IS~空を舞う蒼き鋼~   作:ぬっく~

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第9話

そして翌週、月曜日。

 

セシリア・オルコットとの対決の日がやってきた。

 

……とはいえ。

 

あの日から今日まで、特に何か大きな事件があったわけではない。

 

マドカちゃんはムサシちゃんのところへ預けられ、そのまま現在に至る。

 

本当に、それだけだった。

 

なので――ここは潔く、今日まで時間を飛ばそう。

 

 

「準備はいいか?」

 

第三アリーナ・Aピット。

 

試合開始を間近に控えた私へ、千冬姉が声をかける。

 

その隣には山田先生もいる。

 

「うん。大丈夫だよ、千冬姉」

 

「……そうか」

 

短く答えた千冬姉は、私をじっと見る。

 

その視線に含まれているのは、教師としての厳しさだけではない。

 

姉としての心配も、ほんの少しだけ混じっていた。

 

「じゃあ、行こうか」

 

私は右腕に装着している銀色のアクセサリー――琴乃からもらったブレスレットを握る。

 

瞬間。

 

シュンッ――。

 

光の粒子が周囲へ広がった。

 

銀色の光が私の身体を包み込み、次々と形を変えていく。

 

腕を。

 

脚を。

 

胴体を。

 

そして頭部を。

 

展開されたのは、蒼を基調とした装甲。

 

まるで中世の騎士を思わせる、重厚でありながら美しいデザイン。

 

蒼い鋼。

 

それが、私のISだった。

 

「――一暴れしましょうか、イオナ!」

 

『はい。マスター』

 

頭の中に、いつもの落ち着いた声が響く。

 

その声を聞いた瞬間、自然と口元が緩んだ。

 

さあ。

 

始めよう。

 

 

「まあ。逃げずに来ましたのね」

 

アリーナへ出ると、正面からセシリアの声が飛んできた。

 

腰に手を当て、ふふん、と鼻を鳴らす。

 

相変わらず様になっている。

 

……まあ、私のハイパーセンサーはそんなところを評価してはいない。

 

視界に映るのは、彼女が纏うIS。

 

鮮やかな青色の機体――『ブルー・ティアーズ』。

 

背中には四枚の特徴的なフィン・アーマーが展開されている。

 

その姿には、どこか王国の騎士を思わせる気高さがあった。

 

そしてセシリアの手に握られているのは、二メートルを超える長大な銃器。

 

《六七口径特殊レーザーライフル――スターライトmkⅢ》

 

データ照合。

 

一致。

 

ISはそもそも宇宙空間での活動を想定して開発された兵器だ。

 

だからこそ、自分の身長よりも遥かに大きな武器を扱うこと自体は、そう珍しいことではない。

 

アリーナ・ステージの直径は二百メートル。

 

発射から目標到達までの予測時間――約0.4秒。

 

すでに試合開始の鐘は鳴っている。

 

つまり。

 

いつ撃ってきてもおかしくない。

 

「最後のチャンスを差し上げますわ」

 

セシリアが腰に当てていた手をこちらへ向ける。

 

そして、びしっと人差し指を突きつけた。

 

左手のスターライトmkⅢは、まだ銃口を下げたまま。

 

随分と余裕があるらしい。

 

「チャンスって?」

 

「わたくしが一方的な勝利を収めることは明白ですもの」

 

セシリアは自信満々に笑う。

 

「ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ――今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくってよ?」

 

「……」

 

その言葉を聞きながら、私は黙ってセシリアを見る。

 

その直後。

 

『警戒』

 

イオナの声が響いた。

 

『敵IS操縦者、左眼部を射撃モードへ移行』

 

続けて。

 

『セーフティ・ロック解除を確認』

 

……なるほど。

 

口では余裕を見せながら、すでに戦闘準備は整えている。

 

私は一度、深く息を吸った。

 

イオナから送られてくる情報を、頭の中で整理する。

 

そうしないと――

 

本当に、あっという間に殺してしまいそうだった。

 

セシリアを。

 

「そういうのは、チャンスとは言わないよ」

 

「そう? 残念ですわ」

 

セシリアの笑みが深くなる。

 

「それなら――」

 

『警告』

 

イオナの声が一段鋭くなった。

 

『敵IS、射撃体勢へ移行』

 

トリガー確認。

 

初弾エネルギー装填。

 

「お別れですわね!」

 

キュインッ――!

 

耳をつんざくような独特の音。

 

次の瞬間。

 

一直線の閃光が私へ迫った。

 

「遅いわ……」

 

身体をほんの僅かに逸らす。

 

閃光が頬の横を通過した。

 

「っ!?」

 

セシリアの目が見開かれる。

 

私はそのまま彼女を見返した。

 

「どうしたの?」

 

一歩。

 

距離を詰める。

 

「代表候補生だって聞いたから、もう少し期待してたんだけど……」

 

「お、お黙りなさい!!」

 

セシリアの顔が怒りに染まった。

 

「いいですわ! そこまで言うのでしたら、わたくしの本気を見せてあげますわ!!」

 

スターライトmkⅢがこちらを向く。

 

「さあ、踊りなさい!」

 

フィン・アーマーが展開する。

 

「わたくし、セシリア・オルコットと――」

 

照準。

 

ロック。

 

「ブルー・ティアーズの奏でる――」

 

発射。

 

円舞曲(ワルツ)で!!」

 

――ドドドドドドッ!!

 

射撃。

 

射撃。

 

射撃。

 

射撃。

 

まるで弾雨。

 

青白いレーザーが、あらゆる角度から私へ殺到する。

 

けれど。

 

当たらない。

 

一発も。

 

右へ。

 

左へ。

 

上へ。

 

下へ。

 

時には、ほんの数センチだけ身体をずらす。

 

まるで最初から、どこに攻撃が飛んでくるのか知っているかのように。

 

「な……」

 

セシリアの表情が引きつった。

 

「どうして……!?」

 

理由は簡単だ。

 

彼女の射撃は正確だった。

 

普通のIS操縦者なら、一発。

 

いや、二発くらいは被弾していてもおかしくない。

 

けれど――

 

相手が悪かった。

 

セシリアが今、相手をしているのは。

 

ただのIS操縦者ではない。

 

『蒼き鋼』。

 

霧の艦隊と戦い、生き残ることを前提とした組織。

 

その専属パイロット。

 

それが――私だった。

 

 

「はぁぁ……すごいですねぇ、織斑さん……」

 

第三アリーナ・Aピット。

 

リアルタイムモニターを見つめながら、山田真耶は思わず感嘆の声を漏らした。

 

画面の中では、一夏がレーザーの雨を紙一重で回避し続けている。

 

対して。

 

千冬は腕を組み、険しい表情でモニターを睨んでいた。

 

「あいつ……」

 

「え?」

 

「一体、どれだけの死線を潜り抜けてきたんだ」

 

「……え?」

 

真耶が目を瞬かせる。

 

千冬はモニターから目を離さない。

 

「あそこまで綺麗に避けることなど、一般人にはできない」

 

「……」

 

「企業所属のISパイロットでも同じだ。訓練された人間ならともかく、あれほど自然に攻撃を読めるはずがない」

 

そして千冬は、ほんの僅かに目を細めた。

 

「だが、織斑はやっている」

 

「……」

 

「まるで、何度も同じような状況を経験しているかのようにな」

 

真耶はしばらくモニターを見つめ――

 

「あはは……」

 

苦笑した。

 

「さすがご姉弟ですねー。そんな細かいところまで分かるなんて」

 

「……!」

 

その言葉に、千冬が一瞬固まる。

 

「ま、まあ……」

 

僅かに視線を逸らしながら。

 

「あれでも一応、私の妹だからな……」

 

「まあ!」

 

真耶の顔がぱっと明るくなる。

 

「照れてるんですかー?」

 

「…………」

 

「照れてるんですねー?」

 

「………………」

 

「織斑先生、妹さんのことになると――」

 

ギリリリリッ。

 

「いたたたたたたっ!!」

 

千冬の腕が真耶の首に回った。

 

見事なヘッドロック。

 

「わ、私はからかわれるのが嫌いだ……!」

 

「は、はいっ! 分かりましたから! 離して――あうううっ!!」

 

しばらくアリーナのピットには、真耶の悲鳴が響き渡った。

 

そんな二人をよそに。

 

真耶はふと、真剣な顔をモニターへ向ける。

 

「……ところで」

 

「なんだ」

 

「やっぱり、『蒼き鋼』の噂は本当なんでしょうか?」

 

千冬の表情が変わる。

 

「……噂?」

 

「霧の戦艦を捕獲した、という話です」

 

「分からん」

 

千冬は即答した。

 

「だが――」

 

モニターの中で、再びレーザーを回避する一夏を見る。

 

「今の世界に風穴を開けた存在なのは間違いない」

 

霧の艦隊。

 

世界中の海と空を支配し、人類の兵器を圧倒した存在。

 

どの国も。

 

どの軍隊も。

 

どのIS部隊も。

 

まともに対抗することすらできなかった。

 

そんな絶望的な状況の中に現れたのが――『蒼き鋼』だった。

 

霧に対抗できる技術を持つ、唯一の企業。

 

そして、日本への物資輸送を成功させている存在。

 

だからこそ。

 

世界は彼女たちを救世主と見る者と、霧に魂を売った裏切り者と見る者に分かれていた。

 

その話をしている間も。

 

二人はモニターを見つめ続けていた。

 

篠ノ之箒。

 

そして――天羽琴乃。

 

箒は険しい表情を浮かべている。

 

両手を合わせて祈るような真似はしない。

 

彼女は、そういう性格ではない。

 

ただ。

 

モニターの中の一夏から、一瞬たりとも目を逸らさなかった。

 

一方の琴乃は――いつも通り。

 

穏やかな笑みを浮かべながら試合を観戦している。

 

けれど。

 

その瞳の奥には、誰にも見せない何かがあった。

 

(……一夏)

 

箒がほんの僅かに唇を噛んだ。

 

その瞬間。

 

試合が、大きく動いた。

 

 

「そこですわ!」

 

セシリアが叫ぶ。

 

レーザーを回避しながら、私はさらに距離を詰める。

 

あと少し。

 

ライフルの砲口が私を捉えるより先に、間合いへ入る。

 

これなら――確実に一撃を入れられる。

 

そう思った。

 

その瞬間。

 

「――かかりましたわ」

 

セシリアが笑った。

 

にやり、と。

 

嫌な笑み。

 

「……!」

 

ヴンッ――!

 

セシリアの腰部。

 

スカート状に展開されていたアーマーが変形する。

 

その突起部分が外れ――

 

こちらへ向けて動いた。

 

「奥の手ですわ!」

 

「……!」

 

まずい。

 

回避が――間に合わない。

 

しかも、これは先ほどまでのレーザー射撃ではない。

 

形状。

 

軌道。

 

推進方式。

 

分析。

 

『弾道型――ミサイルです』

 

イオナの声。

 

「っ……!」

 

次の瞬間。

 

ドカァァァァンッ!!

 

凄まじい爆発が、視界を覆った。

 

赤を通り越して白い光。

 

衝撃。

 

爆炎。

 

そして黒煙。

 

私は、その中心へと完全に飲み込まれた。

 

 

「一夏っ……!」

 

モニターを見つめていた箒が、思わず叫んだ。

 

先ほどまで騒いでいた千冬と真耶も、今は完全に黙っている。

 

モニターいっぱいに広がる黒煙。

 

「終わりましたね……」

 

真耶が呟いた。

 

しかし。

 

琴乃だけは違った。

 

「……」

 

静かに画面を見つめている。

 

その表情には――

 

焦りも。

 

驚きも。

 

悲しみもない。

 

むしろ。

 

「さあ……」

 

琴乃が、小さく呟いた。

 

「仕掛けないとね」

 

その声に応えるように。

 

黒煙が――弾けた。

 

ドンッ!!

 

まるで内側から吹き飛ばされたように、煙が四方へ散っていく。

 

そして。

 

その中心に立っていたのは――

 

蒼い機体。

 

傷一つない。

 

「な……」

 

セシリアの声が、アリーナに響いた。

 

 

「ま、まさか……」

 

セシリアの顔から血の気が引いていく。

 

「クライン・フィールド!?」

 

私の周囲に展開された、六角形の光。

 

霧の艦隊が持つ絶対防御。

 

「な、なんで……!?」

 

セシリアは混乱している。

 

当然だ。

 

彼女は今まで、それを見たことがない。

 

ISの装備をすべて使っても突破できないほどの防御。

 

それが――今、目の前に存在している。

 

「なぜ、霧のバリアを……!」

 

「……」

 

私は答えない。

 

イオナが静かに告げる。

 

『マスター』

 

「うん」

 

『勝負を終わらせます』

 

「そうだね」

 

私は右手を伸ばした。

 

「――解放!」

 

光が集まる。

 

形を成す。

 

現れたのは――

 

《雪片弐型》。

 

「――『零落白夜』!!」

 

蒼い機体が、一瞬で加速した。

 

「な――」

 

セシリアが目を見開く。

 

距離が消える。

 

一瞬。

 

二人の間にあった数十メートルが、ゼロになる。

 

私はセシリアの懐へ飛び込んだ。

 

そして。

 

雪片弐型が強烈な光を放つ。

 

下段から――

 

上段へ。

 

一閃。

 

「――――っ!」

 

その瞬間。

 

アリーナへ、無機質なアナウンスが響き渡った。

 

『試合終了』

 

『勝者――織斑一夏』

 

静寂。

 

ほんの数秒。

 

それから。

 

私はゆっくりと雪片弐型を下ろした。

 

……終わった。

 

私とセシリアの喧嘩は――

 

私の勝ちで幕を閉じた。

 

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