桜蘂降 -サクラシベフル-   作:如月ミナト

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20××年3月8日火曜日◆再会と、憂いを帯びた豪奢な華

 

 

 敷地内に咲いている桜の花が、とにかく綺麗だった。

 樹の根元にたたずんで空を仰げば、その合間にある枝先に彩を宿す可憐な花はひらりはらりと、風に乗り舞いを演じる。その舞いによって遠くへと旅立っていくはなびらのひとつひとつに、淋しさと侘しさが相乗されていた。幻想の如く儚いその花は、まるで人間世界の縮図のようにすら受け取れる。散り行くかけらと新たな命。咲き誇る花はその七日間に、さて何を想うのだろう。

 そんなはなびらとはなびらの間から垣間見える青天と言う名のキャンパスが、控えめな薄桃色を引き立てている。名画を鑑賞しているかのようなその情景の素晴らしさに、俺はただただ溜息をつくことしか出来なかった。それは隣に居合わせる朝比奈さんも同じだったようで、年頃の男女がならんでうっとりと桜を眺める様と言うのは、端から見ればどう映ったのだろうね。

 少なくとも、だが。

 我らが団長様のお眼鏡にはかなわぬ一枚だったらしい。

「………………」

 背後からの冷たいオーラと痛い視線を感知した俺は、半ば反射的に振り向いた。するとそこには俺が想像した通りの表情をした涼宮ハルヒがいて、腕組みをしながら俺達を睨み付けていた。

「連れてくる奴間違ったかしら」

 わざと聞こえるような大きさの声でそんなことを言うあたり、こいつが余程不機嫌であろうことが窺える。加えてそれを微塵も隠そうとしないあたりに、こいつのそう言う性格も見て取れた。わかってるさ、涼宮ハルヒはこう言う奴だ。伊達にこの一年間をハルヒと共に過ごしてきた訳じゃない。

「しょうがないだろ、古泉と長門が都合が悪いって言うんだから」

 一応そう返してやったが、ハルヒは「ふん」と鼻を鳴らすと目的の方向へスタスタと歩いて行ってしまった。はぁ、と先程とは違う種の溜息をついて、俺もその後に続いて行った。

 しかしながら、今日のハルヒはいつも以上に不機嫌だ。こいつがここまで不機嫌なのは、恐らくだが俺達が北高に入学した当初以来のことやもしれない。俺からの指摘や提言で機嫌を損ねることはいままでに数知れず。だがあからさまなまでに精神不安定とでも言えるような状況なのはかなり久し振りのようだ。

 そんなわけで古泉の野郎は閉鎖空間がいつ発生してもおかしくはないから、なんて言って昨日のうちからアルバイトの準備へと出掛けて行ってしまっているし、長門は長門で外せない用事があると言い今日の外出には帯同していない。古泉が『いつ発生してもおかしくはない』と言う以上は、まだ閉鎖空間は発生していないのだろう。それが唯一の救いだったりもする。

 だが何故、ハルヒはここまで不機嫌なのだろう? きっかけを突き詰めるならば、思考を巡らせるまでもなく昨日届いた一通のメールのせいだ。あのメールを見てから後、ハルヒの精神状態が安定していない、と古泉は言っていた。要するにあのメールが地雷源であった可能性が一番高いことになるのだが――ならばますますもってその理由がわからない。

 ところでメールの差出人だが、こちらはとても意外な人物で俺の古くの知人であった。

 

 ◇

 

『ご相談があります。宜しければ明日の夕方、お会いすることは出来ないでしょうか』

 そんな意のメールが届いたのが、昨日の夕方。パソコンのデスクトップに恐らく初めて映し出されたであろう新着メールの文字を開くと、場所と時間の詳細と差出人の名前が載っていた。

「……伊集院かすが」

 伊集院かすがだと?

「何。あんたの知り合いなの?」

 ハルヒは俺が上げた声に反応してそんな事を聞いてきた。若干驚いているようにも見えるが、無理もないのだろう。

「ああ、俺の中学時代の先輩で一番懇意にしてもらった人だ」

「……ふーん」

 訊いておいてなんだよ、と思わず言いたくなる程、ハルヒは素っ気無くそう呟いた。答えたのが馬鹿らしくなるようなそんな態度だが、そんなハルヒにふと疑問を感じる。SOS団宛のメールなのだから不思議その他それに準ずるものの何かの相談事なのだろうけれども、俺が見る限りではハルヒがとても乗り気だとは言えなかったのだ。画面を見つめるハルヒの横顔は、どこかしら憂いを帯びていた。

「……んで、その伊集院かすがさんとやらは、現在入院中だと」

「どうやらそうらしいな」

 メールにて指定された面会場所が市内の病院の一室になっていた。先輩は昔から身体の弱い人で、しょっちゅう早退したり休んだりしていた記憶がある。俺達の二年先輩である彼女が、俺が中学一年の時に長期間入院していた記憶は無いが、まあおかしな話でもないんだろうな。

「そう」

 またしてもハルヒの返事は素っ気無いものだった。ただ何と言うか、ハルヒを纏うオーラは、この件に関して『興味が無い』と言うよりかは『関わりたくない』と言っているような気がした。確定出来る訳でもない不確かな憶測だが、あながち間違ってもいないような気さえする。しかし何故かは一向にわからん。

 俺はしばらくハルヒの横顔をじーっと眺めていたんだが、

「ごめん、調べものしなきゃいけないのを忘れてたわ」

 突然ハルヒはそんなことを言い出し、荷物を持って俺の視線から逃げるように席を立った。いや、おいちょっと!

「あたしそのまま帰るから、あんた達も時間見て帰りなさいよ」

 俺の呼び声も虚しく、ハルヒは言葉少なげに部室を後にした。追いかけようかとも思ったが、いつかの時みたいにその背中が「ついてくるな」と言っているような気がして、俺はただハルヒが出ていくのを見つめることしか出来なかった。

「……と言うことですので、僕も今日は早々に引き上げさせてもらいますよ」

 続いて古泉も、どこかへ立ち去ろうと席を立った。ちょっと待て、古泉。

「なんでしょうか?」

 飄々としたこいつの態度が物凄く気に食わなかったが、いまはいい。それよりも、お前が動くと言うことはつまり、そう言うことなのか?

「いえ、まだわかりません。しかし一例の流れの中で、その可能性は極めて高くなっています」

 何か知ってる風だな。

「さて、どうでしょうね。……詮索はもうよろしいですか?」

 ああ、どうせ話す気は無いんだろ。後は好きにしろ。

「理解が早くて助かります」

 嫌味ったらしくそう言うと、古泉はハルヒ同様に部室から去っていった。捨て台詞が鼻につく。次に会ったら一発殴ってやろうか、扉を閉める際の奴の後ろ姿を見ながらそんなことを考えた。

 さて残った俺達だが、朝比奈さんこそ状況が飲み込めずあたふたと慌てふためいていたが、長門に至っては微塵も動じる素振りを見せず、普段通りに読書に勤しんでいる。事に無関心では無いのだろうが……流石は、宇宙由来のインターフェースと言ったところか。

「えっと、つまり……どういうことなんですか?」

 朝比奈さんが尋ねてくる。

「パソコンを立ち上げたらメールが入ってて、それがキョンくんの先輩からで、だけど涼宮さんは帰っちゃって、それにくっついてキョンも帰っちゃって……あれ、違う違う、キョンくんは目の前にいるから帰っちゃったのは古泉くんで……」

 朝比奈さん、少し落ち着きましょう。

「あ、はい。あ、でもどうやって落ち着けばいいんでしょう。え、あれ……どうしよう……」

 朝比奈さん! 深呼吸!

「あ、はい! ……すーっ、はぁっ」

 どうですか?

「えと、多分大丈夫です」

 漸く朝比奈さんが平静を取り戻した。

「すみません……」

 そしてペコリと頭を下げた。いえいえ、朝比奈さんは謝らなければならないようなことはされてませんから。

「……そうですか」

 朝比奈さんは「ふう」と息をつくと、傍にあったパイプ椅子にちょこんと腰掛けた。つられて俺も、家主がいなくなった団長デスクに座る。

「どうやら、今回SOS団宛にメールを送ってきたのが俺の先輩にあたる人みたいなんです。同姓同名の別人の可能性もあるので、断定は出来ませんけど」

「うん、その後に涼宮さんが調べものを思い出して帰っちゃったんですよね」

 ええ、ただ直後に古泉もいなくなりましたから、本当に調べものをしているかどうかは怪しいですね。

「え、なんでわかるんですか?」

 朝比奈さんが不思議そうな顔をする。いえ、それは……、

「閉鎖空間」

 俺ではない、朝比奈さんでもないこの部屋の住人が短くそう答えた。

「あ、なるほど」

 長門のその声に朝比奈さんは手を叩いて、納得した素振りをみせた。

 ところでだが、長門。閉鎖空間はもう出現してしまっているのか?

「それは我々は関知しない。閉鎖空間の処理は古泉一樹らの仕事。だが質問に答えるのならば、現時点で閉鎖空間が発生した事実はない」

 古泉の『まだ』と言うセリフがリフレインされる。要するにハルヒの精神状態はかなりヤバい所にあるのだろう。だが何故だ?

「我々は関知しない」

 にべもない。

「ところで」

 と、今度は朝比奈さんが口を開く。

「キョンくんの先輩の……伊集院さん? って、どんな方なんですか?」

 こちらを向きながらニコニコと笑いつつ詮索をかける。まあ少しくらい話しても別に問題はないだろう。

「えっと、伊集院かすが先輩は俺のふたつ上だから朝比奈さんのひとつ上の学年にあたります。いまは光陽園学院に通ってたはずですけど。身体が弱いのは昔からみたいで、中学時代はちょくちょく休んだりもしてました」

 ふと疑問に思う。もし仮に差出人が俺の先輩その人だとして、光陽園学院に通っているはずのかすが先輩が、どうやって俺達のことを知ったのだろうか。

 もしかしたら、北高以外に特定のコミュニティを持たない俺が知らないだけで、『県立北高にSOS団あり!』と言う噂は、広く世間に流布しているのかもしれないな。

 ――自分で考えておいてなんだが、思わず頭痛と吐き気と眩暈がして、身震いしてしまった。

「どうしたんですか?」

 朝比奈さんが不思議そうな表情をして訊ねてくるが「いえ、なんでもありませんよ」とかぶりを振った。あんなおぞましい考察、口に出すだけでも躊躇われるぞ。

「ところで、先輩って言うわりには……なんだかあやふやな説明が多いんですね」

 朝比奈さんが、失礼ながら珍しくも的確な突っ込みを入れてきた。これは、まあ仕方のないことだ。

「ええ、俺もかすが先輩と出会ったのは中学での話ですから、それ以前のことは、よく分からないんです。昔のことはあまり話してくれませんでしたから」

「あ、そうなんですか」

 ええ。あ、でも全く話してくれなかったって訳ではないんですけどね。いつだったかはピアノのコンクールの話を聞いたりもしましたし。

「伊集院さん、ピアノがひけるんですか?」

 朝比奈さんの目の輝きが、幾分か増したような気がする。

「はい。素人が聴いてもかなりの腕前だとわかるくらいです。コンクールで最優秀賞を取る、なんてのも、稀な話じゃなかったんだそうです」

「すごーい!」

 間違いなかった。朝比奈さんの目が爛々と輝いている。

「私ピアノってひけないから、凄く尊敬しちゃいます!」

 これまた失礼ながら、俺には朝比奈さんがピアノに限らず何か楽器を演奏するイメージがまるで持てなかった。扱えそうな楽器を強いて挙げるならば、カスタネットかタンバリンあたりだろうか。

 しかしながら、朝比奈さんが仰ることは良くわかる。何かひとつのことを継続出来る辛抱強さ、病気を患いながらもそれを受け入れて生きるかすが先輩の姿が、中学時代の俺にはとても輝いて見えた。本人に面と向かっては恥ずかしくて言えそうにはないが、俺だって先輩を尊敬していたのだ。

 そこから俺と朝比奈さんは他愛もないお喋りを始める訳だが、太陽も今日のお勤めを終えようとする頃に長門が読んでいた本をパタンと閉じたため、会話もそこまでとなった。

 帰り際、図書室に立ち寄ってハルヒがここに来ていないかと司書の先生に尋ねてみたが、案の定ハルヒはここには来ていないようだった。校内一の有名人、と言っても過言ではないような奴はどこに居ても目立つだろうから、ずっと番をしていた先生が見ていないと言う以上はあの後ここには立ち寄らずにそのまま帰ったと考えてまず間違いないだろう。

 ――ハルヒの行動が、全く理解出来ない。

 朝比奈さんと長門と共に坂を下る途中や、家に着いてからもずっとそれが頭の中に引っ掛かっていて、自分なりにあーだこーだ考えてみたりもしたんだが結局解決するには至っていない。ただしハルヒが不機嫌になったのはあのメールが届いた後からなので、何か理由があるとするのならあのメールにそのわけがあるのだろうな、とは思う。

 病院が嫌い? しかし不思議を追いかけるハルヒにとって病院なんてのは不思議のテーマパークに等しいであろう場所なのだから『嫌だ!』なんて思うだろうか。そうでなければ病気をしなさそうな、と言うよりはウィルスや細菌の方が近づくのを躊躇っているんじゃないかと思うくらい体調を崩さないハルヒのことだ。幼少の頃の検診か何かで受けた注射がトラウマになって病院には近づきたくないとか……いや、あいつに限ってそんなことは無いだろう。

 あと考えられるとすれば依頼者の方なんだが、こちらは病院より嫌がる理由が見当たらない。以前同姓同名の別人に酷い嫌がらせをされた、とか言うんなら話は別だろうが、伊集院かすがなんて名前の人がそうそういるとは思えない。そもそも涼宮ハルヒほどの人物が、ちゃちな嫌がらせ程度で屈するとも考えづらかった。あいつは「歯には歯を」って思考の奴だから、何かされたら確実に仕返しをするに違いないだろうし。

 そんなことを考えながら、気が付けば時刻は午後十時。どこか煮え切らないそんな考察に疲労を感じ、とりあえずシャワーでも浴びてくるかと俺は横になっていたベッドから起き上がり部屋を出ようとした。すると見計らったかのように携帯電話の着信音が鳴り出す。

 電話の主は、今日の団活をそそくさと抜け出した奴、その弐の方だった。

「夜分遅くに申し訳ありません」

 こいつが言っても誠意が微塵も感じ取れないんだが、どう言うことなんだろうね。営業スマイル全開で電話をかけてきているであろう古泉の顔を思い浮かべ、俺は目を細めた。

「で、何の用だ?」

「例に漏れず、涼宮さんの件ですよ」

 前置きし、古泉は話し出す。

「日中観測しました不規則な心情変化ですが、夜に入ってからは一応の平静を取り戻しましたのでご報告までに。しかしながら、平静と言いましても不安定の域を越えておらず、閉鎖空間がいつ発生してもおかしくはない状況下であることには違いありません」

 放課後、お前は「まだ」とか言って部室を出ていったよな。

「そうですね。あの時も非常に危険な状態にはあったのですが、閉鎖空間が発生するレベルでは無かったのですよ。あれを越えていたら、それは間違いなく発生していたでしょう」

 危険度は下がったが、依然として注意は必要だと。

「ええ。特にここ数ヶ月間の涼宮さんの精神が非常に安定していただけに、今後何か涼宮さんにとって不利益な事象が起ころうものなら、反動でかなり大規模な閉鎖空間が生まれてしまう恐れもあります。もっとも、これについては前例が無いため憶測でしか物を言えないのですが」

 古泉はそこまで言うと、珍しくも小さく息をついた。そして、

「今日のところは以上です。勝手ですが、これにて失礼します」

 そう言うが早いか、一方的に電話を切りやがった。時間にしておよそ三分弱。俺はいつもの待ち受け画面へと変わった携帯のディスプレイを少し眺めて、切った。今日はもう、これ以上考えるのをやめにして寝ようと思った。そしてシャワーを浴びようと、今度こそ部屋を出た。

 

 ◇

 

 明くる日、いつも通りの時間に起きていつも通りに家を出て、いつも通りの坂道を登っていつも通り学校に着いた俺は、そのまま教室へと行って俺の後ろの席にいつも通りに陣取っているハルヒにいつも通りに挨拶した。

「おう、早いな」

「いつも通りでしょ」

 そんな返事を返すハルヒはやはりどこか素っ気無いなと思う半面、昨日古泉が言った通りに少しは落ち着いてるようだと思った。長門よりは充分に喜怒哀楽の激しい奴だから、察するのは容易である。

 そこからは少々重い空気が俺達のまわりを漂った。昨日の件について聞かなきゃわからないことはあるにせよ、雰囲気からそれが確実に地雷であることを察知した俺はなかなかそれを切り出せずにいた。こいつに変に口を出して、後々古泉から憎まれ口以上の仕打ちを受ける訳にはいかないからな。昨日の電話はその為にしてきたようなもんだろう。

「……キョン」

 するとこの重っ苦しい雰囲気を払拭しようとしたのだろうか、ハルヒは不意に俺に向け声をかけてきた。呼ばれて視線をハルヒの方に向ければ、なんだかこいつの顔からは先程よりも少しばかりの決意を感じ取ることが出来る。ん、何だ?

「今日の放課後の団活は休み。昨日のメールの主に依頼を聞きに行くから」

 正直驚いた。だが前日の流れを知っている前提で、ハルヒのこのセリフに驚かない奴なんてこの北高、いやそこら中探したって居やしないだろう。自分から「この辺一帯に地雷が埋まってますよ」と言っていたにも関わらず、あっさりと足を踏み入れちまったんだからな。

「アホ、ちゃんと聞いてんの?」

 しばらく無表情のまま固まっていたからか、ハルヒは俺に怪訝そうな目を向けて罵声を浴びせていた。聞いてるよ、アホは余計だ。

「とにかく、そう言うことだから、ちゃんと準備しときなさいよ」

 さて依頼を聞きに行くだけなのに何を準備しろと仰るのだこの団長様は? 金か? ならばもう遅い。

「そうじゃ、なくて……」

 俺の反論に対しハルヒは何かを言ったんだが、小さくて何事か聞き取ることが出来なかった。聞き返そうか? そんなことも考えたんだが、こちらの方が余程タチの悪い地雷のような気がして、やはり口を開くのが躊躇われる。しかし丁度よく岡部教諭が朝のホームルームの為に教室に入ってきたこともあり、ハルヒとの会話はそこまでとなった。

 

 ◇

 

 昼休み、授業中ずっと不機嫌かつ不快なハルヒのネガティブオーラをその背に受け続けた俺は、ハルヒが指定席から居なくなった数分後に教室を後にした。何が嫌ってわけでは無いんだが、あそこに居たら気分すら、憂鬱なハルヒにどんどん近づいていくような気がして、それだけは避けたかったのだ。

 弁当の入った鞄ごとその身に抱えた俺は国木田に「部室に行ってくる」と伝えて、恐らく長門有希が滞在するであろう文芸部室の前までやってきた。何気無く開けたそのドアの先には案の定長門有希がおり、いつもの場所にちょこんと座っては今日もまた難しそうなハードカバーを膝の上に乗せて読書に勤しんでいた。

「よお」

 片手を上げて声をかけると、文学少女は本から視線をこちらに移して数秒間凝視し、また元の位置に視線を戻した。

「今日は予定がある」

 と、これは長門の声だ。近くのパイプ椅子に腰かけて長机の上に置いた鞄の中から弁当の包みを取り出し、それを開いてまさに弁当を頬張ろうとしていた俺は無言のまま長門の言葉の意味を考えていたが、数秒後には無言が絶句に変わっていた。特にショックなことがあったわけでは無いんだが、スケジュールの大半を空欄が閉めていそうかつ交友範囲の極めて狭そうな長門から「用事がある」だなんてセリフを聞くことになろうとは思いもよらなかったのだ。ここまで言ってしまうのは無礼千万失礼極まりないのだが、長門の一言にはそれだけの衝撃があったってことで理解していただけるとありがたい。この複雑な感情はなんだろう、突然彼氏を家に連れてきた娘を見る父親の心情? 何を言っているんだ俺は。

「今日貴方達は、昨日のメールの主に会いに行くはず。私は用事があるため、それには同行出来ない。涼宮ハルヒにはその旨を伝えて欲しい」

 長門は本から目を移すこと無くそこまで淡々と話すと、今度は一転してゆっくりと顔を上げて俺の顔を見つめてきた。

「お願い」

 それは構わないんだが、お前が団活を休むなんて珍しいな。いや、正確には今日の団活は休みなんだが。何処かに行くのか?

「逆。来る」

 と言うことは、長門は友達か誰かをあの殺風景な部屋に通すのか。あの部屋に通すくらいなら、お前が出掛けて行けばいいじゃないかと思ってしまうんだが、長門にとっちゃ大きなお世話だな。

「そっか、わかった。伝えておくよ」

「感謝する」

 長門は俺からの了承が得られると、三度顔を下げて読書に没頭しはじめた。そんな長門を横目に、俺は昼飯を腹の中へとかきこんでいく。しばし無言が続いたが、弁当を消化した俺はハルヒに長門の欠席を伝えねばと思い、

「授業に遅れるなよ」

 などと寡黙な宇宙人に言い残して部室を後にした。

 

 ◇

 

 寄り道などせず真っ直ぐに教室へと戻ってきたが、昼休みはまだ十数分程残っていた。こんなに早いんじゃハルヒはまだ教室に戻ってきちゃいないだろうな、と思ったんだが、意外にもハルヒは俺の後ろの席に座って物憂げに窓の外を眺めていた。

「長門から伝言を預かってきた」

 自分の席に座りながら、ハルヒに声をかける。

「部室に行ってたの?」

 おっと。昼休みの長門の居場所をハルヒが知っているとは少々驚きだったが、まあ長門が何をするか等は容易に想像はつきそうなものだし、そう言えば春にハルヒが文芸部の部室を見つけた時、あれも確か昼休みだったんだよな、なんておよそ一年前の記憶を思い出してみれば、こいつがこう言うのも納得出来た。

「ああ。なんか用事があるとかで部活を休むとか言ってた。ついでに古泉もアルバイトだとかぬかしやがって、今日はパスだとよ」

 ハルヒはその発言に少々驚いた顔をした。まあ無理も無いだろうな、と思ったが、次の瞬間には、

「あっそ」

 と言って再び外の風景を眺めていた。古泉については何も聞いちゃいないが、昨日の今日だ。どうせ来ないに決まってる。

 ハルヒにつられ、窓の外を見た。視線の先では何処からか風に乗ってきた桜のはなびらが、行き場を見付けられずに寂しげに漂っていた。

 

 ◇

 

 だいぶ脱線してしまったが、話を元に戻そう。

 そんな訳で、涼宮ハルヒは絶賛不機嫌真っ只中だ。そしてそんな不機嫌なハルヒに付き添って、俺と朝比奈さんは依頼者の待つ病院へとやってきたわけである。さっきは敷地に生える桜を見ながら、恐らく依頼者であろう俺の先輩との思い出に浸っていたりもしたんだが、ハルヒに置いていかれまいと歩き出せば、後ろから朝比奈さんも慌ててついてくる。しかし、

「あぅ!」

 可愛らしい声と共に後方から聞こえてきたのはドサッと言う鈍い衝撃音。まさかと思って振り替えれば、予想通りと言うか何と言うか、朝比奈さんが前のめりで倒れていた。

「ちょ、朝比奈さん大丈夫ですか!?」

 俺は慌てて朝比奈さんに駆け寄る。続いてハルヒも朝比奈さんの元へとやって来るが、どうやら俺よりもかなり冷静であるようだった。

「みくるちゃん、痛い所は?」

「あ、あの……膝を少し擦りむいてしまったみたいで」

 よく見ると確かに、華奢な朝比奈さんの右足の膝からはそれにとても似つかない鮮血が溢れ出ていた。それを見ると、ハルヒは手持ちのハンカチを朝比奈さんの傷口に当てて、縛った。そして、

「歩けないでしょ」

 そう言い、朝比奈さんに背中を見せて屈みこみ、

「乗りなさい」

「……えぇ!?」

 朝比奈さんはそんなハルヒの行動に驚きを隠せないようであったが、ハルヒにとってみればこれは大真面目のようだった。しかし「団長命令よ」なんて言い出すハルヒに逆らいきれず、結局はハルヒの背中におぶさることにおさまった。

 朝比奈さんを背負ったハルヒは少々辛そうに歩いていたが、かと言って俺が役目を変わると言ってもこいつが素直にそれを聞き入れるとも思えず、恥ずかしがる朝比奈さんを横目に俺は少々歯痒い思いをしながらハルヒの隣を歩くことになった。

 ――目的地が病院だったことが、なんとも運が良いと言うか。

 病院に到着した俺達はロビーにて朝比奈さんを下ろし、ハルヒは消毒と手当てをしてもらいなさいと朝比奈さんに言い付けて俺と先に依頼を聞きに病室へと向かうことにした。朝比奈さんは最後まで渋っていたものの、またしてもハルヒに押しきられる形となり、不本意そうではあったが首を上下に動かしていた。

「何号室だっけ、部屋?」

 エレベーターに乗り込み、目的の階に到着すると、ハルヒはそんな事を尋ねてきた。んと、たしか三一二号室だったと思うが。

「そう、じゃ行きましょ」

 と言いつつ、ハルヒの足はなかなか動かなかった。俺が数歩前に進んで、隣人がついてくる気配がないなと後ろを振り返ると、ハルヒはそれに気が付いて無表情のまま歩き出した。何なんだ、一体? と俺は横を過ぎ去ったハルヒの背中を見ながら考えたが、そのままだと今度こそ置いていかれかねないと思い考えるのをやめて、今度は逆に待つ立場になったハルヒの元へと早足で歩み寄った。

 病室に通じる廊下を歩きながら部屋番を確認する。どうやらこちらの棟は個室らしく、番号の下に表示されている名前の数がどの部屋もひとつのみだった。これなら見過ごす事は無さそうだな、なんて考えながらだんだんと奥へ進んで行く。

「……ここだな」

 指定された面会場所、三一二号室に着いた。名前を確認すると、確かにそこには『伊集院かすが』のプレートがある。

「行くか」

 誰に言う訳でもなく呟く。いや、そう言えばハルヒがいたな。そう思って隣を見ると、ハルヒは今朝俺が見た時のような顔をしてまさに一歩踏み出そうとしている所だった。つられて俺も、ハルヒの後ろで小さく一歩を踏み出した。

 

「失礼します」

 

 そこは、南西に向いた個室だった。

 清潔感が漂う白が部屋中を支配し、そこに差し込む太陽の光が暖かだった。カーテンは窓から吹き込む春風によってまるで生き物の如く靡き、その風は行き場を求めて開け放たれた出入口から廊下へと流れて行く。

 ベッド横に活けてある赤や黄色の可憐な花は隣に座す依頼主には似つかわしく、まるでそこにいることを傲慢なまでに主張する。要するに、俺が見る限りでは依頼主は物静かな印象であった。

 間違いない。

「かすが先輩」

 中学時代の始めの一年の、ほとんどの時間を共に過ごしたと言っても過言ではない女性。その人に、目の前の女性は際限無く酷似していた。

「お久し振り、キョンくん」

 女性は俺の目を見ると瞳を閉じて、柔らかく微笑みかけてくれた。それは記憶に残るかすが先輩のものに相違はない。

「ふーん、やっぱりあんたの先輩だったわけね」

 不意にハルヒが小声で話しかけてきた。ああ、どうやらそうらしいな。

「初めまして。涼宮ハルヒです」

「伊集院かすがです。今日はお越しいただき、ありがとうございます」

 ふたりが挨拶を交わす。ハルヒの猫被りは何度と無く見ているから特に思うことはない。だが、勘違いだろうか。ハルヒの言った「初めまして」が、妙に強調されているような気がした。

「何やらうちのキョンの先輩だそうで。積もる話もおありかと思いますが、始めに依頼の方をお聞かせ願えますか?」

「そうですね」

 するとかすが先輩はハルヒを見て、

「依頼は、こちらのハルヒさんにのみお話したいんです」

「「え?」」

 俺とハルヒの声が重なった。

「無理でしょうか?」

「いえ、そんなことはありませんが……」

 ハルヒが珍しくも躊躇した。何だ、何か不都合なことでもあるのだろうか?

「でしたら、是非お願いしたいのですが」

 ハルヒは、挙げ句の果てに黙り込んでしまった。理由はわからないが、しかしこれじゃ埒があかないな。

「あ、じゃあ俺は朝比奈さんの様子を見てくるから、その間に依頼を聞いておいてくれよ」

 言うが早く、俺は踵を返し病室を後にする。

「あ、キョン……」

 なんて、背後から力の無いハルヒの呼び声が聞こえてきたが、悪いが無視だ。刹那、昨日の電話での古泉の言葉が思い返されたが、俺はそれを払拭した。出てきたばかりの場所にまだ数秒しか経過していないにも関わらず戻るのは心情的に憚られるし、何より恰好悪いではないか。

 

 ◇

 

 ロビーへと戻ってきてすぐに朝比奈さんの姿を探したが、しかしその麗しきお姿が俺の目には飛び込んでこなかった。仕方なしに椅子に腰掛けて待つと、しばらくした頃に朝比奈さんが向こう側から歩いてくるのが見えた。擦りむいた箇所には包帯が巻かれている。ハルヒの言い付け通り、ちゃんと手当てをしてもらったようだ。

「朝比奈さん」

 呼び掛け、俺は朝比奈さんの元へと早足で向かう。

「あ、キョンくん」

 朝比奈さんは迷子の子供が母親を見つけた時のような笑顔で俺を迎えてくれた。

「膝の状態はどうですか?」

「あ、はい。ちょっと擦りむいただけでしたので消毒して包帯を巻いて終わりです。普通に歩けますし、痛みも気にならない程度です」

 そうですか、それはよかった。

「ううん、心配してくれてありがとう」

 天使の微笑みってのはこう言うのを言うんだろうな、と朝比奈さんの笑顔を見て思う。しかし微笑みならかすが先輩も負けてないな、と思った所で、俺は朝比奈さんに事の経過を伝えることにした。

「それで、依頼者のことなんですけどね」

 朝比奈さんの表情が少し引き締まった。

「案の定、と言うか、やはり俺の先輩でした。いまは理由あってハルヒひとりが依頼を聞いています」

「涼宮さん、ひとり?」

 朝比奈さんは至極不思議そうな顔をする。

「ええ、なんでもハルヒだけに伝えたいんだとか」

「そうなんですか……」

 すると朝比奈さんは、少々表情を曇らせた。どうかしたんですか?

「あ、ううん。なんでもないの。……それより、そろそろ私達も病室に行きましょうか。そろそろ、いい頃合じゃないかと思うので」

「……そうですね、こっちです」

 いろいろと気になる点があったが、気にしても仕方がない。心の中でかぶりを振って、俺は朝比奈さんを連れてかすが先輩の病室へと向かった。

 

「……そう言えば、朝比奈さんは保険証って持ってたんですか? あれが無いと怪我の手当てでもそれなりに取られたりするんじゃないですか?」

「あ、うんと……詳しくはわらないんだけど、お金はいらないからって、言ってくれて……」

「そうなんですか?」

「え、ええ……」

 

 何処か歯切れの悪い朝比奈さんを連れて、かすが先輩の病室がある階まで上がってきた。ええと、こっちの廊下だよな。

 しばらく無言のまま歩き、そのうちにかすが先輩の病室の前まで辿り着いた。そのまま入り口をくぐろうと歩を進めると、中から出てくる誰かと接触しかかって、それを避けるために大きくバランスを崩してしまう。

「うおっと!」

「……キョン? みくるちゃんも?」

 飛び出して来たのはハルヒだった。

「何してんのよ、こんなとこで」

 いや、それはこっちのセリフだよ。朝比奈さんの手当てが終わったからってここまで連れてきたんだが、もう話は終わったのか?

「……ええ。だからもう帰るわよ」

 ハルヒはそう吐き捨てると、朝比奈さんの手を握って俺達が来たばかりの道を大股で戻って行く。

「ふ、ふぇ?」

 状況が把握出来ていない朝比奈さんが驚いて声をあげてもハルヒの足は止まることが無かった。

 俺は離れていくふたりをただ呆然と見ていたが、およそ三年ぶりに再会した先輩に何も告げずに帰ってしまうのはどうかと思い、ハルヒ達にはついて行かずに俺はそのまま入り口をくぐった。

「かすが先輩」

 窓の外を眺めていたかすが先輩は俺の声に気が付くとこちらを振り向き、

「改めて、久し振りだね。キョンくん」

 そう言って微笑みかけてくださった。

「すみません」

 俺はまず、かすが先輩に頭を下げる。

「どうしたの、改まって」

「何があったかは知りませんが、ハルヒのあの態度は何か粗相をしでかしたにも関わらず勝手に癇癪を起こした時の図です。あいつは自分が正しいと思うことは受け入れないような奴ですから、きっと機嫌を損ねてしまったと思うので」

 だから、すみません。しかしかすが先輩の表情は変わらなった。

「ううん、そんなことはない。あの娘はとても素直で、いい娘だよ。悪いとすればむしろ……」

「……え?」

「何でもないよ」

 意味がわからない。

 

 ――わたし

 

 むしろ、の後の声は聞こえなかったけれども、かすが先輩の口はそう動いていたように見えたのだ。

「それよりも」

 かすが先輩が、顔を窓辺に戻す。遠目からじゃその瞳に何が映ってるのかわからなく、俺はかすが先輩の傍に移動して窓から外を見下ろした。

 そこにあったのは、さっきの桜。それとその向こう側から歩いてくるハルヒと朝比奈さんも見える。

「ここでぼおっとしてたら、置いていかれちゃわない?」

 置いていかれるだろう、確実に。だが俺は別にそれでも良いと思った。折角こうして再会出来て、まだ積もる話のひとつも出来ていない。あれから先輩がどうして、俺がどうしたか。話したいことならごまんとある。

「そうですね」

 だが、

「今日は、失礼します。また後日、きちんとお見舞いって形で来ますから」

 今日はハルヒについていこう。名目だけでもSOS団として訪ねて来ている以上、俺ひとりが個別行動を取ろうものなら、明日一日何を言われるかわかったもんじゃない。

「そっか」

 かすが先輩は少しだけ寂しそうな顔をしたのだが、直ぐに、

「また来てね」

 俺の目を見て、そう言って下さった。

 

 ◇

 

 エレベーターを降りて再度ロビーに戻る。大きな病院は、今日もここを必要とする人々でごった返していた。俺にも入院の経験はあるが、出来ることならあまりここのお世話にはなりたくないものだ。そんなことを思いながらエントランスを抜けた。

 ハルヒ達はもう遠くに行ってるだろうなと思いながらも一応は走ってみる。しかし意外にもふたりは先程の桜の下に佇んで花見をしていたため、そう無駄な体力を使わずに済むこととなった。

「おっそい」

 すまん。

「……ふん」

 平謝り程度じゃハルヒは遅刻を許してくれそうにも無い。俺は瞬時に財布と相談をし、

「この後どうする? なんなら茶でもしていくか? 一杯位なら奢るぞ」

 そう言ってみたのだが。

「気分じゃないわ」

 即答。ハルヒの機嫌はどんどんと悪化の一途を辿っているような気がする。古泉には悪いが、俺はこれ以上何かを言うとハルヒの逆鱗に触れてしまうような気がして、口をつぐんでしまった。

 

「じゃ、ここで解散。みくるちゃん、行こ」

 

 と、ハルヒがさようならを言ったのが病院を出て少ししたあたり。多分かすが先輩の病室からずっと繋いでいたであろう朝比奈さんの手を強引に引っ張ると、そそくさと歩いて行っては見えなくなった。

 ――さて、いろいろとどうしたものか。

 ハルヒの機嫌に関しては俺じゃどうにもならん訳だし、と言うかその件に関しては古泉がどうにかしろよと思う。自称涼宮ハルヒ専属精神科医が仕事を人様に押し付けるとはなんたる行為だろう。考えれば考えれる程に古泉に対する罵詈雑言しか浮かばなくて、俺は溜息をついた。ムカつくのは確かだが、仲間に対してこうグチグチ言うのも、なんだかな。兎にも角にも、まずは自転車を取りに戻ねば。

 来る時は三人だった道をひとりで歩く。時刻はちょうど夕暮れ時。道のあちこちで学校や会社から帰宅する人とすれ違う度、俺も今日は早く帰って寝てしまおうなどと思っていた。

 しばらく歩いていると、不意に携帯に着信が入った。電話の主は誰そ彼ぞと画面を覗けば、そこに表示されていたのはつい先程まで俺の思考の中心にいた人物の名前だった。

「もしもし、本日はお疲れ様でした。現在は帰宅途中でしょうか?」

 何故お前は現在の俺の行動がわかる?

「病院では基本的に携帯電話の電源を切らねばなりませんからね。また時間的にも、そろそろ帰路についているのではないかと思ったのですよ」

 そうかい。で、用件は何だ?

「涼宮さんの機嫌、と言ったら怒るでしょうか?」

 古泉の声が、少し低くなる。

「涼宮さんの精神が不安定さを増しています。時間としましては、そうですね。今より三十分程前に緊張の度合いが昨日の最高位あたりまで上昇するのを観測しました」

 古泉が言ったその時間。それは奇しくもハルヒがかすが先輩と会ってる時、のようだった。昨日の今日で、偶然にしては何だか話が出来すぎている気がしてならなかった。俺が一旦病室から去ろうとした時の、ハルヒのハルヒらしからぬ表情、朝比奈さんを連れ病室に戻った後の不機嫌度合い、この場に際し両者が扇情的なことこの上ない。しかしながらハルヒとかすが先輩についての共通項がまるで見えないのも事実で、結局はただの杞憂なのかもしれない。

「今日のこの時間帯で、何か涼宮さんを悪い方向へと刺激したものはありませんでしたか?」

 いや……知らん。その時間、俺とハルヒは別行動だったもんで。

「おや、そうなのですか?」

 ああ、朝比奈さんが怪我をして手当てをしてもらってるのを待っていた。ハルヒはひとりで依頼者と話してたみたいだけどな。

「………………」

 途端に古泉が無言になる。おい、どうした?

「いえ……すみません。少し考え事を」

 お前は、ハルヒの不自然について何か知ってる風だったな、昨日から。一体何を掴んでいる?

「すみませんが、まだお話するわけにはいきません」

 何故だ。他人にハルヒの機嫌をなんとかしろと言っておきながら、重要なことは何も話せないってのは些か虫のいい話だとは思わんのか。

「あなたのおっしゃることはごもっともですし、お怒りになる理由も理解できます。しかしながら僕の方にもあなたに伝えることのできない理由は存在します。心苦しさは当然あるのですが、ここは『禁則事項』で納得していただけると幸いなのですがね」

 できると思うのか。

「到底思えませんね。恐らく僕があなたの立場であっても同じような反応を返すでしょう。しかし現状では何もお話することはありません。何度同じように言われても、僕の答えは覆りませんよ。それにしても……」

 途端に古泉がフフッと笑いだした。何だいきなり、気色悪い。

「いえ、今日のあなたはやけに積極的だなと思いましてね。涼宮さんの精神不安が、それほどまでに気になりますか?」

 そりゃ、あんなことが以前に起きているんだから神経質にもなるだろうが。また起きてみろ、洒落にならんぞ。

「そうですか? 僕の目に映るあなたは、満更でも無いように見えるのですが」

 お前の目は節穴か?

「視力は両眼共に良好です。これは自分でも誇れることだと思っていますがね」

 んなもん、俺だって同じだ。……そう言うことを言ってるんじゃ無くてだな。

「僕はあまり嘘をつきませんよ」

 古泉の声が、無駄に凛としていた。

「以前にも話しましたが、あなたは涼宮さんに選ばれたのです。それは涼宮さんと対になる存在として――言うなれば、涼宮さん自身すら気付きもしない深層心理の世界では、あなたをパートナーとして見ているのかもしれません」

 こっちの話も洒落にならんな。

「ええ、僕は冗談など言っていませんからね。正直、あなたが羨ましい。涼宮さんは、実に魅力的な女性ですからね」

 百歩譲ってハルヒが女性として魅力的な容姿だとしてもだな、俺にはそんな気なんて更々な

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