そいつらを初めて見たのはバルコニーからだった。
仕事がないとき、蜜柑は部屋にいるしかない。たまに来る高校長とお茶をしたり本を読んだり勉強をしたり。それでも暇になったときは、ひたすらバルコニーを見ていた。そこだけが彼女が見られる唯一の外だった。
あのアリス学園の門が見える。あれは外界と学園を隔絶するもの、来る者を拒むだけでなく、生徒を閉じ込めるものだったのだ。ああほら、今閉じ込められようとしている子供がいる。
じっくり目をこらす。制服を着た子が二人。あれは初等部の制服だ。ということは同じくらいの年やろうか。仲良くなれないだろうか。
「無理やろなぁー・・・・・・」
そもそもここから出られない。
彼らを目にすることももうないかもしれない。
そう思っていたのに。
二度目は病院だった。学園にきて三年、身体をこわすことが増えた。村にいたときは風邪を引かないほど健康だったのに。初校長は蜜柑の体調に敏感で、一年前から検査のため定期入院をするようになった。めんどい。めんどすぎる――そう思っていたが、いざ始めてみるとこれが意外に良い。なんたって外に出られるのだから。
検査のためだけだから、体調は万全だ。その状態だからあの部屋から抜け出せる。お医者さんや患者と話すことができる。なによりも――脱走できる。
「健康なんに病室から出ないなんて、そんなんできるわけないやん」
病室が三階だろうとしったこっちゃない。窓の下からは裏庭が見える。よし、あそこに
「――あだっ」
瞬間移動は距離感がつかみにくい。空中に投げ出され、そのまま落下。幸い高さはそこまでなく、衝撃はあまりなかった。もっと鍛えないと、と思いながら身体を起こす。
目があった。
木の上だ。幹に身体をもたれ、枝に腰掛ける少年。赤い目を見開いている。当然だろう、突然子供が現れたかと思えば降ってきたのだから。
「誰だてめえ」
「あああああああ――――!」
蜜柑は思わず叫んでいた。少年よりも驚いていたかもしれない。
「あんたあれや、こないだの奴や!」
「――は?」
「こないだ! 学園に来てた奴や! 金髪の子と二人で!」
少年の目が据わったのを蜜柑は気づかない。興奮していた。まさかまた、それも直に会えるなんて。
「入学する子なんて久しぶりやおもてたからよーく覚えとるわ。うわぁ入院感謝や感謝! あ、あんた何ていうん?」
「まずてめえが名乗れよ」
「それもそうやな。ウチ佐倉蜜柑いいます。ほれいったで」
「・・・・・・日向棗」
「棗いうんかー。同じ果物やんけ」
主に蜜柑が喋る形で会話が続いた。棗は質問に答えるだけだったが、それでも蜜柑は満足していた。初等部B組。どうやら同い年らしい。ますます親近感が涌く。子供と話せるなんて三年ぶりだ。そうや、ウチは友情に飢えていたのだ!
「あんたも入院してんの?」
相変わらず木の上にいる少年は患者服を着ている。みたところ顔色は悪くないし、木の上にいるくらいだからたいしたことはないのだろうが。
「ただの怪我」と棗もいう。彼の頬にはガーゼが、右腕には包帯が巻かれていた。
「お前は」
「あーウチも平気やで。単なる検査。いつものことやし、まぁあと3,4日で退院やろうなぁ」
「いつものことって」
普通の子供は定期入院などしないのではないだろうか。退院、と言ったとき少女の顔が寂しげに思えたのは気のせいだろうか。
棗が何か言いかけたが、気配に気づいてやめる。
「見つけた・・・・・・棗、ここに――」金髪の少年が蜜柑に気づく。「――誰?」
「佐倉蜜柑いいますー。日向くんの友達になりましたー。よろしゅうに」
「あ、よろしく――友達? 棗の?」
「なってねぇよ」
「今なった! ウチ的にはそうや!」
金髪の少年は乃木流架というらしい。なぜか胸にウサギを抱え込んでいる。蜜柑が触ろうとしてもがっしと抱きついて離れない。
「懐かれとんなぁ、ルカぴょん」
「ちょっとまって何その呼び方」
「かわいいやろ? ルカぴょん」
「よくない!」
「ルーカぴょん」
「言うな――――――――――っっっ!」
顔を真っ赤にする流架は非常にかわいかった。ルカぴょんあんた女の子でやっていけるで。さらに棗が「ルーちゃん」とつぶやいたときは爆笑した。
話題はあっちこっちにとんでたくさん話をした。時折口を挟む棗の表情も緩んでいた。
時間を忘れて話していると、蜜柑を呼ぶ声が聞こえる。どうやらばれてしまったらしい。
「こんなに話したの久しぶりやったからなぁ」
「行かなくて大丈夫なの」
「いかんとやばいやろなぁ。――あんたら、初等部B組やっけ?」
唐突な問いに二人で頷く。蜜柑は何か考え込んだが、すぐに顔を上げた。
「まあええわ。ほなまた会おうなー」
蜜柑の姿が消えた。声がしたので上を見れば窓から手を振っていた。瞬間移動のアリスか。
「不思議な子だったね」
流架のつぶやきに棗は頷いた。
「なあ、おじさん」
先ほどの呼び声は、高校長が来たからだったらしい。病室に戻ってからおしかりを受けた。無茶は禁物だと真剣にいう彼に、大丈夫と蜜柑は笑った。今はまだ平気だと。
カップを口に持っていこうとしていた高校長が蜜柑を見る。
「ウチも学校へ行ける?」
「――行きたいのか?」
「ウチもう8歳やし。一人じゃ暇やし」
蜜柑は本来なら小学校に通っている年齢だ。しかし彼女は相変わらずあの部屋に閉じ込められている。勉強面では、高校長やペルソナが見ていて問題はないけれども。
「分かった。掛け合ってみよう。お前があそこにいるのは、初校長の身勝手によるものだ。お前が行きたいのならば、入学できるさ」
「ありがと! ペルソナにも言ってみる」
無邪気に笑う少女を、高校長は複雑な気持ちで見つめた。ペルソナ。彼の弟を、蜜柑の父を殺した男。それは初校長が裏で絡んでいると知っている。
「誰も悪くないんや」
あの日。過去の全てを知った蜜柑は高校長に言った。
「ペルソナも、月も。お父さんもお母さんも。みーんな、初校長の手の上で踊らされていただけ。だから誰も悪くない。ウチは、誰もうらめんのや」
ペルソナに関しては、彼も蜜柑を少なからず気にかけているようだった。蜜柑が頼めば、初校長に働きかけてくれるだろう。彼は、蜜柑に逆らえなくなりつつあるから。
「だが、なぜ急に? お前がいきなりそんなことを言うとは」
「楽しそうだったから」
先ほど会った二人の少年を思い出す。もっと話したいと思ったのだ。
今回は少し長めになりました。
やっぱり主役キャラのご登場は楽しくなりますね!