ましてやそれが活人拳で多くの修羅場を潜り抜けた兼一なんだから……お察しください
当然のように始業式にでられなかった兼一とキンジは、時間を見て教務科に事件の報告を済ませ新しい教室に向かっている。
「キンジくん、大丈夫?」
「……」
あまりにも鬱々とした気分からか、キンジの口から何か出てはいけないものが出ているような気がする。そのため兼一は心配そうに尋ねたのだが、返事がない。
キンジがここまで落ち込んでいるのは体育倉庫での一幕、特に兼一が現れたて以降の自身の状態にある。
ヒステリア・サヴァン・シンドローム。キンジが呼ぶところの『ヒステリアモード』
この特性を持つ者は、一定量以上の恋愛時脳内物質βエンドルフィンが分泌されると、それが常人の約30倍もの量の神経伝達物質を媒介し、大脳・小脳・脊髄といった中枢神経系活動を劇的に亢進させる。そのため、論理的思考力、判断力、更には反射神経までもが飛躍的に向上するといったものでる。
簡単に言えば、性的に興奮すると、一時的に強くなるのだ。
とはいえ、真の達人の一人である兼一には遠く及ばない。なぜなら、彼ら達人は常にその非常識すぎる力を発揮することが可能である。
つまり、ヒステリアモードと達人を比較するならば、前者は地球にやって来た光の国の戦士で、後者は光の国にいる光の国の戦士という形が近いだろう。地力にも天と地ほどの差があり、また、戦闘ということに対する蓄積もまた達人たちの方がはるかに上である。
閑話休題。
キンジにとってこの体質を人に知られること――特に女子――は避けるべきことであるのだ。
その理由としてはまずヒステリアモード時の2つの欠点があるからだ。2つの欠点の内1つには、女子を何がなんでも守りたくなってしまうこと。もう1つ、キンジにとって最も耐えがたいのは、女子に対してキザな言動を取ってしまうことだ。
これら2つの欠点は、ヒステリアモードの大本にある「子孫を残すため」という本能が働くからこそ生まれたものである。そして、キンジはヒステリアモードから醒めると今のように憂鬱な気分とともに死にたいと思うようになる。
また、2つ目の理由というのは中学時代、神奈川武偵高付属中学に通っていた頃の出来事が原因だ。この体質を知った一部の女子によって利用され、彼女たちにとっての独善的な『正義の味方』をさせられていたことだ。
高校入学後は、事情を知っている兼一の助けもあり今日のあの時までは、最小限の被害でどうにか切り抜けることができていた。そのこともあり、ショックも一段と大きい。
しかし、それらを別としてもキンジは自身の持つこの体質を嫌悪している。ごくごく短い期間ではあるが、この力のことを呪ってさえいた。ある時までは、前述している欠点や経験があるものの、使いこなせるように努力をしていた。では、何がきっかけとなって、キンジにそう思わせるようになったのだろうか。
その答えは至極単純である。尊敬している兄がこの力のせいで破滅したからだ。
「ほらほら、そろそろ教室だから切り替えて」
兼一の声によってキンジの意識は現実に引き戻される。言われてすぐに切り替えれるわけはないが、多少なりともましな表情となたキンジは、兼一とともに2年A組の扉をくぐる。
「これは……なんていうか……すごい偶然だね、キンジくん」
引き攣った笑みを浮かべながら兼一がそう漏らすのは、担任の粋な計らいによって自己紹介の先陣を切ったピンクのツインテールの発言それに伴って起きた騒動のせいだ。
気が付くと、兼一の右斜め後ろでありキンジの右隣の席の住人が車輌科の優等生、武藤剛気からアリアに変わっている。更に、キンジの貸したベルトが返されたことにより、今度は兼一の左斜め後ろにいる制服をフリルだらけの機能性度外視の魔改造を施した、スィート・ロリータファッションにしている峰理子が、2人は付き合ってると騒ぎ出す。
そうなると、もう手の付けられないお祭り騒ぎ同然になる。
「兼一さん……」
キンジが頭を抱え机に突っ伏した時、2連発の銃声が鳴り響き、クラスは水を撃ったかのように静まり返る。何故なのかと問われれば、教卓の前に立つアリアが両の壁に二丁拳銃を撃っていたからであると答える。ただし、単に拳銃の発砲がされたことが原因ではない。
「れ、恋愛だなんて……くっだらない! 全員覚えておきなさい! そういうバカなこと言うヤツには 風穴あけるわよ!」
その発言のとともに拳銃から排出された空薬きょうの転がる音が、教室中に痛いほど響いた。
しかし、その沈黙を破ることが起きる。
「ねえ、アリアちゃん」
ことの一部始終を傍観していた兼一が、おもむろに口を開いた。名前を呼ばれたアリアは、ただそれだけのことにもかかわらず、体が強張るのを感じた。
「今の発砲は必要だったのかな?」
話す言葉もその口調も穏やかでありながら、周囲を圧倒する形のない力が秘められていた。
1年の3学期に転校してきたアリアはまだ知らないのだろう。白浜兼一という男は、一部の教員たちから一目どころか十目以上置かれていることを。そして、達人であるということを周囲は知らないが、稀にその片鱗を見せていることを。
故に、ここの生徒達は『白浜兼一を怒らせてはならない』という認識を共通している。
そして、先の発砲が兼一の逆鱗に触れかねないことを理解したために、静まり返っていたのだ。
「……ごめんなさい、必要じゃなかったです」
アリアは、先程の経緯を顧みる。そして、囃し立てられた気恥ずかしさから行ったことであるため謝罪をする。
「間違いを認めて、謝れるのは強い証拠だよ」
その謝罪を聞くと軽く笑いかける。クラスが安堵の吐息で満たされる。
「ま、みんなも悪乗りが過ぎたみたいだけどね」
突如として油断していた彼らに凍てつくような寒気が降りかかってきたことも、ここに追記しておく。
兼一の冷たい言葉により熱を失ったため、昼休みに入ると同時にキンジが質問責めにあうということはなかった。それでも理子は気にすることなく質問を投げつけるが、キンジは今朝アリアの存在を知ったばかりであるため答えられないでいる。
「兼一さん……っていないし」
助けを求め、兼一に縋ろうとするもその姿はない。
「ハマくんなら昼休み始まってすぐに消えちゃってたよ」
辺りを見回し兼一の姿を探すキンジに、理子がそう告げる。
(あの人は)
悪態を外に出しそうになるのを押さえ、代わりに肩を落とすキンジであった。この場にいない人間の悪口を言うことほど、みっともないことはない。
では、兼一はどこでなにをしているのかというと……屋上で昼食をとっている。
それだけであれば良かったのだが、その体勢がおかしなことになっている。屋上の入り口のある部分の壁に立って食事をしているのだ。何も知らない人が目にすれば気絶しかねない光景である。
才能のない兼一は、こうした少しの空いた時間を使ってでも鍛えていなければならない。そうでなければ、才能豊かな友人たちとの間に取り返しのつかない差が生じてしまうのだ。今は師の元を離れているのだから、より一層努力しなければならない。
余談ではあるが、兼一は校舎の外壁を歩いて屋上へとやって来たため、誰一人としてここへ来たことは知らない。
そんな時、屋上につながる階段を上る複数の音を兼一の耳は捉えた。さすがにこの光景を人に見られるのは気が引けるため、壁から降りると座って食事を再開する。
「あ、兼一さんだ」
「本当だ」
「失礼しまーす」
扉が開かれると数人の女子が姿を現した。彼女らは兼一と同じクラスで強襲科に所属する女子たちだ。見知った顔があるのに離れて食事するのも変な気がしたのか、兼一の近くに寄るとそこで弁当を広げる。手を合わせ「いただきます」と挨拶をして食事を始める。
「そういえば兼一さんも大変ですね」
1人の女子が口を開いた。
「うん、そうだよねー。アリア、朝からキンジと兼一さんのことを探ってるみたいですよ」
「そういえば私も2人のこといきなり聞かれた」
「さっきは教務科の前にいましたよ。たぶん2人の資料を漁ってるんですよ」
それを皮切りに他の女子たちも口を開く。兼一は困ったような笑顔を浮かべながら話を聞いている。
「キンジくんならともかく、僕のことなんて調べても大した収穫はないよ」
兼一がそう言った途端、女子たちは静止画になった。
「? どうしたの?」
頭の上に大量の疑問符を浮かべながら問い掛ける兼一。しかし女子たちの口から答えは返ってこない。
兼一についてアリアに訊ねられた女子はその時「探偵科だけど、強襲科にも劣らない凄みを出す時がある」と答えていた。また、上級生に対して一歩も引かないということも別の人間が答えている。
そんなわけで、大した収穫がないという兼一との間にあるズレに驚愕していたのだ。
「兼一さん、酷いですよ。昼休みといい何で見捨てるんですか」
空も茜色に染まりだす頃、男子寮の部屋にて恨みがまし視線で兼一の行動を非難するキンジ。
放課後、朝には及ばないまでも、ある程度熱を取り戻したクラスメイト達により、大量の質問で押し潰されていたキンジ。そこで、兼一に助けを求めたのだがまたしても姿がなかった。
「ごめんね」
兼一は謝る。しかし、キンジにはその謝罪が非常に軽いものに感じた。そのキンジの考えはすぐに正しいと証明される。
「命にかかわることじゃないから……ま、別にいいかなって」
続く兼一の言葉には、反省の色などなかったのだ。これにはキンジも頭を抱える。兼一の非常識さに、また一段と磨きがかかったように感じられたのだった。
「もう慣れてますからいいですけど。それにしても、新学期初日から色々あり過ぎて疲れましたよ」
物騒なことが何かと多いここでは、殺人未遂程度のことは軽く流されることであり、キンジは強襲科、兼一は梁山泊で変な慣れが付いているので、被害者であるはずなのに今朝の爆弾騒ぎも大したことではないと感じてしまう。
ただ、それと疲労とは別の話である。
「そうだね。それにしても自転車に爆弾って……愉快なことをする人もいるね」
「愉快って……仕掛けられた人の身にもなってくださいよ」
「自転車の違和感って、普通気付くでしょ。だから引っ掛かる方が悪い」
「それは否定しませんけど。でもあれって、年明けの周知メールであったヤツですかね」
「うーん、どうだろうね。それより、いい加減出た方がいいのかな?」
会話の影に隠れてはいるが、部屋のチャイムが嫌がらせのように連打されているのだ。居留守を決め込もうとする2人だったが、どうやら通用しないようだ。
「俺がでますよ」
そう言って玄関にキンジが向かう。すると、何やら騒がしくなってきた。
(いやー、もう笑うしかないね)
兼一でなくとも聞こえる大きさで行われるやり取り。
そして、リビングに姿を現したのは、今日嫌というほど目に焼き付いたピンクのツインテールだった。
「――キンジ。あたしのドレイになりなさい」
キンジに振り返りそう言った。
一応予定としてはここの話は前・中・後の三分割でやるつもりです
どこをどう省き、どう変化させるかが悩みどころであると同時に、楽しみな部分です
ではでは、また次回