パーマが一瞬だけビクッとなったのを感じ、蜜柑は強引に肩を掴んで走らせた。今はとにかく走る、ここを出る。せっかく棗が目を引きつけている今のうちに。
そうして倉庫を出た。外に出てより強く潮の匂いを感じる。止まろうとしたパーマに、「まだや」蜜柑は瞬間移動を使った。
一瞬後、2人は地面へと叩きつけられた。
「――ッ・・・・・・これで、あいつらも追って来ないやろ・・・・・・」
荷物を乗せられているかのように肩が重い。アリス、それもいくら相性がよいといっても他人のアリスの酷使のせいだった。必死に息を整えながら蜜柑は立ち上がった。
「パーマ、あんたはここにおって。結界から出て、学園も居場所を突き止めたはずやから、すぐに来てくれはる」
「あ、あなたは?」
「戻る。あいつを一人にできへんもん」
「ま、待ちなさい! あなたそんな、すごく疲れた感じなのに・・・・・・!」
パーマが必死に蜜柑を止めようとする。先生達が来るのでしょ? ならそれを待って。
「そんなん遅すぎる! だってあいつ――」
『この先にあるダイナマイトに火をつける』
『そうすれば、ここは一気に火の海だ』
あないな事言って、もしそれを本気でやったら。
棗は死んでまう。
「さ、佐倉さんっ!」
叫んだときにはもう遅い。蜜柑の姿は消えていた。
大丈夫。絶対連れ戻して来るから。
瞬間移動で倉庫の前まで戻る。疲労のせいかぐらっと頭が揺れてうまく着地できず、地面に投げ出された。起き上がらんと・・・・・・。心臓がドクドク鳴っているのを感じる。やばい、やばい。だけどまだ駄目だ、やることがある。
立ち上がって、一気に扉を開け放った。
「――棗ッ!」
たった1人で敵と相対する少年の手には巨大な炎。アリスを使おうとしている。
「あかんッ!」
彼が手を振り上げるのと、蜜柑が彼を突き飛ばしたのはほぼ同時だった。勢いよくコンクリートの床へ倒れ込む。一秒、二秒待っても爆発音はしない。間に合ったのだ。
ほっとしながら蜜柑は起き上がったが、すぐに顔を険しくさせた。
「こんのドアホゥッ!」
棗の胸ぐらを掴み引き寄せる。
「何1人で自爆しようとしとんねん!」
「何で・・・・・・っ、戻ってきやがった」
「当たり前やろ、あんたを1人で死なせるつもりなんてさらさらないわ! あんた犠牲になって逃げたところでウチもパーマもなんも嬉しくあらへん!」
あまりに怒っていて、油断していた。
「『――力を抜けっ!』」
無効化を張り巡らす暇もない。棗の身体から力が抜けた。ぐったりと倒れ込むのを慌てて支えこむ。
「馬鹿だねぇ、お前。せっかくのこいつの作戦を水の泡にしちゃって」
にやにやと笑うレオの視線を蜜柑は真っ向から受け止めた。あろうことか、自信たっぷりに笑い返してやった。
「馬鹿はあんたや、レオ。ウチを誘拐して、ただですむわけがあらへん」
パーマが逃げたことで居場所はほぼ特定されている。倉庫が見つかるのも時間の問題。加えて、蜜柑を誘拐されたと知った初校長はきっと怒り狂っているだろう。手に取るように分かる。
何も知らないレオは自信がどこから来るのかと、訝しげに目を細めた。だがそれも一瞬。
「ガキ2人、それも1人はそんな状態で何ができる? おいお前ら――」
部下を振り返って、レオは唖然とした。ばたばたと倒れている黒服共。レオのアリスは味方をも地に伏さしてしまっていたのだ。
「自業自得や」
隙ありとばかりにセメントの粉を掴み投げつける。一瞬ひるんだレオの隙をついて棗の肩を担いで駆けだした。追え、と命令する声が次第に遠ざかっていく。
倉庫を出ればアリスが使える。しかし、蜜柑の疲労は限界に達していた。瞬間移動のアリスを使おうと思っても、頭がくらくらして思うように使えない。これではあらぬところに移動してしまう。とにかく、倉庫からできるだけ遠くへと行かなければ。
道の角を曲がった。生憎そこは階段、二人して足を滑らせてしまいずざざっと階段を転がり落ちた。殴打される背中。
「いっつぅ――・・・・・・」
棗が蜜柑の下になってしまっていた。慌てて退きながら起きれる? と訊ねる。返答がない。いや、なにか小声で言っている。
「逃げろ」
「え」
「お前一人で、逃げろ――お前一人なら逃げられる」
意味を解した途端、蜜柑の顔に怒気が広がる。
「・・・・・・何言うてんねん! ここまできて!」
「2人して捕まるよりゃましだろ・・・・・・俺は足手まといだ。それくらい分かれ、馬鹿」
睨むように見上げてくる赤い瞳に、蜜柑の何かが切れた。
「――ふざけんなやッ!! あんたさっきから何様や! 自分一人犠牲にしようとして――学園にはみんながおるのに! ルカぴょんや蛍や、みんなが待ってるのに! ウチらが帰るのをきっと待っててくれておるのに!」
棗は何も言えなかった。出会って2年、蜜柑がここまで怒りを露わにしたことはなかった。
「なんのためにわざわざ戻ってあんた連れ戻した思っておるんや」
3人で帰るためだ。
ばたばたと足音が響いてくる。それと声も。すぐにここにも来るはずだ。近くに落ちていた鉄パイプを拾って構える。
「学園に戻るんや。みんな、待ってる」
それからの記憶はごちゃごちゃに入り乱れて曖昧になっていた。迫ってきた敵にがむしゃらに鉄パイプをふるいにふるいまくった。後先考えず、ただここをしのげば、時間を稼げば学園が助けに来る。それだけを信じていた。
ぐいっ、と襟首を掴まれ息をつく間もなく突き飛ばされた。コンクリートの壁に後頭部が激突する。視界が一気に暗くなった。
「――てめえっ」棗の声。
意識が、堕ちた。