。検査は終わりよ」
ヒュウガの声を聞き、一夏は椅子から立ち上がると、傍らに置いていた上着を羽織った。
臨海学校が終わり、季節は本格的な夏へと移り変わっている。
そして、一夏は現在――蒼き鋼の本社である超戦艦ヤマトにいた。
「取り敢えず、異常は見当たらなかったから大丈夫ね」
そう言いながら、ヒュウガは一夏のカルテへと視線を落とす。
臨海学校では簡単な応急処置程度しかできなかった。
あの戦いで一夏が受けた肉体への負担は尋常ではなく、念のため本社へ戻って、より詳しい検査を受けることになったのだ。
結果としては――特に異常なし。
一夏は胸を撫で下ろした。
「よかった……。イオナの方は?」
「う~ん。特に問題はないわ。ただ、流石にあれだけ急激な進化をしたからね。再調整には少し時間がかかるわ」
「そう……」
一夏は検査室の一角に置かれている白式改へと視線を向ける。
その内部には、イオナのコアが存在している。
本来、ISというものは使用者との適合や戦闘経験などを通じて、少しずつ成長していくものだ。
しかし――。
一夏は、白式改を強制的に第三形態へと進化させた。
その結果が、現在の白式改である。
性能そのものは凄まじい。
だが、それは同時に、ISとしての限界を無視した急激な進化でもあった。
「一夏」
「うん?」
「肉体の最低限界を軽く超えている以上、しばらく白式改を使うのはオススメしないわ」
「やっぱり?」
「やっぱり、よ」
ヒュウガは苦笑する。
「例えるなら……スクーターに無理やりターボを積んで、そのまま高速道路を走らせているようなものよ」
「……それは壊れるね」
「ええ。確実に」
一夏は改めて白式改を見る。
さすがに、そんな状態のISを操縦する気にはなれなかった。
「じゃあ、イオナには休暇を与えようかな」
「それがいいわ」
ヒュウガの返事は早かった。
「白式改は私が預かって、きっちり再調整しておくから」
「……」
一夏は無言でヒュウガを見る。
ヒュウガは笑顔だった。
笑顔なのだが――。
妙に圧がある。
何しろ、ヒュウガはイオナのことが特に好きで――。
いや。
好き過ぎる。
霧の中でも一、二を争うほどイオナへの愛が重い存在である。
そのため、一夏としても白式改を預けることには少しばかり抵抗があった。
しかし、白式改をまともに再調整できる者となると、霧の中でもヒュウガを置いて他にはいない。
「……くれぐれも、調整だけにしてよね?」
「もちろんよ」
「本当に?」
「もちろん」
「……」
信用できない。
一夏は心の中でそう呟いた。
「何かあったら、ヤマトに言うからね」
「あらあら。随分と警戒されてるわね」
ヒュウガは楽しそうに笑う。
だが、一夏はそれ以上何も言わず、白式改を預けることにした。
「じゃあ、よろしくね。イオナ」
白式改を見つめ、一夏は小さく手を振る。
当然、返事はない。
ただ、その内部にあるコアだけが静かに輝いていた。
一夏はその光を確認すると、検査室を後にした。
◇
「どうしようかな……」
日本へ戻る途中。
一夏はイオナの姉妹艦である伊400に乗せてもらいながら、今後の予定について考えていた。
現在、IS学園は夏休みに入っている。
そのため、学園には最低限の生徒や教職員しか残っていない。
基本的には自由な時間だ。
しかし――。
「う~ん……そう言えば、この後にあれが控えていたな……」
一夏は、ふと思い出した。
夏休みが終わった九月頃。
IS学園では毎年恒例の行事が待っている。
「学園祭、か……」
一夏はぼんやりと呟く。
そして、ふと別の問題にも気が付いた。
「私と簪さんに、天羽さんで三人は確定よね」
IS学園の学園祭は招待制。
一人の生徒が招待できる人物は一人まで。
つまり――。
「誰を呼ぶか、決めないといけないんだよね」
一夏は候補を考える。
「だとすると……マヤちゃんかな」
真っ先に思い浮かんだのは、マヤだった。
性格的にも、こういったイベントには向いている。
何より、マヤ自身も楽しんでくれそうだ。
「他には……キリシマとか、ハルナあたり?」
候補を挙げてみる。
しかし、そこで一夏は眉を寄せた。
「……でも、今ハルナたちってアメリカの方にいるんだよね」
現在、ハルナたちは任務でアメリカ方面に滞在している。
呼び戻すこと自体は、不可能ではない。
だが――。
「学園祭のためだけに任務を中断させるのもなぁ……」
流石に気が引ける。
キリシマも同様だ。
「う~ん……」
考えても答えが出ない。
こういう時、一人で悩んでも仕方がない。
「ここは、天羽さんに相談するかな」
結局、一夏はそう決めた。
伊400へ進路変更を頼み、一夏はIS学園へ向かうことにした。
◇
――IS学園。
一年寮。
「……」
簪は寮の玄関から外へ出ようとしていた。
天羽から頼まれた用事がある。
そのため、少し急いでいた。
しかし――。
(……誰かいる?)
ふと、簪の足が止まった。
背後。
そこに、生体反応を感じた。
通常のISには存在しない感知能力。
だが、簪が使用する打鉄弐式改には霧のコアが内蔵されている。
だからこそ、通常の人間には感じ取れないような僅かな反応すら捉えることができた。
(気のせい……?)
最初はそう思った。
だが――。
歩いても。
止まっても。
反応は消えない。
明らかに、誰かが後を付けている。
簪は小さく息を吐いた。
そして、ゆっくりと足を止める。
「誰ですか?」
振り返る。
「私の後をつけているのは?」
「……!」
物陰。
そこに隠れていた人物の気配が、僅かに揺れた。
どうやら図星らしい。
しかし、出てくる気配はない。
「…………」
簪は無言で周囲を見る。
そして、手のひらに少量のナノマテリアルを集めた。
黒い粒子が瞬く間に形を変え――一本のナイフへと変化する。
簪はそれを手に取ると、物陰へ向けて投げた。
――ヒュッ!
ナイフが壁へ突き刺さる。
「……っ!」
隠れていた人物が僅かに身を震わせる。
簪は冷静な声で告げた。
「もう一度言う」
一歩、前へ出る。
「隠れてないで、出てきて」
「…………」
完全に居場所が割れている。
これ以上隠れていても意味がない。
そう判断したのか。
物陰から、ゆっくりと一人の少女が姿を現した。
「簪ちゃん……」
「……」
簪は目を見開く。
ある程度は予想していた。
しかし――。
本当に、その人物が出てくるとは思っていなかった。
「……お姉ちゃん」
そこにいたのは――。
更識楯無。
簪の唯一の姉。
そして、IS学園の現生徒会長。
同時に――。
簪が、できることなら最も会いたくなかった人物だった。