この物語を経て、零君や穂乃果たちがどう成長したのか。最後までお楽しみください!
卒業式当日。空は俺たちの未来を照らすかのように晴れ渡り、絶好の卒業式日和だ。とは言っても、朝から特別なことをした訳でもなく、いつも通り起床していつも通り楓の朝食を取り、いつもの時間に登校した。
しかしこんないつも通りの日常も、今日で最後かと思うと若干だがしみじみとしてしまう。やはり人間の心境を変化させるのは、環境が移り変わることだと妙に心理学的な想像をしてしまう辺り、恐らく俺も心のどこかでこの日常に焦がれているらしい。
そんなことをぼぉ~っと考えつつも楓と分かれて教室へ向かっていると、その途中に花陽が長机の傍に立っていた。彼女は箱の中から赤いバラを取り出し、机に上に並べている。何をしているのかと思い近づくと彼女も気付いたみたいで、わざわざ作業の手を止めてまで俺に駆け寄ってきてくれた。
「零君おはよう!」
「あぁ、おはよう。朝からなにしてんだ?」
「これ?これはね、卒業生の皆さんの胸に付けるバラを並べてるんだ。私がここの係だから」
「そういや毎年卒業生が付けてたなぁ。まさか自分がその番になるとは、1年前までは思ってもなかったけど」
「1年って先のように見えてあっという間だからね」
「そうなんだよ。だから今でもイマイチ実感が沸かないというか、まだ卒業を受け入れられてない様な気がするんだよな」
「あはは……零君も結構ナイーブなところがあるんだね」
「失礼だなお前。俺はいつだって感情に従順だって」
「本当に、色んな意味で従順な気も……」
花陽は何か言いたげな
それにしても、1年が過ぎ去るのは早い。ちょっと前に絵里たちの卒業を祝してた感じがするため、自分が卒業するという実感が沸かないのは本当だ。いつもの日常が、環境が、生活が変わってしまう未来を未だに見据えられていないのか。寂しいって気持ちはあるんだけどな。
そこで俺はふと、机に並べられたバラを1つ手に取る。心もある程度落ち着いたのか、遂にこの日がやって来たのだと改めて思い知る。滅多なことではこんな繊細にならないのに、こうして感傷的になるのはやはりμ'sとの思い出のおかげなのだろう。
「あっ、そうだ。零君のお花は私が付けてあげる!いや、付けさせてください!!」
「あ、あぁいいけど……」
「えへへ、やった!」
「ただ花を付けるだけだろ。そんなに喜ぶことか……?」
「私がやりたいだけだから。ちょっと動かないでね――――――はい、できました!!」
花陽は夫のネクタイを結ぶ妻のように俺の身体の前に立ち、ブレザーの左胸にバラの花を添えた。こうして見ると、いつも着崩しているせいで少しヨレヨレとなっている制服も、なんだかシャキッと畏まって見える。
「うん、とてもカッコイイよ零君!」
「ま、俺だから当たり前だろ」
「あはは……。相変わらず自信満々だね。それでこそ零君だよ」
「もしかして励まそうとかしてくれちゃった感じ?」
「零君がどんな気持ちで今日の卒業式に出席するのかは分からないけど、在校生なら在校生らしく、卒業生を笑顔でお見送りした方がいいかなぁと思って。もしかして……迷惑だった?」
「いいや、そんなことないよ。強くなったな、花陽」
「そう、かな?」
「あぁ。出会った頃よりも何百倍もな」
入学当初の花陽は聞く話によると、教科書の音読すらもまともに声を出せなかったようだ。何事も羞恥心とプレッシャーに負けてしまい、自分を前面に出すことすら叶わなかった。
しかし今は違う。常に元気いっぱいの穂乃果や凛に負けなくらいの好奇心と自信は、既にクラスメイトたちにも認知されている。μ'sの活動や俺との恋愛の経て、2年前とは比べ物にならないくらい彼女は強くなった。そしてそれは、μ'sのみんなも同じだ。それに対して俺は……あんま変わってない気がする。
するとその時、後ろからドタドタと廊下を走る音が聞こえてきた。この軽い足取りと元気に満ち溢れる雰囲気は――――――
「零くんおっはよーーーーっ!!」
「うぐっ!!おい凛!!お前はいつもいつも首絞めんな!!」
「えへへ~♪今日で最後だから、いつもより100倍増しのハグをプレゼント!」
「うぐぐ……それだと死ぬだろ!!」
凛と出会ってからというもの、毎朝この恒例行事で殺されかけている。しかし今日は凛の宣言通り、頭と身体の間を流れる血を止めるかの如く、プロレス技のように抱きついてくる。授業がある日はほぼ毎朝この攻撃を受けているので、俺の身体はもはや血が流れてなくても活動できるような強靭な肉体になっているかもしれない。
しかし、これでも役得だと思うことがある。それは後ろから抱きつかれるたびに、凛の胸がこれでもかと言うくらいに押し付けられるからだ。2年前はかなり慎ましやかな胸だったのだが、今は年相応のそこそこのデカさになっているのでもう気にせずにはいられない。過去のトラウマを乗り越えて成長してきた彼女だが、同時に胸まで大きく育んできたようだ。毎朝おっぱい攻撃を味わってきた俺が言うんだ、間違いない。
「ほら、凛。まだ練習の途中でしょ」
「にゃっ!!真姫ちゃん首根っこ掴まないで苦しぃ~!!」
「それは俺のセリフだよ……」
真姫が、凛の襟を掴む。真姫が凛をあしらう手付きもこの2年で十分に成長しているようで、凛がジタバタと抵抗しても真姫は一歩もその場を動かない。まるで子供をなだめる保護者だな……。
「凛ちゃんも真姫ちゃんも、ここに来たってことは練習終わったの?」
「練習?」
「ほら、凛ちゃん生徒会長でしょ?だから卒業式で読む送辞を、何度も繰り返し音読して練習してるんだ」
「あぁ~そういや生徒会長だったなお前」
「なにその馬鹿にしたような目……。これでもこの半年はちゃんと生徒会長を務めたにゃ!!」
「ほどんど私たちが仕事を手伝ったおかげだと思うけど」
「それはまぁ……。でも副会長と書記が会長の補佐をするのは当たり前だにゃ!!」
「開き直りやがったよコイツ……」
今でも凛が生徒会長なのが信じられないが、彼女の言い分は何も間違ってはいない。凛は真っ当に音ノ木坂学院の生徒会長として、自分の役割を請け負っている。出会った当初は明るい子に見えて意外と謙遜するタイプだったから、こうしてみんなの先頭に立つってだけでも物凄い成長だ。
「で?送辞の音読は上手くいきそうか?」
「まだ昨日の時点で噛み噛みだったから、直前まで練習しようと思っていた矢先にこれよ。零を見かけた瞬間にピューって走り去っちゃって。普段からそのやる気を勉強や生徒会の仕事にも向けてくれれば……」
「うぅ~真姫ちゃん相変わらずお堅い。そんなのだからいつまで経ってもツンデレをやめられないんだよ!」
「な、何よそれ!?別に好きでこの性格してるんじゃないんだから!!」
そのセリフ自体がもうツンデレのテンプレなことに、多分真姫は気付いていないのだろう。まあコイツからツンデレを取るような真似は、俺から性欲を奪うことと等しい。つまり改善しなくてもいいってことだよ。
真姫のこの性格は2年前からずっと変わらない。花陽や凛と比べると心境の変化はあまりないのかもしれないが、出会った頃と比べると格段に素直になることが増えた。特に恋人になって以降はツンを発動する機会も増えたけど、同時にデレを見せることも多くなった。そこのところの不器用さがたまらなく可愛かったりするんだよな。これからもずっと変わらぬツンデレちゃんでいて欲しいよ。
「とにかく!卒業式までまだ時間はあるわ。早く練習に戻るわよ!」
「だから首根っこ掴まないでよ~!かよちん助けてぇ~」
「あはは、頑張ってねぇ……」
「この白状モノぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「ほら、さっさと歩く!!」
凛がふざけて真姫がツッコミ、花陽がその場を和ませる。卒業式当日でもいつもと変わらぬ光景が目の前で繰り広げられていた。彼女たちも本当は寂しいはずなのに、その気持ちをグッと抑えて俺たちの門出を祝おうとしている。そう考えると、変にナイーブになって心配をかけるのは迷惑だよな。
やっぱμ'sのみんなと話していると、心の乱れも落ち着く。感傷的になって、突然現実味のあることを口走るのは俺の性に合わない。だったら俺もいつも通り、気ままに振舞いましょうかね。
~※~
花陽たちと別れた俺は教室へ――――向かわずに、校舎内を見回るように歩いていた。
この目に映るどの場所からも思い出が蘇る。教室や廊下、校庭に体育倉庫、そして校舎裏、学院の隅々どこを見回ってもμ'sのみんなとの懐かしい日々を思い出す。恐らくこの3年間でこの学院内で行ったことがない場所は、精々女子トイレと女子更衣室くらいだろう。むしろこの俺がその聖域に立ち入らなかったことを褒めて欲しい。
1人でそんな冗談を漏らしながら体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下を歩いていると、外から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あっ、お~い零!!」
「にこ……?絵里に希も……お前ら来てたのか」
「μ'sの中で母校の卒業生が出るんだから、もちろん祝いに来るわよ」
「もしかしてお邪魔やった?」
「いや、まさか当日も来るとは思ってなかっただけだよ」
完全に俺たちの保護者気取りだなコイツら……。まあでも、あながち間違ってもないか。本人たちの無自覚なのかμ'sメンバーの中で最年長だって自覚のせいかは知らないが、3人のお姉さん力は半端ではない。2年前から変わらず、俺たちを近くで一番面倒を見てくれたのは間違いなく絵里たち大学生組だ。自分たちもμ'sのメンバーでありながらも、他のメンバーたちをサポートも欠かさない。もしかしたら、俺たちの気づかないところで細かい気遣いが行き届いていたのかもしれないな。
「零君1人だけ?穂乃果ちゃんたちは?」
「さぁな。アイツらもアイツらで思い出に耽りたい時もあるだろ。だから俺は1人で寂しく校内徘徊だ」
「アンタがそこまでしんみりするなんて、ちょっと珍しいわね」
「やっぱり?自分でもそう思うよ」
「だけど分かるわよその気持ち。にこだって卒業式前日までは、あぁ卒業かぁ、みたいな軽い面持ちだったけど、いざ当日になるとやっぱこう、勝手に思い出が湧き上がってきて賢者モードみたいになっちゃうのよね」
「賢者モードって、もっといい例えなかったのかよ……」
「にこもある意味成長したわね。色んな意味で……」
「どういう意味よそれ!!素直に1年前よりも可愛くなったわね、とか褒められないわけ!?」
「「「…………」」」
そういうところが成長してないんだよお前、と言ったらまた突っかかってくるのでグッと堪えた。
でもいい意味でもにこはそこまで変わっていないと思っている。最初はμ'sに反発していたが、それも自責の念からであり、俺たちの仲間になった後は普通に頼りがいのある先輩を貫いていた。まあ、普段の素行を見ているととてもじゃないけどいい先輩どころか体系的にも後輩にしか見えないけど、いざという時の彼女の言動には助けられた記憶がある。ことりの留学騒動の時もスクールアイドルを続けようと凛や花陽たちを誘って頑張っていたし、意志の強さは見習うべきところが多い。
そして唯一変わった点を挙げれば、それは淫乱ちゃんになってしまったという他ないだろう。これは特筆しなくても、スーパーアイドルより淫乱アイドルの肩書きの方が似合っていることはもう周知の事実だ。
「それにしても、私たちが卒業してもう1年になるのね。まだこの前かのように記憶が鮮明だわ」
「絵里ち、なんか年寄りくさいよ」
「最近絵里そんな発言多いわよ。秋葉先輩の実験に付き合わされてるせいか肩凝りがひどくなってきたから、凝りを解消する健康グッズ探したりしてるのよね。それに携帯でチラチラ安眠グッズ調べてるのも知ってるから」
「絵里、お前……老化か?」
「失礼ね!!で、でも思い返してみれば確かに言動がおばあちゃんっぽくなってるかも……。生徒会の仕事では肩なんて全然凝らなかったから」
「絵里ちはにこっちと違って心も身体も歳もしっかり成長してるんやね……」
「本当に。未だに胸が大きくなり続けてるってどういうことよ」
そこで俺は素早く絵里の胸に目を向けると、彼女もそれを察知していたようで、顔を赤くしながら素早く腕を組んで胸を隠す。まだ育っているというのか、ただでさえ高校時代にデカかったあのおっぱいが……今度脱がしてみよう。これ恋人の特権な。
胸のことはいいとして、絵里の成長を感じられたのはやはりお堅い生徒会長時代に遡る。あの時はアイスエイジの異名を与えてもいいくらい冷徹な性格だったから、今こうやって気さくにエロジョークを交えながら会話をしていること自体があの頃から見たら信じられないだろう。しかしその頃から何かを守るために、みんなのためを想って行動するその恩情な性格は変わってない。廃校云々の話に関しても、俺たちも絵里も学院を守ろうとしていた気持ちだけは一緒だったしな。
「そういや希。お前その髪型って……」
「ようやく気付いた?ウチらの卒業式の時と全く同じ髪型にしてみたんよ。こっちの方が零君喜ぶかなぁと思って!」
「自分の卒業式でもないのによくやるよ。ま、気持ちは素直に嬉しいけどね」
「希がこの髪型をするのは零のためだけだからね~」
「にこっち、それの話は……」
「希のこの髪型、セットにとても時間がかかるのよ。だから希がこの髪型をするのは零、アンタのためだけなのよ。今日も髪のセットが長引いたせいで、何分絵里と部屋の前で待たされたことか。それで――――」
「もうにこっち!!それ以上はアカン!!」
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!だからって胸触るなぁああああああああああああああああ!!」
「お仕置きワシワシやん♪」
にこを粛清するためのワシワシ攻撃も、もうあまり興奮できないくらいには見慣れてしまった。というか、希も大概成長してない気がする。元々女の子の胸を揉んで罰を与えるくらいには変態の素質があったし、今も純粋なところはあれど脳内は完全にピンク色に染まっているのもその証拠だ。
ちゃんと成長しているところがあるとすれば、自分の意見をしっかり主張して言えるようになったことか。彼女は縁の下の力持ち的なポジションで、仲間のサポートは得意だけどみんなのために自分の意見は押し殺すタイプだった。だからこうして一糸まとわぬ愛情を素直に伝えてくれることに、俺は嬉しさと同時に安心感もあるんだ。
「変わらないわね、にこも希も」
「この関係は絶対に変わらないだろ。卒業式の最中や終了直後は寂しくなるかもしれないけどさ、それも一抹だよきっと」
「驚いた。あなたってもっとロマンチストな人かと思ってたけど」
「お前ら本当に失礼だな。俺ほど現実を直視してる人間はいねぇぞ」
「いつも私たちのあられもない姿を妄想してばかりなのにね」
「…………」
僅か数秒で論破され、ぐぅの音も出ない。もちろん妄想は妄想だけど、彼女たちとは恋人同士なんだからいざとなればその妄想は現実にできる訳で……。俺の妄想癖も2年前となんら変わっていないどころか、むしろパワーアップしてるまである。なんだかんだ言って、一番何も変わってないのは自分自身のような気がしてきたぞ。
「ほらにこ、希。理事長や先生たちに挨拶しに行きましょう」
「はぁはぁ……いつか絶対に仕返ししてやる!」
「その時はまた返り討ちにしてあげるから♪」
「卒業生が母校で何やってんだか……」
しかしこの光景で安心できてしまう辺り、自分が普段からどれだけ騒がしい日常を送っていたのか客観的に思い知った。そして今日、そんな日常も1つの節目を迎える。今更このほのぼのとした日常が崩れ去ることはないだろうが、環境が変わってしまうことで多少なりとも"いつもの"も変化するだろう。
あぁダメダメ、またナイーブになっちまった。さっきからウダウダと辛気臭いセリフばかり連ねているが、結局のところ寂しいだけなんだよ。まあそれも、みんなとの思い出が豊富だってことでポジティブに捉えておこう。涙は見せねぇからな絶対に!
~※~
俺は再び校舎に入り、ある場所へと向けて歩を進める。行き先は――――アイドル研究部の部室だ。
μ'sとの思い出が詰まっている場所なら部室が随一だろう。そこへ行けば、俺のこのセンチな気持ちも少しは晴れるんじゃないかと思っている。根拠はないけど、学院で一番お世話になったのが部室だから単純に拝んでおきたかっただけだ。この制服で、そしてここの生徒として部室にお世話になるのはこれでラストだしな。
頭の中では既にμ'sとの記憶が蘇り始めていた。だからだろうか、そっちに意識が集中してしまったために、部室の中から声が聞こえていることに気付かなかったのは。
ドアノブを握って、そのまま扉を開ける。部室の明かりが付いているとも思わなかったから、隙間から漏れ出した光が眩しくて咄嗟に目を瞑ってしまう。そこまでは一瞬。徐々に目を開けていき、俺の瞳に映ったのは――――
「「「あっ……」」」
「あ……」
部室には雪穂、亜里沙、楓のシスターズが勢揃いしていた。
何故か下着姿で――――――
「「「…………」」」
「…………」
刹那の静寂。だが俺は途方もないくらい長い時間が経過したように感じていた。状況把握能力には幾分自信があると自負しているが、全く予想だにしない光景に混乱というよりかは何も考えられず立ち尽くしていた。
そしてそれはシスターズも同じのようで、俺の顔を見つめたまま制服や下着を掴む手を止め硬直している。とにかく真っ先に脳内に浮かんできたのは、白と水色と桃色、まずそれだった。
お互いに声も出さずその場で立ち止まっていたのだが、そこで雪穂が無表情のままこちらに近付いくる。そして俺の目の前までやって来ると、目を合わせないまま俺の身体を軽く突き飛ばした。それほど力は篭っていなかったので一歩後ろに下がるだけで済んだのだが、気が付くと部室の扉の音がバタン、と誰もいない廊下に響いていた。
たった今何が起きていたのかようやく理解し始めた矢先、脳内ハードディスクに保存されていたさっきの光景がフラッシュされる。女の子が下着を着けている現場に遭遇したと実感して口元が緩んでしまったのは、その直後だった。
~※~
部室に沈黙が流れる。あのあと勝手に立ち去るのも忍びないと思ったのでその場で待っていたら、制服に着替え終わった雪穂が部室の扉を半開きで、その隙間から俺を覗くように睨んできた。とりあえず入ってこいと謎の威圧を感じたためお邪魔したのだが、怒りを通り越した彼女の呆れた目線が俺を襲う。
「言いたいことはとりあえず1つ。雪穂、どうして部室で着替えてたんだ?」
「卒業式直前に誰もここへは来ないだろうから、手っ取り早く着替えを済ませようと思っただけですよ」
「そもそもどうして練習着なんだ?」
「卒業式当日だと思うとそわそわしちゃって……。それで雪穂と楓に相談したら、いつもの練習のように身体を動かせば緊張も解れるんじゃないかと……」
亜里沙の様子を見てみると、座っているにも関わらずソワソワしていて落ち着かないようだ。雪穂は机に肘をついて俺をむすっとした表情をしたままだし、楓はさっきからやたらニコニコしていて不気味なので話を振りたくない。
「でもまさか私たちが下着姿の時を狙って入ってくるなんて、相変わらずお兄ちゃんのスケベ能力は神業だね♪」
「いやだから不可抗力なんだって!!」
「い~いお兄ちゃん?不可抗力が成り立つならこの世は悪党だらけだよ。心の奥底に少しでも欲望があった場合、それはもう犯罪。どうせ雪穂に追い出された後、脳内にフラッシュバックしてたんじゃないのぉ~?私たちの下着姿♪」
「う、ぐっ……」
「あはは!やっぱ図星じゃん♪」
流石俺の妹と言うべきか、こちらが意図せず思わず妄想してしまったことさえも読み当ててきやがる。正直に言ってしまうと、実は今この状況でも3人の顔を見るたびにさっきの光景がフラッシュバックされてしまう。もちろん下着の色と連動して……。
そしてラッキースケベに遭遇しても取り乱さなくなった辺り、こんな日常にも慣れてしまっているのだろう。俺だけでなく彼女たちも『あぁ、またこの展開か……』と思っていたに違いない。女の子の下着姿を見て冷静に妄想する、また変なところが成長してしまったものだ。
「なぁ雪穂、いい加減許してくれよ。もう慣れっこだろ?」
「開き直らないでください。まあ今日は卒業式ですし、そこまでガミガミ怒る気にもなれませんけど」
「むしろこんなラッキースケベは今日で見納めなんだから、最後にいいものを拝ませてもらったと思っておくよ」
「そういうところを反省してくださいって言ってるんですよ……はぁ~」
「可愛い下着だったぞ」
「も、もう!!ちょっと黙っててくれませんか!!!!」
そこで恥じらいを見せながらお礼を言ってくれれば、俺の中での胸キュンポイントが上がったのに勿体無い奴だ。でも雪穂はこれでも自分の意見や感情を前面に押し出すようにはなってきた。μ'sのメンバーになった当初は自分を穂乃果たち、そして同期の亜里沙と楓と比べて卑下することが多かった。自分には魅力がないと思い込んでしまい葛藤していたが、周りの空気を悪い意味で読んでしまって誰にもそのことを吐露できずにいたんだ。
しかし同棲生活の一件で心中を爆発させてからはその蟠りも解消され、μ'sのメンバーとも調和が取れるようになってきた。その辺だっただろうか、俺への対応が段々と冷たくなってきたのは。俺の冗談もクールにあしらわれ、まさにクーデレの道を歩み始めたのはその時からだ。それでもさっきみたいに卑猥なことにはすぐ顔を真っ赤にするウブさも残っているが。
「亜里沙……?どうしてお前が緊張してるんだよ」
「だって今年の卒業式は今までとは違って大切な人たちが卒業してしまうんですから、緊張もしますし寂しくもなりますよ……」
「心配すんなって。大学も近いし、家同士もそこまで離れてないだろ。会いたくなったらすぐに会えるさ」
「ふぁ……」
亜里沙を慰めつつ頭にそっと手を乗せて撫でてやると、彼女は目を見開いた。しかし間もなくその表情は安堵に満ち、頬も緩んでどこか気持ちよさそうにしていた。
そんな彼女を見ているとこちらも触発され、心が透き通るように軽くなる。亜里沙の笑顔はいつも純粋無垢で、荒んだりドス黒くなった心をいつも浄化してくれた。笑顔を見ただけでここまで落ち着けるのは、恐らく彼女が天使のごとく癒しを与えてくれるからだろう。過去、人の幸せのために自分の想いを必死に押し殺していた亜里沙。そんな彼女が俺にここまで感情を見せてくれるなんて、今やもう当たり前だけど守っていかなければならないものだ。
「「…………」」
「雪穂、楓……どうした?」
「「別に。特に何も」」
2人からは明らかな嫉妬オーラがプンプンしている。やさぐれているお前らも可愛いなぁと呟いてもいいが、多分火に油を注ぐだけだろう。女の子の嫉妬する表情は自分への好意が感じられて好きなんだけど、やりすぎはヤンデレを生み出す原因になるからやめた方がいい。
俺は一旦亜里沙の頭から手を離すと、今度は両手で雪穂と楓の頭を撫でる。すると2人は頬をほんのりと染め、満足気に俺の寵愛を受け取っていた。
「悪かったな。そして、ありがとう」
「えっ、どうしてお兄ちゃんがお礼を言うの?」
「ここまで楽しい高校生活を送れたのも、お前たちのおかげだと思ってさ」
恐らくシスターズとの恋愛事情があったからこそ、俺はμ'sのみんなの心にもっともっと近付けたんだと思う。女の子の気持ちを痛感したのは3人との恋愛があってのことだ。その経験がなかったら、穂乃果たちとはここまで心が隣り合わせになかっただろう。
μ'sとの心の距離で言えば、楓の方が急接近している。音ノ木坂に入学した直後は『μ's?あぁ、お兄ちゃんの邪魔する雌豚たちね』くらいの認識でしかなかったはずだ。現に自分が多芸に多才だってことに鼻をかけ、穂乃果たちを馬鹿にしてたしな。しかし、夢を抱いた彼女たちの努力には勝てなかった。そこからだったか、楓がμ'sを徐々に認め始めたのは。そしていつの間にか、穂乃果たちとの絆が芽生えていた。負けず嫌いで強情だけど、だからこそ相手も奮い立つ。彼女の心はμ'sと共に成長してきたと言っても過言ではない。
俺の実妹でありながら恋人である。社会不適合な真似をしているのに、その信念を持ち続けずっと俺にアピールしてきたのも彼女の心の強さがあったからだろう。諦めそうになってもすぐに立ち直る性格こそ、俺たちをこの関係にまで導いてきた1つの要因だ。
「お兄ちゃん……」
「ん?」
「ちょっと早いけど、卒業おめでとう」
「あぁ、ありがとな」
楓も雪穂も亜里沙も、さっきあんなことがあったのにも関わらず微笑んでくれる。この卒業で確実にいつもの日常は変わってしまうけど、この笑顔だけは絶対に変わらず守りぬく。今まで何度も誓ってきたことだけど、改めてここでそう決心をした。
~※~
あと行ってない場所はただ1つ。μ'sとの思い出の場所となれば部室と、残りは言わなくても分かるだろう。俺はその場所に向かって、階段を一歩一歩踏みしめながら上る。この階段もほぼ毎日上っていたのだが、ここまでゆっくりと辺りを見回しながら上るのは最初で最後だろう。段の塗装が剥げていたり、壁にシミがあったことに今更気が付く。そんな妙なことに目が行ってしまう辺り、心持ちがいつもと違うことを実感する。
そして俺は、屋上へと続く扉の前で一時停止した。俺の予想が正しければ、
扉の隙間から朝日が差し込んでいる。今度はさっきみたいなラッキースケベが起こらないように警戒しながら、俺は扉を開け屋上へ足を踏み入れた。
――――――やっぱりか。
屋上の端、フェンスの前に3人の人影が見える。この学院で、俺が最も長く一緒にいた女の子たち。たった2年されど2年、俺は人生を常にこの3人と一緒に歩んできたと言っても過言ではない。3人は俺に気付いているのかそうでないのかは知らないが、屋上から校門を見下ろして物思いに耽っているようだった。
俺はしばらく近付いてから、その子たちに声をかける。
「穂乃果、ことり、海未」
いつも仲良し騒がしい幼馴染3人組。もう腐るほど顔を合わせているっていうのに、今は何故か照れくささがあった。
穂乃果たちはいきなり声をかけられたからか、身体をピクッと震わせてこちらに振り向く。どうやら俺が来たことに全然気付いていなかったらしい。どれだけ上の空になってたんだか……。
「零君かぁ~ビックリしたぁ~」
「3人並んでぼぉ~っとして、後ろから襲われたらどうすんだ」
「ことりは零くんなら別にいいよぉ♪」
「そんな冗談を言えるなんて、相変わらずあなたはブレませんね」
「いや、ブレブレだよ。心臓の体積が縮小してしまうかってくらい、胸が押し付けられるような感じがしてさ」
「へぇ、珍しいね零君が。もっとこう『卒業式だぞ!もっと俺の門出を祝え者共!!』とか言い回ってるのかと思ったよ」
「それだけテンションを上げられたらいいんだけどな……」
他の卒業生たちも3年間の高校生活に思いを馳せているのに、1人だけそんな奇抜な行動をしてたら雰囲気ブチ壊しだろ。まあある意味で俺らしいってことで、みんなを安心させられるのかもしれないが……。
「それにしてもすごいね!穂乃果たち何の連絡も取り合ってないのに、みんな屋上に集まったんだよ!」
「えっ、そうなのか?」
「うんっ!穂乃果が最初に来たんだけど、その後にことりちゃんが来て、更にに海未ちゃんまで来た時は穂乃果たち思わず笑っちゃったんだから!」
「やっぱり学院の中でことりたちが一番お世話になったのがこの屋上だから、卒業する前に一目見ておきたかったんだよね」
「考えることはみんな同じですか。私たちも、それに零も」
そういや去年の卒業式も、最終的にはみんなでここへ来たっけ。この場所があったからこそμ'sがスクールアイドルとして成長でき、この学院を廃校から救うことができた。なんか俺たちと学院でのギブアンドテイクみたいだな。
μ'sの練習以外にも、この屋上で亜里沙から告白をされたロマンチックな記憶もあれば、笹原先生からの罰で屋上掃除をさせられた苦い記憶、秋葉のカメラでみんなを撮影しまくってイき狂わせた欲望塗れの記憶もある。そう考えると、この屋上に相当迷惑かけてるな俺たち。
「それにしても、高校生活がまさかこんな形で幕が降りるとは思ってもいませんでした」
「だよね~。1年生の頃は、穂乃果ちゃんと海未ちゃんと普通の日常を送って、何事もなく卒業していくのかなぁってずっと思ってたもん」
「だけど2年生になってスクールアイドルを始めて、たくさんの仲間ができて、とても大切な思い出を作って……なにより零君と出会えたことが、穂乃果の思い出の中で印象深いかな」
「俺もだよ。最初は成り行きでお前らを手伝ってたけど、1年後に恋人同士になるなんてなぁ」
出会いは本当に唐突だった。廃校の知らせを見て気絶した穂乃果を保健室へ運んだ、その時にはもうこの運命は決まっていたのかもしれない。
「2年前からよく見てたから言えるんだけど、色んな意味で変わったよなお前ら」
「これでも穂乃果、生徒会長を任期終了までしっかり努めたんだから!」
「それでも結局授業中に寝る癖も、面倒だと感じたら作業の手を止めてしまう癖も、遅刻癖も怠慢癖も何もかも残ったままですけどね」
「うぅ、そんな罵倒しなくても……」
「でも穂乃果ちゃんがいなかったらμ's自体もなかったんだし、ことりは零君と出会ったりみんなと友達になれたって意味なら穂乃果ちゃんにとても感謝してるよ♪」
「穂乃果も自分で思ったことがあるんだ。ただ我武者羅に、何も考えずに突っ走ってはダメなんだって。今までこうして乗り越えてきたから、次も同じことをすれば乗り越えられる、そんな甘い考えは全く通用しなかった。スクールアイドルをやっていて身に染みるほど分かったよ」
ただ単純に突っ走った結果、ことりの留学騒動でμ'sが崩壊の危機に陥った。恋愛も自分のことしか考えていなかったせいで、躊躇なく仲間を討ってしまうような性格が暴走した。周りを巻き込んで無理矢理にでも自分と同じ道を歩ませる、幼少期のことりと海未を元気付けられたのは間違いなくその熱い性格のおかげだろう。だけど、それだけでは何も成長しない。周りに目を向けた上で自分の意志を主張する。そして強引にではなくみんなの手を優しく取ってあげる。そこが穂乃果の成長したところだ。
しかし1つのことにとことん熱中するタイプだから、恋人になって以降は俺の好み似合わせようと徐々に淫乱化していったのは野生への退化かもしれない。スキンシップも目に見えて過激になってきてるし、貞操概念の欠落が顕著な事実を受け止めて欲しい。まあ当の本人が悪い事実は忘れようと無視するタイプだから無理だろうなぁ……。
「ことりちゃんにもたくさん助けられたよね!衣装を作れる人がいなかったら、穂乃果のスクールアイドル人生確実に詰んでたもん。最初にことりちゃんを勧誘してOKを貰った時、穂乃果とっても嬉しかったんだから!本気でスクールアイドルのやる気が上がったくらいにはね!」
「そうだったの!?ことりがそこまで穂乃果ちゃんの役に立てていたなんて……ことりも嬉しい♪」
「そういやμ'sの癒し担当として、俺もことりに癒されてたなその頃は」
「今でもことりは零くん専属の癒し担当だから!どこを癒してあげるのかは……ちょっとここでは言えないよぉ♪」
「なんで発情してんだお前……」
μ'sメンバーの中で最も変わった、豹変したと言ってもいいくらいなことり。脳内ラブホテルの異名に恥じない淫乱っぷりは、俺を何度も困らせ興奮させてきた。穂乃果同様俺の好みに合わせるためらしいのだが、明らかに自分の性欲を発散するダシに俺が使われている。だってまだ行方不明の衣類がたくさんあるし……。
淫乱化の印象が強い彼女だが、それ以外でももちろん成長したところはある。それは己への自信を付けたこと。常に誰かと自分を比べてしまい自己嫌悪に陥ることが多く、しかも笑顔で体裁を取り繕っているため周囲も中々気付けなかった。それくらい自分を押し殺していたのだ。もちろん今では性欲を曝け出すくらいには自分を押し出しているので、何の心配もいらないが。やりすぎな気もするけどね……。
「ことりちゃんの活躍もそうだけど、海未ちゃんがいなかったらファーストライブの曲もなかったもんね」
「μ'sを実質的に引っ張ってきたのは海未だしな。たまに練習が行き過ぎている時もあったけど、短いスパンでの練習スケジュールの管理は見事なものだったよ」
「そ、そんな、そこまで大したことではないですよ」
「ことりも海未ちゃんには留学のことでもたくさんお世話になったし、μ'sに戻るきっかけを作ってくれたのも海未ちゃんだから感謝してるんだよ♪」
「好意は素直に受け取っておけ。むず痒いだろうけどさ」
「そうですね、ありがとうございます」
海未はμ'sの名が定まる前から今までずっと穂乃果たちを引っ張ってきた。誰かが道を踏み外しそうになったら相談に乗り、時には厳しく対応する時もあったけど、それも全部みんなのため。仲間のためにこれだけ献身的になれるのは、俺も見習うべきだな。
ちなみに彼女が成長したところと言えば、やはり羞恥心の克服だろうか。ファーストライブ前までは、衣装を着て人前に出ることを想像するだけでも顔が真っ赤になってたくらいだからな。この調子でセクハラ耐性が付いてくれれば、もっと成長できるのに勿体無い!
「あっ、もう教室へ集まる時間じゃないか?そろそろ行くか」
「待って!!」
俺がその場をターンして教室へ戻ろうとしたその時、穂乃果は慌てて俺の腕を取った。そしていつの間にか、俺の目には彼女の顔しか見えなくなり――――つまり、穂乃果の顔が俺の顔に近付いてきたのだ。訳の分からぬまま、動揺する以前の問題。俺の唇が、じんわりと暖かく柔らかい感触に包まれた。
「ん……」
キスされたと理解するのに、一瞬の時を要した。
穂乃果と唇で繋がっていると認識した時には、既に口内が甘い味覚に満ち溢れていた。彼女とは数え切れないくらい口付けしてきたはずなのに、まるでファーストキスのように心を焦がしている。穂乃果が唇を蠢かすたびに俺の意気が上がり、心臓が早鐘を打つ。唇だけではなく腕も俺の身体に絡め、自然と胸を押し付けられながら彼女の体温と共にキスの味を堪能する。
穂乃果との口付けは一頻りだった。だけど雰囲気に流されたのか、ここまで初心となって触れ合ったのは久しぶりで、時間感覚は頭がぼぉっとしてあまり意識はしていない。彼女も目は若干蕩けていて、何かに取り憑かれたかのように俺の瞳を見つめてくる。
「穂乃果ね……いや穂乃果たちはね、零君にお礼を言わなきゃいけないんだ」
「お前たちが、俺に?」
「うん。ここまで穂乃果たちを見守ってくれてありがとう!μ'sを結成する前から、零君にはお世話になりっぱなしだったよね。μ'sのみんなの絆が1つになれたのも、零君のおかげだよ。みんながおかしくなっちゃってバラバラになっちゃった時も、零君は自分を顧みず必死で穂乃果たちを助けてくれた。みんなで零君の恋人になってからは、誰も漏らさず変わらぬ愛を注いでいつも穂乃果たちをドキドキさせてくれた。あと他には……あはは、言いたいことがたくさんあって、どれから言ったらいいのか分かんないや。とにかく、穂乃果たちが成長できたのも、廃校を阻止できたのも、そして恋人になってここまで幸せになれたのも、ぜ~んぶ零君がいてこそなんだよ!」
穂乃果の言葉を聞いた瞬間、身体が燃えるように熱くなった。ここまでド直球で感謝を伝えられると、もちろん嬉しいのだが同時に照れてしまう。いつもはそれを悟られぬように誤魔化すのだが、今回ばかりは嬉しさが込み上がってくる勢いが激しくてできそうにもない。
「直接そう言われてみると、俺って何人もの女の子の人生捻じ曲げてきたんだな。自分自身はあまり変わってないのに……」
「捻じ曲げたと言ってしまうと聞こえは悪いですが、私たちの人生を良い方向に変えてくれたのは、間違いなくあなたの存在が大きかったです。それに、あなたも成長していますよ」
「そうかな?」
「うんっ!零くん、女の子の気持ちに疎かったでしょ?そのおかげで何度も失敗してきたことはことりも知ってる。だけどそのたびに悩んで迷って、時には仲間に道を照らしてもらいながらも、自分の信じる道を歩み続けた。そのおかげだと思うよ、零くんとことりたちの距離がグッと縮まったのって」
そっか、俺もみんなと共に成長していたんだ。女心に疎いっていうのはまさにその通りで、μ'sとの恋愛で幾度となく葛藤してきた。特に
だけど、その時に手を差し伸べてくれたのはμ'sや秋葉、母さんと言った周りの人たち。何事も1人で解決したことがないから成長していると実感しにくかったけど、穂乃果たちに教えられてようやく分かった、俺自身もしっかり成長しているんだと。自分だけ置いていかれていると若干危惧していたのだが、そんな心配は無用だったみたいだ。でもまぁ、女心は今でも難解でいつも悩まされるけどな。こればかりは仕方ない。
「ありがとな。さっきから妙に辛気臭くなってきたのは、もしかしたら自分が見えてなかったからかもしれない。またお前らに助けられたってことだ」
「最後までお騒がせさんだね零君は!」
「ブーメラン投げんな。お前にだけは言われたくねぇよ……」
だが穂乃果のお騒がせがなかったら、そもそもμ'sは存在していなかったのであまり強くは反発できない。穂乃果は俺のおかげでみんながいると言ってくれたのだが、それは俺も同じだ。みんながいてくれたからこそ今の俺がいる。これからも俺たちはお互いにお互いの手を取り合って、共に人生を歩んでいくのだろう。卒業という新たな節目を迎えてしまうけれど、そんなことでは俺たちの日常は崩れたりはしない。
――――――ん?なんかさっきから視線を感じるような……。
「ちょっ……押さないでくださいよ!」
「仕方ないでしょ見えないんだから!」
「あ、あまり騒ぎすぎると見つかっちゃうよ……」
「もっと詰めて、凛も見たい!」
「そ、そんなに押したら――――あっ!!」
屋上の扉から何やら大きなヒソヒソ声が聞こえると思ったら、いきなりその扉が勢いよく開く。扉にもたれ掛かって俺たちの話を盗み聞きしていたのだろう、にこ、希、凛、楓、花陽、絵里、亜里沙の順で倒れるように雪崩込んで来た。続いて後ろから真姫と雪穂が呆れた様子でやって来る。
「みんな何やってるの!?それに絵里ちゃんたちまで……!!」
「学院を歩き回っている間にみんなと会っちゃってね。それで穂乃果たちのいそうな場所に行こうとして屋上に着いたら、かなりいい雰囲気だったから邪魔したくなかったのよ」
「だからコソコソ覗いてたって訳ですね」
「ゴメンなさい。でも気になっちゃて」
「ハハッ、アハハハハハハハハハハハハ!!」
この状況を見て、思わず笑い声を上げてしまう。それくらい俺の中では面白おかしく、そして
「零君……?頭おかしくなった?」
「いや、結局こうなるのかって思ってな」
『???』
「こうして自然と俺たちが集まっちまう。連絡も何もしなくても勝手にこうやって屋上に集合してしまう辺り、やっぱり俺たちは強く繋がっているんだって思うよ」
これこそ俺とμ'sの絆の強さだ。共に引かれ合い、いつの間にか同じ人生の道に立っている。今までそうして俺たちは集まってきたのかもしれない、μ'sが名も無きスクールアイドルだった頃からずっと。
そして、またここにこの13人が集った。みんなが1つの場所にやって来たのは決して偶然ではなく、集まるべくして集まったのだろう。友情、絆、愛――――俺たちを紡ぐ証だ。
「もう何度も誓ったけど、また言わせてくれ。俺、みんなの笑顔と幸せを守ってみせる。さっき色んなところを回って様々な思い出を見てきた。そしてみんなとの記憶を思い出すたびに、俺により一層気合を入れさせてくれたんだ。これからは、今までよりももっともっとみんなを幸せにしてみせる。だけど、それは俺の力だけでは無理だ。だからみんなも協力してくれ。みんなの幸せは、俺たちみんなで作ろう!」
この誓いも穂乃果たちと恋人になった時から変わらない。変わらないからこそ、ずっと胸に抱いておかなければならない。俺がμ'sを守る、そしてみんなもみんなを守る。お互いの幸せは、お互いで築き上げていく。昔の俺だったら1人でμ'sを見守ろうとしただろう。だけど、俺は成長した。μ'sと出会ったことで得たこと、学んだこと、感じたこと――――挙げていけばキリがない。だからと言って、これから失敗しないなんて保証もない。だったら簡単な話、みんながみんなで支えあえばいい。そんな単純なことに気付くまで長かったな。
ふとみんなを見てみると、そこには12の笑顔が広がっていた。
答えはもう、聞かなくても分かった。
「もちろんだよ!これからもよろしくね、零君!」
「ことりも全力で零くんの思いに応えるよ♪」
「私も初めからそのつもりでした。頑張りましょう!」
「私もみんなともっとたくさんの思い出作りたいです!」
「みんなの幸せはみんなでかぁ~。凛も協力するにゃ!」
「そんなこと言われなくても分かってるけど、仕方ないから乗せられてあげる」
「このままずっと、みんなと一緒にいられるといいわね」
「零君のそういうところ、ウチとても好きや♪」
「ま、このにこがいれば幸せは約束されてるようなものだけどねぇ~」
「私も、微力ながらお手伝いさせてもらいます」
「みんなで幸せになる……とても素敵です♪」
「本当に、お兄ちゃんの夢は大きいよ。そんなところが好きなんだけどね」
俺たちが歩んできた道なんて、まだスタート地点付近に過ぎない。これから何年何十年と生きていく中で、また苦難や挫折があるかもしれない。そんな時こそ取り合っている手を引っ張ればいい。そうすれば、すぐに仲間たちの元へ戻ってこられるから。
だから俺は感謝をしなくてはいけない。そんな仲間たちと、この学院で出会えたことに。
ありがとう、μ'sのみんな。
これからもみんなが、ずっと変わらぬ笑顔でいられますように――――――
ここまでのご愛読ありがとうございました!ここまでお付き合いしていただき感謝します!
零君と穂乃果たちの物語はいかがだったでしょうか?笑いあり恋愛ありエロシーンありの、私が好きな要素を適当にぶち込んだ小説でしたが、お気に召していただけたのなら幸いです。多分ここまで付き合ってくれている方なら、何の嫌悪感も抱かず読んでくださっていると信じたい!
この小説自体どう完結させるのか、シスターズの扱いはどうするのかなど全く何も決めず見切り発車で始めた小説でした。なのでもしかしたらフラグが投げっぱなしになっているなど物語の不整合があるかもしれませんが、なるべく回収はしたつもりです。『この設定とかどうなってるの?』などの質問があれば、躊躇なく私にお投げください。
最新話を執筆している時点では、この小説はハーメルンの"ラブライブ!"小説の中で総合評価ランキング2位、平均評価や感想数のランキングでは1位といった快挙を成し遂げています。私自身、前作からここまで伸びるとは思ってもいなかったので心底驚きました(笑)
でもそれだけ男主と穂乃果たちの恋愛やハーレム、また微エロ展開に需要があるということなのでしょう。特に私が大好きなジャンルであるハーレム要素で、他の小説に負けていないというのは非常に嬉しかったりもします。皆さんに満足してもらえるハーレムを描けたので、私の妄想もまだまだ捨てたものじゃないと勝手に思い込んでいたり(笑)
さて、かなり寂しくはなってしまいますが、μ'sの12人とは一旦ここでお別れです。原作キャラの9人に加え、雪穂に亜里沙、それにオリキャラの楓。全員が皆さんに受け入れてもらえたようで、作者としてはこれほど嬉しいことはないです。μ'sは9人という固定概念を壊してしまいましたが、小説が進んでいく過程でもう12人じゃないとμ'sではないと、私の中ではそうインプットされてしまいました。それくらいシスターズも思い入れが強かったです。
次回作に関してですが、Aqoursとの物語を数話執筆してみようと思います。投稿時期は未定で、更にこの小説に投稿するのか新作とするのかもまだ決まっていません。その旨はTwitterかハーメルンの活動報告で告知します。
それでは、これにて『新日常』の物語の筆を置きます。これまでのご愛読、ご感想、高評価ありがとうございます!
最後の感想も是非待ってます!これまで感想を書いたことなかった人も、これを機会に是非!