ラブライブ!~蓮ノ空との新たなる日常2~   作:薮椿

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 まさにAqoursにとっては恋と青春の回であり、久々にちょっぴり真面目なお話。

 いつもはギャグやらエロやら描写ばかりですが、薮椿はちゃんとシリアスな回も執筆できるんだぞというところを見せつけます!


恋と青春のビーチサイド(後編)

 水着姿のみんなが俺の顔を覗き込んでいた。そんな光景を見るためなら多額の金を出す奴もいるだろうが、俺の場合はタダで彼女たちに注目されることができる。そんな俺は幸せ者だなぁ――――

 

 

――――

 

 

――――

 

 

 と思えたらどれだけ楽だっただろう。体感的に命に別状がないことは分かるものの、さっきからどうも意識が遠くなったり元に戻ったりを繰り返している。こんな調子でなければこの状況に歓喜できたのだが、身体を動かせず声もあまり出せない軟弱体質では半目でぼぉ~っと彼女たちを見つめているのがやっとだ。5年前なら度重なる制裁や秋葉の発明品のとばっちりのおかげで望まない屈強な身体に仕上がっていたのに、今では女の子に投げられて海に落とされるだけでこうなっちまうとは。だからと言って制裁や発明品の被害を受けたいかと言われれば絶対にNOだが……。

 

 それにしても、コイツらさっきからどうして黙ってるんだ?? もしかして俺の死期を悟って黙祷を捧げているとかふざけたことしてるんじゃないだろうな……? 今の俺は意識を失っているように見えるが、君たちのことも見えてるし音も微かだけど聞こえてるからね!! そもそもライフセーバーの心得がある果南がいるんだから、俺の呼吸が余裕であることくらい分かるはずなのにこの静寂。更に妙な緊張感が流れるこの空気は、まるで嵐のまえの静けさのようだ。

 

 

 そしてその後もしばらく沈黙が続いていたが、張り詰めた空気を真っ先に破ったのは千歌だった。

 

 

「しょ、しょうがないなぁ~。ここはAqoursのリーダーとして、私が先生に人工呼吸を――――」

「待って千歌ちゃん。都合のいい時だけリーダー面は良くないなぁって思うんだけど」

「梨子ちゃん……? ちょっと顔が怖いんだけど!?」

「ん? 女の子に怖い顔とか言っちゃダメなやつだよねそれ……?」

「顔が笑ってるようで笑ってないし、何より圧力が……。どうしてそんなに顔を近付けてくるの!? 人工呼吸するべきはあっちだよ!!」

 

 

 いつもの梨子は千歌の氷山すらも溶かす熱気のようなテンションに振り回されているのが世の常だが、今日の彼女は一言で言うと……本当に怖い。どこで身に付けたのかも分からない純度100%の病み成分搭載で、黒い笑顔のまま千歌をニコニコと見つめている。普段の彼女はここまで感情を表に出すことはないから、誰にでもハッキリと分かる形で自分を見せつけるのは珍しかったりもする。

 

 

「まさか梨子、千歌っちに嫉妬してるの? Jealousy?」

「こうなった元凶の鞠莉さんは、大人しく一線を退いてくれませんか……? 私もできるだけ被害者を出したくはありませんので……」

「何をするつもりだったの!? いつも温厚な梨子が根っからの戦闘狂に……。まるでBerserkerね……」

「そもそも、どうして梨子さんはここまで怒っているずら?」

「花丸ちゃん。分からないのも相当だけど、今は黙っておいた方がいいよ。下手に口を出したら狙われるから」

「ルビィちゃん? どうしてマルの口を抑え――――むぐぐ……!!」

 

 

 梨子の狂人化にビビる鞠莉を他所に、持ち前の天然っぷりを発揮してルビィに軽く馬鹿にされながらツッコミを入れられてしまう花丸。いくら文学に長けているとは言っても、実世界でヤンデレ全開の女の子の心情を読み取ることは苦手、というか経験がないなのだろう。でなきゃ火に油を注ぐ、もといバーサーカーの血を滾らせるような真似は梨子の様子を見ていたら絶対にできないはずだ。天然は時に重火器をも超える火力を生み出すから、ここでルビィが静止していなければ次のターゲットは花丸だったかもしれない。ヤンデレvs天然なんて構図、マッチング名を見ただけで胃がキリキリと痛くなりそうだからやめてくれ……。

 

 

「でも梨子には悪いけど、ここは元凶である私こそが先生の人工呼吸をするべき役目だと思うの」

「そ、それだったら不意だったけど先生を投げ飛ばしちゃった私にも責任があるというか……そういうことです!!」

「曜ちゃん!? バーサーカー梨子ちゃんを見てもなお立ち向かうその勇気、流石飛び込み選手!!」

「花丸ちゃんとは違って、敵の強大さが分かっていながら戦いを挑むなんて……ルビィにはできないよ」

「マルとは違うってどういう――むぐぅ!!」

「はいはい花丸ちゃんはしばらく黙っててね」

 

 

 自らバーサーカーとの戦いを退いたルビィに対し、何故か俺との人工呼吸に執着する鞠莉と曜。確かに9人の中から戦犯を挙げろと言われればこの2人が妥当だが、わざわざ男の俺に人工呼吸をしてやるまでの義理はないはずだ。Aqours全員が俺と人工呼吸するのがイヤで仕方なく元凶がやるってのなら話は別だが、ここまでの流れを見る限りではそんな雰囲気は一切ない。むしろ一部のメンバーは進んで人工呼吸をしたがっているようだが……俺は男、君たちは女の子だぞ? いいのか本当に??

 

 

「そんなことで言い争っている暇があるなら、早く人工呼吸をしてあげて先生を助けてあげたらどうです?」

「じゃあダイヤは戦いに不参加ということで。なんの戦いとは言わないけど……」

「な゛っ!? 勝手に決めないでもらえますか!? わ、私だって……」

「じゃあダイヤがしてあげる? 先生との熱いBaiserを♪」

「は、はぁ!? 人工呼吸でしょう!? どうしてそ、そんな淫ら極まりない話になるのですか!? 果南さんも言ってあげてください!!」

「人工呼吸なら、ライフセーバーの資格がある私が一番適任だと思うんだけど」

「か、果南さん!? あなたまでこのような非道徳的行為を……!!」

「うそっ!? まさか果南すらも敵だっただなんて!?」

「敵というか、こういうのは適任者がやった方がいいんじゃないかって話。それにただの人工呼吸だよ、ただの……」

 

 

 正論過ぎて鞠莉とダイヤはぐぅの音も出ない状態に追い込まれつつある。それは千歌や曜にも同等のダメージを与えたようで、苦い顔をしながらも何とか反撃の手段を掴もうとしていた。

 

 それにしても、相変わらず果南は俺と触れ合うことになっても大した動揺を見せないのが流石の精神力と言ったところだ。だがそれも外見で判断しただけで、本心では物凄い羞恥心に襲われているのかもしれない。彼女のそんな性格は以前一緒に風呂に入った時に把握済みで、あの時から少しは前向きな性格になったと思う。その証拠に薄目だけど彼女の表情を見てみると、若干頬を赤く染めているのが分かる。かつての彼女ならそんな表情すらも見せなかったのに、微かであろうとも恥じる様子を見せ自ら人工呼吸をすると進言してきたのも心境の変化ゆえだろう。

 

 

 話がどんどん煮詰まる仲で、さっきまで小さくオドオドとしていた善子が口を挟む。

 

 

「そもそもの話、呼吸がしっかりしているんだったら人工呼吸する必要あるの? 私は早く小説執筆に戻りたいんだけど」

「必要があるかと言われたら、それは千歌のためにあるよ!!」

「はぁ? どうしてあなたのためなのよ? 万が一の事態を想定しているのなら、早くやってあげればいいじゃない」

「それはそうだけど……。って、善子ちゃんの顔赤くなってるよ?」

「し、仕方ないわねぇ~。みんながやってあげないのなら、私が先生に手っ取り早く人工呼吸してあげるわよ!」

「えっ!? なにナチュラルに抜け駆けしようとしてるの善子ちゃん!!」

「善子って言うな!!」

 

 

 ここへ来てまさか善子が参戦してくるとは思わなかったぞ……。しかしセリフを聞いてもらえれば分かる通り実に分かりやすいツンデレちゃんで、意識が遠のきそうになっている俺ですら彼女の気持ちが手に取るように分かる。ていうか意外と人工呼吸とかしちゃってもOKな子だったんだな。自分からはしたくないけどやってもらいたい欲のツンデレお嬢様とはまた違ったタイプのようだ。

 

 

「私が先生になんてそんな……。人工呼吸なんてしたら何をされ返すのか分かったものじゃないし……」

「そんなこと言っちゃって、最近先生の話題が日に日に増して多くなってきてるずら」

「う、うるさいわよズラ丸ごときが!! さっさと向こうでパン食べて寝てぶくぶく太ってなさい!!」

「どんなに食べても胸にしか栄養が行かないんだけど……」

「くっ……!! どうしてヨハネがこんな丸っこい人間ごときにぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

「今日の花丸ちゃん、無駄に一言多い気が……」

 

 

 どれだけ体裁を取り繕っても、日常に出る自分の素は変えられるものではない。その証拠に中二病を抜け出したいと思っている善子だが、口調からして痛々しいのはもはや当然のことようになっている。まあ最近は滅法減ってきたうえにスクールアイドルとしてリア充なJKのライフを謳歌しているが、今度は俺絡みで花丸にまで馬鹿にされる生活を送っているようだ。変にツンデレを見せるから弄られちゃうんだよ。

 

 ここで闇のオーラならぬ病みのオーラをグツグツと煮固めている人物が1人。俺への人工呼吸進言者が増えれば増えるほど、梨子のツリがちな目が鈍く光り、その鋭い目で人を刺し殺すことも厭わない。もう友達や仲間を見つめる目ではなくなっていた。

 

 

「さっきから聞いていれば耳障りね。特に鞠莉さん、どさくさに紛れて先生に顔を近付けるのはやめてください」

「よ、よく気付いたわね梨子……」

「そんなものすぐに分かりますよ。先生の周りをちょろちょろするネズミさんは……ね? 曜ちゃん?」

「う゛っ!?」

「私が鞠莉さんに気を取られている間に、こっそり先生に近付こうとしていたみたいだけど無駄だから。ハエと同じ、存在自体はちっぽけだけど、鬱陶しく飛び回ったら目障りだもの」

「もういつもの梨子ちゃんじゃないよ……。普段はこんなに悪口を言わないもん」

「え? 私は言われてるんだけど? 昨日なんて『千歌ちゃんって世界の誰よりも怠け者じゃない? 動物園でナマケモノの代わりに千歌ちゃんが展示されていても驚かないわよ誰も』とか悪態ついてきたんだから」

「それは千歌ちゃんが全然歌詞を考えないからでしょ。しかも梨子ちゃんだけじゃなくて、ここのみんながそう思ってるから」

「ガーーーーーーン!! それはないよ曜ちゃん!?」

 

 

 幼馴染と親友の扱いが段々悪化してきて、とうとう千歌を擁護する声が一切なくなってしまった。そもそも梨子ってそこまで毒舌キャラじゃないのだが、千歌の前では結構厳しくしてんのね。そりゃあ催促しているのに歌詞が上がらず、挙句の果てにみんなを巻き込んで合宿までする始末だから毒を吐きたくなる気持ちは分からなくもない。それでも幼馴染の曜まで千歌をぞんざいな扱いをするとは思っていなかったが。まあ幼馴染だからこそ千歌の怠け癖を一番良く知っているので、実は誰よりも苦労しているのかもしれない。

 

 つうか思ったんだけど、人工呼吸をするならするで早くやってもらえませんかねぇ。こんな争いが勃発している間に呼吸がしっかりと整ってきて、意識が遠のいたり戻ったりする現象もかなり抑え目になってきた。だから人工呼吸がいらないと言えばそうですとしか言い様がないが、せっかくなら誰が俺の人工呼吸をやってくれるのかを知りたくはある。つまり命が尽きそうだからやってもらいたいのではなく、もう待ちすぎて待ちくたびれたからやって欲しいだけだ。

 

 するとそんな俺の願いが届いたのか、果南が荒れに荒れているこの場を一旦仕切り直すように手を叩いた。

 

 

「いつまでも言い争っていても仕方ないし、ここは公平にじゃんけんにしない?」

「不本意ですがそれが無難なのかもしれませんね。最初から人命救助に興味がないダイヤさんと善子ちゃんは別として……」

「なんか含みのある言い方でムカつくわね……。元々あなたたち人命救助が目的じゃないでしょ」

「例え梨子さんでも、もう挑発に乗って取り乱すはしたない真似はしませんから。冷静に自分の右手に魂を込めましょう」

 

 

 人工呼吸がしたいのに人命救助が目的じゃないって、それもう欲望しか残ってねぇじゃん。しかも仮にも頭から海へドボンして一瞬でも三途の川を渡りかけた男が目の前にいるってのに、呑気に人工呼吸じゃんけんなんてやってられるなコイツら。実際にはもう呼吸も意識もしっかりしているのでどれだけ引き伸ばしてもらってもいいが、もう誰が誰を蹴落とすかに集中してみんな俺のこと忘れているのではないかと心配になってくる。

 

 

「あれ? もしかしかしなくても、マルたちハブられてる……?」

「みんなの圧に押されてルビィたち輪の外に出ちゃってるから、仕方ないんじゃないかな……」

「ルビィちゃんは先生への唇チャリティに参加しなくてよかったずら?」

「それ代わる代わるみんなが人工呼吸するってことだよね? ルビィの唇はそこまで安くないと言うと申し訳ないけど、流石に先生でもそんなに簡単にはあげられないよぉ……」

 

 

「「「「「「「…………」」」」」」」

 

 

「あ、あれ? 皆さん黙っちゃってどうしたんですか!?」

 

 

 さっきまでいないものと扱われていた花丸とルビィに、他の7人の目線が一斉に集まる。2人はまた余計なことを言ってしまったのかと背筋が震えそうになっていたが、みんなから向けられたのは突き刺すような冷徹な目線ではなく、目を見開いて意外そうにしている目線だった。

 

 

「そうだよ! よく考えてみれば千歌たちみんなで先生を助けてあげればいいじゃん!! これなら曜ちゃんたちも争わなくて済むよね?」

「別に私は争ってるつもりはなかったんだけど、言われてみれば確かにそっちの方が大団円になれるかも。梨子ちゃんもそれでいいよね?」

「わ、私は先生に人工呼吸したいとかそういうのじゃないのよ。ただするからには適任を選んだ方がいいかなぁと思って」

「だったらライフセーバー持っている私がそうだったと思うんだけど……」

「免許とか公的な理由ではありません。ハートですよハート」

「どんな理由にせよ、みんなで先生を共有できるようになったんだから、啀み合う必要はNothingでしょ?」

 

 

 えっ、もしかして全員からやられちゃう感じ?? そんな9連発で人工呼吸とかされたら逆に窒息してしまいそうなんだが。それに人工呼吸をすることに関しては決定事項みたいだが、そもそも俺と唇と共にしてコイツらは平気なのか? 以前幽霊騒動があった時は誰か1人と俺がマジの性行為をしなければならない事態に陥ったが、それと比べれば人工呼吸くらいはただのMouth-to-Mouthだから許容はできるらしい。

 

 だがいざ人工呼吸をする流れになってみると、周りから煽られる勢いだけで唇同士を触れ合わせるのはどうかと若干疑問が湧き始めた。さっきは俺もウェルカムな気持ちだったが、冷静に考えてみればそうだよ。このままじゃ本当にやっちゃうんじゃね……?

 

 

「それじゃあ最初は梨子ちゃんね!」

「押さないでよ千歌ちゃん! そしてどうして私から!?」

「へ? だって怖い顔でみんなの邪魔してたから、人工呼吸に自信満々なのかなぁと思って」

「あ、いや、それはぁ……」

「どうしたの? もっと先生の顔に近付かないと!」

「あ゛っ……あ゛ぁ!!」

「あれ、梨子ちゃんもしかして……」

 

 

 近い近い近い!! 千歌が梨子の顔を無理矢理こちらに近付けるものだから、下手したら何かの間違いで唇と唇が触れ合ってしまうかってくらい顔が近い。しかも梨子も梨子で俺の唇を見ながら顔をトマトのように真っ赤に染め上げ、謎の低音ボイスで呻き声を上げる。先程のバーサーカーな雰囲気とは全くの逆、いざ人工呼吸をするとなるとまるで純粋な女の子のような反応を見せていた。

 

 

「ち、千歌ちゃん!! そんなに頭を抑えないで!! 先生が近いから!!」

「なぁ~んだ、梨子ちゃんとんだピエロだったんだね♪」

「だって誰かが先生に人工呼吸するところを見ていられないし、でも自分からは恥ずかしくてできないし……」

「だからあんなに様子がおかしかったんだね。雰囲気は怖かったけど、案外乙女ですなぁ梨子ちゃんは♪」

「変なテンションになっていたのは謝るから、とりあえず頭離して!!」

 

 

 ここへ来て千歌の意地悪癖の本領が発揮され始めた。立場は最初とは完全に真逆で、今にも俺の唇と衝突しそうになり慌てる梨子に対して、思いのほかウブな心を持っていた彼女を()()()()で追い詰める千歌。結局いつもの力関係に戻ってしまい、またこのことでこれから梨子が弄られると思うと……南無阿弥陀仏。

 

 それよりも、さっきから梨子の唇が近いことに俺もドキドキが止まらないのだがどうしたらいい?? 恐らくみんなは俺の意識が元に戻ってないと思って人工呼吸をしようとしているのだろうが、実のところはお分かりの通り、周りの状況を冷静に解説できるくらいには意識が戻っている。これバレたらどうなるんだろ……。

 

 

「梨子ちゃん、あまり騒ぐと先生の目が覚めちゃうよ」

「曜ちゃんは先生を起こしたいの!? それともただキスがしたいの!?」

「き、キス!? キスってそんな私は……」

「キス、接吻……そ、そんなもの破廉恥極まりないですわ!! これはただの人工呼吸でしょう!?」

「そ、そうよ人工呼吸。ヨハネがリトルデーモンに命を吹き込む行為と同じ、つまり黒魔術の一貫なのよ」

「人工呼吸は医療行為だから、唇と唇が触れ合うだけで変な気持ちになんてならないはず。いやなってはならないとライフセーバーの心得にもあったはず……」

「もうみんな下心丸出しずら」

「は、花丸ちゃん!!」

 

 

 みんなそこまでして俺とキス――じゃなかった、人工呼吸をしたいのか。彼女たちが本気なのかはさっきから見せる慌てっぷりで察することはできるが、やはり唇同士となれば人工呼吸で人命救助するのとは全くの別の問題だ。今までなし崩し的にこの展開に付き合ってはみたものの、果たして本当にこのままみんなの人工呼吸を受け入れてしまっていいのだろうか? 教師と生徒という関係性以前に、男と女の関係としてコイツらは俺のことをどう思っているんだろう。唇を許す時点で受け入れ態勢万全なのか、それとも周りの勢いに同調して半ば闇雲にこの人工呼吸イベントに参加しているのか……。もし後者に該当する子がいるならば、俺はここで早急に目を覚まさなければならない。流石に勢いだけの子と人工呼吸とはいえ唇を重ね合わせることなんてできないからな。

 

 そうだ、ここだ。俺はいつもここまで考えて、後は流れのままに行動してしまう。女の子の気持ちを深くまで汲み取らないせいで、穂乃果たち9人やシスターズとの恋愛沙汰で何度後悔したことか。だから今回は失敗しない。思春期の心は起伏が激しく全員に苦痛を感じさせないのは困難だけど、俺の言動1つで少しでも救ってやれるのなら己の気概を奮い立たせるしかない。そして既に曜や果南、花丸が先日から積極的に動き始めているため、もう立ち止まっている時間もない。

 

 俺はこれまでの人生の中で、自分自身のことについて分かったことがある。それは女の子の好意に対して受身だと、ほぼ確実に受け流してしまうことだ。自分はたくさんの女の子に好かれているという満足感に浸って、女の子側の気持ちを見通そうとはしない。だからこそこのタイミングでこうして相手の気持ちをあれこれと考えられるようになったのは、4、5年前と比べれば大きな進歩かもしれない。穂乃果たち9人の時は向けられる好意を流したうえで満足感に浸り、シスターズの時は逆に恋愛沙汰に敏感になりすぎて相手の心に踏み込めずにいた。しかし、今はそれが自覚できているんだ。だから動ける時に動くしかない。さっきも言ったけど、もう向こうから動き始めているんだから。

 

 

「私は先生とKissしちゃってもいいけどなぁ~」

「鞠莉さん!? だからといって勝手に先生に顔を近付けないでください!!」

「むぅ~それだったら私も!!」

「千歌ちゃんも早まったらダメだって!!」

「いや、私はいつも本気――――」

 

 

「そうだ、後悔することになるぞ」

 

 

「「「「「「「「「えっ!?!?」」」」」」」」」

 

 

 千歌たち9人は目の間の死人が突然喋ったかのような驚きっぷりで、一斉に俺の顔を見つめた。瞼を何度も開閉し、本当に俺が生き返ったのかと再三に渡り確認している。やっぱりコイツら、俺が気絶してるものとばかり思ってやがったな。

 

 

「せ、先生……もしかして、起きてたんですか?」

「悪いな。騙すつもりはなかったんだけど、お前らが面白いことをやり出すから意識飛んでたフリをして様子を見てたんだ」

「じゃ、じゃあ私たちの会話も全部?」

「あぁ。みんなが必死にキス――じゃなかった、人工呼吸をしたがる姿も、全部脳内メモリーに保存済みだから」

「あ゛ぁ……あぁああああああああ!!」

「梨子……?」

「わ、私は下心なんて一切ありませんわ!! だから勘違いをなさらぬよう!!」

「分かってるよダイヤ。分かってるから」

 

 

 梨子とダイヤは今までの言動が全て俺に見られていたと知り、いつにも増してブッ壊れ具合が半端ではない。声には現れていないが他のみんなも同じで、千歌も曜も果南も、善子も鞠莉も少なからず顔を赤くして気が気ではない様子である。唯一まともなのは、最初から戦争に参加していなかった花丸とルビィだけだ。

 

 

「分かってるけど、勢いだけで人工呼吸するのはやめておけ。お前らが後悔することになるから」

「で、でも私は本気で!! 先生がここにいられるのもあと一週間くらいだし」

「千歌、急ぐのと慌てるのは違う。あと短い付き合いだからこそ落ち着いて自分と向き合うんだ。まあそれは俺にも言えることだけどな」

「俺にも……?」

「そういうこった。もちろん千歌だけじゃなくてみんなもな」

「先生……」

「みんなの気持ち、とっても嬉しいから。だから、絶対に何らかの形で答えは出すよ」

 

 

 9人は何も言わずに俺を見つめ続ける。みんなが今どんなことを考えているのかは知らない。だがこうして多少なりとも俺からの気持ちを伝えたことで、『神崎零先生に、しっかりと自分の気持ちが伝わっているんだ』とみんなを安心させることができるのならそれでいい。どんなことであれ、苦い顔で悩んでいる女の子なんて見たくないもんな。これも女の子の笑顔好きな俺のワガママかもしれないけど、間違いではないと思う自信は恐らく過去の経験から来ているのだろう。まあ自信がなかったらあんなクサいセリフを言える訳がない。

 

 千歌たちが俺の言葉をどう捉えたかは結局最後まで分からなかったが、強ばっていた表情の子も固くなっていた表情の子も、みんなの顔に微笑みが戻ったので多分効果はあったと思う。あとは自身の行動にもかかってくるので、俺も現状で満足していてはいけない。これから向こうからもっと積極的に動いてくるのなら、こっちもどっしり構えつつも動き出すくらいの勢いを見せてやらないと。

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

 その深夜、合宿でAqoursが泊まっている『十千万(とちまん)』での出来事だった。

 あの後Aqoursのみんなと遊び回ったせいで疲労困憊していた俺は、布団の中でぐっすりと眠っていた。しかしそれも、何故か身体に掛かる体重に気付くまでは――――――

 

 

「身体が重い……。金縛りか何かか……?」

 

 

 だが感じるのは身の拘束だけではなく、四方八方からやたら人肌のような暖かさも伝わってくる。明らかに布団ではない何かが俺の身体の上に、左右に、下に……。

 

 俺は掛け布団を掴むと、その手を勢い良く振り上げる。すると俺の身体には、そこそこの数の女の子たちが取り付いていた。こう言ってしまうと虫みたいで申し訳ないが、冗談抜きで一瞬その類にしか見えなかったぞ。上に千歌、左には曜、右には鞠莉、腹部から脚辺りには果南や花丸、善子や梨子――――これどうなってんだ!?!?

 

 そして混乱に混乱を重ねる中、突然俺の部屋の扉が開け放たれ、ダイヤが怒り心頭で乗り込んできた。その後ろには、この状況を見て顔を赤くし口に手を添えているルビィもいる。

 

 

「皆さん一体何をやっているのですか!! ここは男性のお部屋ですわよ!!」

「う~ん……」

「そうだぞお前ら。急に布団に潜り込んでくるなんてどうした!? ていうか鍵は!?」

「う~ん……ここウチの旅館ですよぉ……」

「あっ、そうだった」

 

 

 眠気MAXのまま起きた千歌を皮切りに、他のメンバーも欠伸をしながら眠気に捕われつつも目覚める。まるで自分たちが最初からこの部屋にいたかのように、特に弁解しようともしない。

 

 

「鍵はいいとして、どうしてここにいるんだお前ら?」

「だって先生が言ったんじゃないですかぁ、千歌たちに落ち着いて考えろって。ね、曜ちゃん?」

「うん、だから私たち考えたんです。今日はみんなで先生と一緒に寝ようって」

「あ、あれ……?」

「わ、私は反対したんですよ。でもみんなが行くから仕方なく……」

「私だって堕天使として、人間の睡眠時の生態を詳しく観察するために……」

「私たちは最初からノリ気だったけどね! そうでしょ果南?」

「ま、まあ鞠莉に釣られたけど私の意志でもあるから、否定はできないかな……。ダイヤに言うと絶対に止められただろうし」

「だから私には内緒でこんなプランを決行したと……」

 

 

 あ、あれぇ?? みんな俺の言ったことをそういう風に解釈してたの!? いや別にこれがコイツらがしっかり考えたことならいいんだけどさぁ、まさか一斉に添い寝されるなんて流石の俺でもビックリするわ。一度にこんなにたくさんの女の子に絡まれるなんて、μ'sでも中々ないぞこんな光景。しかし彼女たちとまた違った好意の示し方をしてくれるのは嬉しいし楽しくもある。一応俺の言いたいことは、ちょっと曲解されている気もするが大筋は伝わっているようで何よりだ。Aqoursとの関係も大きく前進したし、みんなも不満を抱えているような様子もないので安心かな。

 

 

 あっ、でもそろそろダイヤの火山が噴火しそうだ……。

 

 

「とにかく皆さん部屋に戻りなさい!! 男性と女性が一つの部屋なんて、間違いが起こってからは遅いのです!!」

「えぇ~~!!」

「文句を言わない。結局今日は遊んでばかりで歌詞作りが全然進まなかったのですから、明日は早起きしてみっちりやりますよ。だから部屋に戻って早く寝なさい」

「あっ、あのぉ……」

「どうしましたルビィ?」

「花丸ちゃんが……」

「ん?」

 

 

「のっぽパン……全然足りないずらぁ……むにゃむにゃ」

 

 

 ただでさえ無頓着なのに、図太いなコイツ……。

 ていうかコイツこそどうやって俺の布団に潜り込んできたんだ……??

 




 やはりこのような真面目な回を執筆すると、女の子側の心理描写も同時に書きたくなっちゃいます。しかし同じ話を何度も見ていると読者さんが飽きると思うので、断腸の思いでいつも零君視点だけに……。
しかし女の子側の描写の名残としては、最後の添い寝のシーンは彼女たちの今の想いを体現的に描いたつもりです。そもそも深夜のシーンは当初なかったのですが、千歌たちの想いを描きたいと思いつきでどんどん執筆していたら過去に類を見ないくらいの文章ボリュームになっていました(笑) まあ読む側としては1話が長い方がいいと思うので、むしろもっと長くしろと言われるかもしれません(笑)



 次回は中二病が全開じゃない善子回です!

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