本格的に夏の暑さも極まり、浦の星女学院の生徒の99%は薄手の夏服となっていた。残る1%の生徒は紫外線から肌を守りたいお嬢様思考の子だけだ。
女子高生の夏服と言えば見た目だけでも肌が露出され大変眼福である。薄い白シャツから透ける下着や艶なかな肌を滴る汗など、夏限定の光景が日常的に繰り広げられているのが魅力だ。中にはその楽園を眺めて思春期ながらの性を目覚めさせた男子生徒諸君もいることだろう。しかし女子生徒たちもそのような目で見られることは分かっているので、夏でも下着が透けないようもう1枚シャツを着るなどの対策をする子たちもいるだとかいないだとか。
こうした男女の冷戦が勃発する中、浦の星の生徒たちはオープンすぎるほどにオープンだった。何を隠そう浦の星は女子高なので、そもそも下着が透けてしまってそれを男子に見られるという概念は生徒たちに一切ない。ちょっと背伸びをしてスカートを短くしたり、白シャツに思いっきり透ける色の濃い下着を着けてくるなどもちろん平気。やはり男の卑しい目がなければそれほどまでに女の子は身も心もオープンになるのだ。
そしてそれは、この子たちも同様であった。
「ふぁ~~ようやく休み時間だぁ」
「もう千歌ちゃん、周りに女の子しかいないからって口も抑えずあくびなんかしちゃって。そしてシャツのボタンもしっかり留めないとはしたないよ」
「もう梨子ちゃん、お母さんみたなこと言わないでよ。それに周りには知ってる子たちしかいないし、女の子ばかりだし、気を張ってる方が疲れちゃうじゃん。私はのんびりほのぼのと過ごしたいの」
「まあ確かに千歌ちゃんの言うことにも一理あるかも。ちょっとくらいハメを外したって咎められることはないしね」
「曜ちゃんまで……。ていうか、意外と校則緩いのねこの学校」
「自慢じゃないけど田舎なもので……」
女子高はお嬢様学校という考え自体が古臭く、実情を見ればいかに彼女たちの貞操観念が低迷しているかが分かるだろう。男から下衆な目で見られることがないので、夏の暑さを回避するためにもシャツのボタンを外して通気性を良くする格好はもはや自然となっている。都会育ちの梨子は身だしなみもバッチリだが、千歌と曜は生粋の田舎育ちなため制服もかなり着崩していた。服をだらしなく着るのは不良少女のイメージだが、浦の星の生徒は清楚な子も真面目そうな子もほとんどが制服をまともに着ていない。もうそれが当たり前となっていて、男に見られた恥ずかしい格好をしているという事実にすら気付かないのかもしれない。
梨子はまたしても自分と千歌たちのギャップを感じながら、このまま自分も同じ道を歩む可能性があることに危機感を抱く。そして心の中で自分だけは絶対に真っ当でいようと誓ったのであった。
そんな梨子を他所にいつの間にか千歌と曜が廊下に出ていたので、彼女も後ろから渋々ついていく。
梨子は懸念していた。今までなら確かにこの学院に男の目はなく、それが彼女たちの日常になっていたのだが、今年の夏に限っては
だが一応彼も教育実習生とは言え教師の立場なので、こんな真昼間の学校で堂々とセクハラに勤しむことはない。梨子は多少の警戒心を抱きつつも、この状況なら安心だという思いの方が強かった。
そんな思いも束の間、千歌と曜はいつの間にか自分たちの副担任かつ顧問である神崎零と談笑をしていた。そして案の定と言うべきか、話題のテーマは夏服のことである。
「お前ら、ちょっと制服着崩しすぎじゃないか?」
「そうですか? 夏はいつもこんな感じですけど」
「それにせっかくの薄着なのに、堅苦しく着てたらそれこそ暑くなっちゃいますよ!」
「まあそうだよな。だからこうしておっぱいも無駄に強調される訳だ」
「…………ふぇ!?」
「よ、曜ちゃん!? 先生!?」
「おぉ、やっぱ俺の想像よりも一回り大きかったんだな。曜のおっぱい」
「えっ……あぁ、んっ……」
梨子は零の突発的な行動に目を疑った。さっき真昼間の学校で堂々とセクハラするはずがないから安心と自分で言い聞かせていたはずなのに、現実があっさりとその理想を打ち砕いていたからだ。千歌も目の前で起きている光景が現実なのか夢なのか分からないくらいパニックになっているが、一番頭が真っ白になっていたのはもちろん曜だった。
零の右手が見事に曜の左胸を鷲掴みにしており、何の躊躇もなく指を動かしてその柔軟性を確かめる。あまりにも突然でそして容赦のない行動だったので、千歌も梨子も、被害者である曜も胸を触られている事実よりまず零の様子に驚いていた。
「んっ、ちょっ、ちょっと先生!! こんなところで……んっ、はぁぁ……」
「どうして? 公園で俺のを先端から根元まで丁寧にご奉仕してくれたじゃないか」
「曜ちゃん!? それどういうこと!?」
「か、勘違いしないでよ梨子ちゃん!? そ、そそそそんな事実は1ミリたりともないから!! そ、そしてせんせぇ……あまり触らないでぇ……んんっ!!」
女の子の胸を触り慣れている零は、その技術を巧みに利用して曜に快感という刺激を与える。胸だけでここまで女の子に嬌声を上げさせられるのも、μ'sで鍛えたハンドパワーがあるからこそだ。その証拠に彼は決して強い力で胸を触っている訳ではないので、逃げ出そうと思えば容易に脱出することはできる。しかし曜がそれをしないのは、胸を弄る彼の手捌きに彼女自身がちょっぴり興奮しているからだった。
それに曜の危機感は他にもある。
雨の日の公園で曜が零に奉仕した事実は確かにあった。だがそれは2人だけの秘密であり、それは零も曜もお互いに黙ったまま秘密にしているのが暗黙の了解だったはずだ。だが今の零はその事実を公言するだけでなく、何食わぬ顔で澄ましながら暴露しようとしている。しかも親友2人の目の前でだ。曜はセクハラ魔に取り憑かれた零と事実が公になりそうな2つの重圧にもう何が何だか分からなくなっていた。
「先生!! とりあえず曜ちゃんからその手を離してください!!」
「おっと、強引だな梨子……。そこまでして自分のおっぱいを触って欲しいのか」
「はぁ!? そんな訳ないでしょう!?」
「見栄を張るなって。俺は大きかろうが小さかろうが、好きな女の子のおっぱいならどんな大きさでも受け止めてやるから」
「ここ廊下ですよ!? そんなことを自慢げに語らないでください!!」
「一体どうしちゃったの先生!? 私に痴漢していたあの頃の先生に戻ったみたい……」
浦の星に着任当初の零は千歌に痴漢をしたり、ラッキースケベとはいえ1年生組の胸を触ったりスカートを探ったりパンツを脱がしたりと、中々にやりたい放題であった。だが時が経つにつれそのような淫行はなくなっていき、最近ではむしろAqoursの子から積極的になるくらいなので、最近彼が威勢良くセクハラ紛いなことをする事態は全くと言っていいほどない。だからこそ千歌たちは今の零の行動が予想外で驚くことしかできないのだ。
「痴漢か……。思い出したらもう一度だけでいいから千歌の太ももを触りたくなってきたよ。ていうか触らせてくれ」
「ちょっ!? ド直球すぎてドキドキすらしないんですけど!?」
「だったらお前がドキドキするようなシチュエーションにできれば、好きなだけ触らせてくれるのか?」
「それはぁ……。もしドキドキさせられたら……ですよ?」
「よしっ!!」
「"よし"じゃないです!! ここ学校ですよ分かってますか!?」
「なるほど、つまり学校じゃなかったらいいのか。行くぞ千歌! 2人きりの逃避行へ!!」
「2人きり……!! は、はいっ! どこまでもお供します!!」
「千歌ちゃんも流されちゃダメ!!」
曜はさっき零に胸を弄られていた影響かその余韻に浸って使い物にならないため、梨子はアウェイの状態ながらも必死で2人を止めに掛かる。逆に千歌は何故か暴走状態の零に同調しているので、下手をしたら台風の目が1人から2人に増えかねないのが梨子の懸念点だ。
それに先生がどうしてこうなってしまったのか、その理由を考えたいのだが、次から次へと女の子を堕とし込んでいく彼を止めることに必死で頭も全然回らなかった。
「梨子……お前も俺と遊びたいんだろ? 知ってるから」
「どうやったらそんな考えに落ち着くんです……?」
「俺が別の女の子に靡いているのが気に食わないんじゃないのか? でも安心しろ、俺は女の子全員を愛するから」
「それのどこに安心する要素が――――うひゃぁっ!?」
「相変わらずいい声で叫ぶよなぁお前」
「あっ、あぁ……と、突然こんな……んっ……」
梨子は胸から伝わってくる電流のような快感に、まともに声を出すことすらできなかった。
お察しの通り、零は左手で彼女の右の乳房を鷲掴みにしている。いつかは自分に火の粉が飛んでくるとは思っていたが、実際に彼の手捌きを受けてみるとそれは火の粉どころの威力ではなかった。下から上へ掬い上げるように胸を弄られ、彼の指に力が入るたびに不覚にも声が出そうになってしまう。梨子がいくら夏服を着崩していないと言っても結局は薄着、しかも想いの人である彼の大きな手を胸で受け止めているその現状だけでも心臓が激しく鼓動してならない。ただ胸を触られているだけなのに全身に走るこの刺激は、曜を軽く胸イキさせただけのことはあるとたった今悟った。
このままやられっぱなしでは終われないと、梨子はそっと右手を上げる。そして手のひらを振りかざし、彼の頬へ向かって――――――
「………えっ?」
またしても予想外のことが起こった。いつもの零なら自分の振りかぶった制裁を一身に受け止めてくれるはずだ。
しかし今日の彼は違う。梨子の振りかざした腕の手首を掴み、したり顔で彼女を見下す。まるでここまでの展開を読んでいるようで、なおかつ待っていましたと言わんばかりの黒さが滲み出ていた。梨子は最後の抵抗すらも零に抑え付けられてしまい、ただ成すすべもなく彼の顔を見つめるしかなかった。
「読めてるよ、お前の思考も心も全部な。そんな穏やかじゃない梨子には……お仕置き」
「えっ――――ひっ、ひゃぅっ!!」
手馴れた動作で零の手が梨子のスカートに侵入した。本人が罰ゲームと謳っているからか、触り方も大胆で力も込められている。手のひらで
梨子は自分の性癖でもある壁ドンをされつつ、更に卑しい手付きでおしりを弄られ極度の興奮状態に陥っていた。さっき千歌も曜も零の言動に身を任せていたが、その気持ちがようやく分かったような気がした梨子は必死ながらも微かに望みつつ彼の奉仕を受け入れる。彼が臀部を揉むために手を動かすたびに、指の一部が自分の筋に入り込もうとするためその刺激が彼女の興奮を大きく助長させていた。自分でやる時とは違う、想いの人の指でやられているその快感もまた彼女が夢中になってしまう要因だ。
「んっ、あぁっん……」
「夢だったんだろこのシチュエーションが。壁と男に挟まれて逃げ出せなくなっているところに、こうして身体を触られる展開をさ」
「そ、そんな……あっ、ん……私が好きなのは女の子どう――――!?」
「梨子ちゃんも気持ちよさそう……」
「あ、危なかった……」
零が誘導したのかはそうでないのかは分からないが、梨子は思わず自分の真の性癖を漏らしそうになってしまった。まさか自分にちょっとしたレズ属性があると千歌たちに知られたら、それこそ親友の関係を保っていられるか分からないだろう。梨子は自らの秘密が暴かれようとする事態に躍起となり、先生におしりを触られていることすらも一瞬忘れかけていた。
そして彼女が零に意識を戻したのと同時に、彼は壁から離れおしりからも手を引いていた。梨子としては興奮が収まりきらずこれからだという時に限っての寸止めである。これも女性扱いに手馴れた零だからこそ成せる技だった。梨子は自分でも熱い吐息を漏らし、顔が羞恥で紅潮しているのが分かった。寸止めされたことに少々嫌気が差すも、このまま求めてしまえば彼の言いなりになってしまいプライドに傷がつくので、ここは必死に堪える。
零が千歌たちの前に現れてここまで1分足らず。その短時間で梨子と曜を篭絡し、身体を触られていない千歌も頬を赤くして芽生えつつある性欲に惑わされていた。
ちなみにここは学院の廊下である。つまり、他の生徒たちが通る可能性が大いにある訳で――――――
廊下に教科書が落ちた音が響く。千歌たちが音のした方を振り向くと、そこにはその教科書の持ち主であろうルビィが手を震わせ、その後ろには花丸と善子が目を見開いていた。
それもそのはず、先生と千歌たち2年生組の間にただならぬピンクのオーラが漂っていたからだ。これは近付かない方が身のためだと悟った1年生組3人は、急いでルビィの落とした教科書を回収してその場から去ろうとする。だが、既に目の前には自分たちの先生でもあり顧問でもある零が行く手を塞ぐように立っていた。3人は声も出せず、ただただ冷汗を流す。
「どうして1年生の夏服だけ、そんなに袖が短いんだろうな。ちょっとでも腕を上げたら健康的な腋が見えて、思わず触ってみたくなっちまう……」
「せ、先生……? 今日は全然雰囲気が違うずら……」
「そう、だね……。いつもより怖いって言うか……」
「これは……堕天使をも凌駕する闇!?」
「そんなことはどうでもいい!! ルビィ!!」
「ひゃいっ!? ピ、ピギャアアアッ!?」
「ルビィちゃん!?」
「ルビィ!?」
零はまたしても澄ました顔で躊躇もなくルビィの腋の下に手を滑り込ませる。いきなりのセクハラに思わず身体を仰け反らせてしまったルビィだが、彼もその動きに合わせて手を動かすので逃げられそうにもない。浦の星は1年生から夏服が変わり袖が短くなったため、零は着任時からずっとそこに目をつけていたのだ。その執着もあってか、より一層女の子の腋に興味を持ってしまったのである。だからこそルビィの腋の中から一向に手を離す気はないのだが……。
「せ、せんせぇ……あまりもみもみしないでぇ……」
「いつかこうしてやりたいと思ってたんだ。1年生の教室に行くたびに女の子たちが短い袖からチラチラと綺麗な腋を見せつける、そんな光景を前に何もできない男の気持ちを考えたことはあるか?」
「し、知らないですよぉ……」
「腋が性癖だなんて、先生って思ってたより変態さんだったんだ……」
「ズラ丸、そこ感心するところじゃないから」
「どうした? お前たちも触らせてくれるのか?」
「ち、違うわよ!!」
「お前たちって、マルも!?」
今度は自分たちに矛先が向いたと分かり、今まで見せたことのないスピードで零から遠ざかる善子と花丸。ただルビィだけは零の元へ置き去りにして……。
「ちょっと花丸ちゃん善子ちゃん!? ルビィを見捨てるの!?」
「い、いやぁ……先生のお相手頑張ってルビィちゃん!!」
「ルビィは犠牲になったのよ。変態セクハラ魔の犠牲にね……。これからお持ち帰りされて一生先生のお人形として暮らして――――あっ、いい小説描けそう!」
「2人共薄情すぎるよぉおおおおおおおお!!」
涙目になって親友2人に訴え掛けるルビィだが、目の前にいる犯罪者を目の当たりにすれば2人が逃げ出したことも納得できるので、妙に腑に落ちないのがもどかしかった。肝心の先輩たちはそれぞれ物思いに耽っているので使い物にならないし、ルビィはこのまま最後までやってしまうのかと内心どこかで期待しつつも焦りが止まらない。零が自分の腋に手を入れて無造作に動かしてくるため、そのこそばゆさで笑いが漏れそうになるのを堪えるにも必死だった。
しかし、救世主はすぐにやって来た。近くで騒ぎを聞きつけてこちらへ向かってくるダイヤの姿が見えたからだ。後ろに鞠莉と果南の姿もある。流石に3年生ならこの事態を上手く終息させてくれる、ルビィはそう考えていた。
ダイヤは我が愛する妹が襲われている現場を見ると、そそくさと零に近寄ってルビィの腋に入れている手首を掴んでそこから引き抜いた。明らかに激おこムードのダイヤだが、いつものようにセクハラがバレて青い顔をしている彼はどこへやら、それどころかこの時を待ってましたかと言わんばかりのしたり顔でダイヤを見つめる。
「先生、学院内で行き過ぎた行動は慎むようにと再三に渡り注意をしました。それでも更生する気がないとは……。しかも今回はルビィを……ルビィをこれほどまでにメチャクチャに!!」
「いやダイヤ、ルビィちゃん大丈夫だから……。って言ったけど本当に平気?」
「ありがとうございます果南さん。何とか平常心は取り戻しました……」
「それにしても今日の先生、何だかとってもExcitingな性格になってない? 私はそっちの先生も好きだけどね♪」
「どうでもいいですわそんなことは。今度こそ生徒会室でみっちりと職質して差し上げます!」
愛する妹の腋が犯され、いつにも増して怒りメーターが溜まっているダイヤは零を生徒会室へ連行しようとする。だが今回の彼は例の通り一味も二味も違う。いつもならこの辺りで制裁オチがあり話が終わってしまうのが普通なのだが、彼は逆にダイヤの手首を掴み彼女を引き止める。普段とは違う強引さに、ダイヤは目を丸くして彼の方を振り向いた。
「そうかそうか。お前はそこまでして昨日の続きがしたかったのか……。夜の学院で、何が起こったのか忘れたとは言わせないぞ」
「うっ……!! そ、そんな気は毛頭ありません!! それにどうしてそのことを公言――――!!??」
「なるほど。控えめだと思ってたけど女子高生の標準くらいはあるんだな、お前のおっぱい」
「~~~~ッ!?!?」
「お姉ちゃん!?」
「今日の先生、やけに大胆だねぇ……」
「もうっ、ダイヤの胸を触るのは私の役目なのに!!」
「ツッコミどころはそこではないでしょうお二方!? それに先生……くっ、あぁ……そこまで強く触られると……ひゃっ!」
何食わぬ顔で、まるで女の子の胸を触ることが日常かのように自然とダイヤの胸を夏服の上からガッチリと掴む。そして昨晩の一件を掘り起こし、立場は逆転すれどあの時の続きを今まさに現実にしようとしていた。ただ真昼間の廊下で、Aqoursのみんなが見ている前という前代未聞の羞恥プレイになってしまっているが……。
それにいつものダイヤなら零の甘言を聞き流せるのだが、今日の彼は雰囲気から行動まであらゆる面が本気だ。いつもなら教師と生徒の関係上、学院内でここまで暴走する人ではないとダイヤもみんなも分かっているのだが、その答えを探す前に彼の突拍子もない行動でそっちに気を取られてしまう。したがって彼がこうなった原因を探るよりも、まずこの場を切り抜けることしか考えることができなかった。
「あっ、ん……せ、先生……」
「いい声だ。昨日聞きたかったよその声は」
「ん? ダイヤ、昨日また先生とお泊まりしたの?」
「そ、それはぁ……。そんなことよりも、早く離してください!!」
「おっと! 力ずくは良くないぞ」
「あなたの行動こそ力ずくではありませんか……」
「それよりも先生。一体どうしちゃったんですか? いつもとは全然雰囲気が違いますけど……」
「果南、これが本当の俺なんだよ! セクハラされるのは俺の前に立つのが悪い!! イヤなら暑い夏場に逆らって、たくさん着込んで来い!!」
「控えめに言って最悪ですねそれ……」
理不尽な理論を掲げ、あたかも正当なように見せつけるのが零の得意技だ。しかしここまで大胆な行動に出たら正当化できるものもできるはずがなく、果南も思わず本音を漏らしてしまった。ちなみにその超理論に関して、Aqoursは納得がいっていないがμ'sは納得しているという、彼の付き合いの長さが如実に現れた瞬間でもある。
このままでは零の暴走を止めることすらままならず、もし止めに入っても女性が相手だったらむしろ彼は大喜びするだろう。ようやく落ち着いて対処法を考える余裕が出てきたAqoursの面々だったが、そんな簡単に解決策が思い浮かぶはずもなく、また彼の矛先が自分に向かないかを警戒したりドキドキしたりでまともに考えることすらも危うくなっていた。
すると、この時を待ってましたと言わんばかりに廊下の陰から女性の姿が現れる。学院の生徒でも先生でもない。だが彼女たちはその姿に見覚えがある。9人はその女性を見て事の全てを察すると、口を揃えて名前を挙げた。
「「「「「「「「「秋葉さん!?!?」」」」」」」」」
「そうです! 神崎秋葉です♪」
千歌たちはこの場が終息しそうである安堵と、原因と発端の当事者が彼女であることの呆れを同時に感じた。
~※~
「まあ言いたいことはたくさんあるけど、まず事の経緯から教えてもらおうか」
無事にいつもの自分に戻ることができた零は、廊下での騒ぎで他の生徒が集まってくることを懸念して、Aqoursのメンバーと共に秋葉を部室に連れ込んで尋問をすることにした。もちろん当の本人はずっと楽しそうな笑顔だが……。
「理由はたった1つ! 私が遊びたかったから!」
「まあいつもの理由か……。聞いて損したかも」
「そして遊び心満載の私は考えたんだよ。大人になった零君を、童心に戻してあげたらどうなるのかなぁってね。実際に零君が寝ている間にちょちょっとクスリを盛ったらあら不思議! 私の想像以上に零君の荒んだ心が解放されちゃいましたとさ♪」
「昔話風に終わらせようとしてんじゃねぇ!! 危うく社会的に抹殺されるところだったんだぞ!? どうしてこんなことしたんだよ……」
「遊びたいっていう純真な気持ちに、理由なんている??」
零からしてみればもういつもの展開なので、今更ツッコミを入れる気すら起こらなかった。Aqoursの面々も芳香剤事件の煽りで彼女の性格は把握していたので、怒るどころか呆れるしかない。つまりこの場でテンションが高いのは秋葉だけであった。
「でもただ遊んでた訳じゃないよ。零君も私もあと数日でここを去っちゃうでしょ? だからこれも大切な思い出作りだよ♪」
「秋葉さん……」
「おっ、千歌ちゃんも同感してくれた? それにみんなも黙っちゃって……うんうん、分かってくれて嬉しいよ!」
千歌だけでなく零や他のメンバーも素直に秋葉を見つめる。
案外自分たちのことを考えてくれていたので、そこまで悪い人じゃないかも――――――――と、錯覚しそうになった自分たちを呪った。
「あのな、いい話で終わらせようたって無駄だから。なぁみんな?」
「「「「「「「「「はい」」」」」」」」」
「えぇぇえええええええええっ!? 何その淡白な返事!? みんなが冷たいよぉおおおおおおおっ!!」
「当たり前だろ……」
こうしてまた1つAqoursに爪痕を残した秋葉。
そんな中、よくこんな姉と3週間一緒に暮らしてこられたなと自分で自分に疑問を持つ零であった。
ちなみにこの一件以降、Aqoursメンバーは零を見るなり途端に恥じらうようになってしまった。それが彼にとってプラスなのかマイナスなのかは……今後の関係次第かもしれない。
Aqours編に入って以降、零君の荒行をあまり見かけなくなったなぁと思ったのがこの話を執筆したきっかけです。『新日常』が始まった当初は女の子のお風呂を覗き見するだけでも鼻血を出していた上にかなりアグレッシブだったので、久々にあの頃の零君が帰ってきて私も懐かしかったです(笑)
ちなみにAqours編での秋葉さんの出番は多分これで終わりかも。最終話でチョイ役で出るかもしれませんが、とりあえずお仕事はこれにて終幕ということで。
次回はハーレム回(1年生編)です!