普段聡明な人ほどポカした時に可愛いものなのです。
生徒会室の空気はカオスに満ちていた。
ルビィは大好きなお姉ちゃんと憧れの絵里の暴露話が楽しみでテンション高めだし、絵里は無自覚の抜けっぷりでキョトンとしてるし、ダイヤはまだ絵里の登場に動揺を隠せていない。みんなの様子が三者三様すぎて俺は一体誰の相手をしてあげた方がいいのか分からないんだが……。自分の黒歴史をほじくり返されるのは嫌いだが他人の黒歴史を煽るのは好きなので、とりあえずルビィに話を合わせておくか。
「先鋒はルビィたちからですね!」
「えっ、これって東西対決か何かだったの?」
「違いますよ! お姉ちゃんと絵里さんの可愛い一面をお互いに知ることで交遊を図る。相手を知るにはまず自分のことを1から100まで曝け出すのが一番なんです!」
「それをお前が言うのか……」
根拠としては納得できるのだが、Aqoursの中でもブッちぎりで他人と話すのが苦手なルビィに言われても説得力に欠ける。それに可愛い一面とか言ってるけど、2人のポカしたところを挙げるいわば公開処刑だ。絵里は変に無自覚だからいいとしてもダイヤがなんて言うか。ルビィ本人は全くそんな気はないだろうが、やってることは鬼畜の所業だ。こんなにイキイキとした彼女は初めて見たぞ。
「お姉ちゃんの可愛いところは、たまに見せるおっちょこちょいなところだと思うんです」
「そこかよ……」
「はいっ! 生徒会長としてのお姉ちゃんは下級生から冷徹だと思われているんですが、さっきみたいに棚に頭をぶつけたり何もないところで躓いたり、とにかく逐一動作が可愛いんです♪」
「ちょっとルビィ恥ずかしいですわ!!」
「だからルビィは学院の皆さんにもっとお姉ちゃんを知ってもらいたいのです! いつか新聞部に乗り込んでお姉ちゃんのコラムを書いてもらうよう脅す――――お願いしに行きます!!」
「ルビィちゃんの目が燃えてるわ……危ない言葉まで聞こえたし」
「なんだよただのシスコンじゃねぇか……」
ダイヤがルビィにあまあまなシスコンだってことは大体認知されてるけど、ルビィの奴も相当お姉ちゃんに入れ込んでいるようだ。さっきから彼女のテンションが変な方向に捻じ曲がっているせいで、メインのダイヤよりもスポットが当たっている気がするぞ。熱気を纏って暴走してさり気なくカメラさんを奪うのはやめなさい。ちゃんとカメラを返して、今日のメインはお前じゃねぇからな。
「スクールアイドルとしてはそういった意外な一面を持っていることが何より重要なんですよ! だからお姉ちゃんのおっちょこちょいはキャラ作りとしては満点なのです!」
「別に作ってはいないのですが、よく考え事をしている最中にぼぉ~っとしてしまい、壁や柱にぶつかってしまうことがあるくらいです」
「いやそれが相当なんだよ。ていうかここまで来るともう可愛い一面とかじゃなくてただの不注意だろ」
「そうね、気をつけなきゃダメよ?」
「だからお前が言うなって……」
自分のことは棚の上げるどころか外へ放り出すってくらい自覚ねぇなコイツは。よくファンが話題にしているμ'sに加入する前と後でのお前の評価を見せてやりたいくらいだ。まあ今の絵里の方がμ's加入前よりも数万倍親しみやすいからいいけどね。もし以前の絵里の方が好きって人がいたら、その人は冷徹な彼女に踏まれて罵倒されたい相当なドMと見て間違いないだろう。てかそんな人いるのか……? もし僕または私は絵里ちゃんに踏まれ罵られたいドMですって人がいたら俺に教えてくれ。絵里に教師衣装のコスを着させてけしかけるから。
「そんなことを言ったら絵里はおっちょこちょいな場面なんて無限にあるぞ」
「私そんなにボケてたかしら……?」
「そう言われてもおかしくないくらいお前は少し天然混じりなんだよ」
「わぁ~♪ 絵里さんのそういうところとても興味があります!」
「そうだな、まずはこんなエピソードを――――」
「えっ!? なになに何が始まるの!?」
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音ノ木坂学院・部室
「あら? こんなにたくさんの玩具、一体どうしたの?」
「あぁこれか。先日にこと花陽と凛が幼稚園にボランティアに行ってただろ? その時にお礼として園児たちからもらったんだと」
「へぇ~。でもこの部室は狭いんだから、なるべく持ち帰るようにしてね」
「いや俺に言われても……」
「それより零、甘いお菓子とか持ってないかしら? こうも連日生徒会の仕事をしていると糖分がすぐ抜けちゃってね」
「いいや持ってねぇよ」
「そう残念……って、あっ、こんなところにあるじゃない!」
「えっ、いやお前それは!!」
絵里が指で摘んだのは、小さな箱の中に乱雑に入ってる茶色い四角の物体だ。傍目から見るとチョコレートに見えなくもないその物体は、今もう彼女の口の中に、そして歯で噛み砕かれようと――――
「い、いったぁあああああああああああああああああああ!!」
砕かれる訳がない。だって絵里が食ったのは子供のおままごと用のチョコレートなのだ。つまりプラスチック加工のサンプル品みたいなものであり、彼女はそうとも知らずに思いっきり歯を立ててしまった。そうなればもちろん顎が跳ね返されるのは当たり前である。
「れ、零ぃ~……」
「なに泣きそうになってんだよ!!」
「どうして教えてくれなかったのよ!!」
「それは悪かっ――――」
「このチョコレート硬くて全然食べられないじゃない!! どれだけ冷やしてたの!?」
「そっちかよ!!!!」
「ふぇ……??」
俺はこの時初めて見たんだ、絵里の『え? お前一体何言ってんの?』的な顔を。そして今後このポカーンとした表情に何度苦しめられるのか、昔の俺はまだ知らなかった……。
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「ってなことがあってな」
「絵里さん……憧れで天の存在だったのに急に親近感が沸きましたわ!!」
「そ、そんなことやったかしら……? 記憶にないわね……」
「とぼけんじゃねぇ。ちゃんと覚えてるって顔に出てるぞ」
あの時の絵里の反応はマジで意味が分からず、ポカーンとする彼女の顔を見て俺もポカーンとならざるを得なかった。本来ならボケに対してツッコミを入れるのが世界の定石なのだが、絵里があまりにも天然だったから面を食らったのはこっちの方だ。今思い出すとあの時一瞬でもコイツに謝りそうになったことを後悔するな……。
「『ふぇ……??』って、絵里さん案外可愛い声出すんですね♪」
「ち、違うのよあれは!! 生徒会の仕事で疲れてたから判断能力が鈍ってただけよ!!」
「いやいやその割には躊躇いもなく食ってたじゃん。もうそろそろ認めろって、自分がおっちょこちょいだってこと」
「認めたら負けな気がするから絶対に認めないわ」
「強情なところもお姉ちゃんと似てるね!」
「そうですか? 私は壁や柱にぶつかったりするだけで、おもちゃを食べたことなんて一度もありませんわ」
「傍から見たらどっちも同じレベルだ! それにもう比べるまでもなくどっちもポンコツだよ……」
ここまでの話を聞く限りでは同じおっちょこちょいの2人でも傾向が違うと分析できた。ダイヤはまだ自覚があるほうだが、それが自分の欠点だと認識してない。そして絵里は自覚がないどころかむしろ否定までする始末なので、もちろん自分の欠点だと思ってすらいない。どちらにせよ可愛い一面ではあるが、それは微笑ましいという意味でだ。言ってしまえばつまり、赤ちゃんや幼稚園児を眺める親御さんみたいな目だってことだよ。もっと噛み砕けば、若干馬鹿にしてるってこと。
「これはルビィたちも負けていられないねお姉ちゃん!」
「まだ私の黒歴史があるのですか!?」
「黒歴史じゃないよ可愛いところだよ♪」
「初めてルビィが怖いと思いましたわ……」
改めて見るとμ'sもAqoursもまともな奴が少ないなぁと実感させられる。海未も若干天然ボケが入る時があるし、真姫はツンデレ、絵里は
「このまま私の話だけ晒されるのは気が乗らないから、ダイヤさんの可愛いところもたっぷり聞かせてもらうわ」
「だから私にはもうそんなエピソードなんてありませんから。ルビィが誇張しているだけです」
「それがあるんですよ! 誰にも公開していない秘蔵のエピソードがルビィには!!」
「いいから話してみろよ。聞いたあとでたっぷり嘲笑ってやるからさ」
「馬鹿にすること前提ですか!?」
「それじゃあ遠慮なく!」
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それはルビィもお姉ちゃんもまだ小学校低学年の頃でした。
「い、痛い……」
「お姉ちゃん!? 何してるの!?」
お姉ちゃんが涙目になってこちらを振り向きました。子供の頃から気が強く、滅多なことでは涙を流さないあのお姉ちゃんが泣いているなんて考えられなかったからです。
しかし、今思えばこの時のルビィの心配は全くの無駄だと実感させられました。お姉ちゃんの行動は、ルビィの想像を遥かに超えていたのです……。
「お姉ちゃん、どうして自分の鼻に洗濯バサミを付けてるの……?」
「ルビィは『鼻が高い』という言葉を知っていますか……?」
「う、うん、花丸ちゃんの本で読んだことあるから」
「どうやら鼻が高いと誇らしい気持ちになれるみたいです。だから私も人徳を高めるために、自ら痛みを被って鼻の高さを上げているのです!」
「え……?」
そう、小学生だから難しい言葉の意味を上手く理解できていなかったお姉ちゃんは、洗濯バサミを使って無理矢理鼻の高さを上げていたのです。その時の私は口をあんぐりと開け、痛みに耐えながら目に涙を溜めて誇らしげに胸を張るお姉ちゃんをただ見つめることしかできませんでした。でもいつも真面目なお姉ちゃんを見ていたためか、ちょっと微笑ましくなったり。
「お姉ちゃん……可愛いね♪」
「ふぇ……??」
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「ダイヤ、お前ってやつは……」
「『鼻が高い』という言葉を言葉通りそのまま行動に移すなんて、流石の私でも勝てないわね……」
「あ゛ァ゛ア゛ああああああああああああああああああああああ!! ルビィその話は未来永劫姉妹の中で封印しておくと誓ったじゃないですか!? どうして紐解いてしまうのです!?」
「黒歴史は蘇らせるモノなんだよお姉ちゃん!!」
「る、ルビィが怖い!!!!」
ルビィがドヤ顔し、ダイヤが部屋の隅でカタカタ震えているこの構図はいつもとは真反対だ。ここへ来て姉妹の力関係が逆転しようとしているけど、ダイヤのおバカエピソードを聞いていたらそれも納得できてしまうのが凄い。ほとんどが気付いていただろうが、回想中のダイヤの最後の反応が絵里と全く同じだっただろ? もうあの反応から何物にも変えがたいポンコツさが伺える訳だよ。どちらも生徒から尊敬される生徒会長なはずなのに、どうして俺の知り合いの生徒会長はみんなこうなんだ……。
「これはいい勝負になってきたんじゃないか? もう勝負する意味もないくらい同じレベルだと思うけど」
「だからこそお互いの黒歴史を細部まで曝け出して決着をつけるのです!!」
「ルビィお前イキイキしてんなぁ。それに黒歴史とか言っちゃってるけど、お互いの可愛いところを探るんだよな?」
「だからもっとお姉ちゃんの可愛くてお茶目でキュートなエピソードをお蔵出しします!」
「ひぃぃ……これほどルビィを恐ろしいと思ったことはありませんわ!!」
「まあただの凡ミスだから、そこまで恥ずかしがる必要はないんじゃないかしら? 多少はやっちゃったなぁって思うけど」
「お前はもっと恥じろよ!!」
ダイヤが羞恥心MAXなのに対し、絵里は自分のミスをあまり恥ずかしいとは思っていないみたいだ。玩具のチョコを食おうとしたのをただの凡ミスで片付けられるほどこの世は甘くない。絵里は認めないだろうが、もう彼女は立派なポンコツちゃんなのだ。
「それじゃあお前が恥じるように、もう1つエピソードを暴露してやる」
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俺が教育実習に行く少し前の出来事だ。
俺と絵里は買い物途中に本屋に立ち寄り、バスが来るまで時間を潰していた。俺は適当なゲーム雑誌を手に取り、見出しの大きな文字だけ読みながらページをペラペラと捲る。そして絵里は気に入った本があったのか、レジで会計を済ませてこちらへやって来る途中だった。
俺より数メートル離れた場所で、突然絵里が声を上げた。
「きゃっ、し、失礼しました!!」
謝ったということは誰かとぶつかりそうになったからだろう――――と、彼女に目を向けるまではそう思っていた。見てみれば何故か彼女は1人。周りには誰もいなかったのだ。
「お前誰に謝ってんだ……?」
「それがね、本を眺めながら歩いてたら人にぶつかりそうになったのよ」
「だから誰もいねぇじゃん」
「そうそう誰もいないと思ったら、鏡に映った自分だったのよね。驚いっちゃったわ♪」
「えぇ……」
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「絵里さん!!」
「は、はい!? だ、ダイヤさん……?」
「神だと思っていたあなたがまさかここまで近しい存在だったとは!! 私感激して涙が出そうですわ!!」
「それは喜んでいいのかしら……?」
ダイヤは絵里の前で膝を着き、手を握りしめ涙目+上目遣いでシンパシーを体現する。ダイヤにとっては黒歴史を掘り返され弱った心を埋めてくれる唯一の存在が絵里なのだろう。ルビィという心の拠り所を失った彼女の最後の希望だが、対して絵里はそこまで共感できていないみたいだ。絵里自身がそこまで自覚してないのが災いしてるなこりゃ。
「ほら、次はお姉ちゃんの番だよ!!」
「もうそれ以上は!! 絵里さん私の心を癒してください!!」
「そんなことを言われても……ルビィちゃんの燃えるような目を見てると止められないわよ」
「女神にまで裏切られた!?」
「ルビィはこのお話で対抗します! しかも絵里さんと同じようなエピソードで!!」
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これは先日、お姉ちゃんとブティックへ買い物に行った時のお話です。まず一通り店全体を回ってみようと思い、ルビィはお姉ちゃんの後について服を眺めながら歩いていました。
そしてある程度買いたい服の検討を付けた時、いきなり目の前でお姉ちゃんが声を上げて立ち止まったのです。服に気を取られていたルビィはお姉ちゃんの背中にぶつかってしまいました。
「ふにゅ! お、お姉ちゃん……?」
「す、すみませんしっかり前を見ていなかったばかりに……」
その声はルビィに掛けられたものではありませんでした。しかし周りに人はいません。誰と喋っているのだろうと思いお姉ちゃんの背中から顔を出して見てみると、それはモデルさんのような体型で、綺麗な服を着ている長身の――――――マネキンでした。
「お姉ちゃん……それお人形」
「あっ……これは違います!! さっきまで人だったのですが、突然マネキンに変わったのですわ!!」
「言い訳苦しいよお姉ちゃん……」
しかし、お姉ちゃんの可愛いところはこれで終わりではありません。ルビィたちが騒ぎすぎていたためか、1人の女性がこちらに近づいてきたのです。
「あのぉ、どうかされましたか?」
「ひゃぁ!? マネキンが喋った!?」
「その人はマネキンじゃないよ!! 店員さんだよ!!」
「ふぇ……??」
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「あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! もうやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてください!!」
ダイヤは頭を抱えながら床をのたうち回る。もはや普段のキリっとした聡明な彼女とは思えない光景で、全校生徒どころかAqoursの仲間にも見せられないくらい自我が崩壊している。そりゃあ黒歴史を暴露されつつも現在進行形で黒歴史を刻み続けているんだからこうなるのも仕方がないか。マネキンを人間と勘違いした挙句その直後に人間をマネキンと勘違いするんだから、これは彼女の名前通りダイヤの原石だな。
「どうでしたか絵里さん? お姉ちゃんはこんなにも可愛いんですよ♪」
「ルビィちゃんは本当にダイヤさんが好きなのね」
「はい♪ それに絵里さんのことももっともっと好きになりましたよ、今回のお話を聞いて!」
「あれはただの不注意よ不注意。人間誰しもミスをするものなんだから、恥ずかしがらなくてもいいのよ。ね、ダイヤさん!」
「そんなことを言われましても黒歴史は黒歴史なのですわ……」
絵里がレジェンドだと言い伝えられてきた理由が1つだけ分かった気がする。絵里の奴、精神が他のおっちょこちょいの女の子と比べて図太いんだ。この程度の暴露で悶え苦しむダイヤはまだまだ二流どころか三流以下、真のスクールアイドルというのは黒歴史ごときでは揺るがない精神力が必要なのだ。彼女の場合はそもそも黒歴史と思っていない時点でその精神力すら超越している気もするが……。それに言い換えればただのポンコツってことなのだが、これは言わぬが花だろう。
結論、絵里の凄さがまた実感できた暴露大会だった。
「そういえばまだ秋葉先輩に挨拶してなかったわ」
「お前この状況で他の話題を持ち出すのか。本当に図太い奴だな……」
「ふぇ……??」
執筆していて思った。ルビィが一番目立ってた気がする!!それでも絵里、ダイヤ、ルビィのいつもとは違った一面を描けて楽しくはありましたけど(笑)
次はいよいよことりの出番!
しかも2話連続ブチ抜きの講座回の予定です!
新たに☆10評価をくださった
光と闇を司りし堕天使さん、holy nunberさん、nashiさん、2代目堕天使ヨハネ!さん、幻零さん
ありがとうございました!