星城高校の物語   作:Syuka

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第7話  卒業

 バスケット部を引退し、時間に余裕の出来た、真実、有紀子、そして達也に栄作の4人である。もっとも、3年生という立場を考えたならば、今後、これまでよりも忙しくなるのかもしれないのだが。

 いつもなら4人で過ごしていた放課後。だが、達也と有紀子が付き合うことになったということで、微妙な変化があらわれていた。栄作もそのことで少し遠慮をしているのか、達也と有紀子の2人だけという場面が増えていた。真実はといえば、このところ美術室にこもりっきり。栄作には、卒業記念の作品を仕上げないと美術部を引退できないから、と言っていたのだが、本当のところはどうなのだろうか。まさか、有紀子と話したくなくて避けていた、ということはないのだろうかと思わないでもない、栄作である。

 その翌週には、星城高校の秋の文化祭が行われる。

 本来、美術部は文科系クラブということで、その活動の成果のみせどころであるのだが、真実は、美術部の部長に頼み込まれて、スケッチブックのなかから数枚出展しただけだった。

 その文化祭での、模擬店の喫茶店の中。めずらしく真実と有紀子が2人、テーブルの席に向かい合わせで座っていた。ここで達也たちと待ち合わせをすることになっていたのだが、達也たちが遅れていたためだ。

 あの有紀子の達也への告白の日からこっち、真実と有紀子がまともに相対したのは、この日が始めてである。ゆっくりとオレンジスカッシュを飲む真実と、その真実を静かに見つめる有紀子。

 

「なんにも言わないんだね、真実」

「何を言えって言うの」

 

 また、しばしの沈黙。有紀子のソーダフロートに浮いたアイスクリームが、その下の氷が溶けてカランと音をたてると同時に、少しだけ沈んでいく。

 

「達也くんを返して、かな」

「そんな気もないくせに」

「真実」

「心配しないで。私、本当のこと言うと、進藤くんのほうが好きだったの。有紀子が彼のこと気に入ってるって聞いてからは遠慮してきたんだけど、もういいよね?」

「ウソ、そんなことウソだね。私には、わかるもん」

「ほんとだよ。進藤くんには、このところいろいろと相談にものってもらってるしさ。やさしくていい人だよ。それに、彼のよさは有紀子がよく知ってるはずじゃないの。私、彼に愛の告白をしようかなって思ってさえいるんだから」

「ウソばっかり。真実が好きなのは達也くんじゃない。それなのに、どうしてそんなことが言えるの。あんなに好きだった達也くんにすら告白できなかったくせに、好きでもない栄作くんに告白するなんてことが真実にできるはずないでしょう」

「ほんとだよ。できるよ。それともなに、達也くんと付き合ってるくせに、進藤くんもとられたくないって、そんな都合のいいこと考えてるわけじゃないんでしょ?」

「だ、だって・・」

 

 それならば、あのとき美術室で描いていた絵は、いったいなんなのか・・ そう言ってやりたかったのだが、ちょうど遅れていた2人が来たため、有紀子の言葉は中断。仮に2人がまだ来ていなくても、それでも有紀子は言えなかっただろうと、思う。あの、真実がお気に入りのサクラ公園の並木道を背景に、仲良さそうに歩く2人連れの絵を、はっきりと見たのだ。その人物は、その顔は・・・

 

「悪かったな、遅くなって」

 

 そう言って、席につく達也と栄作。その栄作が席につくのを待って、真実が栄作に声をかける。

 

「進藤くん。こないだの話なんだけど、あとで時間いいかな」

「おお。かまわねぇぞ」

「おいおい、なんの話だよ。内緒話はやめようぜ」

「ばーか、そんなんじゃねぇよ」

 

 いったい何の話かと、興味を持ったのだろう。達也が口を挟んでくるが、栄作は笑顔でやんわりと否定する。そこへ、有紀子のとどめにも似た一言が。

 

「たぶん、愛の告白だよ、真実、さっきそう言ってたし。それともやっぱりウソ、なのかなぁ」

 

 有紀子としては。さっきの話の余韻が残っていたのだろう。真実に、ウソであると認めさせたかったのだ。だが、その言葉に真実は少しむっと来たようだ。真実にしてはめずらしいことであったが、その勢いにまかせ、真実は、ついに有紀子に対して文句を言ったのである。

 

「そんなこと、有紀子に言われたくないよ。それにウソついてるのは、有紀子じゃない」

「な、何を言うのよ」

「おいおい。どうしたっていうんだ」

 

 2人を止めたのは、栄作であった。その言葉に、真実も有紀子も、頭にのぼった血が一気にさめたかのように、ふっと力が抜けた。

 

「そ、それよりさ。今、とても重要なこと、言ってなかったか。なぁ有紀子」

「え?」

 

 その、達也の呼び方。すっかり名前で呼ぶことに慣れてしまったようだ。それを、真実はちょっぴり悔しい思いをしながら聞いていた。私が“真実”って呼ばれたかったのに、なのに自分は“西崎”としか、呼んでもらえない。この差は、あまりに大きく、そして重く真実にのしかかる。

 

「西崎が、栄作に告白するとか言ってなかったか?」

「え、ええ、言ったわよ。たぶんそうなんじゃないかなって」

「おい、栄作。おまえはどうなんだ。OKするのかしないのか。なあ、栄作」

「ばかやろう、西崎はなんにもいってねぇだろ」

「け、けどなぁ、西崎は有紀子に、おまえに告白したいって相談してるんだぞ。だったら、まずは男として、返事をしてやるべきだろう」

「なに言ってるんだ。さっき西崎が言ったのはそんな話じゃないんだからな」

 

 そうなのである。真実の栄作への話というのは、愛の告白ではなく、前日に栄作から頼まれた調べ物についてのことだったりするのだ。だが、達也は、有紀子の言った言葉を支持し、栄作に回答を求めるのである。なぜ、達也はこんなにもこだわるのか。そう思いつつ、栄作はなんとかはぐらかそうとするのだが、そのうち、真実も有紀子もずっと黙ったままなのが気になってきた。なぜ2人とも、否定をしないのだろう。まさか、本当に真実は自分に告白しようと、そう有紀子に相談したというのだろうか・・

 真実に黙ったままでいられると、だんだんとそんな気持ちすら、してくるのである。

 

「いいじゃないか、栄作。OKしてやれよ」

「わかった、わかったよ。ちゃんと考えるから、少し時間をくれよ」

 

 ついに、栄作はそう言ったのである。だが、そのすぐ後で、そのことを後悔しはじめる自分がいた。

 栄作は、真実のことが嫌いだというわけではない。それよりも、いっそ嫌いであったほうがどれほど楽かとさえ思うほどに、今、彼女は気になって仕方がない存在として、自分の前にいる。

 中学の頃に、バスケットの試合で相手校の選手として、有紀子を見かけた。ほとんどひとめぼれのようなものだった。そのためか、そばにいたはずの真実には、まったく覚えがない。だから、高校に入って有紀子と会い、その横にいた真実を見ても、何も思わなかった。ただ、有紀子と再会できた偶然を喜んだだけだった。その真実が、自分のなかに強烈な輝きを持って飛び込んできたのは、達也が野球部に入ったいきさつを涙ながらにみんなに話してくれた、あの体育館での“真実大泣き事件”のときではなかったか。

 それまで、自分の思いは有紀子に向けられていた。だが、その日を境として、その気持ちは少しずつ真実のほうを向きはじめ、いまではまぶしさすら感じる存在となっているのだ。だから、真実から告白されれば、その返事は1つしかない。そのはずなのである。なのになぜ、すぐにも交際OKの返事ができないのだろう。

 

「時間といっても、あんまり待たせちゃ失礼だぞ」

「わかってるさ、返事は明日だ」

 

 そう言いながらも、栄作は思う。真実は、達也に想いを寄せていたはずなのである。口にこそ出さなかったものの、達也もまた、間違いなく真実のことが好きだったはず。長年達也と付き合ってきた自分だからこそ、それがわかるのである。なのに、なぜこんなことに・・ どこかで何かが、間違った? いったい何が??

 それに達也が、しつこく真実への返事を自分に迫るのはなぜだろう。そこには、自分と真実とが付き合うことで、まだ残っている真実に対する想いを吹っ切ろうとしているのではないか、という仮説が成り立つ。真実がこのところ美術室にこもっているのも、同じ理由からだろうと、想像してみる。だとするならば・・

 目の前で、達也の横で少しうつむき加減にしている桜井有紀子。彼女はいったい何を考えているのだろう。彼女であれば、真実が達也を好きなことぐらい知っていそうなものなのに。なのに、なぜ達也に告白などしたのか、そこがわからない。そして真実は・・

 とても、明日返事などできるわけがない。だが、そうでも言わないと、この場はおさまりそうになかったのである。明日、その返事ができるかどうかはともかくとして、栄作は答えをみつけるべく、これらのことをちゃんと整理し、考えてみるつもりでいた。その間、真実は、ずっと下を向いたままであった。

 

「そろそろ行かないか。美術部の展示を見に行こう。西崎の絵もあるんだろ?」

 

 栄作が立ち上がったので、真実も顔をあげた。

 

「あるよ。あるけど、ずっと前に描いたラフスケッチなんだ。特に文化祭用にって描いたわけじゃないんだけど」

「それでもいいさ、なあ達也」

「ああ。西崎の絵は、立派なものだと思うよ。もっとたくさん見せて欲しいんだけど、なかなか見せてくれないんだよな」

 

 いかにも残念そうな達也の言葉。その言葉が、有紀子の耳にはどう響いたのか。ともあれ4人は、その模擬店を出て、美術室へと向かったのである。だが、いつもならぺちゃくちゃと話がはずむ4人なのに、この日は、誰もが静かに歩いていく。おそらく、それぞれに、思うことがあったからであろう。そのことを考えていたからに違いないのである。

 その美術室には、さまざまな作品が展示されていた。どれも、美術部員たちの苦心の作。そんななか、色あざやかな水彩画などにまじって鉛筆のみで描かれた真実の絵が飾られている。

 その絵の前で立ち止まる。

 

「真実、これっていつ頃の絵?」

 

 とは、有紀子である。展示されている真実の絵は、学校の周りの風景をスケッチした絵であった。

 

「1年生のときのだよ。夏休みの前頃かな」

「そ、それってもしかして・・」

 

 それきり、有紀子の言葉は途切れた。真実の絵に見入っていた。1年のときの夏といえば、有紀子と真実が、ちょっとした冷戦状態にあった頃だろう。スタンドに腰掛けて、絵を描いている真実を、遠くから見つめているしかなかった、あの頃。いま、ここにあるのは、そのとき真実が描いた絵なのだ。誰もがしばらくの間、静かに絵を見ていた。その後で。

 

「な、なあ西崎。ところどころ“売約済み”って書いた紙が貼ってあるのはどういうわけだ? この絵、売ってるのか?」

「あのね、欲しい人と作者とで話がまとまれば売るんだって。そして、部費のたしにするの。絵の具とかの画材を買ったりするためにね」

「ふーん、てことは・・」

 

 達也が気づいた“売約済み”と貼られた絵は、真実のものではない。それが真実の絵に貼られていないということは、まだ買い手はついていないということだろう。

 

「俺、絵を買いたい。どうすればいいんだ?」

「た、達也くん、まさか真実の絵を・・」

 

 驚いたのは、有紀子である。いや、有紀子だけではなく、栄作も真実も、等しく驚いた。有紀子の視線は、達也と真実の間をいったりきたり。

 

「え、えっとね。入り口のとこに受付があったでしょ。あそこで申し込むんだけど、どの絵が気にいったの?」

「受付だな。よし、ちょっと待っててくれ。行ってくるよ」

 

 と、さっそくに走り出そうとする達也であるが、その達也を栄作が止める。

 

「まてよ、達也。おまえが買おうとしてるのは、西崎の絵なんだろ?」

「だったらなんだよ」

「その絵、俺に譲れってくれ。な、いいだろ」

「おまえに!?」

 

 と、その場に立ちすくむ達也である。栄作のほうは、なぜそんなことを言い出したのか、そのことに戸惑っていた。だが、その真実の絵を欲しいと思ったのは、偽らざる気持ちであったし、なにより、この絵を達也に譲ってはいけないような気がしたのである。そんなことをすれば、達也の中から真実に対する気持ちを払拭することなどできはしないだろう。それは有紀子にとっても不幸なことだし、真実にしても同じだ。この絵だけは、達也に渡してはならない。そんな気がしたのである。

 

「おまえは桜井と付き合ってるじゃないか」

「だ、だからってな栄作・・」

 

 ちらと、達也の視線が有紀子へと動く。その有紀子は、いったい何を思っているのか、ゆっくりとうなづいてみせた。

 

「さっきの話の続きだ。俺、西崎と付き合うことにした。だから、西崎の絵は、俺が買うんだ。いいだろ、達也」

 

 だが、達也からの返事はなかった。代わりに、真実が応えた。

 

「し、進藤くん」

「西崎も、それでいいだろ」

 

 と、そう言われても、簡単に返事はできない真実である。いいかと問われ、OKと答えたとする。でもそれは、絵を売ることだけに終わらず、きっと、栄作との交際についての返事だと受け止められるだろう。さきほどの喫茶店を模した店での話のなりゆきからすれば、そうなってもおかしくはないだろう。だからなのか、真実の返事は“イエス”“ノー”といったものではなかった。

 

「私の絵だったら、わざわざお金出さなくても、あとであげるよ」

「いいえ、そういうわけにはいかないわよ」

 

 その声に振り向くと、そこには現美術部部長の平野愛子が立っていた。

 

「だめだってば、真実ちゃん。せっかく買うって言ってくれるのに。これは、美術部の貴重な予算になるの。後輩たちのためにも必要なんだってば」

「そういうけどね、愛ちゃん。私には値段なんてつけられないよ」

「まだ、そんなこと言ってるんだ。いいわ、私がつけてあげる」

 

 と、すすっと栄作の前へと割り込んでいく愛子である。

 

「真実ちゃんの絵、かなりのレベルだと思うんです。その分、高めになりますけど、いいですよね?」

「あ、ああ。かまわないぞ」

 

 いったい、いくらの値がつくのか。思わず、ごくっと息を呑むその瞬間。愛子は、ニヤリと笑って真実を見る。そして、有紀子、達也と順にみて、栄作へ。

 

「すみません、冗談です。ごめんなさい」

「は? あの、どういうこと」

「だって、真実ちゃんの絵に、私が値段をつけるなんて、とんでもないです。ましてや、その相手が、あなた方ではなおさら。だから値段は、そちらでつけてください。お願いします」

「そ、そんなこと言われてもなぁ」

 

 困ったのは栄作である。いったいどれほどの額を言われるのかと身を硬くして待っていれば、今度は、その額を自分で決めろというのである。思わず、真実の顔を見る。その真実が、指をゆっくりと動かしていく。それは、空中に書かれた“0”の数字? つまり、ゼロ円の値段をつけろということか。

 

「それから、ちらっと話が聞こえたんですけど、あなた、真実ちゃんと付き合うことにしたって・・」

「あ、ええと、その」

 

 なんと答えようか・・ 言いよどむ栄作であったが、ここぞとばかりに、口を出してきたのは有紀子であった。

 

「そのとおりです。真実は、栄作くんに告白するつもりだったんです。それに、栄作くんがOKしてくれたと、そういうことです。ね、真実」

「そういうこと。なあ、栄作」

「ああ、そうだな」

 

 いまひとつ、気の乗らない返事とでもいおうか。だが、栄作はこれで、明確に真実と付き合うのだと、達也たちの前で改めて認めた形になってしまったのである。

 そのことに驚いたように振り向き、真実を見る愛子だったが、真実に返事など、できるはずもなかった。ついさっき、有紀子と2人で話をしているとき、“栄作に告白しようかと思っている”と言ったことはたしかなのであり、それを、有紀子のいるこの場で否定することなどできはしない。正直に言えば、有紀子が達也を自分に返してくれるというのか。その達也にしても、栄作に、真実と付き合えと、何度も薦めているというのに。

 

「えっと、その・・ 真実ちゃん、そうなの? それでいいの?」

 

 さも意外そうな愛子の声に、真実は、ただゆっくりとうなづいてみせた。そんな真実を見ながら、栄作は、交際をOKしてしまったことに、うしろめたい気持ちを感じていた。よくよく考えれば、真実からは、一言も好きだとか付き合ってくれなどと言われていないのである。なのに、そういうことにしてしまっていいのだろうか。

 達也は、真実の親友である有紀子の告白によって付き合いはじめた。有紀子は真実から薦められてというが、まさかそんなことはないだろうと、栄作は思っていた。真偽はさておくとしても、真実が達也に失恋したことだけはたしかであり、事実、かなり落ち込んだように見えた。その彼女が、美術室にこもり絵を描くことで、その痛手から立ち直ろうとしている。

 栄作は、それらの過程をつぶさに見てきたつもりなのである。その彼女と今、付き合うということは、その弱みにつけこんでいるような、そんな気持ちにすらさせられるのである。だが、OKしてしまったからには、このかわいい女の子をかなしませるなことはしない。サクラの木の下で涙を流している彼女を何度も見かけたが、これ以上泣かせるようなことはしたくない、絶対にしないと、そう思うのであった。

 でも今は、真実を見守っていくしかない。そして、彼女の口から“好きです”と、そう言ってくれる日を待つことにしたのである。

 

 

  ※

 

 

 月日は流れ、クリスマスイブが近づいてくる。その日、有紀子は自宅でクリスマスパーティーを企画し、達也を招待することにしていた。そしてもちろん、栄作と真実にも声をかけるつもりでいた。だが。

 

「悪いな。せっかくだけど、その日は、俺たち2人にとっても最初に迎えるイブなんだ。だから、遠慮するよ」

「え? でも、2人は・・」

 

 有紀子が言えたのはそこまでであった。あの文化祭の日からは1カ月ほどが経っているのだが、有紀子の知る範囲で、栄作と真実の仲が進展した様子はない。真実は、相変わらず放課後は美術室にこもり、絵を描いている。栄作と会っている様子すら、ないのである。もちろん、自分も、真実と話をする機会はほとんどない。

 

「西崎も、誘わないでやってくれよ。俺がデートに誘うんだからな」

 

 はたして、あの真実が栄作とのデートをOKするだろうか。有紀子には、疑問であった。いったい、美術室で真実は、何をしているのだろう。卒業記念の作品を描いているのだと聞いてはいても、あの真実が、1枚の絵にこんなにも時間がかかるはずはない。それに、以前一度だけちらっと見たその絵は、ほとんど完成しているようにも見えたのに。

 

「そっか。わかったわ。でも、気が変わったら私んちのパーティーに来てよね」

「ああ、そうするよ」

 

 ということで栄作と別れ、校舎の中を歩いていく有紀子。その足は、自然、美術室へと向かう。今は昼休みなのだが、このところの真実は昼休みの間も美術室にいると聞いていた。

 ここしばらく真実と話をしていない。こんなことではいけないと、有紀子は思うのであった。いま、真実の一番近くにいるのは、美術部の部長である平野愛子であろう。その愛子に真実の様子を尋ねてみてもいいのだが、あいにく、彼女のことを有紀子はまったく知らなかった。彼女のクラスすらも知らないのである。真実のように人見知りするような有紀子ではないが、あの文化祭のときの、妙に丁寧な言葉づかいが思い出され、どうにも、彼女と話をするのは、遠慮したい気分になるのであった。

 ほどなくして美術室へ着く。

 窓やドアはピタリと閉められており、中の様子をうかがうことはできない。さて、どうしようか。少しの間、有紀子は考える。そして、思い切って、その入り口を開けたのである。

 

「こんにちは、真実いる?」

 

 自分では、大きな声を出したつもりだった。だが、中からはなんの返事もない。だから、もう1度。

 

「有紀子だけど、真実、いないの?」

 

 どうやら、誰もいない様子である。ならばと、思い切ってその中へと入ってみるが、やはり、誰もいないようだった。

 

「真実、いないの?」

 

 誰もいないとわかっていても、もう1度、声をかけてみる。部屋のなかには、いくつか描きかけらしき絵が立てかけてある。そのどれにもほこりよけのためか、布が掛けられており、どんな絵なのかはわからない。だが、その中のどれかが真実の絵に違いないのだ。

 有紀子は、そのうちの1枚の布を、そっとめくってみる。そこに現われた絵は、花びんに生けられた花の絵。だが、真実のものではない。では、その次は・・

 

「だめ」

 

 突然の声。その声に、布カバーをめくろうとしていた有紀子が後ろをふりむくと、そこには美術部部長の平野愛子が立っていた。

 

「勝手に入り込むなんて、あまり感心できませんね」

「ご、ごめんなさい。誰もいなかったものだからつい・・ あの、真実はどこに」

 

 愛子は、返事のかわりに、すたすたと歩き、部屋の奥のほうに置かれた絵の前にたった。もちろん、それにも布がかけられており、絵そのものを見ることはできない。

 

「真実ちゃんの絵は、これです。でも、あなたにこれを見る勇気があるのでしょうか」

「どういうこと?」

「この絵は、真実ちゃんの卒業記念の作品。私たち3年生が後輩たちに残す作品として、彼女はこれを描きました。きっとこの絵は、これから何年もの間、美術部の後輩たちのよいお手本として伝えられていくことになる絵でしょう。でも、真実ちゃんは、ほんとはそんなつもりで描いたんじゃないことぐらい、あなたなら、わかっているはずですよね」

 

 愛子にそう言われても、何もいい返せない有紀子である。それに、絵もまだ見ていないのだ。

 

「私、わかってましたよ。真実ちゃんが誰を好きだったのか」

 

 その言葉に、ドキッとする有紀子。愛子はなおも言葉を続ける。

 

「彼女の性格は、あなたのほうがよく知ってるはずですよね。だからわかると思うんですけど、もちろん彼女は、私にそんなことは一言もいってません。それと同様にして、あなたがたの事情もよくはわかりません。でも、1年と少しの期間とはいえ彼女の描く絵を間近で見てきた私には、真実ちゃんが誰を好きだったのか、そしてその人がいま誰と付き合っているのか・・」

「やめて!」

 

 思わず、大声でそう叫んでしまう有紀子。何が彼女を叫ばせたのか、それは有紀子にはよくわかっていた。

 

「わかりました。で、この絵はどうします? 見ますか?」

「ええ。見せてください」

 

 その返事に、愛子は少し驚いた様子である。有紀子が、この絵を“見る”と言うとは思っていなかったのだろう。

 

「では、どうぞ」

 

 布のカバーがはずされ、有紀子の視線の中に現われた真実の絵。それは、学校のそばにあるショッピングモールの、有紀子がよく利用するお気に入りの喫茶店。その窓際の席に向かい合わせに座った、1組のカップルの絵であった。男性のほうは、照れたように頭に手をやりながら笑っている。そうやって頭に手をやるのは、いつもの達也のクセ。そして、幸せそうに笑みを浮かべているその女性は、青い帽子をかぶっている。それはたぶん、有紀子の一番のお気に入りの帽子・・

 見事な絵であった。今にも、その絵のなかの2人の楽しげな笑い声が聞こえてきそうなほどに。

 

「もしよかったら、批評してもらえませんか。この絵を、よい作品とするために」

「わ、私には批評なんて。絵のことはよくわかりませんし、それに、それに・・」

「それに? なんでしょう?」

「真実の絵は、それだけですか?」

 

 有紀子の気持ちの中は大きく揺れ動いていたに違いない。だが、その動揺を表にだすこともなく、そう質問していた。

 

「他にも何点かありますよ、これもそうです」

 

 愛子がそう言って見せてくれたのは、ついさっき、有紀子が布のカバーをめくろうとして、愛子に止められたときのものであった。その絵は、いつか有紀子がちらっと目にした、サクラ公園の並木道を歩く2人連れの絵だった。

 

「これは、東京の大学に進学した先輩に贈るつもりで描いたらしいですよ。その先輩には、似た構図の絵を卒業の時にわたしたはずなんですけど、その絵とは、歩いている人が違うんですよね。その意味、おわかりですよね? とてもすてきな絵でした。でも真実ちゃんは、なぜか、この絵を修正したんですよね」

 

 先輩とは、槙村千春のことであろう。有紀子は、このときまで千春のことはすっかり忘れていたのだが、真実は、覚えていたようだ。それはともかくとして、その並木道を歩いている2人。その片方の女の子は、やはり帽子をかぶっているではないか。この絵は真実によって修正されたものだというが、どこをどのように修正したのだろう。

 昼休みの終わりを告げる、チャイムが鳴った。

 

「時間ですね」

「あ、あの、わるいんだけど、このことは真実には・・」

「ないしょですか。いいですよ」

「ありがとう、それじゃ」

 

 といって、帰ろうとする有紀子を、愛子が呼び止める。

 

「よけいなこと言うようですけど、真実ちゃんの本当の絵は、彼女のスケッチブックのなかですよ。だからこそ、文化祭のとき、真実ちゃんの絵に値段なんてつけられなかったんですから」

「そ、そうだよね。あなたと話ができてよかったわ」

 

 美術室を後にした有紀子の足取りは、重かった。愛子に見せてもらった2枚を絵を見る限りでは、真実は、自分たちのことを認めてくれていると思ってもいいのだろう。だからこそ、達也と自分とが2人でいるところの絵を描いてくれたに違いない。だが、それは祝福の意味を込めて描かれたものとは違うような気にもさせられる。おそらくは、その絵を描くことで達也をあきらめるべく、気持ちに整理をつけたとみるほうが自然なのではあるまいか。

 愛子の言うように、真実のスケッチブックのなかに、その答えがあるに違いない。だが、真実の心の中とも言えるそのスケッチブックを覗き見ることなど、できるはずはない。結局、真実と会うチャンスはなく、その日は終わったのである。

 そして迎えた、クリスマスイブ。

 その日、真実はサクラ公園内にあるベンチに座っていた。前日の夜に栄作から電話をもらい、ここで待ち合わせることになっていたのである。あの文化祭の日から1カ月半ほど。すでに冬休みとなっていたこの日が、2人の初デートの日であった。その栄作は、まだ来ていない。というのも、待ち合わせの時間までには、まだ1時間ほどあったのである。

 真実は、その日、スケッチブックを2冊持ってきていたのだが、そのうちの片方を開き、パラパラとめくっていく。どうやら、中身を確認している様子である。

 

“それがプレゼントなのかい”

「うん」

“彼も喜ぶことだろう”

「そうだといいんだけど」

“喜ぶさ、きっとね”

 

 そのスケッチブックをベンチの上に置き、もう1冊の方を手にとる。そして、何を描こうかと顔をあげたとき。こちらに向け、走ってくる人影が目に入った。待ち合わせの時間には早すぎるので、もちろん栄作ではない。青い帽子をかぶったその人は・・

 

「い、家に行ったらさ、公園にいるはずだって聞いて、それで・・」

「有紀子」

「隣、いい?」

「うん」

 

 ベンチに座ってもなお、有紀子は、ハアハアと息をはずませていた。きっと、真実の家からここまで一気に走ってきたのだろう。

 

「ねぇ真実。今日、私んちでクリスマスパーティーをやるの。それであなたにも来てほしいんだけど」

「だめだよ、今日は進藤くんとデートなの。だから行けないよ」

「え? で、でも」

 

 公園のベンチにぽつんと座り、スケッチブックをひろげていた真実である。きっとここで絵を描いて過ごすのだろうと、てっきりそう思ったのに。

 

「ここで待ち合わせなんだよ。ただ、1時間ばかり早めに来たもんだから」

「で、でも真実。あなた、それでいいの?」

「いいのって、何が?」

「私だって、いろいろ考えたんだよ。私、全部正直に言うよ。やっぱり真実は達也くんと」

「やめて!」

「え?」

 

 その一瞬、真実は恐い顔で有紀子をにらみつけていた。だが、すぐそれまでのおだやかな表情に戻った。

 

「もうそのことはいいんだよ。ようやく、工藤くんと有紀子がお似合いのカップルだって思えるようになったんだからさ。だから、もう言わないで」

「で、でも真実。いいのそれで? 私、ちゃんと正直に言うから。全部、ちゃんと話すつもりなんだから。だから、今日のクリスマスパーティーには、ぜひ来て欲しいの」

「だめだってば。今日は進藤くんとデートだって言ったでしょ」

「だから、栄作くんも一緒にさ」

 

 だが、真実は微笑みながらゆっくりとくびをふる。

 

「いや、行かない。私は進藤くんのほうがいいの。いまのままでいいのよ」

「ウソだよ。真実、またウソ言ってる」

「ウソじゃない。進藤くんは、ほんとにいい人だわ。それにあれから2カ月。有紀子だって、工藤くんと何度もデートしたんでしょ。彼のいいところ、素敵なところも見てきただろうし、彼の考え方とか夢とかさ、いっぱい話もしたんでしょ。たくさん思い出ができたんでしょ。それなのに、いまさら別れられるの。本気で進藤くんに乗り換えられると、そう思ってるの? 相手にも感情はあるんだよ」

「そ、それは・・」

 

 真実の言うとおり、ムリな話であろう。達也と付き合い始めてからというもの、真実の言うように、いくつもの思い出ができてしまった。そのどれもが、これまでの栄作へのあこがれをしのぐほどの大切な思い出である。達也は真実に譲るべき、いや返すべきなのだと、これまで何度思ったことか。でも、達也の笑顔を思い出すたびに、そして達也に“有紀子”と呼ばれるたびに、胸がキュンとなる。もはや、栄作よりも、その何倍も達也のことが好きになってしまっていた。その自分の気持ちにフタをすることはできるとしても、達也や栄作に、おなじことをしろというのはムリな話だ。

 

「進藤くんだって、私と付き合うっていってくれてるんだよ。それは有紀子も知ってるじゃない」

「そ、そうだけどさ」

「ねぇ有紀子、いったい何を気にしているのよ。私は、進藤くんが好き。進藤くんもOKしてくれた。私たち2人はね、有紀子たちと同じで、相思相愛の恋人どうしなんだよ。その2人を引き裂こうっていうわけ?」

 

 有紀子は、言葉を失っていた。真実の言葉に反論したくても、なんと言えばいいのか、わからなくなっていた。いったい、真実の言うことは、本当なのか。それともウソなのか。その答えは、今、真実がひろげたままのスケッチブックの中の絵をみれば、あるいはわかるのかもしれない。少なくともヒントはあるはずだ。だが、それを奪い取ってムリヤリ見るなど、できるはずがない。そんなことをしてしまえば、真実は、決して自分を許さない。その時を限りに、話をしようともしなくなるだろう。そんなのはイヤだ。

 真実の言うように、達也も栄作も感情を持った人間である。いまさら、すべてを打ち明けたところで、あの日に戻ってやりなおし、というわけにはいかないはずだ。栄作よりも達也のことが好き。もはや、その気持ちにウソや偽りはない。自分の気持ちが変わったように、真実だって、本当に達也よりも栄作が好きになったのかもしれないではないか。

 

「でも、本当にそれでいいの? 真実は、それで後悔しないの?」

「うん。だからさ有紀子、達也くんにふられたりしないように、がんばんなさいよ」

「そ、それは大丈夫だよ。だって・・」

「有紀子さまにできないことはない、でしょ」

 

 あはは、と、2人声を揃えて笑い出していた。こうして一緒に笑うことができたのは、久しぶりだと、お互いにそう思いながら。そして、有紀子は。

 

「じゃあ、私、帰るけど、本当に気が向いたら、ウチに来てよ。何時でもいいからさ」

「うん」

 

 そして有紀子が帰ってしまったあとで。

 

“これで良かったのかね”

「うん。上出来だと思う」

“では、もう泣かないんだね”

「それはムリよ。少なくともあと1回は必ず泣くつもりだから」

 

 ようやく、栄作の姿が、その公園に現われた。その栄作に気づき、真実はパタンとスケッチブックを閉じたのである。結局、絵は全然描いてはいなかった。そして、ゆっくりと立ち上がる。

 

「ごめん、待たせたみたいだな」

「ううん、違うの。私が早く来てただけだから」

「けどその顔じゃ、泣いてたわけでもなさそうだな。場所が場所だけに泣いてるんじゃないかと思ってドキッとしたんだぜ」

「し、進藤くん」

 

 思わず、顔をあからめてしまう真実であった。やはり、栄作には、ここで何度も泣いているところを見られていたに違いないと、そんなことを思う真実である。

 

「もう、泣くなよ。頼りないかもしれないけど、なにかあったら、俺が相談に乗ってやるからさ」

「う、うん。ありがと。そのときは、そうさせてもらうよ」

「ああ。さて、これからどうする? 特に予定はたててないんだけどさ」

「やっぱりね。そうだと思った」

 

 その返事は、栄作には意外な言葉に聞こえたようだ。

 

「やっぱりって、どういうこと?」

「ついさっき、有紀子がここに来てたの」

「桜井が?」

「うん。でね、クリスマスパーティーやるから来ないかって誘ってくれたのよ。きっと、進藤くんも誘われたんでしょ」

「あ、ああ」

「だから、私をデートに誘ってくれたんだよね。私が、そのパーティーを断る理由のためにさ」

 

 栄作は、ただ無言のまま、真実を見ているだけだった。その真実も、まっすぐに栄作の顔をみる。

 

「これではっきりわかったよ。進藤くんは、全部知ってるんだよね。なにもかも気づいてるんだよね。そうでしょ? だから、だから真実のこと・・」

「まてまて、西崎。もう、そんな遠い昔のことを言うのはやめよう。俺はいま、おまえのことが好きなんだ。それは本当なんだからな」

「有紀子よりも?」

「ああ、もちろんだ」

 

 にこっと笑った真実であったが、その瞳に、少しずつ涙がにじんでくるのを止めることはできなかった。

 

「お、おいおい西崎。泣くなっていったばかりだろ」

「ごめん」

 

 言いながら、真実が、あわててハンカチを取り出す。

 

「昔のことはもういいじゃないか。すべてナシにして、今日から始めよう。このイブが2人のスタート。それでいいじゃないか」

「うん」

 

 とは言ったものの、真実はまだ、栄作だけを見つめていられるほどには、とても気持ちの整理ができてはいないのである。もちろん栄作に対して好意は抱いている。だがそれは、まだ達也に対してのものとは、比較にならないほど小さなもの。いや、比較対照としての達也への想いが、大きすぎたのである。

 

「あ、そうだ。これ、進藤くんへのプレゼント」

 

 真実が差し出したのは、さきほどのスケッチブックである。

 

「いいのか、こんなものもらって」

「うん。中身は、みんな進藤くんの絵だから。これまで、けっこう進藤くんの絵描いてたんだなって、昨日、整理しながらそう思った」

「ふーん、そうか」

「1枚500円でいいからね」

「なに、お金とるのかよ」

 

 その栄作の声に、さも意外そうな表情をうかべる真実である。

 

「あれ、文化祭のときは買うっていってたくせに」

「け、けどなぁ、こんなにたくさんあるんだぞ」

 

 それは、20枚ほどはありそうだった。ざっと1万円? 真実が、にこりと笑う。

 

「ウソだよ。プレゼントだって言ったでしょ。それに、これからも、いくらでも描いてあげる。ううん、真実に描かせてほしいの。どうぞ、よろしくお願いします」

 

 深く、頭を下げる真実。その前で、ただおろおろとしているだけの栄作であった。

 

 

  ※

 

 

 結局、真実と栄作は、有紀子の家のクリスマスパーティーには参加しなかった。お正月の初詣は4人揃って行ったものの、おみくじをひいたあとは別行動をとった。それも、栄作が率先してのことであった。

 そして冬休みが終わると、いよいよ高校生活も3学期を残すのみ。あと、わずかなのであった。

 

「もうすぐ卒業だね」

「うん」

 

 3学期となったある日。真実と有紀子は、学校そばのショッピングモールの中にある喫茶店にいた。ようやく、普通に話ができるようになった2人ではあったが、きっとそれは、星城高校に入学した頃とは、微妙に違っているはずである。それだけ、各々が成長したというところだろうか。

 

「そういえば、真実は美術大学に行くんだってね」

「うん。本格的に絵の勉強がしてみたくなったの。有紀子が一緒に来てくれると嬉しいんだけどな」

「ばぁか。私に絵を描けっていったってムリに決まってるでしょ」

「そうかなぁ。やってみると、結構うまくいくってこと、あると思うよ」

 

 そこで、有紀子が、何を思い出したのかクスッと笑い声をあげた。

 

「どうしたの?」

「思い出したんだけどさ、今の会話ってさ」

「なによ」

「たしか、中学に入学するときもしたよね。立場は逆だったけど」

「え?」

 

 いまひとつピンと来なかったのか、げげんな表情の真実。だが、そのことを思い出したのか、真実も笑顔になった。

 

「そうだ、そうだよ。私がバスケット部に誘われたときとおんなじなんだ」

「ごめん、悪かった。私が悪かった。ほんとにごめん」

「な、なによ、有紀子」

「だって、真実はやっぱり絵を描いてるのが似合ってると思うからさ。ムリにバスケットやらせて悪かった」

「ばぁか。それこそ、よけいなことだよ。私はね、バスケットやってよかったと思ってるんだよ。この私が全国大会に行けたんだし、おかげで進藤くんたちとも出会えたんだからさ」

「そうだね。でも真実だったら、きっと絵の方でも、たくさん表彰とかされてたと思うよ。高校での1年ちょっとの間だって、いろんな賞とか、もらってたじゃない。それに美術大に推薦入学できたのだって、それが評価されたからなんでしょう」

 

 それには、真実はただ笑みをうかべただけで、とくに返事はしなかったのだが、有紀子はそれでもよかった。

 

「東京に行ったら、千春さんによろしくね」

「うん」

「それからさ、真実」

「なに?」

「しつこいのはわかってる。でも1つだけ、もう1度だけ確かめておきたいんだけど、いいかな?」

 

 いったいなんだろう? 真実は、ちょっぴり目を大きく開いて、有紀子の顔を覗き込んだ。

 

「私、達也の恋人でいて、いいんだよね。それでも、真実はずっと私の友だちでいてくれるんだよね。卒業して女子大生になっても、OLになっても、ずっとずっと友だちでいてくれるんだよね」

 

 その有紀子の言葉にまっさきに浮かんだのが、いまは東京の大学に通っている槙村千春の顔であった。千春も、今の有紀子のようにずっと友だちでいてくれと、そう言っていた。幼い頃から内気で、友だちをつくるのがヘタ。星城高校の3年間でも、同じクラスの和美と美術部で知り合った愛子の2人だけしか、新たな友だちをつくれなかった。

 だからこそ、幼稚園の頃からずっと仲良しだった有紀子だけは失いたくなかった。彼女を怒らせ、話もしてくれなくなるなることが怖かった。だから、有紀子には・・ むしろ、今の有紀子の質問は、実は真実のほうこそ、ずっと考えてきたことなのである。

 その自分が、友だちでいてくれと、相手に言われるのである。大きな進歩ではあるまいか。

 

「あたりまえだよ。もし有紀子がイヤだと言ったって、私のほうが離れないからね。いままでだって、そうだったじゃない。だからさ、真実からもお願いする。ずっと有紀子のそばにいさせてね」

「真実・・」

 

 真実は、東京の美術大学に入学が決まっていた。有紀子は、学校の先生になるべく、教育大学をめざしている。達也はバスケットの腕を見込まれ、体育大学から誘いを受けている。栄作も一緒にと誘われたのだが、彼はそれを断り、就職のため公務員試験を受けるのだという。

 みな、それぞれの進路に向け、勝負のときを迎える3学期なのであった。

 

 

  ※

 

 

 その3学期での、最大のイベントといえば、バレンタインデーであろう。女の子から男の子へと、愛を込めたチョコレートをプレゼントをする日。その日、真実は、心を込めた手作りのチョコレートケーキを2つ作った。

 本来ならば栄作に渡すだけでいいのだろうが、どうしてもそれを達也にも食べて欲しかったのだ。その真実からのプレゼントを、達也は、喜色満面の顔で受け取った。もちろん、先に手渡されたのは栄作のほうだったのだが、彼は、達也に渡す真実を、複雑な想いで見つめていたに違いない。そしてそれは、有紀子も同じであったろう。

 その有紀子も、チョコレートを達也と栄作に渡したのである。

 そして卒業式の日を迎える。今日で、この星城高校ともおわかれ。これからは、それぞれがそれぞれの進路に向けて進んでいくことになるのだ。

 となれば、これから先、達也に会う機会はなくなるのではないか。今日が最後になるのでは。

 卒業式を終え、3年間お世話になった校舎を見上げながら、真実はそんなことを思うのである。そして、その思いが真実の心の中に冷たい風を吹かせていた。その冷たい風が、心を凍らせていく。周りを見れば、達也としっかりと手を握った有紀子の姿がある。

 よく、凍えた心がコナゴナに崩れていかないものだと、そう思う。それはきっと、真実の隣に、いつも自分をやさしく支えてくれた栄作がいるからだろう。そうだ、私には、栄作がいる・・

 その彼の腕に、そっと自分の手をからませてみる。私の好きなのは達也であって、あなたじゃない・・ 心ではそう思っていても、真実のその手は、栄作の手をしっかりと握っていた。

 真実(しんじつ)と書いて、真実・・ 笑っちゃうよね、しんじつなんて、どこにあるんだろう。ウソ、みんなウソ、ウソばかり・・ でもね、栄作くん。私は、あなたが好きです、達也くんのつぎに・・ 最後の一言は、そのときの真実の本当の気持ちであったろう。

 

 

 ねえ、栄作くん。サクラ公園にある私のお気に入りの散歩道でね、もうすぐサクラが満開になるんだよ。その満開の散歩道を、一緒に歩きましょう。春風に舞う、花びらのなかを、手をつないで一緒に歩きましょうよ。

 そのとき、きっと私は泣くと思う。でもね、止めないでほしいの。泣き止め、なんて絶対に言わないでよね。あなたの隣で泣くだけ泣いて、そしてサクラが散ってしまったら、きっと私は笑顔になれる。そんな気がするの。そうしたら、あなただけを見つめる女の子になれるから。それまで、それまで待っててよね。

 栄作くん、私はあなたが好きです。その言葉が真実になる、その日まで、あと少しなんだから。

 

 

 通称、サクラ公園。いま、公園内のすべての木にサクラの花が咲き乱れ、まさに満開であった。そのなかを、目に涙をいっぱいにためた女の子がゆっくりと歩いていた。その先で、長身の男の子が、彼女が来るのを待っていた。そして。

 

 

 満開のサクラの下、風に舞う花びらの中を、2人は並んで歩いていく・・・・

 




真実の恋物語は、ここまでです。読んでいただき、ありがとうございます。

今回、ラストの場面を最初に持ってきてみるというやってみたわけですが、さて、どうだったでしょうか。真実たちはこれで卒業してしまいましたが、星城高校には、もちろん新しい生徒たちが入学してきます。
これで終わり、ではなくて、同じ舞台で、別の主人公による、別の物語がまた始まります。

次の章にもおつきあいいただければと、そんなことを思っております。どうぞ、よろしくお願いします。

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