――日が沈みかけていた。
夕焼けに染まった第一アリーナ。
その中央に、二人の少女が立っている。
「構えなさい」
楯無の言葉に、簪はゆっくりと拳を握った。
胸の奥にある感情は――不思議なものだった。
怖い。
悲しい。
悔しい。
そして――嬉しい。
私は、ずっと姉を超えるために生きてきた。
どれだけ努力しても届かなかった。
どれだけ足掻いても、その背中すら見えなかった。
だから、いつしか諦めた。
けれど――。
(予想外の形になったけど……)
簪は、自分の腕にある蒼い腕輪へと触れる。
(ようやく……夢が叶う)
ナノマテリアルが一気に展開する。
「IS――〈打鉄弐式改〉」
蒼い装甲が簪の身体を包み込んでいく。
対する楯無もまた、自らの専用ISを展開した。
「IS――〈ミステリアス・レイディ〉」
二機のISが、夕焼けの中で対峙する。
「誰が何と言おうとも、私は全てを終わらせる」
楯無がランスを構える。
「だから――私は貴女の夢を壊す」
「……」
簪もまた、〈夢現〉を構えた。
「だったら、私は――」
その瞳に迷いはない。
「姉さんの目的を潰します」
「……そう」
もう、言葉は必要なかった。
勝者が全てを手に入れる。
敗者は、全てを失う。
姉妹という関係すらも。
――最後の戦いが、幕を開けた。
◇
「っ!」
――戦闘開始から、十分以上。
激しい攻防が続いていた。
簪は〈打鉄弐式改〉のクライン・フィールドを展開する。
楯無のランスがフィールドへ叩き込まれる。
――ガキィン!
攻撃が弾かれる。
その隙を逃さず、簪は〈夢現〉を振り抜いた。
しかし――。
ガンッ!
「……!」
楯無はランスの柄を使って受け止めていた。
「やっぱり……強い!」
簪は歯を食いしばる。
伊達に全学年最強と呼ばれているわけではない。
楯無の戦闘経験は凄まじかった。
だが――。
簪には、負けるつもりなど欠片もなかった。
「やっぱり、お姉ちゃんは強いや……」
「ようやく諦めてくれた?」
楯無が息を整える。
「だったら――」
「でも」
簪は顔を上げた。
「やっぱり、負けるつもりはないよ」
「……!」
楯無の表情が変わる。
今の私では勝てない。
そんなことは、最初から分かっている。
だったら――。
その「上」に行けばいい。
「《新たな世代への進化《リミット・オーバー・ブレイク》》……起動」
「っ!?」
瞬間。
〈打鉄弐式改〉から、眩い光が迸った。
空へ向かって巨大な光の柱が伸びていく。
「何……それ……?」
楯無の顔から余裕が消える。
簪は臨海学校で、一夏が使用したものを知っていた。
《新たな世代への進化《リミット・オーバー・ブレイク》》。
ISの形態を――強制的に引き上げるシステム。
その代償は大きい。
ISそのものに莫大な負荷を与える。
本来なら、緊急事態以外での使用は許されない。
そんなことは、簪も理解していた。
それでも。
「私は……」
簪は前を向く。
「姉さんに勝ちたい」
その願いだけで――賭けに出た。
◇
「……あれは?」
IS学園へ戻ってきた一夏は、遠くの空へ伸びる光の柱を見上げた。
「……!」
その正体に気付くまで、時間は掛からなかった。
「《新たな世代への進化《リミット・オーバー・ブレイク》》……!」
一夏は走り出す。
このシステムを搭載しているISは、この世界に三機しか存在しない。
自分の〈白式改〉は現在、ヤマトで修理中。
そして――。
「マドカは、この学園には来ていない」
ならば。
「残っているのは……簪さんだけ!」
嫌な予感がする。
いや。
予感などではない。
これは――緊急事態だ。
「緊急時にしか使っちゃいけないシステムを、何で……!」
一夏は速度を上げる。
「一体、何が起こって――」
そして、第一アリーナへ到着した瞬間。
「……え?」
一夏は言葉を失った。
そこにいたのは――。
無双する簪の姿だった。
◇
〈打鉄弐式改〉。
その姿そのものに、大きな変化はない。
しかし――。
今まで装備されていた〈山嵐〉と〈夢現〉が消えている。
「形成――」
簪が手を伸ばす。
「203mmSKC連装砲」
――ズンッ!
ナノマテリアルが瞬時に形を変え、巨大な砲身を形成する。
放たれた砲弾を、楯無はアクア・ナノマシンで弾き飛ばす。
「くっ……!」
だが。
「形成――610mm四連装魚雷」
「――っ!」
さらに装備が形成される。
一つ。
また一つ。
次々と現れる兵装。
それは、これまでの簪とはまるで違っていた。
(ISのシステムポテンシャルが……違い過ぎる!)
第一形態の〈ミステリアス・レイディ〉。
対する簪は――第三形態。
処理速度。
反応速度。
出力。
全てが違う。
これまでなら戦闘経験で補えていた差が、今は補えない。
「くっ……!」
楯無は残りのシールドエネルギーを確認する。
もう、余裕はない。
(勝つには――これしかない!)
楯無はランスへ全てのナノマシンを集中させた。
簪も、それを察知する。
「大きいのが来る……」
クライン・フィールドでは相殺できない。
ならば――。
「形成」
簪は、それまで形成していた兵装をナノマテリアルへと戻していく。
そして。
「タカオ!」
ナノマテリアルが一気に膨れ上がった。
巨大な艦体が形成される。
青い船体。
巨大な主砲。
その姿は――。
蒼き高雄型重巡洋艦一番艦。
「高雄……!」
一夏が目を見開く。
形成された高雄が、変形を開始する。
「超重砲――!」
巨大な砲撃形態へ。
エネルギーが収束していく。
――ゴォォォォォ……!
空間そのものが震え始める。
「……まずい!」
一夏は、その威力を知っている。
ISが搭載する超重砲は、本来の艦艇用超重力砲に比べて威力が大幅に抑えられている。
だが――。
今、簪が形成しているものは違う。
まるで本来の霧の艦艇が放つものと同じ。
いや。
それに近い威力を持っている。
「簪ちゃん!」
一夏は叫んだ。
「撃ってはダメ!!」
だが――。
「ミストルティンの槍!!」
楯無もまた、ランスに全てを集中させる。
「発射!!」
――二つの必殺攻撃が放たれようとしていた。
「簪さん!!」
一夏が叫ぶ。
しかし――遅い。
そう思った。
その言葉は、もう届かない。
――そう思っていた。
『それはダメよ。カンザシ』
「……え?」
その瞬間。
世界から――音が消えた。
◇
「……どういうこと?」
一夏は呆然とする。
今まさに放たれようとしていた二つの攻撃。
その全てが――消えていた。
いや。
違う。
攻撃が消えたのではない。
「ISが……」
〈打鉄弐式改〉が。
〈ミステリアス・レイディ〉が。
「……完全に停止している?」
両方のISが、まるで生命を失ったかのように停止していた。
形を維持していたナノマテリアルも崩壊していく。
高雄の姿を取っていたタカオも、形を保てなくなり――。
「えっ……ちょっと……!」
楯無の〈ミステリアス・レイディ〉も飛行能力を失う。
二人が同時に落下する。
一夏は慌てて二人の下へ向かった。
「簪さん! 楯無さん!」
幸い、二人とも命に別状はなかった。
だが――。
再びISを起動しようとしても。
「……起動しない?」
何度試しても、反応しない。
まるで――。
この世界からISという存在だけが、一時的に切り離されたかのようだった。
こうして。
簪と楯無の戦いは、決着が付かないまま終わった。
――しかし。
本当に恐ろしいのは、ここからだった。
◇
「……アドミラリティ・コード」
蒼き鋼。
ヤマトの内部。
天羽琴乃は、静かに呟いた。
先ほど世界中を駆け巡った信号。
その正体を、琴乃は知っている。
「長い間……探し続けていたもの」
琴乃は窓の外を見る。
「その一端が、ようやく姿を現しましたか」
そして――。
「再び始まるのですね」
その表情から、普段の柔らかな笑みが消える。
「人類と霧との戦争が……」
あの信号は、一夏たちの元だけに届いたものではない。
全てのメンタルモデルへ向けて発信されていた。
その意味を理解した者。
理解できなかった者。
それぞれ反応は違った。
だが――。
誰もが理解していた。
これは、ただ事ではない。
「一度、招集する必要がありますね」
そう呟くと、琴乃は部屋を後にした。
◇
――その日。
世界中で異変が発生した。
ISが――。
全て、停止した。
戦闘中だったIS。
訓練中だったIS。
整備中だったIS。
待機状態だったIS。
その全てが、ほぼ同時に沈黙した。
原因は不明。
再起動もできない。
各国は緊急対応に追われ、世界中のニュースがこの異常事態を一斉に報道した。
後に、この出来事は――。
「IS停止事件」
そう呼ばれることになる。
そして誰も知らなかった。
この日。
世界の歴史が――。
大きく動き始めたことを。