魔法少女リリカルなのはStrikers はじまりの魔法 改訂版 作:阪本葵
「うーん・・・」
時空管理局古代遺物管理部機動六課、通称「機動六課」の長たる八神はやて二等陸佐は、目の前のモニタを見ながら、まだ少女の面影残る端正な顔をわずかに歪め唸っていた。
「どうしたですか?はやてちゃん」
はやての横でお茶を飲んでいる、人形のように小さいはやてのパートナー、ユニゾンデバイスたるリインフォース・ツヴァイは、難しそうな顔をしてモニタとにらめっこしているはやてに対し大きくクリッとした瞳を向け尋ねる。
「・・・いや、さっきメールで辞令の通達がきたんやけどな」
「ふむふむ、それで?」
リインがうんうんと大きく頷く仕草にはやてはフッと微笑み、リインの前にモニタを展開する。
「まあ見てみ」
「んー・・・」
リインが顎に指かけて真剣な表情でモニタの字を読んでいく。途中まで読んだところで、モニタから目を離しはやてを見てこう言った。
「えーと・・・機動六課に一人隊員さんが来るですか?」
「そやね」
短く答えるはやて。
「で、誰が来るですか?」
「・・・それがわからへんのよ」
リインの問いにはやては苦笑し、モニタをツンツンとつつきながら、ほれと辞令を指さしながら困った顔をして言う。
「辞令には、その転入者の名前が書いてないねん」
「なんですかそれ?書類の不備ですか?うっかりさんですか?お茶目さんですか?」
呆れた顔をし、かわいらしく毒を吐くリインを、はやては笑って答える。
まあ、言いたいこともわかる。本来正式書類において、記入漏れなどの不備があった場合、無効とされても文句は言えない、それほど社会における書類というのは大事なものなのだ。
「いや、それはどれもない思うよ。だって差出人がな・・・」
そう言い、モニタの下のほうを指差す。そこには差出人の名前が書いており、その名前を見たリインはすこしウンザリとした顔をする。
「あー・・・レジアス中将ですか・・・」
どうやらリインはレジアス中将という人物に苦手意識があるようだ。
「この人に限って、書類不備なんかせん思うよ」
真面目な顔ではやては言う。レジアス中将は他人に厳しく、自分にも厳しいを地でいく人だ。こんな書類不備なんてミス考えられない。
「まして、うっかりとかお茶目とかは・・・なあ?」
はやてとリインはレジアス中将の顔を思い浮かべる。あのオールバックに、ゴツゴツしたヒゲモジャのコワモテに、うっかりやお茶目という言葉が似合うだろうか?
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・くっ!」
「・・・ぷっ!」
どんな想像をしたのか、プッと息を漏らす二人は肩を震わせ、声を噛み殺して笑う。
「あかん、レジアス中将があの顔でペロッと舌出して『いやー、うっかりうっかり、てへぺろ!』なんて言うてんの想像したら・・・ぷーっ!」
ついに耐え切れなくなり、机をバンバン叩いて大声で笑うはやて。相当失礼なことをいうはやてではあるが、それにしてもえらい言われようのレジアス中将である。
「はやてちゃん笑いすぎですよー!プププッ!」
そうはやてを諌めるリインも、口を手で押さえて笑っている。しばらくして満足したはやては、はーっと一息して落ち着かせ真面目な顔に戻る。
「まあ、転入者の名前が書いてへんのはともかく、なんかあからさまやな・・・」
溜息をつくはやてではあるが、レジアス中将の思惑がみえみえなため眉に皺を寄せ不満げな声を出す。
「監視・・・ですよね?」
リインは少し困った顔をしてはやてに聞く。
「せやな。そもそもレジアス中将は機動六課の在り方を快く思ってないからね。常に監視して私等のアラさがして、潰そういうんやろ」
「困ったですね・・・」
過剰な戦力を一か所に集中させることを是としないレジアス中将。そもそもレジアス中将はレアスキルや巨大な魔力を個人で持つ物に良い印象を持っておらず、集団で安定した戦力、規律守る組織を望んでいるのだ。そこはまた本局と地上との軋轢が原因でもあるのだが、それはこの際置いておこう。
はやてとリインは面倒臭い人物に目を付けられたことに頭を悩ませ、腕を胸の前で組んで同時にハァと溜息をついた。そこでリインは、そういえば、と思い出したように顔をあげはやてに顔を向ける。
「で、その隊員さんはいつ来るですか?」
「・・・」
はやては答えない。難しい顔をして、口がへの字になっている。
「・・・はやてちゃん?」
ハァと、もうひとつ溜息を吐き、辞令とは別のファイルと画面に展開させリインに見せる。
「・・・明日や」
「・・・え?」
そこに書かれている日付は明日になっている。さらに、出向前に荷物整理ともろもろの手続きのために前日に隊舎へ向かわせるとも書かれていた。
「も少し言うたら、今日こっちに挨拶に来るらしい」
「・・・ええー!?」
リインは驚きのあまり飛び上がる。まあ、普段からふよふよ浮いているが。
「なんですかそれ!?急すぎるです!辞令出すの遅すぎです!サプライズすぎます!やっぱりレジアス中将さんはうっかりさんです!お茶目さんです!ドジっ子さんです!!」
両手を振り上げてプンプンと怒るリインを見て、はやてはまあまあとリインを宥めようとするが、一度癇癪を起こしたリインは止まらない。
「リイン・・・言いすぎやそれ・・・」
自分のことを棚にあげて、苦笑するのだった。
そんなはやてとリインのやり取りと同じ時間、機動六課の隊舎の前で男が一人、荷物を地面に置いて隊舎を眺める。
黒い髪を短く刈り上げ、肌は日に焼けて黒い。体つきもガッシリして、太い首、広い肩幅、分厚い胸板など、服の下は鍛え上げられた肉体があることが容易に想像できる。時空管理局の制服を着ているので、局員であることは一目瞭然なのだが、ただ一部分、目をひくパーツがある。彼の顔の右目部分は大きな黒い眼帯がされていた。顔立ちはハンサムというわけでもなく、かといって不細工でもなく、お人よしの優しそうな目元をしているのだが眼帯が全てを台なしにしている。
「機動六課か・・・」
誰に聞くでもなく、つぶやく男性。
《(ここが新しい職場ですか?ご主人様)》
そこへ、透き通るような美しい女性の声が念話で男に問い掛け、それに対し、ああ、と短く答える。
《(じゃあ、ここに私の妹?がいるのね!)》
女の声質に似合わない、子供っぽい喋り方で聞く。
「(そうだな)」
男はやはり短く答える。
《(会いたい!すぐに会いたいの!会いに行くの!)》
女の声は男をまくし立てる。
「(ダメだ)」
《(えー!?やだやだ!会いに行く!会いに行くの!会ってお話するの!!こっちの仕事も飽きたしー!!)》
男は短くバッサリ切り捨てるが、すかさず抗議の声があがる。
「(今はまだダメだ。というか、お前仕事してないだろ。『あの人たち』も困ってたぞ)」
《(・・・いずれ会わなければならなくなるということですかご主人様?それと、私は仕事をしたら負けかなと思ってますから!)》
女性の声が急に真剣な声音に変わるのだが、後半のセリフがその真剣さを台無しにさせる。しかも仕事の理由が働いたら負けとかもうダメ人間だ。まあそこはスルーする男。大人な対応である。
「(そうだ。まあ、まだまだ先だけどな)」
そう言い、声の主を納得させようとするのだが、しかし・・・
《(やだ!)》
「(え?)」
《(やだやだやだ!!私は今会いたいの!もしくは、さっきご主人様がここに来る途中で通り過ぎた店の、シュークリームが食べたいの!)》
「・・・」
自分の欲望に素直な声の主に呆れつつ、しょうがないと笑みをこぼす男。
「(わかったよ。八神二等陸佐への挨拶を終わらせたら買いに行こう)」
《(えー、それじゃあしょうがないのね!シュークリーム20個で手打ちにしてあげるの!)》
「(・・・腹壊しても知らないぞ)」
明るい声の主がヨダレを垂らして、にやけてる顔が容易に想像できるので溜息混じりに言う。
《(デザートは別腹なの!)》
などと宣う。
なんだ?胃が二つあるのか?というか増えたのか?一度内臓をじっくり研究させてほしいものだと考えつつ腕時計を見ると、もう時間だと話を切り上げる。
「(ほら、もう行くぞ。大人しくしてろよ、ていうか仕事しろ)」
《(いや!)》
明るく拒否され、苦笑しつつ男は隊舎の中に入っていった。
シャリオ・フィニーノ一等陸士は浮かれていた。それはもう、スキップをして、鼻唄を歌うほどに。スキップをしているシャーリーを見た他の局員は、なにか可哀そうなものをみるような憐憫の眼差しをシャーリーに向けていたが、当のシャーリーはそんなこと気にすることなく、ご機嫌にスキップを続けていた。
(フンフンフン♪いいパーツが手に入ったわ!これでみんなのデバイスも、より効率的になるわ!)
デバイスマイスターのシャーリーは、デバイスの稀少パーツを手に入れご機嫌だ。しかし、この気分が天国から地獄へ急落するとは、この時予想もしていなかった。そう、たまたま受付担当がほかの対応に追われていて、ロビーでたまたま近くを歩いていた暇そうな人間に見えたという偶然が、彼女を地獄へ転落させる。
「あの、すいません」
シャーリーは後ろから声かけられ、クルリと勢いよく体ごと振り向いた。
「はいっ!なんですか?」
ニコニコと笑顔で答え、声かけてきた人を見た次の瞬間、シャーリーの笑顔がピシッと音を立てて凍りついた。目の前の人物があまりにも衝撃的だったためだ。
日焼けした黒い顔、ガッシリした大きい体、なにより、顔半分を隠すほどの大きな眼帯。シャーリーは恐怖し、混乱した。
(え?え!?なに?なにこの人!?暴力団のひと!?武闘派な人!?やだっ怖い!)
制服を見れば多少誤解も解けるだろうが、シャーリーはパニックになって、制服を見る余裕も無くしている。
そもそも、時空管理局にがっしりとした筋肉質、ボディビルダーのようないわゆるゴリマッチョな男性局員というのはあまり存在しない。それは、現場担当の隊員は魔法依存が顕著であり、あまり筋力というのを必要としないためである。なぜなら、筋力は魔力によって肉体強化という手段が取れるからである。それほど魔法が万能であり、力の象徴でもあるのだ。必要なのは魔法運用の演算能力、精神力と体力であるため、必然と筋力というものは二の次になってしまうのである。だからこそ目の前に佇む筋骨隆々、いわゆるゴリマッチョな男が異質に見えるのだろう。
人見知りをしないといわれるシャーリーがこれほど混乱するということは、相当インパクトが強かったのだろう。
「あの、お尋ねしたいんですが・・・大丈夫ですか?」
シャーリーが一人で混乱していると、心配になって見かねた男が聞いてきた。シャーリーは混乱したままで、背筋をピンと伸ばす。
「ひゃ、ひゃいっ!」
なんか変な声を出して答えた。男はそれを無視した方がいいと判断し、要件を言うことにした。紳士である。
「八神二等陸佐はどちらにおいででしょうか?」
シャーリーはその名前を聞いてビクッとした。
(・・・え、なに?八神隊長に用事?まさか、殺し屋!?ヒットマン!?鉄砲玉!?八神隊長の命(タマ)を殺りにきたの!?)
シャーリーは地球の極道映画等が好きなのだろうか?というか、堂々と玄関から乗り込んでわざわざターゲットの居場所を聞くような、礼儀正しい殺し屋もいないと思うが。
しかし、シャーリーは落ち着いて受け答えをする。
「や、八神隊長に、ど、どどどのようなご用件でしょうか?」
若干声が震えているのはご愛嬌か。
(八神隊長は私が守る!この命にかえても!)
シャーリーは心の中で一代決心をして男に戦いを挑んだ。
しかし、返ってきた言葉は、彼女の決心の斜め上を行くものだった。
「いえ、明日より機動六課へ転入となりましたので、ご挨拶にと思いまして」
「・・・・・・は?」
シャーリーは固まった。