IS~空を舞う蒼き鋼~   作:ぬっく~

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第6話

「あー……」

 

参った。

 

これはマズい。

 

ダメ。

 

ギブ。

 

――誰か、どうにかして。

 

「………………」

 

一限目のIS基礎理論の授業が終わり、現在は昼休み。

 

本来なら、友達と昼食を食べたり、入学初日の感想を話したりする時間なのだろう。

 

けれど――

 

「…………」

 

教室内の空気が、ものすごく重い。

 

原因は分かっている。

 

天羽琴乃。

 

正確には、天羽さんを取り巻く状況だ。

 

IS学園では、可能な限りIS関連教育を詰め込む方針らしく、入学式当日から普通に授業がある。

 

学内の案内?

 

「地図を見ろ」

 

だそうだ。

 

……実に合理的。

 

そして、実に不親切。

 

そんなことより問題なのは――

 

「…………」

 

教室の外。

 

廊下にまで、人が溢れていることだった。

 

他クラスの生徒。

 

二年生、三年生の先輩。

 

果てには、別棟からわざわざ見に来ているらしい生徒までいる。

 

その全員が――

 

天羽琴乃を見ている。

 

(……よく平気だなぁ)

 

琴乃はそんな視線など気にする様子もなく、廊下にいる生徒たちへ笑顔で手を振っていた。

 

「こんにちはー」

 

「きゃっ!」

 

「天羽さんが手を振ってくれた!」

 

「かわいい……!」

 

「こっち見た!」

 

廊下から悲鳴のような声が返ってくる。

 

……アイドルかな?

 

いや。

 

実際、琴乃は世界的に有名な存在だ。

 

『蒼き鋼』。

 

その創立者として知られているのが、天羽琴乃なのだから。

 

しかも、その存在は単なる企業経営者として知られているわけではない。

 

霧の艦隊によって世界中の海と空が奪われた現在。

 

各国は海上輸送を失い、航空輸送も大幅に制限されている。

 

結果として、人々は陸路による移動と物資輸送を余儀なくされた。

 

当然、日本も例外ではなかった。

 

むしろ島国である日本は、その影響をまともに受けた。

 

一時は国家そのものが危機的な状況に追い込まれたほどだ。

 

そんな中――

 

日本への物資搬入を成功させた企業があった。

 

『蒼き鋼』。

 

霧の戦艦が支配する海域を突破し、日本へ物資を届ける。

 

その偉業によって、『蒼き鋼』の名は一躍世界中へと知れ渡った。

 

そして、その創立者である天羽琴乃にも注目が集まった。

 

だからこそ――

 

今、この状況なのだ。

 

(……それにしても)

 

私は琴乃を見る。

 

「…………」

 

本人は笑顔。

 

余裕。

 

まったく動じていない。

 

まるで何事もないかのように、廊下の生徒たちへ手を振っている。

 

(プラグイン、切ってるのかな……)

 

琴乃は霧のメンタルモデルだ。

 

感情も、人間らしい反応も持っている。

 

それでも、この状況で一切動揺しないあたりは、やはり霧の艦隊なのだろう。

 

……私なら無理。

 

絶対無理。

 

そんなことを考えていると――

 

「……ちょっといいか」

 

「え?」

 

突然、横から声をかけられた。

 

私は声のした方を見る。

 

「……箒ちゃん?」

 

「…………」

 

そこに立っていたのは、一人の少女だった。

 

篠ノ之箒。

 

私が昔通っていた剣術道場の――幼馴染。

 

最後に会ったのは六年前。

 

それ以来の再会だった。

 

「…………」

 

黒髪のポニーテール。

 

肩より少し下まで伸びた髪を結んでいるリボンは、昔と変わらず白い。

 

……神主の娘だからだろうか。

 

篠ノ之家は神社と剣術道場を兼ねている。

 

その環境で育った箒は、幼い頃から剣道に打ち込んでいた。

 

身長そのものは女子として平均的。

 

けれど、長年の鍛錬で引き締まった身体つきは、実際よりも長身に感じさせる。

 

そして――

 

少し不機嫌そうに見える目。

 

本人曰く、生まれつきらしい。

 

「廊下でいいか?」

 

「え?」

 

「ここでは話しにくい」

 

「あ、うん……」

 

別に断る理由もない。

 

私は席を立った。

 

「早くしろ」

 

「はいはい」

 

箒はすたすたと教室の外へ歩いていく。

 

その瞬間。

 

廊下に集まっていた女子たちが――

 

ざっ。

 

まるで申し合わせたかのように道を開けた。

 

「…………」

 

何これ。

 

怖い。

 

私は箒の後を追う。

 

教室から少し離れたところまで来ると、箒が立ち止まった。

 

「どういうことだ」

 

「え?」

 

「何故、お前が『蒼き鋼』に所属している!」

 

ああ。

 

そのことか。

 

私は少しだけ困ったように笑った。

 

「スカウトされたのよ」

 

「スカウト……?」

 

「そう。天羽さん直々に」

 

完全な嘘ではない。

 

でも、完全な真実でもない。

 

私が『蒼き鋼』にいる理由を、箒に説明することはできない。

 

私は今――

 

人類の敵と呼ばれている存在の側にいる。

 

霧の艦隊。

 

彼女たちと共に生きることを、私は自分自身で選んだ。

 

「…………」

 

箒は納得していない。

 

むしろ、表情が険しくなっていく。

 

「あそこは……」

 

「……?」

 

「…………」

 

箒が何かを言おうとする。

 

けれど――

 

「箒ちゃん」

 

私は、静かに言った。

 

「『蒼き鋼』の皆を侮辱するなら……私は許さないよ?」

 

「っ!」

 

箒の目が見開かれる。

 

私も自分で驚いていた。

 

こんな言葉が、自然と口から出てきたことに。

 

でも――

 

嘘ではない。

 

私は、あの人たちを守りたい。

 

琴乃を。

 

金剛を。

 

高雄を。

 

日向を。

 

ハルナを。

 

キリシマを。

 

マヤを。

 

そして、霧の艦隊のみんなを。

 

それだけは譲れない。

 

「…………」

 

箒は何かを言い返そうとした。

 

けれど――

 

キーンコーンカーンコーン。

 

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 

「……時間切れね」

 

廊下にいた生徒たちも、一斉に自分たちの教室へ戻っていく。

 

「またね。箒ちゃん」

 

私はそう言って、自分の教室へ戻った。

 

「…………」

 

その背中を、箒は黙って見つめていた。

 

そして――

 

私には聞こえないほど小さな声で呟く。

 

「……私は認めない」

 

握り締めた拳が、わずかに震えている。

 

「あんな……」

 

言葉が続く。

 

「霧に魂を売った企業なんかに……」

 

箒が『蒼き鋼』を嫌う理由。

 

それは、あの企業が霧の艦隊と関係しているという疑念だった。

 

霧に勝てるのは――

 

同じ霧だけ。

 

それは、今や世界中の人間が知っている常識だった。

 

だからこそ。

 

霧と共に行動し、霧の技術を使い、霧の艦隊が支配する海を越えて物資を運ぶ『蒼き鋼』。

 

その存在を、人類の側に立つ者たちがどう見るのか。

 

答えは決まっている。

 

――裏切り者。

 

――人類の敵。

 

――霧に魂を売った企業。

 

そして、その中心にいるのが――

 

天羽琴乃。

 

「…………」

 

箒は、遠ざかっていく一夏の背中を睨む。

 

六年ぶりに再会した幼馴染。

 

その一夏が、自分とは正反対の場所に立っている。

 

その事実を――

 

箒は、まだ受け入れることができなかった。

 

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