女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。 作:斎藤 新未
夜9時。
パソコンもスマホもないこの世界は、とても静かだった。
家が近い子は帰り、泊りのみんなは近所の銭湯に出払ってしまっていて、俺は一人、敷かれた布団の上でぼんやりと窓の外を見上げていた。
窓の外に浮かんでいるおぼろ月を、こんなに恨めしく思うことはあっただろうか。
こんなチャンスは滅多にない。
いやいや、どう転んだって俺が俺である限りは絶対にありえないことだ。
俺が、女子と一緒にお風呂に入れるなんて。
このチャンスを逃すまいと誰よりも早く銭湯に向かった。
罪悪感が俺を襲ったが、罪悪感を持ったところで俺は今女なのだ!
まさに銭湯に戦闘態勢で臨んだのである。
しかし、だ。
途中であまりの緊張から強烈な腹痛が俺を襲った。
高校受験のときも、大学受験のときもそうだった。
ダメ男のパターンとして「緊張するとお腹が痛くなる」という項目があるらしいが、まさに俺のことだ。
そしてカレンに背負われ、またこの布団に逆戻りをしてしまった。
情けない。これはもう、ただただ情けない!
あまりの不甲斐なさに涙があふれそうになったとき、玄関のドアが開いた。
俺は慌てて目をこすり、ドアの方に顔を向ける。
マツリだ。
マツリは少し戸惑うように顔を伏せたが、すぐに俺を見てコロっと笑った。
「トーコ、お腹大丈夫?まだ完治してなかったのかな?」
「もう大丈夫。だいぶラクになった」
マツリは俺の言うことを聞いているのかいないのか、靴を脱いで、まっすぐ俺の方へ歩いてくる。
そしてなぜが、目の前に正座した。
「えっと、どうしたの?」
真っすぐ俺の顔を覗きこむマツリにたじろぎながら、少し上体を反らす。
それでもマツリは、ぐいぐいと俺の顔を覗きこんでくる。
なんだかこの感じ、遊びたがっているうちの猫にそっくりかもしれない。
こうしてまじまじと見つめると、本当に小動物のようでとても愛らしい。
「なになに、どうしたの。遊びたいの?よしよし」
なんておどけて手をさしのべてみると、マツリは顔を赤くして
「違うよー。やめてよー」
と一生懸命手をバタバタさせる。
思った以上の可愛い反応に、俺のニヤニヤはとまらない。
しかしすぐにマツリは真剣なまなざしに戻り、俺の顔も思わず引き締まった。
マツリに手を掴まれたと思ったら突然グッと引き寄せられ、小さな手に包み込まれる。
「え?」
マツリを見ると、マツリは俺の手をしっかりと握り、うつむき加減で早口に言った。
「すごく心配だった。変な薬飲んで死にそうになったとか聞いて。本当に本当に心配で。ずっと話したかったんだけどずっとカレンが横にいるし。話しかけたら申し訳ないかなとか思ったんだけど。でも、腹痛で引き返したって聞いて。良かった。話せて。明日、がんばろうね」
マツリはそこまで一気にまくしたてると、俺の手を放り投げるように勢いよく離し、そして玄関まで走り、あっという間に外へ出て行ってしまっていた。
しばらく、開けっ放しの玄関のドアをぽかんと見つめてしまう。
なんだ、今の?
なんとなくわかっていたけど、あの子は本当に変わった子かもしれない。
肌寒いのでドアを閉めようと立ちあがったとき、またパタパタと足音がして、そして一瞬マツリの顔が覗き、バタンっと大きな音をたててドアが閉まった。
俺はもう一度座り直す。
やっぱりどうしたって、変な子だ。
でも俺の胸は、思いのほか高鳴ってしまっていた。
中学校の修学旅行のとき、転校してしまった花梨ちゃんを想いながら床についたっけ。
リア充グループが部屋の真ん中で好きな女の子の話をしているときに俺は、隅で美少女戦士の漫画を読みながら頭の中は花梨ちゃんでいっぱいだったっけ。
さすがに、あの部屋に花梨ちゃんがいたら…なんて恐れ多くて妄想すらしなかったけど、妄想すらできなかったその光景が今、現実のものになっている。
四畳半の部屋に布団を敷き、狭い部屋に5、6人の女子が横になっている。
さっきから背中が痛いけど、寝返りをうつのが怖い。
だって隣りにはカレンがいるんだから。
寝返りをうってカレンと目があったらどうしよう。
というか、こんな狭い部屋で寝返りをうったらカレンに触れてしまうのではなかろうか。
そうだ、この狭さじゃ仕方ない。
触れてしまってもそれは事故だ。
事故にかこつけてすやすやと眠っているカレンに触れてみるか…。
いや、そんなことできるわけがない。
そんなことになってしまったらもう、平常心ではいられない。
ちょっと待て、そもそも今も、平常心ではないじゃないか。
俺は、ギンギンに開いてしまっている目を、ギュッとかたくつむった。
眠れるわけはないのだけど、目をつむっているだけでも体力が回復するとテレビで見たことがある。
部屋中、甘すぎる寝息に包まれ、俺の腕はかすかにカレンの体温を感じている。
平常心、平常心…と口の中で何度もつぶやいていたとき、ふすまが静かに開くのを感じた。
全員寝静まったというのに、誰がこの部屋に用があるのだろう?
もしかして、他の部屋の誰かのイビキがうるさいとか?
たしかに、俺も親父とは一緒の部屋に寝るのはキツイからなぁ…
と無理矢理そんなことを考えていたとき、この部屋に入ってきた誰かが、俺の脚に触れた。
え?
と驚いている隙もなく、突然ズルズルっとズボンを脱がせられてしまった。
「ちょっと」
思わず上半身を起こし、俺の足元にいるけしからんヤツを見る。
そして目が点になってしまった。
アキだったのだ。
「え、あの、えっと」
戸惑いすぎて言葉が出てこない俺の口を、アキが片手でふさぐ。
そして途中まで脱がせていたズボンをすっかり脱がしきってしまった。
ちょっと待って、これどういう状況?
百合妄想がふくらみかけたとき、アキが俺のズボンから何かを取り出した。
「私に隠せると思ったか?」
「え?」
アキは俺の口から片手をはずし、そしてもう片方の手に持っている小さな拳銃を俺に向ける。
「あ、それ」
「どこで手に入れた」
入手先なんて知っているはずもなく、もごもごと口を動かしていると、隣のカレンが寝ぼけた声で
「どうしました?」
と起き上がった。
「これは没収する」
アキはそう囁くと、拳銃を自分のポケットにしまい、さっさと部屋をあとにした。
そういえば、スマホを探そうとしているときに、拳銃らしきものを見つけていた。
結局何なのか確かめなかったが、あれが本当に拳銃だったというのか。
カレンを見ると、カレンはすでに寝息をたてていた。
普通の大学生が、拳銃などを手に入れられるはずがない。
日本が戦争をするような国だったとしても、それは変わらないはずだ。
トーコは、一体どこで手に入れたというのか。
俺は、このトーコという人物に、徐々に恐怖を感じるようになっていた。