冬の朝というのはどうも寝起きが悪くなる。それは気分的な問題というより、寒すぎて布団の温もりの魔力から抜け出せないって意味で上手く起きられない。布団を抜け出した直後にブルブルっと走る寒気に耐えなければならないと思うと、起きなければと思う意志に反して身体が動かなくなるのである。だから俺は毎日楓からのモーニングコール……言ってしまえば無理矢理起こされるまで、ずっとこのまま二度寝三度寝を繰り返すのだ。
しかし、今朝はいつもと状況が違った。
本来なら布団の温もりに包まれて目を覚ますのだが、今日は暖かいというよりむしろ暑い。明らかに布団ではない何かに覆い被さられているような、そんな感覚。毛布以上にずっしりとしたその体重は、俺の動きを1ミリも許さない。だが俺の被さっている
ここで俺は大体の事情を察した。
いつもは早く起きろと布団を引っペ返してくる楓が、今朝は俺の布団の中に潜り込んで一緒に寝ていると勝手に推測する。アイツならやりかねないし、気持ちよく寝ている俺の姿を見て、反射的に布団に潜り込んできたと考えることくらい容易い。今日は平日で、楓はいつも朝の支度にそこそこ追われているからこんなことをする時間があるのか甚だ疑問ではあるが、「性欲」>「その他」の構図のアイツには関係ないだろう。
俺は目を半開きにしながら、身体の上に乗っかっている楓を引き剥がすために彼女の背中を摩る。
「おいもう起きたからどいてくれ」
「あっ、もう起きちゃったんだ!ざんね~ん!」
「は……?」
発せられた言葉自体は予想通りの台詞だった。しかし楓にしては声色が少々大人っぽいというか、これまた俺の耳に響く謎の懐かしさを感じる。毎日耳に穴が空くほど聞いているμ'sメンバーの声でも、最愛の妹の声でも、たまに脳内で勝手にリピートされ、一種のウイルスとも言える秋葉の悪魔の囁きでもない。
ただいま絶賛包容されている俺だが、その声を聞いただけでも優しさに包まれる。そして大人っぽい声のはずなのに、この子供っぽい反応。そんな特徴に該当する人物は、俺の記憶の中ではただ1人――――
「か、母さん!?」
「おはよ零くん♪」
「な゛ぁ……!?」
俺に抱きつきながら寝ていたのは、なんと俺の母さんである神崎詩織だった。
母さんは眠い目を擦りながらも、笑顔で俺の目覚めを迎えてくれる。彼女なりに俺に気持ちのいい目覚めを提供したいのだろうが、今の俺はそんなことよりも目の前に母さんがいる事態に驚いて、ここ最近一番のバッチリとした目覚めになってしまった。
「なにが『おはよ♪』だ!!ていうかいつ家に帰ってきたんだ!?どうして俺の部屋にいる!?何故俺と一緒のベッドで寝てるんだ!?」
「質問が多いなぁ~。あまり女性を詮索すると嫌われるよ?」
「母さんが俺を嫌うことなんて、絶対に有り得ねぇから別にいいよ」
「さっすがぁ!お母さんのこと分かってるねぇ零くんは!」
「ぐぇっ!?いきなり抱きつくな!!」
「やっぱ零くんのもふもふ具合は最高だねぇ~♪」
母さんは俺の質問を無視して、上半身を起こした俺の身体に再び抱きついてきた。自分の胸で俺を包み込むように、頭をガッチリとホールドして離さない。息子だから何とも思っていないのだろうか、自慢の豊満な胸に俺の顔をグイグイと押し付けやがる。多分母さん自体に卑猥なことをしている意図は一切ないのだろうが、思春期男子からしてみれば、例え相手が母親でも女性の胸を顔面に押し付けられたら意識するしかない。
以前にも母さんの性格を話したが、とにかく子供っぽい。世界中を羽ばたく人気女優で、たまにテレビや雑誌を見ると大人の女性の見本みたいな風格をしているのだが、プライベートではここぞとばかりに甘い母性を発揮する。秋に帰国した時もμ'sに甘えていた――というか、一方的に甘えさせていたと言った方が多分正しい。
そして変に抱きつき癖があるのも魅力(?)の1つである。人肌を感じることが好きなのかは知らないが、挨拶には包容が主流なアメリカに滞在していた影響で、家の中はもちろん外でもその抱きつき癖が発揮されるので困ったものだ。しかし彼女曰く、男に抱きつくのは父さんと俺だけらしい。しかもそんな大きな胸で抱きつかれたら……うん、この話題はやめよう。母親の胸について語るとか、俺の性癖があらぬ方向に捻じ曲がっていると思われてしまう。
「いいからちょっと離れろ!」
「えぇ~久しぶりなんだからいいじゃん!それに私に抱きつかれて眠っていた零くんの顔、とっても気持ちよさそうだったよ♪」
「そ、そんなの嘘だろ……」
「だったらμ'sのみんなとエッチする夢でも見てたのかなぁ~?でないとあんなにいい表情で眠れないでしょ!」
「見てねぇよ!!多分……」
夢というのは実際には見ているか見ていないか、本人は認識できないらしい。朝起きた時に思い出す夢は、実は自分自身が勝手に作った妄想だと言われている。もちろん仮説なので明らかになっている訳ではないが、もしそうだとしたら朝勃ちの原理はやっぱり自分が覚えていないだけで、無意識の内に卑猥な夢を見ているのかもしれない。ってか、なんでこんな解説してんの俺……突然母さんが襲来したことで相当気が動転してるな。
するとここで、俺の部屋のドアが開いた。同時に今度はいつもの聞き慣れた声が俺の耳に飛び込んでくる。
「お兄ちゃんさっきから1人で何騒いでるの?朝ごはん出来てるから、起きてるんなら早く――――えっ!?」
「あっ、楓ちゃんおはよ~♪」
俺の部屋に入ってきたのはもちろん楓だ。しかしいつものように流れ作業感覚で俺を起こしに来た楓は心底ビックリしているだろう、この目の前で起きている状況に……。
楓は一瞬目を見開いて驚いていたが、素早く現状を察すると、ドカドカと大きな足音を立ててベッドの上にいる俺と母さんの元へと歩み寄ってきた。そうだそうだ、母さんにガツンと言ってやれ。朝から何をしているのかってな。
「ちょっとお母さん!お兄ちゃんを起こすのは私の役目なの!!」
「そっち!?お前どこに突っかかってんの!?」
「せっかく久々に帰国したんだし、今日くらいは譲ってくれてもよくない?」
「ダメ!お兄ちゃんの1日の始まりは私って、これ世界の真理に定められてるんだから!」
「あらあら、随分と狭い世界に住んでるのね~」
「む~!お母さん早くどいて!!お兄ちゃんも自分の母親にデレデレしない!!」
「してねぇよ!!てか勝手にベッドに上がり込んでくるな!!」
楓は母さんを押しのける勢いで、俺のベッドへと飛び乗ってきた。そして俺から母さんを無理やり引き剥がす。いつもは余裕ぶっていることが多い彼女だが、朝から顔を真っ赤にさせて必死に俺を母さんから奪い返そうとしている。そこまで愛してくれて嬉しいというか、逆に愛が重すぎてなんとやら……。
それに対して母さんは、楓の猛攻を笑顔で軽く抵抗していた。恐らく我が娘の可愛い姿を見られて喜んでいるのだろう、心の奥底でほくそ笑んでいるのが雰囲気から伝わってくる。流石あの秋葉に悪魔を注入した元凶。しかしアイツはすぐに表情に出るが、母さんは決して笑顔を絶やさない。女優をやっているからポーカーフェイスが得意だってのが、俺には不気味に思える。
そして目の前に広がるのは、ベッドに座り込んで俺に群がる妹と母。いくらベッドの上の戦場兵士と言われる俺でも、こうして肉親たちに迫られては唖然とするばかりだ。楓は朝食を作った直後にここへ来たのだろう、彼女のエプロン姿に唆られる。強いて萌えるとするならそこくらいだ。決して自分の母親に欲情するほど、俺も人間は終わっていない。
「もしかしてお兄ちゃん、妹より母親を取るって言うの?」
「待て待て、その質問は常識的に考えて全てがおかしい」
「零くんはおっぱいが大きい女の子の方が大好きでしょ?だったら私の方が楓ちゃんのよりも大きいし、朝のご奉仕もしっかり勤められると思うんだけど」
「はぁ!?お兄ちゃん、お母さんにそんなこと頼んでたの!?」
「知るか!!母さんも適当なこと言って、楓を興奮させてんじゃねぇ!!」
母さんのブラックジョークがものの見事に楓の琴線を揺らしている。あのいつも傲慢な彼女をここまで焦燥の淵に追い込むなんて、やはり俺たち偏屈3兄妹を育ててきただけのことはある。楓だけじゃなくあの秋葉ですら手玉に取られる存在だからな。もしかして、俺にとってのホントの悪魔は母さんなのかもしれない。
「前に電話で話したでしょ?私はお兄ちゃんの妹であり彼女なんだから、朝のお勤めは私がするの!」
「あっ、そうそうそれだよ!話を聞いた時はビックリしたけどおめでと~!」
「母親なのに兄妹の恋愛をあっさり認めるもんなぁ……」
「むしろさぁ、私が反対したところであなたたち、絶対に自分たちの意見を曲げたりしないでしょ?そこのところ分かってるのよ私は。秋葉ちゃんも含め、私の子供たちはどうしてこうもう強情なのかしら」
「ひ、否定できねぇ……」
「右に同じく……」
母さんは初めから俺たちの性格を考慮に入れての決断だったって訳だ。そもそも兄妹同士の恋愛なんて否定するのが普通だから、あっさり受け入れられた時は逆に「否定しろよ!」と言ってしまいそうになったくらいである。母さんも、そして父さんも秋葉も、俺たちのそんな性格を知った上で半ば諦めながらも祝福してくれたってことだ。そう思うと俺の思考が全部3人に読まれていたみたいで、なんか癪だな。
「まあ楓ちゃんが零くんの彼女になろうがどうなろうが、私が零くんに愛を注ぐのは変わらないけどね♪」
「おいっ!さっきいい感じで事態を収束できそうだっただろ!どうして挑発すんだよ!?」
「だってぇ、最愛の息子を可愛がりたいのは母親の性だと思わない?」
「思わないよ!!だからお母さんはあっち行ってて!」
「な~に?もしかしてお母さんにジェラシーを感じてるの?男を巡って母親に嫉妬するなんて、楓ちゃんも業が深いわね」
「いくらお母さんでもお兄ちゃんを寝取ることは絶対に許さないから!!」
「ちょっと待て、いつから昼ドラ展開になった……」
そうは言ったものの、妹と母親の恋愛騒動なんて昼ドラも真っ青のドロドロ展開に違いない。しかし楓はかなりムキになってるものの母さんはただ楓で遊んでいるだけだから、そんな息が詰まる展開にはならないが。それでもベッドの上で繰り広げられる"お兄ちゃん"と"息子"の奪い合いには溜息を付くしかない。
「そこまで言うんだったら楓ちゃん、零くんとの愛の証を見せてよ。見せてくれたら楓ちゃんがお兄ちゃんを想う愛を受け止めて、この場を引いてあげるから」
「いいよ別に」
「マジかよ。親に見られながらキスするなんて、どんな罰ゲームだっつうの」
「キス……?ノンノン!そんな生ぬるい行為じゃ私は満足できないからね!もっと大人の女性の興奮を煽るようなことしてくれないと♪」
「「はぁああああああああああああああああああああああああああああ!?!?」」
俺と楓は母さんの言い出した暴挙に、近所迷惑上等の声で叫ぶ。
もしかしてもしかしなくても、母さんが言いたいのは男女の営みのことではないだろうか。まだ1ヶ月前に恋人になったばかりだってのに、そんなエロいことできる訳――――と思ったが正直な話、楓と
「大丈夫!ここで起こったことは誰にも言わないから♪」
「いやアンタに見られること自体がこちとら恥ずかしいんだよ!そもそもそんなことしてねぇけどな」
「え~!思春期真っ只中の高校生カップルが、性行為をしたことないなんてことないでしょ~」
「アンタは俺たちに何を求めているんだ……」
「私はただ可愛い息子と娘の晴れやかな舞台を見守りたいだけよ。お母さんとしてね♪」
「どう考えても淫らな舞台なんだがそれは……」
この人は俺たちの反応を見て楽しんでいるのか、はたまた本当に性行為を見たいのか、ニコニコした表情からは全然判断ができない。こういう時はいっそのことおっぱじめてしまうのが逆転チャンスなのだが、この人の場合もし仮にここで楓と営んだとしても、興味津々で凝視してきそうだから怖い。
「いやぁ出来ないんだったらいいんだよ?私にも零くんを可愛がるチャンスがあるってことで!」
「出来ないことなんてないよ!だってたまに――――」
「ちょっ!?」
「あっ……」
「へぇ~、たまに……ねぇ。そっかそっかぁ~♪」
楓はうっかり事実を漏らしてしまったと言わんばかりに口を抑えているが、もう時すでに遅し。母さんはこの状況になることをあらかじめ見越していたのだろう、さっきまでのニコニコ笑顔が一瞬だけ崩れ、闇よりも濃い黒さが差し込んでいた。
「母さん違うから!たまに一緒に風呂に入るくらいだって!なぁ楓?」
「そうそう!決してお風呂でお兄ちゃんと……いやなんでもない」
「ほうほう大体分かったよ。最終防衛ラインはきっちり守る零くんのことだから、まだフィニッシュまでは言ってないってことだよね。でも楓ちゃんに
「うぐっ……」
「その反応、まさに図星って感じだねぇ。ま、それ以降は言わなくてもいいよ。2人の大切な思い出をほじくり返すのは酷だから♪」
「なんかお母さんの前だと調子狂う……」
完全に遊ばれてるなこりゃ。自分の子供の性事情を知りたいだなんて、どんな悪趣味してんだよ。いい意味では面倒見の良い母親にも見えるが、悪い意味では過剰なまでの子煩悩にしか思えない。それだけ愛されているってことで納得するしかないのか……?
そう言えば戦場(ベッド)での惨劇で、うやむやになっていたことがあったな。
「そろそろ俺の質問に答えろ。そもそもどうして母さんがここにいるんだ?」
「あぁ~それね。結局年末年始は忙しくて帰って来られなかったでしょ?だからそれが過ぎ去ったこの時期にお暇をもらったのよ」
「だからってこんな朝っぱらに、しかも俺のベッドに勝手に潜り込む必要はないだろ」
「だって零くんも楓ちゃんも、秋葉ちゃんもμ'sのみんなもずぅ~っと恋しかったんだから!こうやってもふもふするくらい許してよ~」
「ちょっ、今度は私!?」
「いやぁ~楓ちゃん柔らかくてお人形さんみたいだね♪」
「そんなこと言われても嬉しくない!!」
結局は私利私欲のために息子のベッドに上がり込んで一緒に添い寝して、自分の胸に俺の顔を当てるように抱きしめ、そして楓の慌てる可愛い表情を見るためにおちょくっていたと。まさに"神崎兄妹を育てた母親です!"といった自分勝手さだ。
楓は外では
「あっそうだ、言い忘れてたけど」
「なんだ?その前に楓を離してやれ、苦しそうだぞ」
「えぇ~!これはきっと嬉しさで泣きそうなんだよね♪」
「ぷはっ、ち、違うよ!胸で窒息しそうだったじゃん……」
楓の奴、さっきから弄られ興奮させられ抱きつかれで散々な目に遭ってるな……。もちろん母さんが帰ってきたのは嬉しいだろうけど、ここまで手厚い"ただいま"をされたら疲労困憊にもなるわ。
「それで言い忘れてたことって?」
「今日から私、しばらくこの家にいるからね」
「「え゛っ……!?」」
「ヒドくないその反応……」
「しばらくって、どのくらい?」
「う~ん。2週間くらい?」
「「2週間!?!?」」
「さっきから子供達が辛辣なんですけど……まさか反抗期!?」
俺と楓の日常は、こうしてあっさりと崩れ去るのだった……。
―――――――ていうか、本当に一緒に暮らすの!?
はい、ここからしばらく詩織さんもちょくちょく話に登場するかもしれません。いつも同じキャラで基本新キャラの追加もない小説ので、たまにはこれからの話の雰囲気を入れ替えてみたいと思い、彼女の白羽の矢が立ちました。しかし神崎一家のキャラが濃すぎて、μ'sのメンバーが逆に目立たない状況にならないようにだけ頑張ります(笑)
次回は残る大学生かシスターズの個人回になるか、はたまたA-RISE回になるのかは未定。そろそろサンシャイン特別編ももう1本執筆したいので、それは近々。
Twitter始めてみた。
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