IS~空を舞う蒼き鋼~   作:ぬっく~

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第9話

そして翌週、月曜日。

 

セシリア・オルコットとの対決の日がやってきた。

 

……とはいえ。

 

あの日から今日まで、特に何か大きな事件があったわけではない。

 

マドカちゃんはムサシちゃんのところへ預けられ、そのまま現在に至る。

 

本当に、それだけだった。

 

なので――ここは潔く、今日まで時間を飛ばそう。

 

◇

 

「準備はいいか?」

 

第三アリーナ・Aピット。

 

試合開始を間近に控えた私へ、千冬姉が声をかける。

 

その隣には山田先生もいる。

 

「うん。大丈夫だよ、千冬姉」

 

「……そうか」

 

短く答えた千冬姉は、私をじっと見る。

 

その視線に含まれているのは、教師としての厳しさだけではない。

 

姉としての心配も、ほんの少しだけ混じっていた。

 

「じゃあ、行こうか」

 

私は右腕に装着している銀色のアクセサリー――琴乃からもらったブレスレットを握る。

 

瞬間。

 

シュンッ――。

 

光の粒子が周囲へ広がった。

 

銀色の光が私の身体を包み込み、次々と形を変えていく。

 

腕を。

 

脚を。

 

胴体を。

 

そして頭部を。

 

展開されたのは、蒼を基調とした装甲。

 

まるで中世の騎士を思わせる、重厚でありながら美しいデザイン。

 

蒼い鋼。

 

それが、私のISだった。

 

「――一暴れしましょうか、イオナ!」

 

『はい。マスター』

 

頭の中に、いつもの落ち着いた声が響く。

 

その声を聞いた瞬間、自然と口元が緩んだ。

 

さあ。

 

始めよう。

 

◇

 

「まあ。逃げずに来ましたのね」

 

アリーナへ出ると、正面からセシリアの声が飛んできた。

 

腰に手を当て、ふふん、と鼻を鳴らす。

 

相変わらず様になっている。

 

……まあ、私のハイパーセンサーはそんなところを評価してはいない。

 

視界に映るのは、彼女が纏うIS。

 

鮮やかな青色の機体――『ブルー・ティアーズ』。

 

背中には四枚の特徴的なフィン・アーマーが展開されている。

 

その姿には、どこか王国の騎士を思わせる気高さがあった。

 

そしてセシリアの手に握られているのは、二メートルを超える長大な銃器。

 

《六七口径特殊レーザーライフル――スターライトmkⅢ》

 

データ照合。

 

一致。

 

ISはそもそも宇宙空間での活動を想定して開発された兵器だ。

 

だからこそ、自分の身長よりも遥かに大きな武器を扱うこと自体は、そう珍しいことではない。

 

アリーナ・ステージの直径は二百メートル。

 

発射から目標到達までの予測時間――約0.4秒。

 

すでに試合開始の鐘は鳴っている。

 

つまり。

 

いつ撃ってきてもおかしくない。

 

「最後のチャンスを差し上げますわ」

 

セシリアが腰に当てていた手をこちらへ向ける。

 

そして、びしっと人差し指を突きつけた。

 

左手のスターライトmkⅢは、まだ銃口を下げたまま。

 

随分と余裕があるらしい。

 

「チャンスって?」

 

「わたくしが一方的な勝利を収めることは明白ですもの」

 

セシリアは自信満々に笑う。

 

「ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ――今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくってよ?」

 

「……」

 

その言葉を聞きながら、私は黙ってセシリアを見る。

 

その直後。

 

『警戒』

 

イオナの声が響いた。

 

『敵IS操縦者、左眼部を射撃モードへ移行』

 

続けて。

 

『セーフティ・ロック解除を確認』

 

……なるほど。

 

口では余裕を見せながら、すでに戦闘準備は整えている。

 

私は一度、深く息を吸った。

 

イオナから送られてくる情報を、頭の中で整理する。

 

そうしないと――

 

本当に、あっという間に殺してしまいそうだった。

 

セシリアを。

 

「そういうのは、チャンスとは言わないよ」

 

「そう? 残念ですわ」

 

セシリアの笑みが深くなる。

 

「それなら――」

 

『警告』

 

イオナの声が一段鋭くなった。

 

『敵IS、射撃体勢へ移行』

 

トリガー確認。

 

初弾エネルギー装填。

 

「お別れですわね!」

 

キュインッ――!

 

耳をつんざくような独特の音。

 

次の瞬間。

 

一直線の閃光が私へ迫った。

 

「遅いわ……」

 

身体をほんの僅かに逸らす。

 

閃光が頬の横を通過した。

 

「っ!?」

 

セシリアの目が見開かれる。

 

私はそのまま彼女を見返した。

 

「どうしたの?」

 

一歩。

 

距離を詰める。

 

「代表候補生だって聞いたから、もう少し期待してたんだけど……」

 

「お、お黙りなさい!!」

 

セシリアの顔が怒りに染まった。

 

「いいですわ! そこまで言うのでしたら、わたくしの本気を見せてあげますわ!!」

 

スターライトmkⅢがこちらを向く。

 

「さあ、踊りなさい!」

 

フィン・アーマーが展開する。

 

「わたくし、セシリア・オルコットと――」

 

照準。

 

ロック。

 

「ブルー・ティアーズの奏でる――」

 

発射。

 

「円舞曲(ワルツ)で!!」

 

――ドドドドドドッ!!

 

射撃。

 

射撃。

 

射撃。

 

射撃。

 

まるで弾雨。

 

青白いレーザーが、あらゆる角度から私へ殺到する。

 

けれど。

 

当たらない。

 

一発も。

 

右へ。

 

左へ。

 

上へ。

 

下へ。

 

時には、ほんの数センチだけ身体をずらす。

 

まるで最初から、どこに攻撃が飛んでくるのか知っているかのように。

 

「な……」

 

セシリアの表情が引きつった。

 

「どうして……!?」

 

理由は簡単だ。

 

彼女の射撃は正確だった。

 

普通のIS操縦者なら、一発。

 

いや、二発くらいは被弾していてもおかしくない。

 

けれど――

 

相手が悪かった。

 

セシリアが今、相手をしているのは。

 

ただのIS操縦者ではない。

 

『蒼き鋼』。

 

霧の艦隊と戦い、生き残ることを前提とした組織。

 

その専属パイロット。

 

それが――私だった。

 

◇

 

「はぁぁ……すごいですねぇ、織斑さん……」

 

第三アリーナ・Aピット。

 

リアルタイムモニターを見つめながら、山田真耶は思わず感嘆の声を漏らした。

 

画面の中では、一夏がレーザーの雨を紙一重で回避し続けている。

 

対して。

 

千冬は腕を組み、険しい表情でモニターを睨んでいた。

 

「あいつ……」

 

「え?」

 

「一体、どれだけの死線を潜り抜けてきたんだ」

 

「……え?」

 

真耶が目を瞬かせる。

 

千冬はモニターから目を離さない。

 

「あそこまで綺麗に避けることなど、一般人にはできない」

 

「……」

 

「企業所属のISパイロットでも同じだ。訓練された人間ならともかく、あれほど自然に攻撃を読めるはずがない」

 

そして千冬は、ほんの僅かに目を細めた。

 

「だが、織斑はやっている」

 

「……」

 

「まるで、何度も同じような状況を経験しているかのようにな」

 

真耶はしばらくモニターを見つめ――

 

「あはは……」

 

苦笑した。

 

「さすがご姉弟ですねー。そんな細かいところまで分かるなんて」

 

「……!」

 

その言葉に、千冬が一瞬固まる。

 

「ま、まあ……」

 

僅かに視線を逸らしながら。

 

「あれでも一応、私の妹だからな……」

 

「まあ!」

 

真耶の顔がぱっと明るくなる。

 

「照れてるんですかー?」

 

「…………」

 

「照れてるんですねー?」

 

「………………」

 

「織斑先生、妹さんのことになると――」

 

ギリリリリッ。

 

「いたたたたたたっ!!」

 

千冬の腕が真耶の首に回った。

 

見事なヘッドロック。

 

「わ、私はからかわれるのが嫌いだ……!」

 

「は、はいっ! 分かりましたから! 離して――あうううっ!!」

 

しばらくアリーナのピットには、真耶の悲鳴が響き渡った。

 

そんな二人をよそに。

 

真耶はふと、真剣な顔をモニターへ向ける。

 

「……ところで」

 

「なんだ」

 

「やっぱり、『蒼き鋼』の噂は本当なんでしょうか?」

 

千冬の表情が変わる。

 

「……噂?」

 

「霧の戦艦を捕獲した、という話です」

 

「分からん」

 

千冬は即答した。

 

「だが――」

 

モニターの中で、再びレーザーを回避する一夏を見る。

 

「今の世界に風穴を開けた存在なのは間違いない」

 

霧の艦隊。

 

世界中の海と空を支配し、人類の兵器を圧倒した存在。

 

どの国も。

 

どの軍隊も。

 

どのIS部隊も。

 

まともに対抗することすらできなかった。

 

そんな絶望的な状況の中に現れたのが――『蒼き鋼』だった。

 

霧に対抗できる技術を持つ、唯一の企業。

 

そして、日本への物資輸送を成功させている存在。

 

だからこそ。

 

世界は彼女たちを救世主と見る者と、霧に魂を売った裏切り者と見る者に分かれていた。

 

その話をしている間も。

 

二人はモニターを見つめ続けていた。

 

篠ノ之箒。

 

そして――天羽琴乃。

 

箒は険しい表情を浮かべている。

 

両手を合わせて祈るような真似はしない。

 

彼女は、そういう性格ではない。

 

ただ。

 

モニターの中の一夏から、一瞬たりとも目を逸らさなかった。

 

一方の琴乃は――いつも通り。

 

穏やかな笑みを浮かべながら試合を観戦している。

 

けれど。

 

その瞳の奥には、誰にも見せない何かがあった。

 

(……一夏)

 

箒がほんの僅かに唇を噛んだ。

 

その瞬間。

 

試合が、大きく動いた。

 

◇

 

「そこですわ!」

 

セシリアが叫ぶ。

 

レーザーを回避しながら、私はさらに距離を詰める。

 

あと少し。

 

ライフルの砲口が私を捉えるより先に、間合いへ入る。

 

これなら――確実に一撃を入れられる。

 

そう思った。

 

その瞬間。

 

「――かかりましたわ」

 

セシリアが笑った。

 

にやり、と。

 

嫌な笑み。

 

「……!」

 

ヴンッ――!

 

セシリアの腰部。

 

スカート状に展開されていたアーマーが変形する。

 

その突起部分が外れ――

 

こちらへ向けて動いた。

 

「奥の手ですわ!」

 

「……!」

 

まずい。

 

回避が――間に合わない。

 

しかも、これは先ほどまでのレーザー射撃ではない。

 

形状。

 

軌道。

 

推進方式。

 

分析。

 

『弾道型――ミサイルです』

 

イオナの声。

 

「っ……!」

 

次の瞬間。

 

ドカァァァァンッ!!

 

凄まじい爆発が、視界を覆った。

 

赤を通り越して白い光。

 

衝撃。

 

爆炎。

 

そして黒煙。

 

私は、その中心へと完全に飲み込まれた。

 

◇

 

「一夏っ……!」

 

モニターを見つめていた箒が、思わず叫んだ。

 

先ほどまで騒いでいた千冬と真耶も、今は完全に黙っている。

 

モニターいっぱいに広がる黒煙。

 

「終わりましたね……」

 

真耶が呟いた。

 

しかし。

 

琴乃だけは違った。

 

「……」

 

静かに画面を見つめている。

 

その表情には――

 

焦りも。

 

驚きも。

 

悲しみもない。

 

むしろ。

 

「さあ……」

 

琴乃が、小さく呟いた。

 

「仕掛けないとね」

 

その声に応えるように。

 

黒煙が――弾けた。

 

ドンッ!!

 

まるで内側から吹き飛ばされたように、煙が四方へ散っていく。

 

そして。

 

その中心に立っていたのは――

 

蒼い機体。

 

傷一つない。

 

「な……」

 

セシリアの声が、アリーナに響いた。

 

◇

 

「ま、まさか……」

 

セシリアの顔から血の気が引いていく。

 

「クライン・フィールド!?」

 

私の周囲に展開された、六角形の光。

 

霧の艦隊が持つ絶対防御。

 

「な、なんで……!?」

 

セシリアは混乱している。

 

当然だ。

 

彼女は今まで、それを見たことがない。

 

ISの装備をすべて使っても突破できないほどの防御。

 

それが――今、目の前に存在している。

 

「なぜ、霧のバリアを……!」

 

「……」

 

私は答えない。

 

イオナが静かに告げる。

 

『マスター』

 

「うん」

 

『勝負を終わらせます』

 

「そうだね」

 

私は右手を伸ばした。

 

「――解放!」

 

光が集まる。

 

形を成す。

 

現れたのは――

 

《雪片弐型》。

 

「――『零落白夜』!!」

 

蒼い機体が、一瞬で加速した。

 

「な――」

 

セシリアが目を見開く。

 

距離が消える。

 

一瞬。

 

二人の間にあった数十メートルが、ゼロになる。

 

私はセシリアの懐へ飛び込んだ。

 

そして。

 

雪片弐型が強烈な光を放つ。

 

下段から――

 

上段へ。

 

一閃。

 

「――――っ!」

 

その瞬間。

 

アリーナへ、無機質なアナウンスが響き渡った。

 

『試合終了』

 

『勝者――織斑一夏』

 

静寂。

 

ほんの数秒。

 

それから。

 

私はゆっくりと雪片弐型を下ろした。

 

……終わった。

 

私とセシリアの喧嘩は――

 

私の勝ちで幕を閉じた。

 

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