話自体は少し短いですが、彼女が遂にある決意を――――
「いやぁ~ゴメン侑ちゃん、部屋の片付け手伝ってもらっちゃって!」
「別にいいですけど、どうしてこうなるまで放っておいたのかが気になります……」
「私、片付けできないから♪」
「いや笑顔で自慢することじゃないですからね!?」
何故かは知らないけど、私は秋葉さんに理事長室の掃除に駆り出されていた。
いきなり『理事長室の片付けを手伝って』と連絡が来たので部屋に来てみたら想像以上に散らかっていて、学校のトップがいる部屋とは思えないくらいだった。秋葉さんがいつも着ている白衣、難しいことが書かれた書類、お偉いさんとの会合やパーティの招待状(秋葉さん自身が有名人で超美人だからこういったのが頻繁に来るらしい)などがテーブル、ソファ、床に散乱している。そして何かの研究の設計書みたいなものや、触れてはいけなそうな用途不明の謎の発明品まで転がっており、辛うじて足の踏み場がある程度だ。
お兄さんによると秋葉さんは片付けができない性格のようで、できないというよりも研究に夢中になって身の回りのことを疎かにしてしまいがちらしい。集中力が物凄いせいで掃除どころか身だしなみを整えなかったり食事を取らないことが多く、大学に研究室を構えていた頃はふしだらな生活が常態化していたんだとか。今は家に住んでいるので妹の楓さんがあれこれ世話を焼いているみたいだけど、このように理事長室に籠っている時は誰の目もないからこうなってしまっている。何でもできる完璧超人にも弱点っていうのはあるんだね……。
「ていうかこのお皿洗ってないじゃないですか!? すぐ洗わないとカビ生えちゃいますよ!?」
「あぁ~それか。適当に料理はするんだけど、食べてからやろうと思って後回しにしてる間に忘れちゃうんだよねぇ~」
「そもそも料理できたんですね。研究のこと以外には無頓着で、片手で摘まめるモノで済ませてるイメージでした」
「楓ちゃんに料理の極意を叩きこまれちゃったからねぇ……。零君が教育実習で浦の星女学院へ行った時に私も内浦で同居してたんだけど、行く前に楓ちゃんが『お兄ちゃんと一緒に住むのであれば毎日美味しい料理を作ってあげることは絶対!!』って言ってきて、そこから無理矢理料理の特訓をさせられたんだよ。そこで積んだ経験があるから、今でもたまにだけど料理を作ったりするんだよ」
「楓さんらしいですね……。結局お兄さんのためですけど……」
こうして神崎家の事情を聴くと楓さんの貢献度が高すぎる。料理や洗濯といった家事は全部楓さんが受け持っているって聞いてるし、もうあの人がいないとお兄さんも秋葉さんも生きていけないんじゃないかと思ってしまう。でもそうやってお世話させているあたりは2人の貫禄というか、人の上に立つ性格の2人っぽさが滲み出ている。そう考えるととんでもないスペックの人たちばかり集まってるよね、神崎家の人たちって……。
「でも意外でした。楓さんに強制されたとは言えお兄さんのために料理を覚えただなんて」
「好きだからね、零君のこと」
「えっ、好き?」
「うん」
「そ、それって家族として……ですよね?」
「どうなんだろうね? でも私が興味のある男は彼しかいないし、そういった意味では世界の誰よりも好き! みたいな?」
元々お兄さんに興味津々なことは知ってたけど、まさか家族愛以上の愛情を持ってるなんて……。確かに秋葉さんって恋愛には興味なさそうだし、超人であるこの人の期待の応えられるのは同じく超人のお兄さんしかいないから惹かれるのは当たり前かもしれない。それにしてもたくさんの女の子と付き合うお兄さんやブラコンの楓さんといい、やっぱり神崎家の人たちってどこかズレてるよね……。
「そういう侑ちゃんはどうなの? 零君のこと、好き?」
「は、はぁ!? そ、そんなわけないじゃないですか!! あんな傲慢で自意識過剰、唯我独尊で高飛車、自己顕示欲の塊で自分が世界で一番偉いと思っているナルシストで変態な人を好き!? 有り得ない有り得ない有り得ない!!」
「顔真っ赤だし、ムキになって否定してるあたり怪しいなぁ~」
「いや絶対に、決して好きとかじゃないですから!!」
「分かってる分かってる。だって侑ちゃんは私が見繕った、容姿がいい美少女の中で唯一零君を好きになる素質がない子だからね!」
「出たそれ。楽園計画、ですよね……」
「そうそう。侑ちゃんは零君のための楽園を作るお手伝いさんなんだから、零君に惚れちゃって盲目状態になったら困るんだよ」
「私はそれを許可した覚えはないんですけど……」
楽園計画。お兄さんに見合う美女美少女を集めた楽園を作るため、秋葉さんがこの虹ヶ咲学園を設立した。私以外の生徒はみんなお兄さんを好きになる素質があり、現にお兄さんに思慕を抱いている子ばかりだ。その中で私は唯一お兄さんのことを好きにならない人間として入学を許可された(もちろん私自身は知らなかったけど)。その理由がお兄さんが楽園を主となるためのサポートをしろだなんて何とも信じがたい理由だ。まあ今のところ何もしてないんだけどね……。
「でも侑ちゃん、零君のこと嫌いではないよね?」
「う~ん……まぁそうですね。最初は変な人だとは思ってましたけど……」
「けど?」
「あんな『自分が一番偉い』と豪語してる人でも女の子のことを第一に考えているんだなぁと感心しただけです。てっきり自分の欲望のためにたくさんの女の子と付き合っていると思ったんですけど、歩夢たちの反応を見たり、お兄さんと一緒にデート……いやお出かけした時にお兄さんのことを知れたと言いますか、お兄さんがどれだけみんなを大切に想っているのか分かったので……」
「なるほど。侑ちゃんも零君の魅力に憑り付かれちゃったかぁ~」
「そ、そんなのじゃないです!!」
歩夢たちもこうやって煽ってくる時があるんだよね……。お兄さんを尊敬したり感心できる部分があるってだけで、好きとか嫌いとかそういった感情はないのに……。
お兄さん。出会ってまだ1ヵ月ちょっとだけど、歩夢たちのサポートをする立場として同じなので何かと一緒にいることが多い。スクールアイドルのマネージャーとしての経験はμ'sやAqoursを相手にしてきたお兄さんが圧倒的に先輩なので、まだ駆け出しの私はお兄さんにあれこれ教えてもらいながら歩夢たちの手伝いをしている。
お兄さんから学んだことは非常に多い。マネージャーとしての作業や心得もそうだけど、歩夢たち1人1人をしっかり見てあげていたり、個人への適切なアドバイスや些細な体調の変化も見逃さない。普段はチャラチャラした雰囲気なのにこういった細かいことにも気を配れる人だ。だからこそ私も見習うべきであり、いつの間にか目標にする人になっていた。私の夢は誰かにトキメキを届ける人の手助けをすること。そしてお兄さんこそ私が望む夢を叶えるための能力を持った人なんだ。
「ただ憧れているだけですよ。お兄さんみたいになれたらなぁって」
「彼になることは無理だね。今の人類が彼になるのは100年早いよ」
「分かってますよ。だからお兄さんから少しでも多くマネージャーとしての知識を吸収して、自分の夢に近づけたらなって思うんです」
「うんうん、いい心がけだね。そうやって彼の右腕になって楽園の創設を手伝ってくれると私も心強いよ!」
「いやそれはノーセンキューですから!!」
何かにつけて私をお兄さんのサポートに回らせようとするんだからこの人……。
でもお兄さんについて行きたくなる女の子の気持ちは分からなくもない。お兄さんであれば自分のことを大切にしてくれるって安心感があるし、何より一緒にいて楽しいというのが一番大きい。この前お兄さんとデート紛いのお出かけをしたけど普通に楽しめた。悔しいけど認めるしかない、お兄さんが女の子を惹きつける能力を。
「でも驚いたよ。好きになってはないにせよ、侑ちゃんがここまで零君を評価してるだなんて」
「節操がなかったり変態さんなところはどうかと思いますけど、お兄さんが歩夢たちや学園のみんなに抱く愛は本物だって分かりましたから。それに本人の自信も凄いんですよね。ちょっと前に栞子ちゃんのお姉さんの薫子さんが来たんですけど、お兄さんってば薫子さんにそのことを咎められた時に壁に追い込んで『俺のやることが絶対。俺こそ正義だ!』って言ったんですよ? 最初は正気かと思いましたけど、お兄さんなら自分が正義になりかねないとも思いました。そんなのもう圧倒されるしかないですよ……」
「あははっ、零君らしいね! でもブレない意思を持ってるのがカッコよくて、そういうところに惚れちゃうんだよねぇ~」
「私は惚れはしないですけど、あの勢いは相手を納得させる気概がありました。この前デートした件も含め、あの人について行かなきゃっていう一種の強制力みたいなのに囚われて、いつの間にかその魅力に惹かれ――――って、私何言ってんだろ!? あはは、忘れてください……」
あぁ~なんだか背中が痒い。自分を褒められてそうなる人はいるけど、まさか他の人を褒めてる時にこうなるなんて初めてだよ。でも秋葉さんの言う通り、最初はお兄さんに不信感を抱いていた私が今ではここまでお兄さんを評価してるなんて、そんな自分に自分が一番驚いている。スクールアイドルのマネージャーとして色々とマンツーマンで教えてもらったこととか、デートという名のお出かけで知ったお兄さんが抱く歩夢たちへの愛情とか、倫理観は壊れているところがあるけどそこを除けば男性としてただただカッコいい人だ。惚れ……てはないと思う。ただそこまで自分を貫けるあの人に憧れてるってだけ。
「まさか零君に惚れるはずがないと思っていた侑ちゃんがここまでとはねぇ……。ま、零君だったら仕方ないか。vs女の子専用の秘密兵器だからね」
「そりゃ歩夢たちが恋する理由も分からなくはないですけど……。女心をガッチリ掴んで離さない感じが強引というか、女性としてはそういう力強いところに惹かれるっていうか……」
「女だからね。生物学上、強い男に惚れるのは普通のことなんだよ。カリスマ性もあってコミュ力も高く、女の子を気遣える。女の子からしたら自分が守られている、一緒にいてくれるから常に身近にいる。だからもっと一緒にいたくなる。そうやっていつの間にか好きになってるんだよね。我が弟ながら恐ろしい子だよ」
もしかしたら私もそのいつの間にか好きになってた中の1人になってるのかな……。これって漫画やアニメでよくある『恋を自覚してないけど好きな人の話題になると顔を赤くして必死に関係を否定する』展開に似てる気も……。いやいや、私に限ってそんなことはない……よね??
「零君は言わばそう、群れの中の頂点。この世の他の男では到底到達できない、美女美少女の楽園の主として君臨しようとしている。そういう男のことをなんて言うのか知ってる?」
「い、いえ……」
「
「アルファオス……。お兄さんが……」
絶対的、という言葉がピッタリだ。あれだけの女性をこよなく愛し、誰1人として粗末に扱わない。それ故にたくさんの女性に恋をさせ、次々と自分の周りへと取り込んでいく。まさにお兄さんのためだけにあるような言葉だ。疑う余地は一切ない。
「私がこの世で唯一興味唆られるのが零君なの。それ以外の人も物も、森羅万象全て興味はない。だってどれもこれも自分の思い通りになるから。どうなるのか結果が分かってしまうものなんて面白くもなんともないからね。だけど零君は違う。いつも私の予想を裏切ってくれる。美女美少女ばかりを侍らせた頂点の雄。彼が今後どうなるのか、私は見届けたい。そんな彼のためだったら私は自分のできる全てを注ぐ」
「それが、楽園計画……」
「うん。あなたはどうなの?」
「えっ?」
「あの子と一緒にいてヒロインになるか、それとも彼とは距離を置いてただのモブに成り下がるか」
お兄さんと関わったら最後、その女性はみんなお兄さんのヒロインにさせられるって話を聞いたことがある。裏を返せばそこでお兄さんを受け入れなかったら自分はお兄さんの物語からは外れてしまい、つまりモブになってしまうということ。別に人生は個人のものだからお兄さんを受け入れるのも自分次第。だけど秋葉さんが言いたいのはお兄さんが
でも、その心配はないと思う。だってお兄さんだもん。一度関わった女性にはなんだかんだ気にかけてくれるだろう。今までもそうだった。歩夢たちの指導が自分の仕事のはずなのに、少ない時間を割いて私にマネージャーとしてのいろはも教えてくれた。そんなことをしてもお兄さんには何の得もないのに。でもお兄さんは隣にいてくれる、夢のために寄り添ってくれる。いてくれるって分かってるから安心できる。心が温かくなる。
そっか。もう私、お兄さんのこと――――
「おっ? もしかして好きになっちゃった感じ? まさか侑ちゃんも私の予想を裏切るの!?」
「違います!! 好きではないですけど、傍にはいたいと思っただけです。なんだかんだ居心地がいいですから、お兄さんの隣って。それに私も秋葉さんと同じく見守りたいだけですよ。この前のデートの時から見守りたいとは思ってましたけど、今さっき自覚しました。ずっと、隣にいたいって」
「なるほど。侑ちゃんも立派なヒロインになったわけだ」
「ヒロインとかそんな柄じゃないですけど、歩夢たちの気持ちが分かったからですかね。一緒にいたい、離れたくないって」
こんな気持ちを抱いている時点でお兄さんの虜になっちゃってるのかな……。今まで男の人と付き合ったことがなかったからこの気持ちをどう表現したらいいのか分からない。この先もお兄さんと一緒にいて、時には笑い合って、時には悪態をつき合って、時にはお兄さんを支えて……そんな距離感でいたい。女性としてあなたに尽くしたいと思わせるくらい、あの人は魅力的なんだ。
「惚れてはないけど尽くしてあげたいか……。ここまで人の心を動かす零君が凄いのか、それともあれだけ彼の側にいてまだ堕ちない侑ちゃんが凄いのか……。フフッ、決めた! 侑ちゃんも私の興味ある人のもう1人にしてあげるよ!」
「いや、それは勘弁です」
「えぇ~どうして!?」
そりゃ秋葉さんの興味の対象になったらどんな目に遭うのか想像もしたくないよ……。
とにかく、私がお兄さんに抱いている気持ちがようやく整理できた。好きではない、惚れてもいない(多分)。でも隣にいたい。尊敬とか憧れとか、そんな類。
いつかこの想いは伝えよう。だって楽園を作ることこそお兄さんの夢であり、そして私の夢はトキメキを届ける人の手助けをすることだから。
なんかここまで来ると普通に零君のことを好きだったり惚れてる気がしますが、本人が違うと言っているので違うってことにしておきます(笑)
ちなみにアルファオスって言葉は私が作ったのではなく本当にある言葉なので、気になる方は調べてみてください。ハーレム小説としては一度でいいからこの言葉を出してみたかった……!!
次回は個人回のラスト、歩夢回です。