俺が知らないだけなのか、それとも忘れてしまったのか。虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は、どうやら俺のことを知っている女の子たちだけで構成されたグループらしい。その事実が昨日出会った
彼女たちは俺のことを慕ってくれているだけでなく、俺に対して並々ならぬ恋愛感情を抱いていた。これまで出会ってきた上原や中須、桜坂からの愛情は凄まじく、彼女たちの話が本当ならば他の6人も同様に俺のことを思慕しているのだろう。普通ならば女の子に好意を向けられるのは大歓迎なのだが、そう素直に喜べない理由が俺自身にあった。
その理由はたった1つ。俺自身が彼女たちのことを一切覚えていないことだ。
彼女たちの想いは本気なのだが、俺が彼女たちを覚えていないせいでイマイチその想いを受け取れずにいる。もちろんそれは上原たちが自分たちの素性などの秘密を明かさないのが原因ってのもあるけど、もし俺がみんなのことを忘れているだけだとしたら一概に彼女たちのせいだと言い切れない。それは彼女たちの思い出を忘れてしまっている俺のせいだし、もしそれで彼女たちに悲しませているであれば何としてでも思い出してやりたい。
上原たちの様子を見れば俺が自分たちのことを忘れていても不満気な表情は何一つせず、むしろ笑顔で俺との再会を喜んでいるのでなおさら心が痛くなる。できることならそんな彼女たちに甘えず、俺からも何かアクションをしたいのだが……どう足掻いても思い出せないものは思い出せなかった。家にあったアルバムを総動員しても家族やμ's、Aqoursとの写真ばかりでこれといった収穫はなかったから、自力で思い出すのはもはや詰みの状態に近い。
ちなみに唯一知ってそうな奴がいるのだが、
そんな感じで多少ナーバスになりながら、俺は公園のベンチでホームレスのごとく寝っ転がっていた。相変わらず今日もダラダラと過ごしているのだが、桜坂との出会いを機に虹ヶ咲の奴らとの接し方を改めないといけないと本気で思い始めているため、そろそろ俺からも何かしらのアクションを起こさないとな。
「あっ、零くん丁度いいところに!」
「あ?」
いきなり元気な声が聞こえてきたかと思えば、寝転がっている俺の視界に凛の顔がドアップで映り込んできた。更に有無を言わせずに俺の手を握り、力づくで身体を起こそうとしてきやがる。自分で言うのもアレだがさっきまで超シリアスモードだったのに、ものの一瞬で彼女のペースに巻き込まれてしまった。
「おいっ! 急にどうしたんだ?」
「いいから早くこっちに来て! 見失っちゃうから!」
「はぁ……?」
凛は俺の手を無理矢理引っ張り公園から外へ連れ出す。
そして少し先の電柱の陰に身を潜めている金髪の少女、鞠莉の元へと連れて来られた。
「鞠莉ちゃん、善子ちゃんの様子はどう?」
「相変わらず周りを気にしながらどこかへ向かってるみたい――――って、先生? シャイニー☆」
「なんだこの組み合わせは……」
凛と鞠莉という珍しい組み合わせだが、あからさまに騒がしいこの2人に巻き込まれたとなれば俺の平穏は一気に崩れ去るだろう。ここから何かしらの面倒事に引きずり込まれるのは明白であり、その事実は俺たちの先にいる善子を尾行している時点で揺るがない。ただでさえこっちは得体の知れない女の子たちから好意を向けられ困惑しているってのに、あまり変なことに巻き込まないで欲しいんだが……まあ凛に捕まってしまった以上、もはやその願いは叶わないだろう。
「何をしてるんだって聞くだけ野暮だな。どうして善子を尾行してんだ?」
「だって凛たちは探偵だから、怪しい人を監視するのは仕事だよ」
「は? 探偵?」
「そうだよ先生。凛さんと私は同じ探偵として、探偵事務所を結成したの」
「へぇ、あっそ……」
「その名もShinyRin! 明るくて素敵な名前でしょ?」
「そうだな」
「もうっ! 零くん適当すぎるよ!」
そりゃねぇ……。面倒事に巻き込まれるのは分かっていたけど、想像以上に厄介なことが起きそうでため息も出ないくらいだ。ツッコミどころも多くわざわざ口に出すのも面倒だが、とりあえずどうして探偵ごっこなんてやっているのか。まあこの2人のことだから、ただ面白そうという理由で衝動的にやっているに違いない。2人の思考が読めるからこそツッコミを入れる気も起きず、そんなことに体力を割くくらいならコイツらに適当に付き合って頃合いを見て立ち去ろう。こんなことをやっている場合じゃないくらい忙しいんでね、俺は。
「100歩譲ってお前らが探偵なのはいいけど、どうして善子なんて尾行してんだ? どこからどう見てもただのストーカーだぞお前ら」
「違うよ先生! ほら見てよ、善子のあの様子」
「なんだよもう……」
鞠莉に促されて電柱に隠れながら善子の様子を覗いてみる。確かに言われてみればいつもの彼女らしい堂々とした雰囲気はなく、周りを伺いながらスマホ片手に歩いていた。もちろん歩きスマホはよろしくないことだが、イマドキの若者ならスマホを持って歩いていても普通というか、特段変な様子でもない。でも普段の彼女はアレだが良識はかなりある方なので、歩きスマホなんて疎まれる行為をするなんて考えにくいのは確かだ。
「歩きながらのスマホは注意すべきだろうけど、わざわざ尾行まですることか? もしかして探偵になったけど事件が全く起きないから、たまたま歩きスマホをしている善子に目を付けた……って流れじゃねぇだろうな?」
「まあそれもあるけど、凛たちはもっと大きな事件を担当しているんだよ!」
「大きな事件?」
「実はね、最近善子の様子がおかしかったの。だから私と凛さんはその理由を探るため、こうして善子を尾行してるって訳」
様子がおかしいと言われれば今の彼女を見ると分からなくもないが、善子の様子がおかしいのって日常茶飯事じゃね? ほら、日常的にやれ黒魔術だの、やれ堕天使降臨など、痛々しいセリフを連発しては周りにスルーされるほどの変人ちゃんだ。良識はあると言ったもののそれが発揮される場面は限られており、善子と言えば常識人という人よりも中二病や堕天使を思い浮かべる人の方が多いだろう。つまり、アイツの様子がおかしいことなんて今に始まったことじゃないってことだ。
「それで? 善子のおかしいところって? いつも一緒にいるお前がそう言うんだから、ただ中二病を拗らせ過ぎたとかじゃないんだろ」
「それがね、最近の善子、練習が終わるとどこかへ出かけちゃうの。私たちにはコンビニに行くとかコスプレショップに行くとか言って、毎回言い訳は違うんだけどね」
「でもそれだけで怪しいと疑うのはどうなんだ?」
「私も最初はそう思ったんだけど、凛さんから聞いた話で疑いは大きくなったわ」
「凛の話? お前、善子と会ったことあるのか?」
「うん、さっき街中でばったり会ってね。なんだか忙しそうにしてたから挨拶だけだったんだけど……」
「つまり、最近練習が終わってから急いでどこかへ行く用事があるってことか」
「そういうこと。さすが先生、話が早いね!」
鞠莉が善子を尾行しているってことは、彼女が何をしているのかAqours側は知らないのだろう。ということはプライベートで極秘にどこかへ行ってるとか? 善子の性格を考えるに中二心をくすぐられるコスプレショップだったり、単純にオタク趣味の店なんだろうけど、それだったらわざわざ鞠莉たちに隠す必要もない気がする。それにその店に行くなら急ぐ必要もないので、凛と出会って挨拶で終わらせるくらいに急いでいたのはそれなりの理由があるのかもしれない。
まぁ、だからと言って俺たちがコソコソ尾行する理由にはもちろんならないがな……。
「アイツのプライベートが気になるのは分かるけどさ、あまり穏やかじゃねぇだろ尾行なんてさ」
「零くんは知りたくないの!? 善子ちゃんの乙女チックなところ!」
「は……?」
「忘れちゃったの? 凛たちは探偵なんだよ。だからシャーロックホームズも顔負けの推理で、既に善子ちゃんの行き先は分かっているんだにゃ!」
「…………へぇ」
「あっ、信じてないねその顔!」
「もう先生ったらバカにして! 私たちのWonderfulな推理に腰を抜かしても知らないからね!」
鞠莉の頭がいいことは知っているが、あの凛と同調している時点で何となくお察しだ。そもそも邪な心がなければ善子に直接事情を聞けばいいものの、それをせず探偵ごっこをして楽しんでいる奴らの推理なんて信用しろってのが間違ってるだろ。尾行する理由は分からなくもないが、ただ単に探偵となった自分たちに酔っているようにしか見えねぇから……。
しかし凛も鞠莉も尾行そっちのけで俺に輝かしい目線を向けてくるため、よほど自分たちの推理を披露したくてたまらないのだろう。聞くだけ無駄だと思うけど、聞かなかったら聞かなかったでウザ絡みされそうだし、ここは素直に受け止めてやるか。善子を見失わないために多少は受け流しつつな。
「そんなに熱い目線を向けるな。一応聞いてやるから」
「ホントに!? いやぁ凛たちの推理が凄すぎて、推理小説になっちゃうかもねぇ~♪」
「…………帰るぞ?」
「ゴメンゴメン! 実はね、善子ちゃん――――デートかもしれないんだよ」
「はい……?」
デート? 誰が? 善子が男と?
んな訳ねぇだろ。だって善子は俺のことが――――
「あれぇ~? 先生もしかして、嫉妬してるぅ? Jealousy感じちゃってる??」
「あまり見くびるなよ。常に勝ち組の人生を送っている俺が、そんなことくらいで嫉妬するはずないだろ」
「Doubt! どうせ独占欲の強い先生のことだから、『善子は俺のことが好きなはずだ』って思ってるでしょ♪」
「ぐっ……」
「零くん顔真っ赤で可愛いにゃ!」
「うるせぇええええええええええええええええええええええ!!」
「わっ、零くん声大きいって! 善子ちゃんに聞こえたらどうするの!」
クソッ、身体が芯から熱い! まさかコイツらにからかわれることになるとは……。しかも善子がデートっていうのも真実が発覚していないのに衝動的に熱くなってしまったので、俺の精神もまだまだ未熟だってことかよ。でも仲のいい女の子が他の男に靡いてると思うと、それが真実か否かに関わらず多少は取り乱しちゃう気持ちは分かってもらいたい。別に寝取られ趣味はないのだが、身近な女の子が他の男とこっそり会っている(かもしれない)と聞いて黙っていられるほど、俺はまだ人間が出来上がっていないんでね。
とにかく一旦深呼吸をして落ち着いたので、そろそろ本題へ戻ろうか。
ちなみに俺たちの存在は善子に気付かれていないようだ。夕方で帰宅ラッシュのせいか人通りも多くなってきたので、多少声が出てしまっても問題はなさそうだけど。
「どうして善子がデートに行くって思ったんだ? あまり下手なこと言うとこの場で襲うぞ」
「やっぱり嫉妬してるじゃん零くん……。まあいいや、凛がそう疑ったのは、善子ちゃんが買ったものだよ」
「買ったもの?」
「実は凛が善子ちゃんと会ったのは100円均一のお店なんだ。そこで善子ちゃんはヘアブラシを買ってたんだよ。それはつまり、デートに行く前に自分の髪型を整えるため! ほら、髪は女の命って言うでしょ?」
「わざわざヘアブラシを買わなくても、髪くらい家で整えていけばいいだろ?」
「それは多分鞠莉ちゃんたちにバレるのがイヤだったんじゃないかな。今のAqoursって一軒家で一緒に住んでいるから、こんな夕方に髪を整えていたら疑われちゃうもん」
「ヘアブラシくらい家からでも持っていけるし、お前の言い分はわざわざ100均でブラシを買った理由になってねぇぞ」
「むむむ、零くんって凛たちがあぁ言えばこう言うよね」
「あからさまに不機嫌になるな……」
ただ的外れな推理を添削してやっただけなのに、どうして俺が悪いみたいな空気になってんだ……。さっきも言ったがヘアブラシなんて女の子なら大抵持ってるだろうから改めて買う必要なんてないし、急いでいるのならなおさら100均に立ち寄るタイムロスがある。つまり急遽新しいヘアブラシが必要になったんじゃないかな?
「凛さんの推理もだけど、私の推理も聞かせてあげようか?」
「お前も善子がデートに行くと思ってんのか……」
「だって善子、最近シャンプーにかなり拘りを持ってるみたいなんだもん。難しそうな顔をして携帯を見つめてたから、こっそり後ろから覗いてみたの」
「ストーカーといい覗きといい、探偵より犯罪者だなお前……」
「話の腰を折らない! 女の子がシャンプーを気にするのは髪質が気になる時と、好きな男性が出来た時だけなんだから。そして善子が見ていたのはいつも使っているのとは別のシャンプーだった。つまり、東京で運命の人と出会って途端に自分を変えたくなったってことだよ!」
「そんな馬鹿な……」
女の子がどのタイミングでシャンプーを変えるのかは知らないが、鞠莉の言うことに妙な説得力があり思わずたじろいでしまう。俺からしてみれば善子が髪に並々以上の拘りを持っているとは思えないけど、恋は人を変えると言われるし、彼女も女の子だから自分の魅力を上げることを意識してもおかしくはない。そう考えると、もしかしてデート説って意外に濃厚なのか……? でも彼女が好きなのは俺のはずだし、東京で突然出会ったぽっと出の奴なんかに気難しいアイツが靡くなんてことは……。
「100均でヘアブラシを買ったのも、自前のモノが壊れちゃって急いで買う必要があったからだと凛は踏んでるんだよ」
「まぁなくはないと思うけど……でもなぁ……」
「ねぇ鞠莉ちゃん、零くんの目から段々光がなくなってるよ」
「これが噂に聞く、男性の醜いヤンデレってやつね!」
ひでぇ言われようだなオイ……。でも先日は桜坂のことを散々ヤンデレ呼ばわりをしたのに、まさに自分もそれになりかけているからもしかして伝染したか?? 気になる男が他の雌に取られそうになる女の子の気持ちが、今初めて分かったような気がする。心がちょっとずつ闇に染まっていく感じってこういう感覚なんだな……。最初は大したことのない推理だろうと思い軽く受け流す気でいたが、凛と鞠莉の主張が想像以上に現実味を帯びていたので焦ってしまう。
本当にデートなのか善子の奴。マジで……?
「あっ、善子ちゃんがスーパーに入ったよ! また何か買うのかも」
「気になるからって飛び出しちゃダメだよ先生。こっそり覗き見るだけだからね」
「覗き見るのも相当ダメだと思うけど……」
善子がスーパーに入るのを見計らって、俺たちも時間差で入店する。明らかに怪しい挙動なので監視カメラに引っかかって事務所に連行されないか心配だが、幸いにも店内にはそこそこ人がいるので目立つことはなかった。
善子はとあるコーナーへ向かうと、そこで少し迷いながらも1つの商品を手に取る。
だが、その時に事件は起こった。
少し離れたところからその様子を見ていた俺たちは、たまたま目に入ってきたその商品のラベルを見て驚愕を露にする。
「あ、あれって、赤ちゃん用のミルクじゃない!?」
「What's!? 見間違え?? でもはっきりとこの目で……」
凛の言う通り、善子が手に取ってカゴに入れたのは間違いなく赤ちゃん用のミルクだった。これからデートなのかまだ確証はなかったけど、これでようやくはっきりしたな。彼女はデートに向かうのではない。どこの誰がデートなのに赤ちゃん用のミルクを携えるっていうんだよ。彼氏と赤ちゃんプレイをするってのなら話は別だけど、そんな特殊プレイをする女の子だったらこちらから縁を切っちゃうぞ。
他の男に靡いていた訳じゃなくて安心したのだが、また1つ新たな謎が浮かび上がってきた。
どうしてアイツ、赤ちゃん用のミルクなんて買ってんだろう……? 普通の牛乳よりもそっちの方が好きで、これまで極秘で赤ちゃん用ミルクを嗜んでいた……とか? 全くもって訳わかんねぇ!!
「まさか善子ちゃんって――――赤ちゃんがいるの!?」
「そんなはずはないと思うけど……。ま、まさか!?」
「えっ、でもまさか?!」
「どうしてこっちを見る!? んな訳ねぇだろ!!」
凛と鞠莉は目を丸くして俺を凝視するが、身も蓋もない冤罪を吹っ掛けられたこっちの気持ち分かってんのかコイツら!? まだ16歳の女子高校生であり元自分の生徒を孕ませたとなれば、俺はもう社会どころかこの世にいられなくなるだろう。確かにそのような願望がないと言えばウソになるが、行く先々で出会った女の子を産ませる凶暴な種馬と思われてるのが釈然としねぇ……。そんな犯罪者に見えるか、俺??
「いや、零くんのことだから既に手を出したのかなぁ~っと」
「私たちの寝ている間にこっそり種付け完了とか、先生だったらありがちだし」
「お前ら、俺のことどう思ってんだよ……」
「「変態」」
なんかもう善子のことは二の次でいいから、今日は一晩かけてコイツらとじっくり
あぁ、案の定また面倒事に巻き込まれてしまった。当初の予定通り、頃合いを見てそろそろ帰る時間かなこれは……。
To Be Continued……
執筆していて思ったのですが、凛と鞠莉ってテンション的にも案外ウマが合うと思っています。逆にこれまで執筆していて雰囲気が全然違うコンビだなぁと思うこともあり、やはりウマが合うコンビというのは筆も進みやすいです。
皆さんはμ's&Aqoursのコンビでウマが合いそうな組み合わせは、誰と誰を想像しますかね?
次回は凛&鞠莉編の後編ですが、善子が出しゃばる頻度の方が多くなるかも……()
よろしければ小説に☆10評価をつけていってください!
そろそろラブライブ小説の総合1位になれそうな予感()