そして翌週、月曜日。
セシリア・オルコットとの対決の日がやってきた。
……とはいえ。
あの日から今日まで、特に何か大きな事件があったわけではない。
マドカちゃんはムサシちゃんのところへ預けられ、そのまま現在に至る。
本当に、それだけだった。
なので――ここは潔く、今日まで時間を飛ばそう。
◇
「準備はいいか?」
第三アリーナ・Aピット。
試合開始を間近に控えた私へ、千冬姉が声をかける。
その隣には山田先生もいる。
「うん。大丈夫だよ、千冬姉」
「……そうか」
短く答えた千冬姉は、私をじっと見る。
その視線に含まれているのは、教師としての厳しさだけではない。
姉としての心配も、ほんの少しだけ混じっていた。
「じゃあ、行こうか」
私は右腕に装着している銀色のアクセサリー――琴乃からもらったブレスレットを握る。
瞬間。
シュンッ――。
光の粒子が周囲へ広がった。
銀色の光が私の身体を包み込み、次々と形を変えていく。
腕を。
脚を。
胴体を。
そして頭部を。
展開されたのは、蒼を基調とした装甲。
まるで中世の騎士を思わせる、重厚でありながら美しいデザイン。
蒼い鋼。
それが、私のISだった。
「――一暴れしましょうか、イオナ!」
『はい。マスター』
頭の中に、いつもの落ち着いた声が響く。
その声を聞いた瞬間、自然と口元が緩んだ。
さあ。
始めよう。
◇
「まあ。逃げずに来ましたのね」
アリーナへ出ると、正面からセシリアの声が飛んできた。
腰に手を当て、ふふん、と鼻を鳴らす。
相変わらず様になっている。
……まあ、私のハイパーセンサーはそんなところを評価してはいない。
視界に映るのは、彼女が纏うIS。
鮮やかな青色の機体――『ブルー・ティアーズ』。
背中には四枚の特徴的なフィン・アーマーが展開されている。
その姿には、どこか王国の騎士を思わせる気高さがあった。
そしてセシリアの手に握られているのは、二メートルを超える長大な銃器。
《六七口径特殊レーザーライフル――スターライトmkⅢ》
データ照合。
一致。
ISはそもそも宇宙空間での活動を想定して開発された兵器だ。
だからこそ、自分の身長よりも遥かに大きな武器を扱うこと自体は、そう珍しいことではない。
アリーナ・ステージの直径は二百メートル。
発射から目標到達までの予測時間――約0.4秒。
すでに試合開始の鐘は鳴っている。
つまり。
いつ撃ってきてもおかしくない。
「最後のチャンスを差し上げますわ」
セシリアが腰に当てていた手をこちらへ向ける。
そして、びしっと人差し指を突きつけた。
左手のスターライトmkⅢは、まだ銃口を下げたまま。
随分と余裕があるらしい。
「チャンスって?」
「わたくしが一方的な勝利を収めることは明白ですもの」
セシリアは自信満々に笑う。
「ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ――今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくってよ?」
「……」
その言葉を聞きながら、私は黙ってセシリアを見る。
その直後。
『警戒』
イオナの声が響いた。
『敵IS操縦者、左眼部を射撃モードへ移行』
続けて。
『セーフティ・ロック解除を確認』
……なるほど。
口では余裕を見せながら、すでに戦闘準備は整えている。
私は一度、深く息を吸った。
イオナから送られてくる情報を、頭の中で整理する。
そうしないと――
本当に、あっという間に殺してしまいそうだった。
セシリアを。
「そういうのは、チャンスとは言わないよ」
「そう? 残念ですわ」
セシリアの笑みが深くなる。
「それなら――」
『警告』
イオナの声が一段鋭くなった。
『敵IS、射撃体勢へ移行』
トリガー確認。
初弾エネルギー装填。
「お別れですわね!」
キュインッ――!
耳をつんざくような独特の音。
次の瞬間。
一直線の閃光が私へ迫った。
「遅いわ……」
身体をほんの僅かに逸らす。
閃光が頬の横を通過した。
「っ!?」
セシリアの目が見開かれる。
私はそのまま彼女を見返した。
「どうしたの?」
一歩。
距離を詰める。
「代表候補生だって聞いたから、もう少し期待してたんだけど……」
「お、お黙りなさい!!」
セシリアの顔が怒りに染まった。
「いいですわ! そこまで言うのでしたら、わたくしの本気を見せてあげますわ!!」
スターライトmkⅢがこちらを向く。
「さあ、踊りなさい!」
フィン・アーマーが展開する。
「わたくし、セシリア・オルコットと――」
照準。
ロック。
「ブルー・ティアーズの奏でる――」
発射。
「
――ドドドドドドッ!!
射撃。
射撃。
射撃。
射撃。
まるで弾雨。
青白いレーザーが、あらゆる角度から私へ殺到する。
けれど。
当たらない。
一発も。
右へ。
左へ。
上へ。
下へ。
時には、ほんの数センチだけ身体をずらす。
まるで最初から、どこに攻撃が飛んでくるのか知っているかのように。
「な……」
セシリアの表情が引きつった。
「どうして……!?」
理由は簡単だ。
彼女の射撃は正確だった。
普通のIS操縦者なら、一発。
いや、二発くらいは被弾していてもおかしくない。
けれど――
相手が悪かった。
セシリアが今、相手をしているのは。
ただのIS操縦者ではない。
『蒼き鋼』。
霧の艦隊と戦い、生き残ることを前提とした組織。
その専属パイロット。
それが――私だった。
◇
「はぁぁ……すごいですねぇ、織斑さん……」
第三アリーナ・Aピット。
リアルタイムモニターを見つめながら、山田真耶は思わず感嘆の声を漏らした。
画面の中では、一夏がレーザーの雨を紙一重で回避し続けている。
対して。
千冬は腕を組み、険しい表情でモニターを睨んでいた。
「あいつ……」
「え?」
「一体、どれだけの死線を潜り抜けてきたんだ」
「……え?」
真耶が目を瞬かせる。
千冬はモニターから目を離さない。
「あそこまで綺麗に避けることなど、一般人にはできない」
「……」
「企業所属のISパイロットでも同じだ。訓練された人間ならともかく、あれほど自然に攻撃を読めるはずがない」
そして千冬は、ほんの僅かに目を細めた。
「だが、織斑はやっている」
「……」
「まるで、何度も同じような状況を経験しているかのようにな」
真耶はしばらくモニターを見つめ――
「あはは……」
苦笑した。
「さすがご姉弟ですねー。そんな細かいところまで分かるなんて」
「……!」
その言葉に、千冬が一瞬固まる。
「ま、まあ……」
僅かに視線を逸らしながら。
「あれでも一応、私の妹だからな……」
「まあ!」
真耶の顔がぱっと明るくなる。
「照れてるんですかー?」
「…………」
「照れてるんですねー?」
「………………」
「織斑先生、妹さんのことになると――」
ギリリリリッ。
「いたたたたたたっ!!」
千冬の腕が真耶の首に回った。
見事なヘッドロック。
「わ、私はからかわれるのが嫌いだ……!」
「は、はいっ! 分かりましたから! 離して――あうううっ!!」
しばらくアリーナのピットには、真耶の悲鳴が響き渡った。
そんな二人をよそに。
真耶はふと、真剣な顔をモニターへ向ける。
「……ところで」
「なんだ」
「やっぱり、『蒼き鋼』の噂は本当なんでしょうか?」
千冬の表情が変わる。
「……噂?」
「霧の戦艦を捕獲した、という話です」
「分からん」
千冬は即答した。
「だが――」
モニターの中で、再びレーザーを回避する一夏を見る。
「今の世界に風穴を開けた存在なのは間違いない」
霧の艦隊。
世界中の海と空を支配し、人類の兵器を圧倒した存在。
どの国も。
どの軍隊も。
どのIS部隊も。
まともに対抗することすらできなかった。
そんな絶望的な状況の中に現れたのが――『蒼き鋼』だった。
霧に対抗できる技術を持つ、唯一の企業。
そして、日本への物資輸送を成功させている存在。
だからこそ。
世界は彼女たちを救世主と見る者と、霧に魂を売った裏切り者と見る者に分かれていた。
その話をしている間も。
二人はモニターを見つめ続けていた。
篠ノ之箒。
そして――天羽琴乃。
箒は険しい表情を浮かべている。
両手を合わせて祈るような真似はしない。
彼女は、そういう性格ではない。
ただ。
モニターの中の一夏から、一瞬たりとも目を逸らさなかった。
一方の琴乃は――いつも通り。
穏やかな笑みを浮かべながら試合を観戦している。
けれど。
その瞳の奥には、誰にも見せない何かがあった。
(……一夏)
箒がほんの僅かに唇を噛んだ。
その瞬間。
試合が、大きく動いた。
◇
「そこですわ!」
セシリアが叫ぶ。
レーザーを回避しながら、私はさらに距離を詰める。
あと少し。
ライフルの砲口が私を捉えるより先に、間合いへ入る。
これなら――確実に一撃を入れられる。
そう思った。
その瞬間。
「――かかりましたわ」
セシリアが笑った。
にやり、と。
嫌な笑み。
「……!」
ヴンッ――!
セシリアの腰部。
スカート状に展開されていたアーマーが変形する。
その突起部分が外れ――
こちらへ向けて動いた。
「奥の手ですわ!」
「……!」
まずい。
回避が――間に合わない。
しかも、これは先ほどまでのレーザー射撃ではない。
形状。
軌道。
推進方式。
分析。
『弾道型――ミサイルです』
イオナの声。
「っ……!」
次の瞬間。
ドカァァァァンッ!!
凄まじい爆発が、視界を覆った。
赤を通り越して白い光。
衝撃。
爆炎。
そして黒煙。
私は、その中心へと完全に飲み込まれた。
◇
「一夏っ……!」
モニターを見つめていた箒が、思わず叫んだ。
先ほどまで騒いでいた千冬と真耶も、今は完全に黙っている。
モニターいっぱいに広がる黒煙。
「終わりましたね……」
真耶が呟いた。
しかし。
琴乃だけは違った。
「……」
静かに画面を見つめている。
その表情には――
焦りも。
驚きも。
悲しみもない。
むしろ。
「さあ……」
琴乃が、小さく呟いた。
「仕掛けないとね」
その声に応えるように。
黒煙が――弾けた。
ドンッ!!
まるで内側から吹き飛ばされたように、煙が四方へ散っていく。
そして。
その中心に立っていたのは――
蒼い機体。
傷一つない。
「な……」
セシリアの声が、アリーナに響いた。
◇
「ま、まさか……」
セシリアの顔から血の気が引いていく。
「クライン・フィールド!?」
私の周囲に展開された、六角形の光。
霧の艦隊が持つ絶対防御。
「な、なんで……!?」
セシリアは混乱している。
当然だ。
彼女は今まで、それを見たことがない。
ISの装備をすべて使っても突破できないほどの防御。
それが――今、目の前に存在している。
「なぜ、霧のバリアを……!」
「……」
私は答えない。
イオナが静かに告げる。
『マスター』
「うん」
『勝負を終わらせます』
「そうだね」
私は右手を伸ばした。
「――解放!」
光が集まる。
形を成す。
現れたのは――
《雪片弐型》。
「――『零落白夜』!!」
蒼い機体が、一瞬で加速した。
「な――」
セシリアが目を見開く。
距離が消える。
一瞬。
二人の間にあった数十メートルが、ゼロになる。
私はセシリアの懐へ飛び込んだ。
そして。
雪片弐型が強烈な光を放つ。
下段から――
上段へ。
一閃。
「――――っ!」
その瞬間。
アリーナへ、無機質なアナウンスが響き渡った。
『試合終了』
『勝者――織斑一夏』
静寂。
ほんの数秒。
それから。
私はゆっくりと雪片弐型を下ろした。
……終わった。
私とセシリアの喧嘩は――
私の勝ちで幕を閉じた。