ラブライブ!~蓮ノ空との新たなる日常~   作:薮椿

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【今回の見所】
 千歌の悪知恵(悪あがき)がエスカレートして、どんどん沼にハマっていく様


罪という名の着せ替え大会(後編)

 

「梨子ちゃん、1ついい考えがあるんだけど……」

「2人で責任を半分ずつはなしだからね」

「ぶぅ~!! 急に冷たくなったよね」

「あらぬ罪を私に全て擦り付けようとしてきたのはどこの誰だっけぇえええええ!?」

「痛い痛い痛い!! 謝るからチョークスリーパーだけはやめてぇえええええええええええ!!」

「少しは千歌ちゃんの罪が軽くなるように頭を捻ろうかと思ってあげたのに!」

「ほ、ホント!? 梨子ちゃん大天使様、ありがとぉおおおおおおいててててててててててて!! 痛いよ梨子ちゃん!!」

 

 

 どこでプロレス技を身に付けたのか、梨子は千歌の首を腕でホールドして締め上げる。それもそのはず、千歌が自分に罪を被せてきたせいで精神的にも身体的にも追い込まれていたのだから。

 だが梨子としても、このまま千歌がみすみす怒られている姿を見るのは耐えられない。そんなお人好しの彼女は、少しでも千歌の罪が軽くなるよう協力しようと思っていたのだが……。このままでは零が来るのも時間の問題で願いは叶いそうもない。

 

 とりあえず首を絞めていた腕を離してあげると、千歌は机に手を付きながら絶え絶えに荒い息を吐いた。

 

 

「それで? いい考えってなんなの?」

「はぁ、はぁ……この椅子なんだけど、元々肘掛がない椅子ってことにならないかなぁって」

「いやいや、片方だけ肘掛がないのはおかしいでしょ……」

「だよねぇ……」

 

 

 こじつけでもいいから何か策を口に出して言わないと、千歌は居ても立ってもいられない状況になっている。もうAqoursのメンバーにもバレてしまったのでここまで来たら素直に謝るしかないのだが、彼女はまだ悪あがきを続けるつもりだ。自分でもそのことは分かっているはずなのに、一度逃げ道に入り込んでしまうと中々後戻りができないのは人間の性である。

 

 すると、またしても千歌を脅かす出来事が襲来しようとしていた。部室の外から聞きなれたロリ声が聞こえてきたのだ。

 

 

『あのぉ、誰かいませんか? 部室のドア、鍵が掛かっているんですけど……』

「ル、ルビィちゃんだ!? どうしよう……」

「どうしようって言ったって、黙ってたら怪しまれるから開けるしかないんじゃない?」

「うぅ……もう仕方ないなぁルビィちゃんは!!」

「どうしてそんなに上から目線なの……」

 

 

 千歌はどの面を下げてか、文句を垂れながら渋々部室のドアの鍵を開けようとする。

 だがここでとある事実に気付いた。自分の右手に、椅子の肘掛が握られているのだ。このままでは片側だけ肘掛がない椅子をルビィに見られ、怪しまれることは想定の内。梨子にバレた時点でもかなりの失態なのに、このまま別のメンバーにまでバレてしまうのは己の罪を軽くする上で好ましいことではない。何としてでも椅子破壊事件を外部に知られてはならないが、自分たちが部室にいるとルビィに悟られている以上このまま鍵を開けないのは不自然極まりない。

 

 すると千歌は咄嗟に持っていた肘掛を梨子に放り投げる。その意図を汲み取れない梨子だったが、落とす訳にもいかないので両手で投げられた肘掛をキャッチした。

 

 

「ちょっと千歌ちゃん!? これどういうこと!?」

「ルビィちゃんが入ってくる前に、早くその肘掛直しておいて!!」

「直すって、私にそんな建築能力ないよ!?」

「ただ立て掛けておけばいいんだけど……。ダメだ、このままじゃルビィちゃんに怪しまれる!!」

 

 

 ガヤガヤと騒いでいるせいで、部室の外にいるルビィにも千歌と梨子の存在がバレている状態だろう。だからこそこのまま彼女を待たせると確実に怪しまれるのは目に見えていた。

 

 もう頭の中がパニックになっている千歌は急いで椅子へ近付くと、まだ健在な左の肘掛を力強く握る。そして木製の鈍い音と共に、その肘掛を思いっきり外した。それによってお高い肘掛が付いていた豪華な椅子が華奢となり、見るも耐えない貧相な姿に様変わりしてしまった。

 

 

「え゛っ……ち、千歌ちゃん!? なんでもう片方も壊しちゃったの!?」

「片方だけ肘掛がある椅子はおかしいって梨子ちゃんが言ったんでしょ!? ほら、こうすれば最初から肘掛がなかったかのように見えるし……」

「確かにこっちの方が無理はないけど、流石に高い椅子に肘掛がないっていうのは変かも」

「とにかくルビィちゃんを中に入れないと。梨子ちゃんもしっかり誤魔化してね! ね!?」

「えぇ……」

 

 

 もはや勢いだけで行動している千歌に対し、梨子は怪訝な表情で彼女の動向を伺う。千歌は外れた2つの肘掛を近くのダンボールに隠すと、遂に部室のドアの鍵を外してルビィを中へ招き入れた。

 

 ルビィは中の様子を伺うように部室に入ると、何故か汗だくの千歌と苦い顔をしている梨子の顔を交互に見つめる。

 

 

「えぇと、どうしてすぐに開けてくれなかったんですか……? それに何だか騒がしかった気もしますけど……」

「そ、それは梨子ちゃんが変顔で私を笑わせてくるから!!」

「はぁあああああ!?」

「梨子ちゃん!!」

「ぐっ……ま、まあそんな感じだから気にしないでいいよ」

 

 

 未だ頭に"?"マークを浮かべるルビィを他所に、千歌の言い訳に憤りしか感じず彼女を睨みつける梨子。部室は静まり返っているが、3人の心はそれぞれ困惑と焦燥、憤怒に分かれ雰囲気を混沌に染めている。

 

 そして梨子は怒りに満ちた鋭い目線で千歌とアイコンタクトを取った。

 

 

(千歌ちゃぁあああああああああああん!! どうしてあんな嘘付くの!? もっとマシな言い訳あったよね!?)

(ゴメンゴメン! 咄嗟に思いついたのが梨子ちゃんの変顔だったから♪)

(どうしてそんなものが頭に浮かんでくるのよ……)

(えっ、知らない? 梨子ちゃんって意外と変顔してるんだよ?)

(ウソだよ!! 嘘……だよね?)

(それは放送された録画を見てみれば分かることだよ)

(何の話!?)

 

 

 世界観がブレそうな話題はさて置き、本題は壊してしまった椅子の誤魔化し方だ。幸いにもルビィは部室の入口付近にいるため、机が邪魔をして椅子の存在には気付いていない。それを悟った千歌は彼女がそっぽを向いた瞬間を見計らい、2つの肘掛をダンボールから取り出し椅子に立て掛けた。この間、たった数秒。もう何度も同じ行為をしているからか無駄にバランス感覚が優れ、この一瞬の間でも椅子をまた見た目だけの豪華椅子に様変わりさせることに成功した。

 

 しかし、千歌の怪しい動きにルビィが遅れて反応する。

 

 

「千歌さん? 何をやっているんですか?」

「ふぇっ!? ちょ、ちょっと椅子のお手入れを……」

「あっ、それもしかして先生が注文していた椅子ですか?」

「え゛っ!? どうして知ってるの……?」

「さっき先生とすれ違った時に言ってました。そろそろ部室に俺に見合う王座のような椅子が届いてるだろうって」

「先生とすれ違ったって、まさか……!?」

 

 

 今日だけで何度目の衝撃だろうか、またしても千歌の表情が曇る。零とルビィがすれ違ったということは、既に職員会議は終わっているのだ。この後の彼の行動は教室に戻って教育実習のレポートを仕上げ、部室へ来るという流れである。つまりもう時間は残されていない。秋葉が来る時間は残り50分くらいであり、それでは確実に死のカウントダウンを過ぎてしまう。

 

 もはや自分の罪を何としてでも軽くすることだけしか考えられない千歌は、名案ならぬ迷案を思い付きまた梨子とアイコンタクトを取る。

 

 

(梨子ちゃん梨子ちゃん!)

(イヤよ)

(ええっ!? まだ何も言ってないんだけど!?)

(今の千歌ちゃん、ちょっと口角上がってる。どうせよからぬことを考えてるに決まってるもん)

(うぐっ……!! す、すこぉしルビィちゃんに協力してもらうだけだよ。ほら、先生ってルビィちゃんには極端に優しいでしょ?)

(なるほど、ルビィちゃんに罪を着せれば誰も怒られず円満に解決すると)

(その通り! 流石察しがいいね梨子ちゃん!)

(ありがと。でも本当にその作戦が上手くいくといいけどね)

(へ……?)

 

 

 梨子は千歌の悪巧みを一蹴するどころか、成功の見込みを完全にゼロだと思っているみたいだ。本人は()()()()不幸にならない()()()()完璧な計画だと思っていたのだが……。千歌は梨子の助言に首を傾げながらも、椅子に近付くルビィに制止させる形で話しかける。

 

 

「そ、そうだ私たち、これから先生に相談したいことがあるから部室を出なきゃ行けないんだった! 戻ってくるまでお留守番頼めるかな……?」

「いいですけど、先生が部室に来た時じゃダメなんですか?」

「ダメじゃないけどダメというか……。とにかく、この椅子に座ってリラックスしてもいいから!」

「先生の椅子なのに、勝手に座っちゃうのはどうかと……」

「グサッ!! 心が痛い……」

 

 

 これほど豪華でふかふかな椅子の誘惑に負けず、先輩に対して真っ向から正論を放つルビィ。そんな潔さと真面目さに、心が悪に染まっている千歌は正義の鉄槌を下されダメージを受ける。

 

 

「ほ、ほら! 座るだけだったら先生も分からないからいいんじゃない……?」

「う~ん、それはそうですけど、やっぱり勝手に人のモノに触っちゃうのは良くないと思います」

「ぐはっ!! 健気すぎるよルビィちゃん……」

「ち、千歌さん!? さっきから胸を抑えて大丈夫ですか!?」

「平気だよ……多分」

「千歌さんこそ具合が悪かったら、先生の椅子に座らせてもらってリラックスしたらどうですか? 激しく動いて壊さない程度だったら、先生も許してくれると思いますけど」

「うあ゛ぁああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

「千歌さん!? 千歌さぁーーーーーーんっ!!」

 

 

 見た目はこんなに小さい身体をした少女なのに心は大きく、そんな彼女の言葉攻めだけで千歌のマインドが粉々に砕かれてしまった。もちろんルビィにしてみれば、何故千歌がこれほどまでに苦しんでいるのかなど全く知る由もないのだが……。

 

 もう既に椅子を壊してしまったとは言えない千歌は、ルビィからの言葉攻めを何の防御もなく一身に受けるしかない状況だ。しかしマインドを砕かれた今、もう精神的にも限界が訪れている。床にペタリと座り込んで敗北ポーズを取るが、何が何だか分からないルビィは部室に入ってきた時よりも更に頭に"?"を浮かべていた。そして、その様子を見ていた梨子はこの状況を予想していたのでゆっくりと溜息をつく。

 

 

「ルビィちゃん、これからもずっといい子でいるんだよ……」

「おばあちゃんみたいな言い方をされても……」

「だから言ったでしょ、上手くいくといいけどねって」

「今その意味が分かったよ。こんないい子には着せ替えられない。何がとは言わないけど……」

 

 

 あまりにも純粋すぎる心を持ったルビィに、千歌の中に潜む悪魔も手を出せなかった。それどころか罪を着せ替えようと彼女の純白さに触れたことで、邪悪に満ちた千歌の心がダメージを受けながらも浄化されようとしていた。手と膝を付いて項垂れる千歌だが、まだ浄化されきっていない悪魔が最後の気力を振り絞って悪知恵を引っ張り出そうともしている。

 

 

「そうだ、ダイヤさんなら純粋でもないし騙されやすいしいいかも……」

「そんなこと言って、ダイヤさんに怒られるよ?」

「もう何回も怒られてるし、今更新鮮味なんてないから……」

「いやいや、怒られることに新鮮味を持ったらダメでしょ!? まず怒られないように努力しようよ!」

「そうだね、いかに罪を軽くできるのか努力しないと……」

「それは努力の方向が間違ってるからね!? もう千歌ちゃん完全に壊れちゃってるよ……」

 

 

 脳内に響く悪魔の囁きをそのまま口に出すだけの千歌は、吐き出す言葉が全てマイナス感情にしかならない。ルビィの純粋さで脳内と心の浄化が開始されてはいるものの、まだ千歌の中に残っている悪魔が激しく抵抗を繰り返すので千歌も千歌で自分の言動に混乱していた。

 

 

「そうだ、椅子が届いていたら先生に報告しに来いって言われていたこと忘れてました。すぐ戻ります!」

「な゛っ……!? ちょっと待ったぁああああああああああああああっ!!!!」

「ピギッ!? きゅ、急に大声出さないでください……」

「いやぁ今部室から出ない方がいいんじゃないかと思って……」

「どうしてですか?」

「ほ、ほら! 先生だって大人だけど男性でしょ? だから今は男の子の時間かもしれないし……」

「ひゃっ!? いくら先生でも学校でそんなことしないと思います!! 用事がないならもう行きますから!!」

「ちょっと待ってルビィちゃ――――行っちゃったぁ……」

「ていうかルビィちゃん、顔を赤くしてたってことは意味が分かってたんだ」

 

 

 千歌が何気なく放った下ネタに対して、ルビィが顔を紅く染めていたことに驚く梨子。それもそのはず、ルビィこそ穢れのない純粋っ子筆頭みたいな見た目なのに、こうも簡単に下ネタに乗せられるということはそっち系の知識はあるという事実を決定付ける。それは千歌にも分かっているはずだったのだが……。そんなことよりも、彼女は自分の死期がすぐそこまで近付いていることだけを懸念していた。

 

 

「どうしよう梨子ちゃん!? 先生来ちゃうよ!?」

「どうしようもこうしようも、もう謝るしかないんじゃない?」

「いや、まだ手はあるはずだよ! だっていつも先生言ってるじゃん、『何事も最後まで諦めるな! やりぬく力を身につけろ!』って」

「それ悪事のためは言ってないと思う……」

「とにかく肘掛をもう一度付け直さないと! 梨子ちゃんも手伝って!!」

「全くもう……」

 

 

 千歌には素直に謝らせた方がいいと思いつつも、お人好しの梨子は渋々彼女の悪事に加担してしまう。強く要求されると"No"とは言えない性格で、それについては零に『あまり人に流されすぎると、変な男にホテルにまで連れ込まれてしまうぞ』と言われたくらいなのだ。その時は真っ向から否定したものの、今自分の置かれている状況を客観的に見てみれば彼の言うことも納得できる。今後はもっと意思の強い人間になろうと思った梨子であった。

 

 そしてその直後、部室の外から微かに声が聞こえてきた。

 

 

『やっと届いたか俺の椅子! どんな感じだった?』

『もう見た目だけでも座り心地が良さそうでした!』

 

 

 その声を聞いた瞬間に千歌はビクリと震え上がり、すぐさま椅子に駆け寄って肘掛の取り付け作業に取り掛かる。外から聞こえてきたのは間違いなく零とルビィの声だ。つまり、タイムリミットはあと数秒。恩師(現存)から教わった『何事も諦めずやりぬく力』をフルに発揮する。

 

 

「よく考えてみたら、外れたってことはまた付け直せるってことだよ!」

「でも壊れちゃったものは仕方ないんじゃない……」

「努力が足りないんだよ梨子ちゃんは」

「そんなことに努力を使いたくないんだけど……」

「いいから、梨子ちゃんは肘掛を付け直して。私は背もたれを抑えておくから」

「いいけど、少し強く引っ張りすぎじゃない?」

「この背もたれがもっと後ろに下がれば肘掛が付け直せそうなの! 私が抑えてるから早く!!」

「そんなに引っ張っちゃダメだって!! また外れちゃうよ!?」

「でもこうしないともう時間が――――――――あっ!?!?」

 

 

 ふかふかそうで見た目だけでリラックスできたあの高級椅子の面影はもうない。肘掛だけでなく背もたれも鈍い音を立てて外れ、見るも無残なただの丸椅子のようになってしまった。千歌と梨子は何もなかったかのようにポカーンとしていたが、徐々に現状を理解していくと顔を真っ青に染める。元々罪のない梨子はすぐに回復したが、千歌は冷汗が止まらずむしろ顔が冷汗に包まれるほどであった。

 

 

『人気商品で中々手に入らない椅子だったから、対面するだけでも楽しみだよ』

 

 

「先生が来る……!! 梨子ちゃん、両手で2つの肘掛を立てたまま椅子に座って!!」

「ど、どうして!?」

「とりあえず言う通りにして!! これから宿題を見せてとも言わないし、歌詞も早く書き上げるから!!」

「それって千歌ちゃんの努力次第でどうにもなるよね……」

「いいから早く!!」

「分かったから! 耳元で叫ばないで!」

「よしっ、なら私はこうやって――――」

「ふえっ!? ち、千歌ちゃん……!?」

 

 

 椅子に座った梨子の背後から、千歌が上半身を包み込むように抱きしめてきた。思いもよらない親友の行動、そして自分に多少なりとも百合属性があることから心臓の鼓動が激しく止まらない。千歌に言われた通り肘掛は元の位置に戻して手で押さえ込んでいるが、梨子にとっては千歌のハグ攻撃に全神経を集中させている。対して千歌はこうでもしないと背もたれを上手く立て掛けることができなかったので、自分の身体と梨子の背中で背もたれを挟み込むしかないという咄嗟の判断から取った行動だった。

 

 それと同時に部室のドアが開き、零とルビィが中へ入って来る。

 さっきまで椅子の話で盛り上がっていた2人だが、部室に入った時には椅子のことなんて頭からすっ飛んでしまった。それもそうだ、椅子に座っている梨子の後ろから千歌が堂々と抱きついているんだから。元々スキンシップの多い千歌と言えども、女2人きりの空間という怪しい雰囲気も相まって、女同士でいちゃついているようにしか見えなかった。

 

 

「お前ら、何やってんだ……?」

「そ、そのぉ……体温占いですよ! 高海家の姉妹は人に触れるだけでその人の運勢が分かる超能力持ちなんです!!」

「へぇそうなんだぁ~って、なると思うか?」

「ですよねぇ……」

「それよりもどうしてその椅子に座ってんだ梨子? 俺の椅子だろそれ」

「それは……」

 

 

 遂にこの時がやって来てしまった。だが現在例の椅子に座っているのは梨子なので、零の疑問の矛先は彼女に向いていた。梨子はこれも千歌の巧妙な作戦かと思っていたが、横目で彼女の目を見てみると非常に申し訳なさそうにしているのでどうやらたまたまらしい。千歌から反省の色が伺えたので、梨子は両手で2つの肘掛を持って立ち上がる。

 

 

「り、梨子ちゃん!? そんなことをしたら!!」

「ゴメンなさい! 肘掛壊しちゃいました……」

「えぇ!? ルビィが見た時には普通の椅子だったのに」

「本当はあの時から壊れてたの。ルビィちゃんも騙してゴメンね」

 

 

 梨子は頭を下げて零とルビィに謝った。その姿を見た千歌に凄まじい罪悪感が降り注ぐ。いくら自分に加担していたとはいえ、梨子が罪を被る必要はないと本気で思ったからだ。逆に梨子は梨子で申し訳ないながらも流れで千歌の悪行を手伝ってしまったため、ケジメとして頭を下げていた。千歌が怒られるなら自分も怒られるべきと、重大な責任を背負っていたのだ。

 

 しかし、部室の空気が悪化することはなかった。零は鬼になるどころかむしろ優しく微笑み返す。

 

 

「梨子、頭を上げていいぞ。これはな、パーツの取り外しが可能な椅子なんだよ」

「へ? そうなんですか!?」

「あぁ。たまにあるだろ、肘掛が邪魔になるから外したくなることがさ。だから取り外しが可能な椅子を注文したんだよ。ただ材質の良さだけじゃなくて、自由自在に形が変化するから無駄に高いんだよなぁこの椅子」

「そ、そうだったんですかぁ……」

「ははっ、無駄な神経を使わせちゃったみたいだな」

 

 

 本当に無駄な神経を使わされ、梨子はガックリと腰を落とす。零も怒っておらず、椅子も壊れた訳ではないと分かってホッとした気持ちもあった。

 そしてそれは千歌も同じで、すっかり安心しきって取れてしまった背もたれを零に差し出した。

 

 

「よかったぁ~!! まさか肘掛も背もたれも取れちゃう椅子だったとは……」

「!? お、おい千歌……」

「はいっ! なんですか?」

「背もたれは取れないんだが……」

「え゛っ……!?」

 

 

 恐らくこれが本日最後の衝撃となるだろうが、零が目の前にいる以上千歌が感じる恐怖はこれまでと比べ物にならないくらいの迫力だった。梨子もルビィも完全に彼女の心中を察しており、やれやれと思いながらも他人のフリをする。

 

 

「高海千歌さん。教師と生徒として少しお話でもしようか? 生徒指導室でじっくりみっちりとな……」

「ゴ、ゴメンなさぁあああああああああああああああああああああああああああい!!!!」

 

 

 教訓 : 悪いことをしたら素直に謝ろう。下手に隠そうとしたり誰かに罪を着せようとすると、後から襲い来る恐怖が増大して後悔することになるから気を付けろ!!

 

 

 ちなみに、生徒指導室を言っても皆さんが想像しているような展開にはなっていないので勘違いしないように。

 

 




 他の話にも言えることですが、千歌と梨子の組み合わせは非常に漫才がしやすくて作家として助かります(笑) 他のカップリングだったら花丸や善子、μ'sならば穂乃果や楓など。ボケにもツッコミ役にもなれるキャラは特に重宝します(笑)


 次回は鞠莉の個人回です!

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