心臓の音が早い。ドクリドクリとまるで生き物の蠢きのようだ。蠢いた血液が痛みとともに背中から流れだしていく。
頭を動かすのも困難だった。その動作だけで十分も経ったように感じながら、声をかけてきた人物を見上げる。柚香は声を紡ごうとしたが、無意味に息が吐出されただけである。それでも、彼女には通じたようだった。
「私がわかる? そうよ、月よ。昔あなたの『親友』だった小泉月」
カツカツと靴音高らかに至近距離まで近づいていく。咄嗟に志貴が銃を向けようとしたが、ぴしゃりと月が声を上げる。
「動くとこの女はどうなるでしょうね」
月は後ろに部下たちを従えていた。数人が廊下を走って行き、残りはぞろぞろと志貴と柚香を油断なく囲む。逃げる隙はない。
「あなたは殺せと言われているわ。でも、そう簡単に済ませてやるものですか」
嗜虐心の満ちた声は、柚香の知る者ではなかった。
「月……あなたどうして、まだここに。まだ、あいつに縛られて」
「違うわ。私が望んであの方に従っているだけよ。ええそうよ、あなたとは違うわ! 初校長に執着されながら、それを拒んだあなたとは!」
「初校長は、あなたを利用しているだけよ。あなたじゃない、アリスだけを、見ているだけよ」
「初校長は私を認めてくれたのよ! 忌み嫌われた私のアリスを! 必要だと言ってもらえた!」
月の顔が憎々しげに歪んだ。
「あなたがいなくなってすっきりしたわ。ようやく、ようやく私を見てもらえると思っていたのよ――あなたの娘が現れるまではね。親子そろって忌々しい」
「あの子を、知ってるの」
「何考えているのかわからない子だったわ。ああ、本当はあの子を捕らえるつもりだったのに、あんたが邪魔したお陰で逃しちゃったわ。どっか駆けまわっているでしょうから、危険能力系あたりが捕らえているでしょうね」
いずれ捕らえることができる、という思いから月の余裕はきていた。しかし柚香が感じたのは不安だった。捕らえられてしまうという心配ではない。
決着を付けなければ、蜜柑はそう言わなかったか。初校長と決着をつけると。それは、つまり。
「あの子を、止めないと……」
初校長は自分が倒す、そう誓ったのではなかったか。それが果たせぬばかりか、娘が実行しようとしている――背筋がおぞけ出すのを、柚香は感じた。腕に力を入れようとした時、銃声が響いた。
月が顔を強張らせた。その一瞬の隙をついて、志貴が動いた。瞬間移動で柚香のそばへ行き彼女を抱きかかえ、再度移動する。止める間もなかった。銃を持った集団が、廊下の向こう側から姿を表したのだ。廊下に緊張をはらんだ空気が満ちた。
「――柚香先輩!」
志貴が移動した先には昴がいた。ぐったりした柚香の姿に、顔を強張らせる。
「とにかく、病院へ」
頷いた志貴の腕を柚香が触れた。彼女の表情は必死だった。
「初校長室……蜜柑が、そこに」
お願い、そこにいって。
無言の頼みに、志貴は頷いた。