星城高校の物語   作:Syuka

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第6話「キミのために... 翔子の決意」

「え、居ないんですか?」

「ああ、バスケ部の代表選抜のメンバーに選ばれたらしいんだ。強化合宿ってやつで、そこで残ったやつが、アメリカと試合するんだとさ」

「アメリカと」

「ああ。向こうの高校生チームとね。だから今週いっぱいは、あいつ、いないぜ」

「そうですか、ありがとうございました」

 

 相手は、水野くんのクラスの、男子生徒でした。早紀は、休み時間になると、まっさきに水野くんのクラスまで行ったのですが、彼もいないのでした。考えてみれば、バスケットボールの上手な人を集め、チーム編成の選抜をするための合宿なのだとか。村野さんも選ばれたとすれば、水野くんだって、その可能性はあるはずなのです。

 どちらにしろ、彼らが帰ってくるまでは、話の進めようはありません。携帯電話があるとはいえ、合宿中にかけるのも迷惑でしょうし、やはり、水野くんとは直接に話をしたいと、そう思う早紀なのでした。

 ということで、この日は、何ごともなく終わります。目立ったことといえば、昼休みに部室で、翔子に、水野くんとは兄妹ではなかったことを話したことぐらいでしょうか。

 そのとき、翔子は喜んではくれたのですが、合宿中の水野くんと村野さんが、一緒にいることが気になると、そう言ったのです。早紀と付き合うことになったと、水野くんに話しているに違いないと。

 それは、当然考えられることでした。でも早紀は、ちゃんと説明すればわかってもらえると、そう考えていました。

 そして、翌日。

 この日は、あの青木さんが登校してくるはずの日でした。彼女に貸していた、手作り絵本とスケッチブックを返してもらうことにもなっていたのですが、その昼休み、青木さんに会うよりも早く、早紀は、翔子ともども生徒会室に呼び出されたのです。

 これまで、何度も訪れた生徒会室。もうすっかり慣れっこになっているはずなのですが、なぜか、このときの生徒会室は、空気が違いました。ピンと張りつめた緊張感とでもいうのでしょうか、居並ぶ生徒会役員の人たちの表情は、とても硬いものでした。

 生徒会長が、すっと立ち上がりました。

 

「文芸部は、たしか部員が足りなかったんだよね」

「はい、そうです。でもようやく3人になりました」

「そうらしいね。でも不足していることにかわりはない」

「それはそうですけど・・」

「これは、特例なんだよ。春に新入生が入学してきても定員に回復しないときには廃部にすると、そういう約束だった。そうだよね」

「はい」

「でも、その特例措置は、今日限りとさせてもらうよ。つまり、文芸部は本日をもって、廃部とする。そのことを、了承してもらいたいんだ」

「そ、そんな。どうしてですか?」

 

 その疑問は、早紀として当然のことだろうと思います。もちろん翔子も、不満でした。理由を説明して欲しいと、そう声をあげたほどだったのです。でも、生徒会長をはじめとした、役員の人たちは、表情も変えませんでした。

 

「部活というのは、あくまでも課外授業なんだ。それは、わかってるよね」

「え? ええ、もちろんです。それがどうしたんですか?」

「キミは知らないのかな。それとも、とぼけているつもりなのかな」

「だから、何がですか。私には、なにがなんだか、わかりません」

 

 ここで初めて、生徒会長は、早紀たちから視線をはずし、横にいる人と何ごとか話をしています。その様子を、不安げに見守る、早紀と翔子でした。

 

「キミがそう言うのなら、説明しよう。実は、テレビ局から問い合わせがきてるんだ。文芸部を取材したいってね」

「取材って、どういうことですか?」

「そんなこと、ボクは知らない。でも、テレビ局の取材だからね、きっとテレビで放送されることになるんだろう。でもそんなことは、生徒会としては認められない」

「なぜですか?」

「なぜかって? キミたち文芸部は、部で作った本を宣伝し、売りだそうとしてるんだろ。そのためのテレビ出演なんか、認めるわけにはいかないだろ」

「そ、そんなことしてません。デラタメです」

「そうかな。じゃあ、なぜ学校に問い合せが来るんだ。キミたちが売り込んだからこそ、こうなったんだろ」

 

 早紀と翔子は、顔を見合わせていました。いったい何のことだか、2人にはまったくわかりませんでした。

 

「そんなことは、生徒会として、認めるわけにはいかないんだ。どうして、星城高校文芸部なんだ。そんなに本が売りたければ、個人的にやったらいいじゃないか」

「あの、本を売るってどういうこと? 文芸部の本を売り出してくれる出版社があるって、そういうことですか?」

「そうだよ、さっきからそう言ってるつもりだ。でも、それは絶対に認められない。だから、文芸部は廃部とする。これは、正式な決定事項だ。正式決定が、星城高校でどれほどの意味を持つかは、いくら1年とはいえ、わかるよね」

「それは、わかります。でも、私たちは・・」

「もういい、これ以上の議論はしない。帰りたまえ。部室は、今週中に明け渡し、カギを生徒会に返すこと、わかったね」

 

 もう、反論のしようもありませんでした。仕方なく、部室に戻ったものの、よい方法が見つかるわけでもありません。青木さんは、結局登校してこなかったようで、この日、部室には現れませんでした。転校までして入部したというのに、部は、廃部。青木さんに申し訳ないことになったなと、そう思う早紀でした。

 そして、帰宅。いつになく重い足取りで帰った早紀を待っていたのは、早紀も何度か顔をみたことのある、双葉書房という中堅の出版社の編集部の人でした。ときどき、紀子さんがイラストの依頼を受けているので、会ったことかあるのです。

 

「早紀、すごいじゃない。双葉で本にしないかって、言ってきてるのよ。絶対に売れるからって」

「え? どういうこと」

 

 早紀は、訳がわかりませんでした。でも、その双葉書房の編集者の話を聞くうちに、だんだんと話の内容が見えてきました。それは、文芸部に突然降りかかった災難にも、関係してくる話しでした。というのも、双葉が本にしたいと言っているのは、翔子と二人で作った、あの手作りの絵本だったのです。青木さんが借りていったあの絵本を、なぜか双葉の編集者が持っているのです。

 

「この本、どうしたんですか?」

「あるテレビ番組の収録で、タレントさんが持ってたのを、ウチの社長が借りてきたんだよ。社長は、絵とかイラストの批評担当ってことで、その番組に呼ばれててね。それでこの本を見せられたってわけさ」

「その社長さん、早紀も会ったことあるのよ。覚えてないだろうけど」

「へえ、そうなんですか」

「うん。あ、話を続けて」

「あ、はい。それで気に入って、ぜひ出版したいと言ってるんですよ。しかも作ったのが、岸本さんとこの娘さんだってんだから、これはもう、絶対、ウチで出版するしかないって張り切ってましてね。ね、早紀ちゃん、いいだろ?」

「で、でもそれは・・」

 

 なるほど、そういうことだっのかと、早紀は納得していました。青木さんが本を持っていくとき、たしかに、『私の友だちには、こんな本が作れる人がいるんだぞって自慢したい』と言っていました。その自慢する場所が、テレビ番組の中だったということでしょう。

 

「どうしたんだい?」

「その本は、翔子と2人で作ったんです。だから、私1人では決められないし、それに私、まだ高校生だし」

「合作であっても、全然かまわないよ。それとも、学校で禁止されたりしてるのかな?」

「ううん、そんなことはないはずだけど」

 

 でも、このことが原因で、文芸部の廃部につながったことは確かなのでしたから、文芸部として、本を売り出すことはできるはずがありません。でも、早紀や翔子が個人として出版するのなら、問題はないはずです。本を作りたいとは、翔子と早紀の2人の夢でもあったのですから、手放しで飛びつきたいところでしたが、でもなんだか、文芸部と引き替えにしたようで、少々、後味が悪かったのだそうです。

 

「とにかく、翔子と相談してから決めます。だから、返事は待ってください」

「わかった。でもほんと、いいチャンスだと思うよ。ウチの社長ってさ、けっこういい眼してるんだよ、その社長から認められたんだから。ね、いい返事、期待してるからね」

「はい」

 

 早紀と、その編集者との話を、紀子さんは、ずっと笑顔で聞いていたそうです。紀子さんだって、プロの絵描きさんなのですから、娘の作品がモノになるのかどうか、その判断を下せるだけの眼はあると思うのです。でも、紀子さんは何も口を挟まなかった。

 ということは、早紀の実力を評価していたと、そういうことではないでしょうか。

 この知らせを、翔子は翌日、早紀から聞くことになります。まだ、今週いっぱいは使えることになっている、文芸部の部室で。

 

「すごい、あの本が・・」

「どうやら、青木さんが紹介してくれたみたいなの」

「ね、早紀。私、やってみたい。その話、進めてみたいよ。ねぇ、早紀」

「う、うん。翔子さえ良ければ、私もOKだけど」

「それで、私はどうしたらいいのかな。何をやればいいの?」

 

 すでに、翔子は興奮状態でした。ムリもないとは思いますが、もう少し、せめて早紀のように冷静になれなかったのかなと思うのです。それは、彼女の明らかな反省点でしょう。

 

「とくに、何もしなくていいはずだよ。あのサンプルの本さえあれば、翔子の原稿はいらないと思うけど、絵のほうは、原画を揃えとかないとダメだね」

「それは? ちゃんと揃えてあるの?」

「まだだけど、大丈夫だよ。すぐに揃えられると思う」

 

 翔子は、印刷のこととか、まったく知りません。出版社で本を作る際のプロセスなどの知識はなかったのです。早紀のほうは、母親の関係で、ある程度の知識はあったようですが、まさか、自分の描いた絵が、その印刷工程に乗せられることになろうとは、思ってもいなかったのではないでしょうか。いや、将来的にはそうなりたいと、そんな思いはあったはずですが、まだ高校生。この段階でそうなるとは思ってもいなかったでしょう。

 それはさておき、青木佐智子さんはどうしたのでしょう。学校に来ていれば、文芸部室に顔を出すはずです。ということは、休みなのでしょうか。

 早紀も、そのことを気にしている様子でした。

 

「青木さん、どうしたんだろう。今日も来てないのかな」

「そうか、文芸部がなくなることも、言わなきゃいけないんだよね」

「うん。あ、そうだ、翔子」

「え?」

 

 早紀の顔が、少しだけ真剣になったような気がしました。

 

「青木さんが初めて部室にきたとき、みんな、あなたのおかげだって、翔子にそう言ったよね。あれって、どういうこと」

「あ、ああ、あれは・・」

「ちょっとね、気になってたんだ。翔子は、生徒会との話し合いのときに青木さんと会ってるんだよね」

「うん。そのとき、ちょっと話をしたのよ。そのときのことだよ」

「ふうん」

 

 それで、早紀は納得したのでしょうか。あの生徒会との話し合いのとき、翔子は、青木さんに『簡単にあきらめていいのか』と、そんなことを聞いたのだと思います。そして青木さんは、『何か方法を考える』と、そう言ったのでした。

 その方法こそが、星城高校への転校だったのでしょう。そしてそれは、水野くんに再び近づくための、ステップ・・ あ! そうか。

 このとき翔子は、大変なことに気づいたのです。その心の動揺は、きっとあからさまに表情に出ていたに違いないと思うのですが、うつむいていた早紀が、気づくことはありませんでした。

 そのとき、翔子が気づいたこと。それは、自分のあの質問が、あきらめようとしていた青木さんを引き止め、水野くんへの再アプローチを促す結果となったのではないか、ということでした。たしか、『あなたがそう言ってくれたから、もう少しだけ、頑張ってみる気になれた』と、そんなことを言っていたと思うのです。

 早紀と水野くんが兄妹だったら、それも良かったと思うのです。でも、早紀たちは兄妹じゃなかったことがわかったいま、青木さんの存在は、単に早紀のライバル、恋敵、ジャマな存在でしかないのではないでしょうか。しかも自分の一言が、消えゆくライバルを復活させてしまった。彼女は、一旦はあきらめる気持ちになっていたというのに・・

 このことを、早紀に告げるべきだったでしょう。でも、翔子には、とても言えませんでした。だって、そのことで早紀と気まずくなりでもしたら、せっかくの出版の話はどうなるのでしょう。そう考えると、とても言い出せなかったのです。

 それから数日、何ごともない、おだやかな日が続きました。この間、高校選抜の合宿に参加している水野くん、そして青木さんも登校しては来ませんでした。

 そして、金曜日。この日の最後のホームルームの時間のことでした。このとき、担任の先生から、こんなお知らせがありました。

 

「明日の午後2時から、毎朝テレビで、日本対アメリカのバスケットの試合がある。その試合に、我が星城高校の2年生が出場することになったそうだ。生中継で放送されるらしいんだが、興味のあるやつは応援してやってくれ」

 

 その言葉に、真っ先に立ち上がって質問したのは、もちろん早紀でした。

 

「その生徒の名前か、たしか水野とかいったかな。岸本の知ってる男なのか?」

「え、ええ。合宿に参加したってことだけは聞いてたんです。そこで選ばれたんですね」

「らしいな。オレはよく知らんが、高校生の日本代表なんだから、きっとスゴイことじゃないのかな。もちろん、応援するんだろ」

「はい」

 

 そう返事をした早紀の横顔。それは、とても嬉しそうな顔に見えました。でも、この日は、文芸部の部室を明け渡す、約束の日。そんな嬉しい報告のあったすぐ後で、部室のカギを、生徒会室に返しに行かなければならないのでした。

 部室のなかは、すでに片づけも終わっていたので、後は、カギを返すだけでした。いくつか残っていた私物を入れた紙袋を手に提げ、早紀と翔子は、顔を見合わせていました。

 

「さあて、行こうか」

「うん」

「早紀は、これからどうすんの? 美術部に入るの?」

 

 その翔子の質問に、出口へと歩き出していた早紀の足が止まりました。

 

「入らない。入れないよ、だって本作りとか、イラスト描きとか、きっと忙しくなると思うんだ。翔子だってそうだよ、出版社の人との関わりができてくるんだから、しばらく部活してるヒマはないかもしれないよ」

「そ、そうか。そうだよね」

「それよりさ、翔子」

「え?」

 

 ドアを開け、先に部室の外へと出た早紀が、顔だけのぞかせていました。

 

「先に体育館へ行こう。由香里先輩にも文芸部つぶしちゃったこと、報告しておかないと」

「そうだね」

 

 由香里先輩とは、ただ1人の2年生の文芸部員だった先輩です。彼女は、夏休みを境として、バレー部に移っていったのでした。部員数の問題さえなければ、きっと今でも文芸部員でいたはずなのです。

 早紀と翔子は、並んで体育館へと歩いていきました。

 

 

  ※

 

 

 土曜日の午後。早紀は、お気に入りの紅茶にお菓子を揃え、リビングの特等席に陣取っていました。特等席とはいっても、普段、彼女が座っているのと同じ場所。もちろん、テレビのスイッチは入っています。

 新聞のテレビ欄でも、確認済み。あと数分で、アメリカとの試合が始まるのです。水野くんの出場する対アメリカの、バスケットボールの試合。しかも、3時間もの放映枠がとられての、生中継。絶対に、見逃すわけにはいきません。

 トイレにも行ってきたばかり。これからの3時間は、テレビの前から動かずに済むはずなのです。でも、気になるのは、3時間という放映枠でした。バスケットボール1試合が、どれくらい時間のかかるものなのか、もちろん早紀は知っていました。いくらなんでも、3時間は多すぎると思うのです。それに、テレビ欄に書かれた、美村早紀子CDデビュー合同企画、というサブタイトルも気になっていました。

 きっと、誰か有望な新人の芸能人がデビューするのでしょう。そして、そのお披露目の場所が、高校日本代表とアメリカ代表チームの試合が行われる、この体育館。早紀ならずとも、どこか大きなコンサート会場とかでやればいいのにと、思った人はきっと多いに違いないのです。でも、そのおかげで、こうしてテレビで生中継されるのだと思えば、むしろ、ありがたいことなのかもしれません。

 

「もう、始まった?」

「ううん、まだ。でもあと、1~2分じゃないかな」

「間に合ったわね、お母さんも見るからね」

「うん、でも仕事はいいの?」

 

 たしか、紀子さんは、急ぎの仕事を抱えていたはずでした。早紀は、そのことを心配してそう言ったのですが、紀子さんは意に介していない様子で、早紀同様、紅茶にお菓子など、テーブルの上に追加していくのです。

 

「仕事っていえばさ、早紀の本の校正刷り、来週の中頃にはできるらしいわよ」

「え? そんなに早く」

「なにせ、社長が張り切っちゃってるらしいからね。でも、初版は5000部くらいだろうって、佐伯さん、言ってたけどね」

「5000部!」

 

 佐伯さんとは、双葉書房の編集者の人でした。直接は紀子さんの担当をしている人ですが、その娘の早紀でしたから、一緒に担当する、ということになるのかもしれません。それにしても、5000部というのは多すぎる、と早紀は思ったのだそうです。まったくの素人の手による、絵本なのです。そんな児童書が、あまりたくさん売れるとは思えなかったのです。

 

「印税式にしてもらったからね。1冊につき8%。ホントは15くらいは欲しいところだけど、一応、早紀は新人だからね」

「いいよ、別にそれで」

「でもね、早紀。定価1200円×5000冊、その8%だと48万円よ。増刷でもしてごらんないさな。1万部で96万、10万部だと960万・・」

「お母さん」

「早紀、あっという間に大金持ちだね」

「売れれば、だよね」

「ま、そうだけどさ」

 

 テレビ画面は、長く続いていたコマーシャルの繰り返しも終わって、試合会場である体育館のそれに変わっていました。そのコート内では、チアガールというのでしょうか、10人くらいのミニスカートの女性が、踊っていました。

 

「うわあ、なんか、ハデだね」

「そうね。でも、すぐに試合じゃないんだね」

「高校生の試合っていっても、一応、国際試合だからね。試合前のセレモニーくらいやるんでしょ」

「直樹くんは、どこにいるのかしらね」

 

 その紀子さんの問いかけには応えず、早紀は、画面をくいいるように見つめていました。もちろん水野くんの姿を探しているのです。その試合前のセレモニーは、30分ちかくも続けられました。生中継ですから、それらもすべてが放送されるのです。3時間の放送枠の意味がわかったような気がしました。そのなかで両チームの先発出場の選手も紹介され、ようやく試合開始を迎えます。

 先発メンバーの中には、もちろん水野くんがいました。村野さんの顔もあります。

 

「お母さん、あの人が村野さんだよ」

「え、どれ?」

「背番号7の人」

「ああ、カッコいい人じゃないの」

「うん」

「ね、早紀。村野くんには、ちゃんと話をしたの?」

 

 テレビに向けられていた早紀の顔が、紀子さんのほうへと動きます。でも、それも一瞬でした。

 

「まだ。村野さんたちはこの試合のための合宿に行ってて、あれから会ってないの。直樹くんとも話せてないし」

「そう」

 

 いよいよ試合開始。テレビ画面では、センタージャンプが始まろうとしているところ。ジャンパーがはじいたボールを手にしたのは、村野さん。その村野さんが、相手コートに走り込んでいた水野くんへ、そのボールを投げたのです。でも、それはパスというよりは、相手のゴール、そのバスケットリングのあたりへ、ただ力いっぱい投げただけといった感じでした。

 でも、次の瞬間、ただ、やみくもに投げただけにみえたそのボールが、相手ゴールに向かって走り込み、ジャンプした水野くんの、その手にピタリと合ったのです。そして、そのままダンクシュート。

 きっと、開始から5秒とたってはいなかったと思います。あっという間の先制点でした。

 

「スゴイ、スゴイわね、いまの」

「うん」

 

 早紀も紀子さんも、眼を丸くしたのだそうです。そしてそれは、相手のアメリカ高校生チームのメンバーも同じだったはずですし、実況中継のアナウンサーも、興奮した様子でなにやらしゃべっていました。画面には、そのシーンがスローで何度も映っています。

 アナウンサー氏の興奮気味の声に続き、傍らにいるのであろう、解説者の人の声。それによると、このプレーは、城南大付属高校のオハコ、いわば得意としている攻撃パターンなのだそうです。

 

「え? そうなのかなぁ、星城での練習試合のときは、1回もみなかったけど・・」

 

 たしかに早紀が言うように、あの練習試合のとき、こんなプレーはありませんでした。でも、それは水野くんがいなかったからじゃないかと思うのです。きっと、水野くんと村野さんの2人が揃っているからこそできるプレーなのでしょう。

 試合は一進一退、ほぼ互角といった感じでした。でも相手は、バスケットボールの本場アメリカなのです。聞いた話では、バスケットのレベルは、日本はかなり下なのだそうですから、こうしてほぼ互角に闘えているのは、スゴイことだと思うのです。

 前半戦は、57対49。テレビ画面では、ふたたびチアガールの人たちが出てきて、踊っていました。ちなみに、このチアガールの人たちはアメリカ人です。

 

「やっぱりアメリカは、強いわね」

「うん。でも、8点差なら上出来だと思う。だって・・ あ!」

「なに? どうしたの、早紀」

 

 そのとき、早紀がテレビ画面の中にみたもの。それは、間違いなく青木佐智子さんでした。たぶんステージ衣装とかいうものなのでしょう、華やかでハデめの服を着て、マイクを手にコートのなかへと歩いてきたのは、つい先日、文芸部へ入部するために星城高校へと転校してきた彼女に違いありませんでした。

 

「この人・・」

 

 早紀は、そう言ったきり、画面に目を奪われたままでした。そんな早紀が気になったのか、紀子さんが、声をかけました。

 

「この人がどうしたの? 美村早紀子っていう歌手でしょ? 画面にそう出てるじゃない」

「違う、この人は青木さん。青木佐智子さんっていって、私と翔子の本を出版社に紹介してくれた人なの」

「え? でも」

 

 画面には、彼女の名前として、美村早紀子という文字がたしかに映っていました。

 

「よく似た別人じゃないの」

「ううん、違う。絶対に青木さんだよ。お化粧してるし、メガネもなし髪型も少し変えてあるけど、間違いないよ」

「ふーん。つまりは、芸名ってわけか」

 

 美村早紀子・・ 彼女に続いてやってきた司会者の紹介によれば、昨年末あたりから、ちょくちょくテレビなどにも出ているのだそうです。早紀はそのことを知らなかったのですが、彼女のファンは急速に増えつつあり、その愛らしい笑顔と、なかなかの歌唱力でこれからのブレイクが期待されているらしいのですが、早紀は、あまりアイドルといったものに興味がなく、自称・文学少女の翔子もまた、テレビはあまり見ないほうだったので、そういった方面の話題は、まったくといっていいほど、知らなかったのでした。

 やがて試合は、後半戦へ。その実況の放送席には美村早紀子、いえ青木佐智子さんがいるらしく、アナウンサーの人が、彼女にも話しかけています。きっと後半は、彼女の話も織り交ぜながら、放送していくのでしょう。

 

「驚いたわね。早紀のお友だちは芸能人か。テレビで早紀のこと言ってくれないかしらね」

「お、お母さんってば、なによそれ」

「だって、早紀だって出版界にデビューするんだし、テレビで言ってもらったらすぐに有名人になれるじゃない」

「私は、べつにそんなこと・・」

「あはは、それより始まるわよ。また、あの速攻がでるのかしらね」

 

 そうでした。試合開始直後の、あの見事な速攻。ちょっとでも画面から目を離していれば、見逃してしまいそうなほどのあっという間の出来事。この後半開始後は、どうなのでしょうか。

 案の定、解説者の人たちも、やるかやらないかと、そのことを話題にしていました。さぁ、いよいよジャンプボール・・ そのとき、テレビの青木さん、いや美村さんが言いました。『やるみたいですよ』と。

 以下は、そのテレビでの美村さんとアナウンサーの人たちとの会話の様子です。

 

「どうしてわかったんですか?」

「あれは、サインプレーなんです。やるかやらないかは、合図を送って決めるんです」

「ということは、その合図を早紀子ちゃんは知っているということですか?」

「ええ。私、同じ学校でしたから。それに合図、変わってなかったし」

「ほう」

「同じ学校だったのは、どの選手ですか」

「背番号4、水野直樹。それと7番の村野くん」

「ははあ、すると美村さんは城南大付属高校なんですね」

「ええ。でも今は違います。転校しちゃったから」

「どこに?」

「それは・・ 秘密です。いろいろ問題があるかもしれないし」

「問題って?」

「だから、まだ転校したばかりなんですよ。テレビとかで名前だしていいものかどうか、まだわからないから」

 

 あえて、彼女のことは美村早紀子さんと呼ぼうと思いますが、その美村さんの言葉が、早紀の頭のなかに思い起こさせたものがありました。それは、文芸部の廃部を申し渡された、あの生徒会室でのことでした。

 テレビ局からの取材の申し込みが原因となり、生徒会の人たちを怒らせてしまったこと。早紀と翔子が作った絵本についての取材の申し込みだったそうですが、あれはやはり、テレビ局サイドか、もしくは出版社側の勝手な行動だったんだろうと、このとき早紀は思ったのだそうです。

 彼女に渡したあの本には、奥付として星城高校文芸部の名前が入れてありました。つまり連絡先が書いてあったのですから、あの本を手にした人であれば、誰でも星城高校文芸部のことを知ることはできたわけです。もちろん、美村さんがあの本をテレビ局の番組収録の場に持っていかなければ、文芸部は廃部にならなかった、という議論も成り立ちます。でも、彼女は本を無断で持ち出したわけではないのです。それに、美村さんが紹介してくれなければ、早紀と翔子の本が出版されることはなかった・・ そう考えると、美村さんを責めるような気持ちには、とうていなれないのです。

 それはともかく、学校の名前を出すことをためらった彼女。人気のアイドルということですから、学校にファンがおしかけて迷惑をかけたりとか、そのあたりことを心配したのでしょう。でもそれならば、水野くんたちと知り合いなのだと、そんなことも言わなければいいのにと、チラッと思ったのは否定できません。

 そしてその言葉は、思いもかけぬ方向へと波及していくのですが、このときは、そんなことは誰にもわからないことでした。

 試合は、終盤。この試合後、同じコートで美村さんのミニコンサートが行われ、そのあとが閉会式、そしてこのイベントは終了ということになるのだそうです。

 

「またでますよ、あの速攻」

 

 テレビから聞こえてきたのは、美村さんの声。

 

「試合開始のときだけじゃなくて、ジャンプボールのときだったらできるんです。ほら!」

 

 バスケットボールの試合では、ボールの奪い合いなどでどちらのボールがはっきりしないとき、ジャンプボールで再開することになっています。そのときは、試合開始時点とだいたい同じ状況になるわけです。

 あの速攻に限らず、日本側のポイントゲッターは、水野くんでした。そのサポートというかアシスト役が村野くんといった感じでしょうか。でも試合はわずか5点差。後半追い上げたものの、結局、届かずに終わったのでした。

 

「やっぱり負けちゃったね」

「うん。途中、勝てそうな感じもしてたんだけど・・」

「じゃ、私は仕事に戻るから。早紀は、最後まで見るんでしょ?」

「うん」

 

 最後までとは、閉会式のことでしょう。早紀は、紀子さんのほうへは顔を向けず、テレビをみたままそう答えていました。いくつかコマーシャルが流れ、画面は、美村さんのミニコンサートになっていました。それを、ぼんやりと見ている早紀。なにか考え事をしているのでしょう。その手が、傍らに置かれたテレビのリモコンへと伸びていきます。

 テレビのスイッチが、切れました。

 

 

  ※

 

 

「早紀、大丈夫?」

「え? 何が・・」

「何がって、テレビは見たんだよね?」

 

 翔子からの電話でした。

 

「テレビは、試合が終わったあとは消しちゃったから」

「じゃあ、あとの表彰式とかは見てないんだね」

「うん」

「あのね、そのときに・・」

 

 早紀がテレビを消し、リビングでぼんやりとしていた頃、美村さんのミニコンサートが一段落ついたあとに行われた、閉会式。そこでは、こんなことが起こっていたのでした。

 優秀選手に選ばれた水野くんを初めとした日本側選手へのインタビューの場に、美村さんもいたためか、話は、水野くん、村野さん、そして美村さんが同じ学校の知り合いであることに触れられていきました。

 

「ええ、よく知ってますよ。ぼくらは彼女のこと、サチって呼んでましたけど、今は美村さんなんですね」

 

 これは、村野さんの言葉です。そのとき水野くんは下を向いていましたが、美村さんは、まっすぐに水野くんの顔を見ていたように思います。

 

「じゃあ、けっこう親しかったんですね」

「ぼくよりも、彼のほうが」

 

 と、話を向けられたのが、水野くんでした。すぐさまマイクが、水野くんへと向けられます。

 

「そうですね、小学校から同じで、よく遊んだりもしました」

 

 との、返事。そこまではよかったのです。でも、問題はその後でした。インタビューをしている人が何を思ったのか、こんなことを言い出したのです。

 

「ふたりは、付き合ってたりとかはしてないんですか?」

「いいえ、そんなことは・・」

 

 その質問に、水野くんは困ったような顔で苦笑い。そのせいか、マイクは美村さんへと向けられたのです。そのとき、美村さんは大きく息を吸い、深呼吸したように見えました。そして、こう言ったのです。

 

「水野くんは、私の大好きな人です。今日の試合が終わったら、交際を申し込むつもりでいました」

「えっ!」

「だから今・・ 水野くん、私をあなたの恋人にしてください」

 

 そして、水野くんに向かってペコリとおじぎ。テレビで放送されたのは、そこまででした。突然コマーシャルに切り替わってしまい、長いCMが終わったときは、水野くんたちの姿はありませんでした。というか、この日の試合のハイライトシーンの放送が続き、結局番組が終わるまで、水野くんや美村さんが出てくることはなかったのです。アナウンサー氏が、解説者とともにあれこれと話をしているだけで終わったのでした。

 

「だからさ、青木さんが、テレビの全国放送で水野くんに告白しちゃったのよ」

 

 でも美村さんは、いま売り出し中のアイドルなのです。そんな時期なのに、いわゆる爆弾発言をして大丈夫なのでしょうか。それとも、いまどきのアイドルは、好きな人がいるくらいたいした問題じゃないのでしょうか。

 それよりも気になるのは、早紀のことでした。電話の向こうから、早紀の声が聞こえてこないのです。

 

「早紀、聞いてる?}

「あ、うん」

「ね、早紀。水野くんとは、まだ話せてないんでしょう?」

「え?」

「だから、兄妹じゃなかったってことを、だよ。まだ誤解、解けてないんだよね?」

「う、うん。だって・・」

「あの日以来、ずっと合宿に行ったままだもんね」

 

 そうなのでした。早紀と水野くんが兄妹でなかったとわかったあの日の翌日。登校してすぐに、早紀が水野くんの教室を訪ねたのは知っていました。もちろんその目的と、そして彼に会えなかったことも。

 つまり、水野くんは今も、早紀が妹なんだと思いこんでいるわけです。加えて、彼の親しい友だちである村野さんと早紀が交際し始めたことも知っている可能性は高いわけです。そんな状態のところに美村さんから告白され、交際を申し込まれたとしたら・・ その返事が想像できない私ではありません。

 だから、だからあわてて早紀のところへ電話を・・

 

 もうおわかりでしょうか。あえてこれまで他人のようにして話をしてきましたが、私は、翔子です。たぶんここまで話を聞いてくれた人には、もっと早くわかっていたんだろうなとは思っています。でもこれは、早紀と水野くんのことを、もう一度客観的に見つめなおしてみようと、そう思ってのことなのです。でないと、これからどうしていいのか判断のしようがないと、そう思ってのことなのです。

 このときの電話は、早紀からはほとんど返事もないままでした。私は、とにかく水野くんが学校に来たら、誤解をちゃんと解くのだと。そうすれば、元通りになれるんだからと、そんなことを早紀に言ったんだと思います。そして早紀は、私の言葉を、ただ黙って聞いていた・・ そんなことを覚えています。

 現役美少女アイドルが、テレビ放送中に愛を告白したのですから、きっと翌日のワイドショーやスポーツ新聞などでは、大きな話題として取り上げられるに違いない。私は、そう思っていました。水野くんも、間違いなくその騒動に巻き込まれるはずですから、早紀が水野くんとゆっくりと話せるのは、きっと何日も先なんだろうなと、そんなことも考えたものでした。

 ところが、予想に反してというか、テレビや新聞などがこの話題に触れることはありませんでした。まったくゼロということはないのでしょうが、少なくとも私が目にすることはなかったのです。まだ美村さんが新人で、人気の面で、大騒ぎするほどでもなかったのか、それとも彼女の所属事務所から、話題にするなという圧力とかがあったのかはわかりません。

 でも、そのおかげで、すくなくとも早紀の周辺では、大きな話題にはなりませんでした。早紀の気持ちを考えるととてもありがたいことだと思うのですが、でも、水野くんの周囲ではどうだったのでしょうか。残念ながら、そのあたりまで知ることは、私にはできませんでした。

 早紀は、見ている限りではいつもと変わりません。友だちにも声をかけ、笑い、歓声をあげるのです。まったく普段通りの彼女でした。これを、私はどう解釈すればいいのでしょうか。

 この日、水野くんは登校してきていたはずなのですが、早紀は彼に会いに行こうとはしないのです。私は、早紀に水野くんのところへ行くように勧めなくてよいのでしょうか。それとも、ちゃんと話はついているのでしょうか。美村さんの告白に、水野くんはどう応えたのでしょうか。なにもかも、わからないことだらけでした。

 その2日後、私と早紀とで作った絵本の校正刷りが出来上がってきました。とくに直すところもありせんでしたから、これがそのまま出版され、書店に並ぶことになるのです。

 たぶん、私の物語なんて付け足しのようなもので、早紀の絵こそがメインにちがいないのでしょうけれど、とてもウレシイものです。この校正刷りの本は、私の一生の宝物となるに違いありません。

 でも、その過程を振り返れば、やはり出版されるきっかけとなったのは、美村さんである青木さんとの出会いだろうと思うのです。彼女が、テレビ番組のなかで紹介してくれたからこそ、出版社の目にとまり、こうして印刷物となって私の目の前にある。

 その美村さんが星城高校へと転校してきたのは、あの会議の日の私の一言が原因に・・ 彼女は、生徒会から文芸部の入部を断られたことですべてを諦めるつもりになっていた。なのに、私の一言が彼女に転校という行動をとらせてしまった。つまり、水野くんのことを簡単にあきらめるなと、そう説得したようなものなのです。

 なお遡るならば、美村さんが星城高校文芸部の存在を知るきっかけとなった、あの壁新聞。あれだって、私が早紀に作ろうと持ちかけたものなのです。

 私は、どうすればいいのでしょう。ときおり、ふっと寂しそうな表情を浮かべる早紀。そんな早紀を見ていながら、私は、何も言えない日々を過ごしているのです。

 

 

  ※

 

 

 私と早紀との合作の絵本は、好調な売れ行きでした。きっと出版社の人が宣伝などしてくれたおかげなのでしょうが、最初に刷った5000冊はすぐに売り切れ、増刷が繰り返されていました。続いて、第2弾、3弾も。私と早紀とが文芸部時代に作った3冊の本はすべて出版されることになったのです。

 それに、早紀との合作による絵本を新たに作ることも決まるなど、私も作家と呼ばれる人たちの仲間入りができたようなのですが、たぶん、早紀の実力に助けられてのことなのは間違いないでしょう。

 その早紀には、私じゃない別の誰かが作った童話に絵をつけてほしいとの依頼がいくつも舞い込み、あわただしい日々が訪れていました。

 もちろん、私も大忙し。いつしか、水野くんのことは頭の隅に追いやってしまっていたある日。

 私は、見たのです。1人、体育館でバスケットボールを追う水野くんのところへ、ゆっくりと近づいていく早紀を。思わず足が止まりました。そして、洩れてくる話し声に耳を傾けたのです。このとき、早紀が何を考えていたのかまでは、私にはわかりません。でもきっと、ようやく彼と話をする機会を得、ほんとうのことを話し、今度こそ、という決意はあったのではないかと、そう思うのです。でも・・

 

「久し振りだな」

 

 最初に声をかけたのは水野くんでした。その水野くんに、早紀はニッコリと微笑んだようでした。そして。

 

「ねえ、知ってた?」

「え?」

「私とあなたのこと。あなたのお父さんと私のお母さんのこと」

「ああ。離婚のことだろ」

「ううん、そうじゃなくて・・」

「しかたがないじゃないか。俺とおまえは兄と妹。もうそれでいいと思ってる」

「な、直樹くん」

「妹がこの学校にいることは、わかってたんだ。それがまさか、早紀だとは思わなかったけど、でも早紀なんだって気づいたのは、早紀のお母さんにあったときだ。お母さんの顔は、なんとなく覚えてたんだ」

「・・・」

「おまえが妹じゃなかったらって思ったよ。でも、おまえは妹だった。しょうがないさ」

「う、うん」

 

 ち、違うよ、そうじゃないんだってば!

 私は、そう叫びたい衝動にかられました。きっとそれは、早紀も同じだったろうと思うのですが、このとき早紀が言ったのは、まったく別のことでした。やはり、このことは気になっていたのでしょう。

 

「そういえば直樹くん、青木さんと付き合うことにしたんだってね」

「ああ」

 

 水野くんは、まだ真実を知らないのです。水野くんのお父様と、紀子さんとは同居していただけ。2人は兄妹でもなんでもないことを知らないのです。

 だから、だから青木さんである美村さんの告白を受け入れてしまったのではないのでしょうか。水野くんが青木さんである美村さんのことをどう思っているのかまではわかりませんが、想像するに、早紀が村野さんの告白を受け入れたときのそれと、同じ気持ちだったのではないでしょうか。

 だったら、本当は妹じゃないんだよと、そう真実を告げたら・・ そうすれば水野くんと早紀は、きっと元通りに。でも、早紀は、そのことを言いませんでした。そしてこの日、早紀は、いつも身に付けていたあのクリソベリルのブレスレットをはずしたのでした。

 

 

  ※

 

 

 それから1年ほどが、あっという間に過ぎました。その間のことを後日談としてお話しさせてもらい、私のざんげにも似たこの物語を終わらせてもらおうと思います。結局、私は何もできず、ただ見ているだけでした。あの日、体育館で早紀と水野くんが話をしているとき、そこに飛び込んでいって真実を告げる、きっとそれは私に残された最後のチャンスだったのかもしれませんが、結局、何もできませんでした。それが、悔しくて情けないのです。

 

 それはともかくとして、早紀は村野さんとは、あのアメリカとの試合が終わってほどなくして別れてしまっています。そのとき、村野さんと早紀がどんな話をしたのか、水野くんとは兄妹じゃなかったのだと、そのことを告げたのかどうかなどは、早紀が教えてくれないので、わかりません。

 また、水野くんは、あの試合直後、その実力を買われて向こうの学校からの誘いを受けていたそうで、留学という形をとって、今アメリカにいます。うわさでは、このまま大学へと進むことになるようです。将来は、アメリカのプロチームに入ることになるのかもしれません。

 また、青木さんですが、全国放送での愛の告白の影響はあったはずですが、それでも着実に人気を集めていき、歌手としては大成功しているようです。その代償でもないのでしょうが、星城高校は結局、辞めなければいけなかったようです。忙しくなりすぎて、学校に来られなくなったからです。これは想像なのですが、たぶんアメリカに行ってしまった水野くんとも、ほどんど会ってもいないはずなのです。もし接触などしていれば、きっと芸能ニュースとして流れてくると思うのです。

 

 最後に早紀。

 早紀は、あいかわらず忙しい日々を送っていました。早紀の手による絵本は、もうすぐ10冊めとなります。そのうち私が関わったのは4冊だけなのですが、それが少し悔しいかもしれません、でも、私のオリジナル小説も、ようやく出版が決まりそうなので、よしとしましょうか。

 私を見て、にっこりと笑う早紀。

 真実を告げれば、水野くんとつきあえるのに・・ そう言う私に、早紀は言うのです。

 

「もう、いいんだ。それに私は、そんなにうぬぼれたりはしてないよ」

 

 でも、私は知っています。早紀が、いまでも水野くんを好きなのを。だから、私はいま、手紙を書いています。アメリカにいる水野くんへの手紙です。

 きっとまた、よけいなことをしてしまうのでしょう。早紀に怒られることになるのかもしれません。その結果がどうなるかなんて想像もできませんが、でもやはり、誤解のままというのはいけないと思うのです。本当のことを水野くんに知ってもらうために、早紀の気持ちを知ってもらうために手紙を書くのです。そのために、この小説も書いたのです。

 

 この物語が、早紀の笑顔につながることを祈って・・・・

 

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