ラブライブ!~蓮ノ空との新たなる日常~   作:薮椿

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 今回で遂にAqours編、本当の最終回です!
 Aqoursからの告白に、彼の想いは……?


【最終話】恋になったAQUARIUM(後編)

 外は既に日が暮れかけていて、暁色の景色が海にまで広がっていた。

 明日は朝早く大学に行かないといけないから、今日の夜にはここを去る必要がある。つまり目の前の夕日が沈んでしまう頃には、俺はもうここにはいないということだ。今まで沈む夕日を見ても1日の終わり程度の認識しかなかったのに、今日に限ってはこれ以上に名残惜しいことはない。せめてもう1日だけここにいたいと、柄にもなく切に願ってしまうくらいには寂しさを感じていた。

 

 だが、どれだけ日を伸ばそうが別れの時はやってくる。そもそも未練がましくAqoursに縋り付いてしまえば、それだけこの想いを伝える時も伸びてしまう。そうなればもちろんAqoursのみんなをそれだけ待たせてしまうことになるので、名残惜しい気持ちはあれど1つの節目だと思い、凛とした態度でその時を迎えるのがベストだろう。

 

 

「先生、どうして私たちを屋上へ連れてきたんですか? もしかして今から練習……とか?」

「なんだ千歌、最後の最後まで鞭を打たれたいのか? 相当なマゾだなお前……」

「違いますよ! 時間もないのにここへ来ていいんですかって話です! そろそろ準備して東京へ戻らないといけないのでは?」

「そうなんだけどさ、最後にもう一度だけここに来たかったんだ。お前らとの思い出が詰まったこの場所に」

 

 

 千歌たちとは練習の時だけではなく、授業やプライベートでもほぼ毎日一緒だったが、彼女たちと一緒にいた時間が最も長い場所と言えば確実にここだ。Aqoursの汗水がたっぷりと染み込んだこの屋上――――と言うと卑猥に聞こえるが、それだけ俺にとっては思い出深い場所だってことだよ。ここでたくさん練習してたくさん笑ったり、時には厳しく指導したり、ちょっと泣かせてしまったり、結局最後に手を取り合って励まし合ったりと、たった3週間の顧問だったけどここでは語り尽くせないほど記憶が蘇る。

 

 

「言いたいことはたくさんあるけど、ご心配の通り時間がないから3つだけ」

 

 

 屋上の端に立った俺は、横に広がりながら佇んでいる千歌たちの方を振り向く。

 これがAqoursの顧問としての、最期の言葉だ。

 

 

「まずは1つ目。ありがとな、俺を顧問として信用してくれて」

「えっ、どうして先生がお礼を……?」

「教育実習で新しい土地に来る、女子高の教師になる、そう思ってワクワクしていた気持ちも確かにあった。だけど同時に、μ'sのみんなと離れてしまうのがどうしても苦しくてな、早く帰りたい気持ちもあったんだよ。でもお前たちと出会って顧問になって、険悪だった仲も段々良くなって、プライベートまで遊びに誘ってくれる関係になって、とても楽しかったんだ。今日で別れてしまうことに、ここまで寂しくなっちまうくらいにはな」

 

 

 出会った当初はまさかプライベートにまで付き合いが広がるとは想像もしておらず、顧問と教え子の淡白な関係が続くと思っていた。出会いが最悪だっただけに、彼女たちと仲良くなろうと色々画策はしていたものの、まさか9人全員から1人1人想いを伝えられるほど好意を持たれたのは夢にも見てなかったんだ。俺を慕ってくれる彼女たちはいつも魅力的で、一緒にいて飽きることはない。みんなの本心を受け止めた頃だったかな、俺の毎日が楽しくなったのは。

 

 

「逆に別れが寂しくなるってことは、それだけたくさんの思い出をお前たちと作れたってことだ。この3週間、みんなと一緒に過ごした毎日を鮮明に思い出せるよ。それくらい楽しかったんだ、馬鹿をやって騒いだり、ちょっとアレなことで興奮した日常1つ1つがな」

 

 

 千歌たちは黙ったままこちらを見つめる。物思いに耽っている様子から、それぞれ俺と過ごした日々を思い出しているのだろう。一緒にいた期間は短いが、だからと言って思い出が薄いと言われればそうではない。むしろ短い期間だからこそ1つ1つの思い出が濃密で、時には変態的なことをしたり真面目モードになったりもしたけど、それも今となっては俺たちの強い関係を築く糧となった。決して忘れることのない楽しかった時間を思いだし、千歌たちは自然と小さな笑みを浮かべていた。

 

 

「2つ目。これは1人1人に言いたいことがある」

 

 

 ここで思い出に耽っていた千歌たちも再び現実に舞い戻り、俺の真剣な眼差しに応えるように目に強い意思を宿す。その目力は、ライブで舞台の上に立つ前の意気込みよりも力強かった。その様子を見ると、彼女たちが俺からの言葉をいかに待ちわびていたのかが分かる。

 みんなとの関係が急接近したのはここ1、2週間の話なのに、随分と待たせてしまった気がする。でも、安易な気持ちで女の子に心に歩み寄っちゃいけないって自身の教訓があるんだ、そこは許してくれ。

 

 

「最初は千歌!」

「はいっ!」

「お前の積極性には正直ビビってる。だって自分を痴漢をした相手だぞ? いくら一目惚れの相手でもソイツに自分の気持ちをぶつけるって、並大抵の精神じゃできねぇから。だけど、それだけお前が本気だってことだよな。毎日心から溢れるくらい伝わってきたよ、お前からの想いも、愛情も」

「行動で先生への想いを示すことなら、誰にも負けませんよ! なんなら今すぐここで思いっきり抱きついてもいいくらいですから♪」

「正面から抱きつかれると、その勢いで屋上から落ちるからやめような……」

「先生と一緒に死ねるなら……」

「こ、怖いこと言うなって!!」

「冗談ですよ冗談♪」

 

 

 今まで幾度となく脅しで揺さぶってきたコイツに冗談とか言われても、全く冗談に聞こえないんだよなぁ……。見た目は無邪気そうだが、その実、人の弱みに踏み込んで揺さぶるのが上手い詐欺師の手口を持ち合わせている。俺も何度同じ手口で脅されたことか……。

 まあその悪徳手法も全部俺に近づくためという可愛い理由だったし、それに最後は何の細工もなく素直に自分の気持ちをぶつけてきた。そんな彼女の純粋な気持ちを受け取ったら、許さないなんて言えないだろ。

 

 

「次は梨子」

「は、はいっ!」

「練習の時も言ったけど、もう少し自分に自信を持て。お前は自分で自分を地味だの何だの言ってるけど、俺からしたら魅力の塊だ。歌を歌っている時もそう、ピアノを弾いている時もそう、普段の日常で冷静にツッコミを入れている時もそう、ちょっと馬鹿やってる時もそう。全部可愛いから、お前」

「そう言ってもらえると嬉しいですけど、いつもいつも可愛いと言って褒め殺されている気が……」

「褒め殺してんだよ。それに、顔を真っ赤にして言うセリフじゃねぇな」

「えっ、あっ!? せ、先生って本当に女たらしですよね……」

「それこそ俺の褒め言葉だ。だったら今から、お前の可愛いところ100個挙げてやろうか?」

「そ、それは恥ずかしいのでお断りします!!」

 

 

 現在進行形で可愛らしい姿を見せているとは、本人も思ってないだろうなぁ。見た目はクールっぽいが、内面は非常に乙女で恋愛に対する耐性もない。なのに百合モノが好きでアッチ系の知識はそこそこある。そうやって少し歪んだ性格をしているのが梨子の魅力であり、ただの清楚キャラでないのが一種のチャームポイントだ。それって褒めてるの……と言いたくなる気持ちは分かるが、どうせ彼女は俺のことが好きで、俺も彼女のことが好きなんだから、俺にだけ受ける魅力を振りまいてくれればそれでいい。

 

 

「次は曜だな」

「はい!」

「俺は知ってるよ。お前は活発そうに見えて、意外と自分の中で溜め込んじゃうタイプの子だって。周りを良く見せるために自分は敢えて身を引く。そうだろ?」

「お、仰る通りです……」

「ハハ、別に咎めてる訳じゃないよ。むしろその優しさをずっと忘れないようにって言いたかったんだ。それにお前はやる時はできる。だって、Aqoursの中で俺を最初に襲ったのは――――」

「あーーーーあーーーー!! その話は禁止です!! 先生とは今日で最後だけど禁止ですから!!」

 

 

 まだダメだったのかこの話題……。確かに口で奉仕されたことを公言するなんてまともな精神で出来ることではないが、この真面目ムードの中なら、口奉仕の話ですらいい話に漕ぎ着けられたかもしれないのに。

 ちなみにその話題に言及するのはスクールアイドルにフェラされた自慢ではなく、曜の魅力を語る上では外せない出来事だったからだ。普段は千歌と同じく行動派のように見える曜だが、彼女はいい意味でも悪い意味でも人と一線を引いてしまうことがある。それは下手に人に干渉して相手に不利益を与えたくないからという優しさからだが、そんな彼女が強引に積極的になったのがその口奉仕の出来事なんだ。あそこまで自分の想いを素直にぶつけてくる曜を見て、もしかして別人じゃないかと思うくらいには驚いてしまったから。

 

 

「次は花丸」

「は、はいっ……!!」

「いやぁ俺にはお前が眩しかった。スクールアイドルをやってるからってのもあるけど、その純粋さがあまりにも。だから、絶対に変な色に染まるんじゃないぞ? その純真な輝きを、俺はずっと見ていたいからさ」

「先生が変なことをしない限りは多分大丈夫ずら……」

「どうだろうな? むしろ俺に手を出されてもなおその輝きを守ることができたら、その時は……」

「その時は?」

「どうだろうな」

「むぅ……。でも先生にそう言われたのなら、他の誰にも染められないように頑張ってみます!」

 

 

 Aqoursの良心と言っても過言ではないのが花丸であり、俺と図書室で猥談っぽいのをした時に、あそこまで無反応でいられたことが驚きだった。流石にスク水のコスプレは耐えられなかったが、それでも純粋に恥ずかしがっていたあの反応は本人の穢れのなさを十分に表していた。誰のせいかは知らないが、徐々に変態化が進むAqoursの良心として、ずっと俺を安心させて欲しいもんだ。

 

 

「よし、次はルビィだな」

「ひゃ、ひゃいっ!!」

「そんな硬くならなくても大丈夫だって。出会った頃と比べるとかなり前向きになったのに、まだこんなところで緊張するんだな」

「だっていきなり自分の番が来たもので……。それに先生から何を言われるのかを想像している最中に……」

「あの時の積極性はどこへ行ったんだよ……。でもやっぱマスコットみたいで可愛いよお前。そうやって身体を縮こませてオロオロしている姿とかさ。それでいて練習を人一倍努力している姿も、その小さな身体で一生懸命歌って踊っている姿もな。お前は自分で思っている以上に輝いてるんだ、そのことを忘れるなよ」

「先生…………。はいっ、分かりました!!」

 

 

 ルビィは他人の目を気にしすぎる傾向があって、自分がマスコットキャラだと勝手に認定されていることに疑問を抱いていた。だけど彼女が休日も練習に励み、グループ内で自分が一番小柄であると自覚してみんなに合わせて激しく動き回ったりと、努力の結晶は人一倍大きい。そしてその事実は俺も他のメンバーも知っている。だからこそルビィには他人の目を気にせず、今の自分をもっともっと周りに見せつけて欲しい。身体は小さいけど、お前の輝きは無限大だ。

 

 

「次は善子か……」

「ちょっと、どうしてそんなにテンション下がってるのよ!?」

「勘違いだって! お前が俺の想いを素直に受け止めてくれるか心配なんだよ」

「…………言ってみなさい」

「相変わらずだなお前も……。でも楽しかったよ、お前とこうして口喧嘩する毎日もさ。教師と生徒の立場を忘れて、ありのままの俺を出すことができたんだ。もしかしたら、Aqoursの中で一番自分の素を出せたのはお前と一緒にいた時かもしれない。堅苦しい教育実習が充実したと思えた1つの理由が、お前がいてくれたからだ。ありがとう」

「だ、堕天使の気まぐれよ! このヨハネが下々の人間を助けることなんてこれっきりなんだから、盛大に感謝することね!」

「そうやって傲慢で強気なところも好きだよ、俺は」

「うっ……。アンタが素直だと調子狂うわよ本当に……」

 

 

 むしろこの状況で素直になれないとか、それこそマジのツンデレじゃねぇか……。しかし善子はこの状況でも堕天使キャラを貫くあたり、相当そのキャラに入れ込んでいるのだろう。それが彼女の魅力でもあるから、以前堕天使キャラを捨てようとした時に阻止して良かったと思っている。傲慢な中二病キャラだからこそ俺もありったけの素を出して接することができたので、これから俺たちの仲が進展したとしても、この関係だけは変わらないで欲しいな。

 

 

「次は果南だな」

「私、ですか……」

「あぁ。正直に言ってしまうと、俺から見たお前の最初の印象は、大人びてるけど素っ気ねぇ奴だなぁと思ってたよ。俺に対しても反応が薄いし、もしかして歓迎されてないのかもと心配になるくらいにな。だからわざわざお前の店に出向いたんだ、俺のことをどう思ってるのか知りたくて」

「それで着替えを覗く真似をしたと。なるほどなるほど……」

「あれは事故だ。それに今はどうだっていい。俺が言いたいのは、お前って意外と普通の女の子でビックリしたってことだよ。傍から見てみれば大人びてるけど内面は年相応で、好きな人に構ってもらえないからって嫉妬したりとか、その気持ちが抑えられず風呂場で誰かさんを襲ったりとかさ。そんなギャップのある女の子、俺は好きだよ」

「す、好きって……!! みんなに比べたら女の子っぽいところなんて全然……」

「可愛い子はそうやって謙遜するんだよなぁ~。お前もみんなに負けなくらい女の子なんだから、もっと自信を持て!」

「そ、そうですか……。先生の言葉だったら、信じてみてもいいかもです」

 

 

 善子やダイヤとはまた別の意味で素直じゃなかった果南だが、こうしたしおらしい対応を取るだけでもいかに俺に心を開いてくれているのかが分かるだろう。

 出会った頃は何をしても顔色1つ変えなかったので、もしかして男に興味のないマジ物のレズ女かと思い込んでいた時期もあった。だけど蓋を開けてみればそうではなく、ちゃんと男に恋をして周りの子に嫉妬までするような典型的な思春期乙女だったって訳だ。

 あとは謙遜し過ぎないほどの自信を持つことができれば、面倒見が良いお姉さんキャラに加えて恋する思春期乙女という、まるでアニメや漫画のキャラ特性を兼ね備えた最強女子になれるはずだ。

 

 

「次はダイヤ」

「はい、い、いつでもどうぞ!!」

「姉妹揃って身構えすぎだって……。まあお前の何事も警戒しすぎる性格は良くも悪くもあるけど、その誠実さだけはずっと忘れないで欲しいよ。お前って堅そうに見えて案外子供っぽく暴走するから、そこだけが心配だな」

「他の皆さんには心に響く言葉を伝えていたのに、私だけは馬鹿にしてます……?」

「ちげぇよ。むしろ真面目な時はどっしりと、遊ぶ時にはゆるりと構えるその二面性がお前の魅力なんだって。しっかりとオンオフの切り替えができるお前だからこそ、今のAqoursを引っ張って行けているんだと思う。リーダーは千歌だけど、時には厳しく時には優しいお前の指導があったからこそ、Aqoursはここまでやってこれたんじゃないかな」

「そ、そんなこと……考えたこともありませんでした」

 

 

 だろうな、ダイヤにとっては当たり前のことを当たり前にしてきただけだろうから。だけど本人にとっては何気ないことでも、他人から見れば感謝すべきことの可能性もある訳で、ダイヤが率先してAqoursの指導をしているのは千歌たちにとっても大助かりのはずだ。そして、そんな真面目ちゃんの中にもたまにポンコツ要素が混じるからこそ尚更可愛く見える。果南は違った表裏の二面性だが、それも彼女にしかない魅力の1つだろう。

 

 

「最後は鞠莉」

「もうっ、待ちくたびれたぞぉ!」

「俺の言いたかったのはまさにそれだ。この場でおちゃらけたノリでいられるのが凄いよ。お前はいつもみんなのムードメーカーで、同じくらいトラブルメーカーな時もあったけど、ただ騒ぎ立てているだけじゃないんだよな。しっかりとみんなを観察して、悩みがあれば親身になって聞く。曜が言ってたぞ、2人きりで相談に乗ってくれたことがあるって。その優しさで、俺が抜ける穴を埋めてくれると助かるよ。まあお前なら言われなくてもできると思うけど」

「O、Oh……平気を装うつもりだったけど、先生に素直に褒められると案外恥ずかしいねこれ……」

「俺だって伊達に顧問をやっていた訳じゃないからな。ご所望ならもっと言ってやるぞ」

「今言われたら恥ずかしさで爆発しちゃうかも……。それはまた再会した時に聞かせてもらおうかな」

 

 

 これは徹底的に褒め殺して、羞恥に侵食されつつあるその顔を更に染め上げてやりたい。ムードメーカーでありつつみんなのお姉さんポジションにいる彼女だが、ホテルでの一件を思い出せば分かる通り、想いの人をドキドキさせられるか悩むくらいには年相応の女の子だ。果南と同じく、大人っぽく見える子に限って内面はみんな子供っぽいんだよな。そういうところが可愛いんだけど。

 

 そして、これで9人それぞれに言いたいことは全て言い終わった。1人1人の顔を見るだけでその子との思い出が勝手に浮かび上がってくるくらいには、千歌たちの存在そのものが印象に残っている。誰1人としてキャラが潰れることがなく個性的で、それでいて9つの光が競い合うように、そして手を取り合って同調するように輝いている。もう俺がいなくても、彼女たちは自分たちの力で自らを輝かせることができるだろう。それに、俺がまだ引き出せていない彼女たちの魅力が絶対にあるはずだ。いつか自分たちでその魅力を開花させ、再び俺の前に現れる時を楽しみにしているよ。

 

 

 さて、本番の本番はここからだ。

 恐らく千歌たちが俺の口から一番聞きたかったであろう言葉。彼女たちの本気の想いを受け取った俺が、今度はこちらからお返しする番だ。千歌たちも場の空気を察したのか、さっきよりも一層畏まり息を呑む。

 

 

「3つ目。これが今の俺がお前たちに贈ることのできる、最後の言葉だ」

 

 

 そう、俺と千歌たちの()()関係の集大成。嘘もなければ偽りもなく、同情もなければ慈悲などもない、俺の本当の想いをみんなに伝える時が来たんだ。

 今、千歌たちはどんな気持ちなんだろうか。遂に想いの人からの返事が聞けるという期待か。もしくは告白を拒否されるかもしれないという緊張か。それか、あまりに空気が張り詰めていてただ目の前の俺を見つめることしかできないのかもしれない。なんにせよ、俺の気持ちは相手の気持ちに揺さぶられはしない。例えみんなが悲しそうな顔をしようとも、俺は自分の本心をそのまま伝える。それが告白された者の使命であり、そして俺の生き様でもある。

 確かに女の子の笑顔は好きで悲しい顔は見たくないのだが、だからと言って本心を偽ってしまっては彼女たちに申し訳ない。本心を隠し続けて嘘を付いた先に見られる笑顔なんて、それこそ作り物の笑顔だ。俺が見たいのは女の子の自然な笑顔であって、こちらが誘導して作らせた笑顔ではない。とりあえず好きだと言っておけば騙せるかもしれないが、それでは相手を満足させるだけで自分は満足できない。つまり、俺が求めているのは自分も女の子も心の底から笑顔でいられる関係。単純な考えかもしれないけど、5年前からずっと一貫させてきた己のスタンスを崩すつもりはない。

 

 だから、嘘もなければ偽りもなく、同情もなければ慈悲などもない。その本心を9人に伝えるんだ。

 

 

「ぶっちゃけ結論から言わせてもらう。お前たちと――――――まだこれ以上の関係にはなれない」

 

 

 その瞬間、千歌たちの顔色が曇った。

 そりゃそうだ、女の子好きの俺からそんな言葉が出てくるとは想像してなかっただろうから。この決心をした時からこの展開になるのは分かっていて、だからこそ事前に覚悟を決めていたんだ。

 

 でも、みんなは1つ聞き逃している。恐らく俺の言葉が否定的だったからそっちにインプレッションを感じてしまったのだろうが、その感情を覆す重要なキーワードが混じっていたんだぞ。みんなの様子を見る限り気付いた様子は一切ないので、俺から言ってやらないと彼女たちはどんどん絶望の淵に追い込まれていくだろう。早とちりしたコイツらが悪いんだけど、仕方ねぇから救ってやるか。

 

 

「言っておくけど、"まだ"だからな。今の俺とお前たちの関係では、ここまでが限度だってことだ」

 

 

 千歌たちはようやく言葉の意味が分かったのか、ハッとした表情で再び俺の話に耳を傾ける。そして、俺の告白が思ったより厳しいものだと分かったためか、本人たちはこれまでよりも一層気を引き締めているようだった。

 

 

「単刀直入に言えば、お前たちのことが好きだ。教師として教え子が可愛いとか、そんな上下関係なんかじゃない。単純にお前たちを女の子として見て、そして惹かれたんだ」

 

 

 教師と生徒との壁は確かに感じることはあった。また複数の女の子を同時に好きになったのかと思う時もあった。だけど、俺たちは社会が作り上げた制約なんかには縛られない、もっと高度な次元にいる。そもそもの話、μ'sと多種多様な関係になっている俺にとって、教師や生徒の関係やら複数の女の子やらで悩む必要なんて最初からなかったんだ。自分がどのような立場にいようとも、相手が何人であろうとも、好きになったのなら人生を共にすればいい。女の子全員を悲しませず、みんなが笑顔で歩んでいける方法。俺にはその方法を取り、そして実現する力がある。

 

 女たらしだと言われてもいい。最低だって思われてもいい。俺は彼女たちを幸せにできる一番の方法を選択しているだけだ。彼女たちを笑顔に出来るのなら、周りに何を言われたっていい。むしろ周りを納得させるくらい、彼女たちを幸せにするまでだ。

 

 

「1人1人のどこが好きになったのかは、さっき伝えた通りだ。本当はお前たちが告白してくるよりも先に伝えたかったんだけど、俺はやっぱり想いを受け取ってから返す方が性に合ってる。それだけお前たちを待たせちゃったけど、逆にそれだけ自分の素直な気持ちを隅々まで伝えることができたと思う」

 

 

 毎回毎回女の子から先に告白をされているので、自分でも情けないと思う気持ちはある。しかし、心の整理もつかないまま焦り半分で告白しても、それは俺の本当の想いじゃない。だから返事に時間が掛かってしまうのは先延ばしにしているからではなく、女の子のことを考えているからこそなのだ。

 

 

「こうして想いは伝えたけど、裏を返せばまだそれだけなんだ。今の俺とお前たちでは、これ以上の関係に発展することはできないと思う。教師と生徒だからではなく、俺がお前たちから感じる光がまだ足りないんだ。もちろん1人1人の魅力は素晴らしいよ。だけど、まだ届いてない」

 

 

 ここで千歌たちの顔を見ると、心配そうな表情をしているのは想像でも明らかであるため、彼女たちの方を向きつつもその表情を目に映らないようにする。千歌たちの悲しそうな顔を見ると、もしかしたら俺が耐えられなくなるかもしれないから。それでも、本心だけはしっかりと伝えるつもりだ。

 

 

「個々人の魅力は十分に分かってる。俺がお前たちを好きになった理由の1つもそれだから。でもあともう1つ、今度はAqoursとしてのみんなを見せて欲しい。今まで以上に舞台の上で輝いて、スクールアイドルにさほど興味のない俺を夢中にさせるようなAqoursを見せてもらいたいんだ。1人1人でも輝いて、そして9人としても輝ける。そんなお前たちを、俺は見たい」

 

 

 女の子の笑顔も大好きだが、それと同じくらい人と人の繋がりを大切にしているのが俺だ。

 5年前、元μ'sの9人が病みに病んだ時があった。結果その事態はハッピーエンドで終息したのだが、その鍵となったのがμ's同士の絆だ。絶望の連鎖が続いていた当時の状況においても、彼女たちはそれぞれメンバーのことを信じて病みに病んだメンバーを救おうとした。そんな強くて、そして相手を思いやる暖かい心があったからこそ、あの事態はハッピーエンドを迎えられたんだと思っている。

 

 

「何度も言うが、俺はお前たちのことが大好きだ。でも俺がお前たち1人1人ことを好きなだけで、みんながお互いのことをどう思っているかまでは分からない。自分たちの仲が悪いなんて絶対にありえないと思うか? だが現実は非情な時もある。俺が数年前に体験した事件だってそうだった。昨日までお互い笑顔で談笑してたんだぞ? 想像できるかよ、お互いを憎み合って傷付け合うなんてさ」

 

 

 人間関係は脆く、一度亀裂が入ったら最後、復旧するには相当な時間が掛かる。俺は彼女たちが好きだからこそそんなことにはなって欲しくない。俺が不甲斐ないせいで、またあの時と同様の事件が起こるのだけは避けなければならない。

 だから、彼女たちには今以上に強くなってもらいたいんだ。スクールアイドルで各々の魅力を磨き、そしてグループで一丸となって舞台に立つ。俺が見たいのは、今よりも更に大人になった千歌たちだ。

 

 

「とは言っても、衝突しないグループなんて存在しないよ。だからぶつかり合う時はとことんぶつかり合え。大丈夫、それは憎しみじゃない、成長だ。お互いがお互いを高め合う方法なんていくらでもあるからな。そしてより魅力的になったAqoursを、またいつか俺に見せてくれ。その時に迎えに行くから、絶対に」

 

 

 いつもは女の子側から告白されるまであまり動かなかった俺だが、今度は自分からみんなを迎えに行く。多分俺がそう決心したのは、そこまで遠くない未来を見通せていたからだろう。そう、彼女たちが今よりも一回りも二回りも成長して、『ラブライブ!』という大舞台に上がってくることを。

 

 そして、千歌たちは目を見開いた。もしかしたら彼女たちも同じ想像をしていたのかもしれない。顔立ちが誠実になったことから、9人はそれぞれ未来へ託す誓いと想いを秘め、1つの決心をしたようだ。

 

 

「俺からは以上。期待外れの告白だったかもしれないけど、俺なりに考え抜いた結果だ」

 

 

 だが、期待外れと考えていること自体が期待外れだった。

 見れば千歌たちは優しい笑みを向けており、俺の言葉にむしろ奮い立っているようだ。自分の魅力を上げること、グループとしてより輝くこと、そして俺とまた出会うこと、あらゆる思いが1つになって、彼女たちの高揚へと昇華している。ここまで俺の想いを受け取ることができたのなら、もはや俺が顧問をする必要はないだろう。つまり、俺の役目はもう終わったんだ。

 

 言い残すことも思い残すこともない。俺は彼女たちの間を通り抜け、屋上の出口に向かって歩を進める。

 お別れだ、みんな。

 

 

 

 

「先生!!」

 

「――――!?」

 

 

 その時、後ろから千歌の声が聞こえてきた。

 もうこのまま立ち去ろうと思っていたのだが、その声に釣られて立ち止まり、後ろを振り返る。するといつの間にか、左から2年生、1年生、3年生の順番で一列に並んでいた。

 

 

「私、おっちょこちょいでドジですけど、持ち前の元気で突っ走っちゃおうと思います! 先生に言われた通り、自分の心に素直になって!」

「私との秘密の共有はまだ続いていますから、これから未来永劫一生共有していただきます。なので今度会った時でも絶対に忘れたとは言わせません!!」

「私もみんなみたいに、もっと自分に自信を持ってみようと思います。そして次に出会った時には、今とは見違えるくらいの私を、先生に見せつけます!!」

 

「マルも自分の長所を磨いて、今よりも舞台で輝いて、そして先生を魅了するくらいのスクールアイドルになるずら!」

「ル、ルビィはもっと積極的になって、自分をアピールしていこうと思います! 花丸ちゃんと一緒で、先生を圧倒するくらいに!!」

「仕方ないから乗ってあげるわ、アンタの思惑にね。でもまた出会った時に、成長したヨハネの魅惑に取り憑かれないことね、フフッ」

 

「私は自分自身にもそこまで興味がなかったのですが、先生に見つけてもらった自分の魅力を伸ばして、そしてAqoursを強固な絆で結びつけるために、しっかりとみんなを見守っていこうと思います」

「先生から教わったこと、この心にしかと刻み込みました。今度会った時には、その欲に染まっている心を浄化するほどの清純なスクールアイドルとして、先生の前に現れますのでご覚悟を」

「私は1人の女の子として、そしてAqoursの1人として、先生の目が眩んでしまうほどシャイニーに輝くから、そのつもりでね♪」

 

 

 これだよ、これだから別れが寂しくなっちまう。

 いい子たちで、可愛い子たちで、騒がしい子たちで、手の焼ける子たちで、大好きな子たち。また会えると分かっていても、ここまで別れが惜しいのは生まれて初めてだ。もっと一緒にいたいけど、もう決めたこと。今度会う時は、彼女たちがより一層魅力的になった時だ。その時は鞠莉の言った通り、本当に目が眩んでしまうかもな。

 

 そこで、千歌たちは一列に並んだまま手を繋ぎあった。お互いに目を配らせて呼吸を合わせ、一斉にこちらを見た。そして、千歌の合図でお辞儀と同時に声を上げた。

 

 

 

 

「「「「「「「「「先生! 3週間、ありがとうございました!!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 ありがとうなんて言われ慣れている言葉だけど、今日ばかりは言葉の重みが違う。ここまで心に響く感謝の気持ちは久しぶりだ。それだけ千歌たちの想いが込められている、ということだろう。将来、みんながどのように成長して俺の前に現れるのか、とても楽しみだ。

 

 だから今は、暫しのお別れ。

 

 俺は何も言わず彼女たちに笑みを向けると、屋上のドアに手を掛けた。

 そして俺は、もう一度彼女たちへと振り返る。

 

 

 俺の願いは2つ。

 

 

 これからもみんなが、ずっと変わらぬ笑顔でいられますように。

 

 

 そして、またお互いに笑顔で出会えますように。

 

 

 だから、その時まで――――――

 

 

 

 

「またな!」

 

 




 これにてAqours編は完結となります。全58話とμ's編よりも短い話数ではありましたが、応援してくださった読者の皆さん、本当にありがとうございました!

 思えばAqours編の最初は千歌たちの描写にそこそこ苦戦しており、μ's編の途中で特別編として彼女たちを登場させ描写の練習をしていたものの、結局Aqours編の最初の方では彼女たちに馴染めなかったです。
 ですが、やはり零君と仲良くなっていけばいくほど彼女たちは私の想像内でもイキイキと動き始め、いつの間にかμ'sと同じくらい魅力的なキャラとして確立しました。
 μ'sとAqoursでキャラの差を比べている人たちがいますが、私にしてみれば比べる必要もないくらい全員が可愛く、誰か1人でもないがしろにしたら『新日常』はここまでの完成度にはなっていなかったと思います。
 私はストーリーを主軸にするのではなく、徹底的にキャラを可愛く描くことに重きを置いていたのですが、読者の皆さんはどう感じたでしょうか? この小説を読んで、今まで見向きもしなかったキャラを少しでも可愛いなぁと思ってくださると嬉しいです。そもそもサンシャイン自体をそれほど好きじゃなかった人に、ちょっとでも興味を持ってもらえれば更に幸いです。


 小説の評価に関して、これまで高評価をくださった方には多大なる感謝を。
 ハーメルンでサンシャイン小説の数自体は増えてきましたが、この小説が評価から何まで首位を走り続けてこられたのも、皆さんが応援してくださったおかげだと思います。無印ラブライブのキャラもサンシャインのキャラも、この小説はどの小説よりも可愛く描けている自信があるので、またあのキャラの可愛い姿が見たいと思った際には、是非この小説を読み返してみてください。

 また、これまでAqours編に感想をくださった方にも感謝を。Aqours編でいただいた感想を累計すると600件近くはあるので、それだけ皆さんお声を掛けてもらったと思うと感無量です。もちろん読んでくださるだけでも嬉しいですが、評価や感想をいただけるのはもっと嬉しくてモチベに繋がっていたので、読者の皆さんとこの小説を作り上げていったと言っても過言ではないかもしれません。


 さて、気になっている人が多いと思われる続編に関してですが、まだ何かしらの形でラブライブの小説を続けていこうとは思っています。今の段階では予告することすらできないほど内容を考えていないので、次作、またはこの小説の続編の内容が決まり次第、活動報告で宣伝するつもりです。
もちろんいつ宣伝するのかは未定なので、予告編を知りたい方は私のハーメルンのアカウントをユーザー登録しておくといいかも……と、最後にそちらの宣伝もしておきます(笑)


 長くなりましたので、ここで幕引きとします。
 μ's編から続いて読んでくださった方も、Aqours編から読んでくださった方も、最終回だけ読んでくださった方も、皆さんありがとうございました!

 サンシャインの2期を楽しみにしつつ、また零君たちに会いに来てくださることも楽しみにしています!










 最後に1つ。



 ハーレムはいいぞ!

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