そして、この小説をお気に入りにして下さった皆様、本当にありがとうございましたーっ☆
時には更新が遅れてしまうこともあるとは思いますが、これからもどうか宜しくお願い致します。
茜空――。
茜空へと真っ直ぐに掲げられたバットはその光を浴び、バットそのものが輝きを放っているようだった。
金属という冷たく無機質な存在が、矢野と少女の瞳には何故か神秘的に見えた。
「だから……キャプテンとして、チームの打撃を引っぱりたくて、ね」
そんな優しくも力強い矢野の思いに背中を押してもらった少女は、勇気を振り絞ってそれに応える。
「もしも、ですが、嫌でなければ私で、よければ……教えますよ?」
そう言った少女の頬は夕陽が射しているからなのか紅く染まっていた。
「本当に!? じゃあ、お願いするよ!」
「ホントですか? ありがとうございますっ」
少女の申し出を矢野は快く受け入れ、そんな矢野の笑顔につられて頷きながらもはにかむ少女。
「えぇっと、それではどういうバッティングをしたいですか?………例えば、ですね」
少女は軽く何やら考えていたが、その表情の変化から何か閃いたことは矢野にも伝わってきた。
「例えばですね? 一発に賭けるパワータイプか――それとも、どんな形であれヒットにするアベレージタイプか……とか」
矢野よりも頭一つ分ほど小柄な少女は、身振り手振りを交えて懸命に説明していく。
「うーん、パワータイプかなぁ。今のウチの打撃じゃあ繋がりにくいだろうし、それに――」
きょとんとした様子で言葉の続きを待っていた少女に、矢野は照れ笑いを浮かべつつこう応えた。
「それに、長打の方がチャンスが多くなるかもだし…一応キャプテンらしく、ね」
「パワータイプ、ですか…………もう一回素振りしてみてくれませんか?」
矢野は言われる通り、素振りを一振りしてみせた。
左足を上げながら腰を捻り、その捻りによって溜められたパワーを捻りを戻していくことで一気に解放。
そのパワーをバットの一点に伝えるようにして振り抜く――!!
「……」
地面を捉えていた足元から舞い上がる砂煙。
その多さがこのワンスイングが荒削りながらも力強い、ということを物語っていた。
「こんな感じでいいかな?」
スイング前のあどけなさは今はなく、今の少女の眼差しは真剣そのもの。
「まずはですね……左足はそんなに上げずに、脇をもう少し締めて、それと軸足がしっかりしてないみたいなので体重をかけて安定させます」
少女の真剣な説明は尚も続く。
「それから、腰の捻りに合わせて自然な感じで左足を地面に落としながらスイング――するんですけど、分かります?」
論より証拠、百聞は一見にしかず。
そう思った少女は実際にスイングしてみせる。
「……っえ!?」
その瞬間、矢野は言葉を失ってしまった。
短い時間であっても先ほどまで見入ってたからだろうか。
今のスイングが“少女本来のフォームではないかもしれない”と――
何の確証もなかったが、矢野はそう感じたのだ。
それでも今のスイングも流れるような動作だったことには変わりはなく、ただただ驚くばかり。
「ふむふむ、こう、かな?」
先ほどの少女のスイングを見た矢野は、その動作を真似て改めて素振ってみた。
ゆっくりと数回スイング、その一回一回に少女は気付いた点などをアドバイスしていく。
「あっ、そこはですね……」
少女のアドバイスをもらい素振る、ということがしばらくの間続き……
「これでラスト!」
最後の一振り。
明らかにアドバイス前のスイングより鋭さが増していて、今度は少女の方が言葉を失った。
「ダメ、だった?」
少女は沈黙したまま視線を地面へ落としたが、すぐに矢野へと視線を戻す。
「ううん、違うんです……私って説明下手らしく、今まで教えても1回で理解してくれた人っていなくって…でも、今回は1回で理解してもらえて、嬉しくて……」
「それって、よくなった! てことだよね!?」
矢野の溢れる喜びに少女はまた俯くも、頷く仕草はどこか朗らかでもあった。
「それじゃ、休憩にしようかっ」
少女の心情を察したのか、矢野は少女の肩をぽんっ、と軽く叩き――
少女の歩くペースに合わせて最初にいたベンチの方へと向かった。
お互い何を語るでもなく微妙な間隔でベンチに座っていた二人。
しばらくそうしていると、何かに気付いたのか矢野は不意に声を上げ立ち上がる。
「あっ!」
「どどっ、どうしたんですか? 突然」
何事かと丸くなった目で少女は、人一人分の空いたスペースの向こう側で鼻の頭を恥ずかしげに掻く矢野を見上げた。
「ごめん急にっ……今思い出したんだけど、まだだったよね? 自己紹介」
少女の表情が一変する。
「あっ! そう言われてみれば」
(でも、それって――の――だって分かってしまうんじゃ……)
知られたくはない何かがあるのか、俯く少女の気持ちは複雑だった。
そんな少女の気持ちをよそに始まる自己紹介。
「まずは俺からね? 俺は矢野武、今更あれだけど、よろしく!」
対照的な明るい笑顔で名乗り、握手しようと少女へと右手を差し出す矢野。
「わ、私は猪狩……
俯いたまま小声で自己紹介した少女もおずおずと右手を差し出そうとした、その時――!
矢野の動きが止まる。
「猪狩、猪狩…………猪狩鈴、って! まさか“あの”、猪狩鈴ちゃん!?」
「まさかって…私のこと、知ってるんですか??」
少女こと猪狩鈴にとって、矢野の反応は意外なものだった。
「あかつき大附属中学校の女子軟式野球部で、しかも打撃のエースの猪狩鈴ちゃんでしょ?」
自分の予想していた反応とはまるで――まるで逆な反応だったから。
「……エースだなんて、違いますよ」
鈴は反射的に落ち着いた風に答えるも、頭の中はもう混乱状態。
しかし目の前の少女が猪狩鈴だと知って矢野の興奮は治まるとごろか加速していく。
「エースだよ! だって今までの全試合、全打席ヒットなんだよ!? 男だって不可能に限りなく近いことなんだよ!?」
「全部? 私そんなに打ってたのかなぁ……」
“全打席安打”――。
矢野が思わず興奮した理由。それが目の前の少女、猪狩鈴が今も継続中の記録。
いや、伝説だった。
出場した試合、そして敬遠や死四球等を除く全ての打席においてヒットを放っていた。
その事実が意味するものは、つまり――打率1.00。
「確かに三振した記憶はないですけど、でもどうしてそんなに私のこと詳しいんです?」
二人は昨日が初対面なのだから、鈴の疑問ももっともと言えばもっとも。
だかその疑問は続く矢野の言葉であっさりと解決してしまう。
「スポーツ新聞とか野球の雑誌だよっ」
「新、聞? 雑、誌?? 私が載っていたってこと、ですか?」
「君が初めて新聞の記事になった時に、こんなに凄い女の子がいたんだって思ったよ」
疑問は解決したものの、鈴は相変わらず今の状況を整理出来ず、その一方で矢野は気分を高揚させていた。
「その時からずっと応援してたんだ。でもまさか本当に会えるなんて――」
憧れの鈴が自分の目の前にいる、その嬉しさのあまり思わず身を鈴の方へと乗り出していた矢野。
「ちょっと恥ずかしいですけれど、でも、嬉しいです! 今まで私は誰かにずっと本気の応援をしてもらえてたんだなって」
鈴の口元に久しぶりの笑顔が戻ってきていた。
「もちろんっ、これからも応援してるよっ!」
そう本人の目の前で高らかに宣言した矢野の手は、無意識に鈴の手を取っていた。
「ぇ……」
矢野のまめで固くなったがっしりした手から、鈴へと矢野の鼓動の高鳴りや体温が伝わってくる。
せっかく笑顔に戻った鈴。
――ではあったが、湯気が立ちそうなくらいその顔を真っ赤に染めて固まってしまった。
鈴の心臓が波打つ。
ドキ、ドキっ……
「あぁ!そうだっ、今日よかったら家で夕ご飯食べてってよ!色々聞きたいこととかあるしっ」
しかし、興奮最高潮の矢野に最早鈴の都合を考える配慮は、なくなっていた。
「ご迷惑、じゃないですか?」
嬉しくも、それでいてやはり気恥ずかしそうに言葉を返す鈴。
「大丈夫さ! 鈴ちゃんの活躍は親父やお袋も知ってるし!」
鈴は少し考えたものの「……じゃあ、矢野さんのお言葉に甘えて、お邪魔しても大丈夫ですか?」
「もちろんさっ!!」
あまりにも突然な出来事に鈴は驚きながらも、どこか矢野に惹かれるところもあって――
後片づけを済ませた二人は、堤防を挟んで反対側にある矢野の家へと向かった。
さて、早々に少女の正体が明かされた訳ではありますが……
「打率1.00なんて到底不可能」なこと(調べてみたら過去のプロ選手に何人か特殊な例としていました)だとは思うけれど、これはパワプロ、そして小説なのでその辺りは気にせず楽しく読んで頂ければ幸いです。