ラブライブ!~蓮ノ空との新たなる日常~   作:薮椿

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 今回は花丸回です! サブタイは今期のアニメから。
 そして"純粋"の本当の意味を知ることになるかも……?


純粋な文学彼女の育て方

 小学校でも中学校でも高校でも、それに大学でも3年間ないし4年間で行ったことのない場所が1つくらいはあるはずだ。関係者以外立ち入り禁止の場所は論外として、生徒が踏み入ることのできる場所なのに行ったことのない場所は、思い出してもらえれば誰しもが浮かんでくると思う。別にわざわざ学校の全てを訪れなければならないというミッションを課せられている訳ではないので、行く必要がないから行かない、大体がこの理由だろう。

 

 そんな俺も浦の星に来てもう2週間以上経っているが、未だに訪れていない教室なんてたくさんある。むしろ入ったことのない場所の方が多いんじゃないかってくらいだ。そもそも2週間という短い期間もそうだし、教育実習と言えども正式な教師じゃないのであまり学院内をウロウロとできないのも理由の1つである。

 

 そして、俺の目の前に佇む扉。学校にある特別教室を挙げろと言われたら、まず真っ先に挙がるであろう教室の前に俺は来ていた。よほどド田舎の学校でない限り、そしてよほど本に興味がない限り誰もが1度は訪れるだろう教室に――――

 

 

「そういや来たことなかったな、ここ」

 

 

 図書室。本に興味がなくとも、暇な時にふらっと立ち寄る人は多いのではないだろうか。そういう意味でも教育実習に来てから2週間以上も図書室前を素通りするだけで、中へ入ろうとも思わなかった俺が異常なのかも。さっきも言ったけど、特別用事がなければ来ることもない場所だしな。

 

 扉を開けて中へ入ると、鼻に図書室特有の本の香りが舞い込んできた。この香りが好きだって人もいるけど、中にはこの本の匂いに酔う人もいるらしい。背の高い本棚に敷き詰められた本を見て酔う人もいるので、人によっては近寄りがたい教室なのかもしれない。かく言う俺は主に薄い本で本の匂い(ほとんどは印刷の匂いだが)に慣れているので、今更こんな匂いごときでは寄ったりしない。それに長年秋葉のクスリで変な匂いをたくさん嗅がされているため、日常生活に漂う匂いにもはや何も感じなくなっているまである。

 

 

 図書室にあまり人はいない。放課後だからほとんどの生徒は部活をしているか帰宅しているかのどちらかで、テスト前でもないので勉強している子もいない。

 そんな閑静な図書室の奥へ行くと、俺の良く知った女の子が椅子に座って本を読んでいるところに出くわした。鮮やかな茶髪に小柄な身体。見るだけで思わず抱きしめたくなるようなその少女は――――

 

 

「よっ、花丸」

「あっ、先生。こんにちは♪」

「あ、あぁ……」

 

 

 唐突に明るい笑顔で挨拶され、相変わらず女の子の笑顔に激弱な俺は思いがけない精神的ダメージを負う。千歌以上に幼気を感じる花丸の笑顔は、まるで幼稚園児に無垢な笑顔を向けられている感覚と同じだ。見てるだけでほっこりするし、いつもは女の子を見ると抱いてしまう邪な気持ちも一滴残らず浄化される。Aqoursのメンバーが徐々に淫猥属性を会得している中、彼女こそが良心の1人なんだ。

 

 それにしても、彼女に明るい笑顔が似合うのは当然だが、こうして本を持って座っている姿もまた違った風情がある。緑が多い爽やかな自然の中にいる雰囲気で、そんな彼女と一緒にいると心が安らぐ。普段は活発だったり毒舌だったりとアグレッシブなところもある花丸だが、図書室で本を持っているだけでここまでムードが変わるものなんだな。図書室特有の本の香りや本棚の木の匂いも相まっているからだろう。こんなまったりとできる空間があるんだったら、教育実習のレポートを毎回ここで書けばよかったよ……。

 

 

「先生が図書室に来るなんて珍しいですね」

「特に用事はないんだけどな。そういやここに来たことないなぁと思って、暇だったから立ち寄っただけだよ」

「なるほど……。それでどうですか、浦の星の図書館は? 東京の学校に比べれば小ぢんまりとしていると思いますが……」

「確かにそうだけど、俺はここみたいな古臭い図書室も好きだよ。特に昔ながらを感じさせるこの香りがね」

「古臭いって、それ褒め言葉ですか……?」

「あぁ、悪意1つもない渾身の褒め言葉だから」

「だったら"年季が入った"とか、"古刹(こさつ)のような"とか、もっと前進思考を持って欲しいずら」

「それは申し訳なかったけど、難しい言葉知ってんだなお前……」

 

 

 流石文学少女と言うべきか、俺のマイナス思考の言葉を一瞬でプラス思考で同じ意味の言葉に変えやがった。いつもはのほほんとしていているイメージのある彼女だが、この頭の回転の早さを見るに学業の成績がいいのは納得できる。以前に彼女の苦手な数学をマンツーマンで教えたことがあったが、その時も俺の教えた知識をみるみる吸収していたので目で見て分かる賢さが伺えた。まあことりや花陽もぽわぽわしてるけど普通に賢いし、やはり人は見た目だけでは判別できねぇな。

 

 

「そういや邪魔しちゃって悪い。本読んでたんだろ?」

「そうですけど、先生とお話するのも大好きなので構いません」

「そっか。じゃあ隣に座ってもいいか?」

「はい、どうぞ!」

 

 

 すると花丸は立ち上がって、俺の座る椅子を丁寧に引いてくれた。こういった何気ない気遣いをされるだけでもドキッとしちゃうんだよなぁ俺。また話題に挙げるが、ことりや花陽も俺が部室に来たら頼んでもないのにお茶を入れたり肩を揉んでくれたりするから、おっとり系と一緒にいると落ち着くと言われる所以がよく分かる。性格に難のある奴もいるが、それを差し引いても献身的になってくれるのは嬉しいことだ。

 

 俺は花丸が快く引いてくれた椅子に座る。その時、彼女が読んでいた本の表紙に目が行った。

 

 

「それって小説か? どこかで見たことがある気がするんだけどなぁ……」

「最近ニュースでも話題になってる小説です。知りませんか?」

「あぁっ! 思い出した思い出した! 花丸は小説が好きなのか?」

「小説は好きですが、それ以外もたくさん読みますよ。文学だったりミステリーだったり、エッセイだったり評論だったり」

 

 

 俺は本を読むこと自体は嫌いではないが、数百ページもある本を何日もかけて読むという行為が途中で飽きてしまう人間だ。だから小説にしても何にしても、挫折してしまうのなら読まないと自分で決めてしまっている。だから読書好きでよくいる『1年で300冊は読んでいます』みたいな自慢話を聞くと素直に感心してしまうのだ。好きなことだからそれだけ集中できるってことなのかねぇ……。まあ俺も女の子と戯れることは1年中飽きないから同じことだろう。

 

 

「先生は本を読まないんですか?」

「えっ……? ま、まぁ読むっちゃ読むんだけど、見てるだけと言うか……」

「読むのではなくて見てるということは、速読とかするタイプですか?」

「う、うん……」

 

 

 唯一読むのが薄い本とかエロい漫画だとは言えねぇよなぁ……特に純粋無垢な花丸には。結局薄い本も漫画みたいなものだから、読むというより見ると言った方が自然だ。しかもエロ漫画なんて絵を見て愉しむものに加え、同じ本を何度も見返せば展開が分かりきって文字すら読まなくなるからな……。もう本を読むという行為を侮辱するかってくらい脳死しながら漫画を見ているのが俺である。

 

 そして、ここで俺は1つ思った。花丸は()()()()()本を読むことはないのだろうか? エロ漫画や同人誌ではなく、R指定シーンが含まれる小説をだ。純粋無垢な彼女にそんな背徳的妄想をするのがそもそも犯罪なのだが、さっきも言った通り人は見た目だけでは判別できない。だから裏ではしっぽりとヤっているむっつりスケベ説も考えられるのだ。こんな幼い顔をして実はこっそり自分磨きをしていると思うと……うん、余計に真実を追求したくなってきた。やはり純白な少女を汚してみたいこのサディスティックな気持ちは、いつになっても抑えられないようだ。

 

 流石にストレートに聞くのは純粋な少女に対する俺の良心が痛むので、さりげなく遠まわしに聞いてみることにしよう。

 

 

「なぁ、花丸」

「はい、なんでしょう?」

「お前ってその……他のジャンルは読まないのか?」

「他のジャンル……もしかして、エッチなモノですか?」

「そうそう、それそれ――――って、え゛っ!?!?」

「…………?」

 

 

 初っ端の質問だから、遠まわしにカーブを加えた変化球のつもりだった。だがまさか花丸の方からドストレートの直球をぶつけてくるとは思わず、こちらから困らせるつもりが逆に困惑させられてしまった。そんな俺とは対象的に、花丸はいつもながらのキョトンとした顔でこちらを見つめてくる。俺の構想では変化球の後のストレートで、コイツを羞恥に乱れた表情にするつもりだったのに……。つまりだ、花丸って案外こういうことに耐性がある子ってことかよ!!

 

 

「ど、どうして分かった……?」

「それはまあ、先生が考えそうなことですから」

「えぇ……。俺ってそんなに分かりやすいのか……」

「マルじゃなくても、Aqoursのみんななら全員すぐに分かると思うずら」

 

 

 そりゃそうだ。だってAqoursの中で一番純粋な花丸が悟ったんだ、他の奴らに分からないはずはないだろう。下手をしたら浦の星の女子生徒全員がそう答えられるかも……。

 

 

「まあ俺のことはいいや。話を戻すけど、そういった小説は読まないのか?」

「官能小説はあまり……。でも小説を読んでると稀にそんなシーンになったりもしますから、目に入っちゃうことはあります」

「へぇ~……。それで、そのシーンは読み飛ばすのか?」

「いえ。そんなシーンを含めても小説ですから、じっくりと情景を思い浮かべなら読みますよ」

 

 

 な、なんだコイツは!? ただただ純粋を極めているだけでなく、既に淫行シーンに対する耐性と精神が出来上がっているだと!? それかエロいことには一切の無関心なのか……。どちらにせよ、今まで俺が抱いていた彼女のイメージがいい意味で崩されった瞬間だった。逆に花丸は澄ました顔のままその表情が崩れることはない。こんなにロリ顔の少女なのに精神は屈強とか信じられるか……?

 

 

「あのさ花丸、そういうシーンを見て恥ずかしいとは思わないのか?」

「思いますよ、当然」

「えっ、一応ドキドキはしてんのね……」

「そうでなければ先生が犬になってマルの胸に飛び込んできた時、あんなに驚いたりしないずら」

「まあ確かに……」

「それに『先生=デリカシーのなさ』というのはマルの知識に辞書として埋め込まれていますから、先生がちょっとえっちな発言をしてももういちいち驚きません。でも犬事件の時みたいにあまりに突然だとビックリしちゃいますが……」

「教育されすぎだろお前……」

「授業でもそれ以外でも、全部先生のせいずら」

 

 

 以前に秋葉のクスリのせいで俺は犬となり、動物特有の発情期が加速して花丸やルビィを襲ったことがあった。確かに言われてみれば、その時の花丸はそこそこ驚いていた気がする。でも一緒にいた花陽や凛、ルビィに比べればそこまで取り乱すこともなく、平常運転だったと言っても相違ない。犬となった俺を嬉しそうに抱きしめていただけで、そのあとの騒動も一番冷静だったのはコイツだ。

 

 俺の妄想の花丸像はエロいシーンを見たら顔を赤らめて、日本語かも分からない可愛い呻き声で悶える姿だった。Aqoursの中でもウブな子筆頭みたいな雰囲気だったのに、まさかAqours最強の精神をお持ちになっていたとはな……。

 

 

「官能シーンを読んでも恥ずかしいと思わないくらい慣れているってことか」

「それは語弊があるずら。別に官能シーンに慣れているのではなく、そこまで興奮しないというか、もちろん思うところはあるんですけど……悶々とはしないということです」

「性欲真っ盛りな思春期の子が、濡れ場を想像しても真顔でいられるって相当だぞ」

「一応保険として言っておきますけど、恥ずかしくないことはないです。そうでも言っておかないと先生よからぬことを考えそうなので」

「そんなことは……ないだろ?」

「どうしてマルに聞き返したずら……?」

 

 

 今まで純粋と言えばエロいことに対してウブな反応を見せる子のことを指していたが、もしかしたらそれはただのむっつりスケベだったのかもしれない。本当の純粋な女の子というのは花丸のような子を指すのではないだろうか。性に対して無頓着で、さっきみたいにねちねち攻められても動じない精神こそ純粋な女の子と言えるのだろう。これは純粋の定義を今一度考え直さないといけないぞ。

 

 そして花丸によからぬことを考えているんじゃないかと疑われてしまったが、まさにドンピシャである。純粋の認識が改まった今、ここまで真っ白なキャンパスを掲げている女の子を見たら尚更彼女を穢したくなってきたんだ。キョトンとしながらもジト目でこちらを見つめる彼女を、羞恥に塗れた緩い表情に変貌させたい。そんなどうしようもない俺の性格が滾ってしまうのだ。

しかもここは物静かな図書室。校内のどこで女の子を襲いたいかランキングだったら上位クラスに入る場所。更に窓とカーテンの隙間から差し込む夕日。そんなエロゲを模倣したシーンに俺のようなオタク男子がテンション上がらない訳ないだろ!!

 

 

「なあ花丸、この図書室にそんな小説はないのか?」

「ここは学校の図書室ですよ? そんなモノある訳――――あっ」

「どうした?」

「もうここの本は結構読んだんですけど、確か奥の本棚にそんな雰囲気の本があったような……」

「なるほど……。それじゃあさ、その本のところに案内してくれよ。俺ってあまり本を読まないんだけど、濡れ場があるんだったら読んでみたいからさ」

「ふ~ん……。こっちです」

 

 

 一瞬考え込んでいたみたいだが、意外とあっさり案内してくれるようだ。おっとりしてそうでかなり鋭い感性を持つ彼女だから、俺の考えなんて全て読まれているのかと思っていた。下手に目力を持つ人間に睨まれるよりも、彼女にジト目で蔑まれる方が心臓に悪い。

 

 花丸はもうこの図書室の本の配置を覚えているのだろう、本棚に貼られたジャンル表を見ずに教室の奥へと歩いていく。俺は彼女の後ろを追いかけていくが、教室の奥に行けば行くほど外から照り指す夕日の量が減少していることに気が付いた。歩けば歩くほどどんどん暗くなる図書室にほぼ2人きりの状態。いかにも卑しいムードが満点で、あとはそれに伴う俺の行動でエロゲシーンが再現できる状態となっている。そんな雰囲気の中、目の前を無防備に歩く花丸の姿はまさにカモ。薄暗くなった図書室にJKが1人ノコノコやって来て、短いスカートをひらひら靡かせながら男の前を歩く。これをカモと言わずなんと言う。まあ、芸もなく後ろから襲うような能のない真似は絶対にしないが。

 

 

「あったここだ。多分この本棚のどこかにあるずら」

「そうか……」

 

 

 今は濡れ場満載の本よりも、お前にしか興味ないけどな!! と花丸に言ったら、間違いなくシラけて何も言わずこの場から去るだろう。思いつきとはいえ、立てた計略は結果を出すまで実行し続けるのが俺の信念。ここで逃がす訳にはいかない。

 

 ちなみに花丸が教えてくれた本は、本棚の最上部にあった。しかし彼女は同学年の女子と比べても背が極端に低いため、背伸びは愚か軽いジャンプでも本棚の最上部に手が届きそうにない。だからだろうか、花丸はこちらを振り向きあとは自分で本を取れと促してくる。状況的には本棚と俺の間に花丸がいるのだが、もしかして俺たちのこの配置……使えるかも?

 

 

「かなり上の方にあるんだな……。男の俺でも結構手を伸ばさないといけないし」

「せ、先生? ちょっと……」

「ん? どうした?」

「い、いえなんでも……」

 

 

 俺が本棚の上部に手を伸ばせば、俺と本棚に挟まれている花丸は当然サンドイッチされる状態となる。もちろん偶然ではなく、これこそが俺の狙いだ。濡れ場シーンを見てもあまり動じない彼女だけど、それはあくまで小説内での濡れ場だけだ。本当に純粋なんだったら、こうしてカッコいい男に近付かれただけでも赤面するに違いない。俺はそんな彼女の、真の意味でのウブさを見てみたいのだ。いきなりセクハラ入るのは愚の骨頂、生粋の純粋な少女相手ならまずは付き合いたての恋人のような行動を取ってみるのが一番だろう。エロいことをするのなら、じっくりと彼女を育ててからヤるのもまた一興だ。もちろん卑しい行為は大好物の俺だが、こういった愉しみ方もあるのだよ。

 

 俺が本を取ろうと身体を本棚に近づけて行くたびに、必然的に花丸は正面から俺に密着する形となる。彼女の身体が小さいゆえに、そこまで体格のいい俺でなくともあっさりと包み込むことができた。そのせいで花丸の表情は見られないが、果たして俺の陽動作戦は上手くいっているのだろうか。それともただ鬱陶しいと思っているのだろうか……。もしそうだとしたら、今日の夜は枕を涙で濡らしに濡らそう。嫌われたくなかったらやるなって話だけど、俺は好奇心を抑えられない童心なんでね。

 

 

 結局どの本を取っていいのか分からなかったので、適当な本を持って本棚から離れた。一歩、二歩と後ろに下がると、俺の身体にすっぽりと隠れていた花丸の姿が徐々に現れる。花丸は少し俯き、前髪で顔が隠れていてイマイチ表情が読めない。天使以上の温厚さを持つ彼女が怒ったりはしないだろうが、ここまで無反応だとそれはそれで怖くはある。かといってこちらから話しかけると彼女の自然な反応を見られなくなる可能性があるし……。

 

 

「先生……」

「な、なんだ……?」

「お目当ての本、見つかりましたか?」

「えっ、あぁ、うん……」

 

 

 まさかのスルー!?!? せっかく放課後の夕焼け図書室というエロゲー御用達のシチュエーションを味方に付けたっていうのに、これでも何も感じないっていうのかよコイツは!? 濡れ場シーンどころか思春期JKがドキドキするような状況なのに、反応するどころかスルーなんてむしろこっちが困惑しちまうよ!!

 

 

「それならよかったです」

「あ、あぁ。ありがとな」

「はい。それではマル、自主連に行くので今日はここで」

「そっか……また明日」

 

 

 結局のところ、花丸からのアクションは全くなかった。恋愛方面にしろエロ方面にしろ、彼女はその手の方向には鈍感なのかもしれない。ていうかそう考えなければ、この空回りが虚しく思えてしまうから……。

 

 

 本当の意味で純粋な子は、もしかしたら俺が一番手を出しにくい天敵かもしれない――――と、そう考えていた時だった。図書室を去ろうと俺に背を向けて歩いていた花丸が、突然こちらに振り返って小走りで戻ってきたのだ。相変わらず俯いたままで、何を考えているのかすらも分からない。そんな困惑に困惑を重ねる俺など知らず、花丸は目の前で立ち止まると、小さく腕を広げて――――

 

 

「えっ……」

 

 

 まず感じたのは謎の安心感だ。

 気付けば、小さな身体に抱きしめられていた。決して力強くはない、だけど花丸の意思が強く感じられるほどの暖かい抱擁だ。彼女の体型的に腰に腕を回され胸に顔を預けられている、ただそれだけだが、まるで全身が包み込まれるような感覚なのも彼女の優しい性格のおかげなのだろうか。ふんわりと抱きしめられる包容力によって、さっきまで積み重ねられていた困惑は全て吹き飛んでしまった。まさか年下の女の子にここまで安心させられるとは……。でもどうして彼女はいきなりこんなことを……?

 

 

「そ、それではこれで!!」

「お、おいっ!!」

 

 

 そして俺の身体から離れた花丸は、今度こそ振り返らず図書室なのに走ってこの場を去っていった。ここへ来てからというもの彼女の取り乱した様子は見られなかったが、この瞬間初めてその様子を捉えることができた。走り去る時の彼女の横顔が、完全に真っ赤だったからだ。やっぱり乙女な表情もできるじゃんと安心したのと同時に、1つの仮説が頭を過ぎった。

 

 もしかすると、さっきまでずっと照れ隠しだった……とか?

 その事実を決定付ける証拠はないのであくまで想像だが、本当に純粋なのかなアイツ……。

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

 その頃、花丸は図書室から離れた廊下で1人、息を切らしながら佇んでいた。

 心臓が激しく鼓動し、全身も熱が帯びている。いくら小説で濡れ場シーンを見ても感じることのなかったとある感情が、今まさに身体に体現化されていた。花丸は廊下の柱に寄りかかりながら、さっき起こった先生との出来事を思い出す。

 

 

「先生気付いてたのかな……先生が、先生が本を取ろうとして身体を伸ばした時、マルの胸が……当たってたこと」

 

 

 実は零が本棚から本を取り出そうとした時、彼の想像以上に身体が彼女の身体に密着していたのだ。彼自身は花丸の純粋度を確かめるために必死だったので、まさか彼女の豊満な胸が擦り付けられているとは思ってもいなかっただろう。しかし当たっていたと言っても軽く触れていた程度だったのだが、()()な花丸にとっては息切れするほどに衝撃的なことだった。

 

 

「恥ずかしさを知らないって……。知らなかったら初対面で押し倒された時、あんなに気持ちよくならなかったずら……」

 

 

 花丸は思い出す、先生と出会ったあの時のことを。善子のマントで足を滑らせた零が、自分と善子、ルビィ3人をまとめて廊下に押し倒したあの時を。胸に顔を埋められ、危うく出会い頭で顔ズリされそうになったことを。

 

 そして、彼のその行動に不覚にも少し興奮してしまったことも。

 

 今まで小説の中でしか読んだことのないシチュエーションを実際に体験して、ここまで気持ちが高ぶるとは花丸自身も思っていなかったのだ。

 

 

「こんなにドキドキするって、もしかして……」

 

 

 花丸は体勢を立て直すと、微妙にふらつきながらも教室へと戻る。

 未だに仮説を立てて悩む零とは違って、心の中に確固たる想いを秘めながら――――

 




 零君も言っていましたが、今まで"純粋"という言葉はエッチなことに対してウブな反応を見せる女の子に向けて使っていました。しかしよく考えてみれば、それはただのむっつりスケベでは……と思ったのが、今回の花丸回を執筆しようと思ったきっかけでもあります。
そのせいで曜や果南のような際どい描写はありませんでしたが、個人回がいつもあんな描写ばかりだとワンパターンですし、花丸はエロに対してガチ無頓着だと思ったのでそれを証明してみました(笑)

 まあ私のさじ加減で、いくら純粋な子だろうがどうにもこうにもできる訳ですが(笑)


 次回はAqours全員集合のテコ入れ水着回です!



 暇だったので、『新日常』の劇場版嘘予告作りました()

詳細は活動報告にて
 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=147529&uid=81126

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