「あ、そうだケンイチ。明日からしばらく、この部屋に白雪が来ることになったから、よろしくね」
夕食を終えその後片付けをしている兼一にアリアはそう告げる。なんというか、男子寮の部屋なのに女子が来るのはいいのだろうかと甚だ疑問ではあるものの、すでに決まっていることらしいので、兼一にはあいまいな笑みを浮かべて頷くことしかできない。繰り返すがここは男子寮であり、そこに住まう住人に対して事後承諾である。
ふと見る場所を変えると、キンジが非常に申し訳なさそうな顔の前で両手を合わせていた。
「うん、まあいいけど……なんで?」
白雪とは知らぬ仲ではないためそこまで目くじらを立てることはないが、理由を知りたいと思うのは人として当然であろう。
けれど、兼一の問いは正しく伝わらなかったようだ。
「ボディーガードよ」
「…………」
「だーかーら、ボディーガードよ。分かった?」
兼一は再びあいまいな笑みを浮かべ頷くことになった。
言葉は通じているのに会話が成立しない。ちょっとした心霊現象である。
ちなみにこのボディーガードというものは、武偵の中では割とメジャーな依頼である。
「あのですね、兼一さん――」
話の通じないアリアの代わりにこめかみを抑えたキンジが口を開いた。
その説明によると、なんでも白雪が『
またそれだけなら別にアリアとキンジのペアである必要はなかったのだが、
「
という事情があったようだ。
アリアにとって捕まえるべき敵であるため、この機会を逃すわけにはいかないのだ。
キンジとアリア二人の説明を受けて兼一はようやく得心がいった。
「そっか。それじゃあ今度こそ捕まえようか」
「当たり前でしょ」
アリアの母親に対する深い愛情を知っている兼一は、ハイジャックの時のこともあり今回も協力を惜しまない。
「いや二人とも待ってくださいよ。そもそも
しかし、キンジはその存在そのものに対して懐疑的である。
武偵は警察権を持っている。そのため、見切り発車や思い込みによる視野の狭まりは避ける必要があるのだ。
また、ボディーガードをするに当たっても障害を一つだけと決めつけるのは問題であろうことだ。
「そっか、それならその辺りの真偽についても調べなきゃいけないね。その
キンジの言い方がアリアの何かに触れ、今にも噛み付こうとしているのを感じ取ったのか、取り成すように兼一は告げた。
兼一としても
だが、自身の調査能力だけで尻尾をつかめるとも思えない。そのため、宇宙人の皮をかぶった悪魔に頼む必要が出てくるであろう未来予想図に、秘かに顔を歪めるのだった。
翌日、アリアは朝から忙しそうに出かけて行き、昼を少し過ぎたころに戻ってきた。その両手にはそれなりの量の赤外線探知器があった。どうやら購買部に行っていたらしい。
そうしてアリアが要塞化計画のために設置作業に取り掛かり始めると、丁度白雪がやって来る。その出迎えのためキンジは寮の入口へと向かう。
車輌科の武藤が軽トラで荷物を運んでくれたらしい。普段の彼を知るキンジとしては、そんなに勤労意欲があるのかと、疑問を持つほどに機敏な動きで荷解きをしていた。
武偵はその性質上各種運転免許が必要となるため、特例として前倒しの取得が可能である。因みにこの男武藤剛気は乗り物と名の付くものなら何でも乗りこなせる(免許の有無は置いておく)。
キンジと白雪が合流する際ひと悶着あったが、それは些細なことであるため割愛する。
部屋への荷物の運び入れが終わった頃、アリアの要塞化計画も折り返しを迎えたらしく作業の場をベランダに移していた。先日行われた白雪との戦闘でいい感じに壊れていたため予定より早く進んでいるらしい。
手持無沙汰のキンジに対して、危険物のチェックを命じることも忘れない。
同室の住人である兼一を使わないのは、これを受けたのが自分たちの独断であり、手伝わせるのはお門違いという考えゆえだろう。更に言えば朝出かけたっきり戻ってきていないから頼むこともできない。
白雪はというとその持ち前の家事スキルの高さを活かして、部屋の掃除をしている。ただしその掃除は少しばかりレベルが違っていた。端的に言うと三時間足らずであの戦場跡や暴風の直撃したかのような部屋を元通り以上にしてみせたのだ。
アリアより承った指令を実行しているキンジは絶句していた。
(えっ、いや、えっ、これはマズイ)
途中までは問題なかった。タンスの周囲を確認しても特に何か仕掛けられた形跡はなかった。
こうなった原因はその後だ。
引き出しを開け中身を調べる。最初に開けた引き出しの中身は化粧品の類だった。中を調べるが、当然異常はない。そして、次の引き出しを開けた。
中にあったのは綺麗に一つずつ折りたたまれ、『ふつう』と『勝負』に白木の札で区分けされている白と黒の布だった。白は『ふつう』、黒は『勝負』である。それらはともすれば上等な菓子折りにさえ見えるくらいに折り目正しく整列していた。
それと同時に危険物だった。ただしキンジにとっての……
この引き出しの中に入っている白と黒の布の正体は下着であった。つまり『勝負』とは勝負下着のことであるのだ。
お淑やかで慎ましい大和撫子を体現したようなこの少女。しかしここぞという場面では、Gストリングやローライズと称されるいわゆる大人向けの下着を身に着けるのだ。
そしてキンジは始業式の日のことを思い出した。その日やって来た彼女の胸元がはだけた際、黒の下着を身に着けているのを見てしまったのだ。
「どうしたのキンちゃん?」
見つけてしまった危険物に呆然としているキンジの背中に白雪は声をかける。
「な、なんでもないぞ。そ、それよりそっちは……夕飯の準備か?」
「う、うん。今日は中華にしようかなって」
制服の上にフリル付きのエプロンを重ねた姿を見たキンジは、ごまかすように口早に言った。けれど、その女性らしい体つきに視線が行ってしまうのは悲しい男の性。そしてその際に、服の下を『勝負』のもので想像することは仕方のないことだ。
こうして、キンジの苦悩はしばらく続く。
白雪に対してのヒステリア系の悩みが終わると、アリアとのちょっとしたやり取りが気にくわなかったのであろう彼女のヤンデレ気味の雰囲気に肝を冷やすことになるのは、ほんの少し先の話である。
白雪の引っ越し作業が始まったころ兼一は、昨日感じた視線の主を探していた。
(うーん、いるのはあそこで間違いないだろうけど……さすがに行きにくいよ)
探すという作業は昨日の段階でほぼ終わっている。適当に寄り道をしながら帰った際に、定点からの視線であることを理解している。そして、その視線がどこから注がれているものかも。
だったらさっさとそこに行けばいいではないかと思うだろうが、そうは問屋が卸さない。兼一も考えての通り生きにくい場所なのだ。
「男のボクが女子寮に行くのは気が引けるよ」
そう、その視線は女子寮の一室からのものであった。視線を感じた一室の様子を離れた位置から伺いながら兼一はぼやく。
これが彼の師の一人である馬剣星なら喜び勇んで突撃をかましただろう。彼は、本能に忠実に生きるタイプ人間なのだ。
兼一も師のそういう一面をわずかながら受け継いでいるが、世間体やらなんやらというものによってそこまでオープンになれない。それが普通なのだが……
また、命の危険が迫っているなどの緊急性が高ければ、そんなもの棚上げして突入しただろう。しかしその実態は、ただ監視されてるだけなのだ。これはますますもって行くことが躊躇われる。
そういったわけで現在、手を出すに出せない状況にあるのだ。
加えて言えば、今のところ監視の視線を感じないというのも理由の一つに挙げられるだあろう。
それはつまり、昨日の視線の正体は監視ではなく観察だったという可能性が出てくるということだ。
「ま、成り行きに任せようかな」
そう結論付ける兼一は、良い感じに梁山泊色に染まっている。まあ、命を狙われるのが日常だった頃があるのだから、ただ見張られているだけなら気持ちとしてはかなり楽になるだろう。
「なんか雲行きが怪しいな」
急に影が差してきたため空を見上げた兼一はそう呟いて、その場を去るのだった。
そのあと軽く(兼一主観の)汗を流した後寮に帰り、そこでまた軽いひと悶着があるのだが……犬も食わないような女同士の醜い争いであり特筆する点もないので割愛する。
まずまずの速さなんじゃないかな(棒読み)
文字数をもう少し増やしていきたいと思う今日この頃、平均五千字に持っていくにはこの次からしばらく一万字とか書かなきゃいかん気がするな……
前書きでもありますが加筆修正しました。と言ってもそんな大層なものじゃないですが……
感想ありがとうございます。
前回の更新から感想返し再開しました。
それではまたその内