性別:女
見た目は幼い千冬。
バストもそこそこある。
ちなみに専用機持ち。
「全員揃ってますねー。それじゃあ、SHR《ショートホームルーム》を始めますよー」
黒板の前で、にっこりと微笑む女性。
私たちの副担任――山田真耶先生だった。
さっき自己紹介をしていたので名前は知っている。
身長はやや低めで、生徒である私たちと大差ない。しかも着ている服は少しサイズが合っていないのか、全体的にだぼっとしている。そのせいで、実際の身長以上に小さく見えた。
黒緑色の眼鏡も少し大きいらしく、鼻の上で微妙にずれている。
なんというか……。
『子供が無理して大人の服を着ました』
そんな印象が強い。
背伸びしているようにも見える。
……私だけだろうか。
「それでは皆さん。一年間、よろしくお願いしますね」
「………………」
しかし、返事はない。
教室の中には妙な緊張感が漂っていた。
「え、えーっと……じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。出席番号順で……」
山田先生が少しおろおろしながら言う。
正直、ちょっと可哀想だ。
せめて私くらいは反応してあげたい。
そう思わなくもない。
……けれど。
今の私には、それすら難しかった。
なぜなら――
教室にいる女子のほとんどが、一人の少女を見つめていたからだ。
天羽琴乃。
私の友人であり――
霧の艦隊、超戦艦ヤマト。
その正体を知っている、数少ない存在。
今日は高校の入学式。
新しい生活の始まり。
普通なら期待と不安が入り混じる、そんな記念すべき一日だ。
だが、このクラスではそんなものは二の次だった。
全員の視線が、天羽琴乃に集中している。
(……よく平気だなぁ)
私は思わず琴乃を見る。
「…………」
本人は涼しい顔をしていた。
慣れているのか。
それとも、気にしていないだけなのか。
どちらにせよ、凄い。
そして席順も悪かった。
五十音順なので、天羽さんは一列目。
視線を集めるには、あまりにも絶好の位置だった。
私もつられて、もう一度彼女を見る。
すると――
琴乃と目が合った。
にこっ。
小さく笑ってくれる。
……やめて。
今それをやられると、余計に意識するから。
私は視線を前に戻した。
あの日。
私は、人類の敵になった。
天羽さんや霧の皆と触れ合って。
一緒に過ごして。
私は、あの人たちを裏切ることができなかった。
……いや。
もしかすると。
私は、彼女たちを守りたかったのかもしれない。
そんなことを考えていると――
「……さん。織斑一夏さんっ!」
「は、はいっ!?」
突然、大声で名前を呼ばれた。
思わず声が裏返る。
「……ぷっ」
「くすくす……」
周囲から小さな笑い声。
やめて。
恥ずかしいから。
「す、すみません! お、大声出しちゃって……。お、怒ってます? 怒ってないですか? ご、ごめんなさい! でも、あの、自己紹介……『あ』から始まって、今『お』の織斑さんなので……。だから、その……自己紹介、してくれますか? だ、ダメですか?」
「…………」
気がつけば、山田先生がぺこぺこと頭を下げていた。
何度も何度も。
そのたびに、微妙にサイズの合っていない眼鏡がずり落ちていく。
……この人、本当に先生なんだろうか。
同い年と言われても、私は普通に信じてしまいそうだ。
「あ、あの……そんなに謝らなくても大丈夫ですから。自己紹介します。先生、落ち着いてください」
「ほ、本当ですか!?」
がばっ。
顔を上げる山田先生。
「本当ですね!? 約束ですよ! 絶対ですよ!」
「は、はい……」
その勢いのまま、私の手を両手で握る。
……ものすごく注目されている。
お願いだから、離してほしい。
私はなんとか山田先生から解放されると、その場に立った。
そして、教室の後ろを向く。
「…………」
うっ。
さっきのやり取りのせいで、教室中の視線が一斉に私へ集まっていた。
逃げたい。
今すぐ逃げたい。
そんな私を応援するように、琴乃もこちらを見ている。
……いや、笑ってない?
絶対楽しんでるよね?
「えー……っと」
私は一度、息を吸った。
「織斑一夏です」
ここまでは普通。
「『蒼き鋼』の専属パイロットをやっています」
「…………」
空気が止まった。
……あれ?
なんだろう、この反応。
まるで、
『今の、本当?』
とでも言いたげな視線。
私は儀礼的に頭を下げる。
「よろしくお願いします」
そして顔を上げた。
「………………」
誰も何も言わない。
背中を、冷たい汗が伝っていく。
え?
何?
どうしたらいいの?
何か付け足すべき?
『趣味は読書です』とか?
『好きな食べ物は――』とか?
いや、そこまで言う必要ある?
『蒼き鋼』。
それは天羽さんたち――霧の艦隊が経営しているIS関連企業の名前だ。
主な事業はミサイルや火器類など、兵装の開発。
そして私は、その『蒼き鋼』に専属パイロットとして雇われている。
私以外にも、もう一人専属パイロットがいる。
ただし、その子は四組なので、このクラスにはいない。
もちろん専用機も支給されている。
とある企業から提供されたISをベースに、霧の技術で改良した機体だ。
……もっとも。
改良といっても、基本的には霧のコアをISに取り付けただけなんだけど。
それでも、性能は別物になった。
「………………」
――さて。
状況を整理しよう。
今、私は高校一年生。
入学式当日。
自己紹介の真っ最中。
目の前には二十九名の女子生徒。
そして背後には、おそらく半泣き状態の山田先生。
そして私は――
自己紹介を終わるに終われない。
なぜなら。
目の前の女子たちが、
『もっと聞きたい!』
という期待に満ちた目で私を見つめているからだ。
(このままじゃ……)
私は考える。
(『暗いやつ』って思われる……!)
私は一度だけ目を閉じた。
息を吸う。
そして――
「以上です」
「…………」
がたっ。
「ずこっ!」
何人かの女子が、本当に椅子からずっこけた。
「えっ!?」
いや、なんで!?
どんだけ期待してるの!?
無茶言わないでよ!
私、ただの専属パイロットだよ!?
「…………あのー」
背後から声が聞こえる。
涙声成分が、先ほどより二割ほど増している。
「え?」
振り返る前に――
パァンッ!
頭を叩かれた。
「え?」
それほど痛くはない。
けれど。
この叩き方。
威力。
角度。
速度。
……知っている。
ものすごくよく知っている。
恐る恐る振り向く。
そこに立っていたのは――
黒のスーツ。
タイトスカート。
すらりと伸びた長身。
鍛えられているが、無駄な筋肉は一切ない身体。
組まれた腕。
そして――
狼を思わせる鋭い吊り目。
「……千冬姉?」
パァンッ!
もう一度、頭を叩かれた。
やっぱり痛くない。
手加減されている。
「ここでは、織斑先生だ」
「…………はい?」
いや。
待って。
なんで?
なんで千冬姉がここにいるの?
職業不詳。
月に一、二回程度しか家に帰ってこない。
私の実姉、織斑千冬。
その人が、なぜここに?
「織斑先生。会議はもう終わられたんですか?」
山田先生が声をかける。
「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押しつけてすまなかったな」
「い、いえっ! 副担任ですから、これくらいは……」
さっきまで半泣きだった人とは思えないほど、山田先生の声が弾んでいる。
……というか。
なんか妙に熱っぽくない?
「…………」
そして、ちょっとはにかんだ。
……なるほど。
私は何も見なかったことにしよう。
「諸君」
千冬姉――いや、織斑先生が教壇に立つ。
「私が織斑千冬だ」
教室が静まり返る。
「君たち新人を、一年で使い物になる操縦者に育てるのが私の仕事だ」
……怖い。
「私の言うことはよく聴け。そして、よく理解しろ」
さらに怖い。
「出来ない者には、出来るまで指導してやる」
鬼だ。
「私の仕事は、十五歳を十六歳までに鍛え抜くことだ」
悪魔だ。
「逆らってもいい。だが、私の言うことは聞け。いいな?」
なんという暴力宣言。
間違いない。
この人は、私の姉――織斑千冬だ。
ところが。
教室に響いたのは、困惑のざわめきではなかった。
「キャ――――――――ッ!!」
「千冬様! 本物の千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「私、お姉様に憧れて、この学園に来たんです!」
「北九州から来ました!」
いや、別に南北海道からでも東日本からでもいいけどさ。
「そんな千冬様にご指導いただけるなんて!」
「私、お姉様のためなら死ねます!」
「きゃあああああっ!」
教室中が一気に黄色い声で満たされる。
千冬姉は――
ものすごく嫌そうな顔をした。
「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる」
うん。
本当に嫌そうだ。
「それとも何か? 私のクラスにだけ、馬鹿者を集中させているのか?」
これ、ポーズじゃない。
本気で鬱陶しがってる。
さすが千冬姉。
人気は買えないのよ。
もう少し愛想よくしようよ。
……と思った。
だが。
私は甘かった。
御坂神社の甘酒くらい甘かった。
……いや、あれは甘酒というより砂糖汁だけど。
五反田食堂のカボチャの煮物くらい甘かった。
……あれは一度、改善を断固要求したい。
天津甘栗――
……いや、これは別に特別甘くないか。
そんなことを考えていると。
「きゃあああああっ! お姉様! もっと叱って!」
「もっと罵って!」
「でも時には優しくして!」
「そして、つけあがらないように躾をしてくださーい!」
「お姉様ー!」
……元気で何よりですね、皆さん。
私は呆然とクラスを眺める。
本来なら。
自分の実姉が突然担任として現れたことに、もっと驚愕しているはずだった。
なのに。
先ほどの女子たちの黄色い声を聞いているうちに、逆に落ち着いてしまった。
人間というのは不思議だ。
自分より強烈な感情を持つ人間が近くにいると、相対的に自分の感情が落ち着いて見えるらしい。
……身をもって実感した。
「で?」
千冬姉がこちらを見る。
「いつまでそこにいるつもりだ?」
「あ、はい」
私は素直に席へ戻った。
……なんだろう。
入学初日から、ものすごく疲れた。
そもそもIS学園というのは――
IS操縦者の育成を目的とした学園だ。
……まあ、詳しく説明するのは面倒なので、簡単に言おう。
『てめー、日本人が作ったISのせいで世界中が混乱してるんだから、責任持って人材を管理・育成するための学校を作れ。ついでに技術もよこせ。あ、運営費と資金は自分たちで出せよ』
――という話だ。
……ヤクザかな?
特に某A国あたりが。
そんなことを考えていると、チャイムが鳴った。
「さて、SHRは終わりだ」
千冬姉が言う。
「諸君らには、これからISの基本知識を半月で覚えてもらう」
教室の空気が引き締まる。
「その後は実習に入る。基本操作は、それまでに身体へ叩き込め」
……やっぱり鬼だ。
「いいか?」
「はい!」
全員が返事をする。
「よし。いいなら返事をしろ」
「はい!」
「よくなくても返事をしろ」
「はい!」
「私の言葉には返事をしろ」
「はい!」
「…………」
「…………」
「……うん。いい返事だ」
満足そうに頷く千冬姉。
おお。
なんという鬼教官。
目の前にいるのは、本当に人間なのだろうか。
……いや。
悪魔の方がまだ融通が利く。
あいつらは人間じゃないから。
問題なのは目の前の人物だ。
なまじ人間でありながら、人間の性能限界を知っている。
だからタチが悪い。
なにせ、この織斑千冬。
第一世代IS操縦者。
元日本代表。
そして――
公式戦、無敗。
その圧倒的な戦績を引っ提げながら、ある日突然、現役を引退。
その後、姿を消した。
……と思っていた。
「…………」
私は千冬姉を見る。
教師をしていた。
IS学園で。
しかも、私の担任として。
……。
「…………」
いや。
だったら家族の私くらいには言ってよ。
月に一、二回しか帰ってこないから、どこで何をしているのか本気で心配していた私が馬鹿みたいじゃない。
「……はぁ」
入学初日。
私の高校生活は――
どうやら、普通には始まってくれないらしい。