今回は、一人称形式で書いてみました。もちろん自分のせいなんですが、どうもわたしの三人称形式での書き方には問題があるようで、読みにくいというご指摘いただくことがあります。いろいろ工夫もしてるんですが、では、一人称形式で書いてみたらどうなるだろう。
そんなことを思って書いてみたのが、このお話です。ちゃんとした一人称形式になっていないぞ、とのご指摘受けそうですが、ともあれ最後まで書いてみたいと思っております。
なお、このお話はわたしが高校生のころをイメージしてますので、今とはちょっとあわないところがあるかも。
楽しんでもらえたら幸いです。よろしくお願いします。
第1話「文芸部大ピンチ! 城南大付属って、強いの?」
ここに、周囲から絵の才能を認められ、挿絵やカットなどの仕事の依頼が舞い込むようになった少女がいます。幼いころから描いてきた、大好きな絵です。その絵を、たくさんの人に見てもらえることは、きっと、彼女にとってなにより嬉しいことでしょう。。
そんな彼女の絵がいっぱいに散りばめられた絵本が、もう何冊作られたでしょうか。そのどれもが順調な売れ行きをみせており、イラストや挿し絵などの依頼もある。誰からみても、もう立派なプロの絵描きさんです。
そんな彼女を見れば、彼女は成功したのだと、誰もがそう思うでしょう。でも、その女の子はいま、幸せなのでしょうか。幸せを得たのでしょうか。
私には、わかりません。
というのも、彼女がいろいろな悩みを抱え、たくさんの涙を流してきたことを知っているからです。もちろん、年頃の女の子だったら、悩みの一つや二つ、あってもおかしくはありません。落ち込み、泣き明かした夜を過ごしたことのある人だって、数え切れないほどいるはずです。
そう考えるならば、彼女のことも、いくらか冷静に見つめることはできるのですが、でも、ひょっとすると一番いい思いをしたのは私なのかもしれないと思うとき、たまらない気持ちにさせられるのです・・
※
岸本早紀、高校1年の秋。いえ、まだ9月を迎えたばかりでしたから、“夏”としたほうがいいのでしょう。2学期最初のこの日も、残暑というよりは夏真っ盛りと言いたくなるほどの暑さがまだ残っていましたし、もちろん、制服は夏服なのですから。
でも、早紀にとって9月の訪れは、すなわち秋の到来なのでした。彼女の好きな季節が秋であることと、9月に誕生日を迎えること。この2つがその理由です。自分の誕生日は、大好きな“秋”でなければならない。だから、もう秋でいいのだそうです。
そんなわけで、彼女はいつも2学期の訪れを楽しみにしていたのですが、この日だけは、少し様子が違いました。
「先輩、どうしてもやめちゃうんですか」
「うん、悪いけどそうさせてもらう。アンタたちには申し訳ないけどさ」
広めのテーブルの上に置かれた1枚の紙を前に、沈黙の時間がゆっくりと流れていきます。そして、誰ともなく大きなため息。
県下でも、そこそこ有名な進学校である星城高等学校の、その文芸部の部室に早紀はいました。他には、彼女とは小学校からの付き合いになる倉田翔子と、2年生部員の安西由香里がいるだけ。星城高校には、夏休みを区切りとして3年生は部活から引退するという決まりがありましたから、2学期初日のこの日、当然、3年生部員はいないのです。つまり、文芸部の部員は早紀も含め、3人だけになってしまったのです。
テーブルに置かれている紙は、明日までに生徒会に提出することになっている『部活動登録書』でした。この用紙を提出し生徒会に受け付けてもらうことで、来年の夏までの1年間の活動が認められるのです。もし提出しなかったり、何らかの不備によって受け付けてもらえなかった場合は部の活動ができなくなるのですから、この書類の扱いは、重要でした。
「でもね、たった3人じゃ、どっちにしろ部はつぶれちゃうんだよ」
「そ、それはそうなんですけど・・」
早紀たちの通う星城高校は、進学校としてもそうですが、強い発言力を持つ活発な生徒会活動でも有名でした。そこには生徒主導という大前提があり、一般教師の影響など及ぶべくもない、自主独立的な活動がされていたのです。事実、生徒会で決められたことは、そのまま学校としての決定事項となります。そこに、一般教師たちが口をはさむ余地はありません。もちろん過去には、教員側からのクレームによって修正・変更された例はいくつかありますが、ごくまれなことであり、実質、この学校の中枢は生徒会といえるのかもしれません。
となれば、生徒会長を始めとした役員たちがかなりの権力を握ることになり、ある種の専制的なイメージを与えるかもしれません。でもそんな心配は、もう1つの絶対的な力を持つモノ、すなわち校則によって完全に払拭されていました。校則の扱いはより厳格で、規定されていることは絶対なのです。生徒会の強い発言力もまた、この校則の後ろ盾があるからこそ、実現できているのです。
ただ、勘違いしないでほしいのですが、星城高校関係者のなかに、そんな校則の存在をわずらわしく感じたり、窮屈に思う人は、まずいません。生徒主導の自由な校風を育んできたこの校則は、他校の生徒からみればあこがれであり、ある1点において議論の余地はあるものの、それは全ての高校生の理想であり、誰からもうらやましがられる存在に違いないのです。
その1点については、後々、機会があれば触れるかもしれませんが、早紀が星城高校を進学先に選んだのは、他の多くの生徒もそうであるように、そんな校風にあこがれてのことだったのです。それなのに、その校則のなかに『部活動は部員5名以上でなければ認めない』との規定が含まれていたのは、何の因果なのでしょう。
そしてそれが、今、早紀たちを悩ませている原因なのでした。
「とくかく私、これから生徒会室に行ってきます。事情を話せばわかってくれると思うんです。だからやめるのは待ってください」
「でも、ここは星城なんだよ。ダメに決まってるさ」
「いいえ。星城だからこそ、きっとわかってくれると思うんです。私は、そう思います」
「わかったよ、早紀。アンタがそこまで言うんなら、待ってもいいよ」
だった3人となってしまった文芸部。もちろん校則によれば基準以下で、活動停止になるところ。良くて同好会に格下げ、ひょっとすると廃部もありうる、という状況なのですが、でもそれは、突然早紀たちに突きつけられた難題ではありませんでした。
この年の春、文芸部に入部した新入生は、早紀を含め3人でした。その他に2年生が1人と3年生7人の部員がいましたが、2学期がくれば3年生部員が引退してしまうのは、もちろん、誰もが分かっていることでした。
簡単な算数の問題。県下でも有名な進学校に合格できた早紀に、この引き算ができないはずはありません。事実、もう1人いた新入生は、この日の来ることを察し、他に新入部員が見込めないとわかった時点で、早々に退部していました。
もちろん早紀だって頭の中で理解はしていたのでしょうが、誰もがこの日まで、問題の先送りを繰り返していたのでした。
いったい、早紀は生徒会との交渉に、どれほどの可能性をみていたのでしょうか。ここは、星城高等学校です。校則を覆すことなど不可能、とするのがあたりまえだったのですが、それでも早紀は、自分のカバンから筆記用具を取り出すと、テーブルの上の書類を手元に引き寄せました。
「先輩、新しい部長の欄なんですけど・・」
「それは、アンタたちのどっちかにしてよ。私は、遠慮する」
「・・ そうですか」
由香里に断られた早紀は、次にもう1人の1年生部員である倉田翔子の顔を見るのですが、翔子は何もいわずに、ただうなづいただけでした。小学校時代からの付き合いの2人でしたから、きっと、言葉を交わさずとも、お互いの言いたいことはわかったのでしょう。
「とりあえず、私の名前にしておきます。それでいいですね、先輩」
「うん。でも、早紀は中学のときは美術部だったんでしょ。いい機会だとは思わないの? 美術部の連中だって、アンタのことあきらめたわけじゃないと思うんだけど」
「私は・・ たしかに絵は好きだけど、翔子と組んで本が作りたかったから」
「そうか。そうだったね」
「とにかく、生徒会室に行ってきます。あとのことはそれからってことで」
「うん。悪いけど、私はこれで帰るからね」
ということで、早紀は翔子とともに、部室を出て生徒会室へ。由香里先輩はそのまま帰るのだそうです。
ところで、由香里先輩の話のなかに出てきた、早紀が美術部だったという話は本当で、中学時代、彼女の作品はさまざまな展示会で高い評価を受けていました。だから星城高校の美術部では、当然、彼女が入部してくれるものと思っていたのです。
ところが、早紀は文芸部の門をたたきます。それに驚いた美術部は、彼女をなにがなんでも入部させなければと、違反を承知で早紀を直接勧誘したのです。星城の決まりでは、個人への直接勧誘は御法度。結果、美術部には3日間の部活動停止処分が下され、この騒動は収束することになります。
このとき、早紀は自分にも責任があるからと、お詫びのために美術部を訪れています。文芸部を選んだのは、彼女の親友である倉田翔子が詩や小説などの文章を書くことを得意としており、2人の特技をうまくミックスし童話や絵本を作ってみたいからだと、その理由を話して、頭を下げたのです。
この時以来、“生徒会はちょっとコワイところ”だとするイメージが早紀の中にはあるのですが、いま、そんなことは言ってられません。
目の前には、生徒会室のドア。おおきく深呼吸した早紀は、緊張気味に、その入り口をゆっくりとあけます。
「なにかご用?」
教師でも入室する際は緊張する、とウワサされるほどの生徒会室を舞台に、始めて会うことになる生徒会長を相手として、部員3人の文芸部を認めてもらわねばならない。そんな微妙な状況におかれた早紀たちを迎えてくれたのは、ちょうどドア近くにいた女生徒の、明るい声でした。
「あの、文芸部ですけど、新しい代表者の登録にきました」
「あ、それはちょうど私の担当よ。じゃあ受付するからこっちへ来て」
「はい」
ということは、この人が生徒会長なのでしょうか。それとも、他の役員の人なのか・・ とにかく早紀は、案内されるままに生徒会室の奥の方へ。そして、おそらくはその女生徒にわりあてられた席なのでしょう、いくつか並べられた机の一つに彼女が座わり、その前に翔子と2人で並んで立つことになったのです。
「じゃあ、申請書をもらいましょうか」
「はい、これです」
早紀が、あわてて差し出すのを、その女生徒はにっこりと微笑みながら受け取り、その中身に目を通していきます。このとき早紀は、きっとドキドキしながらも、彼女に話しかけるタイミングをはかっていたんだと思います。それとも、部員が5人に満たないことに気づかれないことを願っていたのでしょうか。彼女の顔はちょっぴり赤くなっていました。
「へえー、1年生の部長さんか。スゴイけど、でもねぇ・・」
「あの、それでご相談があるんですけど」
「相談?」
おそらく彼女は、部員数のことに気が付いたはずです。それとも早紀が相談を持ちかけたからでしょうか。このとき、終始ニコヤカだった彼女から、笑みは消えていたように思います。
「あのですね、実は、3年生が引退してしまって部員の数が3人になったんです」
「そのようね。でも、そうなることは前もってわかっていたんじゃないの?」
「ええ、まあ。それはそうなんですけど・・」
「そうねえ」
どうやら、それだけで早紀の言いたいことはわかったらしく、その女生徒は、視線を生徒会室のさらに奥のほうへと向けたのです。つられて早紀と翔子も、同じ方向に顔を向けたのですが、そこでは、今の早紀たちと同じように、男子生徒が何ごとか生徒会の役員と話をしていました。その男子生徒は、あいにくと背中しかみえなかったのですが、身長は170センチよりは上でしょうか。見たところ太りすぎてもいないし、痩せてもいない、標準的な体型をした人のようでした。もちろん、顔は見えません。
「先客がいるんだよね」
「は?」
「転校生なんだって。うちの学校は、転校の手続きも生徒会が窓口になってるのよ」
「へえー」
最後の返事は早紀と翔子の声がピッタリと揃っており、それがおかしかったのか、その女生徒はクスッと笑い、改めてイスに座り直したのです。
「さてと、部活動は部員5名以上でなければ認めない、という校則は知ってるのよね」
「はい、知っています」
「知っていて、今日までほったらかしてたのは、いいことじゃないわよ」
「で、でも、部員を増やしたくても募集できないわけですし、どうしようもなくて」
自分が美術部に誘われたときの経験を思えば仕方のないことなのです。入部の勧誘をし、その結果、3日間の活動停止処分を受けた美術部。その一方の当事者だった早紀がそう思ったのも仕方のないことだと思うのです。でも、生徒会の役員とおぼしき女生徒は、笑いながらこう言ったのです。
「部員の募集ができないってことはないわよ。誰かにそう言われたの? 少なくとも、星城にそんな決まりはないんだけど」
「え? でも、以前に美術部が3日間の活動停止になったことがあったじゃないですか」
「美術部が? 活動停止に??」
そんなことがあったかしら、とでも言いたげな顔で、その女生徒はけんめいに記憶をたどっている様子でした。きっといつもの早紀なら、そんな彼女に、自分と美術部との間の入部勧誘に関する事情をすぐに話していただろうと思うのです。でも、このときの早紀は、ただ、彼女を不安げに見ているだけでした。やはりどこか、気持ちに余裕がなかったのでしょう。
「ごめん、ちょっと覚えがないわ。でも、募集しちゃいけないってことはないのよ。あなただって、入学式のあとに各部が揃ってピーアールしてたのを見たはずだし、ちゃんと掲示板があるのも知ってるでしょ」
「はい、それは知ってます。でも私、美術部の人から勧誘されたことがあるんです。それが校則違反だということで問題になって美術部が・・」
「待って、そういえば、そんなことがあったわね。そうか、あなたがあのときの新入生なのか」
急に彼女の顔が笑顔になりました。それまでは少し難しい顔をしていたのですが、それもここまででした。
「あれはね、あなたに美術部が直接勧誘したからよ。本人に直接アプローチするのは、ルール違反。たしかに禁止されてるね」
「で、ですから、いままで募集もできずに・・」
「そういうことか。ま、勘違いしたのも、ムリはないかもね。でもね・・ どうしようかな」
このとき、彼女が、本当に困った顔を浮かべていたのを覚えています。もちろん、早紀や翔子も同じでした。部員の募集をしてはいけない、これは、どうやら早紀の勘違いだったらしいのですが、でも、早紀はともかく、先輩部員たちは正しい規則をちゃんと知っていたはずなのです。そのことを指摘されれば言い訳のしようがありませんし、そのことを生徒会の彼女が、気づかなかったはずはないと思うのですが、彼女は、こんな提案をしてきたのです。
「ねえ、明日の放課後まで待ってるわ。だからそれまでにあと2人、部員を集めるっていうのはどう? そっちのほうの許可だったら、私でもできるんだけど」
「でも、直接の勧誘ができないんですから、明日までにはムリだと思うんです。せめて、1カ月とか余裕をもらえないでしょうか」
「うーん、それもそうか。実際のところ、掲示板に募集のポスターを貼るくらいしかできないんだし、たしかに明日までにはムリっぽいね」
ちなみに、部員募集の方法と、新入生が部活動に入部できる期間についての規定は、5年ほど前の女性の生徒会長によって行われた校則なども含めた大改革によって決められたようです。
その時にはその時の事情があったのでしょうが、入部期間までもが決められている学校はめずらしいことに違いありません。ですが、初登校の日から3日間だけは、何度でも自由に部活動に出入りができることと、上級生から強引に入部させられるといった強制的な面がないため、おおむね好評なのです。
もちろん、その期日が過ぎてしまえば入部できないというわけではありません。期間外は、あらかじめ生徒会の許可が必要になるだけなのです。その許可を得て、当該の部活に入部を申し込む、といった手順になるわけで、彼女の言ったのは、おそらく、この入部許可のことなのでしょう。
「待ってて。やっぱり、会長と相談してくるわ。ちょうど先客さんの用は済んだみたいだから」
「あ、あの」
「大丈夫、そんなヒドイことにはならないと思うよ。とにかく会長と話してくるから」
会長とは、生徒会長のことでしょう。彼女はすっと立ち上がると、奥の方へと歩いていきます。その方向は、さきほど転校生だという男子生徒がいた方向なのですが、早紀たちが顔を向けたときは、ちょうどあの男子生徒が、こちらに向かって歩いてくるところでした。転校生は、生徒会長と話していたのです。
「ねえ早紀。あの人、文芸部に誘ってみようか」
「え?」
「なによ、ぼーっとしてさ。そこそこいい男だけど、みとれるほどでもないでしょうが」
「そ、そんなんじゃないよ」
「彼を、文芸部に誘ってみようかって言ってるの。どう思う?」
「だ、だめだよ。それは禁止されてるんだから」
「あ、そうか。でも、その気があるかどうか聞くだけだから、いいと思うんだ。とにかく、行ってくるよ。こっちのほう頼むね」
「あ、翔子!」
このとき、男子生徒はすでに生徒会室を出ていましたから、翔子も、続いて生徒会室を後にしたわけです。ですが、早紀には、部の存続についての交渉が残っていましたから、一人残されたからといって、翔子の後を追うわけにも行かないのでした。
ところで、あの男子生徒。たしかに翔子が言うように、みとれるほどの美男子というわけではなかったのでしょうが、このとき、早紀がその顔をじっと見ていたのには、別の意味があったのです。たしか、どこかで・・ なんとなく見覚えのある顔、そんな気がしたからだったそうです。少なくともこのとき、その他の感情はなく、単に、どこで見たのかを思いだすため、じっと見つめていただけだったと彼女は言うのですが、どこまで本当のことなのかは、わかりません。
さて、残された早紀は、ほどなくして、生徒会長のところへ呼ばれることになります。早紀が生徒会長と会うのは、このときが初めて。ひょっとすると、一般の先生たちよりも上の権力を持っている人・・ そんな怖いイメージを抱いていた早紀でしたが、実際に話してみると、あんがい気さくな人で、ほっとしたそうです。
一通り話しを聞いた会長は、しばし、腕組みをして考え込んだ後、こう言ったのだとか。
「まあ、事情はわからないでもない。それじゃあ、こうしようか」
早紀の懸命の訴えが届いたのか、生徒会長からは、早紀が十分に納得できるだけの妥協案が示されました。それは、早紀の部長登録は認め、当面、文芸部の活動も認めるというもの。ただし、部員不足を早急に解決することが前提条件であり、来春の新入生の入部期日を限度とし、基準に達しない場合は廃部となります。また、早紀には、毎週始めに部員数を報告することが義務づけられました。
廃部というと厳しい内容に思えますが、でも、来年春まで待ってくれるというのです。本来なら、即座に休部扱いとされても文句が言えないところなのに、活動することも認めてくれたのですから、とくに、不満などあろうはずがありません。
ようやく交渉を終えた早紀は、ひとまず部室に戻り、ほっと一息。あと2人くらいだったら、きっと来年の新入生が入部してくれる・・ だから文芸部は安泰だと考えました。でも、油断は大敵。早く部員を集めておいたほうがいいことには違いありませんから、さっそく部員募集のポスターをつくろうと、準備開始。翔子が部室にもどってきたのは、ちょうどポスター制作にとりかかろうとしたときでした。
「遅かったね、翔子。それで、どうだった?」
「だめ、だめだったよ。彼、バスケットボールやるんだってさ。入部許可も、あのとき生徒会からもらったって言ってた」
「そうか、残念だね」
「ま、しかたないよ。で、早紀は何やってるの?」
見れば、作業用のテーブルの上には大きな紙が広げられ、色とりどりのPOP用のマジックなどが散乱しています。これは、早紀のクセのようなもので、何か作業をするときには決まって、このようにたくさんの道具が広げられるのです。彼女の名誉のために言っておきますが、普段の彼女は、何事にもキチンとした性格です。他人の目には、ただ乱雑に広げられたようにしか見えないソレも、早紀に言わせれば、その配置には、ちゃんと意味があるのだそうです。
「ポスター作るの。新入部員勧誘のためのね。ポスターならOKだって生徒会の人も言ってくれたじゃない」
「え? じゃあ、交渉はうまくいったんだね」
「うん。とりあえずはね。でも、来年春までに定員に回復しないと廃部になる条件付き」
「廃部かぁ。でも、春だったら新入生が入ってくるじゃない。大丈夫だよ、きっと」
「でも、油断大敵って言うでしょ。何が起こるかわからない。だからポスター作ってるの。翔子も手伝いなよ」
「オッケー、オッケー。で、何やろうか」
「キャッチコピー考えてよ。ポスターのこのあたりにデッカク入れたいの。あと、勧誘の文章も」
「うん。来たれ! 文芸部、とかだね」
結局、その日は2枚のポスターを仕上げ、それを、校門横と講堂への渡り廊下にある掲示板に掲示してから、帰宅。ちなみに、2枚のポスターは、同じものではありません。早紀のこだわりというのか、それぞれに工夫を凝らした別デザインとなっていたのです。早紀が得意なのは、ただ絵を描くだけではありませんでした。この頃から、こういったデザイン的な面でも、人並み以上の才能をみせていたのです。
※
「ただいまぁー」
元気よく声を出し、玄関のドアを開ける早紀。早紀は、母親との二人暮らしでした。彼女の父親は、早紀の誕生を待たずして、妊娠9カ月めの終わり頃に亡くなったのだそうです。一度だけ、父親がいなくて寂しくないのかと聞いたことがあるのですが、おかあさんがいるから平気だよ、と返事をしてくれました。写真なども残っていないらしく、お父さんの顔も覚えていないんだ、と明るく笑いながら・・ 悪いことを聞いてしまったなと思いました。そして、きっと強がりを言ってるんだと思ったものでした。
彼女の母の岸本紀子さんは、あちこちの雑誌の挿絵やカットなどのイラストを描く仕事をしていて、その業界ではわりあい有名なほうだということでした。仕事の性質上、在宅でも仕事が可能だったので、いつも家にいましたから、きっと、早紀も寂しい思いをすることはなかったんだと思います。そう考えると、あの言葉は、本心だったのかもしれないと思えてくるのです。
「おかえり。さっそくで悪いんだけど、急ぎの仕事やってるのよ。夕食の仕度とか、頼めるかな?」
「うん、いいよ。でも、仕事のほうは大丈夫なの? 手伝おうか」
「まぁ、なんとかなるんじゃないの。それよりごはんよ。材料なんもないから、買い物から頼むわね」
それだけ言うと、仕事に取りかかる紀子さん。紀子さんも、仕事中は、道具をたくさん出し、その中に埋もれるようにして描いています。まるで、学校でポスターを作っていたときの早紀のようです。たぶん早紀のやり方が似ているのは、ものごころついた頃からずっと、そんなお母さんの仕事ぶりを見て育ったからなのでしょう。絵を好きになったのも、そのために違いありません。
もちろん、早紀が受け継いだのは、母親のやり方だけではありません。紀子さんのイラストレーターとしての技術も、自然と、娘である早紀に受け継がれていったようで、早紀としては母親の仕事も立派に手伝えるつもりでいるのですが、よほどのことがない限り、紀子さんは、早紀に仕事をやらせることはなかったようです。
ちなみにその日、夕食のテーブルに並んだのは、秋刀魚の塩焼と漬物に、肉じゃがと紀子さんが好きな大根の味噌汁だったそうです。
※
そして、翌朝。
早紀は登校するとすぐに、掲示板へと向かいました。実は、こんなポスターを作って人目のつく場所に掲示したのはこのときが始めてで、自分ではいいできばえだと思ってはいても、その反応が気になったのです。まずは、校門を入ってすぐのところにある掲示板から。ですが、確かに掲示したはずの勧誘ポスターがありません。
「はがされちゃったのかなぁ」
いったい誰が・・ おそらくは生徒会に違いありません。そんなことができるのは、生徒会ぐらいのものです。そういえば、この掲示板は学校や生徒会からの通達事項の掲示用だと聞いたことがありました。となれば、ここへの掲示は、生徒会の許可が必要だったのかもしれませんが、でも無断で掲示したからといっても、こうしてはがされるだけで、特に罰を受けるようなことはないはずです。
それでも、急に不安になってきた早紀は、もう1枚のポスターの掲示場所、すなわち講堂へと続く渡り廊下にある掲示板へと急ぎました。そこもはがされていれば、実質、部員を募集する手段はなくなります。
「よかった、こっちは無事だ」
早紀、入魂の一作。昨日作った2枚のうち、自分でも気に入っていたほうのポスターが、ちゃんとそこにありました。あとは、これを見て、せめて1人でも入部してくれれば・・
ほっと一安心の早紀は、そこを通る人たちを観察することにしました。自分のポスターを見てくれるだろうか、どんな反応をするだろうか、それをみようと思ったのです。ここにいれば、それがわかるからなのですが、次の瞬間には、それもできなくなっていました。
早紀の前に、4人の女生徒がやってきたからです。そのうちの1人は、文芸部の2年生安西由香里で、一番後ろには、翔子の姿がありました。
「あなたが岸本早紀さんね」
「はい、そうですけど」
「由香里のことなんだけど、今、いい?」
「あ、はい。かまいません」
敬語を使ったのは、その人の制服の襟についているバッチが2年生のものだったからです。それに、相手が知らない人だったこともあったんだと思います。早紀は、初対面に近い人を相手にする場合、それが下級生であっても、言葉遣いが丁寧なものになってしまうのです。
「一応、文芸部の廃部は免れたらしいわね」
「はい、なんとか」
このへんの情報は、きっと翔子がしゃべったに違いありません。その翔子は位置を変え、早紀の後ろへとやってきていました。早紀の視線が由香里へと向けられます。が、由香里先輩はうつむいたままでした。この人たちが何をしに来たのか。早紀にどんな用事があるのか。
雰囲気さえ読めれば、あまり深く考えなくてもわかることでした。おそらくは翔子から文芸部が活動停止にならなかったことを聞き、あわてて早紀のところに、すでにバレー部への入部を決めたことを言いに来たのでしょう。
由香里先輩は中学時代はバレー部だったそうです。ひざを痛めたこともあって高校では文芸部に入ったのですが、そのひざもほぼ完治した今、もう一度バレーボールをやることにしたのです。他の2人の2年生は、その中学時代のチームメイトでした。一緒に来たのは、やはり由香里先輩が早紀に直接言いづらかったというのが理由で、代わりに、早紀にバレー部入部のことを告げに来たのです。それでも最後に由香里先輩は、すまなさそうに早紀に一言だけ、言ったのです。
「ごめん、早紀。まさか、生徒会の許可が出るなんて思ってなかったから」
その由香里先輩に、早紀は、明るい声でこう言いました。
「由香里先輩、バレー部でも頑張って下さい。私たちも先輩に負けずに頑張りますから」
その顔は笑顔でしたが、あとで聞いたところによれば、生徒会に部員が減ったことをどうやって言い訳しようかと、そんな心配もしていたんだそうです。ともあれ、これで文芸部は2人だけとなってしまい、目標の5人は、また遠くなりました。
それから1週間、また1週間と日にちは過ぎていくのに、部員は相変わらず2人でした。早紀のポスターは評判が良く、立ち止まって見ていく人も多いのですが、それが部員増につながることはなく、いつしか9月も終わり、10月を迎えていました。もう、秋と呼んでもおかしくない季節。そんなある日、校門を入ってすぐのところにある掲示板に、生徒会からのお知らせが、掲示されました。それをいち早く見つけたのは、翔子でした。
「知ってる、早紀?」
「何?」
「今度、城南大付属のバスケット部が練習試合に来るらしいのよ。ねえ、これっていいネタだと思わない?」
「どういうこと?」
そう言われても、早紀には、まだ話の内容が見えてきていません。というのも、城南大付属高校のことをよく知らなかったからなのですが、そのバスケット部といえば、県下でも有名だったのです。もちろん、評価はナンバー1。全国でも屈指のレベルを誇る名門校なのでした。それはちょうど、星城高校のバレー部が何度か全国大会へも出場し、好成績をおさめてきたのと同じようなもの。いいえ、もっとスゴイことに違いありません。翔子の提案は、その練習試合を取材し、文芸部で新聞を発行しようというものでした。その新聞で注目を集めれば、きっと部員獲得にもつながるはずだからと。
「でも、新聞なんて作ったことないよ」
「なんとかなるわよ。いざとなったら、紀子さんにアドバイスしてもらおうよ」
「えーっ、でも今、お母さん、忙しそうだよ」
翔子の言う“紀子さん”とは、早紀の母親のことです。どういうわけか、翔子はずっと、早紀の母親を“紀子さん”と呼んでいました。それは小学生の頃からのクセで、今もなお続いているのですが、たぶん翔子には、それを直すつもりはなかったはずです。
「とにかくさ、ポスター用の紙に壁新聞風にまとめてみようよ。少しでも文芸部の存在をアピールできたら、それでいいじゃない」
「そうだね。いい考えかもしれないね」
「でしょう!」
はずむように元気のいい翔子の声でしたが、なにごとにも準備は必要です。なにより重要なのは本人の心の準備なのでしょうけど、バスケット部にも取材することを了承してもらう必要がありますし、もちろん生徒会にもその旨を告げておいたほうがいいに決まっています。
ということで、2人は放課後になるのを待ち、すぐさま体育館へと向かいました。生徒会への報告は、バスケット部の了承が得られてからすることにしました。体育館はバスケットコートが2面とれるだけの広さがあり、僅かですが、2階には客席も設けてある、立派なものでした。
その2面分の広さをバレー部とバスケット部が半分ずつ使用し、そのまた半分を男女のバスケット部が分け合って練習しているのですが、早紀たちが体育館を訪れたときは、まだ女子バスケット部がいるだけでした。その女子バスケット部のところへ。
「えーっ、そんなことするのぉ」
話しを聞いた女子部のキャプテンの第一声が、それでした。
「お願いします。邪魔はしませんから」
「で、でもね、あなた、城南大のこと知ってて言ってるの?」
「はあ、なんでもバスケットの強い学校だとか」
「そうなのよ。私たちなんかじゃ、とても相手にならない。そんな相手との試合だもの、わざわざ新聞にするまでもないんだってば」
つまり、その女子部キャプテンは、城南大付属のバスケット部には到底かなわないと言うのです。いくら練習試合といっても、きっと取材のネタにはならないはずだと。早紀にはそのあたりのことがあまりピンとこなかったらしく、さらに言葉を重ねようとしたのですが、そこにちょうど男子部がやってきて、話しは中断。
「崎田、試合のことなんだけどよ」
「あ、山本くん。ちょうどいいところに来た」
その山本というのが男子部のキャプテンで、崎田さんが、女子部のキャプテンです。2人の話題は、もちろん城南大との練習試合のこと。これは、早紀にとってはラッキーなことで、タイミングを見計らって、その会話の中にうまく入り込み、男子部にも許可を求めたのです。最初は男子部のキャプテンもあまりいい顔をしていなかったのですが、結局は早紀の熱意に根負けしたようでした。
「わかったよ、でも、あまり恥ずかしいことは書いてくれるなよ」
「は、はい。もちろん、事前に内容はチェックしてもらいますから」
「そうかい。ま、そういうことなら・・ な、崎田」
「そうね。じゃそういうことでよろしく」
「はい。ありがとうございます」
これで、バスケット部の了解は取り付けたと、ほっと一息。あとは生徒会への報告が残っているので、体育館から出ようとしたときです。
「こんちわ」
早紀と翔子に話しかけてきた、男子生徒がいたのです。その服装は、ライトブルーの半そでのスポーツウェアに紺色のパンツで、バスケット特有の、長いソックスに青が基調のシューズをはいていました。彼の名は、水野直樹。およそ1か月前、生徒会室でチラッと会った、あの転校生でした。そのとき、早紀はアッと小さな声をだし、翔子は、軽く会釈をしていました。
「ちょっと聞こえたんだけど、明日の練習試合を取材するんだってね」
「え、ええ。でも、あんまり歓迎されてないみたいでしたけど」
水野くんは、その返事に軽く笑い顔を浮かべました。ちなみに、このとき返事をしたのは、早紀ではなく、翔子のほうです。翔子は、以前に文芸部へ入部を勧めたときに話したことがあったのです。このとき早紀は、驚いたような表情で水野くんの顔をじっと見つめているだけでした。あの1か月前の生徒会室では、単にすれちがっただけでしたから、早紀には、このときがちゃんとした出会いの日だったんだと、あえて、そう言わせてもらおうと思います。
「えっと、そっちの人も前に会ったことあるよね。なんとなくだけど見覚えがあるような」
早紀のことです。水野くんも、じっと早紀の顔を見つめています。なんだか、お見合いをしているように、2人はじっと見つめ合っていました。そんな時間が数十秒・・
「た、たしか生徒会室で・・」
やっと、それだけ言えた早紀。その言葉の続きは、翔子が補いました。
「水野くんが転校の手続きをしに生徒会室に来てたとき、私たちもいたの」
「え? ええと、そうだったかな」
彼はいまひとつ、納得しきれていない様子でしたが、話題は、城南との練習試合へと移っていきました。
「城南大付属高校って、そんなにバスケットが強いんですか?」
聞いたのは、早紀です。これは、バスケット部キャプテンたちとの会話では聞けなかったことでした。だからといって、この場で聞くべきではなかったのかもしれませんが、この言葉をきっかけに話しがはずんだのですから、良しとすべきかもしれません。そのとき交わされた会話は、よく覚えています。早紀が男の子と、あんなに楽しそうに話をするのを見たのは、もしかすると、このときが始めてのことだったかもしれません。でも翔子は、そんな楽しそうな早紀が、どこかいつもと違うようにも感じられたといいます。それほど、はしゃいでいたように見えたということでしょうか。
「強いよ。ハッキリ言わせてもらえば、星城よりレベルはずいぶんと上だね」
「どれくらい違うのかしら。さっきキャプテンさんに聞いたら、到底かなわないって言ってたんだけど」
「そうかもしれないよ。なにせ、向こうは全国大会の常連だからね」
「じゃあ、星城は負けちゃうのかなぁ」
「でも、練習試合じゃないか。勝ち負けよりも、なにかプラスになればそれでいいんじゃないかな。向こうだって、なにも力の差をみせつけに来るわけじゃないんだろうし」
「じゃ、何しにくるの?」
「だから、練習試合だろ」
「あ、そうか。そういえば私、ちゃんとしたバスケットボールって、始めて見るんだけど」
「ちゃんとした?」
「うん。体育の授業でやったことあるだけ。それってちゃんとしたバスケットじゃないと思うんだ」
「なるほどね。じゃあ、いい機会だよ。しっかり見ておくといい」
「でも、取材もしないといけないし。ねえ、どんなところに注意して見てたらいいかな」
「そうだなぁ・・ 試合のときにでも、いろいろと教えてあげるよ。それともし良かったらだけど、オレにも協力させてくれないかな。城南の選手にインタビューとかもするんだろ。文芸部に入部できなかったお詫びもあるし」
と、ここで水野くんが翔子の方を見たのです。翔子にしてみれば、ようやく会話の中に入れるきっかけを得たというところだったのでしょう。もう少し早紀との会話を聞いていたいところでしたが、練習試合の取材が大切とばかりに、口をはさんでみたのです。
「インタビューは、やっぱり必要だよね。ねえ、早紀」
「う、うん。でも、知らない人たちなのに大丈夫なの?」
「平気さ。ちなみに言っておくと、オレの転校する前の学校、城南大付属なんだよ」
その水野くんの言葉は、早紀と翔子をあ然とさせるに十分でした。コートでは練習が始まるようで、水野くんは、固まってしまった2人に軽く手を振りながら戻っていきました。ややあって、残った2人は、どちらからともなく顔を見合わせ、ぽつりと一言。
「あの人、城南だったんだ」
バスケットの名門校である城南大付属高校。その城南が、わざわざ星城に練習試合を申し込んできたその理由を、おそらくは2人とも頭の中に思い描いたに違いないのですが、どちらも、そのことを口に出すことはしませんでした。