「掛かったのは一人ですか・・・・・・」
アジト内にもうけられた一室に、彼らの姿はあった。アジトは外見こそ周囲に紛れ込み見事に擬態していたが、その部屋には電子機器があり、空調も行き届き、現代風な内装をしていた。
蜜柑達が分断される一部始終を眺めている男は、つまらなそうな表情を始終浮かべていた。もっと罠に掛かると思いきや、しぶとい。ただまあ、一人いれば充分だろう。
男が振り返った先には、2人の男女がいる。
「柚香、捕らえた子を尋問してきなさい。目的が何かとね」
「御原さん」
「志貴はここにいなさい」
女がぴくりと肩を動かした。御原をさぐるように見るが、完璧な笑みに跳ね返される。男は時折、柚香を試すような言動、行動を見せる。柚香達は全面的に疑われていた。
「分かりました」
志貴の案ずるような視線に柚香は大丈夫と頷き、部屋を辞した。
落下時間は永遠のように思われた。落下の衝撃を覚悟し、目をきつく閉じていたが、予想に反し痛み、衝撃はさほど感じなかった。いつの間にか蜜柑の身体は骸骨に抱え込まれており、そいつのおかげで怪我一つないらしい。複雑だ。蜜柑が仲間とはぐれたのはこいつのせいなのだから。
「どないしよう・・・・・・」
3人が無事かどうかも案じていたが、なにより不安だった。敵のアジトで一人きり、この先どうなるのか、そもそもどうやって合流すればいいのか。こんな状況になって、翼達にどれほど頼っていたか思い知らされる。
――みんなと、合流しいひんと、
このままでは自分の存在が足を引っ張ってしまう。本当の目的は特効薬なのだから。翼や棗もそれを分かってるはずだ。だからきっと、先に進んでいる。
まず、ここは一体どこか。
首を巡らす。暗い。感触からして、壁も地面も岩。どこかの牢屋のような造り。鉄の柵で入り口が封じられており、その向こうで灯りが揺らめいている。
鉄柵に封じる効果があるのか、アリスが使えない。どうしようかと歯噛みしたとき、足音が聞こえた。誰だ。自然、身体が強張る。敵か。
現れた人物を目にしたとき、蜜柑の目が見開かれた。全くの予想外、不意の対面だったのだ。
自分とよく似た瞳が、蜜柑の姿を映している。
「・・・・・・おかあさん?」
呆然と、思わず零れたささやき。発した本人すらかろうじて聞こえる程度のそれを、彼女は耳にしたのか。肩を僅かに揺らしたが、無表情はぴくりとも変わらない。代わりになぜ、と問いを滑らせる。
「なぜここにきた」
「親友をたすけるために」すぐさま蜜柑は答えた。
「親友」
「そうや。あんたらが銃で傷つけた。今、仕込まれていたウイルスで苦しんどる」
「ウイルス――?」
柚香が目を僅か見開く。侵入者脱走に柚香は嚙んでいたが、あの時は学園のものから逃れることに神経を注いでいた。仲間が撃った銃弾が誰にあたったのかなど、分からない。そんな事情など知らない蜜柑は激高した。
「とぼけんなや! あんたらのせいで、蛍は死にそうになっとるのに! あんたらのせいで!」
自分の母かも知れない人に、蜜柑は容赦しなかった。心の中にはあの時の情景が浮かび、怒りと後悔を蘇らせた。自分への怒り以上に、蜜柑はZへ怒っていた。
「――委員長もや。あんたにアリスを盗られて別室へ隔離された」
彼らは――B組のみんなは、蜜柑にとっての光だった。希望だった。蛍は蜜柑こそ自分の光だ、そう言うだろう。けれどそれは、自分に不相応な期待だ。書校長のお気に入りという側面を、みんなに対して蜜柑は見せない。偽りの、綺麗な部分だけをさらけ出し日々を過ごしてきた。少しずつ、時間を重ねて、作り上げた日だまり。脆くも温かな居場所。
それへこいつらはヒビを入れた。
「別にアジトなんか、Zなんかどうでもええ。ただ特効薬とアリス石だけやよ、欲しいのは。それさえあれば帰る。それを手に入れるまで、帰らない」
淡々と、しかしはっきりと蜜柑は宣言する。感情の起伏が見られない声は、普段の溌剌とした姿とはかけ離れている。
動かなかった柚香が不意に動いた。目にもつかぬ速さで蜜柑を蹴り上げた。唐突なそれに避けられるはずもなく、身体が宙に浮いた。背中から地面に落ちたときには、耳のあたりを靴の裏でぐいぐい押されている。
「――ガキががたがたとうるさい」
痛みでうめいた蜜柑に、無感情に徹した声が降りかかった。ひやりと伸びてきた手が首に掛かる。
「やっぱり無効化か」
からり、とそのとき何かが地面に落とされた。
「過ぎたことは戻らないんだよ。大人しくしてれば優しくしてやろうと思ったが、気が変わった。お前はせいぜいあのサディストから痛い目に遭えばいい」
ぐい、とまたしても腹部が圧迫されるが、先ほどよりも弱かった。まるで何かを押し込んでいるように。
足が退けられ、柚香が牢から出て行ってから上体を起き上がらせてみると、地面に錠剤が転がっているのが見つかった。拾い上げたそれを蜜柑はじっと見つめた。それから天井付近を見つめた。
安積柚香。
彼女がどうしてZにいるのか、その心中を詳しくは察せられない。いくら過去を見ていても、蜜柑は傍観者でしかなかったから。それでも、彼女の無表情の奥には何かが隠されているように、蜜柑には思えた。