女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。   作:斎藤 新未

29 / 31
とりあえず、今は行かなきゃいけない

「お前たちはエレベーターで下るんだ。私が警察の気をそらしているうちに」

「アキ」

 園子が口を開いたが、アキは園子の顔を振りむきもせず、ドアに向かった。

 しかし園子がぐいとその腕を引きよせ、そして何かをアキの口元に当てる。

「な、なにをする」

 アキは、何かをのみ込みむせていた。

 園子の手を見ると、それは「劇薬」と書かれた瓶だった。

「これ、は…」

 すぐにアキが苦しみ始めた。

「あー飲んじゃった」

 マキナエがのんきな声をあげる。

「何してるんですか、園子さん!」

「トーコがこれを飲んだとき、死なずにしばらく意識を失っていたでしょ?だから、アキにもしばらく眠ってもらおうと思って」

 アキは、頭を両腕で抱え込み、大きく身体を震わせる。

ビクンビクンと痙攣し、我慢できずに

「わあああああ」

 と大声をあげる。口からは泡があふれ、白目をむいていた。

「あ、アキさん…」

 カレンが俺にしがみついてくる。

 園子は、大きく身体を震わしているアキを強く強く抱きしめる。

「アキ、大丈夫、もうすぐ終わるから。もうすぐ終わるから」

 そう、耳元で小さくつぶやいている。

 

「トーコ、カレン、アキを外に連れ出すの手伝って!アキは怒るかもしれないけど、私はアキを死なせたくないの」

 廊下から、バチバチと音が聞こえる。

もうそこまで火の手は迫っているようだった。

「わかりました」

 俺は、自分の経験からアキのその後が気になったが、何も知らない園子に言えることは何もなかった。

 カレンもうなづき、そして劇薬を手にした。

「そんなの置いて行きなよ」

「いいの、持っていきたいの」

「…わかった」

 マキナエを見ると、マキナエは煙の中でなぜか資料を読みこんでいた。

 

「おいおじさん!出るぞ!」

 マキナエは俺の声にハッとすると、俺に顔を向けた。そして

「ふぇふぇふぇふぇ」

 と大声をあげて笑い始めた。

 全く、気色が悪すぎる。一体なんだというのだ。

「お前、トーコじゃないよな」

 マキナエは笑いながら言った。

「……」

 思わず、絶句してしまった。

「まさか成功していたとは、思っとらんかったわ」

 マキナエは嬉しそうにテーブルに飛び乗り、そのまま俺の元へ走ってきた。

 ぐんっと、テーブルの上から顔をのぞかれる。

 人間離れしたぎょろりとした目が、俺の心を見透かしているようだ。

 

「なんなんだよ、早く出るぞ」

 マキナエの細い腕をつかんで引っ張るが、マキナエは動じず、俺に「劇薬」と書かれた瓶を見せる。

「俺は、ここに残るから良い」

「何言ってんだよ!この研究守るんだろ?一緒に運び出してやるから、早く!」

 廊下を覗き見る。

「あのエレベーター、まだ動いてるかもしれないから、さあ」

 もう一度手をぐいと引っ張るが、どうしてこんなにも力があるのだろうか。びくともしなかった。

 

「お前の名前は何だ」

「…トーコだよ」

「違う、本当の名前だ!」

 俺はマキナエの顔を見て、そしてカレンの顔を見た。

 カレンは、じっと俺を見つめている。

 神経を集中させて、俺の答えをじっと待っているようだ。

 とうとう、口を開いた。

 

「花田透」

 

 その瞬間、マキナエの笑い声は絶叫にもなり、机の上で飛び跳ね、資料は床にバラバラと落ちて行く。

「忘れもしない1941年。戦争が起こったあの年だ。俺はある現象に見舞われてこの世界に迷いこんだ」

「ある現象って」

 

「そうだ、『次元間における意識の移動』だ。あれからずっとこの現象を起こすための研究をしてきた。14年前は失敗だったな。一度意識は浮遊したようだったが、すぐに戻ってきてしまった。それに、被験者の口の周りが焼けただれて大変だったわい!しかしようやく成功だ!お前、トーコ、身体は傷ついてないな?身体はちゃんとトーコだな?」

 

 マキナエがテーブルで軽やかにステップを踏みながら俺の顔や身体を触ってくるものだから、俺は勢いよく一歩後ろに下がった。

 マキナエは笑い続け、そして気でも狂ったかのように、鼻歌を歌いながらかき集めた資料を破り捨てていく。

 

「とりあえず、出よう」

 園子はマキナエの話に戸惑いを隠せない様子だったが、今は話しこんでいる場合ではなかった。

 アキを背負い、扉から出て行く。

「カレン、行こう」

 カレンは重い足を引きずりながらも、ゆっくりと俺についてきてくれた。

 廊下に出る時、マキナエの鼻歌がやみ、マキナエを振り返る。

 マキナエはテーブルに仁王立ちして、「劇薬」を飲みほしていた。

 そして俺の視線に気づき、ドアまで歩いてきて言った。

「もう一度、向こうの世界で会おう。私の従順な犬、トーコよ」

 ドアは固く閉ざされた。

 

 廊下は、煙と炎で渦巻いていた。

 頬を熱風が撫でていき、目も開けていられなかった。

 講義室Cの出入り口は見えるものの、室内も、その先の廊下も見えない。

 階段までもう辿りつけないことは間違いなかった。

 

 必死になって、エレベーターのボタンを押すが、エレベーターの電源はすでに落ちていた。

 試しにドアを開いてみたが、エレベーターのかごははるか下、1階に戻ってしまったらしかった。

「さっき、マキナエ教授5階まで来ましたよね。そのあと誰かが操作したってことでしょうか」

 俺が口にした疑問に園子がうなづく。

「そうかも。だとしたら今、誰かが1階で待ち構えている可能性もなきにしもあらず。いや、まさかケーブルを伝って来るとは思ってないかな」

 危険なのは確かだが、火がすぐそこまで迫っている今、俺たちにはこの道しかない。

 このケーブルを伝って下に降りるしかないのだが、アキを背負っている園子が下に降りるのには無理がある。

 園子はすぐにそれを察したようだった。

 

「私が先に下に降りる」

「降りてどうするんですか」

「エレベーター内のインターホンで管理会社に助けを求める。生存者がいるってことを証明できるし、電源つけてもらったらアキを運べるでしょ?」

「でも、下で誰かが待ち構えていたら」

「これしかないじゃない!」

 今まで冷静だった園子が、声を荒げた。

 そして息を整え、ケーブルに手をかける。

「火の中に飛び込むよりは、助かる可能性は高いでしょ。何かあったら、アキをよろしく。絶対に助けてね、トーコ」

 園子はそう言って、ゆっくりと下に降りて行った。

 

 俺はぽっかりと開いた落とし穴のような空洞に顔をつっこみ、園子の様子をうかがう。

 園子は元々それほど運動神経が良くないのだろう。

 危なっかしく、時々滑り落ちそうになりながらも、少しずつ少しずつ下って行った。

 そしてようやく下に辿りつき、ジャンプしてエレベーターに飛び移る。

 園子は俺を見上げ、相当安心したのか、笑顔で手を振った。

 俺も手を振り返そうとしたその時、エレベーターの天井口がパカッと開き、園子が室内に落ちて行く。

 「あ」と思った時には、何十発にも及ぶ銃声が響き渡っていた。

 俺は慌てて首を引っ込める。

 下では、「上にまだ誰かいるのか!」と叫ぶ声が響いてくる。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。