IS~空を舞う蒼き鋼~   作:ぬっく~

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第8話

「天羽さん。今回は、何の仕事なんですか?」

 

伊402へ乗り込んだ私は、琴乃さんに尋ねた。

 

「今回は会談よ」

 

「会談?」

 

「ええ。貴女たちには、私の護衛をお願いするわ」

 

「分かりました」

 

私は頷く。

 

私たち二人を護衛に付ける。

 

これは、かなり珍しいことだった。

 

別に私や簪が弱いわけではない。

 

むしろ逆だ。

 

だからこそ、琴乃さんは私たちを選んだ。

 

こちらの切り札を、必要以上に見せないため。

 

霧の技術を持っていることを知られても、私たちの正確な戦力まで知られる必要はない。

 

それが、今回の護衛任務の理由だった。

 

「目的の場所に到着しました」

 

402のメンタルモデルが報告する。

 

「ありがとう、402」

 

琴乃さんが立ち上がる。

 

私と簪も続く。

 

三人ともロングコートを羽織り、外へ出た。

 

そこは、ごく普通の港だった。

 

ただし、周囲から死角になる場所を選んでいるため、人目はほとんどない。

 

「行きましょう」

 

「はい」

 

私たちは琴乃さんの後ろを歩く。

 

その姿は、どこから見ても普通の少女にしか見えない。

 

けれど――

 

その正体を知っている私にとっては。

 

この少女ほど、世界の常識から外れた存在を他に知らない。

 

    ◇

 

「さて……これでよしっと」

 

ホテルのスイートルーム。

 

スコールは最後の仕上げとばかりに香水を吹きかけた。

 

豪華なドレス。

 

首元には大小様々なダイヤモンドが散りばめられたネックレス。

 

耳にはピアス。

 

指には指輪。

 

腕にはブレスレット。

 

どれも一流品だと、一目で分かる。

 

「…………」

 

その隣で、エムはつまらなそうにしていた。

 

胸元のロケットを弄びながら、ぼんやりと虚空を見つめている。

 

「なあに、エム」

 

スコールが鏡越しに笑う。

 

「まだ食事に行くことが不満なの?」

 

「……私が同行する理由はない」

 

「あるわよ」

 

スコールは振り返った。

 

「私の護衛が必要じゃない?」

 

「笑わせるな」

 

エムの返答は即答だった。

 

スコールの実力。

 

そして、彼女の専用IS――ゴールデン・ドーン。

 

その性能を知っているエムからすれば、皮肉にしかならない。

 

護衛など必要ない。

 

むしろ――

 

「あなたが私を連れて行きたいだけだろう」

 

「ふふっ。そうとも言うわね」

 

スコールは楽しそうに笑った。

 

「さて、行きましょうか」

 

「……ふん」

 

エムは渋々立ち上がる。

 

「少しくらい笑いなさいな」

 

スコールが肩をすくめる。

 

「今日は、あの天羽琴乃とのご対面なのだから」

 

「…………」

 

その名前を聞いても、エムの表情は変わらない。

 

ただ、ロケットを握る手だけが僅かに強くなった。

 

結局。

 

仕方がないというより――

 

従うしかない。

 

エムはスコールの後に続いた。

 

    ◇

 

「…………」

 

地下に設けられた、隠れ家的なレストラン。

 

その一室で。

 

天羽琴乃は、スコールと向かい合っていた。

 

世界中の企業が面会を申し込んでも、本人ではなく代理人しか応じない。

 

そんな『蒼き鋼』の業務執行取締役。

 

天羽琴乃。

 

その本人を、こうして直接呼び出した方法。

 

それについては――

 

スコールだけが知っている。

 

「お気に召しまして?」

 

スコールが笑顔で尋ねる。

 

「そうね」

 

琴乃はスープを飲み干す。

 

「そこの睡眠薬入りのスープ以外は」

 

「…………」

 

一瞬。

 

スコールの笑顔が止まった。

 

けれど、すぐに元へ戻る。

 

「まあ」

 

「隠す必要はないでしょう?」

 

琴乃は何事もなかったようにナプキンで口元を拭いた。

 

「これくらいで私がどうにかなると思ったのなら、少し残念ね」

 

スコールは内心で苦笑する。

 

――まあ。

 

これくらいは想定内。

 

『あの』天羽琴乃なのだから。

 

「それでは、本題に入りましょう」

 

スコールはテーブルに両肘をつき、笑みを浮かべる。

 

「天羽さん。以前お話した件について、考えていただけたかしら?」

 

「以前?」

 

「ええ」

 

スコールは言葉を続けた。

 

「我々、『亡国機業《ファントム・タスク》』に侵食弾頭の情報を提供していただく件です」

 

琴乃は黙っている。

 

「もちろん――」

 

スコールは微笑んだ。

 

「設計データ込みで」

 

「…………」

 

数秒。

 

沈黙。

 

そして。

 

「うふふふ……」

 

琴乃が笑った。

 

「お断りよ」

 

「……そうですか」

 

「あなたたちのような小物に、そんなものを提供するとでも?」

 

笑顔。

 

しかし、その言葉には明確な侮蔑が含まれている。

 

侵食弾頭。

 

霧に対抗できる、数少ない兵器。

 

その存在について、琴乃は隠していない。

 

だからこそ――

 

亡国機業は欲しがっていた。

 

「そこを何とかお願いできないかしら?」

 

「もう一度言いますね」

 

琴乃はワインへ手を伸ばす。

 

「お断りします」

 

「…………」

 

スコールは笑顔を崩さない。

 

「ふう……どうしても?」

 

「ええ」

 

「そう」

 

スコールが指を鳴らした。

 

パチン。

 

すると――

 

琴乃の背後。

 

「――!」

 

オータムが現れた。

 

銃口を琴乃へ向ける。

 

「それでは――」

 

スコールは笑う。

 

「お返事を変えていただけますか?」

 

「…………」

 

琴乃は振り返らない。

 

そして――

 

「本当に三流以下の組織ね」

 

「――え?」

 

次の瞬間。

 

ドゴォンッ!!

 

「がっ!?」

 

オータムの身体が吹き飛んだ。

 

防御する暇すらない。

 

そのまま派手な音を立てて、ワインセラーへ突っ込んでいく。

 

「な……」

 

スコールの目が見開かれる。

 

「まさか……クライン・フィールドまで……?」

 

琴乃の周囲には、見えない防壁が展開されていた。

 

クライン・フィールド。

 

霧の戦艦が持つ、防御機構。

 

それによって弾き飛ばされたオータムは、ワインセラーの中で動かない。

 

琴乃は何事もなかったかのようにワインを口へ運ぶ。

 

「……いいワインね。これ」

 

「…………」

 

スコールは、奥歯を噛み締めた。

 

誤算だった。

 

完全に。

 

脅迫が効かなかったとしても。

 

最悪の場合、自分のIS――ゴールデン・ドーンで押し切る。

 

それくらいは可能だと思っていた。

 

だが。

 

目の前にいる少女は――

 

ISを起動する必要すらなかった。

 

「…………」

 

そもそも。

 

琴乃にISを起動するだけの隙を与えてもらえるのか?

 

いや。

 

その必要すらないのかもしれない。

 

「どうしました?」

 

琴乃が首を傾げる。

 

「お話は、まだ終わっていませんよ?」

 

その余裕が、スコールを苛立たせる。

 

だが――

 

その時。

 

「動くな」

 

入口から声がした。

 

「……!」

 

スコールが振り向く。

 

そこにいたのは――

 

エム。

 

そして、その身体にはすでにIS――ラファール・リヴァイヴが展開されていた。

 

(――やった!)

 

スコールは心の中で笑う。

 

エム。

 

彼女こそ、亡国機業が誇る切り札。

 

これでようやく――

 

勝負は五分。

 

そう思った。

 

だが。

 

甘かった。

 

「イオナ」

 

琴乃が呟く。

 

「はい」

 

エムの背後。

 

いつの間にか、一人の少女が立っていた。

 

ローブを深く被っているため、顔は見えない。

 

「な――」

 

エムが振り返る。

 

その瞬間。

 

「――ッ!」

 

ドゴォン!!

 

生身の少女が。

 

人間の身体が。

 

ISを装着したエムを――

 

蹴り飛ばした。

 

「な……!?」

 

エムの身体が吹き飛ぶ。

 

壁に叩きつけられる。

 

「くっ!」

 

慌てて体勢を立て直そうとする。

 

しかし。

 

「遅い」

 

「――ッ!」

 

イオナの姿が消えた。

 

いや。

 

速すぎる。

 

視認できない。

 

「ぐっ!」

 

「がっ!」

 

「うあっ……!」

 

一方的だった。

 

拳。

 

蹴り。

 

掌打。

 

生身の人間が、ISを相手にしている。

 

それなのに。

 

エムは――

 

何一つ、反撃できない。

 

「馬鹿な……!」

 

ISの装甲が、次々とへこむ。

 

ラファール・リヴァイヴが、見る間に損傷していく。

 

「これは……」

 

エムの思考が追いつかない。

 

なぜ。

 

どうして。

 

なぜ、生身でISを――

 

「…………!」

 

そして最後の一撃。

 

ドンッ!!

 

ラファール・リヴァイヴが大きく弾き飛ばされた。

 

ガガガガッ――!

 

壁を削りながら滑る。

 

そして――

 

「…………」

 

沈黙。

 

「SE……ゼロ……」

 

エネルギーが尽きた。

 

強制解除。

 

エムの身体が露出する。

 

イオナは、それを確認すると攻撃を止めた。

 

「…………」

 

エムは動かなかった。

 

動けない。

 

いや。

 

正確には――

 

動けば負ける。

 

身体が、本能的にそう理解していた。

 

イオナはじっとエムを見つめる。

 

ローブの奥から覗く顔。

 

その表情には――

 

微かな笑みが浮かんでいた。

 

まるで。

 

気に入った玩具を見つけた子供のような――

 

そんな笑み。

 

「天羽様」

 

「なに?」

 

「この子」

 

イオナがエムを指差す。

 

「貰ってもいいですか?」

 

「「!?」」

 

スコールとエムの声が重なった。

 

琴乃は少しだけ考える。

 

そして――

 

「そうね……」

 

にっこり。

 

「気に入ってしまったのね」

 

「はい」

 

「では――」

 

琴乃はスコールを見る。

 

「侵食弾頭の情報と、この子を交換しましょう」

 

「え――」

 

今度こそ。

 

スコールの顔から笑みが消えた。

 

「もちろん」

 

琴乃は付け加える。

 

「設計データ込みで」

 

「そ、それは……」

 

スコールは言葉を濁す。

 

当然だ。

 

今の亡国機業にとって、エムは切り札そのもの。

 

ここで失えば、今後の計画に大きな支障が出る。

 

「困りますか?」

 

琴乃が微笑む。

 

「ですが――」

 

一歩。

 

琴乃がエムへ近づく。

 

「霧に対抗できる兵器」

 

さらに。

 

「そして、織斑千冬のクローン」

 

「…………」

 

「この二つを天秤にかけているのですよ?」

 

琴乃は優しく笑った。

 

「十分すぎる条件だと思いますけれど?」

 

「…………っ」

 

スコールは唇を噛む。

 

侵食弾頭は、喉から手が出るほど欲しい。

 

だが。

 

エムを失うわけにはいかない。

 

しかも。

 

目の前にはクライン・フィールドを使う琴乃。

 

そして、ISを生身で叩き潰した少女。

 

勝てない。

 

仮にゴールデン・ドーンを展開しても――

 

勝てる保証など、どこにもない。

 

「…………分かりました」

 

絞り出すように、スコールは答えた。

 

「交渉成立ね」

 

琴乃が笑う。

 

「ありがとう」

 

「…………」

 

「イオナ」

 

「はい」

 

「帰りますよ」

 

「はい」

 

イオナがエムの側へ歩く。

 

そして琴乃たちが部屋を出ようとした、その時。

 

「ああ、そうでした」

 

琴乃が振り返る。

 

「一つ、忘れていました」

 

「?」

 

琴乃はエムの頭に手を置く。

 

「ナノマシンは無効化させてもらいますね」

 

「――!?」

 

エムの表情が変わった。

 

身体に仕込まれていた監視用ナノマシン。

 

それが――

 

一瞬で沈黙した。

 

「な……」

 

スコールは言葉を失う。

 

完全に。

 

完全に切り札を失った。

 

    ◇

 

「402」

 

会談を終えた私たちは、402へ戻っていた。

 

「予定を少し変更するわ」

 

「はい」

 

「私たちを送り届けたら、ムサシのところへ彼女を連れて行って」

 

「了解しました」

 

琴乃さんの隣。

 

そこには、先ほどの少女――エムがいる。

 

いや。

 

正確には、もう『エム』ではないのかもしれない。

 

402が潜航準備を進める。

 

私と簪はフードを脱いだ。

 

「…………」

 

エムがこちらを見る。

 

そして――

 

「……な」

 

目を見開く。

 

「お、織斑一夏……だと?」

 

「あ」

 

私は笑った。

 

「そうですよ」

 

エムは呆然としている。

 

「やっぱり驚きましたか?」

 

違う。

 

彼女が驚いているのは――

 

自分が織斑一夏に負けたことではない。

 

『あの場にいた人物が織斑一夏だった』

 

その事実にだ。

 

「…………」

 

エムは私をじっと見る。

 

「どうして……」

 

「ん?」

 

私は首を傾げる。

 

「エムってコードネームなんでしょ?」

 

「…………」

 

「本当の名前は?」

 

しばらく沈黙。

 

そして。

 

小さな声が返ってきた。

 

「……織斑」

 

「うん」

 

「……織斑、マドカ」

 

「マドカちゃんか」

 

私は笑顔になる。

 

「よろしくね」

 

「…………」

 

マドカは困惑していた。

 

当然だろう。

 

つい先ほどまで。

 

自分を完膚なきまでに叩きのめした少女が――

 

今はまるで別人のような顔で、自分に笑いかけている。

 

「ねえ、マドカちゃん」

 

「……何だ」

 

「好きな食べ物は?」

 

「……は?」

 

「趣味は?」

 

「…………」

 

「普段は何してるの?」

 

「…………」

 

次から次へと質問が飛んでくる。

 

マドカは完全についていけていない。

 

「ちょ、ちょっと待て!」

 

「え?」

 

「何故、私にそんなことを聞く!」

 

「だって気になるじゃない」

 

「…………」

 

さっきまでの戦闘との落差が激しすぎる。

 

マドカは戸惑いながらも、一つ一つ質問に答えていく。

 

やがて――

 

402は静かに潜航を始めた。

 

そして、しばらくして。

 

「……あ」

 

窓の外を見れば、IS学園が見える。

 

「もう着いたんだ」

 

私は少し残念そうに呟く。

 

マドカはそんな私を見ていた。

 

そして思う。

 

この少女は――

 

本当に、あの時の少女と同じ人物なのだろうか。

 

戦場では、容赦なく敵を叩き潰す。

 

それなのに今は。

 

まるで昔からの友人のように笑っている。

 

「…………」

 

織斑一夏。

 

その名前を、マドカはもう一度心の中で繰り返した。

 

そして私たちは。

 

誰にも気づかれることなく――

 

再びIS学園へと戻っていった。

 

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