「――であるからして、ISの基本的な運用には現時点で国家による認証が必要であり、認可された範囲を逸脱したIS運用を行った場合は、刑法によって罰せられ――」
教科書を片手に、すらすらと説明していく山田先生。
周囲の生徒たちは時折頷きながら、真面目にノートを取っている。
……うん。
みんな真面目だ。
私はというと――
「…………」
ノートに書き込みながら、半分ほど聞き流していた。
別に授業をサボっているわけじゃない。
ただ、伊400と402から事前に色々と教えてもらっていたので、今のところほとんど知っている内容なのだ。
霧の艦隊と行動している以上、ISについて無知ではいられない。
だからこそ、入学前からかなり勉強させられた。
……おかげで、こうして授業を聞いていても既視感が凄い。
◇
「それでは、この時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」
三時間目。
教壇に立っているのは山田先生ではなかった。
千冬姉――もとい、織斑先生だ。
「…………」
それだけで教室の空気が変わる。
山田先生までノートを手にしている。
よほど重要な内容なのだろう。
「……ああ。その前に一つ決めておかないといけないな」
千冬姉が何かを思い出したように言った。
「再来週、クラス対抗戦が行われる」
教室がざわつく。
「その代表者を決める」
ああ。
そういえば、そんなイベントがあったっけ。
「クラス代表者とは、そのままの意味だ。クラス対抗戦への出場だけではない。生徒会が開く会議や委員会への出席など、クラスの代表としての仕事をしてもらう」
一度言葉を切り――
「まあ、簡単に言えばクラス長だ」
……なるほど。
「ちなみにクラス対抗戦は、入学時点における各クラスの実力を確認する意味合いもある。現時点では大した差はないが、競争は向上心を生む」
千冬姉は教室を見回す。
「一度決定した代表者は一年間変更しない。そのつもりで選べ」
途端に、教室が騒がしくなった。
「はいっ!」
勢いよく手が上がる。
「天羽様を推薦します!」
――まあ。
予想通りだね。
「私も、それがいいと思いますー」
別の生徒も賛成する。
確かに、琴乃がクラス代表になれば色々と都合がいい。
人当たりもいい。
頭もいい。
人望もある。
……まあ、本人は霧の艦隊の総旗艦なんだけど。
「では、候補者は天羽琴乃。他にはいないか?」
千冬姉が尋ねる。
「自薦他薦は問わないぞ」
そのときだった。
一人の女子生徒が立ち上がった。
「では、私は織斑一夏さんを推薦しますわ」
「へ?」
思わず声が出た。
私は反射的に推薦した人物を見る。
「……琴乃?」
天羽さんだった。
「ええ。そうですよ」
そして、何故か満面の笑み。
次の瞬間――
ぎゅっ。
「わっ!?」
抱きしめられた。
「ちょ、ちょっと!?」
突然のことに私は完全に混乱する。
「ど、どういうことですか!?」
「うふふふ……」
笑っている。
完全に誤魔化している。
「琴乃!」
「うふふ♪」
……絶対何か企んでる。
そう思った瞬間――
「待ってください!」
甲高い声が教室に響いた。
バンッ!
机を叩いて立ち上がったのは――
金髪の少女だった。
「そのような選出は認められませんわ!」
「あ……」
そういえば。
この子。
さっきから何かとこちらを睨んでいた。
「大体、あの『蒼き鋼』の者がクラス代表など、いい恥さらしですわ!」
教室の空気が変わる。
「わたくしに、このセシリア・オルコットに、そのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
……ああ。
この子も知っているんだ。
『蒼き鋼』の噂を。
霧と繋がっている企業。
霧の技術を使い、霧の海域を突破し、世界中が不可能だと考えていた日本への物資輸送を成功させた企業。
世界から見れば――
英雄にも。
裏切り者にも。
好きなように評価されている。
「実力から言えば、わたくしがクラス代表になるのは必然ですわ!」
セシリアは胸を張る。
「それを……」
「黙れ」
「っ!?」
私の声に、教室が静まり返った。
「実力?」
私はセシリアを見る。
「霧に足元すら及ばなかった弱者が、随分と大きな口を叩くね」
セシリアの顔が引きつる。
「な……」
「小娘が」
その瞬間。
教室の空気が、一気に冷えた。
私は、自分でも驚くほど冷静だった。
でも――
『蒼き鋼』の仲間を侮辱されること。
そして、自分の実力を理解していない人間が、強さを語ること。
私は、その二つが大嫌いだった。
「こ……小娘ですって……?」
セシリアの顔がみるみる赤くなる。
「そうよ」
「わたくしを侮辱するのですか!」
「事実を言っただけ」
「…………っ!」
セシリアは拳を握り締め――
「決闘ですわ!」
バンッ!
再び机を叩いた。
「ええ。いいわ」
私は即答した。
「四の五の言うより、その方が分かりやすい」
「言っておきますけれど!」
セシリアが勢いよく指を突きつける。
「もしわたくしを侮って、わざと負けたりしたら――」
一瞬、言葉を止める。
「わたくしの小間使い……いえ、奴隷にしますわよ!」
「……侮るなよ」
私は目を細める。
「真剣勝負で手を抜くほど、腐っちゃいない」
「……!」
「本気で来なさい」
セシリアの表情が変わった。
「……そうですか」
そして、口元を吊り上げる。
「何にせよ、ちょうどいいですわ!」
自信満々に胸を張る。
「イギリス代表候補生、このセシリア・オルコットの実力を示す、またとない機会ですもの!」
……随分と自信満々だ。
まあ。
いい。
その自信がどこまで続くのか、見てみよう。
ふと、隣を見る。
琴乃が――
ものすごく嬉しそうに笑っていた。
「…………」
……やっぱり。
最初からこうなることを予想していたな。
「さて」
千冬姉が手を叩く。
「話はまとまったな」
まとまったのか?
いや、まあ……まとまったけど。
「勝負は一週間後の月曜日。放課後、第三アリーナで行う」
千冬姉は二人を見る。
「織斑、オルコット。それぞれ準備しておけ」
そして、そのまま何事もなかったかのように教科書を開いた。
「それでは授業を始める」
「…………」
切り替えが早い。
さすが千冬姉。
◇
放課後。
「ここだね……」
私は手元の部屋番号と、寮のドアを見比べる。
合っている。
鍵を差し込む。
ガチャリ。
ドアを開ける。
「…………」
まず目に入ったのは、大きなベッドだった。
二つ。
しかも、そこらのビジネスホテルより遥かに上等そうな代物。
見ただけで分かる。
ふわふわだ。
「…………」
私は荷物を適当に置くと――
ぼふっ!
そのままベッドへ飛び込んだ。
「はぁ……」
疲れた。
入学初日なのに、クラス代表を決めるわ、決闘をすることになるわ。
本当に色々ありすぎる。
「……誰か、いるの?」
「え?」
突然、部屋の奥から声がした。
ドア越しのような、少し曇った声。
……そういえば。
全室にシャワーがあるって説明されていたっけ。
「やあ」
私は起き上がる。
「簪ちゃん」
「い、一夏!?」
シャワー室から出てきたのは――
更識簪。
『蒼き鋼』の専属パイロット。
そして、私の同室だった。
「そっか。同室は簪ちゃんなんだね」
「う、うん……」
どうやら、今までシャワーを浴びていたらしい。
洗面所と脱衣所が一体になっているタイプのようで、簪はバスタオル一枚を身体に巻いただけの姿だった。
「…………」
「…………」
気まずい。
いや、私は気にしてない。
簪ちゃんも……たぶん気にしてない。
「そういえば」
私は話題を変える。
「簪ちゃんは、打鉄弐式を買い取ったときに一緒にこっちへ来てもらったんだよね」
「うん」
簪は頷く。
もちろん彼女も知っている。
私たちが霧の仲間であることを。
そして――
「タカオは、元気にしてる?」
「う、うん。元気」
簪は少し嬉しそうに答えた。
彼女にとって、高雄は特別な存在だ。
そのことは、私も知っている。
「それと……」
簪は自分の専用機を見せてくれた。
「打鉄弐式改」
元々は指輪型だった起動システムを、私たちと同じブレスレット型へ変更。
色は青。
霧の技術によって生まれ変わった、簪専用のISだ。
「白式改も、来週が楽しみだって言ってるわ」
「そう」
私は腕を見る。
そこには白いブレスレット。
「気をつけてね」
「大丈夫」
私は笑う。
「イオナと一緒なら、どこまでだって行ける自信があるから」
そのとき。
コン、コン。
「……?」
誰かがドアをノックした。
簪と顔を見合わせる。
「……誰ですか?」
返事はない。
私たちは一瞬で空気を変えた。
それぞれ腰の銃を抜く。
音を立てず、ドアの両脇へ移動する。
『蒼き鋼』の所属になってから、最低限の防衛術は叩き込まれている。
「誰ですか?」
もう一度尋ねる。
「私よ」
「……!」
聞き慣れた声。
「天羽さん!?」
私は安全装置を戻し、銃をしまう。
簪も同じように武器を下ろした。
周囲を確認。
問題なし。
私は琴乃を室内へ招き入れる。
そして、すぐに鍵を閉めた。
「どうしたの?」
「仕事よ♪」
「…………」
その一言で。
空気が変わった。
「……分かった」
私は簪を見る。
「簪ちゃん」
「うん。了解」
今までの緩い雰囲気は、消えた。
琴乃も笑顔のまま、持っていたバッグを開く。
中から取り出したのは――
銀色の砂が詰められた小さな瓶。
「デコイは私が作ってあげる」
琴乃が瓶を軽く振る。
「二人は先に砂浜へ行ってなさい」
「「了解」」
私と簪は頷いた。
銀色の砂が、さらさらと瓶からこぼれ落ちる。
そして――
人の形を作っていく。
髪。
顔。
身体。
服。
それは、私たちと瓜二つだった。
「……凄い」
簪が呟く。
「これなら、しばらくは誤魔化せるね」
私たちはベランダへ向かった。
「イオナ」
腕のブレスレットへ声をかける。
「お願い」
『了解』
次の瞬間。
視界の端に映っていた防犯カメラが、一斉に沈黙した。
周辺の監視システムも、私たちの存在を認識しなくなる。
霧の技術。
人間のセキュリティなど、イオナにとっては障害にすらならない。
私と簪は、誰にも気づかれないよう寮を抜け――
一直線に砂浜へ向かった。
そして。
「お待ちしていました」
「402!」
砂浜に、一人の少女が立っていた。
伊402。
その背後には――
彼女の本体である巨大な潜水艦。
「コトノ様」
402が琴乃へ頭を下げる。
「402。予定のルートに進みますわよ」
「はい」
琴乃が頷く。
私と簪も潜水艦へ乗り込む。
ハッチが閉じる。
潜水艦が静かに動き始める。
そして――
誰にも気づかれることなく。
私たちは、IS学園を後にした。