私ですね
というわけで後編です
「痛ってぇ……ここどこだよ」
爆発の余波に巻き込まれ、グラウンドの片隅にある体育倉庫の扉を突き破ったところまではキンジの記憶にある。けれど、そこから先については意識がなく記憶にない。
どうにか動こうとするも、何かに邪魔をされ思うように動けない。徐々に頭が醒めて跳び箱の中にはまっていることを理解する。
(なんつう奇跡だよこれ)
確かにキンジの思うとおりだろう。跳び箱の1段目だけを見事に吹き飛ばし、綺麗に収まっているこの状況は神がかっている。しかし、それだけではない。
キンジの鼻孔をくすぐる甘酸っぱい香り。脇腹を両側から挟む心地の良い弾力。両肩にある不自然な重み。キンジ本人はまだ気が付いていないが、パラグライダーを用いて映画さながらに助けてくれた少女を抱っこしている状態になっている。
時間にして5秒は経っていないだろう、キンジは自身の身に降りかかった事態を正しく把握した。それと同時に危機感を覚える。
(こういうのはダメなんだ)
だが、そんな意思を嘲笑うかのようにそれは進んで行く。
「お、おい」
声を掛けるが少女の意識はまだ戻っていないようで返事がない。そして、声をかけるために視線をずらしたキンジは気が付いてしまった。少女がその小学生と勘違いされても仕方のない体格と合わさり、人形の様に可愛らしいことに。
自転車をこいでいる時は必死だったため意識することがなかったことだ。そして、天秤が悪い方に傾きそうになった時、キンジの鼻を何かがくすぐった。
『神崎・H・アリア』
(なんでこんな高い位置に名札があるんだ?)
キンジの疑問の答えを眼前の光景から理解した。
ここに転がり込んだ時の勢いでブラウスが首の辺りまでめくれ上がった結果、トランプのマークが広がるファンシーな下着が丸出しになっている。そしてそこから出ている『 65A→B 』というタグ等に救われた。
生前の兄が詳しかったことからキンジはこの表記の意味を理解した。アリアのつけているこの下着、プッシュアップ・プランジ・ブラというもので、俗に言う「寄せてあげるブラ」だ。つまり、アリアはAカップをBカップにしようと画策していたようだ。結果は言わぬが花であろう。
こうして、キンジは危機を乗り切った……かのように見えたが、現実はそう甘くなく、優しくもない。
「ヘ……ヘ……ヘンタイ――――!」
突如響き渡るのは鼻にかかった幼い声。
キンジが呆然としていると、意識を取り戻したらしいアリアが状況を盛大に誤解している。素早くブラウスを下ろすと、腕が曲がっているためにうまく力の籠らないハンマーパンチをキンジの頭に落としだした。
「おい、やめろ! 誤解だ」
キンジがそう主張するも、羞恥の炎を消そうと必死なアリアの耳には届かない。意識を取り戻した時に服が肌蹴ていたのだから、勘違いもやむなしではある。
止むことのないと思われた拳の雨は突然終わった。
「どう――」
「静かに」
キンジの口を手で押さえ、言葉を呑みこませると、声を潜めてアリアは命じた。
「『武偵殺し』……は出てこないはず。だったら一体」
「何言ってんだ」
キンジに体を押し付け、外から隠れるアリアはそう呟く。その真剣な表情に見惚れていたキンジは、体に触れる感触への反応が1つ遅れた。
「おいっ」
キンジが言葉を続けようとした時、変化が起きる。ふとももに着けているホルスターから黒の大型拳銃を取り出すと、跳び箱から乗り出し、体育倉庫の入り口に銃口を向けた。
(これは、アウトだ)
アリアが跳び箱から身を乗り出したため、キンジの顔にその慎ましやかな胸が押し付けられた。控え目ながらその存在を主張する柔らかさが、キンジの心の奥にある禁じられた扉を開いてしまった。キンジにとって忌まわしき力が覚醒し、ヒステリアモードになった。
銃弾が何かにぶつかる音がした。
「そこにいるのは分かってるわ。ゆっくり出てきなさい。じゃないと風穴開けるわよ」
「アリア、銃を下ろすんだ。あの人は敵じゃない」
「あんた何言ってんのよ」
「兼一さん、出てきても大丈夫ですよ。お姫様は落ち着きました」
纏う雰囲気が豹変したキンジに、アリアが怪訝そうな顔を向ける。けれど、そんなことに頓着することなく、扉の影にいる人物を名指しする。
「その感じ……入ってるね。そっちも出てきなよ」
影から出てきた兼一。その呼びかけに応じ、アリアをお姫様抱っこしてキンジは跳び箱から出る。
「怪我がないようでよかったよ」
微塵も心配した様子のない表情でケンイチは言う。
「アリア姫が助けてくれたからね。そう言えばお礼がまだだったね。ありがとう姫」
キンジは普段とは打って変わり、歯の浮くようなセリフとともにアリアへ感謝の言葉を伝える。
「あ、アンタ、どうしたのよ!? 頭を叩きすぎておかしくなったの」
そんなキンジの様子を見て、狼狽えるアリア。だからと言って、それに構うような人間は少なくともこの場にはいない。
「結局、新学期早々遅刻だね」
「すいませんね兼一さん」
兼一とキンジは肩を並べて体育倉庫を後にしようとする。
「待ちなさい! 強猥犯!」
跳び箱に隠れたアリアの声がキンジの背中に向かう。どうやら最初の爆発でスカートのホックが壊れたようだ。
「アリア。それは悲しい誤解だ。あれは不可抗力ってやつだよ。理解してほしい」
言いながらキンジはズボンのベルトを外し、アリアのいる跳び箱に投げ入れた。
「あれが、不可抗力ですって!?」
ベルトで止めたスカートを押さえつつ、飛び出し、アリアは2人の前に立つ。兼一は、アリアが屋上に立っていた時点でその身長をほぼ正確に把握していたため特に驚きはしなかったが、キンジは改めてその小ささに驚いた。
「気絶しているスキに、ふ、服を、ぬ、ぬ、脱がそうとしてたし、そそ、それに、むむ、胸、見てたじゃない! これは事実!」
床を仇のように踏みつけながらアリアは絶叫する。それを聞いた兼一はキンジを蔑むように見る。
「アリアも兼一さんも冷静に考えよう。俺は今日から二年の高校生。中学生を脱がしたりするはずがないだろう? 年が離れているんだから」
諭すように優しく告げるキンジであるが、アリアは口を空回りさせながら手を振り上げた。そして、キンジを睨み付ける。
「キンジくん、アリアちゃんはインターンで入って来た小学生だよ」
兼一は小さくキンジに伝えるが、その言葉はアリアの耳に届いてしまった。白浜兼一という男の持つ悪癖『他人の心の地雷を無自覚に踏む』が発動してしまった。
アリアが戦慄きながら床を踏みつけると、とうとう弾け木片が飛び散った。揮える唇で何かを言っているが、言葉になっていない。
突然、アリアは2丁の拳銃を構えると、2人の足元に2発の銃弾を打ち込んだ。
「 あ た し は 高 2 だ !! 」
叫ぶと同時に床を蹴りキンジに肉薄し、至近距離から銃を向けるアリア。それに対しキンジは突き出された両腕を両脇に抱え込む。するとアリアは反射的に引き金を引く。
背後の床が悲鳴を上げる。それとは別の音が聞こえ、キンジは両の拳銃とも弾切れになったことを理解する。
キンジとアリアは取っ組み合うようにしている。それも一瞬のことで、アリアが体を捻りキンジを投げる。
(すごいな、アリアちゃん)
その動きを見た兼一は胸中で感心する。ちなみに兼一は『岬越寺 柳葉揺らし』という技をアリアの接近に際して使用している。この技は柔術特有の重心や動きを錯覚させる動きを、相手の目の動きよりも速く行うことで透けていくように錯覚を見せながら相手の死角に入るというものである。
(油断した。この子徒手格闘もなかなか巧い)
受け身を取ったキンジはそのまま外に出る。
「逃がさないわよ! 私は逃走する犯人を取り逃したことは1度もない!」
叫びながら、予備の弾倉を探しているアリア。
その探し物は投げられた際にキンジがスリ取っていた。この男もなかなかに常識離れしたことをしている。
「ごめんよ」
一言謝ると、スリ取ったものを茂みに向かって投げる。それを目にしたアリアは拳銃をホルスターに戻すと、セーラー服に忍ばせていた刀を二刀流で抜いた。
それを見て唖然とするキンジに、先程見せたよりも素早く接近し、両肩めがけて突き出してくる。それをどうにか凌ぐも、追撃をするためにアリアが踏み込む。
「えっ、わっ、きゃ」
しかしそれは地面に転がる銃弾に足を取られ不発に終わる。アリアはすぐに立ち上がるが、その僅かな時間でキンジの姿は消えていた。無論、兼一がキンジを脇に抱え走り去ったというだけである。
「強猥男! ともう1人の侮辱男! でっかい風穴あけてやるんだからぁ!」
アリアの捨て台詞のような叫びは虚しく空に消えて行った。
それが、白浜兼一と遠山キンジと。
後に『緋弾のアリア』として名を馳せる神崎・H・アリアの出会いだった。
原作1巻第1章が終了
雑な戦闘シーンですね。すいません
今の所順調に更新できていますが、書き溜めなしなので今後間違いなく遅くなります
断言できます
ですが、最後まで書ききります
……まあ、アリアの原作がどこまで続くか分かりませんから長丁場は間違いないですね
というわけで次回がいつになるかは分かりませんが、また次回