夢を掴む、その瞬間まで・・・   作:成龍525

11 / 16
…………

………………!


皆様お久しぶりですっ><。

まったく、前回の更新からどれだけ止まってたのか……
5ヶ月弱の間全く更新出来ずにいたこと、続きを楽しみに待っていて下さってた方々には本当に申し訳ありませんでした。

いつまでもモヤモヤはしてられないし、誰も望んではいないと思うから…
これからはもう少し更新早めに出来るように頑張ります!


ちょっと長くなってますが、お楽しみ下さい♪(※≧∀≦※)/


第8話 ~伝説の、終わりに~

 燦々と照り輝く午後の日差しが、頑張市民球場を更に熱くしてた。

グラウンド整備の一環で内野に撒かれた水もその光を受けて煌めいている。

 

「んー、もうそろそろか」

 

あかつき中学が勝利を収めた準決勝から時は少し経ち、今は午後十五時。

鈴達もその間に遅めの昼食を摂り、来るべき決戦に備えて体を休めていた。

電光掲示板の時計をぼんやりと眺めながら矢野もまたその時を待っていたのだが、周囲を見渡すと再び慌ただしく動き出し始めたことから実感が湧いてくる。

決戦の幕開けはもうすぐなのだと――。

その実感は間違ってはいなかった。

 

『後攻はやぶさ中学校、シートノックを始めてください』

 

 そんな場内アナウンスが聞こえ、それを合図に三塁側のベンチから出てきた深緑色のユニホームに身を包んだ選手達がシートノックを受けていく。

矢野の目の前で粛々とシートノックを進めていくはやぶさ中学は女子軟式野球に昔から力を入れていた、いわゆる古豪。

捕球姿勢にしても、その後の各塁への送球にしても、動作の一つ一つがあかつき中学と同等か、もしくはそれ以上か。

シートノックのみでは打撃面の事まで矢野は窺い知る由もなかったが、今年もその歴史に裏付けられた実力を遺憾なく発揮してここまで勝ち上がってきていたのは紛れもない事実だった。

瞬く間に七分が過ぎていく。続くあかつき中学のシートノックも終わり、いよいよ――。

 

 両校揃っての挨拶も終わり、はやぶさ中学側の守備位置の紹介が超満員の球場に響いていく。

それを真剣な面持ちで聞いていた矢野。

だが、視線をマウンドに移すと矢野はそこに立つ少女を思わず凝視してしまった。

「それにしてもあのピッチャー、えらい小柄だ。小学生、じゃないよな……?」

 

『ピッチャー白鳥さん』

 

 矢野が驚きを隠せなかった理由、それは白鳥という先発を任されていたピッチャーが“あまりにも”背が低過ぎる。というものだった。

中学生の女子生徒の平均身長といえば、一年生だと大体が150cm前後であることが多かったりするのだが、この白鳥はその平均身長を明らかに下回っていたのだ。

156cm前後ある鈴に比べて頭二つ以上の差が見て取れることから、120cmない可能性もある。

加えて全体的に丸みのある容姿と幼い顔立ち、そこから矢野も小学生と見間違ってしまったのだろう。

どんな競技にせよ背丈の高さには色々な利点があるとされ、野球も例外ではない。

それ故にこの起用には何かがある。

そう考える矢野であったが今はただ、プレイボールの瞬間をじっと待つのみだった。

 

 三年間全打席ヒット、鈴がその大記録を達成出来るかどうか。

全てはこの一戦で決まる。

鈴と矢野、二人の絆に交わされた前人未踏の打率1.00達成の約束。

当事者である二人は元より、この頑張市民球場全体を準決勝の時には無かった張り詰めた空気が流れていた。

両校の吹奏楽部が奏でる音色、観客席から沸く声援、そよぐ風、降り注ぐ陽の光――。

その一つ一つが矢野の、そして鈴の体に重く響いてくる。

言い知れぬプレッシャーに負けまいと精神を研ぎ澄ませ、まずは1打席目を待つ。

 

(俺よりも鈴ちゃんの方が緊張してるはず。俺が、みんなが付いてるから、きっと大丈夫……!)

(試合でこんなに緊張するの、初めてだ。でも、きっと大丈夫……!)

 

 しかし、思いのほか鈴の初打席はすぐやってくることとなる。

 

「ストライクスリー! バッターアウト!」

 

 どうしたことか、あかつき中学の1番八代、2番綾小路があの背丈の低いピッチャーに初回、初打席だったとはいえ成す術無く倒されていたのだ。

「天下のあかつき中学というからどのていどかと思うたが――なんじゃ、手応えのない」

マウンド上で尊大な態度を露わにする白鳥。

キャッチャーから返ってきたボールを見つめ、ついたため息もどこか失望感を纏っていた。

一方、ネクストバッターズサークルから左打席へと向かう鈴は神妙な面持ち。

しかし、そんな白鳥の態度も鈴の登場に再び引き締まっていく。

(ふむ、このバッターの雰囲気、やはり他と違うな)

(……この娘の投球、近くで見ると思っていた以上にやっかいかも)

白鳥はキャッチャーのサインを確認し、少しの沈黙の後頷いた。

そしてバットを構えて静かに待つ鈴を視界に捉えながら白鳥は、背筋をぴんっと張ったノーワインドアップのポジション、どこかで見たことあるような投球モーションで左腕をしならせる。

指先から放たれたボールは浮き上がるようにして、いや、寧ろ浮き上がりながら内角高め目掛け直進。

球速も速いというより遅い、105キロ出ているかというところ。

だが、超低身長のアンダースローから放たれたそれはまるで矢の如く鋭く、鈴の胸元付近に突き刺さった。

 

「ストライク!」

(何これ……今まで見てきたどのストレートとも軌道が違う!?)

 

 キャッチャーが構えた内角高めのミットに乾いた音と共に収まる白球。

それを見て両校の声援乱れ響く中、白鳥はマウンド上で不敵な笑みをこぼしていた。

「動かず見たか。あの内角高め、初めて見たものは空振りするか、思わずのけ反ってしまうかのどちらか……流石は、と言うべきかのう」

白鳥が鈴に対して投じた初球はストライクゾーンの縦のラインにギリギリ決まる、内角高め。

だが、それは単なる内角高めではなく低身長を逆手に取った、限りなく地面に近いところからバッターを射抜くような感じで向かってくるものだった。

それに加えて左対左。

左対右でも十分に威力を発揮することは出来るが、この組み合わせがこのコースへの一球の威力を何倍にも高めていたのだ。

事実、先頭打者であり左バッターでもあった八代もこの内角高めにやられていた。

結果的にはカウントを一つ取られはしたものの、初球で白鳥の特徴を掴めたのは鈴にとって大きなプラス材料となる。

ならばと白鳥、今度こそ打ち取るつもりで次なる一球を放った。渾身の一球を。

肩口ほどある藤色の髪を風に舞わせながらリリースされたボールはその直後からふわっと浮き上がるような変化を見せ、かと思った次の瞬間――。

「難しい変化だけど、これなら打て……え?」

ボールの到達点を予測してバットを外角高めへ出そうとした鈴。だが、急に減速し始めたボールは予想を超えた落ち方で、気付けば真ん中付近まで落ちてきていた。

(ダメ! これ当ててしまったら引っかけてしまう……!)

このタイミングではバッティング動作は止めることは出来ない。

鈴は反射的にボールの変化に合わせるようにして、無意識のうちにミートポイントを調整していたのだ。

その正確な調整力で今までどんなピッチャーの、どんなボールでもヒットにしてきた、打率1.00を守り続けてきた鈴ならではの長所だ。

 

「ストライク、ツー!」

「あ、危なかった……」

(なんと、あの瞬間でバットの軌道を自力で変えたと言うのか?)

 

 しかしながらこういう場面では逆に、それは短所にも成り得る。

スイングを止められず、そのまま振っていれば間違いなく詰まらされていただろう。

バッターはいつ如何なる時でもボールにバットを当てたい、即ちヒットを打ちたいという心理が働くもの。

それ故にバッターにとって“意図的に”空振る、しかも確実に当たるスイングを途中で軌道修正して自ら空振る行為は動作的にも難しいし、まして心理的にも非常に辛いものだが、鈴はそれを一瞬の判断の下やってのけた。

この下手に当ててしまえば打ち取られてしまうボールへの柔軟な対応力もまた、鈴のずば抜けたバッティングセンスから培われてきたものと言える。

「“これ”も効かぬとは……」

「こんな変化するボール、真央ちゃん澪央ちゃん以外で見たことない。次気を付けないと、だね」

準決勝で澪央が見せた、あの神懸かり的なカーブに引けをとらない変化を見せた変化球。

白鳥が“これ”と言っていた変化球、それはスクリューだった――。

だが、白鳥のスクリューは他よりも基本となる変化の量も大きく、低い身長から生まれるリリースポイントの低さも合わさって相当打ちづらい魔球と呼んでも遜色ないものになっていた。

 カウントだけ見れば白鳥が鈴をたったの2球で追い込んでいたが、実際に追い込まれていたのは鈴ではなく白鳥本人――相手は三年間全ての打席でヒットを打ってきたバッター、その事実が白鳥にも例外なくプレッシャーを与えていたのである。

言い知れぬ重圧の中、瞳を閉じ、深呼吸。

そして、白鳥は腹を決める。

 

(――ふぅ、試合は始まったばかり。ランナーがいるわけでもない。ならば、じゃ)

ワインドアップポジションから投球モーションに入り、下半身で溜めた力を腰、肩、左腕へと順々に伝えていき、放たれた3球目。

「あれこれ考え込まず目の前の相手にただ、ぶつかるのみ……!」

内角低め、丁度膝よりも上付近の高さのところに向かってくる。

鈴が軌道を予測しスイングしようとした、その瞬間――。

「うっ、やっぱりここで変化してくる! でも……打ってみせる!」

2球目の時と同じく落ち始め、だが、その時よりも変化が小さい。

見逃せばボールになるかならないか、際どいコース。それでも鈴は絶対に打つ! という強い信念で向かってくるスクリューをギリギリのところまで引きつけ、高く打ち上げないよう慎重にバットを振り抜いていった。

 

「――――っ」

 

 打球はサードの頭上をふわりと越していき、鈴は打った時の体勢の崩れを利用して、一塁への一歩目をいつもより早めに踏み出していたため危なげなく一塁へ到達。

恐らく2球目の規格外なスクリューが白鳥の決め球だったのだろう。

それを踏まえた上ではやぶさ中学のバッテリーは3球目に普通のスクリューを選び、変化量の違いで打ち損じを狙ったのだが、鈴はそれにも対応してみせた。

「しかたない……にしても、悔しいのう…」

紅色の瞳で一塁側をちらっと見た白鳥は相手が悪かったのだと、苦笑いを浮かべるしかなかった。

それでも1番、2番を手玉に取っていた白鳥は続く4番草薙を三振に仕留め、スリーアウト。

鈴には打たれてしまったが、初回3奪三振と上々な立ち上がりで裏の攻撃に勢いをつけることに成功した。

 

 その1回裏、一塁側の内野席で矢野も見守るあかつき中学の守備。

マウンドには両耳の前で髪を黄色いリボンで結った、黒髪の女の子が投球練習を行っていた。

「決勝戦の先発は……あの娘がひょっとして、千石真央ちゃん?」

背番号は“10”、澪央と瓜二つな投球フォームと雰囲気が凄く似ていたこと。そこから矢野は彼女が澪央の双子の姉なのではと思った。

が、その答えはすぐに出ることとなる。

 

「千石さーん! 後ろは私たちが守るからーっ」

「そうそう、それに真央ちゃんの実力は確かだから、普段通りに落ち着いていけば大丈夫だよー?」

「せ、先輩方――、それに鈴先輩まで……ハイッ!!」

 

 あかつきナイン、そして鈴に励まされた千石真央(せんごく まお)。正直なところ本当はかなり緊張していて心臓が張り裂けてしまいそうなほど脈打っていた。

しかし、それも仕方のないこと。真央はまだ一年生であり、ましてや決勝戦の先発である。

如何に他の一年生達とは次元の違う実力の持ち主だったとしても、心は同年代のそれと変わらず、三年生の部員達の勇退が懸かったこの試合で緊張するな、というのが無理な話。

チームメイトの声援に背中を優しく、そして力強く押してもらった真央は潤む瞳を拭い、既に左打席に入っていたはやぶさ中学の先頭バッター佐渡を見据えた。

 

(澪央と月代先輩が……みんなが繋いで私に託してくれたこの試合、絶対に守り通してみせる!)

そう自身に言い聞かせて、きっかけとなる1球目を地面すれすれから投げ込む真央。

指先から離れたボールは澪央のストレートより若干遅く、だが、同年代の女の子と比べれば十分スピードは出ていた。

だが佐渡もここまで勝ち上がってきたチームの1番バッター、真央のボールが速いといっても三年生である佐渡にしてみればかえって打ちごろでしかない。

「ふふ、悪いけど打たせてもらうよっ」

低めいっぱいに走ってくるボールへインパクトしようとしたその刹那、ボールは突如として動きを見せる。

佐渡の手元で鋭く外角へ逃げていく変化球、シュート。

スイングを止めることも、軌道を変えることも出来ずにいた佐渡のバットはボールを捉えてしまう。

意図したポイントで当てることが出来なかった打球は虚しく三塁線へ転がっていき、佐渡はサードゴロ。

 真央は2番鹿島に対しても低めのスライダーをバットの先端に引っかけさせ、ファーストゴロとし、これでツーアウト。初回のはやぶさ中学の攻撃を早くも抑え込もうとしていた。

 

「澪央ちゃんも凄かったけど、真央ちゃんも凄い……! あのシュート、高校でも十分通用するレベルだっ」

 

 矢野が驚き感心した真央、彼女の次なる相手がネクストバッターズサークルからゆっくりと歩いてくる。

 

(わぁ、綺麗―……)

打席に視線を移した真央は、目の前にした相手の容姿に思わず息を呑んでしまった。

 

『3番セカンド、織星さん』

 

 真央が思わず見とれてしまった理由、それはバッターである織星の瞳にあった。

彼女の瞳は左右で色が違っていたのだ。

左が緑色で右が水色、いわゆるオッドアイ。初めて見るそれを真央は神秘的に感じてしまったのだろう。

オッドアイの学術的名称は虹彩異色症(こうさいいしょくしょう)、“症”と表記されているがそれは単に“左右の瞳の色が違う状態”を表す言葉であって、必ずしも何らかの疾病を当人が抱えているという意味ではない。

この織星もそう。事実、彼女の持つオッドアイも先天的な遺伝、つまりは生まれつきによるもの。

「綺麗……だけど、今は試合に集中しなきゃ――!」

キャッチャーから出されているサインを確認し、全身を躍動させて力のこもったフォームで投げていく真央。

ストレート、スライダー、シュートと次々テンポよく投げ込んでいくが、織星は見逃すものは見逃しカットするべきものはカットしていった。

何が見えているのか、その神秘的な瞳が何を捉えたのか。それは天子にしか分からない。

端から見れば、天子には“普通の人には見えないもの”が見えているように感じていたことだろう。

それほどまでに天子は真央に球数を投げさせ、粘りに粘っていた。

 

(なるほど、スライダーにはホップがかかってるのか。これだもの先輩達が打ち損じてしまうわけね……)

 

 先輩達――そう、織星こと織星天子(おりぼし てんこ)もまた真央らと同じく一年生。

そんな天子が一年生でありながらスタメン入りし、3番を任されているのにはそれなりの理由があった。

どんなボールの変化にも反応し粘る技術、粘ることで自ら生き延びる確率もヒットにする確率も高くなる。

それが直接的な理由なのだが、それを可能にしているのは彼女のオッドアイ。

神秘的な瞳の裏に何か秘密があるのかもしれない。が、同じチームの人間をはじめ天子本人でさえその秘密の謎を把握し切れていないのが現状である。

故に眼力とでも、瞳力とでも表現するべきだろうか――。

天子はその力のお陰か、小学四年生から始めた野球で公式試合の場では一度も三振したことはない。

だが通算三振数が0なだけであって、打ち損じる時や打ち取られることは普通にある。

もっとも、同世代で猪狩鈴が輝きを放っていたために注目されることは少ないが、天子も間違いなく優れた素質の持ち主だと言えよう。

 

 一体何球粘っただろうか、今もこうして真央が繰り出す一つとして同じ変化のないシュート全てを、天子はカットしていた。

同じ種類のはずなのにその変化はまるで生き物の如く多彩。

ボールの握りの深さ、指先や縫い目のちょっとした加減で巧みに変化を生み出していたのを天子には文字通り“見えていた”ため、真央の投球にただただ驚くばかり。

真央もまた自身のシュートを交えたピッチングが思ったように天子には通用せず、相手への賞賛と自身への焦りが混ざった複雑な気持ちになっていた。

 

(粘れるとこまで粘りたいけど、初回でツーアウトだしなあ……)

(後の回のこと考えると、早く決着つけないとダメ……だよねっ)

 

 割と前からフルカウントになっていたこともあり、そろそろ一番自信のあるシュートで自分を仕留めにくる、そう天子も予測していた。

体を柔らかく捻り下から右腕を振り抜いた真央。天子の瞳に映っていたのは、やはりシュートの握り。

低めいっぱいを突こうと投げられたボールは内角低めへと迫ってくる。

スピードはストレートと大差無い。そのスピードを維持したまま天子の手元で真横に、鋭くホップ気味に曲がっていき――――。

 

「ボール、フォアボール!」

「――外れた!?」

 

 ボールは右打席で構えていた天子の膝元、ストライクゾーンからボール半個分外れたところに着弾。

スイングしかけた天子だったが、放たれたボールに今日一番の回転が掛かっていたのが見えたために振るのを止めていた。

天子の観察と読み通りボールは外れ、これでツーアウトながらランナー一塁。

とても悔しがる真央を横目に一塁へと天子は軽く駆けていく。

 

(正直危なかった……けど、いつも荒れ球上等!の超速球派の誰かさん相手に練習してるからなぁ。制球いい分こっちのが見きわめやすくて助かったよ)

 そんな意味深なことを内心思いつつ一塁ベースを踏む天子であった。

 

「鈴先輩ほどじゃないけど、織星さん――あのミート力と選球眼、次からが本当の勝負…」

 

 鈴とはまた違った、それでいてよく似た天子に競り負けてしまった真央は次のバッターが打席に入るまでの間、気落ちしていた。

しかし、次のバッター4番の百道と向き合おうとしていた真央に気落ちは見られない。

それどころか天子に四球を与えてしまったのが悔しく、その思いが真央のピッチングに力を与えていった。

天子が散々粘ったシュートを主体にして攻めていき、百道をあっという間に三振。

「千石さん、あの3番バッター手強かったねっ」

「ナイス真央ちゃん!」

「あ、ありがとうございますっ!」

悔しさは、まだあった。

けれども初回を無事に乗り越えられた今、その悔しさは小さくなっていた。

自分の力だけじゃない、みんなの力があったからこそ無得点に抑えることができたのだから。

真央にとってその事実は大きく、それは確かな自信へと繋がっていく。

 

 

 両校にとっての短くも濃い初回はこれで終了した。

 

 

 いざ勝負の蓋を開けてみれば両校の実力は非常に高いレベルで拮抗していた。

ここまであかつき中学が掴んできた勢いと、はやぶさ中学が築いてきた伝統は、ほぼ互角。

投打のキーマンが両校にいたこともそれに拍車を掛けていた。

白鳥は魔球レベルのスクリューを武器にあかつき打線を翻弄、三振を決めるべきところで決め打たせるところは打たせ、唯一ヒットらしいヒットを打っていたのは鈴のみ。

その鈴ですらスクリューに苦しめられ、三遊間へ内野安打を放つのがやっとだった。

一方の真央も左右の変化球を駆使してコーナーや低めを果敢に狙っていき、好球必打のはやぶさ打線をテンポよく打ち取っていた。

 

 そして、4回の裏、はやぶさ側のベンチは何やら賑わいを見せていた。

 

「わらわはもうつかれたー。次の回で交代させぃ、交代ぃ!」

 

 そんなとんでもないことを叫んでいる、自分のことを“わらわ”と呼んでいるのは、ここまではやぶさ中学のマウンドを力の限り守ってきていた白鳥。

「これつばき、そんなわがまま言うものではないぞ? 今の打順は5番から始まっておる、お主の番まで回れば監督もそこで代打を送ってくれるはずじゃ」

白鳥つばき(しらとり つばき)――それが白鳥の名前であるが、そのつばきを窘めているのも同じく一年生のピッチャー、蓬莱かぐや(ほうらい かぐや)だった。

かぐやは前髪を短く切り揃えていて、勾玉のように眉頭が大きく短い古風な眉、口調も若干古めかしいと、つばき同様和の雰囲気を感じさせる女の子である。

すると今度はつばきとかぐやが隣り合って座っているベンチ、その後ろ側のベンチから意志の強い二人とは正反対の弱々しい声が聞こえてきた。

「でも、実際すごいよね、つばきちゃんは。あのあかつき中学を完璧に抑えてるんだから」

「ん、玉水か。いやー、それほどでもあるがな」

まんざらでもない様子で照れるつばき、駄々をこねるつばきを一発で静めさせた弱々しい声の主は雨宿玉水(あまやどり たまみ)

天子の隣に座っていた彼女もまたつばきやかぐやと同期のピッチャーで、実はこの三人、現はやぶさ中学女子軟式野球部の三枚看板のピッチャーである。

実際、今大会もこの三人いずれかが先発し、残る二人のどちらかがリリーフ。もしくは一つの試合で三人で継投という形ではやぶさ中学はこの決勝まで勝ち上がってきていた。

 

「でもあれだよねー、準決勝ではアンタ投げたし、たまがリリーフってことはないんじゃない?」

「ふむ、それに玉水、お主が登板すると必ず――」

「必ず?」

 

 今も試合の真っ直中、にも拘わらず歴史と伝統あるはやぶさ中学のベンチの雰囲気は明るい。

それは偏につばき達、台頭著しい力ある一年生の存在が大きいのだろう。

「必ずといっていいほど雨を降らすからな、この大事な決勝戦でそれは困る。というわけだ」

「あかつき側が今日ダブルヘッダーになったのもある意味、たまの雨女っぷりが影響してるかもだし、ね」

彼女達の肩にも他のチームメイトと同様のプレッシャーがのし掛かっている、それでもプレッシャーに負けずに普段通りにいられる。

「うっ、それは確かに……確かにわたしが登板したら雨が降り出して、その雨が酷くなって他校の試合が何試合か順延になったりしてたけど……最終回だけだったら大丈夫、かも?」

そういったことがチーム全体が普段通りの実力を出し切れていることに繋がっていた。

 

 他愛ないやり取りに、ベンチ内に居る全ての仲間の顔が思わずほころぶ。

「おいお前達! 今は仮にも試合中だ、笑いたいのならこの試合勝利で終わらせてからにしろっ」

監督ただ一人を除いては――。

 

 そうこうしている間に5回の表、結局つばきはこの回裏の攻撃が自分からだということで続投となった。

 

(この回、何とかして持ちこたえねばな……)

 

 ここまでのつばきは打者18人に対して被安打3、奪三振4、四球3、失点0。

鈴に全打席でヒットを打たれはしたものの、鈴以外には7番那須が放ったショートへのヒットのみ。

四球に関しても低めや際どいコースでの勝負が多かったため、寧ろ3つは少ないと言える。

70球は投げてきたつばきのスタミナもそろそろ尽きかけていた。

それでも何とか余力を振り絞り先頭バッター真央を三振に切って取り、後続の八代には四球、綾小路をキャッチャーフライで打ち取ることに成功。

ここで鈴を迎え、つばきは果敢に挑むも3球目の胸元に甘く入ってしまったスクリューをライト前に運ばれてしまう。

ツーアウトランナー一、二塁。鈴が繋いだあかつき待望の先制点を上げるチャンスがやってきた。

が、4番草薙がつばき渾身の高めへのストレートに詰まらされファーストゴロという結果に。

 

「わらわはつかれたーっ、もう一歩も歩けぬー。誰かわらわをおんぶせい! おんぶー」

「はいはい、それならワタシの背中を貸したげるよ」

 

 我が儘で世間一般の感覚に疎いところが玉に瑕ではあるが、ここまであかつき打線を封じ込めてきたつばきのその力は本物。

セカンドの定位置から駆けてきた天子もそれが“つばきらしさ”なのだと解っていたからその尊大な物言いにも笑顔で応え、マウンドの、つばきの横で屈んだ。

「おおー、ならば天子の背を借りるとするか」

天子の背に力の抜けきった全身を預け、安堵の表情を浮かべるつばき。

「近所のチビ達と遊んでいると、たまにこうやっておぶって帰ることとかあるからね。それにつばきは軽いし背負ったうちに入らないから、気兼ねなくおぶさってていいんだよ?」

「そうかそうか――ってコラッ、わらわをそこらの子供と一緒にするでないわー!」

試合も終盤に差し掛かり、より高らかな応援の声が舞い飛んでいた。

背中越しにつばきからの抗議を受けながら天子とはやぶさナインは、自分達のベンチへと疲れを感じさせない軽やかな足取りで戻っていった。

 

 一方、あかつき側のベンチもこの終盤、勝利を掴むために動きを見せる

準決勝でリリーフ登板をした月代。彼女はこの決勝戦ではチームで数少ない対左要員として8番ライトとして出場していた。

しかし、はやぶさ中学の先発つばきが予想を上回るほどの力投を見せている。

そのため肝心の月代はというと……自分のバッティング全くさせてもらえず結果も散々だった。

そして真央もまた、先発としての役割を十分過ぎるほど果たしていたことから、このまま最後まで真央に投げきってもらいたい。というのが監督やチーム全体の思い。

それに伴って真央の疲れを極力少なくするために、5回の裏は真央と月代の守備位置を交替し月代が代わりに投げる――正確には月代がマウンドに上がり、レフトのレイがライトに移り、空いたレフトに真央が入ることとなる。

 

そんな勝敗を決することになるかもしれない思い切った作戦を、あかつき中学は敢行することにした。

 

「夜野、頼むよ? この回しっかり抑えられれば真央も後2イニング抑えやすくなるから」

「もちろんです! 可愛い後輩のためですもの、この回きっちり決めてきますよっ」

 

 この決断は監督にとっても辛いものだったのだろう。

監督である前に双子の、真央の母親でもある。

目の前にいる大切な部員が、我が子が疲れの色を隠せないでいる様子に、これ以上無理をさせたくない。そう思った。

だが、辛いことに今のあかつき中学にはこの局面を打破出来る実力を持っているピッチャーは、真央だけ。真央に劣らぬ実力を持っているものが仮に居るとすれば、それは妹の澪央なのだろうが……澪央も既に準決勝で6回弱投げている。

まともに投げられる余力と実力を考えれば、あとは月代しか居なかったのだ。

 

 母としての優しさか……それとも監督としての責務か……

その葛藤に答えを出せないまま、今はただ、月代の左腕に希望を託すほかなかった。

 

 マウンドに上がる月代は目を閉じ、ゆっくりと息を吐きながら自身に言い聞かせるように小さく呟く。

 

(回の始まり――ランナーのいないこの状況なら、大丈夫。いける……!)

 

 目を開け、視界に捉えたのは5回を投げきったつばきの代打として打席に立っているのは藤波だった。

少し間を開けた後、月代の左腕は唸りを上げる。

 

「ストライーク!」

 

 ミットを打つ心地よい音は、今の月代の調子が良いことを物語っていた。

終盤であり今まで好投していたピッチャーのところでの代打、それらが藤波の体を重くしていたとはいえ、月代の投じたボールのキレはバットを出すことが出来なかったほど。

そのまま間髪入れずに投げ、きっちり3球で藤波を三振に打ち取った。

「つっきーナイスピッチング! 打たれても私達みんなでボール止めるから、気負わず勝負に集中だよーっ」

「ふふっ、ありがとう♪ でもまぁ、打たれるつもりもないから、安心してもらっても大丈夫だけどねー」

自分の後ろを守ってくれる鈴達の思い、そして観客席から伝わってくる声援に背中を押してもらった月代のピッチングは更に力強さを増していく。

スリークォーターから繰り出されるストレートは澪央よりも少し遅く、得意のチェンジアップもまた真央の投げるレベルの高い変化球と比べれば至って普通であった。

それでも、上位打線に戻ったはやぶさ打線は月代のボールを捉えることが出来ない。

思いのこもった一球、また一球と那須のミットに収まっていき――。

気付けば三者連続三振。あっという間にはやぶさ中学の攻撃を終わらせた。

 

 女子軟式野球大会、決勝戦も残すところ後2回。

まもなくこの熱戦の雌雄が決する、何よりも鈴の三年間全打席ヒットという伝説的な記録がもうすぐ達成される。鈴や矢野はもちろん、チームメイトやつばき達はやぶさ中学側も、観客の一人一人に至るまで。

球場全体がプロ野球の試合でも滅多にお目に掛かれない、期待や不安の入り交じった、独特な緊迫感に満ち溢れていた。

 その雰囲気が災いしたのか、6回表あかつき中学の中軸である山田はこの回からつばきの代わりに投げているかぐや、その幻惑の投球術の前に敢えなくサードゴロに倒れてしまう。

続くレイにも山田に対して投げていた、リリース直後から大きく弧を描きながら超低速で曲がり落ちるドロップを主体に攻めていった。

しかしながらそのドロップの変化量、つばきのあのスクリューよりも縦方向への落ち幅が広く、厳しいコースを突かなければいけない局面も相まってボールカウントが先行。結局レイを一塁へと歩かせてしまうこととなる。

 7番那須もピッチャーフライに倒れ、ツーアウトランナー一塁。

 

(左投げのつばきの後に右投げの我、さぞ打ちづらかろう?)

(くっ、なんなのこのピッチャー……100キロも出てないっていうのに何でこんなに打ちづらいの!?)

 

 打席には前の回に限定登板した月代が立っていた。

山田や那須が苦戦していたドロップに月代は何とか反応して粘り、見極めようとする。

一般的な考えでは遅い球は打ちやすく、芯で捉えやすいと言われることもあるが、つばきといい、かぐやといい、彼女らの遅球はとにかく打ちづらい代物だった。

つばきはリリースポイントが地面スレスレの左投げアンダー、かぐやは元からクイックモーションの効いた右のサイドスロー。そしてそれぞれがウイニングショットと呼べる強力な変化球を持っている。

例え球速そのものが遅くとも、それらの要素が複雑且つ精密に絡み合いバッターを翻弄していく。

 

「――っ、お願いだから当たって!?」

 

 フルカウントまで粘り、いや、追い込まれた月代。

自分がアウトになればあかつき中学に残された攻撃は、延長含めなければラストの7回のみ。

それ故に空振ることだけは絶対にしたくない――その一心でインステップ気味に投じられた遅めのシュートに食らい付き、必死の思いでバットを振り抜いた。

外角へのシュートを無理矢理に近い形で打ち返し、しかし打球は詰まったお陰で右中間の丁度いいところへ落下していく。

誰もがこの一打がヒットになる、そう思った。

月代も観客席から聞こえてくる盛り上がりで自身が放った打球がヒットだと、そう思っていた。

だが、一塁を回ろうとしたその時、月代は我が目を疑う光景を目にする。

「……アウト! スリーアウトチェンジ!!」

はやぶさ中学のセンター瀬川が右中間の地面に倒れ込み、震える左手を力強く天に掲げ、そのグローブにはしっかりとボールが握られていた。

タイミング的には誰もがヒットになるという打球を、瀬川は懸命に走り、必死に左手を伸ばし、最後まで諦めないその姿勢がこのファインプレーを生んだのだ。

少しの間事態を飲み込めずに立ち尽くしていた月代だったが、まだ終わったわけじゃない――。

そう思い、落ち込むのを止め再び心に希望をを灯しながらベンチへと戻っていく。

 

 両校一歩も譲らず、正に決勝戦と呼ぶに相応しい一戦。

ここまでの展開に球場全体が沸き、その一方で固唾を呑み……

フィールドで繰り広げられている静と動、その攻防を見つめていた。 

 

「…………やばいな」

 

 先ほどのファインプレーで流れを掴んだのか、矢野も見守る中ではやぶさ中学にこの試合初のチャンスが到来してしまう。

6回裏の先頭バッター、天子が数球見た後ボールゾーンから内角低めのコーナーに際どく入ってくる真央のスライダーをその瞳で“見抜き”、狙い打ち。

十分に引き付けてから打ち返した打球は綺麗な放物線を描いていく。

柵越え弾にはならなかったもののライト側の防球フェンス手前まで飛び、結果はツーベースヒット。

打った天子は滑り込んだ時に付いたユニホームの土を払い、三塁側の観客席から届けられる祝福の音楽に清々しい笑顔こぼれるガッツポーズで応えた。

真央はそこからはやぶさ打線相手に苦しい投球を強いられていく。

一人一人のバッターとの対戦で球数を多く投げさせられ、精神的にも追い込まれていく真央。

4番5番との勝負でアウトを一つ奪ったものの四球も絡んで、状況もワンナウト1、3塁とあかつき中学にとってもはやぶさ中学にとってもここが正にターニングポイント。

 

(外野へのフライでも得点あるし、もちろんスクイズの可能性も十分有り得る……)

(ピンチだけど一塁にランナーいるってことはゲッツーのチャンスも、あるってこと。だよね……)

 

 この場面で起こり得る状況を思いつくだけイメージしていくあかつきバッテリー。

はやぶさ中学側には犠牲フライか、スクイズか、エンドランという選択肢もあった。

逆にあかつき中学側としては一番はもちろん、残る2つのアウトを三振で取ることだが、最低でも内野ゴロに打ち取れればゲッツーという可能性がある。

そこであかつき中学は内外野を前進させゲッツーシフトを敷きつつ、同時に犠牲フライを警戒する方法を選んだ。

もちろん長打も視野に入れなければいけないのだが、今日の真央は外野へはほとんどフライすら打たれていない。

そのことから監督は敢えて長打は無いと判断し、守備シフトの指示を出していく。

 そして6番星風はその守備シフトもあってか外野越えの打球を意識してスイングしているように見えた。

 

 だが、勝負とは常にどう動くか予測しにくいもの。

ツーストライクと追い込まれた星風は今までの打ち気の姿勢から一転――。

 

「す、スクイズ!?」

 

 今日ヒットを1本も放っていない、そんな星風が低めに投げられたストレートに対してバットを寝かせ、三塁線へと打球を転がす。

「サード!」

三塁にいた天子はスクイズの構えを確認した瞬間、ホームへのスタートを既に切っていた。

「――ホームは、踏ませないっ」

幸か不幸か、絶妙な位置へ転がっていた打球を素手で掴んだ山田はすかさずホームへと送球。

頭から滑り込むようにしてホームへ突入した天子を、那須は城を守る城壁のようにブロックの姿勢で迎え撃った。

「……」

「…………」

両校の吹奏楽部が奏でる音楽以外、音が止まった無音の世界。

那須が、天子が、そして球場中がクロスプレイに対しての主審のジャッチをじっと待つ。

 

「――セーフ! セーーーフ!!」

 

 主審が両腕を真横に広げジャッチを伝えた、その瞬間、割れんばかりの歓声が三塁側から沸き立つ。

ことごとくスコアボートに0を刻んできた両校。だが、遂に均衡が破れ、0対1。

終盤のこの土壇場で、あかつき中学の失点を許してしまった瞬間である。

 

「タイム!」

 

 タイムを取ったのはあかつき中学、ベンチから出てきたのは監督ではなく伝令を任された澪央だった。

俯く真央の正面で立ち止まった澪央は心配そうな表情を浮かべていた。

「姉さん……大丈夫? かあ……監督はもし無理だったらちゃんと言いなさい。って言ってた」

「…………じゃない」

「え?」

喉元から絞るようにして声を出そうとする真央。

姉さんは何かを訴えたいのかもしれない――双子故だろうか、澪央は何故だかそう思えた。

澪央は言葉の続きを少しの間黙って待っていると、真央はゆっくりと語り始める。

「……無理じゃないって、監督にはそう伝えてほしいの」

「姉さんはそれで、いいの?」

しっかりとした口調で真央は更に続けていく。

 

月代が1イニング引き受けてくれて、だから体力的には大丈夫だということ。そもそも澪央は準決勝の疲れがあったり、月代もリリーフや1イニング登板したのにはスタミナ不足という理由があったこと。

そして、そういうチーム状況の中、余力がある自分がここで投げなければ万が一延長戦に突入した時に一体誰が投げるのか? ということを。

何よりも自身の手で作ってしまったピンチを、この手で何とかしたかったことを。

 

それを聞いた澪央は「やっぱりねえ」という風に、諦めに近い納得をするしかなかった。

「澪央ちゃん、大丈夫だよ。監督もきっと真央ちゃんがそう言うだろうって思って澪央ちゃんに伝令任せたんだと私は思うし」

いつの間にか真央の傍に居て二人の話を聞いていて、二人に優しく合いの手を入れてくれた鈴。

「それにほらっ、つっきー見てみてよ。きっとつっきーも同じ気持ちだよ?」

「月代、先輩――!」

鈴に促されハッとして振り返ってみると、ライトの方で笑顔で手を振る月代がいた。

この距離だ、月代にはマウンド上で何を話しているのか知る由もない。でも知らなくとも話の意図はきっと理解していたに違いない、同じピッチャーとして。

それ故の笑顔だったのだろう。

「……じゃあ私は戻るね? 姉さん、ファイト!!」

「うん、ありがとう……!」

今にも大粒の涙が目からこぼれ落ちそうになりながらも、精一杯の笑顔で真央は頷く。

その真央の意志の強さを確認出来た澪央と鈴はそれぞれの、戻るべき場所へと戻っていった。

 

(母さん、澪央、鈴先輩に月代先輩。みんなありがとう! 私、絶対投げきってみせる!)

 

 プレイが再開され、ワンナウト1、2塁。尚もピンチが続くマウンドには真央。

だがしかし、タイムが掛かる前までとは明らかに真央を取りまく雰囲気が変わっていた。

キャッチャーミット目掛けて投じられるボールには力強さがある。

そして真央の表情は晴れやかとしていて、終盤まで投げ続けてきたとは思えないほど元気に見え投球フォームにも躍動感があった。

「っトライーーク! バッタアウト!」

真央にとっての生命線であるシュートにも勢いが戻り、7番瀬川は手も足も出せずに三振。

 続く8番比嘉に対しても勢いそのまま、一心不乱に右腕を振っていく。

内角にシュート、外角にスライダーをコースいっぱいに投げ込んでいった。

ただでさえ真央の変化球は同世代離れしているのに、そこへ左右や高低差が織り交ぜられようものなら、例え鈴クラスのバッターであったとしても捉えることは容易ではない。

 追い込んでからの3球目、胸元くらいの高さ目掛けて真央が放ったのは、シュート。

「うっ、曲がる前に打てれば!」

真央のシュートはストレートとスピードがほぼ同じで、バッターの手元で急に変化する相当厄介な代物。であるならば対処法は……激しく変化する前に打つ。

そう思っていた比嘉は打席に入る際、いつもより立ち位置を前にしていた。

しかし、そんな小手先の対応だけではこのシュートをちゃんと捉えることは出来なかった。

打球は力無く三遊間へ飛んでいく。

 

「後ろには……行かせないよ!」

 

 前進守備で普段よりもホーム寄りに位置していた鈴は打球にすかさず反応。

横を通り過ぎようとしていた打球を軽くステップを踏みながらグローブに収め、三塁側に倒れそうになるそのままの体勢で左脇の僅かな隙間から綾小路へグラブトス。

鈴の好守備により一塁のランナーはフォースアウト、トスを受けたセカンド綾小路も一塁へと送球してバッターランナーもアウトとなる。ゲッツー成功の瞬間だった。

 一塁側の観客席から惜しみない拍手が鈴や、真央、そしてあかつき中学の全選手へと送られ、あかつきナインはその拍手を背にベンチへと戻っていく。

 

「さっすがいかりんっ、同年代の女の子であんなグラブトス出来るのいかりんだけなんじゃない」

「そ、そうかなあ。私はただ無我夢中で……でも、御堂先輩だって普通にやってたよ?」

「御堂先輩って凄く野球が上手いOBの方で、確か鈴先輩が尊敬するプレイヤーなんですよねっ」

二人の先輩に挟まれる形でベンチまでの道中を真央は歩いて行った。

 

 真央の力投と、鈴の好守備。

もちろんチーム全体の活躍あってこそだったが、二人の懸命な姿勢がこの大喝采に繋がり、はやぶさ中学に傾きかけた流れを一気に引き寄せた。

残るは最終回のみ、この回で全てが決する。

女子軟式野球大会の優勝、そして――。

鈴の三年間全打席ヒット――。

 

 ベンチへと戻ったあかつきナイン。

監督の呼びかけで控え選手を含めた全部員がベンチ前に集まり、円陣を組む。

「揃ったね? 苦しい戦いになったけど、みんなよくここまで頑張ってくれた。ありがとう」

険しさの中にも温もりを感じさせる、母としての表情が重苦しく漂っている空気を薄めてくれていた。

一緒に円陣の輪の中に加わっていた監督は一人一人の顔をゆっくり瞳へ焼き付け、力強く声を上げる。

「――泣いても笑ってもこれが最後、いや最後の回にしよう! よしっ、いつもの“アレ”いくよ!」

お互いの顔を見合いながら頷き、そして鈴の「せーーーのっ」を合図に全員で叫んだ。

 

「「あかつき中――! ファイ、オーーーーっ!!」」

 

 傾きかけた日の光でうっすらと空が色付く午後十七時過ぎ――。

その色は時間と共に濃くなっていき、後どれくらいで鈴と矢野が約束を交わした空の色になるのだろうか。

 

全ての思いがぶつかる、激動の最終回が始まろうとしていた。

 




ということで、はい!
約17ページも費やしたのに最終回入り切らなかったですっ(爆)

最初の頃のを読んで頂いてた方は記憶にあるかもしれませんが、この回は元々短いお話でした。
しかも試合のシーンなんかはかなり駆け足で。
ちよっと思うところあり、今後のために少し内容を追加しようとしたら……この結果!(長さ!)

さて、両校に一年生が多く登場しているのは伏線だからです←
個人的には遅球タイプのピッチャーは好きです!!(誰も聞いてない)


そしてここまで読んで下さった皆様方にお知らせがございます!

挿絵を追加予定です!!
ちょっと描くのに時間掛かりそうなので厳密にいつとは明言できないですが…
まず手始めに表紙絵から描こうかなと。
その後登場人物のプロフィール画、各話のワンシーンなどを随時描いていきたいです。
(というか、挿絵の画像のアップロードの仕方解らないのですが……どうやってやるんでしょ)

でも作者の画力がアレなので、期待しないで待っていてもらえたら幸いです。


ではではっ、ありがとうございましたー(※^▽^)ノシ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。