魔法少女リリカルなのはStrikers はじまりの魔法 改訂版   作:阪本葵

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第2話

 高町なのはが撃墜されて三ヶ月がたった。

 なのはは現在も入院中である。そんななのはのリハビリはとても厳しいもので、周りの友人や両親はいつもハラハラしていたそうだ。この娘は、一度言った事は必ず実行する。

 

「また、空を飛びたい」

 

 なのははそう言い、黙々とリハビリをはじめた。もはやリハビリという言葉など生ぬるい、己にストイックな、まさに拷問、それほど厳しいものだった。それでもなのはは自分に科した訓練として一度として弱音を吐かず、なんとこ三ヶ月で日常生活をこなせるレベルまで回復する。なんとも驚異的な回復力である。

 しかし、これに驚いたのは医師達だ。最悪、日常生活もままならないと医師達は診断していたものだから、三ヶ月と言うスピードにただ驚くばかりだったという。

 

 

 そんなある日、ヴィータは悩んでいた。

 なのはに”あのこと”を言うべきかどうかを。あのこととは、なのはが撃墜された日の事、その顛末である。

 あの墜落された日、なのはは隊員から応急処置を受けている途中で気を失っていたらしい。つまり、ヴィータと隊員の会話も聞いておらず、それどころか自分がコンドウ曹長によってアンノウンから助けられたことも覚えていないのだという。それほどの過労で任務に就いていたことに、そうなる前に止められなかった事をヴィータは悔いる。

 だが、優しいなのはのことだ、コンドウ曹長のことを知ったら自分を責めるに違いない。だからといって、なのはに事実を知らせないということは出来ないのだ。真実を知る義務が、責務がなのはにはある。

 なのはには辛いことだが、そうしなければコンドウ曹長が報われない、とヴィータは考える。なにしろ事の当事者なのだから。そんなことを考えながら、あー、うー、と唸りながら歩いていたらいつの間にか病院についてしまった。

 

 今日の見舞いはヴィータ一人だ。いつもならなのはの友人達や家族数人で病院へ押しかけるのだが、今日に限って皆仕事や学校などで都合がつかなかったのだ。

 ちょうどいい。

 今日話そう。

 よし決めた。

 そう決めた!

 ヴィータはウッシ!と拳を握り気合をいれ、病院へ入った。

 

 さて、あの事件の顛末であるが、ヴィータは誰にも話していない。実は、あの事件のあと関係隊員達にかん口令が敷かれたのである。アンノウンという不確定情報のこともあり、あの事件は機密事項となった。ヴォルケンリッターのヴィータの主でもある”夜天の王”八神はやてに事件の顛末を聞かれると、つい口が滑ってしまいそうになるが、はやてもあの事件が機密事項になったのを知っており、あまり詳しくは聞いてこなかった。

 ただ、怪我をした隊員の名前をやたら聞きたがっていた。親友である高町なのはを助けてくれた恩人に対し、一言礼をしたいと思っているからなのだが。もちろん、あの日の事件の参加隊員の名前も秘匿事項なので教えることはできない。同じく時空管理局の局員である八神はやてもその辺の事情は重々承知しているため、渋々ながら引き下がった。

 

 ―――そんな事を思い出しながら歩いていると、とうとうなのはの病室についた。いくら日頃の鬼気迫るリハビリによって日常生活ができるまで回復したとはいえ、そこはやはり病人。大事をとって、あと一週間は入院しなければならないらしい。

 ちなみに、なのはは一般病棟にいる。最初こそ個室だったのだが、なのはを一人にすると勝手に無茶苦茶なリハビリをしようとするので、誰かが目を光らせないといけないということになり、一般病棟に移されたのだ。

 ヴィータは病室に入り、同室の患者さんに会釈をしながら部屋の一番奥のベッドに向かう。そして、大人しくベッドの上で上半身を起こし本を読んでいる目的の人物、なのはに声をかける。

 

「よ。なのは」

 

 すると、なのはは本から目を離し、ヴィータの方へ顔を向け笑顔になる。

 

「ヴィータちゃん。今日も来てくれたんだね!」

 

「・・・っ」

 

 ヴィータは一瞬揺らぐ。この笑顔が、悲しみに染まる話を、今からしなければならないことに。

 しかし、それでもなのはには知ってもらいたい。なのはの命を助けた人間のことを。

 そして、彼がどうなったのかを。

 なのはには強くなってほしい。

 心も、体も。

 

 だから―――

 

「なあ、なのは・・・話があるんだ・・・大事な、話が・・・」

 

 ヴィータは真剣な表情で切り出した。そして、その覚悟が伝わったのか、なのはも笑みを消し、手に持っていた本を閉じる。

 

「なに?ヴィータちゃん?」

 

 

 なのはは姿勢をただし、真剣な表情をした。

 そして、ヴィータの知るコンドウ曹長の現状と、顛末をなのはに話した。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 コンドウは漂う。

 全ての境界が曖昧な世界で、一人漂う。自分という形成が曖昧になり、この世界と溶け込むように漂う、色のない世界。

 そもそも色とは人間が視覚で捉え、脳内にて変換するのだ。

 人間とは基本原色を3色しか認識できないという。ならば、現状はどうだ?

 何とも形容しがたい、見たこともない色、いや、これは果たして白と言えるのか?

 そんな如何でもいいような、とても重要な事のようなことを脳の片隅で考えながら現状把握を行う。

 

 俺はどうなったのだろうか・・・

 高町教導隊員がアンノウンに襲撃された・・・

 いつもより精細を欠いた動きの彼女は、撃墜されて・・・

 俺が高町教導隊員から一番近かったから墜落している高町教導隊員を助けようと抱きかかえて・・・

 

 ―――ああ、アンノウンに腹刺されたんだったか?

 そこからは記憶が曖昧だな・・・

 どうやったのか、なんとかアンノウンを撃墜して・・・

 アンノウンが爆発して・・・

 爆発を直で受けて・・・

 死んだな、と思ったんだったな。

 

 ・・・ん?

 俺は生きてるのか?

 というか、ここはどこだ?夢?

 ・・・ま、いいか。

 ―――もう寝よう。

 

 疲れた―――

 

 そう思った瞬間、彼のいた世界は一遍。

 曖昧な世界から、情報の激流という地獄に投げだされた。

 

 

 ダイスケ・コンドウ 陸曹長 18歳

 

 地球名は 近藤 大輔

 

 彼の心は壊れてしまっている。

 誤解を招くような言い方だが、これは彼の生い立ちに関わることなのだが、近藤は第97管理外世界「地球」極東地区日本の出身である。

 彼の両親は彼が6歳の時に次元犯罪者に殺されている。そんな彼自身も次元犯罪者に斬られ、瀕死の重傷を負った。そのときの出来事が彼の体に傷を残すとともに心をも壊し、破綻者としてしまったのだろう。その後、奇跡的に管理局に保護され一命を取り戻し、魔法資質を見出され管理局に入局する。

 

 さて、彼の心が壊れていると言ったが、具体的には彼の恐怖という感情がである。恐怖自体は感じるのだが、恐怖にも大小がある。それこそ「仕事の失敗」という恐怖と「命の危機」という恐怖には大きな幅があるのだが、彼にとって二つの恐怖はイコールであり、感知するには難しい感情になっているだ。そもそも幼少時代の事件により、自身の死に対しての恐怖があまりにも希薄なのである。だからこそ、アンノウンに襲撃され落ちていくなのはを恐怖を感じることなく、躊躇なく助け、アンノウンによって腹に穴を開けられたのだろうが。

 

 そんな破綻者である彼は、現在危篤状態にある。

 

 右腕切断

 右眼球欠損

 内臓破損

 全身の火傷、打撲

 墜落時の骨折数箇所

 背骨が破損していないのが唯一の救いだろう。

 それでも生きているのが不思議なくらいである。

 

 それには理由があった。

 天文学的数字の偶然と、彼の普段からの研究成果「デバイスのブラックボックス解析」による奇跡。

 

 その奇跡が、彼を生かし、そして彼に全てをあたえるのだ。

 奇跡は彼に三つつの力を与える。

 

 ―――ひとつは

 『希少能力(レアスキル)』を。

 それは自身の身を滅ぼす諸刃の剣でもある力。

 

 ―――ふたつめは

 デバイスのブラックボックス封印解除による『アルハザードの知識習得』。

 

 ―――そしてみっつめの力。

 世界を、宇宙を、この世のありとあらゆるものを、過去、現在、未来を知るということ、理解するということを。その力を知る人はそれをこう呼ぶ。

 

 ―――― アカシックレコード ――――― と。

 

 

 

 

 危篤状態の中、彼の脳に膨大な情報が流れていく。

 

 ―――いたい!

 痛い!

 イタイ!

 いたい!

 痛い!!

 神経が焼けただれるようだ!

 目の前が焼けたフィルムのように茶色く、そして黒く、穴を開けていく。

 体を皮膚を、肉を焼いていく。

 むき出しの神経を容赦なく突き刺す激痛。

 激痛が絶え間なく続く。

 脳がかき混ぜられる。

 眼球を握りつぶされるような痛み。

 爪をすべて剥がされ、指を砕かれるような痛み。

 内臓をミキサーでかき混ぜられるような痛み。

 

 体中の穴という穴から血が流れ出る。

 体中が痛い!

 止むことのない激痛という拷問に、コンドウは叫ぶ。

 いやだ!もういやだ!痛いのはいやだ!!

 なんでこんな痛みを受けなきゃならない!

 いったいいつまでこんな痛みに耐えなきゃいけないんだ!?

 彼は狂ったように叫ぶ。

 

 いつからか、いつまでか。

 一分なのか、一日なのか、それとも一年なのか、終わることのない痛みの地獄に叫び続ける。

 しかしその叫びは声にならない。

 声が出ない。

 いくら口をあけても、喉をならしても、口からはただただ、息を吐く音しかしない。

 気がおかしくなる。

 いや、おかしくなったほうが楽だ。

 ああ、楽になりたい。

 殺してくれ!

 もう楽にしてくれ!!

 

 ―――俺を、殺してくれ!!

 

 その瞬間全ての痛みが消えた。

 

 全てが白になる。

 世界が、変わる。

 そして、近藤はすべてを理解する。

 

 ああ―――――

 そうか―――――

 俺は全てを手に入れたのか―――――

 

 そして意識は闇へと堕ちた


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