ラブライブ!~蓮ノ空との新たなる日常~   作:薮椿

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 暗闇に堕ちた零を救うのは、これまで自分が手を差し伸べてきた女神たちだった。


闇を裂く希望

 気付けばいつの間にか、スクフェスの会場内を歩いていた。

 秋葉の部屋から飛び出してどれだけの時間が経ったのか、そもそもアイツの部屋にいた頃から時間の感覚なんてなかった。ただ心に衝撃を加えられ、これでもかと言うくらいに抉られ、満身創痍でボロボロになってからは記憶が曖昧だ。1つ覚えているのは、アイツが語った『嘘』。それを思い出すとまた俺に多大なる重圧がかかり、忘れようと心を無にすることもできない。もはや今の俺は秋葉の術中にハマっていて、自分がアイツの手のひらで踊らされていることも分かっている。でも、それに対抗することはできない。言わば、哀れな操り人形と化していた。

 

 ただこうして歩いていても、何か解決方法が見つかる訳じゃない。だが、何かをしていないと重圧に押し潰され、それこそ俺が俺でなくなってしまいそうで怖い。いや、今の俺も十分俺でなくなっているのかもしれない。穂乃果たちや千歌たちを想う気持ちも、歩夢たちを気にかける心も、結局はアイツによって誘導されていた。恋愛や女心に疎い俺が、これでも自分なりに色々結論を出してきたと思ったのに、まさか他人の引いたレールの上を歩かされていただけだったとは……。

 

 それでも、秋葉は俺に期待していたらしい。自分の引いたレールをいつ俺が脱線するのかを。これまでに何度もアイツと1対1で、俺の生き方について真っ向から話し合ったことがあった。そのたびにアイツは的確な意見をくれたけど、それすらもアイツの誘導操作だったんだ。レールを脱線させたいのに、俺が止まっていたり後退したら困るからだろう。最初からいい奴とははなっから思っていなかったが、いざこうして真実を突きつけられると相当来るものがあるな……。

 

 

 これからどうすればいいのか、全く分からない。とりあえず、みんなからの連絡を目に入れたくないから携帯だけは見ないようにしている。Aqoursのライブを観に行かなかった罪悪感もあるし、何よりみんなの名前を見るだけでもかなりのプレッシャーがかかる。アイツらのことを好きになったこの気持ちが、本当は他の奴に作られたものだと知った今、まともにアイツらを直視できない。直視どころか、脳内にアイツらの姿が思い浮かぶだけで苦しくなる。それならスクフェスの会場を途方もなく歩き回って、自分の頭を整理した方がいい。ここまで追い詰められている以上、落ち着けるのか怪しいけどさ……。

 

 

 身に降りかかる重圧を何とか取り払おうと、形だけでもいいから俯いていた顔を上げ、空を見上げる。すると俺の目に、会場に設置してある時計塔が目に入った。

 正直、やってしまったと後悔した。自分の心の整理をするのが最優先だから、今の時間なんて些細な情報すらも頭に入れたくなかったからだ。そして、その後悔は想像以上のものとなる。

 

 

「も、もうお昼過ぎてんじゃねぇか……って、μ'sと虹ヶ咲の予選も終わってる……!!」

 

 

 Aqoursの予選も観に行けなかっただけでなく、μ'sと虹ヶ咲の予選まで逃すなんて……。どのグループとも絶対に観に行くって約束してたのに、Aqoursだけでなく他のみんなとの約束も破っちまったな……。つうか、これで尚更みんなと顔を合わせづらくなっちまったじゃねぇか。まぁ自分のせいと言えば自分のせいなので、下手に言い訳せずに話した方がいいのかな? アイツらのことだ、たくさんの観客がいたとしても俺が来ていないことくらい分かってたと思うし。

 

 

 さて、どうすっかなぁこれから。

 

 

「あれ、先生?」

「ホントだ。こんなところにいたんですね」

「善子、梨子!?」

 

 

 屋台が軒を連ねるエリアで、偶然にも善子と梨子に出会う。

 心の整理がつかないまま誰かに会うのは避けようと思っていたが、どうやら運命というのは残酷らしい。どう考えても俺がライブに来なかった理由を問いただされるに決まってる。意気揚々とコイツらに問題の元凶を掃除してくるとか言って出て行ったのに、こんなに沈んでいる様子を見たら何があったんだと勘ぐっちまうよな。だから、適当な言い訳ではこの場を逃れることはできないだろう。

 

 無駄かもしれないけど、とりあえず平静を装ってみるか。

 

 

「よぉ、予選が終わったから食べ歩きか?」

「はい。今日の予定は全部終わったので、みんな好き好きに会場を回ろうってことになりまして。μ'sもA-RISEもSaint Snowの皆さんも、そして虹ヶ咲のみんなのライブも凄い盛り上がりでしたよ」

「そ、そうか……。A-RISEもSaint Snowも終わってたか……」

「ん? アンタ、なんか暗くない? 結局誰のライブにも来てなかったみたいだし、一体何をやってたのよ」

 

 

 そうだよな、そう来るよな。でも、そう安直に理由を話せる訳がない。俺がお前たちに抱いていた感情は、もしかしたら嘘だったかもしれないなんて口が裂けても言えねぇよ。しかもコイツらは、今回のスクフェスを機に俺に自分たちの魅力を最大限に見せつけようとしている。それが彼女たちなりのアピールでもあり、自惚れかもしれないが俺への告白だと思ってる。

 

 そんな気概を持っている奴らに、一途な想いをぶち壊すような真実を伝えられるか? いや、できない。

 それに明日以降もスクフェスは続くから、コイツらに余計な心配はかけたくないしな。

 

 だけど、ずっと黙ったままでいる訳にもいかない。以前にμ'sのみんなと、悩みがあるなら1人で抱え込むのはやめにしようと誓いを立てた。俺自身、誰かの心に土足で踏み入るのは好きだが、自分の気持ちはひた隠しにする傾向にある。その性格のせいで、穂乃果たちには迷惑を掛けたこともあった。

 だから、何かしら話した方がいいのかもしれない。降りかかるプレッシャーを押しのけてから全てを話したい気持ちは山々だが、現状、そのプレッシャーを払いのける方法なんて見つかってない。これからも見つかるかどうか分からないし、だったら誰かに相談して少しでも楽になった方がいいのかも。もちろん悩みを話せばその人に自分と同じプレッシャーを感じさせる訳だから、相手の負担も大きくなることは覚悟しておかないといけないけどな。

 

 

「なぁ。自分が自分でなかったとしたら、お前らはどう思う?」

「はぁ? 何よそれ?」

「いや、深い意味はないんだけどさ。もしお前が中二病じゃなく、至極真っ当な女子高生として生活している姿を想像してみて、どうかなぁって」

「そ、それは……なんていうか、想像できない。引き籠りだった頃は夢見てたけどね」

「そうだね。善子ちゃんは中二病で不幸キャラっていうのが染みついてるから、普通の善子ちゃんを見たら別人かと思っちゃいそう」

「そりゃそうよ。今の私こそが私なんだから、もしものことなんて考える必要はないわ。ていうかヨハネ!」

 

 

 なんつうか、教え子ながらにたくましいなコイツ。確かに善子は中二病を脱却しようとしていた時期もあったが、今やそれを自らのキャラとして確立している。そういや、そうさせたきっかけは俺だったな。下手に着飾らなくても、いつも通りのお前でいいと言ってやった気がする。着飾らない自分を受け止めてくれる人たちがいるんだから、無理にキャラを作る必要はないんだって、そう彼女に伝えた。

 

 

「先生、本当にどうしたんですか? いつもとは雰囲気が違うといいますか、ちょっとどんよりしてません?」

「そう見えるか?」

「はい。私たちのライブに来なかったことと、何か関係あるんですか?」

「アンタね。私たちには悩み事があるならすぐに相談しろとか言ってくるくせに、自分の気持ちだけは隠すその性格、直した方がいいわよ」

「はは、よくご存じで……」

「知ってますよ、先生の性格くらい。ね、善子ちゃん?」

「だからヨハネ!」

 

 

 最初は俺といがみ合っていた梨子だが、今では俺の性格を熟知するくらい親密な関係になっている。梨子には善子たちとは違って、特別教えを教示したことはない。だけど、特別な出来事がなかったからといってお互いに距離があるとは一切思っていない。何気ない日常の中で一緒に過ごしていけば、自然と相手との距離は縮まるのだ。

 

 それは、心の距離も一緒。

 いつの間にか、お互いがお互いに惹かれ合っていることなんて普通の話だ。今の俺の心と、梨子の心の距離はどれだけ縮まったんだろうな。

 

 

 今の俺……。

 これも、秋葉の誘導によって工作されたものだったりするのか……?

 

 さっきまではそのことに関して疑問すら湧かなかったが、今は違う。梨子と善子と話したことで、気持ちを整理できるきっかけを掴めたかもしれない。

 

 

「悪い、言い訳は後で話す。だから、少し1人にさせてくれないか? 何かを見つけられそうなんだ」

「…………分かりました。でも、無理はしないでくださいね」

「どんな事情を抱えてるのかは知らないけど、次会った時にそんな暗い顔をしてたら許さないから。きっちり笑顔で戻ってくること、いいわね?」

「相変わらずお前は手厳しいな。でも、ありがとう。元気出たよ」

 

 

 誰かに心中を打ち明けるって重要なことだ。しかも、最初に打ち明けたのがこの2人なのは運が良かったかもしれない。梨子はもちろん、善子はあんな性格だけど、仲間の様子や状況判断が瞬時にできる子だ。だから、いつの間にか俺も安心して語り過ぎてしまった。この問題はこれまでぶち当たってきた壁の中でも、自分自身で解決しなければいけない問題No.1だ。それなのに喋り過ぎてしまったってことは、この2人の言葉に安らぎを感じたからかもしれない。

 

 

 やっぱり、お前ら最高だよ。

 また1つ、俺の中で彼女たちの想いが募った。

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

「ここは……」

 

 

 考え事をしながら歩いていたら、またしても周りの景色が変わっていた。さっきまでいた屋台エリアとは打って変わって、来場客がみんなカメラやスマホで何かを撮影している。

 ここはスクールアイドルの歴史を時代ごとに振り返っているブースだ。スクールアイドルの起源とも言われるA-RISEの初ライブステージ映像や、μ'sがUTXの屋上で『ユメノトビラ』を披露している映像、その他、時代を一世風靡したスクールアイドルたちの映像や写真も一般に公開されている。人気のスクールアイドルの自己紹介映像など、世間に流通している中ではプレミアが付いているモノも多く、熱狂的なファンでない限りは手が出しにくい代物なのだ。

 でもこうして無料で一般公開されたことで、これまで観られなかった貴重な動画を一般人が見られるようになった。これでまた来場客がスクールアイドルに対しての好感度が上がれば、運営側としてこの企画は大成功だろう。

 

 

 それにしても、どのスクールアイドルも輝きが半端ねぇな。画面越しなのに、彼女たちの魅力が全身に伝わってくる。だからこそ、今日の予選はステージの眼前で見たいと思ってたんだよ。画面越しでも心を揺らされるくらいなんだから、生で彼女たちのライブを見たらマジで感動しちゃうかもな。

 

 

「せ、先生……?」

「ルビィ? それに花丸もダイヤも、ここに来てたのか」

「先生こそ、どうしてここへ? 連絡しても音信不通でしたし……」

「それに先生、マルたちのライブは見てくれましたか……?」

「あぁ、その……色々悪い」

 

 

 梨子と善子に話した以上、ここで嘘を付いても意味がないので素直に謝る。そもそもコイツらも、俺がライブを観に来ていないことくらいはステージの上から見て知っているだろう。なのにその質問をするってことは、もしかしたらどこかで見てくれているんじゃないかという希望を持ってのことだと思う。でも残念ながら、みんながライブをしている最中の俺は秋葉に潰されていたんだよな……。

 

 

「先生……? 何か悩み事でもあるんですか?」

「そう見えるか?」

「は、はい……。あっ、で、でも、ルビィの思い過しかもしれないのでスルーしていただければ……はい」

 

 

 驚いた。この中で真っ先に俺に踏み込んできたのが、まさかルビィとは。花丸とダイヤも心配そうな表情をしているから、恐らくルビィと同じことを考えてはいたのだろう。でも、先陣を切って俺に話しかけてきたのはルビィだ。いつも一歩引いて中々自分の意見を言い出せないコイツがねぇ……。これも成長の証なのかな。

 

 そういや、自分がAqoursのマスコット扱いされてることに腹を立てて、俺に文句を言ってきたことがあったっけ。まあそれも俺に怒ってもらいたいがためであって、そこまで深刻な悩みではない。でも、周りから自分のことを可愛いと思われているだけの存在というのが納得できなかったらしい。だから俺を怒らせてみようという発想に至ったのだが、そもそもそんな積極的な行動を彼女が起こすこと自体が驚きだ。さっき真っ先に俺に悩みがあることを見抜き、それを問いかけてきたことといい、内気で小心者の彼女が相手と対面で話すことを望んでいる。よく考えてみたら、すっげぇ成長だよな。

 

 

「先生がそこまで暗い顔をするなんて、珍しいずら」

「柄じゃねぇのは分かってるんだけど、こればっかはな」

「何があったのか、それを話す話さないは先生の自由ですが、相談できる相手は目の前にいるってことを忘れないでください」

「はは、教師が生徒に相談事なんて情けねぇ」

「教師と生徒の関係だからとか、そんなものはどうでもいいですわ。もし先生の目の前で悩んでいる姿を見かけたとして、かつ、その人との上下関係がはっきりしているとしましょう。先生は、上下関係を感じる人だからといって手を差し伸べるのをやめる人ですか?」

「そ、それはない……」

「つまり、私が言いたいのはそういうことです」

 

 

 ダイヤも梨子と同じく、俺と出会った頃は敵意を剥き出しだった。だからこそ、こうやって俺を諭してくるなんて、当時の関係じゃ考えられなかったことだ。元々口調が鋭いので強い諭し方にはなっているが、むしろそっちの方が今の俺の心に響く。こうして、誰であっても堂々と自分の考えを投げられるあたり、流石ダイヤだって思うよ。

 

 しかし、一応これでも奥手な部分はある。特に恋愛面は非常にその性格が強く、俺に上手く想いを伝えられずに悩んでいたことがあった。果南や鞠莉と比べると、彼女は一歩引いてしまう節がある。だから俺に本心を伝えられず、その結果自分だけ俺との仲が進展してないと悩み事を吐露されたんだ。

 そうだ。コイツは悩み事をしっかり相手に伝えて、そして解決した。だからこそ自信を持って、さっきみたいに俺を諭すことができたのだろう。

 

 

「マルは、大切な人が苦しむところを見たくありません。できるなら助けになりたいと思ってますけど、先生のことだから、これは絶対に自分が解決しなきゃいけないことだと考えているんですよね?」

「すげぇな、当たりだよ」

「伊達に読書家を名乗っていませんから、話の内容から人の心情を読み取るのは得意です。でも、無理だけはして欲しくありません。先生のことは信用していますが、少し心配で……」

「お前、国語のテストでよくある作者の気持ちを考える系の問題、いつも満点だっただろ」

「えへへ、それほどでも……って、今はマルのことはどうでもいいずら!」

 

 

 花丸の人の気持ちを察する能力は、Aqoursの誰よりも長けているだろう。でもその能力があったとしても、不用意に人の心に踏み込まないのは俺との大きな違いだ。悩み事の早期解決のために相手の心を踏みつけるリスクを犯す俺と、お悩み解決まで少し時間がかかってもいいから、丁寧に相手のことを考える花丸。その性格は彼女のゆったりとした雰囲気そのもので、主体性に重きを置く俺と客観性を重視している花丸では、やはり性格が異なっている。

 

 そうだ。秋葉の言葉を真正面から全部受け止めるのではなく、一度冷静になって情報を整理し、アイツの言い分が本当に受け入れるに値するモノなのかを考えた方がいいかもしれない。アイツから放たれた衝撃の真実を、俺の器で受け止めることができなかった。だから迷ってたんだ。アイツの言葉を全て処理することができず、俺の思考がオーバーフローして思考が停止しちゃってたんだから。

 

 なるほど、そういうことか。

 相手の意見を真っ向から受け入れたと言って、それを信じる必要はないんだ。こっちはこっちのペースで受け入れたモノを処理すればいい。当たり前のことだけど、あらゆる重圧に苛まれると意外と忘れちゃうんだよな。

 

 

「みんな、ありがとな。ちょっと楽になったよ」

「何度でも言いますが、絶対に無理はなさらぬようお願いします」

「落ち着いた時に、何があったのかまた聞かせてもらえると嬉しいずら」

「ルビィの先生は強いんです。だから、プレッシャーなんかに負けないでください!」

 

 

 

 またしても教え子からの激励を受け、この場を去る。

 心の闇が徐々に取り払われるのと同時に、彼女たちへの想いも少しずつ花が咲き始めていた。

 

 

 

 

To Be Continued……

 




 これまで自分が助けてきた人たちに、今度は自分が助けられる。そんな展開が実は好きだったりします。
 かつて零君がAqoursに諭してきたことを、今回はAqoursのみんなが同じ内容で零君を諭す。気になった方は、Aqours編の各個人回を読み返していただければと思います。



 次回はAqoursの残りのメンバーが、かつての恩師を救います。

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