μ'sにもAqoursにもない独特な見た目と雰囲気に、私のイチオシキャラだったりします。
最近のアイドルや声優、その他メディアに進出する女性の中には、自分の顔を公開せずやCGで作成したキャラクターを動かして、そのキャラを代役に見立て芸能活動をしている人たちがいる。本人が表に出ずアバターを使用する試みがかなり流行しており、その活動はネット上だけに止まらず、テレビ番組に出演したり特集を組まれたりするくらいには世間に認知され始めている。昨今では就職活動の面接などもCGキャラを使用し、わざわざ会社に出向かなくても家で面接ができるようにするなど、IT企業界隈では近未来な取り組みも進んでいるようだ。
なぜバーチャルの世界でそのような活動が広まっているかと言うと、やはり顔出ししなくてもいいってのが大きい理由の1つだろう。アイドルは良くも悪くも顔が第一印象で、言ってしまえば顔が可愛いか、美人か、整っているかで評価が分かれやすい。人間を顔で見るなと言いたくなる人もいるだろうが、アイドルは自分を魅せてなんぼの職業であるため顔でその人を判断されてもおかしくないのだ。
その点を踏まえると、CGキャラを使用すればその問題は一気にクリアできる。万人受けするキャラを作るのはもちろん無理だが、美少女キャラにしておけば3次元アイドルよりも批判が圧倒的に少ないのは確かである。それにアバターでの活動が主であることから、中の人がプライベートを縛られることはあまりない。リアルでの活動だとSNSで下手な発言をして炎上し、自分の評価が下がってしまうことはザラだ。だがアバターを使用していればそんな心配もなく、そのアバターのSNSアカウントさえしっかりしていれば、中の人は自分の私生活を縛られないのである。万人受けの良さと活動する本人の自由度が高い、それがバーチャルキャラを使用する大きな理由だろう。
そんな訳で、最近はネット上で活動するバーチャルな女の子が爆発的に増え、こうしてビルの特大モニターにも出演するくらいには社会現象となっている。まあここが秋葉原ってこともあるだろうが、ネットで流行ったことがすぐにリアルに影響を及ぼすところを見ると、この世はつくづくインターネット界隈に浸食されてると思うよ。
俺はモニターに映るバーチャルキャラの動画を見ながら、相変わらず人の多い道を闊歩していた。今日はμ'sがスクフェスに出場する際に着る衣装サンプルを引き取りに来たのだが、いつ来てもここは活気に満ち溢れてるよな。特にスクフェスが近いこともあってか、至る所に宣伝ポスターや動画が流れ、先程のバーチャルキャラも実はスクフェスの告知をしていたのだ。もはやネット上でアイ活をする時代、そう遠くない未来にバーチャルキャラにスクールアイドルのシェアを奪われそうで恐ろしいよ。そうならないためにも、スクールアイドルたちに現実アイドルの良さをアピールしてもらわないと。
そんな中、たくさんのポスターや動画に現を抜かしていたせいか、目の前に女の子が飛び出してきたことに気付かなかった。状況を察知した時には既に俺の進路に女の子がいて、回避行動が間に合わずにぶつかってしまう。とは言っても倒れ込むようなことはなかったのだが、女の子は小柄なせいか、俺にぶつかった瞬間にこちらに背を向ける形で身体が少し吹き飛ばされた。
「ゴメンなさい。よそ見をしていたもので」
「いえいえこちらこそ……って、えっ!?」
「ちょ、ちょっと?」
俺のぶつかった女の子は謝る過程でこちらを振り向きかけたが、何を思ったのかまたすぐに背中を向ける。そのせいで顔を確認できなかったのだが、亜里沙やルビィ以上にちんちくりんな身体、アホ毛が目立つピンク髪、そしてクソ暑い夏にも関わらず身体より一回り大きいパーカーを着ているその恰好に、俺は見覚えがあった。
「お前、虹ヶ咲の天王寺璃奈か?」
「うっ、ば、バレた……」
「お前の恰好って特徴的だから、会えば一目で覚えられるしな」
「それって、私の身体が中学生並みのロリ体型って言いたいの?」
「いやそんな皮肉じゃなくて、単純にその服装が特異だって言ってんだよ。夏に長袖のパーカーを着て、しかも袖口から手を出してない。こんなクソ暑い中でそんな格好をしてる奴なんてお前くらいだよ」
「これはファッション。スクールアイドルたるもの、気温の変化くらいでオシャレを崩すなんてあり得ない」
「そりゃ見上げた精神ですこと……」
璃奈は俺に背を向けながら己の持論を展開する。いくらオシャレに気を遣うと言っても熱中症になったら意味ないだろと思ってしまうが、見る限りでは汗もかいていないようだし、夏にその格好をすることに慣れているのだろう。
それにしても、璃奈はいつになったら俺の方を向いてくれるんだ? さっきからずっと俺に背を向けたまま喋っているので会話がしにくいったらありゃしない。まあこっちから正面に回り込んでやれば済む話か。
「ま、待って。璃奈ちゃんボードを出すまでそこから動かないで」
「あぁいつものアレね。つうか今日はプライベートなんだろ? だったらいらなくね?」
「いる。あれがないと人と上手く喋れないから」
「対人恐怖症かよ……。俺と喋るのも無理なのか?」
「むしろ零さんと対面で喋るのが一番無理」
「えぇ……そこまで怖いか俺?」
「違う。好きな人だから緊張するの」
「そ、そっか」
いつもの如くあらぬ被害妄想をしてしまったが、突然の告白紛いなセリフに思わず動揺してしまう。思いがけず璃奈と出会ったからすっかり頭から抜け落ちていたが、そういや虹ヶ咲の子たちと俺は過去に思い出があるんだよな。俺自身が覚えてないので非常に申し訳ないが、彼女たちとは幼い頃に少しの期間だが一緒に遊んだ仲らしい。そこから紆余曲折あって彼女たちは俺に恋心を抱くようになり、ほんの数週間前に再会した。
俺にそんな過去があったことにはもちろん驚いたが、また別のことでもビックリしたことがある。それは彼女たちの積極性だ。幼い頃に俺を好きになり、その気持ちを今になって伝えることができたからか、彼女たちの押しはμ'sやAqoursと比べると断然強い。"愛"を伝えることに恥ずかしさを感じておらず、むしろ俺の気を引こうと積極的になっているのだ。だからさっき璃奈は平然と俺のことを『好きな人』と言っており、これまで数多の女の子から好意を持たれてきた俺ですらその気概に臆してしまう。彼女たちからの想いを受け取るのは、μ'sやAqoursとは別の意味で大変かもな。
しかしここで、俺の脳内にちょっとした悪知恵が浮かんだ。もはや子供の悪戯レベルだが、いきなり璃奈の前に回り込んで顔を拝んでやろうと画策している。だってさ、そこまで隠されると見たくなるのが人間の性ってやつじゃん? しかも顔ってのは人間を一番良く表す部分であり、喜怒哀楽はもちろん、体調の変化や気分の度合いなども全部顔に表れる。彼女と恋愛関係になるかもしれないこの先、相手の顔を知らないってのは非情にやりづらい。だからこそどうにかして璃奈の顔を拝んでみたいのだ。それに無理矢理にでも顔を見たら、コイツがどんな反応をするのか楽しみでもあるしな。名目はあるが、結局自分の嗜虐心に火が付いているだけかも……。
とにもかくにも、まずは交渉してみるか。悪戯をするのはその後、交渉が決裂して向こうが安心しきってる時がいいだろう。
「なぁ、誰にも言わないから顔見せてくれよ。自分の顔に自信がないとか、そういうことじゃないんだろ?」
「そうだけど、見せるのはイヤ。それに璃奈ちゃんボードの顔が私の表情を代弁してくれるから、会話はできるはず」
「喋ることはできるけど、本当の表情が見えなきゃ会話とは言えないぞ」
「その点は大丈夫。ボードの表情を瞬時に変更すれば、会話中にもリアルタイムで相手に表情を伝えられるから。私はもうその領域に達してる」
「凄いのか凄くないのか分かんねぇな……」
「ほら見て、ボードの表情がどんどん移り変わっていくでしょ? この華麗な手捌きは誰も真似できない」
「どれだけ人と対面したくないんだよお前!?」
確かに璃奈のボード捌きは凄い。複数のボードを瞬時に入れ替えることで、彼女の言った通り会話中でもリアルタイムに表情の変化が見て取れる。ボードを入れ変える手捌きは肉眼ではとてもじゃないが追いつけず、気付けばボードに描かれている表情が変わっている。まさしく洗練された無駄のない無駄な動きだが、その動きをマスターしてるってことは、それだけ人とは対面で話したくないってことだ。ただ単に恥ずかしいだけなのか、それとも何か別の事情があるのか……。どちらにせよ異性に愛を伝えることよりも対面する方が恥ずかしいって、やっぱり虹ヶ咲も変わり者ばかりだ。
そして予想通り交渉はあっさり決裂したので、ここらでちょっと悪戯をしてやるか。まさかコイツも顔面のボードを力づくで外されるとは思ってないだろう。別に彼女に何の恨みもないが、これがドSの嗜みなんだよ。
そんな邪な考えを持ちながら、俺は璃奈の方に一歩踏み出す。
だが、同時に彼女は一歩後退りした。まるで俺の動きを読まれていたかのようで、見ればボードの顔が"怒"の表情に変わっていた。
「な、なんで怒ってんの……?」
「このアホ毛レーダーが不穏な気を察知した。目の前の酷男が邪悪な心を私に向けている、そんな気配をね」
「な、何言ってんだ。俺がそんなことをする訳ねぇだろ」
「ストップ、それ以上動かないで。ザ・ワールド」
「それで時が止まったら苦労しねえって」
そんなネタを持ち出してくるってことは、よほど自分の顔を俺に見られたくないらしいな。でもそこまで隠されるとますます見たくなってくる。経験のある人は多いと思うけど、スカートの中のパンツを見たいのと同じ理論だ。パンツもただ曝け出されているのを見ても特に何も感じない。スカートという防壁に守られているパンツを覗き見てこそ興奮を煽られるってもんだ。防壁に阻まれた先の楽園が輝いて見えるのは、その楽園を拝む過程で努力と苦労があるからだろう。今がまさにそんな感じで、璃奈が抵抗し俺が苦労するほど素顔を見たくなってくるのだ。
子供ながらの好奇心を抑えることができず、俺は通り魔のごとく璃奈に手を出した。
だが、彼女はひらりと身をかわす。俺の動きを読んでいるのか、一寸の狂いもない軽やかな身のこなしだった。見事と言うべき無駄のない無駄な動きに、俺たちは思わず見つめ合ってしまう。とは言ってもボード越しで本当の表情は見えないが、そこに描かれている顔は口角を上げた憎たらしい表情をしていた。
「むかつくなその顔……」
「どやっ! ってことですよ。さっきも言った通り、不穏な気配は察知できる。特に私の顔を見たいがためにこのボードを外そうとしてきた人は何人もいた。その人たちを軽くあしらって、悔しそうな顔を見るのが人生の楽しみ」
「えげつねぇことしてんのなお前。そんなことに労力を使うなら、まず素顔を晒せるようになれよ」
「まだ私が動く時ではない」
「スクールアイドルやっててそのセリフはねぇだろ……」
冒頭でも言ったが、アイドルなんて顔こそが評価を分ける。内面や性格はもちろん重要だけど、顔が良ければそれだけでメディア映えもいい。そう考えると顔を隠したままスクールアイドルをするって相当なチャレンジャーだと思う。しかもそれで虹ヶ咲はスクフェスの事前投票で1位を掴み取ってるんだから、もうこちらからは何も言い返すことができない。その実績があるってことは璃奈ちゃんボードなるもののウケもいいってことだ。このご時世、何が流行るのか想像もつかねぇわ。
「それにしても、人前に顔を晒すのが恥ずかしいのによくスクールアイドルをやろうと思ったよな」
「合宿の時に言ったけど、スクールアイドルを極めることこそ零さんに自分の愛を伝える方法だったから。だから歩夢さんたちとスクールアイドルを始めた。自分たちの想いを示すため、零さんに振り向いてもらうため、零さんの特別な人になるために」
相変わらず虹ヶ咲の子たちから感じる愛情は重い。だがそれだけ彼女たちの覚悟が本気だと伝わってくる。こうしたさり気ない日常会話でも躊躇なく俺への想いを語れるあたり、μ'sやAqours以上にメンタルは強いと思う。辛い過去を乗り越えて俺と再会できたことで迷いも吹っ切れたのか、押しの強さと気迫はこれまで出会ってきたどの女の子たちよりも凄まじい。その勢いがあるからこそ、まだ事前投票とはいえスクールアイドル界隈でトップを勝ち取ることができたのだろう。
そういやコイツらの過去で思い出したけど、顔を晒せない理由って、もしかしたら本当に人前で見せられないんじゃないか? 幼い頃に住んでいた施設が火事になった経緯があるから、その時に火傷を負った……とか。もしそうだとしたら、かなり無神経なことをしてしまった気がする。
「零さんが今考えてることを当ててあげようか? 私の顔が大変なことになってるんじゃないか、そう思ってるでしょ」
「よ、よく分かったな……」
「さっきまでは悪戯っ子の顔をしていたのに、今はしかめっ面をしてたから。でも安心して。火事で火傷をしたとか、事故でケガをしたとか、そんなのじゃない。ただ本当に素顔を出すのが恥ずかしいだけ。自分の性格なのか体質なのかは知らないけど、全然表情が作れなくて困ってる」
「だから顔を隠してるのか。スクールアイドルなのに表情がないってのは致命的だもんな」
「それそれ。だからこのボードで表情変化を表すしかない」
「そこまで苦労してるのにも関わらず、スクールアイドルを続けてるお前が凄いよ」
むしろ俺に自分を魅せたいからこそ、そんな苦労さえも背負い込む覚悟があるのだろう。もはや虹ヶ咲の子たちは人生の主眼に『神崎零』を置いており、それ以外の生き方を全て捨てている。見上げた覚悟だと他人事のように言ってしまうが、果たして俺は未だかつてないほどの真っ向からの愛を受け止めることができるのか……? いや、悩んでいても彼女たちは止まらない。俺もスクフェスまでになんとか彼女たち9人の想いを受け取るだけの器を広げておかないとな。
「でもさ、ケガしてないんだったらそれこそ俺には顔を見せられるんじゃね? 恥ずかしいのは分かるけど、俺はこれまで女の子たちの悩みを悉く解決してきた経験があるんだ。もしかしたらお前の無表情も治せるかもしれないぞ」
「無理、絶対に無理。私が顔を晒したら、あまりの可愛さに心を打たれて死んじゃうから。この世から男性がいなくなっちゃうくらいに」
「本当にそうだったとしたらそれこそ見てみたいっつうの」
「ダメ。男性が私の目を見るとチャームの力が働いて、性欲に支配された獣になっちゃう。一度獣になったらその興奮を収まるまで、周りの目を気にせず淫行を繰り返すようになる」
「意外とそっち系の話題もいけるのか……」
「これくらい、今の若者なら普通」
「そりゃたくましいことで」
そういやAqoursのも意外と性知識が豊富だった記憶がある。今の時代はネットでどんなことでも調べられるから、見た目は清純そうな子でも中身は淫乱だってことは普通に有り得そうだ。南ことりとか、渡辺曜とか、もはや思い当たる節がありすぎてここに列挙するだけでも相当な数になるなこれ。
そして、とうとう璃奈は自分の顔を晒すことはなかった。ボードの表情がコロコロ変わるため彼女の感情は読み取れるのだが、いつかは本当の彼女とこうしてバカな日常会話をしてみたいものだ。もしお互いの想いが通じ合った時は素顔を拝めるのだろうか? 流石に墓に入るまでには見せてくれないと、人生で悔いが残りそうだ。
「零さん、無理矢理このボードを引っぺがそうとは思わないんだね」
「最初はそうしようと思ってたけど、そこまで抵抗されたら仕方ねぇよ。一応これでも女の子に優しくがモットーなんでね」
「肉食系のクセに女の子に優しいとか片腹痛い」
「うるせぇな……」
「でも、力ずくで顔を見ようとしないのは優しさだと思う。男性の力があれば私のような小柄で可愛い子なんて、簡単に組み伏せられるでしょ」
「どうして自分アゲたのかは知らないけど、そんな強姦みたいな真似しねぇって」
「それが優しさなんだよ、零さんの」
「この程度で優しいうちに入るのか?」
「私が保証してるんだから間違いなし」
全くもって根拠のない保証だが、彼女が満足しているのならそれでいっか。素顔を見たいのは山々だけど、逆に璃奈ちゃんボードを使用してスクフェス本戦をどこまで勝ち進めるのか見物したくもある。今の彼女たちの実力でμ'sとAqours、その他の強豪を相手にどこまで戦えるのか見せてもらおうじゃないか。
「ま、いつかは見せてあげる。私の本当の顔」
「それ、行けたら行く並みに信用できない発言だぞ」
「だったら約束。零さんが私の唇を奪う時に見せてあげる。ボードを付けたままだとできないしね」
「そ、そっか……」
更なる衝撃発言を放った璃奈は、それ以上は何も言わず秋葉原の雑踏の中に消えた。俺はというと彼女の発言に対して呆気に取られ、その場で立ち尽くすだけだ。
虹ヶ咲の子たちは自分の想いを伝えることに躊躇いがないと知っていたけど、まさかここまでとは。もう将来を誓い合う気満々ですやん……。
今日はまた、彼女たちの新しい"強さ"を思い知った気がする。
そして彼女たちがこれまで見せた気迫はまだまだ序の口だと知るのは、まだ先の話である。
最初に璃奈を見た時は見た目が異質すぎてちょっとなぁ……と思いましたが、公式の漫画やインタビュー記事等で彼女の性格や話し方を見ると、一瞬でお気に入りになりました(笑) 意外と思われるかもしれませんが、無感情な女の子キャラが好きだったりします。その無感情な表情をどう崩してやろうかと、ドSな心が芽生えちゃうくらいには(笑)
新たに☆10をくださった
雪兎 蓮さん、普通怪獣カサクさん
ありがとうございます!
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小説執筆のやる気と糧になります!