IS~空を舞う蒼き鋼~   作:ぬっく~

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物語を一気に展開させたので……


第4話

 世界は、大きく変わった。

 

 人類の常識を根底から覆した兵器――インフィニット・ストラトス。

 

 宇宙開発用に生み出されたはずのその兵器は、やがて軍事利用を巡る世界的な騒動を引き起こし、最終的にはスポーツ競技へと姿を変えた。

 

 しかし、それによって世界の在り方そのものまで変わってしまった。

 

 ISを操縦できるのは女性だけ。

 

 それまで男性優位だった社会構造は崩れ、国によっては女性の社会的地位が一気に上昇した。

 

 逆に、それまで築き上げられていた男女の均衡が崩壊し、混乱に陥った国もあった。

 

 人類は、新しい時代を迎えたのだ。

 

 ――だが。

 

 これは、まだ始まりに過ぎなかった。

 

 本に例えるならば、今まで起きた出来事は「目次」にすらならない。

 

 これから始まる物語。

 

 それは――

 

 私、織斑一夏でさえ知らなかった物語だった。

 

    ◇

 

 ――ドイツ。

 

「暇だなぁ……」

 

 軍の管制室。

 

 モニターを眺めながら、一人の男性兵士がぼやいた。

 

「今時、見張りなんて必要なのか?」

 

「仕方ないだろ」

 

 隣の男が肩をすくめる。

 

「ISがあるとはいえ、使えるのは女だけなんだからな」

 

「だったら女に任せりゃいいだろ」

 

「そう簡単な話じゃないんだよ」

 

 いつもの愚痴。

 

 いつもの勤務。

 

 ISの登場によって世界の男女関係が変化した今、軍内部でも女性兵士の比率は増えている。

 

 男たちは自分たちを「働きアリ」と自嘲することさえあった。

 

 その時だった。

 

「……ん?」

 

 一人の兵士がレーダーへ視線を向ける。

 

「どうした?」

 

「不法侵入船だ」

 

「数は?」

 

「二隻……」

 

 そこまでは問題ではなかった。

 

 しかし。

 

「……待て」

 

 男の顔が強張った。

 

「どうした?」

 

「これ……船の種類がおかしい」

 

 レーダーを拡大する。

 

 そこに映っていた二つの巨大な影。

 

「せ、戦艦……?」

 

「戦艦?」

 

 隣の男が首を傾げる。

 

「それって、ジャパニーズの船だろ?」

 

「違う。そういう意味じゃない」

 

 男は震える声で呟いた。

 

「……あれは」

 

 資料を検索する。

 

 そして、画面に表示された写真とレーダー上の影を見比べる。

 

「旧帝国海軍――」

 

 息を呑む。

 

「重巡洋艦、高雄……」

 

 そして。

 

「航空戦艦、日向……」

 

「……は?」

 

 そんな艦が存在するはずがない。

 

 どちらも、とっくに失われた艦艇だ。

 

「上層部へ報告しろ!」

 

「了解!」

 

 管制室が慌ただしくなる。

 

 そして、上層部から下された命令は――

 

 ISを一機、迎撃に向かわせることだった。

 

    ◇

 

「……最悪」

 

 ジャンケンに負けた女性IS操縦者が、海上を飛んでいた。

 

「何で私が……」

 

 愚痴をこぼしながら、二隻の艦へ接近する。

 

 ハイパーセンサーが対象を捕捉。

 

「高雄型……日向型……?」

 

 彼女は首を傾げた。

 

「まあ、いいか」

 

 どうせ古い戦艦。

 

 そう判断した。

 

「一気に沈める!」

 

 ISから大量のミサイルと砲弾が放たれる。

 

 空を埋め尽くすほどの攻撃。

 

「全弾命中!」

 

 爆発。

 

 炎。

 

 水柱。

 

「終わった、終わったっと」

 

 女性は安堵した。

 

 戦艦相手とはいえ、これだけの攻撃を受ければ無事では済まない。

 

 そう思っていた。

 

 ――しかし。

 

 ピピピピピッ!

 

「……え?」

 

 ハイパーセンサーが警告を発する。

 

 接近物。

 

 しかも――

 

「後ろ!?」

 

 振り返った。

 

 その瞬間。

 

 一発のミサイルが目の前へ迫っていた。

 

「うそ――」

 

 ミサイルがISのシールドへ接触する。

 

 ――爆発。

 

「きゃあああああっ!」

 

 強烈な衝撃。

 

 そして――

 

 彼女の身体は、発生した重力波に飲み込まれていった。

 

 ISからの通信が途絶える。

 

「……ロスト?」

 

 管制室が凍りついた。

 

「嘘だろ……」

 

 誰かが呟く。

 

 その直後。

 

 レーダーに映る二隻の戦艦が、再び動き始めた。

 

「き、緊急事態だ!」

 

 しかし――

 

 もう遅かった。

 

 高雄と日向から、複数の魚雷が発射される。

 

 それは通常の魚雷ではなかった。

 

 ――侵食魚雷。

 

 魚雷は海中を進み、ドイツの海底通信ケーブルへ到達する。

 

 そして――

 

 世界を繋いでいた一本の線が、消えた。

 

    ◇

 

 ――アメリカ。

 

「こちら管制室! こちら管制室!」

 

「何が起きている!?」

 

「所属不明艦隊が領海内へ侵入しています!」

 

「ISを出せ!」

 

「了解!」

 

 IS部隊が出撃する。

 

 誰もが思った。

 

 これで終わる。

 

 ISならば、戦艦など敵ではない。

 

 ――そう思っていた。

 

「目標接近!」

 

「迎撃しろ!」

 

 だが。

 

 数分後。

 

「……IS、全機ロスト」

 

「…………」

 

 管制室が静まり返る。

 

「……嘘だろ」

 

 戦艦は止まらない。

 

 通信施設へ接近。

 

 そして――

 

 破壊。

 

 同じ光景が、世界各地で繰り返された。

 

 ドイツ。

 

 アメリカ。

 

 イギリス。

 

 フランス。

 

 ロシア。

 

 中国。

 

 日本。

 

 世界中の海域に、正体不明の艦隊が現れた。

 

 IS部隊はことごとく撃退される。

 

 通信施設が破壊される。

 

 海底ケーブルが寸断される。

 

 衛星通信設備までもが破壊されていく。

 

 そして――

 

 一週間。

 

 たった七日間で。

 

 世界は、国と国を繋いでいた通信網を失った。

 

 さらに、海上輸送網までもが寸断される。

 

 人類は初めて知ることになる。

 

 自分たちが築き上げてきた文明が――

 

 海を支配する存在によって、いとも簡単に切り離されることを。

 

    ◇

 

「……これって」

 

 私は新聞を握りしめていた。

 

 大きな見出し。

 

 そこに書かれていたのは――

 

『正体不明の艦隊、世界各国の通信施設を攻撃』

 

『IS部隊、相次いで敗北』

 

『海底ケーブルの大規模損壊』

 

 私は震える声で尋ねた。

 

「……天羽さん」

 

「はい?」

 

「これ……」

 

 新聞を彼女へ向ける。

 

「これをやったの……あなたたちなの?」

 

「ええ」

 

 天羽さんは、あまりにもあっさりと答えた。

 

「私たちがやりました」

 

「…………」

 

 頭が真っ白になる。

 

「どうして……」

 

「アドミラリティ・コードの命令です」

 

「……アドミラリティ・コード?」

 

 聞いたことのない言葉だった。

 

 天羽さんは静かに頷く。

 

「私たち霧の艦隊には、アドミラリティ・コードの命令には必ず従うよう設定されています」

 

「じゃあ……」

 

 私は新聞を見る。

 

「みんなは、その命令に従って……?」

 

「ええ」

 

「…………そんな」

 

 信じたくなかった。

 

 私が知っている琴乃さんは優しかった。

 

 マヤちゃんも。

 

 アシガラちゃんも。

 

 他の皆も。

 

 少なくとも私に対しては――優しかった。

 

「でも」

 

 天羽さんが続ける。

 

「一つ問題があります」

 

「問題?」

 

「私たちは――」

 

 天羽さんは少しだけ困ったように笑った。

 

「アドミラリティ・コードが何なのか、知らないんです」

 

「……え?」

 

 私は耳を疑った。

 

「知らない?」

 

「ええ」

 

 天羽さんは頷く。

 

「命令には従う」

 

 その目が真剣になる。

 

「でも、その命令を出している存在については、何も分からない」

 

「…………」

 

「だから私は――」

 

 天羽さんは海の向こうを見る。

 

「アドミラリティ・コードの正体を知りたい」

 

 そして。

 

 私へ手を差し出した。

 

「一夏ちゃん」

 

「…………」

 

「一緒に探してみませんか?」

 

 差し出された手。

 

 私は見つめる。

 

 怖かった。

 

 このままついていっていいのだろうか。

 

 霧の艦隊は、人類にとって敵なのかもしれない。

 

 実際に、世界中の通信網を破壊した。

 

 でも――

 

 私が知っている彼女たちは、そんな人たちではない。

 

 琴乃さんは優しい。

 

 マヤちゃんも。

 

 他のみんなも。

 

 そして何より――

 

 私は、あの場所で初めて「自分が必要とされている」と感じた。

 

「私は……」

 

 私は差し出された手を見る。

 

 そして――

 

    ◇

 

 二年。

 

 世界中の海域が封鎖されてから、二年の月日が流れた。

 

 人類は未だに、霧の艦隊への有効な対抗策を見つけられていなかった。

 

 いつしか、世界は彼女たちをこう呼ぶようになった。

 

 ――霧の艦隊。

 

 正体不明の戦艦群。

 

 人類の兵器を遥かに凌駕する力を持つ存在。

 

 しかし。

 

 奇妙なことに、彼女たちは陸地を攻撃することはなかった。

 

 都市を破壊することも。

 

 人間を虐殺することも。

 

 ただ――

 

 通信施設。

 

 海底ケーブル。

 

 海上輸送路。

 

 それらを破壊するだけ。

 

 そして、いつしか霧の艦隊は海の彼方へ消えていった。

 

    ◇

 

 ――日本。

 

 ある島。

 

 春。

 

 桜が舞う中、一つの学校で入学式が行われていた。

 

「皆さん――」

 

 壇上に立つ教師が、新入生たちへ語り掛ける。

 

「IS学園への入学、おめでとうございます」

 

 世界唯一のIS操縦者育成機関。

 

 IS学園。

 

 そして今日。

 

 私は、この場所へ足を踏み入れていた。

 

「……なんだか、緊張するね」

 

 隣を見る。

 

「そうですね、一夏ちゃん」

 

 そこにいるのは――

 

 天羽琴乃。

 

 二年前から、ずっと私の隣にいる少女。

 

 いや。

 

 彼女は――

 

 霧の艦隊総旗艦。

 

 超戦艦ヤマト。

 

 そんな彼女と私は、今こうしてIS学園へ入学している。

 

「……これから、どうなるんだろう」

 

「さあ?」

 

 琴乃さんが笑う。

 

「きっと、楽しいことが待っていますよ」

 

 その時。

 

 私の左腕にあるシルバーのブレスレットが――

 

 僅かに輝いた。

 

 そして。

 

 琴乃さんの右腕にあるゴールドのブレスレットもまた、同じように輝く。

 

「…………」

 

 私たちは互いの腕を見る。

 

 何故、この二つのブレスレットが同じように輝いたのか。

 

 この時の私は知らなかった。

 

 それが――

 

 これから始まる物語において、決して偶然ではないことを。

 

 世界を覆った「霧」。

 

 謎の命令。

 

 アドミラリティ・コード。

 

 そして――

 

 私、織斑一夏を中心に動き始める、新たな物語。

 

 これはまだ。

 

 本当の始まりにすら、到達していなかった。

 

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