今回はしずく登場回です!
なんだろう、さっきはこの学院に来てから過去一で疲れた気がする。それも身体的ではなくて精神的に。例え夢とはいえ人が欲望に塗れた姿を目の前で見るのは中々に狂気染みたものがあった。まあ俺の欲望がアイツらの眼前に曝け出されなかったのは良かったかな。いくらアイツらの欲が深くても底なし沼の俺には勝てないし、そんな沼に捕らわれたら最後夢から解放されるかも怪しかったから。
そんなわけで疲れが抜けきらぬまま学校案内が再開された。璃奈は俺の壊したインディアンポーカーのカードを修復するために一行から外れ、代わりに眠気が覚めた彼方が加わった。
今は校舎から伸びる連絡通路を歩いているのだが、隣を歩いている高咲がさっきからチラチラ俺のこと見つめてきやがる。また知らず知らずのうちにセクハラ行為をしちまったか……?
「お前なんださっきから。言いたいことがあるなら素直に言え」
「い、いや、お兄さん彼女とかいるのかなぁ~って」
「俺のことを狙っているのか? モテる男は辛いな」
「違いますよ! お兄さんって自意識過剰でチャラチャラしてるしたくさんの女の子と遊んでそうじゃないですか? だから本気で好きになった女性とかいるのかなぁと気になっちゃいまして」
「明らかに褒められてはねぇよな……。好きになった女の子はたくさんいるし、惚れられた回数は無数、付き合っている子は10、いや20くらい?」
「は?」
「お前から聞いてきたくせになんだその『コイツ何言ってんの』みたいなリアクションは……」
「いやいや、普通『0』か『1』だと思うじゃないですか!? あまりの桁違いに驚いちゃったんですよ!!」
そういやコイツには俺のことを全然話してなかったっけ。そもそも好んで人に話すような内容ではないので口を滑らせてしまったのは迂闊だったか。これまでの高咲との会話で何度コイツをドン引きさせたか分からないが、間違いなく今回が一番嫌悪感を示されていると思う。手を出しただけの女の子が20人なら最悪まだしも、付き合っている子が二桁人数だなんてそりゃそう思っても仕方ねぇよな……。
「侑ちゃん落ち着いて。零さんだったらこれくら当然だから」
「彼方ちゃんたちも最初はビックリしたけど、今となったら『あぁ~また付き合っている子増えたんだぁ~』程度で納得しちゃうよ」
「想像以上にお兄さんの魔の手がみんなに浸食してる!? もう私の方がおかしいみたいな雰囲気になってるじゃん!!」
「俺のことを好きにならない奴は不要だ」
「なんでちょっとヤンデレ気質になってるんです……?」
「冗談だ。お前の方が正常だから安心しろ」
「なんかお兄さんや歩夢たちと一緒にいたら私までおかしくなりそう……」
高咲は頭を抱えて項垂れる。そりゃ男1人と女の子複数人の集団なんていつの時代だよって話だからな、コイツの気持ちは分からなくもない。むしろコイツのような正常な奴が1人いてくれた方が俺たち自身が異常な日常を繰り広げていることを自覚できるし、この関係が大っぴらになるような真似を止めてくれそうだから高咲の存在は貴重だ。そもそも俺たちの関係を知っている人が少なく、知ってる奴が漏れなく変な奴(悪魔の姉、子煩悩母、淫乱理事長、ロリガキ姉妹、ビッチ幽霊)ばかりだからな……。
そんな感じで高咲に衝撃の事実を振り下ろしながら、歩夢の先導で俺たちは校舎とはまた別の大きな建物の前へとやって来た。
「ここは?」
「講堂です。ライブや公演用の設備が充実していて、他校からここを使わせて欲しいとわざわざ足を運んでくれることもあるんですよ」
「もう悉く俺の母校との差を見せつけられるな……」
「音ノ木坂だっていいところはたくさんありますよ! ほら歴史があるところとか、それと……う~ん」
「ないなら無理に擁護しなくてもいいぞ。もう何年も前に卒業したから過ぎた話だ」
「彼方ちゃん的にはあの伝説のμ'sがいたって事実だけでも凄いと思うけどね~」
「実際にそれで廃校は逃れたし生徒もまぁまぁ増えたからな。逆に言えばそれ取り柄がないけど……」
μ'sと言えば今ではレジェンドスクールアイドルとしてA-RISEと肩を並べている。ソイツらが通っていた学校ってだけでも大きなアピールポイントだが、もちろん当の本人たちはもう学校にはいない。今でも廃校にならないくらいの生徒数はいるみたいだが、アイドル研究部とか今どうなってんだろう。もし新たなスクールアイドルが誕生していたら様子を見に行ってもいいかもしれない。
そんな会話をしながら講堂内に潜入した。広さは音ノ木坂も負けていないが、やはり内装も古臭くなくてオーケストラ会場のような美麗さを誇っているこちらに軍配が上がる。
そしてステージでは何やらお芝居の練習が行われているようだ。そこには見慣れた顔もあったので声をかけてみる。
「相変わらずいい演技じゃねぇか、しずく」
「えっ……? ふぇえええええええっ!? れ、零さん!?」
桜坂しずく、彼女も同好会メンバーの1人だ。どうやら演劇部で練習をしていたようで、役にのめり込んでいたしずくは俺の姿を見て後退りして驚く。
「私がみんなにサプライズで零さんをお連れしたの。しずくちゃんのいい反応が見られてドッキリ大成功だよ♪」
「そりゃ驚きますよ! それに零さんに私なんかの拙い演技をお見せするなんて恐れ多いです!!」
「いやここに入った時にちょっと見たけど全然そんなことなかったぞ。一度お前の演劇を見てみたいと思ってたから丁度良かったよ」
「だったらもっと本気でやれば良かった……いやいつも本気ですけど、零さんに見られているとなればそれ以上に!!」
「別にそこまで力まなくても……」
「いえ! 零さんが見ている前で真の本気を出さなかったらどこで出すっていうんですか!!」
「お前、演劇のことになるとマジで熱くなるよな……」
しずくはお淑やかで清楚な見た目とは裏腹に、自分の熱中するものには情熱を大量に注ぐ熱血である。その点はスクールアイドルに魂をかけているせつ菜と似たようなもんだ。たまにいるんだよな、普段はおとなしいのに特定の話題の時にだけ早口になるオタク気質を持つ奴。ご飯のことを熱く語る花陽を思い出したよ。
そしてそんな俺たちの隣では、歩夢たちが演劇部の長身の女の子(リボンの色的に3年生)と会話をしていた。
「ねぇねぇ、もしかしてしずくってあの零さんって人のこと好きなの?」
「部長さん!? そ、それはその……」
「別に隠さなくて分かるけどね。あんなに女の子の顔をしているしずくは初めて見たから。これなら恋をテーマにした演劇の主演もできそうね」
「まあ好きなのはしずくちゃんだけじゃなくて彼方ちゃんたちも――――」
「あーーあーー彼方さん演劇部から枕を借りましたからこっちで寝ましょう!!」
「えぇ~さっきたっぷりいい夢を見たから流石に眠くないんだけど……」
「こういう時に限って目が冴えてる……」
彼方が公開してはならぬ事実を暴露しようとしたが、高咲のナイスディフェンスによって何とか危機を脱出する。アイツら俺の知らないところで勝手に俺と女の子たちとの関係をバラしたりしてねぇだろうな??
そして歩夢たちと話していた演劇部の部長は、俺としずくを品定めするようにまじまじと見つめる。俺はここで実感した。また何か面倒事に巻き込まれるのだと……。
もちろん俺の予感に間違いなどない。部長は何やら策士染みた顔で俺たちに話しかける。
「せっかくだから特別練習をしましょう。しずくが想いを寄せるそちらの男性と、もちろんしずくでね」
「えぇええええっ!? 零さんと演技練習ですか!? そ、そんな私、零さんの前でなんて緊張して上手くできる気がしない……」
「おい勝手に決めるな……」
「すみません。でも愛しのしずくのためだと思ってここはどうかお願いします!」
「断るって言ったら?」
「しずくが泣きます」
「勝手に人の涙を人質にすんなよな……。てか愛しのって……」
「違うんですか? しずくが男性に対してあそこまで活発にコミュニケーションを取るところを初めて見たので、てっきりそういう関係なのかと」
「まぁ間違ってはないけど合ってもいない……かな」
ここで否定したらしずくを悲しませることになるので敢えてぼかした言い方をしたが、別に間違ってないよな? 虹ヶ咲の奴らとは親友以上恋人未満の言葉がピッタリと合う。本人たちからは度を超えた愛情を持たれているからそう思われてないかもしれないけど……。
「はいはーい! しずくちゃんがやるなら彼方ちゃんもやりたいで~す!」
「はぁ? お前も?」
「一度でいいから演劇をやってみたかったんだよね~。スクールアイドルとしてのスキルアップにもなるし、しかも零さんと一緒にできるなんていい機会だもん」
「あのな、俺はまだやるとは言って――――」
「はいはいはい! 参加します!!」
「侑ちゃん!? もしかして侑ちゃんも零さんと――――いや、この流れって……」
「参加します! 歩夢が!!」
「やっぱり!?」
「皆さんがやるのであれば、演劇部の私が逃げる訳にはいかないですよね!」
あぁダメだ、またしても同調圧力により拒否すらできない状況になってしまった。なんだかんだしずくもやる気に満ち溢れた目をしてるし、彼方も珍しく熱くなっていて、歩夢はいつも通り高咲によって推薦(強制)参加。ただの学校案内のはずがどうして演劇までさせられるんだ俺は……。
「ちゃんとした台本はないけど、いずれ演劇でしずくにやらせるつもりだった役の構想はこの紙にまとめてあるから、みんなはこれを参考にしてね」
「俺は? 男役の台本はないのか?」
「アドリブ力をお見せいただけると大変助かります」
「随分とへりくだってるけど言ってることめちゃくちゃだなお前……」
演劇をやったことない素人にアドリブを要求するとか演劇部の部長がやることかよ……。どうもこの部長に遊ばれている気もするが、歩夢たちのスクールアイドルとしてのスキルアップと考えて割り切るしかないか。
~※~
最初にステージに上がってきたのは彼方だ。だが雰囲気がいつもとは違う。普段はマイペースでのんびりしていて見てるこっちまで眠くなりそうなのに、今は顔付きも冷たく触れたら凍ってしまいそうだ。しかもご丁寧に衣装はドレスのような白いワンピースに着替えており、白い傘を差してお嬢様のような風貌になっている。既に役になり切っているんだろうけど、従来の暖かい雰囲気が全くないので一瞬別人かと思ったぞ。
ここまで来た以上適当に演技をするのも申し訳ないから、ここは俺もコイツに合わせてやるか。
「あら、ごきげんよう零様」
「様……?」
「こんなところで偶然会うなんて、やはり私たちは共に結ばれるべき運命なのですね。さて、結婚式はいつにいたしましょうか? 場所の確保や式の費用は全て私の財閥が負担しますので、あなたは何も気負う必要はありません」
「話が超速で進んでいくな……」
いつもの彼方とは思えないほどはきはきとした口調で見事にお嬢様を演じている。設定的にどうやら婚約をしている男女らしいが、敢えてここで突っ撥ねてみたらどうなるんだろうか……? 台本がないためどのような演技をするかは俺たちの自由なのでちょっくら反応を見てみるか。
「俺たちってそもそも付き合ってたっけ……?」
「な゛っ……!? 毎晩愛し合っているというのに、まさか私とは遊びだったのですか!? 私の身体の隅々まで好き勝手に開発しておきながら!!」
「俺どれだけ鬼畜設定なんだよ!? そんなことをした記憶はない」
「まぁ!? ということは、まだ私を認めてくださらないと言うのですね。何が欲しいのですか? 私をATMとして利用したい? 私をダッチワイフとして使用したい? 財閥のお嬢様である私をあなたの都合のいい時に使い走りにするパシリとして傍に置きたい? さぁなんなりとあなたの欲望を吐き出して、私をあなたにとって価値あるモノとして認めてください!!」
「最初のクールな雰囲気はどうした? 蓋開けたらメンヘラかよ!?」
「あなたが私を認めるまで、この場を離れることはできませんよ」
「なに……?」
気付けば周りに黒服サングラスの女性たちが俺たちを取り囲んでいた。どうやらSPに変装した演劇部の部員たちだろうが、この短時間でこのシチュエーションまで考えたってことか??
そして彼方のこのキャラ、ただのメンヘラではない。あまりにも拗らせ過ぎて末期症状となり、相手を傷付けてでも自分を認めさせようとする厄介メンヘラだ。しかもお嬢様が故に自分の財力を駆使して意中の相手を何が何でも我が物とするその狡猾キャラは、まさに創作キャラあるあるで既視感しかない。それに加え彼方の名演技が合わさって最強に見えた。
「無理矢理私のことを認めてもらおうとは思いません。しかしあなたがこのまま拒み続けるのであればお屋敷に連れ込み、しばらく私と共に生活していただきます。そして私との生活、いや"性"活に耐えられなくなったあなたは、いずれ私を襲うことでしょう。その時こそあなたが私を認める時となるのです。フフフ、あなたの忍耐力が強いか、それとも理性が崩壊するのが先か、とても楽しみですね♪」
彼方は俺の顔を下から覗き込むように見つめると、笑顔で壮絶なる計画を暴露する。こんな小悪魔、いや悪魔となったドSキャラの彼女はもちろん初めて拝むので、もし俺がドMだったら例え演技だったとしても身体に走る快感が止まらなかっただろう。
「はいそこまで!」
「えぇ~これからいいところなのに、彼方ちゃんもっとやりた~い」
「残念ながらもうすぐ別の部活がここを使う予定なのでこれ以上は。でも今のだけでも見事な演技でしたよ」
「凄いです彼方さん! 私ゾクっとしちゃいました!」
「私はあまりキャラ付けとかに詳しくないんですけど、いつもと雰囲気の違う彼方さんもいいと思います!」
「これからは演劇部に助っ人が欲しい時は頼りにさせていただきます!」
「そこまで褒められると照れちゃうよ~♪」
みんなに演技を絶賛されて緩んだ表情で照れる彼方。いつも通りの彼女に戻ったが、やっぱり演技のキャラとのギャップが凄まじすぎるな。本当にさっきのはキャラ付けだったのか、それとも彼方の中にメンヘラの気質があってそれが発揮されただけなのか。それは彼女のみぞ知る……。
~※~
「次は歩夢か」
「は、はいっ! よろしくお願いします!!」
「あ、あぁ……」
「…………」
「…………」
「…………」
「あのさ、何かやってくれないと反応できないんだけど……」
「す、すみません!! まだ心の準備が……」
次にステージに上がってきたのは歩夢だが、やはり緊張しがちで引っ込み思案な性格も相まって役にのめり込めていないようだ。
歩夢は大きく深呼吸をすると、目を鋭くさせて俺を睨み付けるような目線で睨む。とは言ってもそもそもコイツは怒りを露わにする性格ではないので、必死に怒り顔を作っている様は非情に微笑ましい。ていうかどんな役柄を渡されたんだ……? なんか弁当箱を持ってるし……。
「ほ、ほらお弁当よ!」
「あ、あぁサンキュ」
「か、勘違いしないでよね!! いつもコンビニ弁当だと身体に悪いと思ってるだけで、別にア、アンタのためじゃないんだから!!」
「いや身体のことを想ってくれてるのに俺のためじゃないって言われても……」
「ふぇっ!? た、確かにそうですね……」
「キャラ崩れてるぞ」
「はっ!?」
なんとも分かりやすいツンデレキャラだが、歩夢が受け取った役柄はそれか。しかしメンヘラを完璧に演じていた彼方とは違って、歩夢はツンデレに全然なり切れてない。セリフだけはいっちょ前だが、そもそも表情に羞恥が見えているため雰囲気が伝わってこないんだよな。真姫のような刺すようなツンツンをよく見ているせいか思わずダメ出ししちゃいそうだ。
だが必死に演じているその姿はとても可愛い。小さい子供が頑張って大人の女性になろうと背伸びをしている、そんな光景を見ているかのようだ。
「はぁ? お弁当を食べさせてくれ!? そ、そんなことするわけないじゃない!!」
「ちょっと待て、勝手に話を進め――――」
「お前の料理は美味しいから是非お前の手で味わいたい!? そ、そこまで言われたら仕方ないわね……。アンタのためじゃないから勘違いしないでよね!!」
「ツンのレパートリーそれしかねぇのかよ……って歩夢、聞こえてるか……? いや必死過ぎて聞こえてねぇなこれ……」
「はい口を開けて!! あ~ん!!」
「おい箸を口に突っ込もうとするな!!」
「はっ!? 私は一体何を……!?」
もはや役を演じてるというよりも役の方に捕らわれてしまってるな……。
ようやく目を覚ました歩夢だが、やはり必死さが先行していたためか自分が何をやっていたのかもよく覚えていないらしい。何も挟んでない箸を無理矢理こちらに押し付けようとするくらい妄想が広がっていたみたいだし、その点においてはしっかり役にのめり込んでいたとも言える。ただ本人の性格が圧倒的にツンデレ向きではなかったせいで微笑ましくしか見えなかったけど……。
「歩夢可愛かったよーーーっ!!」
「歩夢ちゃんみたいなツンデレ幼馴染だったら、彼方ちゃん欲しいかも~」
「例え自分の役柄に合わずとも全力で演技をする。歩夢さんの演劇魂、見せていただきました! 次は私の番ですね!」
「あ、ありがとう……」
想像以上に褒められたようで、歩夢はもじもじしながら照れる。ツンデレにはなり切れていなかったけど、ツンデレになりたい清楚系幼馴染キャラだと思えば可愛さ100点満点だったかもな。
~※~
最後はしずくがステージに上がる。
――――のだが、何やら様子がおかしい。俯き前髪で表情を隠しているのでかなりホラーチック。それに衣装の袖から赤い絵の具を垂らしてまるで血のようだ。
そして俺はしずくの演じているキャラを知っている。女の子の放つこの異様な雰囲気は数年前のあの苦い記憶を呼び覚ます。
「どうして……どうして他の女のところにいくの……? これからは私がずっと愛してあげるって言ったのに……」
「俺は女を1人だけ愛することはできない。俺のことを好きになった子はみんな大事にしたんだ」
「私だけを見てくれればいいんだよ……。あなたの瞳に他の雌豚が映ること、あなたの耳に他の雌豚の声が聞こえること、あなたの鼻に他の雌豚の匂いが入り込むこと、あなたの脳内に他の雌豚の記憶が植え付けられること、みんな耐えられない。だから全て私で染める……」
「残念ながら俺はお前のモノじゃない。俺は俺のモノだ」
「そう……だったら私のモノにするしかないね……」
「はい……?」
途中までは演技に付き合ってやったのだが、懐からナイフを取り出したのを見て思わず素に帰ってしまう。演劇の小道具なのは分かるのだが、本物と差し支えないくらいに刃先が鋭く煌めている。しかもそのナイフからも赤い絵の具が露のようにぽたぽた滴り落ちていた。流石演劇部が演じていると言ったところか、ヤンデレ慣れしている俺でも思わず戦慄してしまう。
「あなたの首、腕、脚、性器まで全て切り落として私のモノにするよ……。私だけを愛してくれないのなら、もうあなたの全部を私が貰うしかないよね……」
「やってみろ。できるものならな」
「行くよ――――ッ!?」
「うぉっ!? あぶねっ!? てか本気かよ!?」
「私はあなたの全てが欲しい。あなたの全てを私のモノにしたい。私の部屋をあなたの身体の一部で飾るの。これでいつも一緒だね! アハハ、アハハハハハハハ!!」
「ちょっと!? マジで刺さるって!!」
しずくは俺との距離を一気に縮めると、何の遠慮もなくナイフを俺の身体に突き刺そうとした。そしてようやく見えたその表情、目は濁り切っていて笑顔は黒い。本当に演技なのかと錯覚してしまいそうになるくらいだ。てか最近会ってなかったからその鬱憤が溜まって今発散しようとしてねぇよな……?
「どうして逃げるの……? やっぱり他の女のところに行こうとしてたんだ……。私の方が何百倍も愛していると言うのに!! でも残念、他の女はもういないよ。私の腕から流れるこの汚らわしい血、誰のか分かる……?」
「他の奴も殺ったって設定かよ本格的だな……。だったら――――」
「ひゃぅっ!?」
さっきまでのドスの効いた声とは裏腹に、しずくは雌の声を上げる。それもそのはず、俺が正面から抱きしめてやったからだ。彼女のそれなりにある胸の感触が俺に伝わるくらいに思いっきり抱き寄せる。表情こそヤンデレを演じるために冷たかったが身体はちゃんと暖かい。この状況でヤンデレキャラとしてどんな演技をするか、虹ヶ咲演劇部の主演女優まで務めたコイツの実力をしかと拝見しようじゃないか。
「ふにゃ~……」
「しずく……? おい頭から湯気上がってんぞ!?」
「零さんに抱きしめられるなんて……ふにゃ~……」
「即堕ちが早過ぎるだろ!? もっと抵抗するところを見たかったのに……」
いくらヤンデレを演じようともしずく本人の恋心の方が表に出てしまったようだ。しずくは目を回しながら顔を赤くし頭を沸騰させている。もはや俺が支えていないと動くことすらできず、さっきの俺を刺そうとした機敏な動きが嘘みたいだ。ちょっと抱きしめただけで堕ちるヤンデレなんて、アニメや漫画でこんな展開をされたら絶対に読者に叩かれるだろうな……。
「おいお前ら、しずくを介抱してやってくれ――――って、どうして席の後ろに隠れてるんだよ……」
「どうやらあの子たち、しずくの演技を見て怖くなっちゃったみたいで……。それにしても、やっぱりしずくはあなたのことを……」
「だったらアンタが引き剥がすの手伝ってくれ。コイツ気絶してるくせに俺にベッタリで離れようとしないから」
「あら、お似合いですよ。しずくも幸せそうだし、しばらくごゆっくり~」
「おい待て!! どうしてステージの上で気絶した女の子を抱きしめなきゃいけねぇんだ!? それにもうすぐ別の部活がここを使うんだろ?? おーーいっ!!」
演劇部部長は悪戯そうな笑顔を俺に向け舞台裏に消える。そして他の部員も『お幸せに!』だとか『ヒューヒュー!』だとか、もしかしなくてもコイツら最初からこれが見たいがための特別練習だっただろ……。
あぁ分かった。この部の部員全員俺が徹底的に調教してやる。自分が女の子であること、男の俺に屈服する様をたっぷり堪能させてやる。こうなった俺はヤンデレより執着心が強いからな、覚悟しておけよ。
だけどその前に、幸せそうな顔をしているコイツをなんとかしないとな……。
一方その頃、歩夢たち。
「しずくちゃん、まさか私たちのことを想像してあんなことを……!? もしかして私たち刺されちゃう!?」
「学校案内が終わったらしずくちゃんの好きなモノを買ってあげよう! うん!」
「さっきのしずくちゃん、夢に出てこないといいなぁ……」
ビビっていた。
To Be Continued……
ハーメルン内で虹ヶ咲の小説がどれくらいあるのか調べてみましたが、意外と少なくて驚きでした。やはりアニメの出来がいいのでそっちで満足しちゃってる感じなんですかね……? 私としてはストーリーよりもキャラの可愛さ重視なので、キャラに重点を置いた小説をもっと見たいです。この小説で自給自足はできないので、どなかたに丸投げします!(笑)
よろしければお気に入り、感想、高評価をよろしくお願いします!
今後の小説執筆の糧となります!