「あぁ、なんか大切なモノを失った気がする……」
「梨子ちゃん頑張った! 頑張ったよ!! これでAqoursの人気はうなぎのぼり間違いなし!!」
「絶対に動画アップロードさせないから!! さっき消してもらったから!!」
『にこにー』ならぬ『りこりー』で恥を捨て去った梨子だが、その心は甚大なダメージを受けているみたいだ。千歌たちが可愛いと褒めまくっていたのが逆効果だったみたいで、さっき血眼になって鞠莉に動画を消すよう迫っていた。一応鞠莉はその場で動画を消してその証拠を梨子に見せたのだが、抜け目のない彼女のことだ、恐らく速攻で別のどこかにバックアップしているだろう。後でその動画を貰って、俺の家宝にする予定だからよろしく!
「にこより反響が良かったのは癪だけど、まあ及第点にしておいてあげるわ。それよりも次よ次!!」
「さっきので終わりじゃないのかよ……」
「自己紹介なんて前座の前座だから。そうねぇ、次はあなたよ! 黒澤ルビィさん!」
「えぇっ!? ル、ルビィはキャラなんてないようなものですし……」
「なかったら作る! これが鉄則よ!!」
「うぅ……」
キャラがないとか言っているが、その守って抱きしめたくなる純粋な性格は立派にキャラが立っていると思うぞ。極度の人見知りの妹キャラってそこまでいるものでもないし、完璧超人のブラコン妹を持つ俺にとってはルビィのキャラが新鮮で仕方がない。
だがにこはそんな彼女でさえキャラが薄いと仰っている。こっち来てからイキイキとしているにこを見ると、Aqoursのキャラ付け指導ってより単純に自分が楽しみたいだけなのでは……? これは触れちゃいけないことだったか。
「まずは普通に自己紹介をしてみなさい」
「ルビィのですか……?」
「他に誰がいるのよ。ほら早く」
「じ、自己紹介って言っても普通ですよ……?」
にこの勢いに押されつつあるルビィは、千歌たちの注目を浴びビクビクしながらもその場で立ち上がった。
「く、黒澤ルビィです……。えぇと、浦の星女学院の1年生でスクールアイドルをやってます。よ、よろしくお願いします!!」
「あざといわね。その弱々しく人の母性に漬け込もうとしているのが見え見えだから」
「ふぇ!?」
「そんなにあざとく男性に媚を売っても、今時の人は騙されないわよ」
「い、いや、別に好きであざとくしている訳じゃ……ただ緊張してしまうんです!!」
「仕方ない。にこが売れるスクールアイドルのキャラというものを伝授してあげるから」
「は、話を聞いてない!?」
レジェンドスクールアイドルのお言葉なので納得してしまいそうになるがよく考えて欲しい。高校時代に男女問わず媚を売って、痛いキャラ付けをしていた張本人が何を言っているのかと。お前よりあざとい女の子がいるんだったら教えて欲しいわ。
「今流行りのキャラはオラオラ系よ」
「オラオラ系……? オレオレ詐欺みたいな語感……」
「あざといキャラってのが昔に流行ったでしょ? 今度はその逆のイケイケしている性格、つまり遊んでいるJKのようなキャラがノリに乗ってるのよ」
「で、でもルビィはそんなに積極的には……」
「分かってる。だから台本も事前に書いてきたから。はい、これ」
わざわざ台本を作ってくるなんて暇人かよ……。でもAqoursのメンバーの性格をPVだけで把握しているのは、やはりスクールアイドルをやっていた経験から成せる技だろう。
ルビィは台本に書かれているセリフを見ると、『うゅ……』と言いながら尻込みする。どうせにこの遊び心が満載なんだろうが、正直梨子同様にオラオラ系になったルビィを見てみたいってのはある。一応以前秋葉の芳香剤の力でみんなのキャラがブレブレになっていたのを目撃したのだが、やはりこのような性格変換は女の子の恥じらいがあってこそなんだ。恥ずかしがりながら別のキャラを演じる女の子、ありだと思います。
ルビィはセリフを読み込むたびに強ばった顔をしているが、みんなが注目している以上このまま引き下がる訳にはいかないと本人も分かっているようだ。台本を閉じ、にこから渡された変装用のサングラスを掛けると、すぅっと大きく息を吸い込む。
「チッ、ダイヤかよメンドくせぇ……ジロジロ見てんじゃねぇよ!! あ゛っ? 私の名前? 黒澤ルビィって言うんだ文句あるか? それにルビィなんて気安く呼ぶんじゃねぇぞ!!」
「あ゛ぁあ゛あ゛あ゛あああぁああああああああああああああああ!! ルビィぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「うるせぇよ!!」
突然ダイヤが謎の奇声を発して俺たちの鼓膜を突き破ろうとする。それもそのはず、ルビィが演じたのはオラオラ系というより完全にグレたギャル系の女子だ。しかもダイヤを狙い撃ちするセリフであるため彼女の心は
「くくくく……思った以上の反応で笑いが……!!」
「お前これが見たいがために浦の星に来たのかよ……」
そういや人を出し抜くことに関してだけは頭の回る奴だったなコイツは。わざわざダイヤがシスコンだって情報を手に入れ、本業のアイドル活動をしながらもルビィに読ませるセリフを考えるなんて魂込めすぎだっつうの。久々ににこに会って忘れていたが、このようなことでストレスを発散する陰険な奴だった。
「はぁはぁ、笑いすぎて疲れそう……。でもなんやかんや言いたいのは分かるけど、インパクトは大きかったでしょ?」
「確かに。マル、ルビィちゃんに腰が引けたのは初めてだったずら」
「サングラスの効果もあったからね。まあヨハネのリトルデーモンなんだったらそれくらいの威厳があった方がいいわ」
「…………やっぱり、にこの時よりウケ良くない?」
散々ルビィとダイヤの反応で笑った挙句、周りの声を聞いて不平を漏らすとは陰湿過ぎやしませんかねぇ……。
ちなみに実際にルビィの演技は本人とは思えないほどドスの効いた声色だったが、やはり外見の可愛さ的にそこまでワルにはなりきれなかったようだ。セリフを言い終わってからずっと後悔したような顔でダイヤに懺悔している。
「あぁぁぁ……ルビィがこんな悪い子に!!」
「ゴメン! ゴメンねお姉ちゃん!!」
「気絶したり発狂したり忙しいねダイヤは……」
「そうねぇ。黒澤ダイヤさん、あなたはAqoursの芸人枠で決まりよ!!」
「はぁ!? どうしてそうなるのです!! 私のような品行方正で規律高い生徒会長は他にいませんわよ!?」
「「「「「「「「…………」」」」」」」」
「皆さん!? 何故そこで黙るのです!?」
ダイヤを除く千歌たち8人は揃ってこう思っているだろう。品行方正? 規律高い? いやそれはない――――と。千歌の話を聞く限りでは、スクールアイドル部の結成を幾度となく反対してきた、まさに初期の絵里のようなお堅い感じたったらしい。だが今の現状を見てみると、品行方正なのは間違いないがそれ以上にどことなくポンコツさが垣間見えて全然規律高いとは思えない。表情が豊かなのも逆に災いになっていて、妹のルビィですら同意できないほどなのだ。それに可哀想なことだが、俺もそう思っているからな。言うなればそう、海未みたいな顔芸枠と同類だよ。
「さて次は――」
「もう私の番は終わりですの!? 自己紹介をするとか台本を読むとかは!?」
「あなたよ、松浦果南さん」
「わ、私!?」
「無視ですか!?」
ダイヤは芸人キャラと9割方馬鹿にされてるのに自分の番を望んでいるのか……。
まあそれはもういいとして、にこが次のターゲットに選んだのは果南だ。果南は『来ちゃったかぁ……』と半ば諦めムードを漂わせているが、それも仕方ない。だって梨子もルビィも慣れないことを無理矢理させられて、今もずっと顔が火照っているから。
「にこがあなたにピッタリのキャラを考えてきてあげたわ。このキャラを演じれば、AqoursのPV再生数がスクールアイドルの中でナンバー1になる日も近いから」
「お前それ言っておけば何をやってもいいみたいな風潮ない?」
「どうでもいいわよそんなこと。さて、まずは恒例になった普通の自己紹介からしてもらいましょうか。あっ、ここでネタを入れなくてもいいわよ」
「いちいち言わなくても入れませんって……。でも改まって自己紹介をするのはちょっと緊張するかも」
こう言っては悪いが、果南も梨子と同様にAqoursの中ではインパクトが薄いように感じる。もちろん彼女の魅力は俺も理解しているのだが、如何せん同学年のダイヤや鞠莉のキャラが強すぎるのがな……。
「Aqoursの松浦果南です。趣味は天体観測と水泳で、特技はダイビングと操船です。こんな感じですかね……?」
「普通ね。すっっっっっっっっっっっっごい普通」
「えぇ……。これ以上どうやって自己紹介を広げれば……」
「これだからスタイルのいい奴は文句ばっかり。絵里だってそう、もっと自身の天然さを前面に押し出せばいいのに秀才ぶっちゃって。どうしてスタイルのいい奴はこうも謙虚なのかしら」
「もうほとんどお前の妬みじゃねぇか……」
「はいそれじゃああなたはこれに着替えて」
「えっ? 台本を読むんじゃないんですか?」
「もちろんセリフは重要だけど、にこはあなたたちをしっかり調べてきているのよ。つまりあなたは媚びたセリフを喋らせるより、その憎たらしいスタイルを活かして外見を変えた方がいいって分かってるから」
完全にコンプレックスの塊で、やっぱり自身のストレス発散のためにここへ来たとしか思えねぇ。まあ22歳でこんなちんちくりんな身体に対し、5歳下の果南のスタイルの良さを見たらそう思わざるを得ないのか。男が下半身のイチモツの長さ・太さ・持久力を気にするように、女の子も身体付きには敏感になるんだな。
果南はにこに渡された紙袋を手に更衣室へと向かった。紙袋の中身を見た瞬間に一瞬顔が赤くなったのを見逃さなかったが、一体何を渡したんだにこの奴。素人スクールアイドルの指導とか言いながらも自身のストレス発散に来ているコイツのことだ、正直言ってまともな衣装は入っていないだろう。
「先生、μ'sもこんなことしてたんですか?」
「まあしてるって言えばしてたな。何故かそれぞれ部活に部員になりきってみたり、何故かお互いの髪型やキャラ、口調を交換してみたり、変なヘビメタのメイクと衣装をキメてみたり――――正直μ'sの黒歴史時代だよ」
「ちょっ、その話は紐解いちゃいけないって何度も言ってるでしょ!?」
「それじゃあ私たちは現在進行形で、その黒歴史と同じ道を歩んでいるんですね……」
「梨子の秘蔵映像はこの携帯に保存してあるから、また月日が経ったら見返しましょ♪」
「鞠莉さん!? その映像はさっき消したはずでは!?」
「思い出だよ。私たちの大切なMemoriesなんだから!」
「それらしいこと言っても無駄です!!」
まあ黒歴史は後から掘り出して晒すことを目的としているから黒歴史なのであって、そのまま誰の目や耳にも触れず封印していたらそれはもう歴史ではない。
ちなみにμ'sの黒歴史の映像は今でもしっかりと俺の手元に残ってる。もしAqoursが迷走した時にその映像を見せて、『君たちの憧れの先輩たちも、こうやって痛い路線を突き進んでいた時代があったんだ』と元気付ける要因にする予定だ。こうして後世のスクールアイドルたちは成長していくんだな、うんうん。
そんなこんなで駄弁っていると、果南が更衣室の扉を少し開けてこちらを覗いていることに気が付いた。彼女はあまり恥じらいの姿を見せないので、こうしておどおどしているのは珍しかったりもする。
「ほら果南、そんなところで立ち止まってないで早く早く!」
「ま、鞠莉!! 開けちゃダメ!!」
鞠莉が扉を引くと、扉にもたれ掛かっていた果南の身体がよろけ部室に倒れ込んでくる。何とか体勢を保って転倒を防いだ果南は、遂に自分の姿を晒してしまったと思いその場で目を上げる。そして、俺を含む千歌たちとバッチリ目が合った。だが千歌たちの目線は、今まで梨子やルビィに向けられていた目線とは全く違う。目ヂカラの籠った舐めまわすような視線は、多少の物事では動じない大人びたあの果南すらも震わせた。
俺たちがそこまで果南に注目している理由。それは彼女が――――スクール水着姿だったからだ。しかもただのスク水ではない。明らかに彼女のスタイルとスク水の大きさが合っておらず、おっぱいがこれでもかと言うくらいむっちりと、ぴっちぴちに強調されている。そもそもスク水を着てるのかってくらい身体への張りが凄まじく、ここまでスク水が身体のラインを形成している姿は見たことがない。
そしてそんな扇情的な姿をしている果南を、男の俺はもちろん女の千歌たちも何かの欲求が唆られるように凝視していた。
「あ、あまり見ないで……」
「果南ちゃん……触っていい? ちょっとだけ、先っちょだけでいいから!!」
「千歌!? 何言ってるの!? それになんか意味深だし!!」
「スク水の女の子なんて毎日見てるのに、ここまで卑しく着こなす人は初めて見たよ……。私も触らせて!!」
「曜ちゃんまで!? ちょっと待って目が……目が怖い!!」
女の子にまで劣情を抱かせる果南の身体が凄いのか、それとも千歌と曜が少し淫乱思考なのが悪いのか……。まあそんなことを言ったら、みんな少なからず今の果南を劣情の籠った目で見てるっちゃ見てるけどな。
それにしても相変わらずエロい身体してんなぁコイツ。スク水が身体にビタッと張り付いているため、もう何も着てないのとそこまで大差がない。こうして椅子に座ったまま冷静でいられる自分が不思議なくらいだ。この状況で周りに人がいなければどうなっていたことやら……。
「ちょっと失礼♪」
「きゃっ!! ちょっと鞠莉!?」
「oh!! やっぱり揉み心地さいこ~♪」
「あっ、や、やめて……んっ、あぁっ!!」
おいおいおい、男がいる前で百合営業を始めんなよこっちは抑えるだけで必死だっつうのによぉ!! しかも巨乳ちゃんが巨乳ちゃんの胸を揉むって、それ俺が一番大好きな百合プレイだから!! あまり目の前でいちゃいちゃと胸を揺らしながら喘ぎ声を出さないでくれますかねぇ!?
「あぁ、やっぱムカつくわね巨乳は。何もしなくてもその脂肪の塊をぶら下げてるだけでステータスになるんだから。にこみたいに涙ぐましい努力をしてる幼気な女の子に謝って欲しいくらいだわ」
「謝って欲しいって、お前が果南にあんな衣装を着させたんだろ……」
「本当は『こんなエッチな衣装を着る果南ちゃんなんて見たくない!! だからいつもの果南ちゃんに戻って!!』みたいな展開を期待してたんだけどねぇ。それで巨乳が淘汰される光景を見て愉悦に浸るつもりだったのよ」
「俺も人のことは言えねぇけど、お前そろそろバチ当たるぞ……」
「まさかここまでAqoursに淫乱っ子が揃っていたとは。ホント、誰のせいかしらねぇ~?」
「だ、誰だよそんな奴……最低だよなぁ……」
どうして女の子が淫乱だったらそれが全部俺のせいになるんだよ!! 俺はただ普通に教師生活を送っているだけで、勝手に堕ちようとしているのは女の子側だからな!!
「もう終わりにするぞ。練習の時間もなくなっちまうから」
「そうね。さっきからにこの思った通りの展開にならないし、これが都会と田舎の感覚のギャップか……」
「気付いてるか? お前ここに来てから終始悪口しか言ってねぇぞ」
「ストレス発散が目的だからそれでいいのよ」
「言っちゃったよもう!? ただ態度の悪い姑キャラだな……」
今更だが、にこはスクールアイドルのレジェンドであることが評価され、大学を卒業してからはアイドル活動に従事している。それゆえにストレスも溜め込みやすいのだが、まさかスクールアイドルもタマゴのタマゴの子たちを弄ぶとは……。その子供っぽい性格は高校時代から何1つ変わっていない。
しかし過程はどうであれ、Aqoursのみんなにとってレジェンドであるにこと出会えたのは何かしらの自信に繋がった……と思う。やり方は姑息だが、キャラ付けは確かにアイドルはもちろんスクールアイドルでも重要だから。スクールアイドルの数が数年前より膨大になっている今、自分たちのありのままを出すだけでは勝ち抜くのは厳しい世の中だしな。そういう意味ではにこのこの指導もちょっとは役に立つかもしれない。しれないだけだが。
「あっ、そうそう。渡辺曜さん、あなたにこれを渡しておくわ」
「えっ、これって台本ですか?」
「にこが考えたんじゃないんだけどね。みんなのための台本を考えていたら、突然ことりがこれをあなたにってにこに手渡してきたのよ。ことりが言うには、あなたにはこのキャラが適正みたい」
「へぇ、ことりさんが……」
一瞬ことりがいないのにゾワッとした悪寒が背中に走ったのだが……まあ気のせいだよな??
~※~
にこの指導(笑)が終わり着替えを済ませ、練習場である屋上に向かっている最中だった。突然みんなの後ろを歩いている俺の腕が引かれる。振り向いてみると、そこにはそわそわとした様子で頬を赤らめている曜が立っていた。
「どうした? 行かないのか?」
「先生……あのぉ……」
「ん?」
「わ、渡辺曜です! スクールアイドルAqoursのメンバーとして活動する傍ら、先生のおトイレ担当をさせてもらっています!! いつも顧問としてお世話になっている先生を日々のストレスから解放するため、私の身体を欲望の捌け口としてもらえるよう頑張っています!! どうかこれからも――――あぁああああもうダメ!! 失礼します!!」
「な゛ぁ!?!?」
そして曜は顔を真っ赤にしたまま俺の横を通り抜けて走り去ってしまった。
大変なものを残していきやがったなぁあの淫乱鳥め……。淫乱キャラってのは流石に……いや、ありかも?
やっぱり私は淫乱キャラが大好きです。それが妹キャラだったらなおさら好きです()
さて前書きでも書いたのですが、今回で『新日常』のサンシャイン編が30話を突破しました。本来ならサンシャイン編は30話もかけずに終わらせる予定だったのですが、新章に入ってたくさんの読者に読んでもらえていることや、自分自身μ'sとAqoursの絡みを描くのが楽しすぎてまさかの長編となってしまいました(笑)
よろしければ感想などで、これまでのサンシャイン編30話の中で印象に残っている回、好きな回があれば教えてください!
新たに☆10評価をくださった
海未ちゃん激推しさん
ありがとうございます!