IS~空を舞う蒼き鋼~   作:ぬっく~

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第32話

 ――日が沈みかけていた。

 

 夕焼けに染まった第一アリーナ。

 

 その中央に、二人の少女が立っている。

 

「構えなさい」

 

 楯無の言葉に、簪はゆっくりと拳を握った。

 

 胸の奥にある感情は――不思議なものだった。

 

 怖い。

 

 悲しい。

 

 悔しい。

 

 そして――嬉しい。

 

 私は、ずっと姉を超えるために生きてきた。

 

 どれだけ努力しても届かなかった。

 

 どれだけ足掻いても、その背中すら見えなかった。

 

 だから、いつしか諦めた。

 

 けれど――。

 

(予想外の形になったけど……)

 

 簪は、自分の腕にある蒼い腕輪へと触れる。

 

(ようやく……夢が叶う)

 

 ナノマテリアルが一気に展開する。

 

「IS――〈打鉄弐式改〉」

 

 蒼い装甲が簪の身体を包み込んでいく。

 

 対する楯無もまた、自らの専用ISを展開した。

 

「IS――〈ミステリアス・レイディ〉」

 

 二機のISが、夕焼けの中で対峙する。

 

「誰が何と言おうとも、私は全てを終わらせる」

 

 楯無がランスを構える。

 

「だから――私は貴女の夢を壊す」

 

「……」

 

 簪もまた、〈夢現〉を構えた。

 

「だったら、私は――」

 

 その瞳に迷いはない。

 

「姉さんの目的を潰します」

 

「……そう」

 

 もう、言葉は必要なかった。

 

 勝者が全てを手に入れる。

 

 敗者は、全てを失う。

 

 姉妹という関係すらも。

 

 ――最後の戦いが、幕を開けた。

 

 

「っ!」

 

 ――戦闘開始から、十分以上。

 

 激しい攻防が続いていた。

 

 簪は〈打鉄弐式改〉のクライン・フィールドを展開する。

 

 楯無のランスがフィールドへ叩き込まれる。

 

 ――ガキィン!

 

 攻撃が弾かれる。

 

 その隙を逃さず、簪は〈夢現〉を振り抜いた。

 

 しかし――。

 

 ガンッ!

 

「……!」

 

 楯無はランスの柄を使って受け止めていた。

 

「やっぱり……強い!」

 

 簪は歯を食いしばる。

 

 伊達に全学年最強と呼ばれているわけではない。

 

 楯無の戦闘経験は凄まじかった。

 

 だが――。

 

 簪には、負けるつもりなど欠片もなかった。

 

「やっぱり、お姉ちゃんは強いや……」

 

「ようやく諦めてくれた?」

 

 楯無が息を整える。

 

「だったら――」

 

「でも」

 

 簪は顔を上げた。

 

「やっぱり、負けるつもりはないよ」

 

「……!」

 

 楯無の表情が変わる。

 

 今の私では勝てない。

 

 そんなことは、最初から分かっている。

 

 だったら――。

 

 その「上」に行けばいい。

 

「《新たな世代への進化《リミット・オーバー・ブレイク》》……起動」

 

「っ!?」

 

 瞬間。

 

 〈打鉄弐式改〉から、眩い光が迸った。

 

 空へ向かって巨大な光の柱が伸びていく。

 

「何……それ……?」

 

 楯無の顔から余裕が消える。

 

 簪は臨海学校で、一夏が使用したものを知っていた。

 

 《新たな世代への進化《リミット・オーバー・ブレイク》》。

 

 ISの形態を――強制的に引き上げるシステム。

 

 その代償は大きい。

 

 ISそのものに莫大な負荷を与える。

 

 本来なら、緊急事態以外での使用は許されない。

 

 そんなことは、簪も理解していた。

 

 それでも。

 

「私は……」

 

 簪は前を向く。

 

「姉さんに勝ちたい」

 

 その願いだけで――賭けに出た。

 

 

「……あれは?」

 

 IS学園へ戻ってきた一夏は、遠くの空へ伸びる光の柱を見上げた。

 

「……!」

 

 その正体に気付くまで、時間は掛からなかった。

 

「《新たな世代への進化《リミット・オーバー・ブレイク》》……!」

 

 一夏は走り出す。

 

 このシステムを搭載しているISは、この世界に三機しか存在しない。

 

 自分の〈白式改〉は現在、ヤマトで修理中。

 

 そして――。

 

「マドカは、この学園には来ていない」

 

 ならば。

 

「残っているのは……簪さんだけ!」

 

 嫌な予感がする。

 

 いや。

 

 予感などではない。

 

 これは――緊急事態だ。

 

「緊急時にしか使っちゃいけないシステムを、何で……!」

 

 一夏は速度を上げる。

 

「一体、何が起こって――」

 

 そして、第一アリーナへ到着した瞬間。

 

「……え?」

 

 一夏は言葉を失った。

 

 そこにいたのは――。

 

 無双する簪の姿だった。

 

 

 〈打鉄弐式改〉。

 

 その姿そのものに、大きな変化はない。

 

 しかし――。

 

 今まで装備されていた〈山嵐〉と〈夢現〉が消えている。

 

「形成――」

 

 簪が手を伸ばす。

 

「203mmSKC連装砲」

 

 ――ズンッ!

 

 ナノマテリアルが瞬時に形を変え、巨大な砲身を形成する。

 

 放たれた砲弾を、楯無はアクア・ナノマシンで弾き飛ばす。

 

「くっ……!」

 

 だが。

 

「形成――610mm四連装魚雷」

 

「――っ!」

 

 さらに装備が形成される。

 

 一つ。

 

 また一つ。

 

 次々と現れる兵装。

 

 それは、これまでの簪とはまるで違っていた。

 

(ISのシステムポテンシャルが……違い過ぎる!)

 

 第一形態の〈ミステリアス・レイディ〉。

 

 対する簪は――第三形態。

 

 処理速度。

 

 反応速度。

 

 出力。

 

 全てが違う。

 

 これまでなら戦闘経験で補えていた差が、今は補えない。

 

「くっ……!」

 

 楯無は残りのシールドエネルギーを確認する。

 

 もう、余裕はない。

 

(勝つには――これしかない!)

 

 楯無はランスへ全てのナノマシンを集中させた。

 

 簪も、それを察知する。

 

「大きいのが来る……」

 

 クライン・フィールドでは相殺できない。

 

 ならば――。

 

「形成」

 

 簪は、それまで形成していた兵装をナノマテリアルへと戻していく。

 

 そして。

 

「タカオ!」

 

 ナノマテリアルが一気に膨れ上がった。

 

 巨大な艦体が形成される。

 

 青い船体。

 

 巨大な主砲。

 

 その姿は――。

 

 蒼き高雄型重巡洋艦一番艦。

 

「高雄……!」

 

 一夏が目を見開く。

 

 形成された高雄が、変形を開始する。

 

「超重砲――!」

 

 巨大な砲撃形態へ。

 

 エネルギーが収束していく。

 

 ――ゴォォォォォ……!

 

 空間そのものが震え始める。

 

「……まずい!」

 

 一夏は、その威力を知っている。

 

 ISが搭載する超重砲は、本来の艦艇用超重力砲に比べて威力が大幅に抑えられている。

 

 だが――。

 

 今、簪が形成しているものは違う。

 

 まるで本来の霧の艦艇が放つものと同じ。

 

 いや。

 

 それに近い威力を持っている。

 

「簪ちゃん!」

 

 一夏は叫んだ。

 

「撃ってはダメ!!」

 

 だが――。

 

「ミストルティンの槍!!」

 

 楯無もまた、ランスに全てを集中させる。

 

「発射!!」

 

 ――二つの必殺攻撃が放たれようとしていた。

 

「簪さん!!」

 

 一夏が叫ぶ。

 

 しかし――遅い。

 

 そう思った。

 

 その言葉は、もう届かない。

 

 ――そう思っていた。

 

『それはダメよ。カンザシ』

 

「……え?」

 

 その瞬間。

 

 世界から――音が消えた。

 

 

「……どういうこと?」

 

 一夏は呆然とする。

 

 今まさに放たれようとしていた二つの攻撃。

 

 その全てが――消えていた。

 

 いや。

 

 違う。

 

 攻撃が消えたのではない。

 

「ISが……」

 

 〈打鉄弐式改〉が。

 

 〈ミステリアス・レイディ〉が。

 

「……完全に停止している?」

 

 両方のISが、まるで生命を失ったかのように停止していた。

 

 形を維持していたナノマテリアルも崩壊していく。

 

 高雄の姿を取っていたタカオも、形を保てなくなり――。

 

「えっ……ちょっと……!」

 

 楯無の〈ミステリアス・レイディ〉も飛行能力を失う。

 

 二人が同時に落下する。

 

 一夏は慌てて二人の下へ向かった。

 

「簪さん! 楯無さん!」

 

 幸い、二人とも命に別状はなかった。

 

 だが――。

 

 再びISを起動しようとしても。

 

「……起動しない?」

 

 何度試しても、反応しない。

 

 まるで――。

 

 この世界からISという存在だけが、一時的に切り離されたかのようだった。

 

 こうして。

 

 簪と楯無の戦いは、決着が付かないまま終わった。

 

 ――しかし。

 

 本当に恐ろしいのは、ここからだった。

 

 

「……アドミラリティ・コード」

 

 蒼き鋼。

 

 ヤマトの内部。

 

 天羽琴乃は、静かに呟いた。

 

 先ほど世界中を駆け巡った信号。

 

 その正体を、琴乃は知っている。

 

「長い間……探し続けていたもの」

 

 琴乃は窓の外を見る。

 

「その一端が、ようやく姿を現しましたか」

 

 そして――。

 

「再び始まるのですね」

 

 その表情から、普段の柔らかな笑みが消える。

 

「人類と霧との戦争が……」

 

 あの信号は、一夏たちの元だけに届いたものではない。

 

 全てのメンタルモデルへ向けて発信されていた。

 

 その意味を理解した者。

 

 理解できなかった者。

 

 それぞれ反応は違った。

 

 だが――。

 

 誰もが理解していた。

 

 これは、ただ事ではない。

 

「一度、招集する必要がありますね」

 

 そう呟くと、琴乃は部屋を後にした。

 

 

 ――その日。

 

 世界中で異変が発生した。

 

 ISが――。

 

 全て、停止した。

 

 戦闘中だったIS。

 

 訓練中だったIS。

 

 整備中だったIS。

 

 待機状態だったIS。

 

 その全てが、ほぼ同時に沈黙した。

 

 原因は不明。

 

 再起動もできない。

 

 各国は緊急対応に追われ、世界中のニュースがこの異常事態を一斉に報道した。

 

 後に、この出来事は――。

 

 「IS停止事件」

 

 そう呼ばれることになる。

 

 そして誰も知らなかった。

 

 この日。

 

 世界の歴史が――。

 

 大きく動き始めたことを。

 

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